今回の作戦は非常にシンプルだ。
この公園に大量の影を放ち、制御装置を奪おうとしている魔術師を無力化すれば、こちらの勝ちである。
ただし、魔術師は広場のどこかに隠れており、それを大量の影が守っているために、本体の位置を特定するのが困難だ。
張り巡らされた霧のおかげで、遠距離からまとめて吹き飛ばすような攻撃を当てるのも難しい。
また、強すぎる攻撃も、塔の制御装置ごと破壊してしまう危険がある。
なので、大量に集まった影をどう蹴散らすかが今回の課題となる。
少し観察していて分かったことだが、魔術師が喚び出した影は、数を多く出す代償として、1個体あたりの能力がかなり制限されている。
たとえば、敵が隠れている建物を襲撃していたはずなのに、目の前に別の敵が現れた途端に、そちらへの攻撃を優先するなどだ。
そして、仲間と連携するという思考が存在していない。
一見すると群れで動いているように見えるが、実際にはそれぞれが与えられた命令に従って単純な行動を繰り返しているだけだ。
たまたま同じ方向に向かって移動しているだけなので、連携しているように見えるだけでしかない。
思考としてはその場の衝動だけで動いているダチョウに近い。
なので、弱点としては、あからさまな陽動に簡単に引っかかること、そして役割分担ができないことだ。
影に与えられた使命はおそらく2つ。
1つは「奪われた制御装置の部品を奪い返すこと」。
もう1つは「公園内にいる敵対勢力を倒せ」。
それだけ分かっていれば話は早い。
敵に部品を奪還させてやれば良いのだ。
船木さんが操った鹿のうち一頭が、広場に集まった影たちの前に姿を現す。
その角には、部品が入ったエコバッグが掛けられている。
案の定、広場に集まった影たちのうち、鹿の近くにいた個体が一斉に動き出した。
鹿は飛び跳ねて、広場の西方向へ移動しながら、影たちを運動広場から誘い出す。
もちろん、これだけでは広場に集まった影の1割程度しか移動させられていない。
その広場の中に隠れている魔術師を見つけ出すなど不可能に近い。
普通の方法ならば……だ。
「船木さん、次弾をお願いします」
「分かってる。もう1頭を囮にすればいいんでしょう」
最初の鹿が広場から離れた後に、別の制御装置の部品をぶらさげた鹿が、広場に姿を現した。
鹿は、今度は広場の東方向へ逃げ出すと、何体かの影が鹿を追いかける。
ここまでは先ほどの再放送だ。
広場に集まった影の総数はさほど減っていないし、魔術師がどこにいるのかは定かではない。
「では、そろそろお願いします」
「自然にやればいいんでしょ、自然にね」
船木さんがコントロールした鹿は、公園の通路から外れて、あえて茂みの中に突っ込んだ。
影たちも鹿を追って付いてくる。
その鹿が茂みを飛び出した時には、その角にはエコバッグはぶら下がっていなかった。
なのに、影たちは愚直に逃げる鹿を追い続けている。
制御部品が入ったエコバッグは、茂みに入ってすぐのところにある街路樹の枝に引っかかっていた。
風に吹かれてブラブラと揺れている。
だが、影たちはそのバッグには目もくれない。
広場から飛び出た影たちは鹿を追うのに必死だし、広場に留まった個体は「命令通り」に警護に徹して、そこから動くことはない。
最悪、部品の1つはくれてやるつもりだったが、思っている以上に影の動きは単純なようだ。
最初に広場へ姿を現した鹿の方も、同様に茂みにある木の枝にエコバッグを引っ掛けて、そのまま逃走する。
影たちはエコバッグには目もくれず、ただひたすらに逃げる鹿を追跡している。
そして、手元にはもう1つ制御装置の部品がある。
それを端島に手渡した。
「お願いします。これが作戦の要です」
「ああ、分かった。今度は俺が囮になればいいんだろ」
端島はそれを頭上に掲げながら、昆虫のような竜……ビアーキーを喚び出した。
「じゃあ、俺が護衛に付けばいいんですね」
小森くんが槍を背中に担ぎながら、端島と一緒にビアーキーの背に乗った。
「護衛と言っても、たいしたことはやらなくていい。ビアーキーの制御時間は3分。その後にスキル再使用のクールタイムが発生するから、その間、端島君を守る役割だ」
「分かってます。それに、役割としては囮なのでたいしたことはやりません」
「では、作戦通りに」
俺が合図代わりに箒を掲げると、ビアーキーが虫の羽音のような騒音と共に飛翔した。
瞬く間に塔がある広場の上空へ移動する。
「お前たちの欲しがっている部品はここにあるぞ!」
端島が地上にいる影たちに向かって煽るように言った。
そして、手に持った部品をヒラヒラと振りながら、ビアーキーを操って移動を始める。
あえて尖塔の真上を飛び、広場の北方向へ移動する。
広場に集まった影たちの数体は、空を飛ぶビアーキーを見上げた後に、北方向へ移動していく。
ただし、陸路を移動している鹿の時とは異なり、空を飛ぶビアーキーを追うのは困難だ。
広場から北方向へ直接向かう道はないので、一度別の方向から広場を出た後に、ぐるりと回り込んでから通路に沿って移動する必要がある。
影たちが移動している間に、ビアーキーの召喚維持可能時間が終わった。
端島と小森くんの2人が地上へ降り立った。
「じゃあ、手筈通りによろしく」
ビアーキーは連続使用ができない。
それまで端島を護衛するのが小森くんの役目だ。
「ああ、スキル再使用までの護衛は俺に任せてくれ」
端島と小森くんの2人は、迫り来る影たちの動きを見ながら、子供用のアスレチック広場へと入って行く。
軽快な足取りでアスレチックの一番上に上っていき、そこへ制御装置の部品を置いた。
アスレチックを下りた段階で、影の数体がようやく追いついてきたが、2人がそんな少数の敵に負けるわけがない。
それぞれが武器を何度か振るうだけで容易に撃破に成功した。
これで作戦の準備は整った。
「では、皆さん。準備をお願いします」
ここからは俺とエリちゃん、それに合田と梨本の4人のコンビネーションが重要になる。
「そろそろですね。梨本さんと……ええと」
「赤土です。私たち2人の出番だね」
エリちゃんが合田と梨本の2人に改めて挨拶をした。
「よろしくね、赤土さん」
エリちゃんと梨本さんがお互いの拳を軽く当てた。
「では、作戦開始です。次に影が大きく動いた時が攻撃のチャンスです。速攻になりますので、手筈通り滞りなくお願いします」
◆ ◆ ◆
理屈が分かれば、とても簡単な話だ。
自動操縦の影は、一度命令を与えれば、後は魔術師は何もしなくとも、影が勝手に動いてくれる。
だが、あくまでも単純な命令しか与えられない。
どこかに隠された「部品」を探し出して持ち帰れというのは、魔術師が別に命令を出す必要がある。
しかも、ほぼ同時にその「部品」が3か所に配置されていると分かったらどうする?
広場に集まった影が、ある地点を起点に綺麗に3方向に分かれた。
1つの群体は東方向へ。
もう1つの群体は西方向へ。
最後の群体は、北方向へ向かうために、ぐるりと通路を回り込むために移動を始めた。
「上戸さん、これって……」
「影には単純な命令しか与えられない。複雑な任務を実行するには、魔術師が直接命令を与えてやらないといけない」
影が3分割して、魔術師が丸裸になった理由について、合田に説明する。
もう盗聴されていることを気にする必要はない。
勝負は決したからだ。
「魔術師の敗因は、影を多く出しすぎたことだ」
広場に集まった全ての影が、一斉に3つの部隊に分かれたのだ。
「数を出しすぎて、細かい制御をできなくなっているんだと思います。おそらく魔術師が出した命令はこれ『3か所にある部品を奪い返せ。3つのチームに分かれろ』。影たちはその命令を忠実に実行した」
「もしかして、細かいチーム分けができない?」
「そういうことです。影には複雑な命令を理解できる知能はない。大雑把に、こいつらは東、こいつらは西というような雑にしか分けられないんでしょう。だから、影たちは命令通りに3分割されてしまった」
「それなら、命令を出し直せば済む話じゃないですか? 4チームに分かれて、1チームはここに残れとか」
「その通り。なので、影が予想外の動きをしたのを見た魔術師は慌てて命令を出し直すはずです……ですが、もう遅い」
影たちは最低限の知能しかないため、単純な指示しか受け付けない。
ならば、その指示の出し方も、当然シンプルなものになる。
たとえば、自分を中心に、周りにいる影に呼びかけるなどだ。
特定の一点を起点に影が動き出した時点で、これは、自ら居場所をバラしたようなものだ。
あまりにもシンプルな答えだ。
そして、魔術師の場所さえ分かってしまえば、話は早い。
「準備はいいよ!」
エリちゃんから合図が来たので、3羽の鳥を集めて増幅魔法陣を形成する。
この魔法陣の能力によるスキル強化で、エリちゃんと梨本の2人を強化して、敵陣へと送り出す。
間髪入れず、増幅魔法陣を通り抜けたエリちゃんが、全身から光を放ちながら、対地ミサイルのように勢いよく飛び出した。
駐車場から十数メートルの距離を一足飛びで一気に敵陣のど真ん中へ突入。
腰を捻り、全身から放たれた光を、右拳一点へ集中、収束させる。
「すごいパーンチ!」
空中から放った、スキルによって強化されたストレートパンチが、着弾地点付近に立っていた十数体の影を吹き飛ばした。
あまりの威力に、周辺に立っていた影たちも宙に舞う。
もちろん、いくら影の部隊が三分割されたとはいえ、数は圧倒的だ。
その一撃だけで、影が全滅するなど微塵も思ってはいない。
それに、今のような攻撃を連続して放つことも不可能だ。
強引に突破することは無理だし、現状ままでは、エリちゃんも数の暴力に負けて飲み込まれるだろう。
「
合田によって強化された梨本が、次弾として発射……もとい、飛び立った。
「アタッカーは任せたよ、梨本さん!」
エリちゃんが迫り来る影たちに殴る蹴るで応戦しながら、作戦の相方に向かって言った。
「任せて! せっかく美味しいところを貰ったんだから、決めてみせるよ」
梨本の跳躍は、エリちゃんと比べると力強さはない。
ただし、華麗だ。
体操の床運動のように空中で華麗に回転をしながら、影の頭の上へ降り立った。
巨大なかぎ爪付き手甲を装備した両腕を広げてバランスを取り、そのまま影たちの頭をテンポ良く踏みつけながら移動。
一気に魔術師へと近づいた。
その姿は、まるで平家物語に出てくる源義経の八艘飛びだ。
圧倒的な身体能力を生かし、一足飛びで敵陣に突入したエリちゃんとは真逆の動きだ。
スキルによる脚力強化。
エリちゃんと梨本がどちらも使えるスキルである。
エリちゃんはシンプルにそれをパワー方面へ振り分けているが、梨本はスピード重視で振り分けているようだ。
どちらが良いということではない。単に使い分けの話だ。
魔術師は影に紛れるように黒いフード付きの服を着ていたが、一度発見してしまえば、影と見分けるのは容易だ。
梨本は、手前の影の頭を強く踏みつけて高く飛び上がる。
そこからまたも空中で宙返りを決め、遠心力を生かした鋭い飛び蹴りを当てた。
魔術師は蹴りの衝撃をもろに受け、水切りの石のように何度も跳ねながら激しく地面へと叩きつけられる。
梨本は着地後に強化された脚力により、目にも止まらぬダッシュで追いつき、手に付けた巨大な手甲の背で魔術師を殴りつけた。
それで勝負は決した。
魔術師が戦闘不能になったことで、公園を覆いつくしていた霧も、嘘のように全て消えていた。
そして、漆黒の影も霧の消滅と共に色がだんだんと薄くなり、時間経過と共にいなくなった。
影が完全に消滅したと同時に、すぐ近くのバイパスを車が走る音など、都会の喧騒が戻って来た。
「皆さん、ご協力ありがとうございました。これにて一件落着です」
◆ ◆ ◆
倒れている魔術師を拘束したところで、探偵事務所に連絡を取ると、八頭さんが応対してくれた。
須磨さんや桂さんたちも無事に病院に着いたようだ。
そのまま治療を進めてもらう。
尖塔の制御装置の部品は鳥に回収させた。
これは後で桂さんに制御装置に取り付け直してもらう必要があるだろう。
それまでは、とりあえず俺が保管しておくことにする。
「じゃあ、俺たちは元の第四世界に帰るよ。向こうでまだ事件が終わっていないし、片倉さんと和泉さんが待ってるんだ」
「なんか変な感じですね。並行世界だから別人とはいえ、同じ人間が違う場所にいるというのは」
相変わらず並行世界の概念は分からないことが多い。
考えれば考えるほど、頭がこんがらがってくる。
「ラビちゃん、約束はどうするの?」
「もちろん守るよ。というわけで、小森くんは後の対応をよろしく。俺とエリちゃんはちょっと第四世界に行ってくる」
「いやいや、ちょっと待ってください。そんな気軽に別の世界に行くとかどうなってるんですか?」
端島たちと一緒に移動しようとしたところ、小森くんが突然血相を変えて俺の肩を掴んだ。
「約束したんだよ。今は緊急の作戦中だけど、それに協力してくれたら、俺たちも端島たちに力を貸すって」
「約束だもんね。ちゃんと守らないと」
「2人だけで大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。それよりも小森くんは家に帰――」
そこまで言った時に、小森くんが肩を掴む力が強くなった。
痛い痛い。
「――なんで、俺は除け者なんですか?」
「だって、受験勉強が――」
「――受験前なのは、恵理子も同じでしょう」
それはそう。
小森くんを誘わなかったのは、単に医大受験というのがエリちゃんの受験よりもハードルが高すぎるせいだ。
「すぐに済ませて、すぐに帰ってくればいいんでしょう。かかる時間はどれくらいなんですか?」
「前の経験からして、時差は結構あるみたいだ。だから、向こうの滞在時間が伸びても、こっちではたいしてかからないと思う」
「それなら俺も一緒に行きます。いいですね」
「でも」
「いいですね」
小森くんが珍しく頑固だ。
普段ならば、こちらの事情を察して折れてくれるのだが、今日に限っては放してくれない。
「前の東京の事件からずっとですよね。俺を部外者みたいな扱いをして」
「だけど、受験前に怪我なんてさせられないだろ」
「だから、それは恵理子も同じですよね。だいたい、ラビさんは過保護すぎるんです。俺だって、もうすぐ大人なんですよ。ちゃんと、一人の人間、一人の仲間として扱ってください」
そう言われると、俺も反論のしようがない。
回復能力を使える小森くんがいてくれた方が間違いないのは確かだし、戦力としても期待できる。
すぐに終わらせて、すぐに帰れば生活に支障も出ないことは理解している。
それをやらないのは、単に俺が過保護であり、俺のポリシーに反するというだけの話だ。
「ラビちゃん、もう無理だよ。ここは裕和の言うことをちゃんと聞こう」
エリちゃんも、小森くんの肩を持つようだ。
実際、エリちゃんは時間逆行現象に巻き込まれた当事者という理由もあるが、ここまで連れまわしたことは本当に申し訳が立たない。
「分かった……短い間だけど俺たちとまたチームを組んでほしい」
「もちろんです。最初からそう言ってくださいよ」
小森くんがスッと手を掲げた。
そこにハイタッチをすると、エリちゃんも続いた。
「お待たせしました。こちらは3人で端島君に付いていきます」
「それはいいけど、そこに転がっている魔術師とかどうするんだ?」
「確かにその問題はありますね」
一緒に連れて行くわけにはいかない。
だからと言って、須磨さんは桂さんと一緒に病院へ行っている。
カーターと和泉さんは周防絡みで動けそうにない。
人手が……人手が全然足りない。
「仕方ないです。ラビさんはその魔術師を警察に渡すところまでお願いします。第四世界には俺と恵理子の2人で行きます」
「えっ? それは何か本末転倒な感じになってないか」
「ラビさんは後から追いついてください。それならばなんとかなりますよね」
「うん……まあ」
俺たち3人が話し合いをしていると、端島が早くしてくれとばかりの視線を向けてきた。
「分かった。小森くんとエリちゃんの2人に任せた。簡単に説明しとくと、そこにいる端島が召喚士兼戦士。梨本が武闘家。合田が分析ができる魔術師。船木は動物園」
「待って、私が得体の知れない扱いをされているんだけど」
俺の話に地獄耳で反応して船木がふくれっ面で文句を言ってきた。
「なら、なんと紹介すれば?」
「
「というわけです」
「ありがとう。俺は小森裕和で、こっちが赤土恵理子。しばらくはチームを組むことになると思う。改めてよろしく」
小森くんが握手を求めて、船木がそれに応じた。
「じゃあ、こっちも急ぎなんだ、2人は借りていくぜ」
「ええ、お願いします。私もすぐに追いつきますので」
端島はそう言うとビアーキーを喚び出すために剣を掲げて――
「――いや、待って、結界が消えているのでビアーキーはなしでお願いします」
「なら、どうしろと? 俺たちにとっては、ここは異世界なんだけど」
「歩いて……歩いてお願いします」
何度か拝むようにして頼み込むと、端島も分かってくれた。
小森くんとエリちゃんを加えた6人は、第四世界の入り口である裏の世界を目指して歩いていった。
「こちらも早く片付けて第四世界に向かわないと……」
気になるのは、この魔術師がどこから生えてきたかだ。
使っていた影人間の術といい、地球産の魔術師とは少し傾向が違う。
最終的には伊原さんに突き出すことも考えた方がいいかもしれない。