まあよくある話だ。
別に浮いた話やら、甘酸っぱい恋物語やら、恋のさや当てのようなドラマチックなイベントなど何もない。
これは兵庫県の県庁所在地でもない普通の町、加古川で起こった、事件ですらないただの日常の話。
高校時代にはたった5回しか会話していない、ただの友人……大切な友人の話だ。
◆ ◆ ◆
俺、
教室では目立つこともなく、逆にいじめられたりすることもなく、ほぼ空気のような扱いで過ごしている。
何の役職についているわけでもなく、部活をしているわけでもない。
顔も平凡。
体力もあるわけでもない。
成績は、一番良かった時期は学年で3番だったが、上が飛びぬけているおかげで、そこまで目立つポジションでもない。
金のかからない娯楽として、ネットでアニメの配信動画を見ているが、そこまで真剣に見ているわけではない。
1話くらい見逃して話が飛んだところで気にしない、軽いオタクでしかなかった。
性格もあまり目立つことが好きではなかったので、高校3年の10月までずっと誰かの陰に隠れて目立たず、のんびりと過ごしてきた。
目立ちたがりのクラス委員長っぽい男、唯野と、学年2位を突き放してぶっちぎりで成績1位の優等生、
春日はクラスどころか学校でも成績は1番。
全国模試でも東大合格率80%以上のA判定を出しており、校内では真面目で非の打ち所がない才女として評判だった。
その後ろに隠れていれば、目立たずにのんびりと高校生活を送れる。
◆ ◆ ◆
「ちょっと、同じクラスの上戸くんよね! 千円……いや、二千円持ってない? 今すぐ貸して! すぐに貸して! 後でちゃんと返すから!」
そんな学校一の才女が深夜のコンビニで突然に俺に詰め寄り、金銭を要求してくるという異常事態が発生していた。
文字に直せば、それぞれに濁点が混じるような、必死さだけは伝わってくる汚い声だ。
普段の大人しい振る舞いはどこに消えたのやら。
妙に興奮した声で落ち着きなく、ただひたすらに金を無心する言葉を繰り返している。
顔が似ているだけの別人ではないだろうか?
「いや、なんで?」
「コンビニでやってるクジあるでしょ! あれが一等とラストワンが残った状態であと2つなの。あと二千円あれば買い占めしてコンプできるの。だから貸して!」
レジには、俺も見ている深夜アニメのポスターがレジ横に貼られていた。
そのポスターには残ったクジが貼り付けられているが、春日の言う通り残数は少ない。
そして、陳列されている賞品を見ると、そのクジの一等が残っているのは分かった。
これは買い占めさえすれば絶対に一等と、最後に残ったラストワン賞をまとめて浚えるのは理解できる。
だが理解できない。
勉強以外に何の趣味も持たないと言われている春日が体裁を保とうともせずに何故コンビニのフィギュアに対してそれほどの執着を見せているのか?
それに、何故一等はメインヒロインではなくてサブヒロインのフィギュアなのか?
胸のサイズか?
春日よ、お前は自分が持たないもの、届かないものを求めて手を伸ばすのか?
「誰かに買われたらアウトだから、今のタイミングで買い占めるしかない。ここで諦めたら全てが無駄になってしまう」
何が無駄になるのかは一切理解できなかったが、財布からなけなしの千円札を2枚抜き出して渡した。
「後で返せよな。高校生の小遣いなんて限度があるんだし」
「同士よ、助かる!」
「誰が同士だ」
教室では常に無表情の春日が無邪気に喜んでいる姿に驚きを隠せなかった。
春日が両手に溢れんばかりのフィギュアをレジで受け取って「ウェヒヒヒ」と不気味な笑い声を上げながら俺のところに小走りで駆けてきた。
うちのクラスの優等生の皮を被ったこいつは誰なんだよ?
「いやさ、本当に助かったよ。このフィギュアが欲しくってさ。でも、ネットオークションだと、とてもとても高校生の小遣いじゃ手を出せなくて」
「まあそのアニメは俺も見てるから、フィギュアが欲しいと言うのは分からなくないけど」
「おおっ、お前は話が分かるな」
春日はそう言うと俺の背中をバンバンと叩いた。
本当にこの人は春日さんですか?
「ところでこんな時間なのになんでコンビニに? 私と一緒で塾か何か?」
「塾じゃないけど通ってるところがあるので、まあそんなところ」
「習い事系か。それはそれで大変だよなぁ」
やはり学校と全く違う春日の態度に対して俺には違和感しかなかった。
世の中そんなものなのかもしれない。
人には誰も他人に見せていない顔があるのだ。
「春日さんってそんなにアニメ好きだったんだな」
「いやもう、学校が終わってからこの時間までずっと勉強ばっかりで、趣味なんて持つ時間なんてなくてさぁ、唯一の自由時間は学校と塾、塾と自宅の移動時間だけだし、それで出来ることって配信のアニメを観ることくらいじゃん」
意外と深刻な理由だった。
優等生だの才女など言われているが、その陰では絶え間ない努力をしていたのだろう。
とてもぼくにはまねはできない。
金がないという理由での無料配信のアニメを見ている俺とは格が違った。
「なるほど、分かる。何かおすすめのアニメとかある?」
会話のネタ振り程度の軽い気持ちで問いかけた。
ただ、これがまずかった。
「全部だ。配信してるのは全部見ろ。面白いとかつまらないとかじゃない。全部だ」
「なんで?」
「つまらないと呼ばれているアニメにも何か光るところが必ずある。それを拾って身に付けることで、私はオタクとして完成していくと信じている」
春日が俺に理解できない単語を交えて高速で語り始めた。
あまりの熱量に、俺の脳がついて行けそうにない。
「うちの学校って進学校じゃん。しかも私は表向きは優等生。だから、こういうアニメの話で盛り上がれる友人がいなくて困ってたわけよ。これを機会に色々と話してくれると助かる。まあこの時間限定なんだけど」
「学校で話すのはダメか?」
春日は俺に対して無言で頭を振った。
「ダメに決まってるだろ。うちの親は完全無欠の優等生を要求してるんだから、それを裏切るわけにはいかないだろ。成人までは」
「成人したら?」
「好きにする。アニメも漫画も含めて、今まで止められていたことは全部やる。やってやるんだ」
春日が決意を固めるように拳を握りしめた。
「だからゴールは東大。それが親との約束だから、東大合格までは頑張る」
「大変だな、よりにもよって東大って」
「私としては地元の大学の方が良いんだけどね、教育科もあるし。だけど親は東大以外認めんって言ってる。そっちは?」
「俺は地元の大学に行くつもり」
「地元も結構レベル高いよ。国立だよ。上戸ってどのくらいの成績なんだっけ?」
「最高で3位かな。クラスでも3位。まあ、模試だと志望大学は6割のB判定が出てる」
「マジ? 3位とか聞いてないんだけど」
「お前が圧倒的1位だからだよ。下を見ろ、下を。3から5位の間にずっといたから」
「唯野君が2位までは見てたんだけど……」
「ああ、あいつすごいよな唯野」
高校3年の10月にもなって、こんな愉快な友人が出来るとは思わなかった。
こんなに楽しい奴が同じクラスにいたのかと驚いていた。
同時に、何故高校に入ってすぐの時点で出会うことが出来なかったのか?
10月終わりで明日から11月。
高校のイベントなんて、あとは卒業くらいしか残っていない。
こんな時期に出会ってしまったのだと運命を恨んだ。
何がハロウィンだ。
その日の夢には春日が出てきた。
浮いた話ならば良かったのだが、俺の話を無視して延々と原作再現度がどうの、脚本がどうのとアニメの感想を語っている拷問のような内容だった。
原作の話をされても俺は読んでいないんだけど……。
1日で済めば良かったのだが、この拷問は3日続いた。
夢での布教に負けて、原作コミックは全巻揃えた。
◆ ◆ ◆
「クリスマスイブの夜に何をしてんの?」
「塾だが。そっちは習い事か?」
「まあそんなところ」
春日との2度目の出会いは12月24日の深夜のコンビニだった。
コンビニのフィギュアに浮かれていた時とは違い、今日は完全に目が死んでいることに気付いた。
学校ではうまく隠してはいるが、目の下には大きな隈が出来ており、顔色も悪い。
声も張りがなく、疲労が目に見て取れる。
この娘は、せっかくの高校3年のクリスマスの夜に何をやっているのだろうと不憫になってきた。
「せっかくクリスマスなんだ。クリスマスケーキでも奢ってやろう。そこのフードコートで食べるぞ」
「でもコンビニのクリスマスケーキって高いだろう?」
「予算は250円までな」
「ショボいな」
「文句を言うなら前に貸した二千円返せよ。貴重な高校生の小遣いだぞ」
財布と相談した上で、二人でコンビニのイートインスペースで、3割引シールが貼られた700円のケーキを分け合うことにした。
単体250円よりもこちらの方がコスパは良い。
飲み物も予算の関係で500ミリリットルのペットボトルのジュースを半分ずつだ。
太っ腹にも日が変わる頃には廃棄されるであろう微妙に乾いた値引き済み200円のチキンも付けた。
チキンにケーキまであるのだから、誰がどう見てもクリスマスパーティーだ。
「クリスマスの夜に俺らは何やってるんだろうな?」
「受験生なんだから勉強に決まってるだろ。お前は勉強してないのか?」
「してるが」
「勉強もしてないのに地元大を受けるつもりなの? レベルは高いよ」
「でも、とりあえずそこを受けておけば誰からも文句は出ないだろう。自宅から通える距離だし」
俺の話を聞いた春日はため息をついた。
なんとでも言え。
俺にとって大学とは進路決定を4年遅らせる場所でしかない。
大学のレベルはそこそこ高いので、就職もまあそこそこのところに行けるだろう。
そして、そこそこの人生を送るのだ。
大きな幸せはいらない。
俺が求めるのは平穏と、安いケーキでも感動できる小さい幸せだけだ。
「一緒に東大を受けないか? お前の学力ならば、今からでも追い込めば十分射程圏内だろ。一緒に通ってもらえると助かる」
「東大だと引っ越しが必須だろ。パス」
「なら私が地元の大学に変えれば済むか」
俺はまじまじと春日を見た。
成績優秀で全国模試でもA判定。
両親からも学校からも期待されている才女が東大をそんなあっさり諦めるとはどういうことか?
「でも親には絶対に東大だって言われてるんだろ」
「うちの親って東大に3浪したけど結局入れなくて、諦めて私立大に入ったんだよ。だから、そのリベンジで娘を東大にって暴れてるだけでさ。特に東大である理由なんてないんだ。だから私も近所の大学を受けるわ」
「俺に合わせてという話なのか?」
「自惚れるなよバーカ。私も引っ越しとか1人暮らしとか面倒なだけだよ。嫌なんだよ。親に強制される人生なんて」
そういう春日は悪いいたずらを思いついたという顔で俺に微笑みかけた。
「クラスの連中は今頃、男女で高いレストランに行って旨い飯とか食ってるんだろうな。そのままホテルに直行してたりして」
「でもうちの学校は進学校だぞ。不純異性交遊なんてしてるやつはいないだろう」
「表面だけだよ進学校の進学クラスなんて。裏ではみんな好き放題遊びまわってる。勉強と遊びを両立して楽しんでるんだ。それが高校生なんだから」
「なら俺達は何をやってるんだろうな。こんな深夜のコンビニで安いケーキとチキンを食ってるだけとか。俺たちの青春はドブの中か」
「本当だよ。青春返せっての」
◆ ◆ ◆
3度目の出会いは初詣に訪れた近所の神社だった。
正月とは思えないほど地味な服装で春日はおみくじを引いていた。
着ているコートも学校指定の通学用のものだ。
「おみくじの結果は?」
「末吉」
正月早々なんとも言えない結果だ。
ちなみに俺は「吉」だったので良い勝負だと言える。
「晴れ着とか着ないのか?」
「受験生だぞ。最後の追い込み期間だぞ。初詣と親戚への挨拶を済ませたら、そのまま受験対策資料との格闘が待ってるわ」
「ということは、初詣が終わらなければ、勉強をしなくても済む」
「そのはっそうはなかった」
スマホで周辺の正月に営業している店の状況を調べると、神戸まで出るとショッピングモールが元日から営業しており、しかもセールまでやっていることが分かった。
映画館まで営業している。
正月から仕事という気の毒な従業員には大変申し訳ないのだが、暇な正月を過ごすには至れり尽くせりだ。
「神戸まで出たら正月でも映画をやっているところがあるな」
「いや、私は受験生だぞ」
「受験生でも正月くらいは休みでいいだろう」
俺と春日はしばらく無言で見つめ合っていたが、春日の方が先に折れた。
「どうせなら特典でフィルムが貰えるアニメ映画がいい。何時から上映開始だ?」
無茶な要望が来たので上映時間と映画館までの所要時間を調べると3時間後に上映のものが良さそうだった。
片道30分もあれば到着できるので、時間的には余裕だ。
幸いにもお年玉を貰ったばかりなので金にも余裕はある。
だけど、少しだけ意地悪をしたくなった。
「ダッシュで駅まで走って、着いた電車に飛び乗れば1時間後の上映にギリギリ間に合うな。間に合わなけりゃ、3時間後だ」
「私って走るのは苦手なんだけど」
「引っ張ってやるから一緒に行くぞ」
春日の手を引いて走りだした。
この高校3年間はずっと陰に潜んでいて何のイベントもなかったのだ。
正月くらい、本性を俺しか知らないクラスの優等生を連れ回してデートごっこくらいしても罰は当たらないだろう。罰を避けるための初詣だ。
受験?
俺は、自分の実力で何とかなることについては神には頼らない。
運命とは、こうやって自分の手で引き寄せるものだ。
電車は当然乗り遅れた。
そもそも1時間後の上映などなかったので予定通りだ。
もちろん、時間は余りまくったので映画の前にウインドウショッピングや、オサレな喫茶店で有意義に時間を使った。
映画の内容はTVシリーズの総集編で、夏に上映予定の新作の宣伝でしかなく
「もう観た」という感想しか湧いてこなかったが、春日は喜んでいたので良かったとしたい。
特典のフィルムは監督の名前だけが表示された微妙なものだった。
◆ ◆ ◆
次に春日に会ったのは大学の合格発表日だった。
春日は教室の隅に沈痛な面持ちで座り込んでいた。
その顔には痛々しい痣が浮き上がっており、家で何かあったということは察せられた。
「おい、どうしたその顔の傷」
「まあ受けたのが東大じゃなかったからな」
春日は自嘲するように言って合格通知書を見せた。
俺と同じ地元大学の学部違いだ。
東大ではない。
「東大なんて受けてもいないと報告したらこれだよ。そもそも受験のために上京していないんだから、そんなこと前から分かっていただろうに。娘の行動にすら興味がないんだようちの親は」
俺は春日の肩を掴んだ。
「お前の家を教えろ。俺が親に怒鳴り込んでやる!」
「そんなことをすればお前は殺されるぞ。うちの娘をかどわかしたのはお前かって」
「それでも、お前が理不尽に殴られて何もしないってわけにはいかないだろう。俺はお前の味方だ」
「いや、これは私の家の問題だ。お前には関係ない」
春日は俺の手を払いのけて、大きく深呼吸した後に言った。
「そもそも、私とお前は別に友人でも恋人でも何でもないんだ。ただのクラスメイトでたまたま時間が合ったので会話しただけの浅い関係」
「もう友達だろ。恋人ではないけど。助ける理由ならばそれで十分だ。そもそも人を助けるのに理由がいるか?」
友達と言う言葉に春日は反応した。
この流れで押し切れば、何とか俺も春日の親を説得に行けるかもしれない。
だが、それは春日自身に否定された。
「気持ちは嬉しいが、これは私自身が親と話し合って解決しないといけない問題だ。だからどんなに親しい関係だとしても、他人の手は借りられない」
俺は春日には絶対に勝てないと思った。
俺の年代で、親にたてついてまで自分の主張を貫き通せるやつはほとんどいない。
みんな、どこか世間の顔色をうかがって、のらりくらりと生きていく術を学んでいくのだ。
だけどこいつは違う。
自分の意思を貫きとおすことにためらいがない。
「お前、本当にすごいやつだな」
「模範的優等生だからな。親の説得くらいやってみせるよ。それが人生を勝ち取るってことだ」
俺は春日を信じて見送った。
きっとあいつならば親を説得して、勝利するだろう。
その時、俺は笑ってあいつを歓迎してやるだけだ。
もうクラスの目線がどうとか、あいつの親とか関係ない。
大切な友人として、あいつを出迎える。
だけど、その日を最後に、春日は卒業式の日まで学校に来ることはなかった。
◆ ◆ ◆
卒業式の日。
ずっと学校を休んでいた春日の代わりに急遽、卒業生答辞を読むことになった。
その後、卒業生は何もしなくて良いはずなのだが、成り行きで卒業式の後片付けを手伝うことになった。
卒業アルバムにクラスメイトから寄せ書きを書いてもらおうと思っていたものの、教室に戻った頃にはもう誰もいなかった。
どうやら卒業パーティーとやらに向かったようだが、それがどこなのかが分からない。
どいつもこいつも薄情な連中だ。
否……春日だけが一人残って頬杖をついて教室の隅の席に残っていた。
卒業式には出席していなかった。
卒業証書を貰いに来たのと、学校に置きっぱなしになっていた荷物の回収に来たのだろう。
「遅い!」
俺に気付いた春日から出た言葉は、教室へ戻るのに遅れたことに対しての文句だった。
「それはこっちのセリフだ……大学の件はどうなった?」
「ちゃんと親と本音で話し合ったよ。地元大学への入学も認めてくれた。学費も出してくれる。親の言うことを聞くだけのロボットになるんじゃダメだな」
軽く流してはいるが、今日まで登校してこなかったことが、春日の努力と苦労を物語っていた。
俺の協力を拒否したこいつは、ただ一人でずっと戦っていたのだ。
そして勝った。
「そうか、良かった」
春日は唐突に拳を強く机へ叩きつけた。
「何が良いんだよ! 高校生活は勉強以外の全てを投げ捨てて、それで大学に合格したのに誰からも褒められることなく、結局は卒業式まで台無しだ! 私の人生は何なんだよ!」
何度も机を叩くのを見て、俺も春日の隣の机を叩いた。
「俺もそうだ。なんなんだよこの高校生活。もっと楽しみくらいあっただろうに。そもそも、なんで卒業生が自分の卒業式の後片付けをさせられるんだよ!」
「本当になんでお前が片付けをやってるんだよ!」
春日は俺にツッコミを入れるために机を叩くのを止めた。
「知らん! なんでパイプ椅子を運んだり、講堂の掃除までやらされてるんだ?」
「しかも答辞とかどうなってるんだよ? 唯野はどうした?」
「お前が学校に来ないから、その代わりをやったんだよ! 唯野は知らん!」
「誰がそんなこと頼んだんだよ!」
2人で愚痴合戦が始まった。
良い機会なので溜め込んでいた不満を全部口に出したい。
王様の耳はロバの耳だ。
「楽しみにしていた修学旅行もクラス委員だからって他の生徒の管理をやらされてたんだぞ! 私だって自由時間遊びたかったわ!」
「いや待て、クラス委員長は唯野だろ」
「あいつはクラス委員長という雰囲気を出してるだけで別に役職なんて何もないぞ。クラス委員長は私だ」
「え? クラス全員、あいつがクラス委員長のつもりだったけど」
「私も、ずっとクラス委員長は唯野との2人体制だと思ってたよ……何者なんだよ唯野」
ちなみにうちの学校から唯一東大へ進学したのも唯野だ。
本当に何者なんだよあいつは。
「他には?」
「友人と海くらい行きたかった!」
「他にやり残しは?」
「……急に言われてもわからん。デートとか、まあそんなの!」
「よし、今から全部やりに行こう」
俺の提案を春日は理解できないとばかりにキョトンとしていた。
「いいか、今から家に帰るまではまだ高校生だ。ロスタイム中だ。青春ロスタイムだ。逆に言うと、家に帰らなければギリギリ高校生だ」
「なんだよその理屈」
春日はここで初めて笑った。
初詣も同じ理屈で連れ出したことをすっかり忘れているようだ。
俺はここで財布から1枚のカードを取り出す。
取得したばかりの自動車の運転免許証だ。
「なんで高校生が車の免許を持ってるんだ?」
「親には『俺の成績では進学は無理だ。就職活動をするために車の免許がいる』と嘘をついて教習所に通った」
「ということは、ずっと深夜のコンビニにいたのは?」
「学校帰りに自動車教習所へ通ってたら、帰りはあの時間になってただけだよ」
「お前って本当に酷い奴だな」
「でもうちの親は大学に合格して大歓迎だったぞ。合格祝いに中古車も買ってくれるって」
「うちの親とはえらい違いだな。お前のところの子にしてくれよ」
「ダメです、うちの親はあげませーん」
「ダメです、嫁入りするのでもらいまーす」
それからは制服のまま、親の車を勝手に借りて、近場の海水浴場まで走った。
冬の海には特に見るところなど何もなく、シーズン外れなので土産物屋なども開いていなかったので、近くの商店街に飛び込んで総菜などを買って食べた。
そこからは日が暮れるまで気ままなドライブだ。
「デートについてはすまないな、横にいるのが恋人でもない単なるクラスメイトで」
「いや、これはこれで面白い。最高だよ。卒業式の帰りに車を乗り回して遊んでる高校生なんて他にいないだろ」
だが、所詮はロスタイムだ。時間的に出来ることは限られている。
どこまで青春を取り戻せたのかは分からないが、この面白い友人が少しでも満足してくれたらそれで良かった。
◆ ◆ ◆
「という、特に何の面白みもない話だな」
「面白かったんだけど」
「その時からの腐れ縁で、大学時代も、社会人になってからも、ずっと友人関係が続いてる」
「それで結婚式はいつなんですか?」
エリちゃんが真顔で言った。
「そういう関係じゃないよ。あいつが勉強以外は何もできないダメ人間だと気付いたので、俺が面倒を見てるってわけだ」
「それ、ラビちゃんに甘えてるだけだよ。こんなところで女の子してる暇なんてないでしょ。早く日本に戻って結婚してあげて」
「結婚はともかく、日本には戻るよ。あいつが腹を空かして待ってるから帰る。そのための旅なんだって」
別にあいつのためだけではない。
こんな世界に強制的に連れてこられて、強制的に少女の身体に変えられて、こんな狭い船室の中に押し込められて……俺の人生はすっかり台無しだ。
だから取り返すんだ。俺の人生を。