収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 5 「赤の女王」

 全身を深紅のドレスに包んだ女は、まるで急いでいるようには見えない、ゆったりとした歩き方にも関わらず、恐ろしい速さでジャングルに挟まれた街道を北方向へ移動していた。

 

 こちらは遮蔽物のない空中を直線移動。

 赤い女は道なりに歩いているので距離の面でも不利のはずなのに、想定よりも速すぎるせいで距離のアドバンテージをなかなか崩せない。

 

「普通に歩いて速いとか、地面がエスカレーターみたいになってるのか?」

 

 ここは現代の地球とは違い、それ程開発が進んでいるわけではないので町と街道以外はほぼジャングルに覆われたままである。

 

 もし、このまま追いつけずに密林地帯へ逃げ込まれて潜伏されたら追跡はほぼ不可能になる。

 

 視界が開けている街道沿いで何とか足止めをする必要がある。

 

 少しでも風の抵抗を減らすために箒へ身体を密着させる。

 

 帽子を目が隠れるまで深々と被りなおし、視点を使い魔として使っている鳥の視点のみに切り替えて箒を加速させた。

 

 激しい風切り音に耐えながら限界まで加速して突き進むと、流石に赤い女との距離が詰まってきた。

 

 一度追い抜いた後に5羽の鳥を追加召喚し、上空から爆撃のように赤い女の足元へ降らせると、赤い女はようやく足を止めて滞空中の俺を見た。

 

「上から目線で失礼だが問おう。お前は『ゲームマスター』のお仲間か?」

 

 女からの返答を求めて少し待つが何の反応もない。

 無視と言うことか?

 

「声が小さくて全然聞こえない」

 

 予想外の答えを女は大声で返してきた。

 

 確かに女との距離は高低差で15mほどはある。

 聞こえなくても仕方がないかもしれない。

 

「『ゲームマスター』の仲間なのか?」

 

 俺は相手に聞こえるように精一杯の大声を張り上げた。

 

「聞こえない、もっと大きな声で」

「ゲエム! マスタアの! 仲間! なのか! って! 聞いてんの!」

 

 単語ごとに細かく分割して、それぞれを肺の中の空気を全部吐き出す気概で大声を張り上げた。

 

 流石にこれで聞こえないということはないだろう。

 一息つくと、女から返事が返ってきた。

 

「……だから聞こえないって言ってるじゃない」

 

 女の声はまるで耳元で囁くようなすぐ近くから聞こえたような気がした。

 

 常識で考えると有り得ないが、直感で何かまずいことが起こっていると判断して、声の方は全く見ないで箒を右方向に回転。

 

 そのまま空中を転がるように真横へスライド移動する。

 

 間髪開けずに赤い女の腕が、俺が今までいた場所を凪ぎ払った。

 咄嗟に勘で動いたのは正解だったようだ。

 

 体勢を立て直して状況を確認する。

 

 地面にいたはずの赤い女はいつの間にか土煙を纏いながら俺のいる15mほどの高さに滞空していた。

 

 急に耳元で声が聞こえたのは、赤い女が驚異的な速度で跳躍したからだろう。

 

 先程までの疾走といい人間離れした途轍もない脚力を持っていることが窺いしれる。

 

 恐らく腕力に関しても同様に人並み外れているに違いない。

 今の攻撃を避けられたのは僥倖と言わざるを得ない。

 

「あら器用」

 

 帽子に隠された赤い女の表情の全てを見ることは出来ないが、女が舌を出して口紅が塗られた唇をなめる動きをしているのだけは目視できた。

 

 舌で唇をなめる。ただそれだけの動きにも関わらず、女からは妖艶な魅力が伝わってくる。

 

 今のような艶めかしい動作で何人もの男を誑かしてきたのだろう。

 

 だが、現在は少女で、元二次元専童貞の俺には狙い目を外した超暴投球に過ぎない。

 

「獲物を前に舌なめずりは三流のすることだぞ」

「これは余裕ってものよ。覚えておきなさい、魔女のお嬢ちゃん」

 

 それだけ言うと女は地上へと落下していく。

 

 脚力はあるが、飛行能力や空中で走ったり、二段ジャンプするような能力はないのだろう。

 

 つまりこのまま空を飛び続ければ直撃を受ける可能性は減る。

 

「降りてきなさい、お姉さんが相手をしてあげる」

 

 そう言われても、正直、(ラヴィ)の足では、先程から恐るべき脚力を見せつけてくる赤い女の速度に付いていける気などしない。

 

 何が悲しくて俺が有利な空中というフィールドを捨てて、地上戦に付き合ってやる必要があるのか。

 

 それに、地上での格闘戦のプロなら、たった今この戦場にたどり着いた。

 

「当たり所が悪かったらごめんなさいってことで!」

 

 赤い女の身体能力がどれほどのものかは分からないが、流石に着地のタイミング、膝が曲がった状態ではまともな回避運動など取れなかったのであろう。

 

 着地の僅かな隙を狙って放たれた、エリちゃんの疾風のような蹴りが無防備な赤い女の頭部を捉えた。

 

 足を踏ん張って抵抗することも出来なかったのであろう。

 

 赤い女は飛び蹴りの勢いを殺すことも出来ず、もろに頭部に直撃を食らい、紙屑のように吹き飛ばされていった。

 

 あまつさえ、一度地面に落下してもその勢いは止まらずに跳ね上がり、再度地面に激しく叩きつけられてはその衝撃の反動で跳ね上がり、また着地。

 

 まるで飛び石のように数度跳ねながら50mほど転がり続けたところでようやくその動きを止めた。

 

 女よりやや遅れて、飛び蹴りの勢いを殺すために空中でバク転をしたエリちゃんが体操選手のような華麗な着地をした。

 

 更にワンテンポ経ってから、蹴りの衝撃で脱げたであろう赤い女が被っていた帽子がヒラヒラと地面に落ちた。

 

 赤い女は地に伏したまま動く気配はない。

 

 だが、狸寝入りをしているだけで、近付いたら反撃される可能性もある。

 

 さてどうするべきか。

 

 一応リプリィさんから聞いている対応は出来れば事情聴取、もしくはそのための捕縛までである。

 

 殺害は許可されていない。

 

 だが、俺達はあの女を捕縛するための手段がない。

 

 俺は一度地面に降りた。

 女から反撃があることを警戒してエリちゃんのやや後ろに隠れるように立った。

 

 年下の女の子の後ろに隠れるのは正直格好が良いものではないが、俺はプライドより安全を取りたい。

 

「エリちゃん、出航前にロープとか買ってなかった?」

「買ったけど船に置きっぱなしじゃけぇ、持ってきとらんですよ」

 

 こればかりは仕方がないだろう。

 

「船から降りてとりあえず食事」という流れから、何となくこの追跡劇が始まったので捕縛用の道具などを持っているわけもない。

 

 どうしたものかと様子を見ていると赤い女がゆらりと立ち上がり、視線を上げて今まで帽子で隠していた顔を露わにした。

 

 その顔には、目も鼻も髪も何もなかった。

 

 滑らかな陶器で出来た卵のような曲面に、紅い口紅(ルージュ)が塗られた口だけが大きく開いていて、まるで何か悪趣味なマネキンか芸術品のように見えてくる。

 

 赤い女は無機質な動きでゆっくりとこちらを見つめた。

 

 眼など存在しないというのに、確実にこちらを睨みつけていることは理解できた。

 

「礼儀も礼節も……男も知らないようなおぼこい娘が二人……」

 

 ただ、立つには立ったが、流石にノーダメージと言うわけではなさそうだ。

 首は蹴りの直撃のダメージから復帰出来ていないのは明白で傾げるように横を向いたままである。

 

 姿勢は極端に背中を曲げた猫背を保ったままで背筋を伸ばそうとはせず、足は内股で膝から下は小刻みに震えている。

 

 見ただけでも無様としか言いようがない。

 

「お前は『ゲームマスター』の仲間か? このパナマで何をしようとしていた?」

 

 先程は確認出来なかった質問を再度投げかける。

 

 ダメージで身体能力はかなり落ちていそうなので、再度襲ってきてもそこまでの脅威はないだろうが、何か妙な隠し玉で反撃をしてくる可能性は捨てきれない。

 

 口から火の玉を吐き出して攻撃してくるくらいは想定して、いつでも盾で防げる準備はしておく。

 

 最悪は魔女の呪いを使用して一気に消し飛ばすことも視野に入れておいた方が良いだろう。

 

 外見から相手は人間ではないのは明白だ。

 

 人間ならば無力化してリプリィさん経由で軍に引き渡しで解決なのだが、人間ではなく人型モンスターということならば、手加減などせず、ここで殺処分しても文句は出ないはずだ。

 

「私は荷物が無事に届くよう手配に来ただけ。まあそれもやり直さざるを得ないようだけど」

「荷物?」

 

 まるで質問の解答になっていないどころか、荷物うんぬんという、聞いてもいない内容が返ってきた。

 

「まあ、これ以上はここに留まり続けても意味はないようね。引き上げましょう」

 

 赤い女がそう言うや否や、足元に淡く青白い光が広がり始めた。

 

 その光は段々と強くなり、最初はぼんやりとしていた何かの模様がしっかりとした像を浮かべ始めてきた。何らかの魔術的な行為をしようとしているのだろうか。

 

「ならば5羽をリリーす……って出来ないか」

 

 俺のすぐ真横にはエリちゃんが立っている。

 

 魔女の呪いを放てば、確実に赤い女を消せるだろうが、その事前動作である「収穫」にエリちゃんを巻き込んでしまうので使うことは出来ない。

 

 そういう意味では因果な能力だ。

 

 威力こそあるが、今回のように仲間との連携が必要な場面では使用できない。

 同様の理由で街中のように人が多くいる場所でも使用は限定される。

 

 誰とも手を組めず、周りに誰もいない状況になる必要がある状況でしか使用できない。

 

 もしかして、この能力制限で世間から虐げられて追いやられる魔女の因果でも証明しているつもりなのだろうか?

 

 だとしたら、そういう意味でもまさに「魔女の呪い」というわけだ。

 

 能力の使用を躊躇している間に、女の足元の光はどんどん強まっていく。

 

「流石に今回ばかりは貴女達の勝ちを認めましょう」

「待て、逃げるのか!」

「もちろん。次は万全な状態で。また会いましょう、お嬢さんたち。今度は北の(ヒキガエル)の遺跡で」

 

 女はそれだけを言い残して姿を消した。

 

 遺跡で出会った全身タイツマンのように、転移ではなく単に姿を消す能力である可能性も捨てきれない。

 

 しばらくは潜伏からの奇襲を仕掛けてくる可能性を考えて警戒をしていたが、エリちゃんの感覚にも、俺の出した鳥の使い魔の視力でも確認出来なかった。

 

 これは流石に完全に撤退した判断して良いだろう。

 警戒を解いた。

 

「攻撃……じゃなかったみたいだけど」

「テレポート系の能力だとすると完全に逃げられたな」

 

 気付くと脱げて地面に落ちていたはずの女の深紅の帽子も消滅していた。

 

 一緒に転移したのか、それとも帽子に見えるだけで女の身体の一部で距離が離れすぎると消滅するような仕組みだったのか、それは分からない。

 

 だが、少しだけでも分かったことはある。

 

 女は「荷物」とやらで何か行おうとしていたこと、北の「蟇の遺跡」で待っているという発言。これは今後の方針になる。

 

 容姿は聞き込みの参考に。

 

 全身赤色で妖艶な美人という目立つ容姿ならば、聞き込みをすれば簡単に見つかるだろう。

 

 身体能力は高いが、飛び蹴りで膝に来るほどのダメージを受けるので決して無敵ではないこと。

 

 転移で逃げられない程度に連続攻撃を当てれば割と普通に倒せそうというのは次回戦闘時に作戦を決めるためのヒントになる。

 

「一度戻って状況報告をしよう。その上で今後の対策会議だ」

 

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