収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 8 「告白」

 丸一日かけてパナマ南港に戻ってきた。

 

 出航日まではあと1日あるが、その後また1週間の船旅が待っているとなると、あまりゆっくりはしていられない。

 

 船に乗っている間はあまり真水を使えないので、今のうちに風呂へ入り、洗濯物を洗い、カピカピのジャガイモピザをどうにかするために調味料などを仕入れたらあっという間に出航日。

 

 慌ただしいにも程がある。

 

 風呂のシーン?

 いや要らんだろう。

 

 俺はもう悪臭を放つ汚染源ではなく綺麗好きの女子だ。

 

 服を脱ぐだけでワルプルギスの夜を引き起こすようなことはもうないのだ。

 

 淡々と身体を洗って汚れと鳥の臭いを落とし、風呂上りにまた勝手に出てきた鳥に

 

「また臭いを付けようとしているな、こいつめハハハ」

 

 とやって終わりである。

 

 日常すぎて何の面白みもない。

 

 前回との変化は、エリちゃんがようやく俺を普通の女子として認めてくれたので、一緒に風呂へ入って流し合いをしたくらいだ。

 

 そこまで大きなイベントなどない。

 なんというか、色々有りすぎてもう慣れた。

 

「なんでオッサンが女湯に行ってるんだよ! なんでJKと身体を洗い合ってるんだよ! おかしいだろ! 俺も混ぜろ!!」

「髪だけだっての! 同性でも身体を洗い合うのはおかしいだろ。だいたいお前が混じる要素はどこにあるんだよ!」

「そんな嘘だろ……女同士でイチャイチャするのは基本だろ。エリスさんおっぱい大きいですね。そんなラビ助こそ、それなりにあるじゃないキャハハフフフという展開は?」

「お前はオッサンと風呂で身体を触り合うのか? とくさんか?」

 

 そう言うとカーターは黙り込んだ。

 何故逆の立場で考えられないんだ?

 

「そんなものはないからウ=ス異本でも読んでおけ」

 

 何やら勝手な幻想を浮かべて勝手にショックを受けているカーターはもうどうでもいいだろう。

 

「あとお前も風呂に行けよ。今から一週間の船旅なのに、水が使えるうちに身体を洗わないと臭いぞ。昔の俺みたいになるぞ!」

 

 カーターに汚染源にはなるなと強く警告をしておく。

 

 その点モリ君は話をよく聞いてくれるので素直に風呂と洗濯に行ってくれた。助かる。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 かくして、パナマ港を出港し、また1週間の船の旅が始まった。

 

 今回は見送りなどもなく、簡単なものだった。

 

 淡々と出航して、行き先の地図を確認して港に到着したら何をすべきか、簡単な作戦会議を行う。

 

 ただその会議も小一時間ほどで完了して、以降やることはなくなってしまった。

 

 だいたいの暇潰しはパナマに来るまでの1週間でこなしてしまっている。

 

 食事はパナマで手に入れた魚醤の底に沈んでいた「いかなごのくぎ煮」のような発酵食品のおかげで、カピカピに乾いたジャガイモピザも美味しくいただくことが出来たが、それ以外の時間は退屈極まりない。

 

 退屈を潰すために昼間は寝ているが、そのために深夜ふと目が覚めてしまうのも仕方がないことである。

 

 目が覚ますと、どういうわけか船室内にはエリちゃんとリプリィさんがいなかった。

 

「2人がいないということは、これは禁止されている空の散歩に繰り出すチャンスなのでは?」

 

 2人が戻ってくる前に素早く下着の上にローブを羽織り、足音を忍ばせながら箒と帽子を持って狭い木の床の上を歩く。

 

 歩いているだけでメキョメキョと木が軋む音を立てているのは気にしたら負けだ。木だけに。

 

「意外と陸が近いかもしれないから椰子の実を狙ってみよう」

 

 飛び出してからのプランを浮かべながらもうすぐ甲板というところで何やら話し声のような音が聞こえてきた。

 

 声からは片方はリプリィさん。

 そしてもう一人はモリ君の声に聞こえる。

 

「なんで2人がこんな深夜に甲板へ? 何をやっているんだ?」

 

 気付かれないように足音が立ちやすいミュールを脱いで、素足でそろりそろりと忍び足で歩く。

 

 すると、板に出るための階段の横にあるわずかなスペースにしゃがんで潜んでいるエリちゃんと目が合った。

 

 エリちゃんは俺に気付くと、右手の人差し指を口の前に立てて、左手で手招きした。

 やはりなるべく物音が立たないように近寄る。

 

「静かに。モリ君とリプリィさんが話してるから」

「なんでその2人がこんな夜中に」

「重要な話みたいだから静かに」

 

 囁き声でやり取りをする。

 

 俺が箒を持ち出している件については今はお咎めなしのようだった。

 

 後でお説教が入るのかもしれないが俺もモリ君とリプリィさんが何を話しているのかは気になるので、耳を澄ましてみる。

 

「――だからこの世界に残ってくれないですか?」

 

 リプリィさんの声だ。

 

 どうやらモリ君にこの世界へ残って欲しいと頼み込んでいるようだ。

 

 予定通りだと俺達とリプリィさんはホンジュラスに着いた後に別れることになっている。

 

 一応船が出るまでの1週間はゲームマスターの捜索を手伝うつもりではいるが限度はそこまでだ。

 

 俺達は日本に帰るつもりだ。

 

 そうなれば、この世界の住人であるリプリィさんとは二度と会うことはないだろう。

 

 だが、モリ君に気があるリプリィさんはその永遠の別れに納得いかず、ここで告白となったのだろう。

 

「――ごめんなさい。それには応じられません」

「やっぱり……エリスさんがいるからですか?」

 

 それを聞いたエリちゃんが複雑そうな表情で拳を握り締めた。

 

結依(ユイ)という幼なじみがいたんです」

 

 モリ君から出た言葉は予想に反するものだった。

 

 エリちゃんに対する気持ちの吐露や今は恋愛のことなど考えられない。

 

 そんな感じのなどのセリフが出るとは思ったのだが、出て来たのは以前からモリ君がよく口に出していた謎の人物名「ユイ」の話である。

 

「『いた』……ですか?」

「異世界転生って御存知ですか? いえ、分からないのならば大丈夫です」

 

 あまりに急な話題の転換にリプリィさんも困惑している。

 

 端で聞いている俺達も同じだ。

 モリ君は何を話そうとしているのだろうか?

 

「結依はあちらでは死んでしまったけど、この世界のどこかに転生して、俺が助けに来るのを待っている気がするんです。だから、俺はそれを捜しに行かないといけないんです」

「あの、それはどういう……」

「エリスとラビさんの2人は日本に送り届けます。どちらも少しずつ結依に似てるところがあるから見捨てられないので。ただ、2人はあくまで別人です。だから、俺一人でもこの世界に残って結依を探し続けます」

 

 少し待って欲しい。

 

 モリ君がさっきから言っている発言が何一つとして理解出来ない。

 

 モリ君は真面目なようでなんか少しズレているアホの子なので「俺が面倒を見ないと」とは思っていたのだが、流石にこの発言は言葉が足りていないとかそういう次元の話ではない。

 

 発想が突拍子もなさすぎて付いていけない。

 

「バカじゃないの!」

 

 俺がどう対応すべきか悩んでいると、先にエリちゃんが勢い良く物陰から飛び出した。

 

 リプリィさんが呆気にとられている中、モリ君に間髪開けず駆け寄り、胸倉を掴んで持ち上げた。

 

 身長は20cm以上は高いモリ君をだ。

 

「なんで目の前にいる人じゃなくて、ここにいない死んだ人の話をしてるの! なんで目の前の相手を視られないの! 振るにしても、ちゃんと相手を見ないと可哀想でしょ!」

「だって結依は死んでな――」

「――死んだんでしょ! 死んだ人はもういないの! 動かないの!」

「でも異世界転生が」

 

 モリ君の頬がエリちゃんに打たれた。

 

 本気で打てばモリ君の首くらい落とせるだろうエリちゃんにしては適度に加減された平手打ちだ。

 

「何その異世界転生って? 何系の発想?」

「だって仕方がないじゃないか! あっちでは良いことがなかった結依もこちらの世界ならばきっと楽しく暮らしているって……」

 

 モリ君の絶叫を聞いて、ようやく事情が理解できた。

 

 おそらくそのユイという娘は何らかの理由で早逝したのだろう。

 

 ただモリ君はその事実を認められずに

「ユイはこの世界で生きて元気にやっている」

 と思い込むことで精神の平静を保っていたのだろう。

 

 モリ君とユイの関係については何も知らない。

 

 幼なじみだったのか、友人だったのか……それとも恋人だったのか。

 

 だが、その歪んだ考えはただの問題の先送りだ。

 

 ユイなる人物が死んだと認めない限りは、モリ君が決して救われることはない。

 

 ここは多少モリ君が傷ついても、たとえ俺が悪役として嫌われても決着を付けさせる必要がある。

 

 エリちゃんの殴り込みにより、乙女の告白タイムでなくなった以上は、もはや隠れる意味もない。

 

 俺も甲板に上がった。

 

「残念だけど、異世界転生なんてものはない」

「何を言ってるんですかラビさん、俺達はこうやって異世界に喚ばれて……」

「俺達は死んでこの世界に喚ばれたんじゃなく、みんな生きたまま喚ばれて強制的に別の身体へ変えられてる。トラックに轢かれて転生したのなんて誰もいない」

「ラビさんが全部を知らないだけでしょ」

「なら、全部知ってる奴に聞いてみよう。そこのところどうなんだ運営の犬」

「誰が運営の犬だ」

 

 階段の方へ呼び掛けるとパンツ一丁のカーターが頭をかきながら姿を現した。

 

 完全に寝起きスタイルだ。

 

 実際、たった今起きたばかりなのだろう。あくびを繰り返して目は真っ赤。緊張感の欠片もない。

 

 だが、パンツ一丁は見苦しい上に汚らしいのと、場の空気を破壊しているだけなので流石に最低限の服は着て来て欲しかった。

 

「カーターさんまでどうして?」

「夜中に甲板の上でデカい声出して言い合いしてりゃ起きるっての。近所迷惑を考えろよ、中学生の青春主張大会ですかコラ」

 

 カーターの言いたいことは分かるが、流石に言葉を選ばなさすぎて、火の玉直球ストレート過ぎるだろうと感じた。

 

「運営がやってるのは召喚した人間にコスト調整した肉体を適当に上書きしてるだけだ。ランクアップもコストを再計算しての再召喚。だから、死んだ人間を喚んでも新鮮な死体が出来上がって終わるので意味がないからやらない。運営も魂の概念までは把握できていない。それこそ神のみぞ知るだ」

「以上公式からのネタバレでした」

 

 さりげなくカーターからとんでもない発言が飛び出した気もするが、それについて締め上げるのは後だ。

 

「異世界転生などない」と断言されたモリ君が膝から崩れ落ちている。

 

 俺が言うだけだと通じなかっただろうが、運営に近いカーターからの言葉となると、重みと信憑性が違う。

 

「なら、俺はこれからどうしたら……」

「もういない人達のためじゃなくて、今を生きる人たちのために頑張るんだ。実際、モリ君は俺より年下なのにみんなのために凄くやっていると思う」

「でも、俺は誰も助けられていない……」

「何を言ってるんだ。モリ君のヒールでどれだけの人が助けられたと思ってるんだ? もっと自分を誇っていい」

「それでも……俺は……」

 

 頭を抱えて震えるモリ君の肩をエリちゃんが強く掴んだ。

 

「私が結依さんじゃないって分かっていても助けてくれたんでしょ。励ましてくれたんでしょ。だったら私を見て。結依でもエリスでもない私を。恵理子を!」

「エリ……恵理子」

 

 続いてリプリィさんもモリ君に近付いていった。

 

「モーリスさんの話には分からないことが多かったですが、あの野戦病院で人を助けるために必死な貴方の顔に私は惹かれました。この人ならみんなを……私を守ってくれるって」

 

 モリ君はそのまま声をあげて泣き始めた。

 それをエリちゃんが優しく抱き留める。

 

 リプリィさんは……それ以上2人に近寄ろうとしない。

 

 2人の間に入り込む余地などないと理解してしまったのだろう。

 

「これは俺も空気を読んで励ましに行った方がいいの?」

「空気を読めないのなら絶対に止めとけ」

 

 流石に部外者な俺だが、あの場面には立ち入ってはいけないことくらいは分かる。

 

 俺はただ無言で甲板から見えるユカタン半島の浜辺を見ていた。

 遠くに椰子の木が潮風に吹かれて揺れているのが見えた。

 

 俺には行くべき場所はモリ君のところではなく、他に有るようだ。

 ここはクールに甲板から去ることにする。 

 

《これで良いんだよ。死んだ人間は何も話さない。もう何をする権利もない。カズ君も幸せになるにはもう全部忘れるべきなんだ》

 

 魔女(ラヴィ)が珍しく話しかけてきたが、なかなか良いことを言う。

 

 生きている人間を助けられるのは同じ生きている人間だけだ。

 自分自身を含めて。

 

 モリ君がこのやり取りで救われたどうかは分からない。

 ただ、エリちゃんがいれば、心の傷は少しずつは癒えるだろう。

 

 リプリィさんについては、俺には慰めるための言葉がない。

 あとは時間が解決してくれるのを待つしかない。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 船室に戻り、取ってきたばかりのココナッツの実を割って汁を搾っているタイミングでリプリィさんが戻ってきたので、酒と混ぜてチューハイ風味にして出した。

 

 リプリィさんはそれを一気に飲み干した。

 

 その後に酒の原液を要求されたのが、適当に水で割って飲ませたら、やはり一気だった。

 

 やや遅れてエリちゃんも戻ってきたので、こちらにはココナッツミルクを出した。 

 未成年のエリちゃん向けには流石に酒はなしだ。

 

 それからは3人でちょっとした女子会を開いて、モリ君への悪口合戦を敢行してこの件は終わりだ。

 

 明日からはまた元通りの関係に戻れるかは所詮は部外者であり、恋愛経験値0の俺には分からない。

 

 ただ、流石に少しくらいは事態は好転していると信じたい。

 

 ホンジュラスまであと2日。

 

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