商店の地下に立てこもっていた男はアルバートと名乗った。
一緒にいるのはその妻子。
町をうろついていたのは子供だったようだ。
全員がかなりやつれており、肌の状態が悪い。
それでも、町の住民たちとは違って、目に生気がある。
こうして会話にも応じてくれているし、真っ当な人間のようだ。
この町に来てから初めて生者に会えた。
「大変失礼しました。まさか私たちを助けに来てくださった方とは思いもせず」
「いえいえ、気にしないでください。見た目が怪しいのは自覚があるので」
アルバートさんは開口一番、俺たちに謝罪をした。
3人ともかなり衰弱しているようだったので、持っていた水筒の水を全て提供した。
水の残量はどう補給しようか悩んでいたくらい、他人に渡せるほど余裕などないのだが、このような状況では仕方がない。
最悪、俺が箒に乗って頑張れば水はどうにでもなる。
ついでにクッキーも取り出して渡しておく。
こちらも言うほど食料の余裕はないが、クッキーならばタダで出せる。
「ここにやって来て2か月になります。表へ出ては危ないと地下室があるこの店に家族と一緒に隠れて、助けが来るのをひたすら待っていました」
「やって来た……ということは、無理に連れてこられたというわけではなく」
「はい。旅の道中、突然ワイバーンに襲われて、なんとか逃げ込んだのがこの町だったのですが……」
この一家の素性は不明だったが、どうやら、たまたまこの町を訪れただけの旅人だったようだ。
「助けが来る見込みがあったんですか?」
「ここは私たちが住んでいた町から10日の距離にあります。ですので……」
そこで口ごもった。
建物の外に出ると、ワイバーンや先ほど倒した怪人が襲ってくるので、迂闊に外には出られない。
だから、もしかしたら来る助けに期待するしかなかったのだろう。
俺たちが早めに気づけて良かった。
下手をすると、この人たちはここで朽ちていたかもしれない。
「ワイバーンがどこから来たのかご存じないでしょうか?」
「ワイバーンなら、町の中心にある塔を巣にしているようで、たまに飛び立っては、何かの動物を捕まえて戻ってくるようです」
ようやく重要な情報が手に入った。
ワイバーンの巣さえ分かれば、そこを潰してしまえば、マサトランの町が襲われることはなくなる。
どうやって倒すかは、また後で検討しよう。
「2か月間、水や食料の確保は?」
「旅の途中でしたので、ある程度の食料を持ち歩いておりました。それに、地下には調理しなくても食べられる乾燥豆とワインが保存されておりましたので何とか……」
地下倉庫の中には、樽や布袋がいくつも保管されていた。
書かれている文字は俺の知っているものではないが、アルバートさんの言うとおり、豆とワインなのだろう。
何とかと言ってはいるが、3人のやつれっぷりからするに、ギリギリ耐え忍んでいたという説明に一切の誇張はなさそうだ。
「さきほど、お子さんが町を歩いていたのは?」
「水を探しに行ったようです。すぐに連れ戻しましたが」
「まさかあの井戸の水を?」
「いえ、あれはさすがに飲めないと分かったので、そこらのガラクタを集めて霧の水分を集める仕組みを作りました」
なるほど、それならば納得だ。
霧の水分も飲み水としては少し怪しいところはあるが、あの腐った水よりはマシだろう。
「集めた水は飲み水として瓶に溜めています。なのにこの子は……」
アルバートさんが子供を心配そうな顔で見た。
小学生くらいの男子だ。
元々は活発な子供なのだろうが、今は元気がないように見える。
「ということは、アルバートさんも外に?」
「はい。虫のような……あなたの言うところの怪人の姿が見えたのですぐに引き返しました」
「それでしたら安心してください。そいつら怪人は私たちが倒しました」
そう説明すると、アルバートさんは驚きを隠さずに目を見開いた。
「この後にワイバーンも倒す予定です。もうしばらく我慢いただけますか?」
「倒せるんですか?」
「はい。そのために私たちはこの町に立ち寄ったんです」
話を聞いていたアルバートさんは、奥さんや子供に笑顔を向けた後に、俺の顔を見て言った。
「お願いです。私たちを故郷……テロスの町まで護衛していただけないでしょうか?」
「そのテロスというのは?」
「私たちが出発した町です。私たちはこの町まで10日かかって歩いてきました」
アルバートさん一家の歩く速度は分からないが、子連れだとそれほど速くはないだろう。
1日10キロと仮定すると、やはり100キロ程度。
ここからマサトランまでと同じくらいの距離だろうか?
「私たちは南から北上している途中でこの町にたどり着きましたが、あなたたちは?」
「逆方向ですね。北から川沿いに下ってきました。海沿いの大きな町に出られるはずだと歩いていましたが、途中で川を見失ってしまっていつしか砂漠に……」
「川があるんですか?」
地球のメキシコ北部に大きな川があるとは聞いたことはない。
もちろんここは地球に似ているだけで違う異世界なので根本的に土地の形が違う可能性もあるだろう。
川と言っているが、町の用水路程度のささやかな水の流れがあるだけなのかもしれない。
それでも、サンディエゴ方面に向かうために、どのみち、北西方面へ向かうつもりではあった。
近くに町があるというならば、そこで補給ができるし、道中に川があるということは水の補給もできる。
場合によっては魚などの食料の調達も可能だろう。
行き掛けの駄賃で護衛することはやぶさかではない。
ただし、確認しておきたいことはある。
「ここから4、5日ほど南へ歩いた場所にマサトランという大きな港町があります。そちらに案内することもできますが」
「そんな近くに町があるんですか?」
どうやら気づいていなかったようだ。
比較できる建物や山などがない砂漠の移動は距離感が分からなくなるので、おかしな話ではない。
この町にワイバーンなどが出現しなければ、アルバートさんもとっくの昔にマサトランにたどり着けていただろう。
マサトランまでは5日あれば歩いて行ける。
10日かかるというテロスよりは圧倒的に近い。
見るからにやつれているアルバートさん一家を案内するならばマサトランの方が良いだろう。
港町があると聞いたアルバートさんは目を輝かせて、奥さんと何やら話し始めた。
「実は故郷……テロスの町に強力な魔物が現れて暴れ続けています。そのため、恥ずかしながら故郷を捨てて逃げてきました」
「強力な魔物とは?」
やっとワイバーン騒ぎが片付きそうなのに、また別の魔物が現れたら別の問題が発生して困ることになる。
「私たちならば、それも倒せるかもしれないので詳しく教えてください。どんな魔物なんですか?」
「あなたたちも冒険者ならばご存じだと思いますが、ケルベロスという頭が2つある巨大な犬です。奴はあらゆる攻撃を受け付けず……」
いや、待って欲しい。
急に世界観が変わりすぎて話を受け付けられない。
冒険者という職業はこの世界には存在しなかったはずだ。
しかも、今までさんざん、よく分からない怪物ばかりだったというのに、ここにきてケルベロスというスタンダードなモンスターが現れる意味が分からない。
伝承などにあるケルベロスは頭が3つらしいので、そこは微妙に違うようだが、それを差し引いても世界観が違いすぎる。
念のために探りを入れてみたい。
「冒険者というのはどのような職業なのでしょうか? 寡聞にして存じ上げませんが、呼称から推測するに地質調査技士のような職業の方でしょうか?」
いつぞや、リプリィさんから聞いた内容そのままだ。
この世界では、冒険者という名称に対しては、この認識が一般常識のはずだ。
なのに、俺の話を聞いたアルバートさんが明らかに困惑し始めた。
「おいラビ助、突然に意味不明な話をするな」
「この世界では、冒険者という言葉に対しての認識はこれが正しいはずなんだよ。だから、逆に冒険者なる謎の存在を持ち出してくるのは……」
「別の世界の話」
「もしかしたら同じ世界かもしれないけど、何かおかしなことが起こっている。それを確認しておきたい」
3年前に突如として現れたという、このタラリオンの町といい、明らかに異様な事態が起こっている。
テロスとやらでは、実際にケルベロスが暴れているのかもしれないが、明らかに世界観が違う。
改めて見ると、アルバートさん一家はどう見てもヨーロッパ系の人間だ。
スペインもイギリスも来ていない、この北アメリカにヨーロッパ系の人種が住んでいるというのはかなり異様だ。
「マサトランは、さきほど私が説明した通り、冒険者なんて知らないというのが常識の町です」
「冒険者を知らない……」
「そうです。根本的に文化や風習が異なるんです。本当にそちらに案内させていただいてよろしいでしょうか?」
「それは……」
アルバートさんもやはり少し抵抗があるようだ。
今は冒険者の話だけだが、生活していくと、他の文化も色々と異なっているだろう。
それに馴染むのはかなり大変な話になる。
「アルバートさんは、本当に見知らぬ港町で1から再スタートしたいのか? それともテロスの町に戻りたいのか? それを確認したいです」
「でもケルベロスが」
「ケルベロスのことは今は忘れてください。ケルベロスは私たちがどうにかします。問題はアルバートさんがどうしたいかです」
アルバートさんは困惑しているようだ。
しばらく両手を合わせたまま目を閉じて、何やら考え込む姿勢のまま動きを止めた。
ややあって口を開いた。
「一晩だけ時間をもらえますか? 家族と相談させてください」
確かに、人生を変える話だ。
すぐに結論が出ることではないだろう。
ただ、ここの地下に残り続けるというのは、安全の確保という点でも問題がある。
なので、一緒に俺たちが泊まっている宿に来てもらうことにした。
同じ場所に固まっていれば、もし敵が出現した時に守りやすくなる。
そして、宿に戻った俺たちは、問題が発生しているのはアルバート一家だけではないことを知るのだった。
◆ ◆ ◆
「ただいま戻ったよ。こっちは大丈夫だった?」
「やっと帰ってきてくれた……あまり大丈夫な状況とは言えないです」
宿の入り口で声をかけると、モリ君が待っていたとばかりに勢いよく宿から飛び出てきた。
「まずは、状況を見てもらえますか……って、その人たちは?」
「旅人だ。この町に偶然に迷い込んでしまって、助けを求めている」
モリ君にアルバートさんたちを簡単に紹介する。
「そういうことなら、まずはラビさんとカーターさんだけでも先に状況を見てもらえませんか?」
そう言うモリ君の表情が優れない。
俺たちが不在の間に、この宿で何が起こったのか。
「アルバートさんは見ない方がいい何かがあったと?」
「はい……」
モリ君が先に宿の中に入り、そのままエントランスから宿の主の部屋らしき場所へ入って行く。
そこにあったのは、完全に朽ち果てた机の上に倒れ伏した白骨死体だった。
朽ちた机には分厚い埃が積もっていたので、この遺体は何年もここに放置されていたとしか思えない。
埃の厚みからして、3年どころではない。
マサトランの町で見た時と同じで、遺体の服だけは新しい。
遺体の前にはカーターが宿賃として支払ったはずの銀貨が6枚置かれていた。
「目を覚ましたドロシーの相手をしていたら、階下から変な音がしたので、見に来てみたらこうなっていました」
ドロシーが目を覚ました?
それは詳しく話を聞きたいところだが、今は切迫した目の前の問題から片付けたい。
モリ君はやはり白骨死体に少し恐怖があるのか、決して近寄ろうとしない。
カーターは無言でスーツの内ポケットから手帳を取り出して1枚を破った。
紙片を机の上に伏した白骨死体に当てると、一瞬で色が染まった後に発火。
塵と化して消え去った。
「また死体を操る術だ」
「町で扇動したやつの意図は俺たちを糾弾するためだと分かりやすかったが、この宿の主の場合は何なんだ?」
「オレたちを宿から追い出したいのか? この町に安全地帯などないと」
カーターが宿の入り口を見た。
そこにはアルバートさんたちが落ち着かない顔で周りを見回しながら立っていた。
さすがに安全地帯があると言った矢先にここは安全ではないなどとは言えない。
不安をかきたてるだけだ。
「どうします? ここから移動しますか?」
「そうは言っても、この町の安全地帯なんてどこにあるのか分からないんだ」
まずは鳥を喚び出して、宿の各所に放った。
この建物の出入り口は、正面玄関と裏口。
他には人が出入りできるくらい大きな窓が1階に4か所。
2階には部屋が4室あり、それぞれに大きな窓が1つ付いている。
俺たちの部屋とドロシーを隔離している部屋。
そして空き室が2つ。
空き室は埃だらけだが、物は置かれておらず、掃除さえすれば泊まれなくはない。
「あてもなく移動するよりは、まだ、ここに立てこもる方が防御プランを立てやすい。何か他に良い案があれば意見を出してくれ」
「アルバートさんたちが隠れていた地下の倉庫は?」
「地下だと、もし敵が襲ってきたら逃げ場がない」
モリ君もしばらく何かを考え込んでいたが、この短時間では良い案は思いつかなかったようだ。
「カーターさんは、アルバートさんたちを空き室に案内してあげてください。その間に、俺とラビさんで、1階を封鎖します」
「封鎖って何をやる気だ?」
「簡易バリケードを作って、誰も入れなくします」
「でも、そんな時間稼ぎで大丈夫か?」
「ないよりもましだ。この宿に敵が押し寄せてきた時に、逃げる時間を確保できたらそれで十分だ」
早速行動を開始した。
カーターは入り口で待っていたアルバートさんたちに声を掛ける。
その間に俺とモリ君は、まずは裏口の扉にバリケードを築き上げて侵入を拒むようにする。
宿屋の主の遺体は……椅子に座らせたまま、部屋の隅に寄せた。
銀貨6枚は主の膝の上に乗せておく。
一度、宿賃として払ったものを回収するのも無粋だ。
硬貨はちょうど6枚。三途の川の渡し賃の六文銭とでも思えば諦めもつく。
扉に鍵を掛けた後に家具などを積み上げていく。
窓も鎧戸を閉めた後に同じように宿にあったさまざまなもので塞ぐ。
最後に、正面入り口を塞ぐための重いテーブルを運ぼうとした時のことだった。
入り口の方向から何人もの足音が聞こえてきた。
霧の向こう側、そこには10人ほどの影が、微動だにせず立ち尽くしていた。
「早くも襲撃してきたか……」
「いえ、よく見てください。襲撃にしてはおかしいです。宿に入ってこようとしてきません」
モリ君が低く抑えた声に促され、俺は目を凝らした。
住民たちは武器を手にしているわけではない。
ただ無言で立ち尽くしているだけだ。
住民たちには何の感情も浮かんでいなかった。
怒りも悲しみも……今から襲撃してやろうという猛りのようなものもなく、ただ静寂だけがそこにあった。
俺が箒を握りしめて迎撃に出ようとした時に、モリ君が手を伸ばして俺を制止した。
「まずは話し合いです。この人たちが敵と決まったわけではありません」
「ああ、そうだな……」
モリ君の言うとおりだ。
あまりに次々に起こる異変に、どうやら少々気が立っていたようだ。
まずは話し合いで平和的に解決。
それについては何の異論もない。
俺とモリ君は宿屋の入り口から表へ出た。
宿の前に集まっていたのは10人ほどの住民だった。
しばらくお互い、無言の睨み合いが続く。
そんな中、住民たちの中から中年の男が1人、前に出てきた。
「あんたたち……あの怪物を倒したのはあんたたちなのか?」
「怪物というのが、さきほどまで現れていた白い怪人を指している言葉ならば、私たちです」
そう答えると群衆の中でざわめきが起こった。
「もしかしたら、あのラティも……」
ラティ……あの宿屋の主が言っていた言葉だ。
「まずは話を聞かせてください。この町で何が起こっているのか? その幽鬼というのは何なのか?」