「私たちがこの町に集められたのは3年ほど前でした」
宿屋の前に集まってきた住民たちのうちの1人。
中年の男が語り始めた。
「気づくと、私たちは家ごとこの町の中に閉じ込められていたのです。見てください、この無秩序な町並みを」
中年の男は芝居がかった大げさな動作で手を振った。
霧が濃すぎてあまりはっきりとは見えないのだが、あちこちの地域の建物が集められているのは既に知っている。
「それだけではなく、こんな霧の日には怪物が現れて、住民たちを殺して回るのです」
「ではあの隅に転がっている白骨は?」
「幽鬼に殺害された我々の成れの果てです」
無造作に人骨が放置されている理由が分かった気がする。
元々別の場所に住んでいたところ、無理矢理1か所に集められた。
殺されたのはご近所さんではなく、よく知らない他人だったので放置していたということか。
幽鬼からの報復を恐れていたというのもありそうだ。
「どうしてこの町から逃げなかったんです?」
「もちろん、逃げ出した者も大勢いました。ですが、あの尖塔に住み着いているワイバーンが追いかけてくるのです」
マサトランに飛んできたワイバーンの謎も解けた。
所詮は爬虫類のワイバーンには、この町から逃げ出した住民とマサトランの住民の区別がつかなかったのか。
「お願いです。
「わかりました。ワイバーンは元々倒すつもりでしたので。順序は逆ですが、ついでにそのエイドロンとラティとやらも倒します」
「ありがとうございます。ラティはあの尖塔の頂上階に住んでいるはずです」
それはそれとして、この町に来てからずっと疑問に思っていたことを解消したい。
不躾ながら確認することにした。
「ところで、皆さんがこの町に集められて3年ということでしたが、皆さん、食事はどうされていましたか?」
この町は、砂漠のど真ん中に孤立無援で存在している。
この住民は何を食べて、何を飲んで生活をしてきたのか?
もし食料や水が手に入るのならば、それは俺たちにも必要なものだ。
教えていただけるとありがたい。
そんな軽い気持ちでの質問だった。
特に裏があって聞いたわけでもなくて素朴な疑問だったのだが、それに対しての返答がいつまで経っても返ってこない。
次の瞬間、異変は起こった。
先頭にいた中年の男が突然崩れるようにして地面へと倒れた。
残っていたのは服を着た白骨死体だけだった。
そんな異常事態を見ても、他の住民たちはまともな反応を示さない。
それどころか、住民たちは、ただ無言で俺たちの方をじっと見つめている。
まるで今の俺の発言が禁忌を犯してしまったと言わんばかりだ。
誰によって禁じられている?
状況からして「ラティ」だろう。
では、今の「食事はどうしていました?」という質問のどこに禁忌があった?
この3年間、食事なんて摂る必要がなかったと住民に気づかせてはいけなかったから。
何故?
3年間食事を摂らなくても平気な存在は、既に人間と言えないから。
「お願いします。我々を解放してください」
今度は別の男が前に出てきたが、その発言と同時に、すぐに白骨へと還る。
「助けて……」
「終わりにして……」
男たちは、まるで遺言のように一言呟くと同時に人間の姿を失っていき……そして誰もいなくなった。
モリ君は震えていた。
白骨死体を見たことによる恐怖による反応ではない。
堪えるように、拳を握りしめ、下唇を噛みしめていた。
「倒しましょう。ラティというやつを」
「ああ、そのつもりだ」
さすがに今のは限度が過ぎていた。
ラティが何者なのかは分からないが、人間の尊厳というものをあまりに無視しすぎている。
ここまで来ると、もはや挑発だ。
俺たちには勝ち目などないから諦めろと言っているとしか思えない。
「ラティがいるのは、あの塔なんだな」
俺は霧の向こう側に立つ、巨大な尖塔へ視線を向けた。
敵の居場所は分かった。
もうためらう必要はない。
「まずは朝を待ちましょう。攻略作戦を考えて、ラティをみんなで倒します」
「あの白い怪人は、それなりに強かったので、数がいるとなれば面倒だ。それに強さも能力も未知数の『ラティ』なる敵。正面から戦うのはかなり面倒そうだ」
「だから、作戦を立てます。全員の力を合わせれば勝てるはずです」
頭の中でどうすれば効果的かつ効率よく敵を倒せるのか計画を考える。
今までの話を総合すると、ラティとやらは蛙の神と同じような戦闘力を持っている可能性は高い。
まともに正面から挑むだけでは勝ち目はないだろう。
もちろん、逆に言うと、まともに挑まなければ勝てるという話だ。
蛙の神の時は状況的に使えなかった手段だが、今の状況はこの戦法に適している。
周りへの被害が出ない。リスクは最小限。それでいて勝負は一瞬で決まる。
もしかしたらみんなに怒られるかもしれないが、結果として全員の安全につながる。それはそれだ。
◆ ◆ ◆
夜の闇にまぎれ、箒に乗って町を出る。
鳥を2回に分けて召喚。
10羽がたまったところで、そのうち7羽を
「ラティの犠牲になった皆さん……奴を倒すのに力を貸してください」
エネルギーに使うのは、城壁近くに埋葬もされずに放置された白骨死体たち。
収穫によって分解され、あちこちから舞い上がった黒い霧は渦巻きながら、俺の動きに追随してきた。
早くも獣の咆哮……怨嗟の声を思わせる音が鳴り始めている。
黒い球体を携えて大気を震わせながら、タラリオンの城壁の上へゆっくりと浮上した。
いくら霧が濃くて視界不良と言えども、天高く伸びた尖塔という目印があるのだから、さすがに狙いを外しようがない。
そして、高い塔にいるということがありがたい。
魔女の呪いの熱線は曲がることはなく、真っすぐ直進しかしない。
それでいて、一瞬で効果範囲内の空気も焼き尽くして真空状態に変えるので、高温も範囲外には漏れ出さないことは過去の経験から分かっている。
一定の高さを保ちつつ、地面と水平方向に撃てば、地上……町の中に影響は出ない。
「白い怪人、ラティ、ワイバーン……全部尖塔にいるんだろう。1か所へ固まってくれているのは実にありがたい」
黒い球体は大きく膨らみ、巨大な虹色の球体へと姿を変える。
それと同時に放たれた
霧による乱反射の影響は多少はあったのかもしれないが、それでも放電がワイバーンを焼き払うのに支障はなかったようだ。
黒く焼け焦げた羽トカゲの残骸が町中に向かって落下していく。
ワイバーンの死骸は勢いよく地面に叩きつけられた。
一瞬、住民への被害が頭をよぎったが、ワイバーンの残骸の落下地点から住民の声は全く聞こえてこない。
もう、この町の中には生きている人間は、誰も存在していないのだろう。
「お前に受けたみんなの恨み、怒り……お前がばら撒いた呪いは、魔女がまとめてお返しさせていただく!」
虹色の球体は赤熱した球体を経て眩い閃光と共に超高熱の熱線へと姿を変えた。
熱線は濃霧に円形の孔を穿ちながら尖塔に突き刺さり――
――尖塔の直前で、突如として空中に出現した巨大な魔法陣による防壁によって阻止された。
ラティによる防御系の能力だろう。
だが、慌てる必要はない。
モリ君のプロテクションが熱線を防いだことは覚えている。
防御系のスキルが熱線を何秒か防ぐことができるのは想定内の話だ。
「防御できるのはほんの数秒だ。魔女の呪いは30秒続く!」
熱線を防げたのは5秒だけだった。
熱線は魔法陣を何事もなかったかのように貫通して尖塔を抉り取って大穴を開けた。
熱線の照射時間にはまだ余裕があったので、尖塔を上から舐めるように焼き払っていく。
放置すれば、塔が崩壊して、町中に影響が出るだろう。
それはさせない。
尖塔の残骸は、熱線が直撃した部分から瞬時に溶解、そして蒸発していく。
30秒が経ち、熱線の照射は終わった。
かなり低くなった尖塔の方からはもう何の物音も感じられない。
崩れそうな部分は全て焼き払った。
今まで定期的に聞こえていたワイバーンの咆哮もない。
敵は全て掃討出来ただろう。
ふと空を見上げると、1日ぶりに砂漠の雲一つない星空が見えた。
霧が晴れたのは熱線の高熱によるものか?
それとも尖塔にいた「何か」が滅びたからなのか?
ひとまず片付いたようなので、町へ戻った。
◆ ◆ ◆
「ラビさん、また何かやった……やらかしたんですね?」
宿屋の入り口で俺は正座をさせられていた。
目の前には怒ったような、呆れたような顔のモリ君とカーターの2人がいる。
どうやら、俺の全身に浮かんだ光る紋様と、夜の闇を切り裂く熱線。
それらを見て、何をやったのか、ある程度事情を察したようだ。
「ラビさん、町の中で魔女の呪いを撃ったんですか?」
「滅相もない。町の中では危ないので町の外から……」
「町の中で使うのは危ないってのは、町の外から撃てばいいって意味じゃないのは分かりますよね」
どうやらこれはリーダー……モリパパからのお説教が始まるようだ。
不服はなかった。
大方その通りであると認識していたので、神妙に縄についた。
「別に怒っているわけじゃないんです。何をやったのか説明してください」
「こっそり町を抜け出して、ボスらしいラティとワイバーンを尖塔ごと焼き払って倒しました」
事実をありのままに伝えると、頭を抱えて何やらぶつくさつぶやき始めた。
「えっと……ちゃんとした大人なんだから分かりますよね。なんで、やる前に俺たちに教えてくれなかったんですか?」
思わず目を逸らした。
「14歳ですけど」
モリ君の目つきがさらに厳しくなった。
これは茶化してはいけない状況のようだ。
「ごめんなさい23歳です」
「どうして俺たちに相談せず、1人で勝手に行動したんですか?」
「遠距離から狙撃で確実に仕留めるのが最も安全だと判断しました。相談しなかったのはラティがまた何かをやる前に潰す必要があったからです」
「みんなの安全確保はどうなったんですか?」
「避難する間に、敵に対策を講じられる可能性があった。味方には被害が出ないように射角などは考慮していた」
「それで敵を全滅出来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「相手が全滅するまで何度でも熱線を……」
正直に答えると、モリ君は俺の両肩に手を置いて笑顔のまま迫ってきた。
顔が近い。そして怖い。
表情こそ笑顔だが、目が一切笑っていない。
「もっと仲間の俺たちを信用して頼ってください。ラビさん1人が全部背負う必要なんてないんです」
「はい」
「今回は勝てたからいいものの、次からはちゃんと事前に報告をお願いしますよ。独断専行をしたら怒りますよ」
「それについては本当にすまないと思っている」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「よろしい」
実際、俺の独断専行が悪いところもあるので、これについては反省しないといけない。
正直に謝る。
おかしい。
この扱いは俺がモリ君の妹扱いではないか。
俺は保護者だぞ!
「思い出したことがあるんだが、聞いてもらえるか?」
今まで成り行きを見守っていたカーターが話しかけてきた。
「
「ここの住民は自覚がなかったかもしれないが、とっくに死んでいて、ラティの駒として操られている存在だったと?」
「そういうことだ。謎の幽鬼という敵が襲ってくると思っていたら、その正体は自分の隣人、もしくは自分自身だった」
だとしたらあまりにひどい話だ。
ただ殺されるだけではなく、死後も謎の敵に好き放題人形として操られていたことになる。
「多分だが、ここはラティというやつがパッチワーク的にあちこちから人や物を集めて作った町なんだろう。エイドロンは、その町を運用するために使われていた」
「多分か」
「真相は誰かさんが全部焼いちまったからな」
「本当に申し訳ございません」
素直に謝罪すると、カーターは俺の額にデコピンを入れた。
それ以上追及はしてこなかった。
「ところで、まだ聞けていなかったんだけど、ドロシーちゃんの体調は?」
「熱も下がってきて目を覚ましたので、ラビさんが作ってくれたお粥を食べさせました。今はまた寝かせています」
モリ君が答えてくれた。
それならば安心だと胸を撫でおろす。
これで懸念事項が一つクリアされた。
「エリちゃんに風邪が移ったということもなく?」
「私もピンピンしてるよ。体力が弱ってただけじゃないかな?」
噂をすればなんとやら。
エリちゃんも階段を降りてきた。
「もうあの子は大丈夫みたい。病み上がりだからもう少し寝かせておきたいけど」
「それは良かった。看病お疲れ様です」
この調子ならば、ドロシーの面倒はエリママに任せておいて良いだろう。
「当面の危機は去ったと思うけど、念のためにアルバートさん一家以外にも、町の中に生き残りがいないか、調査を行いたい。できれば協力して欲しい」
俺は改めてモリ君とカーターに手伝いをしてもらえるように頼み込んだ。
人捜しは人海戦術が必要だ。
捜索人数は多いに越したことはない。
「最初からそう言ってくれれば協力しますよ」
「そうそう、もっと仲間のオレたちを頼れっての」
◆ ◆ ◆
朝になったので、町の調査を開始することにした。
静まり返ったモザイクの町に響くのは俺たちの足音と風が吹き抜ける音だけだ。
「誰かいませんかー!」
「いたら返事しろー! 助けに来たぞー!」
俺とモリ君とカーターの3人で声を張り上げながら通りを歩いた。
だが、何の返事も返ってこない。
霧が晴れたということもあり、視界は良好。
使い魔モードにした鳥を空に放って、空と地上から同時に調査をしてはいるが、今のところ動くものは何もない状態だ。
町のあちこちには、服を着た白骨死体がいくつも倒れているが、さすがに全てを埋葬する余力はない。
「本当に生きている人は誰も残っていないんですね」
「まあ3年だしな……3か月なら、アルバートさんみたいに、溜め込んだ食料を食いつないで生き残っているかもしれないけど」
諦めてはいたことである。
俺たちがこの町に着いた時点で既に手遅れだったのだから、さすがに気に病むことではない。
「もう一回りしたら、一度宿へ戻ろう。これからどうするのかを打ち合わせしておきたい」
「賛成。今日の昼飯は何を食うんだ?」
「トウモロコシ粉のパン」
「オイオイ、それ船の中で散々食った奴だろ。他にないのか?」
「元々、この町で何か買うつもりだったからな。海も遠いから魚も獲りにいけないし、次の町に着くまでは保存食で繋ぐしかない」
カーターと昼食の話をしていながら通りを歩いている時に、モリ君が立ち止まったままついて来ないことに気づいた。
顎に手を当てて何やら考え込んでいる様子だったので、小走りで戻った。
「何があった?」
「静かに!」
モリ君が静かな……それでいて強い声で言った。
「今、何か人の声みたいな音が聞こえました」
モリ君が耳を澄まして音を聞くことに神経を集中している。
邪魔をしてはいけないと思い、俺とカーターは立ち止まって息を殺す。
「こっち! ついてきてください」
モリ君が俺たちには聞こえない、かすかな物音を聞き取ったようだ。
モリ君が慌てて駆け出していった。
走って付いていくと、道の真ん中で倒れている中年の男性と、小学生くらいの子供の姿があった。
モリ君はしゃがみ込み、倒れている子供の方に
「生きているのか?」
「外傷はないみたいですが……」
近寄って倒れている2人を見る。
中年男性は黒髪長髪で大柄な筋肉質の男。
革の肩当てを付けているくらいで、鞄などの所持品はない。
子供の方は薄茶色の髪に吊りズボン。
素材や縫製の良い服装で、金持ちの子供らしい雰囲気がある。
2人に共通するのは、どちらも服が綺麗すぎるということだ。
鞄などがないのは、倒れるまでどこかで紛失しただけかもしれない。
それでも、汚れもほつれもない衣服や靴は、砂漠を越えてきたようには見えない。
ドロシーと全く同じパターンだ。
「これ、もしかしてもしかするのか?」
「ええ……間違いないです」
子供に続いて、中年男性の傷の状態を診ていたモリ君が、1枚のカードを取り出した。
[タルタロス SR]
続いて、子供の方からも同じフォーマットのカードを取り出した。
[レルム R]
「見覚えがありますし、間違いありません。この2人は第16チーム……ドロシーの仲間です」