「すまないが、お客さん2人追加だ」
「お帰り……って、その人たちどうしたの?」
「町の路地で倒れていた。第16チームだ」
タルタロスは、身長は2メートル近くあり、体重も推定100キロ超えの巨漢だ。
そのため、運ぶのはモリ君とカーター2人に任せて、俺は小学生のレルムを背負ってきた。
小学生だから軽いとはいえ、さすがに意識のない人間を背負って数百メートル歩くのは体に堪える。
「2階に空き室があっただろう。とりあえずそこに2人を運ぼう」
「くぅー、このデカブツを背負って階段かよ」
「そうは言っても、ここに野ざらしはできませんよ」
モリ君とカーターが宿の2階へ上がる階段を見ながら絶望している時に、タルタロスがうめき声を上げた。
「うう……ここは一体……」
「あんた、大丈夫か?」
「ああ……なんとか立てる」
タルタロスはよろめきながらも、肩を借りていたモリ君とカーターに頭を下げると、自分の足で歩き出した。
だが、数歩歩いたところで、すぐにバランスを崩し、入り口のカウンターテーブルに寄りかかった。
「大丈夫ですか?」
「すまない。力が出ないが……少し休めば何とかなる」
「モリ君、椅子持ってきて、椅子」
「あっ、はい」
モリ君が部屋の奥に入り、バリケード代わりに積み上げていた椅子を持って戻ってきた。
タルタロスをそこへ座らせる。
タルタロスは一度うなだれた後に、顔を起こした。
そして、モリ君と、2階から降りてきたエリちゃんの顔を見て、目を見開いた。
「そうか、ワシは死んでしまったのか……あの最初の部屋に取り残しちまった2人がおる。あの時は本当にすまんかった……」
「いえ、死んでませんよ。俺たちもあなたたちも」
「みんな助かったんですよ」
タルタロスは、まだ状況が把握できていないようだ。
きょとんとした顔でモリ君、エリちゃんの顔と周囲の景色を見回している。
「みんな? そうだ、ドロシーは? はぐれてしまったはずだ。すぐに探しに行かないと!」
「大丈夫です。ドロシーも、ここの2階で寝ています」
「それは本当か?」
「はい。本当です。今はまだ寝ていますが、すぐに起きてくると思います」
「そうか……それなら良かった」
それだけ言うと、目を閉じて、そのまま眠ってしまった。
「やっぱりこれって階段か?」
「うん……まあ、そうなりますね」
◆ ◆ ◆
「というわけで、保護対象が6人になったわけだが、全員分の水などない。これは急務だ」
アルバート一家と第16チームを除いた俺たち4人。
俺とモリ君、エリちゃん、カーターが机を囲んだ。
「水もですが食料もですよ。俺たちの非常食だけだと、この人数じゃ3日も持ちません」
「そこで、今から分担作業で水と食料を集めたい。まずは水の調達だけど……これはエリちゃんに頼みたい」
「水ってどこから?」
「ドロシーちゃんがいるだろう。カードの情報からして、おそらく水系の能力を持っているはずだ。なので、飲料水を出せないか聞いてみてくれ」
これはドロシーのカードを最初に見た時から気にはなっていた。
もしも水を何もないところから出せる能力ならば、飲料水を出すのに使えるのではと。
「能力で水なんて出せるんですかね?」
モリ君の疑問も当然だ。
ドロシーのカードに描かれていたアイコンは、たまたま水っぽく見えただけで、実際の能力は全く別かもしれない。
体調が回復せず、能力を出せないことは十分ありうる。
もし水が出せたとしても、飲むのには適さない水質である可能性もあるだろう。
それでもあえてだ。
今はやれることはなんでもやる。
「マリアちゃんがいただろ。回復能力とバリアが目立つけど、実はスキルで水を出せるらしい」
「ハセベさんたちの荷物が妙に少なかったのもそういうことですか?」
「そういうことだ。マリアちゃんの能力で水は飲み放題だし、ウィリーさんがサバイバルの達人で野生動物を狩って飯を調達していたらしい」
「つまり、マリアちゃんが水を出せるならば、ドロシーが飲み水を出せてもおかしくはないと」
「そういうことだ。だから、ドロシーちゃんに頼んで、水を出してもらってほしい」
「わかったよ。やってみる」
エリちゃんが力強く頷いた。
「でも、なんでマリアさんは水を出せるんだろう?」
「水着だからじゃないのか?」
エリちゃんの何気ない疑問にカーターが適当に答えた。
「まさか……何か由来があるんだろ。元のゲームだと水の巫女とかそんなので」
ハハハと乾いた笑いをした後に真顔に戻った。
俺は(ハロウィン)だから、ハロウィンのお菓子を出せる。
マリアちゃんは(水着)なので水を出せる。
もしかしたら存在するかもしれない(クリスマス)はプレゼントを出し放題だし、(正月)はお餅とか出せる。
理屈としてはおかしくない。
いや、ものすごくおかしいし、ツッコミどころしかないが、おかしくはないと考えたい。
「もちろん、ドロシーちゃんの未確認の能力に全ツッパはできない。なので、俺が並行して水の調達に向かおうと思う」
「またマサトランまで汲みに戻るんですか?」
「いや、今回はアルバートさんが言っていた、北にあるというテロスの町に向かう」
アルバートさんの話が正しければ、1日10キロ歩いたと仮定して、10日かかるならば距離は100キロほどだ。
時速100キロで空を飛べば1時間で到達。2時間で往復できる。
「途中に川もあるらしいし、町がどんな状態なのかも知っておきたい。サっと行って、サっと帰ってくる」
「じゃあ、モーリスとオレが残るわけか」
「モリ君とカーターは、備蓄食料を集めてくれ。具体的には、アルバートさんが立てこもっていた地下倉庫だ」
「あの中に保管してあった、乾燥豆とワインか」
「そういうことだ。ワインはそのままだと飲料水代わりには使えないが、沸かしてアルコールを飛ばせば、料理には使える。乾燥豆も貴重な食材だ」
「オレはそのまま飲みたいんだけど」
「ワインの本数次第だな。それなりの量があったから、2人がかりで運んでくれ」
特に異論は出なかった。
カーターもサボりたがるかもしれないが、そのためにモリ君を付けている。
おかしなことはしないだろう。
「どのみち、第16チームの3人の体力が回復しないことには、ここから先へは進めない。まずは食料と水の調達だ。頼んだぞ」
◆ ◆ ◆
双頭の猟犬、ケルベロス。
そしてその眷属であるヘルハウンドの群れが町に現れてから、そろそろ3か月が経とうとしていた。
近隣の町に冒険者を雇いに行った者は「町がなくなっている」などと意味不明な妄言を吐いて終わりである。
おそらく途中で魔物に出くわすなどして逃げて帰ってきたのだろう。
町から逃げ出す者も増えてきた。
結局、援軍は誰も来ず、町の守備隊による防衛線で何とか生き延びている状況だ。
だが、それも長くは持たないだろう。
ケルベロスが出現する前にいた守備隊のメンバーはもう誰も残っていない。
今の構成員は、町の中で生き残った住民のうち、少しでも動いて戦える者が守備隊を名乗っているだけにすぎない。
武器も、物干し竿の先に包丁を紐で括り付けただけの、急ごしらえで作った槍だ。
怪物相手にどこまで通用するかわからない。
昨日も1人死んだ。
「なんでこんなことになるんだよ……誰か助けてくれよ」
ロイスは涙をぬぐいながら、目の前にいるヘルハウンド……口から炎を吐く犬型の魔物へ槍を突き立てた。
だが、震える手では、槍がヘルハウンドの強靭な皮膚に突き刺さることはなかった。
当然だ。
先週まではただの石工だったロイスに、そんな強い魔物と戦うなんてできるわけがない。
逆に、ヘルハウンドが前足を振り回すと、槍はあっさりとへし折れた。
手元に残った、ただの棒と化した槍を雑に投げ捨てて、背を向けて逃げ出す。
背後から火打石を打ち合わせるような音の後に、ヘルハウンドが口を大きく開いた。
ロイスが路地の角を曲がると同時に、今までいた場所を炎の息が薙ぎ払う。
硫黄と何かが焼け焦げる臭いがやや遅れてロイスに届く。
ちらりと振り返ると、周りの建物の石壁が、炎に照らされてオレンジ色に染まっていた。
細い路地を、土地勘を生かして、ひたすら必死で逃げ回る。
ふと気づくと追ってくるヘルハウンドの姿はもうない。
「なんとか助かった……これで今日も生き延びることができた」
ようやく一息つける。
体力も気力も尽きて壁にもたれ掛けるように座り込みかけた直後に、ロイスは先の通りの角から恐ろしい殺気を感じた。
慌てて立ち上がると、さきほどとは別のヘルハウンドが通路の先から顔を覗かせた。
石畳を何度も引っ掻く爪の音が、やたらよく聞こえる。
あれは助走だ……。
そう理解した直後に、ヘルハウンドは高く跳躍した。
口を大きく広げ、前足を突き出してロイスに向かって飛びかかって来る。
「ひっ」
ロイスは思わず腕で顔をかばった。
だが、いつまで経ってもヘルハウンドが飛びかかってくることはない。
おそるおそる目を開けると、ヘルハウンドは民家の屋根よりも高く浮遊していた。
ヘルハウンドの腹の下には、青白く光る塊が数個並んでいた。
その光る塊の間には、三角形の光の壁が広がり、ヘルハウンドの巨体を持ち上げているようだった。
「水を汲みに来ただけなんだが、さすがにこんなのを見捨てるのは無理だろ」
いつの間にか、黒い服に黒い帽子……まるで魔女のような扮装の少女がロイスのすぐ近くに立っていた。
ただ、何かが異様だ。
全身には奇妙な紋様が浮かび上がり、虹色の光を放っている。
そして、帽子の下で輝く紅い瞳は、とても、ただの人間とは思えない。
「待っていてください。こいつはすぐに倒します」
少女は帽子のつばを掴んで持ち上げた。
敵なのか、それとも味方なのか……。
「跳ね返せ!」
少女が空に浮かぶ光の塊に向かって指示を出すと、ヘルハウンドの体が高く舞い上がった。
直後に光の塊は三方向へ散っていく。
ややあってヘルハウンドの体は落下。
地面に背中から激突した。
衝撃で路地の石畳が割れ、砕けた石が周囲に舞い散る。
ヘルハウンドは地面の上で呻いていた……だけど、まだ死んではいない。
手製の武器でヘルハウンドをこの状態に追い込んで油断した守備隊が、近距離から火を噴かれて、丸焼けになって死んだのはつい先日の話だ。
「気を付けて! そいつはまだ生きている!」
「ご忠告どうも!」
少女が杖のような木の棒を高らかに掲げると、先ほど三方向に散った光る塊が戻ってきた。
塊ではない……それは鳥の形をしていた。
鳥は流星のように光の軌跡を残して、ヘルハウンドの頭や腹に突き刺さる。
ヘルハウンドはそれきり動かなくなった。
「ワイバーンよりは柔らかい。これは貴重な情報だな」
「倒したのか? こんなあっさり……」
ロイスが、どう反応すれば良いのか困惑した。
すると、少女はロイスに向かって手のひらを広げた。
「あと数日待ってください。必ず助けに来ます」
「なぜ、今すぐに助けてくれないんですか?」
「今は状況確認のためにだけここに来ていますが、私一人では全てを相手にはできません。なので仲間を連れて再度、この町に戻ってきます」
ようやく理解が追い付いた。
少女……彼女は誰かが近隣の町に出した討伐依頼を受けてやってきた冒険者なのだろう。
そう考えれば、先程の不思議な力も説明がつく。
全身に浮かんだ紋様も、何か特殊な魔法の使用条件に、そういうものがあるのだろう。
「なるべく早く来てください。みんな限界です」
「努力はします」
そう言い残すと彼女は杖のようなものに跨って、どこかへ飛び去っていった。
◆ ◆ ◆
「というわけだ。テロスの町は、あまり余裕がある感じではない」
俺はテロスの町の状況をかいつまんでモリ君たちに説明した。
メキシコらしからぬヨーロッパ風の町にヘルハウンドがウロウロしている。
とりあえず町の中をうろついているヘルハウンドを何匹か倒したら、どこかへ逃げ出していった。
1人で延々戦うほどの余裕も時間もないし、今回はあくまでも水を汲むことが目的だったので全滅はさせていない。
ただ、あまり放置していると住民が危ない。
そんな内容だ。
ちなみに水筒は町にあった共同の井戸で満タンにしてきた。
道中に川があることも確認したので、旅の途中で水が尽きるということはないだろう。
「そういう状況ならば、早く出発した方が良いですね」
「こっちの準備はいつでもOKだよ」
モリ君とエリちゃんからは快諾の声が返ってきた。
「犬ねぇ……それで、いたのはケルベロスとヘルハウンドだけなんだな」
「残念ながらケルベロスの方は確認できなかった。ヘルハウンドという火を噴く犬は複数体が確認できた」
「再確認するが、ケルベロスとヘルハウンド。実体の犬タイプの魔物だけで良いんだな」
「さすがに短時間しかいなかったし、人の話を聞いたわけじゃない。だけど、いたのはヘルハウンドだけだった」
「犬っぽい雰囲気で、名前も猟犬だけど、よく見たら全然犬でも何でもないクリーチャーはいなかった……それでいいんだな」
カーターが何故か犬の魔物にやたら執着をしてくる。
猟犬と呼ばれる魔物にそれほど強力な存在が出て来ると思っているのだろうか?
「何の話なんだよ。ケルベロス以上に強い犬のモンスターって何なんだよ? 米軍の兵士100人と駆逐艦を倒したキスカ島の軍用犬か?」
「そこはフェンリルとかガルムだろ……って、キスカ島で何があったんだよ?」
「長くなるがいいか?」
「一応聞かせてくれ」
「それは太平洋戦争の最中のこと。キスカ島に駐留中の日本軍5千人は米軍の艦隊に取り囲まれた」
「いや、もう大丈夫だ」
カーターが俺に手を向けてきた。
もう話さなくていいらしい。
「ここからが面白いのに」
「じゃあ、その先どうなるんだよ?」
「取り残された兵士を救うべく、実写映画では三船敏郎演じる木村海軍少将が率いる、巡洋艦阿武隈を旗艦とした水雷戦隊が濃霧に乗じて救出作戦を――」
「――その件に関してですが、アルバートさんの話を聞いてください」
モリ君はキスカ島の話はどうでも良かったらしい。
ようやくアルバート一家が、今後どうするのかについて、結論が出たようだ。
アルバートさんがゆっくりと口を開いた。
「熟考いたしましたが、一度町に戻ろうと思います。やはり故郷は捨てられません」
どうやらアルバート一家もテロスの町に戻るということで良いようだ。
文化も風習も何から何まで違う新天地よりも、住み慣れた故郷が良いのだろう。
俺たちがケルベロスなどを倒してしまえば、問題は解決できるのも大きいはずだ。
「それで、ドロシーの方はどんな感じ?」
「まあ見てよ。ばっちり仕上げたから」
エリちゃんが部屋の奥に戻り、ドロシーを連れてきた。
最初に出会った時は元気がなかったからか、薄幸の少女という雰囲気だったが、今は妙に自信に溢れているように見える。
「まあ見てってや、うちの実力を」
「いや、うちって……」
ドロシーが両手の手のひらを合わせた。
すると、指先から、まるで大道芸のように水が飛び出した。
水はどんどんとたらいの中に溜まっていく。
近くに寄ってたらいの水を確認すると、塵一つ浮いていない綺麗な水だった。
おそるおそる鞄の中からコップを取り出してすくって飲んでみる。
名水というほどではないが、冷たくて美味しい水だ。
「どうや、すごいやろ」
「確かに凄い。凄いんだけど、こんなキャラだっけ? 俺が知らない間に別人へすり替わっているとかない?」
「ないです」
「ずっと私たちが付いていたので」
真顔のモリ君とエリちゃんから別人説が否定された。
急な関西弁には意表をつかれたが、謎の無口少女よりは、ハッキリしている分だけ、表裏がなさそうで安心感はある。
「まだ、あんまり力にはなれへん……なれないかもしれないけど、精一杯頑張りたいので、よろしくお願いします」
俺が訝しげな視線を送っていると、それに気付いたのかドロシーが俺に向かってぺこりと頭を下げてきた。
突然に関西弁を話し始めた時にはどうかと思ったのだが、きちんと挨拶ができるというあたり、なかなか可愛げがある。
「こちらこそよろしく。ドロシーちゃんでいいかな?」
「うん。ラビちゃんもよろしく」
ちゃん呼ばわりされてしまった。
年上の俺はできれば「さん」と呼んで欲しかったのだが、まあそれだけフレンドリーということでいいだろう。
年下の子供にいちいち目くじらを立てるほど俺は狭量ではないのだ。
それに、ドロシーのスキルにより懸念事項だった水の確保の見込みが立った。
非常食は余裕があるし、最悪の場合は俺のクッキーがあるので、飢えだけは凌げる。
保護対象が多いので、もし何かの襲撃があれば護衛は大変ではある。
だけど、ヘルハウンドの強さはだいたいわかった。
今の俺たちの実力ならば、それなりの数がいたとしても、どうとでも対処できる。
あとは町に向かうだけだ。
「第16チームの回復を待って、町へ出発しよう」
「はい。目標はテロスの町。アルバートさん一家の護衛と、町にいるケルベロスとヘルハウンドの撃退です」