「タロさん、ドロシーちゃんだ! ドロシーちゃんがいるよ!」
起き上がったレルムは、ドロシーの姿を見て急に騒ぎ出した。
それを聞いたタルタロスもドロシーの顔を見て破顔した。
「おお、ドロシー……無事だったか」
「大丈夫ドロシーちゃん? 怪我とかない?」
何やら感慨にふけっているようだが、ドロシーの方はどこ吹く風である。
むしろ、フレンドリーに接してくるこの2人のことを不審がっているようで、エリちゃんの後ろへ隠れてしまう。
この3人はずっと仲間だったはずではないのか?
何かがおかしい。
「ドロシー、一体どうしたんだ?」
「こちらの事情については説明しますが、まずは最初の部屋を出てから、今までに何があったのかをお聞かせいただけないでしょうか?」
◆ ◆ ◆
タルタロスが、最初の部屋を出てから今までのことを話してくれた。
第16チームの3人。
タルタロス、レルム、ドロシーは最初の部屋を出てすぐ、骸骨のような意匠のロボットに取り囲まれたという。
あの遺跡の内部にいた骸骨のようなロボットというと、おそらくは俺が「低予算モンスター」と雑に名前を付けた機械人形のことだろう。
タルタロス1人だけならば、それなりに健闘できたのだろうが、無力な子供2人をかばいながらの戦闘は無理があった。
初戦は敵を退けて逃走には成功したが、そこから敵は何度も執拗に追ってきた。
連戦で疲労は蓄積し、ロボに対して無傷で勝利というわけにはいかなかった。
そして、最初の部屋を出てから2日目に、タルタロスはついに負傷でまともに歩けなくなった。
また、いくら歩いても食料や水も手に入らなかったので、ドロシーとレルムもついに動けなくなってしまった。
そして3日目の朝。
低予算モンスターに不意を突かれて、ドロシーがどこかへ連れ去られてしまった。
タルタロスとレルムの2人は何とかドロシーを取り返そうと奮戦した。
だが、その戦闘中にどちらも意識を失い……気づいたらこの町に立っていたということだった。
「どう思う?」
カーターが小声で聞いてきた。
「どうも何も、今の話に嘘はなさそうだった。信じるしかない」
「それは分かるんだが」
カーターの疑念ももっともだ。
タルタロスの話に一切嘘はなさそうだったが、おかしなところしかない。
遺跡で倒れて意識を失ったところまでは分かる。
状況から察するに、3日目の朝に低予算モンスターに全員が捕縛されたのだと推測される。
だが、あの低予算がこの3人を拘束した理由とは何だったのか?
あの地母神の遺跡ではオウカちゃんを始めとした何人もが命を落としている。
それなのに、この3人は殺害されずに捕縛されただけだ。
しかも、今の話の中で、低予算にダメージを受けたはずなのに、その外傷はどこにも見当たらない。
衣服にも破れなどの損傷はない。
捕縛された後に傷の治療などが行われたとしか思えないが、その理由が全く見えてこない。
俺たちがこの町に立ち寄ったタイミングで現れたのは、大方、眼鏡マンやゲームマスターたち運営が関係していると予想はできる。
つまり、低予算は運営が操っていたロボであり、3人の身柄を何らかの理由で拘束、確保していた。
ここで急に使い道を思いついて、解放したということになる。
ただの善意でそんなことをするわけがない。
何かの罠が仕込まれているに決まっている。
ドロシーだけが先に1人だけ現れて、残り2人は後から出てきたことにも疑問が残る。
気がついたら深い霧の中にいて、そこでドロシーとはぐれたという話ならば納得はできる。
だけど、タルタロスの話では、ドロシーとはぐれた理由は、遺跡の中で低予算に連れ去られたという話でしかない。
話に辻褄が合っていない。
改めてドロシーとレルムを見る。
2人ともまだ小学生だ。
中身も見た目通り小学生で間違いないだろう。
タルタロスはまあいいとして、子供2人をここで見捨てるつもりも、取りこぼすつもりもない。
だが、この3人が運営に何もされていないと断言できるかと問われれば、答えは否だ。
最悪のタイミングで、操られたり、裏切ったりしてくることは十分にあり得る。
「2人のチェックは済ませたのか?」
「お前がテロスとやらに行ってる間にな。今のところ2人とも真っ白だった」
「白は無罪ってわけじゃないんだろ」
「色が変わらないのは、分析不能ってだけだ」
俺とカーターが渋い顔をしていることに気づいたのだろう。
モリ君が俺の肩に手を置いた。
「ラビさんの気持ちも分かります。だけど、俺は見捨てるべきではないと思います」
反対側の肩にエリちゃんも同様に手を置く。
「私もそう思う。たとえ何かあったとしても、それでも助けたい」
2人も何も考えずに情だけで決めたことではないだろう。
最初に出会ってから、何度も自分で考えて行動しろと言っている。
だからこそ、考えた上での決断なのだろう。
もう誰も見捨てないと。
そもそも最初にドロシーを助けた時に結論は出ていた話だ。
今更蒸し返すつもりはない。
「俺に求められていることはリーダーの決断を否定することじゃない。どうすれば、事態が好転するかを考えることだ」
「本当にそれでいいのかよ?」
カーターはやはり納得していない様子だった。
理由は分かる。俺の考えもカーター寄りではある。
信用したいが、信頼はできまい。
「怪しいという点ではお前も大差ないんだぞ」
「そう言われるとそうなんだが……困ったな」
これで決まりだ。
もし多数決になって、カーターが反対しても賛成3の多数決になる。
「何かをやる前に先に後悔の話をするな。こういうのは、困ってから困ればいいんだよ」
「そういうことなら、オレも反対はしない」
「では、全員一致ということで、第16チームの3人を旅の仲間として受け入れたいと思います」
◆ ◆ ◆
「というわけで、俺たちは日本へ帰るための情報を得るためにサンディエゴへと向かっています」
「日本に……帰れるのか?」
まず3人に俺たちの今の状況を簡単に説明した。
タルタロスは目を閉じて何やら考え込んでいるようだった。
分からなくもない。
タルタロス視点では、わけも分からず異世界に喚ばれたと思ったら、気がついたらメキシコの砂漠にある町に倒れていた。
そして、目が覚めたら、最初の部屋に取り残されていた2人とその仲間が、
「今からアメリカの西海岸に向かっています。これから日本へ帰ります」
と言っているのだ。
怒涛の情報が押し寄せてくる上に、何一つ話が繋がっていない。
悩んでも仕方がない。
しばらく思案を続けた後に……ゆっくりと顔を上げた。
「今以上に状況は悪化することはないだろう。ワシらも同行させて欲しい。レルムもそれでいいな」
「タロさんが言うなら。ドロシーちゃんもいるし」
第16チームの3人が、俺たちに同行するということで決まりなのは良い。
ただし、これからは問題が山積みだ。
ドロシーは水を出し放題というメリットが大きいので問題ない。
タルタロスもそれなりに戦闘ができそうなので、貢献はしてくれるだろう。
問題はレルムだ。
何かしらのスキルは使えるのだろうが、ひいき目に見ても、実戦経験が足りていない。
旅慣れている俺たちとも違い、長距離を歩くことも困難かもしれない。
体力もそれほどなさそうなので、それだけ移動や戦闘でも苦労することになるだろう。
それに、単純に人数が増えたことで宿泊費や食事など、旅の資金がまた厳しくなる。
3人とも、完全に手ぶら状態で現れたので、衣服や旅で必要な品などの必需品を購入するとなると、さらに金が飛んでいく。
随分と頭が痛くなる話だ。
だが、助けると決めた以上は仕方がない。
目の前で困っている人、しかも子供を見捨てるつもりはない。
最悪、背負ってでも旅を続けるつもりだ。
もちろん、最悪の事態は想定しておくべきだろう。
覚悟だけはしておかなくてはならない。
◆ ◆ ◆
「ドロシーちゃんからのコメントは?」
「それがちょっとおかしくて……」
また聞きにはなるが、ドロシーから直接話を聞いたというエリちゃんから事情を伺うことにした。
「レルム君やタルタロスさんのことは覚えてないって」
「記憶喪失ってやつか?」
「よっぽどショックなことがあったんだと思うんだけど、私たちが喚ばれた最初の部屋のことだけは覚えていて、そこから先は覚えてないって」
「一時的な記憶の混乱か、それとも……」
幼い子供がいきなり謎の遺跡に投げ出されて、ドクロの顔をしたロボに追い回されたのだ。
ショックで記憶の一部が飛んでいてもおかしくはない。
ただ、ドロシーも含めた第16チームにはおかしなことが山積みすぎる。
おかしくはないの一言ではとても流せない。
「何かの弾みで記憶が戻るかもしれない。気長に聞き込みを続けてくれ。この際、日本にいた時のことでもなんでもいいから」
「うん、わかった。本人が嫌がらない程度には聞いてみる」
エリちゃんはそれだけ言うと、ドロシーのところに戻っていった。
「どう思う?」
もちろん尋ねる先はカーターだ。
今のところ、第16チームは敵だという可能性を含めた話ができるのはこいつだけだ。
「子供にとってショックなのは間違いない。だけどまあ……都合が良すぎるからな」
「今のところは引き続き警戒という方針でいいな」
「それしかないだろう。拷問とかして無理矢理聞き出すなんてできないんだから」
◆ ◆ ◆
「荷物は一通り持ったな」
第16チームも、アルバートさん一家もほぼ手ぶら状態で荷物は何もない。
さすがにその状態だとまともに旅はできないので、タラリオンの廃屋から使えそうなものはなるべく回収するようにした。
荷物を詰めるためのずだ袋は鞄代わりに各自背負ってもらう。
アルバートさんが立てこもっていた地下倉庫から回収できた乾燥豆は残り10キロほどだ。
10人で食べるには少し頼りないが、水で戻してふやかせば、量はごまかせるだろう。
ワインは樽に2つあったが、さすがに樽のまま持ち歩けない。
カーターが飲み終えた酒の空き瓶を持っていたので、そこに詰めた。
空き瓶は洋酒平均サイズなので、2本で……700×2の1.4リットルほどか。
重量を考えても、鞄に入れて持ち歩けるのは、そこらが限界だろう。
他の食料備蓄はなし。
小麦が入った古い袋は見つかったが、保存状態が悪く、かびと埃でかなり臭かったので手を出すのはやめた。
足りない分は、俺たちが旅のために購入した保存食からの持ち出しになる。
俺が無限にクッキーを出せるので餓死だけは避けられるが、テロスの町ではなんとしても食料を補充したいところだ。
水はドロシーが出し放題だし、途中には川があるので問題はないのだが、それでも備えておくに越したことはない。
水筒代わりに水を貯めておける容器は各自持ってもらうことにした。
砂漠を歩く上でのマントや帽子なども欲しかったのだが、さすがにこの町では手に入らなかった。
死体から剥ぐのも精神的、衛生的にいいとは思えない。
「行程としては10日想定だ。だけど、さすがにテロスの町を一週間以上放置はできないから、俺が空から定期的に町の様子を見に行くことにする」
「それだとラビさんの負担が大きいのでは?」
モリ君が心配してくれているが、現状は町の安全確保も重要だ。
アルバートさんの帰る場所の確保もあるし、俺たちの補給拠点がなくなるのもそれはそれで困る。
「ある程度は仕方ない。それに、町に近づくほどに、往復の移動距離は短くなる。負荷は減るはずだ」
「分かりました。でも、無理はしないでください」
「無理をさせるのは子供たち3人だ」
目の前ではドロシー、レルム、それにアルバートさんの息子のケビンの3人が走り回っている。
同じ世代だからなのか、すぐに仲良くなったようだ。
微笑ましい光景ではあるが、もしこれから戦闘が発生するとなると、最初に安全圏へ避難させないといけない。
タラリオンの尖塔は焼き払って、同時にワイバーンも全滅させたつもりではあるが、生き残りがいないとは限らない。
空から敵が襲ってくると、面倒なことになる。
「子供たちの面倒は、なるべく俺とエリスで見るようにします。戦闘にはあまり参加させたくないですが、スキルの使い方も覚えてもらわないと」
「すまない。モリ君たちにも負荷をかける」
「いえいえ、お互い様です。じゃあ向かいましょうか、次の目的地であるテロスの町に」
こうして、アルバート一家と第16チームを加えた10人は、タラリオンの町を後にした。
目指すは、北方向にあるテロスの町だ。
◆ ◆ ◆
子供の頃の懐かしい夢を見ていた。
誰かにおぶさって、近所の市民の森から家まで帰った記憶だ。
聞こえてくる川のせせらぎ。
湿った土の臭いと、吹き付けてくる夏の風。
温かな体温、力強くも優しい腕に包まれた安心感。
ここはどこだ……
瞼をゆっくりと開けると、大きな背中が見えた。
どうやら誰かの背中におぶさっているようだ。
目を擦りながら振り返るとエリちゃんの顔が見えた。
すると、僕を今おぶっているのはカズ君?
……カズ君って誰だよ。モリ君か?
寝起きで頭が働かないからか状況がよく把握できない。
「起きましたか」
「これってどういう状況?」
「無理しないでください。一晩中箒で飛んでいたんでしょう。もう少し寝ていていいですよ」
年下の男子に背負ってもらっている恥ずかしさから赤面してくる。
タラリオンの町を出てから数日。
その間、日中は歩き旅。
夜間はテロスの町の定期巡回を続ける日々だったが、寝不足で溜まった疲労が限界に達し、いつの間にか眠ってしまったようだ。
「いつまでも背負われているわけにはいかないだろう。余計な負担をかけたくない」
「ラビさんは軽いから大丈夫ですよ」
「いいから降ろして」
寝不足なのか足元がふらつくが、いつまでも他人頼りというわけにはいかないので、何とか自分の足で立つ。
すぐ近くには、水量こそ少ないものの、流れている小川があった。
周りは殺風景な赤い砂と広い大地ばかりだというのに、川の周辺だけは緑に覆われている。
昔に行った市民の森の光景を思い出したのは、この川が近くにあったからだろう。
……市民の森ってどこの話だったっけ? 浜の宮公園か?
「はい帽子」
「どのくらい寝てた?」
「2、3時間ってところですよ」
「そうか、本当にすまない」
エリちゃんから帽子と箒を受け取り、頭を振った後に歩き出すと、ローブの裾をくいと引っ張られた。
振り返るとドロシーが俺をにらみつけていた。
「ずるい」
最初は何を言われたのかわからなかったが、状況を考えて気づいた。
どうやら俺がモリパパを独占したことで嫉妬されているようだ。
「モリ君、本当に悪いんだけど、次はドロシーが背負って欲しいんだってさ」
「そんなこと言ってない! ラビちゃんはわかってない!」
「というわけです、どうするモリ君?」
モリ君はしばらく思案していたが、背中を向けて座り込んだ。
「いいよ。でも、ケビン君もレルム君も自分で歩いているけど大丈夫かな?」
ケビン君は自分で歩いていると聞いたドロシーは、自分が負けたと思ったのか頬を膨らませて駆けていく。
それをモリ君とエリちゃんが追いかける。
絵だけを見ると完全に育児に振り回されている若い夫妻だ。
ドロシーが懐いてくれたのは良いが、あれはあれで大変そうだ。
「本当に大変だな、子供がいるってのは」
完全に蚊帳の外に追いやられていたカーターが声をかけてきた。
「ああ、部外者で助かったよ。それでお前はお爺ちゃん?」
「親戚のオジサンってところで頼むわドロシーの妹ちゃん」
「俺は姉じゃないのか?」
「ドロシーは完全に自分が上だと思ってるぞ。だから自分より甘やかされてるのが気に入らない。法事の時に見る
「……ドロシーはすっかり馴染みつつあるな」
ドロシーが何もない、ただの子供ならば何も問題なかった。
だが、状況から推測するに、ドロシーたち第16チームは運営から俺たちへの罠として送り込まれている。
――最悪の場合、俺はモリ君とエリちゃんを護るためにドロシーを背後から撃たなければならない。
「オレが代わりにやってもいいんだぞ。悪の運営の手先がやれば、あの2人も納得するだろう」
「他の連中に任せられるかよ。殺る時は俺の手でトドメを刺す」
本当に嫌な予想だ。
こればかりは俺の予想が外れて欲しい。
だから、俺は決してドロシーと仲良くすることはない。
もう悲しい別れなんてこりごりだ。
「ところで、空から何度も町に行っているお前ならわかるだろう。あとどれくらいで着く?」
「この移動ペースだと、あと2日ってところだ」
テロスの町までの距離は確実に縮まっている。
ここから先に難関ルートはない。
水も定期的に補給できるし、気温も砂漠ほど過酷ではない。
特に支障なくたどり着けるだろう。
定期巡回に向かうたびに、最低ヘルハウンド1体を倒してはいるが、全く総数が減っている気がしない。
そのカラクリも含めて、解決する必要がある。