使い魔状態にした鳥を先行させて、まずは石切り場に向かわせる。
石切り場は町から山へ少し入ったところにあった。
使い魔が届く距離なので直線距離は2キロ以内。
1.4キロといったところか。
この距離なら、ヘルハウンドたちが町に襲撃をかけた後にすぐに巣穴である洞窟に引き返してもおかしくはない。
石切り場自体はそれなりに広い。
石を切り出すのに使用されると思われる岩場に立てかけられた足場用の丸太。
荷車、木製の簡易クレーンなど、作業用の機材はそのまま放置されている。
作業途中に作業員たちが慌てて逃げ出したという状況がよく分かる。
石切り場の隅には人骨が積み上げられている。
被害に遭った作業員のものだろうか?
犬が積み上げたにしてはやたら丁寧に積み重ねられているのは気になる。
ヘルハウンドを駆除してから、じっくりと調査したいところだ。
高く切り立った灰色の崖には、くさびなどを打ち込んで石を割って切り出した跡があちこちに残っている。
そんな岩壁の中腹部に、不自然な黒い穴が開いている。
作業中に繋がった洞窟とやらだろう。
内部は暗くてよく見えないが、その奥にヘルハウンドとケルベロスがいるはずだ。
石切り場には日中にもかかわらず、2頭のヘルハウンドが徘徊している。
どうやら、俺が偵察のために飛ばしている鳥が近づいてきたことを察知して、巣穴から這い出てきたのだろう。
もちろん、ヘルハウンドも、鳥が自分たちの攻撃の届かない上空を飛んでいると理解しているのか、目で追う以上のことはしてこない。
状況は把握できたので鳥を解除する。
箒の先で地面に、石切り場や洞窟の位置関係などを簡単に描いていく。
「以上だ。空を飛ぶ鳥ですら察知されるくらいだ。奇襲することは、ほぼ不可能だろう」
「それどころか、地形を利用して逆に奇襲される可能性もあるな」
カーターの言うとおりだ。
石切り場の周りも岩山が広がっており、そこには大きな岩がたくさんあり、低木も多く生えている。
それらに身を隠しながら、石切り場に攻め入った俺たちの背後から奇襲を仕掛けることは十分に可能だろう。
「ラビちゃん、うちは家でわんちゃんを飼ってるから、あんまり犬を傷つけたくはないんだけど」
エリちゃんの心配は別のところだった。
「大丈夫。ヘルハウンドは全然犬じゃないから」
「それ本当?」
俺はエリちゃんにヘルハウンドの外観を見たまま伝えることにした。
地形の横に、ヘルハウンドの外観を簡単に描いて説明することにする。
シルエットだけは黒く大きな犬のように見えるが、骨格はまるで犬とは違う。
まるで人間が両手両足を地面に付けて四足歩行しているような体形をしている。
顔も平たく、犬というよりは猿に近い。
鮮度が悪い魚のような濁った目つきをしていて、決して犬ではない。
古今東西のファンタジーゲームに登場するヘルハウンドは大まかに犬タイプと犬型の悪魔の2種類がある。
この世界のヘルハウンドは後者の犬型の悪魔タイプのようだ。
その上で火を吐く。
こうやって要素を拾っていくと、全く犬ではない。
ファンタジーRPGに登場するレッサーデーモン亜種だ。
多分ふくらはぎ!みたいな声で鳴く。
「というわけで、全然犬じゃないので大丈夫。可愛いどころか、近くで見るとむしろ気持ち悪い」
「それなら安心して倒せるかな」
どうやら、戦闘を行う上で、精神的なハードルはなさそうで安心した。
「それでケルベロスの方はどうなの?」
「町長談だと、体長10メートルほどで頭が2つある犬らしい」
これはカーターが説明してくれた。
「首の周りがライオンみたいに鬣がフサフサしていて、それ以外の毛は短い。身体は筋肉質で飛び上がって鋭い爪で……」
カーターの話を聞きながら、地面に絵を描いている途中で気づいた。
「これって犬じゃなくて猫系の間違いじゃないかな? 顔が細長くて犬に見えるだけで、それ以外の特徴は完全に頭が2つあるライオンなんだけど」
「地球の生き物にたとえるのが間違いってことなのでは」
「それだ。ケルベロスはケルベロス」
地球の生き物にたとえるのはやめようと言った直後に何だが、日本ではヒグマ討伐報酬が1頭あたり8千円だという。安い!
それと比較すると、今回のケルベロス、およびヘルハウンドの討伐報酬は破格だ。
金貨で……いや、これだと分かりにくい。
日本円換算すると前金10万円。
成功報酬70万円の合計80万円だ。
7人で割ると1人あたり11万。
旅に必要な道具と携帯用の非常食を買って、それなりの宿に泊まっても、かなりゆとりができる。
この町の商店は、ヘルハウンド騒ぎでほとんど閉まっているのだが、それも事件が解決すればなんとかなるだろう。多分。
「それでどうするんだ? ラビ助のビームで遠距離から焼き払って終わりじゃないのか?」
「今回それはできない。地道に一匹ずつ狩っていくしかない」
「なんでだよ!」
「俺の熱線だと石切り場ごと吹き飛ぶ。石が溶けるのを超えて蒸発する温度なんだよ」
魔女の呪いは火力調節などできない。
発動したら常に最大火力で放出されるので、奪還すべき石切り場ごと吹き飛ばしてしまう未来しか見えない。
報酬どころか賠償金を求められるレベルだ。
特に今回は旅の資金を稼ぐという目的も兼ねているので、うかつなことはできない。
「洞窟の中だけを攻撃するのは?」
「それも却下。町長が言ってただろ。洞窟は奥で別の場所に繋がっているようだって。洞窟は壊したけどケルベロスは無傷でしたとなる可能性が高い」
厳しい話だが、敵は地道に倒していくしかない。
そうなると、近接戦闘が得意なモリ君とエリちゃん、そして新たに加入したタルタロスの3人に頼らざるを得ない。
「ケルベロスって何か弱点みたいなのはないの?」
「ダブルヘッドジョーズは2つの首の間が安全地帯かつ弱点で、そこを斧で殴れば倒せたけど、ケルベロスも同じなのかはよく分からない」
「まずダブルヘッドジョーズが分からないんだけど」
「ダブルヘッドジョーズというのは実験によって古代から蘇ったサメだ。そこは遺伝子改良の科学実験で生まれたという設定のトリプル、ファイブ、シックスヘッドと違っていて、本編中ではガバガバ水位が――」
「――しまった、真面目に聞くな。これはクソサメ映画の話だ!」
ダブルヘッドジョーズの話をしている途中でカーターに遮られた。
「でも生物にとって重要器官である首が2つもあるんだから、付け根に太い動脈が通っていて、そこが弱点というのはありそうな話だろ」
「まず、古代ギリシャ人が考えた魔物とクソ映画に出てくる低予算モンスターを同一視するな」
ダメならば仕方がない。
地道に倒す方法を考える必要がある。
「なら次はヘルハウンドの方の対策だが」
「狼みたいに役割分担とか奇襲攻撃をかけられたら面倒ですよね」
ヘルハウンド単体ではそこまで強い相手ではないが、複数体が連携攻撃を行ってくるとなると話は別だ。
目の前の数体との戦闘に集中している隙に背後から襲われたら、普段なら避けられる攻撃も食らってしまう。
俺とモリ君の防御も一度使用するとタイムラグがあるので、その隙にどんどん押し込まれてしまう可能性は高い。
「奇襲対策となると、何があるだろう」
「相手が隠れられない、なるべく見晴らしの良い場所で戦う。その上でこちらも誰かの隙をカバーできるようにあまり離れない……くらいですかね」
口では簡単だが、実際にはどう対策すればいいのかは難しい。
「こちらも手数を増やすしかないな」
俺は、話を聞かずに意識を明後日の方向へ向けていた子供たちへ視線を向けた。
やるしかない。
◆ ◆ ◆
「子供たちに戦わせるのは反対だけど、手数が足りないので、手伝ってもらうためのトレーニングを始めます!」
パチパチというやる気のない拍手が起きる。
現状、子供たちはただの保護対象。
悪い言い方をするならば、足手まといでしかない。
なるべくは守るようには考えているが、それでも手が届かないことはあるだろう。
そんな時に、スキルを使いこなすことができれば、自分自身を守ることができるはずだ。
ついでに、俺たちの後方支援の役目を担ってくれるとありがたい。
配慮は引き続き行う予定ではあるが、戦闘力が底上げがされて戦闘が楽になれば、結果として安全になる。
全員の負荷も減って楽になる。
メリットしかない。
運営に何か仕込まれているであろう第16チームの戦力強化などしたくないのは本音ではある。
だけど、それ以上に何もしていない子供を養う余裕は今のところないというところだ。
食い扶持は自分たちで稼いでほしい。
「ある程度スキルを使いこなせるようなコツを教えたいと思います。それでいいかな?」
2人の子供は顔を見合わせた後に、
「やったー!」
と、諸手を挙げて万歳三唱を始めた。
「はい、ではまず2人のスキルを確認します。スキルの名前を教えてください」
「はい!」
レルムが勢い良く手を挙げた。
「でんきショック、エレキボール、エレクトロビームです!」
「いのちのしずく、水鉄砲、ハイドロカノン!」
ドロシーがその後に続く。
「……なんで今、ゲームの話を?」
「スキルですけど」
スキルの正式名称など分からないのだから、自分の好きに呼んでいいので何も間違っていることなどない。
間違っていないのだが、釈然としないものはある。
なぜそうなった。小学生か?
小学生だったわ。
「じゃあ、とりあえずあの岩に向けて使えるスキルを順番に使ってもらえないかな?」
「分かった」
まずは適当な岩に向けてスキルを使用させて、どのような効果があるかを把握しておきたい。
2人は俺が言った通りにスキルを使用した。
レルムは手からの電撃放射、球状の電気の塊を手のひらの上に発生させてから投げる技、手から発せられるビーム。
スキルは名前通りの効果で、すべてが電気系統の攻撃でまとまっている。
ドロシーは回復効果のある水、ホースのように高圧の水を飛ばす技……このスキルで出す水のおかげで色々と助かっている。
そして、岩を粉々に砕くほどの水圧で水の塊を発射する技だ。
こちらも名前の通り。
実際、2人とも自己申告の名称通りの効果が発揮されている。
何一つ間違っていない。
間違っていないだけに、スキルの名前だけには納得できるというか、できないというか……そんな気持ちが消えない。
「どうしたら凄い必殺技を出せますか?」
「必殺技の前に、まずは基礎から始めていこう」
必殺技の前にまずは基礎からの特訓が必要なようだ。
2人のスキルは普通に使う分には問題なさそうだ。
だけど、手前の岩を狙ったはずなのに、後ろにある木や近くの地面に着弾しているあたり命中率の低さが気になる。
この命中率だと、乱戦中に味方に誤爆することは十分にありうる。
カッコつけようとしているのか、無駄な予備動作が多すぎて発動が遅いのも気になる。
俺たちの能力は予備動作も詠唱も不要で発動できる。
だから、それを生かして、先手を取って相手の技の出始めを潰しつつ一方的に攻撃できるか否かに全てがかかっている。
まずはレルムから矯正していこう。
「エレキボールを出した後に野球のボールみたいに手で掴んで投げていたけど、あれってなんで?」
「……ボールだから」
「俺……私たちのスキルは別にそんなことをしなくても勝手に飛んでいくし、別に手から出す必要もないから、わざわざ投げなくても大丈夫だよ」
俺は両手を左右へ伸ばし、両足を揃えて立つT字ポーズを取り、その状態から鳥を出現させた。
そこから手を動かすことなく、1羽を適当に旋回させながら岩へぶつける。
「こんな感じで、手を動かさなくても誘導弾みたいにある程度操れるはずだから、使い方次第ではかなりカッコよくなると思う」
「なるほど」
「ビームの方も片手で出したせいで、反動を手で支え切れずに若干ブレていたから、慣れるまでは両手で撃とう」
「両手って?」
説明が面倒なので、レルムの背中に身体を押し付け、後ろから手を取って、お互いの腕で支え合うポーズを取らせた。
「これなら安定する」
「あ……あの……」
「ブレないようにしつつ、カッコいいポーズを考えてみよう」
「顔が近くて……その……」
レルムへポーズを指導していると、何故かドロシーが急に俺の腰に蹴りを入れてきた。
一発だけではなく、連続して何発も蹴りを入れてきた。
相変わらずこの子の行動原理だけはさっぱり分からない。
「ラビちゃん、うちにも教えて!」
「そうだな。2番目のスキルで水を出すのはモリ君たちの特訓のおかげで完璧だけど」
モリ君たちの特訓で完璧と言うと、途端にドロシーは得意げな表情になった。
そして、レルムへ自分の方がよくできると言わんばかりの視線を向けていた。
ドロシーは言動がいちいちクソガキ様すぎて困る。
「2番目はいいけど、3番目のスキルで出せる水の砲弾が、レルム君と同じで、まっすぐ飛んでいない。慣れるまではこうやって両手で出すようにしよう」
ドロシーの前でポーズを取ると、またも俺を蹴飛ばしてきた。
「うちもちゃんと密着指導して」
「はいはい」
「『はい』は1回!」
本当に面倒くさい。
レルムの時と同じように身体を密着させて背後から手取り足取り。
こう! こう! とポーズの指導をするとようやく満足したようだった。
ドロシーは真面目な顔をして俺に言った。
「ラビちゃん、ママと違っておっぱいないね」
やはり、こいつは何かを仕込まれている。
仲間へ危機をもたらす前に始末した方がよいかもしれない……
一瞬だけ物騒な考えが頭をよぎったが、すぐに頭から消し去った。
たかだか子供の言うことでいちいち怒るのは大人げがなさすぎるというものだ。
「そんなことない! お姉ちゃん……師匠もちゃんと柔らかいから!」
お前は何を言っているんだ。
「あんたはママを知らないからそんなことを言えるだけ! ママと違って、ラビちゃんはマニアックなの」
「そんなことないだろ!」
「寝てから言えば! ママは本当に柔らかいんだから」
「分かったよ! そういうわけだから、僕と一緒に寝てください、師匠!」
「てい!」
さすがに流れが酷すぎるので、2人の脳天にチョップを炸裂させた。
お前らはヒートアップして何を言っているんだ。
子供のお守りはもう嫌だ。
それでも、3時間ほど練習を続けているうちに、少なくとも狙った位置には当たるようになってきた。
自己判断で好きに撃たせると安定しないが、細かく指示を出してやると命中率は高い。
これならば、安全圏に置いて、後方から援護させるだけならば大丈夫だろう。
今は正確に敵に当てられる精度を維持しつつ、味方への誤爆を避けてくれたらそれでいい。
◆ ◆ ◆
いよいよヘルハウンドとケルベロスの討伐戦が始まる。
全員を集めて、簡単な作戦会議を開始した。
「ワシはどうしたらいい?」
「タルタロスさんは、子供たちのそばについて、遠距離支援組に敵が迫ってきた時の護衛をお願いします」
「心得た」
タルタロスのスキルは筋力強化に脚力強化に打撃力強化。
スピードよりもパワーでねじ伏せる近接格闘タイプだ。
動きが素早いヘルハウンドと追いかけっこをするよりも、一か所に留まって拠点防衛してもらえる方が向いている。
子供たちやカーターに敵が近寄ってきた時に迎撃する役目だ。
直接攻撃を仕掛けるわけではないので、目立つポジションではないが、重要な役割ではある。
「ヘルハウンドで警戒すべきは口から吐く炎だ。耐久力は並みのモンスターと同程度なので、油断しなければ倒せるはずだ」
「つまり、炎よりも長い射程で先制して仕留めていくことが重要というわけですね」
「なので、俺とモリ君が防御スキルで炎を防ぎつつ、子供たちとカーターのライフルで遠距離から攻撃が基本戦術となる」
「そういうことならば、俺からも1ついいですか?」
モリ君が挙手した。何かいい案があるようだ。
「ドロシーの水のスキルも炎の息を防ぐのに役立つと思います」
「一理ある。ドロシーちゃん、できそうか?」
「大丈夫や」
ドロシーが自信満々に胸を叩いた。
「だけど、ヘルハウンドの炎に合わせて水で迎撃するには、タイミングが重要になる。ドロシーの判断だけでは、いざという時にカウンター気味にスキルを出せるかどうか怪しい」
「じゃあ、ドロシーちゃんへの指示は私がやるよ」
ここでエリちゃんが立候補した。
ドロシーとの信頼関係ができているエリちゃんならば安心して任せられる。
「だけど、エリちゃんがドロシーちゃんに付きっきりだと、近接格闘のアタッカーが不在になる。それはどうする?」
「大丈夫。要はヘルハウンドを倒せればいいんだよね」
「まあ、そうなんだけど」
「それなら、私も遠距離から攻撃する手段はあるから大丈夫だよ」
心配になってエリちゃんから話を聞いてみると、納得の方法だった。
それならば、ドロシーに号令を出しつつ、ヘルハウンドへの攻撃も両立できるだろう。
「じゃあレルム君は俺が指示を出そう。攻撃すべきタイミングで指示を出すので、スキルを使ってくれたらいい」
「はい師匠!」
いつから師匠になったのかは分からないが、言うことを聞いてくれるならば、まあいいだろう。
作戦方針は固まった。
子供たちも最低限戦える術は教えた。
もし敵が接近してきても、身を守りながら町に逃げ込むくらいはできるだろう。
あとは、奇襲されないように立ち回って戦うだけだ。
「では、リーダー、号令を」
「分かりました。作戦通りにやれば、安全に戦えるはずです。みんな、十分気をつけて挑もう」
第16チームを加えた俺たち7人は、決戦場となる石切り場を目指して歩き始めた。