「まずはねぐらからおびき寄せる!」
予想通りに洞窟の中から2体のヘルハウンドが飛び出してきた。
まずは、地上からかなり高い位置にある洞窟から、どうやって地上に出てくるのかを確認する。
ヘルハウンドたちは、作業員たちが石を切り出すのに使っていた作業用の足場を利用して上り下りしているようだ。
器用に足場の丸太に足を乗せて、バランスを取りながら降りてくる。
戻るときも、やはりこの足場を利用しているのだろう。
それが分かれば話は早い。
「番線を狙え!」
4羽の鳥たちに命令を出して、足場に使われている丸太を固定している番線……太い針金目掛けて突撃させた。
足場は丸太を組み合わせて作られている。
その丸太がバラバラにならないように縛り上げているのが番線だ。
なので、その番線さえ断ち切ってしまえば、必然的に足場はバラバラになる。
全部を断ち切る必要はない。
柱になっている一本を崩せば、あとは自重で崩壊する。
予想通り、ヘルハウンドが降下中に足場は崩落した。
2体のヘルハウンドはその崩落に巻き込まれ、何本もの丸太に押し潰されて、動かなくなった。
カメラ代わりに残した1羽の鳥が、洞窟の中から顔を覗かせた別のヘルハウンドの姿を捉えた。
ヘルハウンドはしばらく下の方を覗いていたが、移動のための足場がなくなっていることを知ると、すぐ奥へ戻っていった。
それからやや遅れて、ヘルハウンドのものらしき遠吠えが聞こえてきた。
犬や狼の遠吠えと違い、まるで火薬の爆発音のような低く震えるような遠吠えだ。
その声を受けて、輪唱のように次々と遠吠えが響いてくる。
「これでヘルハウンドの動きは制限された。今のうちに移動するぞ!」
ヘルハウンドはおそらく、町長の言っていた「別の出入り口」とやらに移動するだろう。
ただし、そこに移動して回り込んでくるまでの時間は確実に稼げる。
全員で石切り場の近くまでの山道を走る。
ただし、石切り場までは行かない。
石切り場は広くて動きやすいが、前後左右あらゆる方向から攻撃を受ける可能性がある。
取り囲まれて全周囲から炎を放たれたら逃げる場所がない。
陣取るならば、左右に高い岩壁があり、敵が来るにしても前後からに限定される、その手前の山道だ。
「全員待機! 俺とエリスが正面! ドロシーはそのすぐ後ろへ!」
モリ君の号令が飛んだ。
「タルタロスさんは前後どちらにも備えられるよう中央に。後方はラビさんとレルム」
「オレは?」
「カーターさんはライフルを構えて待機。敵の動きを見て臨機応変に対応してください。
「あいよ!」
全員が指示通りに並んでいく。
「ラビさん、上空から敵の位置の報告を」
「既に向かわせている」
使い魔モードの鳥を高く飛ばした。
真上からの俯瞰で敵の位置を確認する。
遮蔽物が多い岩場なので分かりにくいが、おおむね全体の位置関係は把握できた。
「洞窟から少し離れた岩場からヘルハウンドが4体!」
「別の出入り口というやつですね。どう動いています?」
「岩山を迂回してきている。今のペースだと3分後に真後ろから出現ってところだ」
「他には?」
「別の出口からも3体。こちらも大きく回り込んでいる」
つまり、後方からの敵が7体ということだ。
「洞窟の入り口からはどうですか?」
「急斜面を頑張って降りてきている個体がひい、ふう、みいの……5体!」
「急斜面を降りてこれるということは、すぐ横の崖を降りてくるやつもいてもおかしくないですね」
そう話している間に、洞窟から頑張って5体のヘルハウンドが地面に降りてきた。
かなりの勢いで俺たちの待機している山道へと駆け出してきている。
「じゃあ、タルタロスさん、手筈通りお願い」
「ああ、任された」
タルタロスが、近くにあった大きめの岩を軽々と持ち上げて運んできた。
それに拳を入れて粉々に叩き割る。
エリちゃんはその中から野球のボールくらいの大きさになった石を持ち上げた。
軽くボールのように何度か宙に投げた後に、両手で構えて大きく振りかぶった。
「ピッチャー第一球、振りかぶって……投げましたっ!」
エリちゃんの投げた石が迫り来るヘルハウンドの頭をかすめて、すぐ近くの地面に大穴を開ける。
「おかしいな。コントロールに自信はあったんだけど」
「円形のボールじゃなくて、デコボコした石の塊だから、空中で軌道がブレるんだと思う」
「ならどうしたらいい?」
「石の塊は全部違う形なんだから、とにかく数を投げるのが一番じゃないかと」
「分かった」
これがエリちゃん提唱の「石を投げれば普通にヘルハウンドの頭くらい砕けるんじゃないか」作戦だ。
やはり物理だ。
物理は全てを解決する。
「じゃあ次は、能力で強化して投げてみる」
エリちゃんの右手にスキルによる筋力と攻撃力を強化する青い光が灯る。
またも大きく振りかぶり、野球の投球のようなフォームで石を投げつける。
「ストラーイク!」
超高速で飛来する石の直撃を受けたヘルハウンドの頭部がザクロのように弾けた。
どう見ても即死だ。
「コツは掴んだから次を行くよ!」
3球目は外れ。4球目も外れ。5球目は命中。6球目も命中。やはりヘルハウンドの頭が景気良く砕けた。
「ストライク、バッターアウト!」
「デッドボールだよ!」
これで5体のうち3体が倒れたことになる。
「真正面から来る敵は残り2体か」
「いや、これで0にしておこう。計算がやりやすい」
俺は新たに鳥を召喚して、そのうち1羽を真正面から向かってくるヘルハウンドに向かわせた。
このままだと炎の息を吐かれる。
阻止するために、ヘルハウンドの口の中へ鳥を突撃させた。
すると、ヘルハウンドの顔面が、内側から膨れ上がるような不自然な膨張を見せる。
次の瞬間、頭部が炎を噴き上げながら四散した。
「なるほど、口の中ね」
カーターも迫りくるヘルハウンドの口の中へ銃弾を撃ち込むと、やはり同じように爆発して吹き飛ぶ。
鼻を突く強烈な硫黄の臭いを含んだ熱風が吹き付けてくる。
普通に頭を物理で砕くだけでは、こうはならない。
炎の息を吐く直前だけ起こる現象だ。
「こいつは炎そのものを吐いているんじゃなくて、ガスを吐いて口で引火しているのか?」
「そのガスはどこから来るんだよ」
「知らん。だけど、炎の息を吐く直前には口や喉の奥は可燃性ガスが溢れている」
理屈は分からないが、今の爆発から予想できるのはそういうことだ。
炎を吐き出す直前にガスが逆流したり、引火すると、結果として自爆になるのだろう。
「みんな気をつけろ! 至近距離で頭を潰すと、こいつら自爆する可能性があるぞ!」
「その場合はどうすりゃいいんだ?」
「接近した時に狙うのは腹だ!」
叫んでいる間にも、背後から4体のヘルハウンドが迫ってくるのが見えた。
俺は素早くレルムの隣に駆け寄り、しゃがみこんでレルムと肩を並べた。
背後からの敵は俺たちの担当だ。
「レルム君、行けるな」
返事はない。
横目で見るレルムの肩は、硬く強張っていた。
緊張か恐怖か、体を小刻みに震わせている。
そっと肩を抱いて落ち着かせる。
少しずつではあるが、震えは段々と収まっていった。
「俺が付いているから大丈夫だ。行けるな?」
優しく声をかける。今は落ち着かせることが大切だ。
焦りは視界を奪い、判断を狂わせる。見えるものも見えなくなる。
今必要なのは、落ち着いて敵を見据えること。
「失敗を恐れなくてもいい。俺がフォローをする」
「はい、師匠」
そう言い切るレルムには、もう震えはなかった。
冷静に迫りくるヘルハウンドの顔を見据えている。強い子だ。
「一番左端の敵にエレクトロビーム。命中したら、そのまま横方向へ薙ぎ払え」
「薙ぎ払う?」
「ああ、ビームは俺の極光と同じで、ある程度持続時間がある。出したまま横方向に攻撃を移動できるはずだ」
「できますか?」
「できる。自分を信じろ」
レルムは唾を飲み込み、一度瞼を閉じて……ゆっくりと開いた。
教えた通りに両手首を付けて、手のひらを真正面に向ける。
その構えには、練習の時のようなブレはない。これならば当たる。
「撃て!」
「エレクトロビーム!」
レルムの手のひらから、空気を引き裂く雷鳴と共に稲妻のような閃光がほとばしった。
1体目のヘルハウンドに命中すると、そいつの頭部が火花を散らしながら、勢いよく爆発した。
先ほど頭部を吹き飛ばした時と同じだ。
「光線をそのまま横に向けろ!」
「はい!」
レルムが指示通りに体を捻る。
だが、さすがにぶっつけ本番だけのことはあり、真横ではなく、やや下方向にぶれた。
それでもたまたま、ヘルハウンド4体目には命中した。
爆発こそしなかったが、4体目の体表は火花を散らしながら、一瞬で黒く焼け焦げた。
だが、2体目と3体目は大きく外した。
何事もなかったかのように、俺たちへ肉薄してくる。
「失ぱ……」
「大丈夫だ。まだ勝ち投手の権利は消えていない。俺がリリーフだ」
放つのは極光。
ヘルハウンドの炎の息の種が可燃性ガスだと分かれば話は早い。
タウンティンで戦ったユッグと同じ対処方法だ。
熱と衝撃を伴う光線……極光でガスが溜まったタイミングで焼き払ってやればいい!
息を吐く直前ならば、その炎の息の種が、ヘルハウンドの体内で爆発する。
結果、2体のヘルハウンドが木っ端微塵に吹き飛んだ。
発生した爆風へ極光を当て続け、そのまま正面へ押し流す。
勝利の余韻を味わう暇はなかった。
視界の端、岩壁から、新たな黒い影が飛び出してきた。
技を放った直後の俺とレルムに、こいつらを捌く手立てはない。
だが、心配はいらない。
俺たちの頭上を覆い隠すように、光の粒子で構成された壁が出現した。
「横の岩壁から回り込んできました。4体です!」
モリ君のプロテクションだ。
その堅牢な壁は、ヘルハウンドの攻撃を一切受け付けない。
光る壁の上に、なすすべなくヘルハウンド2体が覆い被さっている。
爪を立てて壁を破壊しようとするが、その程度ではプロテクションはビクともしない。
すかさずタルタロスが、壁の上でもがいているヘルハウンド2体を両手で掴み、そのまま反対側の岩壁に向かって投げつけた。
タルタロスの怪力によってヘルハウンド2体は軽々と投げ飛ばされた。
岩壁から降りてきている最中の、別の2体に激しく衝突し、折り重なるようにして地面へと転がり落ちる。
「一石二鳥だな」
落下中のヘルハウンドのうち2体をカーターのライフルが瞬時に仕留める。
残り2体は、モリ君が近寄り、スキルで強化した槍で串刺しにして倒した。
「3体じゃなかったのか」
「空からの偵察だと限度があるんだろ。この辺りは低木と岩で隠れるところだらけだ。正確な数のカウントは無理だ」
カーターがフォローしてくれたが、さすがに悪いと思っている。
俺の鳥の使い魔では、完全な探知は無理ということだ。
「うち、まだなんもしてへん」
「ドロシーちゃん。じゃあ今から練習通りに行こうか。正面を見て」
エリちゃんが石切り場の方を指差した。
そこには新手のヘルハウンドが姿を現していた。
「私が合図したら水を発射ね。できる?」
「うん。大丈夫」
エリちゃんも俺とレルムと同じようにドロシーの隣に座ると、真正面から向かってくるヘルハウンドを指差した。
「撃って!」
「ハイドロカノン!」
ヘルハウンドが炎の息を吐いたと同時にドロシーの腕から水流が放たれた。
すさまじい圧力の水は炎の息を押し返すだけではなく、ヘルハウンドの体ごと吹き飛ばす。
ほんのわずかに水蒸気が舞い上がったが、それも噴き出した水流によって流されていった。
「じゃあ、とどめは俺が」
「ラビさん、鳥はなるべく攻撃に使わないで! 炎の息を防ぐための盾だけに専念して欲しい」
「分かった。じゃあ攻撃は任せる」
モリ君の指示もなかなか様になってきた。
どんどんこうやって俺を楽にさせて欲しい。
「エリスは今まで通り投石。近くに寄って来た敵は全部俺とタルタロスさんでなんとかする」
「じゃあ、私は安心して石を投げるね」
「ドロシーは俺の後ろに。カーターさんは銃で支援を頼みます」
フォーメーションは決まった。
あとはひたすら反復作業だ。
エリちゃんが石を投げて直撃すると、それでヘルハウンドが絶命する。
ヘルハウンドがうまく避けて接近したとしても、俺の
タイミングを見てレルムの雷撃とカーターの銃撃が支援攻撃を行う。
これを地道に繰り返すだけ。
ヘルハウンド単体の戦闘能力は大したことはないので苦戦はしないが、数が多いので体力と精神力だけは削られる。
◆ ◆ ◆
30分ほど戦っただろうか。
「これで何匹目?」
「21」
ようやくヘルハウンドの襲撃が止んだ。
辺りにはヘルハウンドを倒した時に漏れ出したであろう硫黄の臭いが充満していて、むせる。
念のために鳥を使い魔として喚び出して偵察を行うが、周辺に動いている生物の気配はないようだ。
「確認漏れがなければこれでフィニッシュだ」
「ならこれが確認漏れだ。これで22体目」
そう言っていると、カーターがライフルを上方向に構えて発砲した。
硝煙の臭いと炸裂音。
直後に、獣の断末魔が響き渡り、切り立った崖の上からヘルハウンドがゴロゴロと転がりながら落下してきた。
ヘルハウンドは地面に伏して、そのまま動かなくなった。
「1体追加しといてくれ! ラビ助の見逃し分だ」
「すまない」
「いや、他にも出入り口があったんだろう。想定されていたことだ」
二度あることは三度ある。
もう一度周囲を警戒するが、敵の姿は確認できない。
「今度こそ終わりか……」
「さすがに疲れたよ。ちょっと休憩したい」
珍しくエリちゃんから弱気な言葉が出ている。
30分ほど前後左右から迫りくる敵と戦っていたのだから、疲労が溜まっても仕方がない。
エリちゃんは石を投げつつ、ドロシーの面倒を見ていたのだ。
タフな甲子園球児でも、そろそろピッチャー交代の時間だ。
この後にケルベロス戦が控えていることを考えると、少しでもコンディションを回復した方が良いだろう。
「一段落ついたので、水休憩にしよう。水を飲んだら、また再開する」
モリ君が号令を出したので、全員集まってきた。
「水だけじゃなくて軽く何か摘まんでおくといい。もう少し調査は続くから」
俺は水と一緒に持っていたドライフルーツを全員に配っていくことにした。
甘いものは疲労回復には最適だ。
お茶も欲しいところだが、今のところ茶葉の代わりになりそうなものはない。
コーンならば調達しやすいので、コーン茶にチャレンジしてみるべきか?
「ラビちゃん、うちはプラムが欲しい」
「プラムはもうないな。リンゴでいい?」
「リンゴ好きー」
ドロシーはリンゴを摘まんでモリパパとエリママへ見せびらかしに行った。
子供は分かりやすくてよろしい。
「レルム君もリンゴね」
「ありがとうございます」
こちらは素直で可愛い。
「ラビちゃん、オレもリンゴが欲しい」
「はいクコの実」
カーターの手のひらに小さくて赤い実を3粒のせた。
「これ厳密にはクコの実じゃなくてクコの実っぽい何かの種だろ! もっと果物らしいやつをくれよ!」
「残念ながらドライフルーツはこれで品切れです。またの入荷をお待ちください」
袋をひっくり返して何度か振るとカーターが肩を落とした。
「ならせめてクッキーを」
「ほらよクッキーだぞ。ありがたく食えよ」
仕方ないのでカーターにクッキーを渡すと、リスのようにカリカリと縁から前歯で噛り始めた。子供か。
ドライフルーツは意外と好評で栄養補給にも向いているので、また買っておいても良いだろう。
素材が手に入ったら自分たちで干して作るのも良いかもしれない。
あの船の商人は、こうやって少量のサンプルを配ってリピーターを増やしていくのかと気付いた。
なかなかに商売が上手い。
軽い休憩だが、まだ頑張れる気力が湧いてきた。
「では、そろそろ狩るか」
なお、俺たちが恐れていたのは連携攻撃と奇襲によって軽傷を積み重ねることだった。
なので、中途半端な強さのモンスターであるケルベロスは洞窟から這い出してきた直後、エリちゃんのすごいパンチのワンパンで無事に沈みました。
「こんなデカい図体なのに、狭い出入り口から無理に出ようとするから……」
「やっぱり2つある頭の付け根が弱点じゃないか!」
敵は滅んだが、問題はまだ残っている。
突然つながったという洞窟の調査が待っている。