赤い岩が広がる山岳地帯は終わりを告げ、再度メキシコの砂漠地帯が姿を現していた。
乾燥に強い、背が低い草にサボテン。
そして赤茶けた水分をほとんど含まない砂……。
暦の上では12月だというのに、空から太陽の光がじりじりと照り付けてくるので、歩いているだけでも体力を奪われる。
街道の先には陽炎が立っているのが見える。
相当な暑さだ。
水に関してはドロシーちゃんのスキルで何処からともなく出てくるので飲み放題、使い放題ではある。
それでも暑さと陽光だけはどうしようもない。
俺たちは、事前に砂漠を歩くための装備を揃えているので、日差しについては対策済みではある。
だが、後から加入した第16チームのドロシーちゃん、レルム君、タルタロスさんの3人は砂漠の日差し対策の装備がない。
テロスの町で開いている店がアルバートさんの店くらいしかなく、装備をそろえられなかったのが誤算だった。
「モリ君、せめてレインコートをタルタロスさんに貸してあげてくれないか」
「でもこれ雨具だから、全然風を通さなくて暑いだけですよ」
「それでも直射日光を直接受けるのはダメだ。熱中症直行だぞ」
モリ君が早速鞄の奥からレインコートを引っ張り出した。
現代のビニール地のものとは異なり、オイルをしみ込ませた薄布を羽織るフード付きのポンチョのようなものだ。
「エリちゃんはドロシーちゃんに」
「じゃあ私は帽子を貸してあげる。私はパーカーのフードがあるし」
「ありがとう」
残るはレルム君だ。
仕方がないので、着ていたマントを脱いで、鞄の中から丸めていたローブを引っ張り出した。
「君は俺のマントを着なさい」
「でも師匠は?」
「俺はローブと三角帽があるから別に大丈夫だよ。それよりも君がしっかり熱中症対策をしなさい」
よく見ると熱中症寸前だったのかレルム君の顔が真っ赤だ。
早めに気づいて良かったかもしれない。
水も飲ませておこう。
さすがに俺のマントでは、サイズが全く合わない。
適当に折り曲げて長さを調整していると、カーターが急に声をかけてきた。
「そこの、おねショタ性癖破壊マン」
「誰が、おねショタ性癖破壊マンだ。勝手に肩書きを増やすな」
「砂漠を渡るための装備はどうするんだ? どこかで入手できるあてはあるのか?」
「砂漠地帯の町なんだから、大きめの町に行けば売ってるに決まって……あっ」
「やっと気づいたか。ここらの町はどこか別の場所からメキシコに転送されてきてるから、砂漠対応なんてされてるわけがない」
カーターの言う通りだ。
タラリオン以降、俺たちは地球には存在しない町を渡り歩いている。
単に「異世界なので地球とは違います」というだけならば、俺たちが無知なだけで万事解決だ。
しかし、今までの状況から察するに、全く違う地域に存在している町が、このメキシコ北部に転移してきている。
タラリオンは町自体が世界中からの寄せ集め。
テロスの町はドイツ山岳地帯の雰囲気が強かったし、隧道を掘った村は北欧風だった。
どこも、メキシコの砂漠の気候に全く対応できているとは思えない。
「ドイツの山奥は元々そんなに雨が降らない気候だし、標高も高いおかげか気温は低めだった。だからテロスはなんか暑いな? くらいの反応で済んでたみたいだが」
「ここから先は環境の変化に対応できていない町や村が出て来る可能性が高いのか」
メキシコの砂漠は、サハラ砂漠と違って、わずかではあるが植物などは生えている。
遠くの山も一部緑だったりするので、水が皆無ということはないが、それでも気候の変化は多大な影響があるだろう。
「住民に相当迷惑がかかってるけど、これって本当に運営は無関係なのか?」
「運営がそんなコストの無駄遣いをするわけない。これは多分別件だぞ。誰かが、この世界の次元を歪めて何かをやろうとしている」
割と説得力のある話だ。
メリットがないからやらないというのは実に行動原理としては分かりやすい。
逆に言うと、運営はコスト内に収まるならば、何をやってくるか分からないという怖さはある。
いきなり第16チームを投げ込んできたのもそれだろう。
テロスの町でケルベロス騒ぎにカルトの信者がかかわっていたのも、運営の手引きを受けた疑惑はあった。
「50人を51人にするだけで一悶着ある運営に、町ごと転移なんてコスト度外視のことは無理だろ。できるなら毎日イソグサが攻めてきているはずだ」
「何その地獄」
それならば、この転移事件を誰がやらかしているというのか?
異世界だの転移だのをやりそうなのって運営以外いるわけが……
ここまで、考えたときに気づいてしまった。
俺たちが今から会いに行こうとしているのは、異世界と転移について研究をしていて、日本に戻るための方法を知っているという人物。
知事の昔の知り合い……西の魔女だ。
まだ、もしかしたら程度の話で、ただの陰謀論でしかない。
だけど、もしも西の魔女がこの異変をやらかしている元凶だった場合、俺たちはどうすれば良いのだろうか。
本当にその人を頼っていいのだろうか?
◆ ◆ ◆
カーターの懸念通りの事態が発生した。
本日泊まる予定だった村にやってきたのだが、全く人影がない。
民家はあるものの、誰も人が住んでいる気配を感じられない。
幸か不幸か、村に荒らされた形跡はない。
各家は厳重に戸締りされているので、自主的に避難したようであり、何者かの襲撃に遭ったということはなさそうだ。
今のところの解釈ではあるが。
「すみませーん、誰かいませんかー!」
声を掛けて回るが、やはり誰も出てくる兆しはない。
家畜を飼っていたであろう柵の中ももぬけの殻だ。
住民総出でどこかに引っ越ししたとしか考えられない。
理由はすぐに分かった。
家の近くにある、かつては畑だった形跡の残る空き地だ。
空き地の土を摘まんで指で擦り合わせる。
元が畑だったとは思えないほど、水分はなく、サラサラとしている。
何か月も土が掘り起こされた形跡は全くないので、秋に収穫を終えた後という感じでもなさそうだ。
植えられていたのは麦だろうか?
この砂漠の気候と雨の少なさでは農作を継続するのは無理と判断して夜逃げした可能性は高い。
立ち並んでいる家は高い煙突を備えたフランス南部風の家。
屋根に角度が付いていたり、軒が長かったりと、雪対策と思われる構造になっている。
この年中が夏のようなメキシコの気候に全く適合しているとは思えない。
「ここを見てください」
モリ君が一軒の民家の玄関前に置いてある看板を指差した。
元々はドアノブに紐で吊るしていたものだろう。
その紐が切れて落下したようだ。
そこに書いてある文字は……。
「カーターさん、お願いします」
「そこは得意なゲームの知識でどうにかならないのか?」
「こんな文字を使っているゲームなどない」
だが、ぬかりはない。
カーターからもらったメモ用紙に、気になった単語などは書いてメモするようにしているのだ。
ポケットからメモ用紙を取り出して、看板の文字と見比べる。
「この看板に書いてある単語と、テロスで見せてもらった地図に書いてあった文字の形が似ている」
「つまり、どこかの地名が書いてあるのか」
「看板に書いてあるのは『サルナス』。この町に行くという解釈でいいだろう」
ひとまず胸をなでおろした。
知り合いに向けて、大きな町に引っ越したという案内を残したのだろう。
サルナスには大きな湖があるという。
ある程度まとまった水があるということは、温度も安定しているだろうし、農作も続けられるはずだ。
ここで、人が死んでいないということが分かっただけでも安心できる。
「でも、せっかく民家がある集落に着いたのに野宿とは……」
「ラビさん、1軒だけ鍵が開いている家がありましたけどどうします?」
「所有者が放棄した町ならば、壊さなければ文句も言われないだろう。せっかくだし泊めさせてもらおう。外で野宿するよりはマシだ」
モリ君が案内してくれたのは、村の規模には見合わない程のかなり大きな豪邸だった。
それなりの権力者が住んでいたのだろうか?
館は基本的に木造で一部の壁などにレンガを使用して強度を高めているようだ。
建物自体は2階建てで表面には小洒落たバルコニーや出窓などが作られている。
いかにも中世らしく、窓にはめられたガラスはかなり小さい。
民家はフランス南部風だったが、こちらは欧州北部風。
別に色々な家が建っていても良いが、デザインは統一して欲しい。
……割と最近にどこかでこんな洋館を見た覚えがあるのだが、気のせいだろうか?
一応呼び鈴を鳴らすが、当然中から誰も出てくる様子はない。
「ごめんください」と言ってから中に入る。
玄関を入ると、視界に、2階へと上がる階段が飛び込んできた。
かなり埃っぽいが、内部を荒らされた形跡はなく、破損個所も特に見当たらない。
1階部分は廊下が複雑に伸びており、部屋の数は相当多そうだ。
「どうします?」
「俺は炊事場を使えるかどうか見てくる」
「なら私たちは2階を見てくるね。使えるベッドがあるかも」
エリちゃんとドロシーちゃんは一緒に2階へと上がっていった。
他の面々も屋敷内の各所へと散っていく。
応接室、トイレ、風呂場、使用人部屋らしき場所。
館の主の書斎……書架に本は1冊もない。
そして炊事場。
炊事場には調理器具は一切何も残されていなかったが、竈はある。
ここで何かを焼いたり炊いたりはできるだろう。
それにしても残置物が一切見当たらないのは気になる。
巨大な屋敷なだけに、引っ越したとしても荷物は相当な量だっただろう。
全て持ち出して引っ越ししたのだろうか。
それとも……。
最初から人なんて住んでいない!?
答え合わせと言わんばかりに壁の一部がグニャリと歪んで触手のような物が俺の方へと伸びてきた。
「こいつ、まさかあのタウンティンの海岸で見た!」
どこかで見覚えがある形の建物だと思ったら、ゾスの祭祀場の手前に配置された謎の洋館。
あの建物と瓜二つだ。
以前は南米の海岸沿いに洋館が建っているという場違いさから、初見で罠と看破できた。
だが、今回は欧州風の村の中に建っていたため、すぐに気づくことができなかった。
いや、それはただの言い訳だ。
もっと注意を払っていれば、すぐに気づけたはずだ。
すかさず鳥を5羽召喚。
そのうち2羽を突撃させるが、威力が足りずに壁から伸びてくる触手を破壊しきれない。
「思っているより硬いぞ!」
盾のために鳥は温存させておきたかったが仕方がない。
残り3羽を突撃させると、触手は完全に破壊された。
触手は石灰のような粉を周囲にまき散らして崩れ去った。
どうやら、倒されると、元の壁材に戻るらしい。
埃っぽい上にかび臭いので、ローブの袖で鼻を覆う。
「やっぱり出し惜しみはダメだな。獅子は兎を狩るのにうんたらかんたら。戦闘をする時は全力全開でないと」
以前は魔女の呪いで射程外から一撃で吹き飛ばしたので実感がわかなかったが、一度内部に閉じ込められてしまうと、意外と面倒そうな敵だ。
破壊した触手を見ていると、天井の方から何やら激しく打ち付けるような音が響きわたってきた。
今度は天井から攻撃か?
身構えると、天井を突き破って俺の目の前に降ってきたのは敵ではなく、ドロシーちゃんを抱えたエリちゃんだった。
2人は天井……2階の床を踏み抜いたようだ。
天井が抜けたことで、もうもうと埃が舞い上がる。
「みんなは無事?」
「いや、なんでわざわざ天井をぶち抜いて?」
「2階を調べてたら床から触手みたいなのが生えてきたから、床の下に敵がいると思って……」
「……2階の床は1階の天井を兼ねているわけだから、当然そうなるよな……」
そういう事情ならば仕方がない。
うっかりエリちゃんに踏み潰されなかったことを良しとしよう。
「他に誰が2階の探索に行っていた?」
「私とドロシーちゃんの2人だけ。みんなは1階にいると思う」
「ということは、残り4人は1階のどこかか?」
そう思うと、レルム君がいつの間にか俺の真後ろにいて、ローブの裾を掴んでいた。
無事で良かった。
しゃがみ込んで頭を撫でる。
「大丈夫だったか? 怪我はどこにもない?」
「はい師匠。僕は大丈夫です」
「それなら良かった」
ということは、あとは3人。
モリ君やカーターは流石に大丈夫だろう。
旅慣れていないタルタロスさんがどうかだが……。
「みんな無事か!」
「ワシらは無事だ!」
精一杯声を張り上げて叫ぶと返事はすぐにあった。
突然、壁から右腕が生えてきたと思ったら、そのまま豪快に壁を破壊しながらタルタロスさんが姿を現した。
よく見るとタルタロスさんは埃塗れのカーターを小脇に抱えていた。
「うわっ、どこから出てくるんですか!」
「いや、壁が変形して攻撃してきたので、壁の中に何かいると思って殴っていたらここに出た」
「お前もか」
脳筋の思考パターンは同じなのか?
なぜ、できるからといって、いちいち壁を破ってくるのか。
それに小脇に抱え込まれているカーターは何をやっているのか?
「よう」
「なんで小脇に抱えられてるの?」
「仕方ないだろ、オレは頭脳労働向きなんだよ!」
「本当にいつもお前は同じことを言ってるな。それで怪我は?」
「なんとか無事」
カーターの頭やスーツを箒で掃いて埃を落としている最中、炊事場にモリ君が入ってきた。
やはりカーターと同じように頭から埃を被っていて全身が真っ白になっている。
「なんだ、みんなもう揃っていたのか? あちこち探しまわったじゃないか」
「もしかして、俺たちの安否確認をしてくれていた?」
「まあ、一応リーダーなんで」
モリ君は埃を吸い込んだのか咽せながら照れくさそうに答えた。
「心配かけてすまない。もう少し早く連絡を取るべきだった」
「それは後にしましょう。まずはここから脱出を!」
せっかくなのでタルタロスさんに炊事場の壁をぶち破ってもらい、その穴から全員で家の外へと脱出した。
ただの空き家ではなく、擬態したモンスターと分かればもう躊躇は必要ない。
外から洋館を見ると、もはや擬態の必要もなくなったからなのか、建物全体がグラグラと左右に揺れていた。
俺たちに逃げられたからなのか?
それとも内部のあちこちを雑に破壊されたからなのか?
その動きからは俺たちへ怒りを訴えているように見えた。
「こいつをこのまま放置しておくと、他の旅人や商人が襲われるかもしれないし、後始末が必要だな」
俺が箒を構えて攻撃の準備に入ると、その前に2人の子供……ドロシーちゃんとレルム君がそれを阻止するように前へ飛び出してきた。
「師匠、ここは僕に任せてください。ちょっとはできるようになりましたよ」
「いや、うちの方ができるから、うちに任せて欲しい」
子供たちから頼りになる発言が出てきた。
俺が熱線で倒してしまっても良いが、あえて、ここは子供たちに任せてみよう。
「じゃあ、この前覚えたスキルの重ね合わせにチャレンジしてみよう。2人とも、一斉に合成スキルをその化け物屋敷にぶち込むんだ」
「はい!」
レルム君とドロシーちゃん、2人のスキルが館に直撃した。
まず、館の壁を簡単に破壊するほどの圧力を持った水流が放たれた。
続いて、その水を伝って火花が散るほどの高圧電流が流れる。
単に個人の合成スキルというわけではない。
2人の合成スキル……単純に考えても威力は4倍だ。
水をまき散らしたおかげで、館が崩壊したにもかかわらず、埃が立たないのも良いことではある。
しばらく館全体からはレルム君のスキルによる放電が続いていた。
それが収まると、玄関の前には銀色のメダルが置かれていることに気づいた。
久々のメダル……しかも銀色だ。
全く法則が見えてこない。
この村の転移は運営と無関係だと思ったが、この人食い屋敷は運営が何らかの関与をしていたということになる。
「それで今晩泊まるところはどうする? そこらの家の扉の鍵くらい簡単に破れるだろうけど」
「もしかしたら、家の持ち主が帰ってくる可能性もあるし、勝手に鍵を壊して入るのも抵抗がある……野宿しかないな」
「野宿か」
俺たちは大きなため息を吐いた。