収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 18 「湖畔の都市サルナス」

 湖畔の町、サルナスの城壁は磨き上げられた大理石で出来ており、壁全体が美しく輝いている。

 

 城壁の上にはアラブ風の寺院が少しだけ頭を覗かしているのがちらりと見える。

 

 町の中だけではなく、城壁の前にも露天もあちこち立ち並んでおり、あちこちから食べ物の良い匂いが漂ってくる。

 

 町の中からは笑い声と陽気な音楽が聞こえてくる。

 こういうところは日本の祭りと全く同じだ。

 

 もちろん、祭りで発生する問題については日本と全く同じようだ。

 

 町への唯一の出入り口である城壁に取り付けられた城門は、祭りだからか誰でもウェルカムとばかりに全開したままで固定されていた。

 

 ただ、祭りを観ようと詰め掛けた観光客がその門の前で大渋滞を起こしている。

 

 町の衛士が行列を整理しようと頑張ってはいるのだが、押しかけた観光客の人数に対して明らかに人手が足りていない。

 そのために行列の後ろの方は大混乱で酷いことになっている。

 

 この観光客の多さはキャパオーバーなのだろう。

 

 既に町に入るのを諦めて、城門の前でテントを広げて野営を始めようとしている観光客も数え切れないくらい大勢いる。

 

 せっかく大きな町に来たというのに、祭りの日にかち合うとは、かなり間が悪かった。

 

 はぐれないようにモリ君とエリちゃんはドロシーちゃんと。

 俺はレルム君と手を繋いで、身長が高くて目立つタルタロスさんを目印に歩いていく。

 

 入場まであとどれくらいかかるのか、行列を眺めていて、ふと気付いた。

 

 城門の少し上に金属板がはめ込まれて、そこへ何やら文字が彫り込まれている。

 

 別にラテン語を読めるわけではない。だが、ゲームに登場するので、その形だけは覚えていた。

 

「la citta doletnte」

 

 その下にも色々と文は続いているのだが、ラテン語など分かるわけもない俺に読めるのはその箇所だけだ。

 だが、その頭の部分だけでも十分だ。

 

「憂いの町……地獄シリーズはまだ続いていたみたいだな」

「ラビさん、それだけだと意味が分かりません。説明を」

「あそこの城門のところに書いてあるラテン語なんだけど、これもダンテの神曲に登場する地獄のネタだよ。地獄の第五圏ディーテ。中には罪人と堕天使が閉じ込められているという憤怒者の町」

 

 またも分からないことだらけで頭が痛い。

 

 この地獄に準えたシリーズは、自然に発生した脅威ではない。

 

 ダンテの神曲を知っている人間が故意に手を入れないと、自然発生するものではない。

 

 カーターの話だと運営ではないということだが、それならば誰がこんな手の込んだ仕込みをしているのだろうか?

 

「地獄の五圏ってどんなモンスターがいるんですか?」

「入り口に悪魔軍団。町を入ってすぐのところに復讐の3女神がいたとされるけど、ここから見る限りは、そんなの奴らはいないよな。もしいたら祭りどころじゃないし」

 

 今のところモンスターが暴れたりしている様子もなし。

 それどころか寂れている気配すら皆無で、祭りで浮かれている陽気な町という印象しかない。

 

「罪人と堕天使というのは?」

「堕天使も居るようには見えないけど、罪人というのは何かのメタファーなのかもしれない。ここで行われている祭りはイブ討伐祭だけど、イブという何かを倒す時に罪を背負ったので、この町の住民は罪人ですみたいな」

「もしかして、そのイブというのがトカゲ人間?」

「そうかもしれない」

 

 悩みどころだ。

 

 もし、町の中に何か地獄に準えた罠が仕掛けられているのならば、入ること自体に危険があるかもしれない。

 

 それ以前の問題としてこの行列だ。

 

 町の中に入るには、あと何時間並ぶ必要があるのだろうか?

 

「なのは完売! なのは完売です!」

 

 少し待ってみたが、全く動く気配がなかったので一度引き返すことにした。

 これは少々待ったところで町に入るどころか、行列が動く気すらしない。

 

「これだけの人がいると宿は絶望的だな。入り口ですらこれなのに、宿のキャパが全く足りている気がしない」

「ほうぼうからやって来ているのならば、その人達との宿の部屋取り競争が始まる……いや、もう始まっているんでしょうね」

「それはマズいな。宿がなくなる前に早く行こうぜ」

「いやちょっと待て、お金……」

 

 俺の話も聞かずにカーターは一人で大混雑している門の方へ戻っていった。

 

 そもそも、金を持っていない奴が一人だけで先に行っても何も出来ないと思うのだが、どうするつもりなのだろうか?

 まあ、それ以前の問題として、行列が動かないという事実に気付いてすぐに戻ってくるだろう。

 

「でもお祭りかぁ」

「暦の上ではもうすぐクリスマスだし、それに合わせてるのかなと」

「えっ? もうそんな時季だっけ」

「暑いのと旅をしてるから感覚が狂うし仕方ないけど、ハロウィンに出発して2ヵ月だから、そろそろ12月末だよ」

 

 日本……地球とこの世界のカレンダーが一致しているのかは不明だが、時期的にはそろそろクリスマスのはずだ。

 

「イブ」というのは、さすがにクリスマスイブとは無関係だと思うのだが、冬至などを兼ねての祭りというのはあり得る。

 

「これはまた野宿かな。もし町に入れた上でもし宿の空き部屋があったとしても、お祭り価格で宿の値段が跳ね上がって予算オーバーの可能性だってある」

「せっかくの町なのに……まあ仕方ないか」

 

 酸っぱい葡萄ではないが、どの道これでは入れそうにない。

 宿に未練を残すよりは、きっぱりと諦めた方が良いだろう。

 

「俺達もここで野営しましょうか? そこらの屋台で食べ物だけ買ってきて」

「うん、まあそれでもいいかな。いつ町の中に入れるか分からない上に、町の中に入ったところで宿の部屋が空いているとも思えないし」

 

 子供達も行列待ちで疲れ切った様子だった。

 

 それに加えて何か罠が仕掛けられているかもしれないとなれば、もはや入る意味はないだろう。

 

 城門の前に出ている出店もたくさんあるし、祭りの雰囲気を楽しむには外を回るだけでも十分だろう。

 

 俺達は一度行列を離れて、人が少なそうな湖畔の丘へと移動した。

 

 他の野営組を見ていると、景色が綺麗な湖のほとりにテントを立てるのが人気なようではある。

 

 だが、俺の経験上、水辺に近い場所でテントを張ると湿気が強すぎてテントや毛布が湿気る上に虫が多すぎて面倒が多い。

 景色くらいテントから歩いて見に行けばよいのだ。

 

 それならば、人が少ない丘の方が快適だろう。

 

「食事はそれぞれバラバラで摂るということで良いですね。お金だけは渡しておきます」

 

 お金の管理をしていたモリ君が、この町で使うための小遣いをくれた。

 

 夕食分にしては若干多めだ。

 これで祭りを楽しめということだろう。

 

「モリ君とエリちゃんも2人で楽しんできて」

 

 俺はモリ君とエリちゃんの2人に声を掛けた。

 

「ラビちゃんだけで大丈夫?」

「こっちは大丈夫だから、たまにはゆっくり楽しんできていいよ」

「うちはママと一緒がいい」

「いや、ドロシーちゃんは俺と一緒だ。わかるよね」

 

 ドロシーの目を見ながら強い口調で言うと、俺の意図を察してくれたようだ。

 

 そうしてモリ君とエリちゃんの2人を半ば強引に追い出した。

 

 2人は何度かはこちらを振り返っていたが、俺達が動かないことを察すると、2人で城門に並んだ出店街の方へと歩いていった。

 

「パパとママはデート?」

「うん、クリスマスだからね。俺達は邪魔にならないようにしないと」

「クリスマスなら仕方ないか」

 

 ドロシーも納得してくれたようだ。

 こういう気の使い方を出来るのが大人の余裕というものだ。多分。知らんけど。

 

「タルタロスさんは大丈夫ですか?」

「ワシは子供達の面倒を見ている方が安心するんでな」

「そういうことでしたら一緒に行きましょう。2人が祭りで食べたいものは?」

「たこ焼き!」

「ベビーカステラ!」

「……あるのかな、この世界に」

 

 色々と不安要素は山ほどあったが、さすがに祭りの日くらいは何も起きないだろう。

 少しくらいはゆっくりしたいところだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「ゆっくりしたいと言っただろ!」

 

 子供達を連れて出店を冷やかしていると、町の中からいくつもの絶叫が聞こえてきた。

 

 最初は祭り関連で何かのイベントでも始まったのかと無関心だったのだが、どうやら違うようだ。

 

 城門から次々と観光客らしき人々が我先にとばかりに悲鳴を上げながら飛び出してくる。

 

 中から飛び出してきた観光客は、入場待ちの観光客とぶつかって、更に混乱を加速させていた。

 

 城内から聞こえてくる声を察するに、町の中に何かが出現して、それに観光客が追われているようだ。

 ただ、城門付近で揉み合いになっている観光客の声がうるさすぎて、具体的に中で何が起こっているのかが把握できない。

 

「何が起こっているんだ」

「呪いだよ」

 

 妙に冷静な出店の親父が俺の独り言に反応した。

 

「呪い?」

「イブの呪いだよ。あいつらは滅ぼされた恨みを千年かけて呪うって。それを鎮めるための儀式をこんな派手なだけの祭りにしちゃうから。まあそれに便乗させてもらってる俺らが言うことじゃないが」

「ということは前からこの話があったと?」

 

 俺は出店の親父に金を払って、そこで提供されているホットドッグらしき料理を7個注文する。

 買い物をしてやれば、固い口も開いてくれるだろうと判断してのことだ。

 

 パンが焦げる香ばしい匂いに見事釣られたという理由もある。

 

「嬢ちゃん、気前がいいね」

「仲間の分もあるので。それより何かご存じなのですか?」

 

 出店の親父は手慣れた動きで焼けた鉄板の上でソーセージとパンを転がしながら話し始めた。

 

「ここらに伝わる伝承だよ。昔にこの湖にはイブって町があって知能のあるトカゲ人間が住んでいたんだけど、ここらの鉱石や水を得るのに邪魔だったので人間達がそいつらを絶滅させてサルナスの町を作った」

「絶滅って」

「生き残りがいるんだから絶滅は嘘なんだろうけど、それでも酷いことをしたんだろうな」

 

 そりゃ恨まれても仕方ないと思った。

 

「トカゲの王が最後に言い残した言葉が『千年恨むぞ』。トカゲの方は時期を区切ったつもりじゃなくて永遠のつもりで言ったんだろうけど、人間の方は千年経ったのでセーフと思っちゃったんだろうな」

「それで油断してこの有様と」

「多分な。人間は果たして頭が良いのか悪いのか」

 

 城門の方を見ると、まだ混乱は収まりそうにない。

 出入口で町から出たい人間と、事情が分からずにまだ中で祭りが開催されていると思って入場待ちをしている観光客がデッドロックを起こして、結局町の中からは誰も出られない状況が続いている。

 

 その様子を無言で見つめていた俺に出店の親父はホットドッグを注文の数より多い10個を渡してきた。

 

「残念ながらこの騒ぎじゃ今年はもう店じまいだ。とばっちりが来る前に撤収するわ。中途半端に余った分は捨てるのも勿体ないしオマケだ」

「ありがとうございます」

 

 俺達は出店の親父に礼を言うと、城門前で混乱している観光客達が雪崩込んでくる前にその場を退避した。

 

「美味しそう。早くちょうだい」

「はいはい、火傷しないようにね」

 

 レルム君とドロシーにホットドッグを食べさせる。

 

「タルタロスさんも温かいうちにどうぞ。今の間に食べておかないと持ちませんよ」

「ああ、いただこう」

 

 全員でホットドッグを食べながら野営準備をしている小高い丘へ戻ることにする。

 

 移動中に焼き立てのホットドッグにかぶりつく。

 ソーセージは若干油と塩分が多めではあるが、それが若干薄味のパンと合わさってなんとも美味い。

 

 テロスで食べたものと同じくパッサパサの全粒粉パンなのだろうが、一度鉄板で焼いたことで表面はカリカリ。

 中はふわっとして良い感じになっている。これは当たりだ。

 

「師匠、町の人は助けなくて良いんですか?」

「あの城門の人達を押しのけて町の中へ入るのは無理だろう。どこか別の場所から町に入るルートを探してからだ」

「なるほど」

 

 そう話していると、モリ君とエリちゃんも「ひどい目にあった」と言いながら帰ってきた。

 どう見ても祭りを楽しんでいたようには見えない。

 

 なんてクリスマスだ!

 

「これで全員揃ったか」

「全員じゃなくて、カーターさんがいません」

「そういえば……あのアホは何をやってるんだ」

 

 まあ、あいつならうまく立ち回っているだろうが、それはそれとして、町の混乱の原因は気になる。

 

「まずはここから鳥を飛ばして町の中の状況確認と、城門以外の入り口を探してみる。それから作戦を考えよう」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「待って待って、なんでこんなことになってんの? 指名手配犯は本当にこんな町の中に入ってくんの?」

 

 エヴァニアが宿の窓から外を見ながらぼやき始めた。

 

 目に見えて町中は混乱している。

 

 よりにもよってこの祭りの日に何者かが襲撃を仕掛けてきたらしい。

 

 町の通りは祭りを観に来た観光客と襲撃者から逃げようという観光客、そして地元住民が右往左往して酷いことになっている。

 

 この状況で私達が飛び出したところで、観光客の波に流されてまともに動けないだろう。

 

「あーあっ、せっかくのお祭りなのに宿から出られないなんて」

「こんな状態だと祭りなんてどの道中止だろうけど」

「どうする? あたし達もこの襲撃者を倒した方が良いかな? 一応あたし達って冒険者だよねぇ」

「そうは言っても通りは人だらけだよ。まず、この宿から出られないし、外に出てもまともに通りを歩けるとは思えない」

 

 そもそも襲撃者がどこにいるのか、状況を把握出来ない。

 偶然に見つけた単体を倒したところで別にどうなるものでもないだろう。

 

 窓から街並みを見る限りは、建物が密集して狭い通りが入り組んでいる。

 観光客を避けて路地を抜けても、どこにいるのか分からなくなるはずだ。

 

 ポケットから携帯端末……レーダーを表示した。

 これは敵の位置を把握するためのものだが、その画面は大量の丸印で埋め尽くされて収集がつかなくなっている。

 

 観光客と敵の区別がついていない。

 

「なんだこのポンコツ。少しは役にたてよ」

 

 ベッドの上に投げつけるが、別にそれで何が解決するわけでもないので、拾い上げてまたポケットに戻した。

 

 私の愛用武器……ガトリングガンを担いで窓枠に飛び乗った。

 

「どこに行くのアディちゃん?」

「何もしないってわけにはいかないでしょ。屋根伝いであの町外れに見える領主の家まで走っていく」

 

 私は宿の窓から見える、他の建物より一際大きな屋敷を指差した。

 

「この町の偉い人に聞けば何か分かるでしょ。少なくとも、あそこはこの宿よりもちょっと高い場所にあるから、状況は分かりやすいと思う」

「1人で行くの?」

「むしろ付いてこないの?」

「あたしはパス! アディちゃんみたいに屋根の上を飛び回るなんて出来ないし」

 

 エヴァニアはそう言うとベッドにもたれかかった。

 

「なら、せめて隣の部屋にいるジュウベイ君にも声かけといて。暇なら付いて来てって」

「へーい」

 

 エヴァニアは分かったのか分かっていないのか曖昧な返事を返してきた。

 

 これは期待出来ないなと思いつつ、私は宿の窓から隣の建物の宿に飛び移り、領主の館へと駆け出した。

 

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