城門で避難誘導と治療を行っていたモリ君たちのところへ作戦終了の報告に向かった。
城門前は、深夜にしては人がかなりの人出だ。だが、ピーク時に比べれば、全く問題ないレベルだ。
エリちゃんとタルタロスさんが横転していた馬車を含む瓦礫の撤去を行った。
その後に兵士が避難誘導したのだから当然と言えば当然だ。
深夜になったことで祭りを見に来ていた観光客が、入るのを諦めたのも理由に含まれるかもしれない。
城門近くの空きスペースには仮設の救護テントが設置されている。
その中では白衣を着たモリ君とレフティ、そしてこの町の医者が治療のために走り回っていた。
以前の野戦病院を思い出す奮戦っぷりである。
あの時に比べると負傷者の数は少ない。
今は軽傷者が治療待ちで数人いるが、これはすぐに片づくだろう。
「ラビちゃん、今の状況はどんな感じ?」
エリちゃんはその救護テントの横で三角巾にエプロンを付けて、同じ格好をした地元のおばちゃんと一緒に大鍋をお玉でかき回していた。
どうやら負傷者や避難住民のための炊き出しが行われているようだ。
湯気を上げる大鍋の中には、透き通ったスープが入っていた。
具が少なめのシンプルなものであるが、空腹の胃を刺激する匂いで、腹の虫が鳴った。
「今の状況だけど、ボクラグは撤収し始めたので一区切りだよ。明日……というかもう今日だけど再襲撃の可能性は別の問題として」
「それなら良かった。炊き出しの方も一通り配ったから終わり。あとは瓦礫だけど」
「瓦礫も終わったぞ」
タルタロスさんが、門の一部だったであろう石の塊を城壁の端に寄せた。
空からだと転倒した馬車が目立っていたが、城壁の破損もあったようだ。
「これで門を塞ぐ障害物はなし。明日からは馬車も通れるだろう」
「お疲れ様です」
城門での作業も一通り終了と考えて良いだろう。
「おーい、こっちにも温かいスープを貰えないか? 水を被って冷え切ってるんだ」
声がした方を見ると、水門の防衛に向かったはずのフォルテたちが歩いてきたところだった。
「ラヴィじゃないか。軍の方はもう片付いたのか?」
「今から連絡に向かうところでした。一段落で良いそうです」
それを告げるとフォルテたちは「ようやく終わったか」と武器を置いてしゃがみ込んだ。
「城壁伝いにぐるりと回り込んできたけど、もうボクラグたちは残っちゃいない。念のためにもう一周するとなると辛いなって思っていたけど」
実際に現地で戦っていたフォルテたちが言うなら信頼できる情報だ。
「あと、後日に今回の件の報酬を支払うので取りに来られたしとのことです」
「報酬が!?」
フォルテが驚いたような顔を見せた。
「いや、貰えるものは貰うよ。だけど、タダ働きのつもりだったからな」
「貰うもんは貰っとこうぜ。しっかり働いたんだから、その報酬は貰って当然だ」
マルスがフォルテの肩に手を回しながら言った。
「もう終わりで良いってこと?」
今度はアデレイドだ。
城門で避難誘導の手伝いをするよう頼んでいたが、こちらもしっかり役目を果たしてくれたようだ。
アデレイドの横には見知らぬ奇妙な格好をした人物が2人いる。
「そちらの方は?」
「私の仲間。こっちの派手なのがエヴァニアで、地味な男がジュウベイ」
カラフルなビスチェの上にペラペラ素材の白い肩出しのカーディガンを着た少女。
片目に眼帯を付けたチョンマゲの侍風ファッションの青年。
コスプレまがいの格好をしている時点で一目瞭然。
間違いなく、俺たちと同じ日本人だ。
なんなの?
日本人はみんな変な服装で奇行を繰り返す変人集団だと思われるだろ。
普通の服装をしてくれよ。
……なんか自分の頭をブーメランで強打した気がするので突っ込むのはここらにしておこう。
それはともかくとしてエヴァニアの方には一言申したい。
初期装備は確かにそれだったかもしれないが、着替えろよ。寒いだろ。
デフォルトは腹出しファッションのエリちゃんも今は防寒着を着ているぞ。
実際、少女の方は唇を青くしてガタガタと小刻みに震えていた。
「エヴァニアです。よろしく」
エヴァニアが声を震わせながら言った。
さすがに我慢でどうにかなるというわけでもないらしい。
対して青年……ジュウベイの方は無言でペコリとお辞儀するだけだった。
「はい。じゃあスープね。焚き火もあるから、冷えたなら暖まっていって」
エリちゃんがお玉を振り回しながらフォルテたちを誘導する。
フォルテ、マルス、スーリア。
アデレイド、エヴァニア、ジュウベイと俺の7人は温かいスープを受け取ると、焚き火を囲んだ。
せっかくなので1杯貰うことにする。
粗末な木の器に盛られただけでスプーンなどはなし。
器を直接口につけてすすれということだろう。
くず野菜に塩を入れて煮込んだだけのシンプルなスープだ。
具材は煮込まれたおかげなのか、咀嚼の必要もなく舌の上に乗せただけで、とろりと溶けた。
野菜から染み出した甘みと旨みで、なんともいえない味わいがある。
しかも、隠し味に入っている生姜らしき香辛料が味にアクセントを与え、冷え切った体を芯から温めてくれる。
実に美味い。
暖房の効いたレストランで食べてもこの感動はないだろう。
長時間、この寒空の中で動き回った今だからこそ染みる味だ。
「ごちそうさまでした。美味いスープだったよ」
「どうも。器は自分で洗ってね。他にも洗ってない器はたくさんあるから」
炊事場代わりの水桶に食器を返しに行くと山のように使用済みの器が積み上げられていた。
なるほどそういうオチか。
最後の最後でとんでもない大仕事がやってきた。
器を洗うための水は冷たくて、たった今スープで温まった分が瞬時にチャラだ。
なんだこれ?
「そういえばフォルテさんたちは宿の方はお決まりですか?」
「いや、決まっていない。町に来てすぐに騒ぎに巻き込まれたからな」
「実は司令官のご厚意で兵舎を貸していただけるらしいとのことです。今晩……と言ってももうすぐ夜明けですが、もしも泊まる先が――」
「――やったぜ!」
まだ説明の途中だというのに、フォルテとマルスが手を打ち合わせた後に諸手を挙げて喜んだ。
そんな話をしていると、ようやく治療も一段落ついたであろう、モリ君がやってきた。
「みんなお疲れ。フォルテたちも大変だっただろう」
「モーリスもお疲れだ」
モリ君とフォルテがハイタッチをした。
2人は同じ年齢らしく、数時間前に初めて会ったばかりだというのにすっかり仲良しだ。
そんなモリ君が寒そうに震えていたエヴァニアの方を見た。
「体調がよくなさそうですけど大丈夫ですか? 温まるまではこれを着ていてください」
モリ君は一度テントに戻り、普段身につけているマントを取ってきて、それをエヴァニアにかけた。
なんという自然なイケメンムーブ。
とてもぼくにはできない。
「ありがと。これで少しはマシになったよ」
エヴァニアはマントに包まり、焚き火の前で蛹のように丸くなった。
「モリ君、治療の方はもう終わり?」
「はい。レフティさんには助けられました。俺と違ってスキル再使用待ちの時間がないから、バンバン続けて治療できちゃうので」
「いえいえ。モーリスさんの
今度はレフティが椅子を持ってやってきて焚き火の前に腰掛けた。
「以前に、野戦病院で似たようなことをやったので、その経験が生きました」
「なるほど、戦地での治療ですか。私も、これだけ多くの人数を相手に治療を行うのは初めてなので色々と勉強になりました」
「俺も勉強になりました。治療への理解がまた深まりましたし」
モリ君とレフティがお互いを称え合っている。
学費の問題はあるとはいえ、やはりモリ君は医大を受けるべきではないだろうか。
ここまで医療に対して興味を持っているのに、全然関係ない人生を歩むのはさすがにもったいない。
本人の問題なので、あまり強制はできないが、なんとかチャレンジはしてほしい。
学費を全額出してやる……というのは無理だが、サポートくらいならばできるかもしれない。
「レフティやモーリスだけじゃない。みんな、たまたま巻き込まれただけの事件によく頑張ったよ」
フォルテの言うとおりだ。
ここにいる全員は、別に誰に頼まれたわけでもないのに、困っている人を助けたいという一心だけで動いた。
日本人も異世界人も焚き火を囲めばみんな仲間。
それで十分だ。
「そういえば、私たちは最初おたくらの手配書をもらってここに来たんだけど」
アデレイドは突然そう言うと一枚の紙を取り出して、俺に見せた。
そこには俺とモリ君、エリちゃん、カーターのイラストが載っており、誰々を殺害しただのという説明が書かれていた。
こんなものをわざわざ作る暇人なんて運営くらいしかいないだろう。
どうやら、アデレイドたちは、運営が俺たちに送ってきた刺客だったらしい。
モリ君とエリちゃんがのぞき込む。
「ここに書かれている3人組ってあの遺跡で襲撃してきた奴らだよね」
エリちゃんは当事者なのでしっかり記憶に残っているだろう。眼鏡マンその他の襲撃者チームだ。
「俺ってこんな前科何犯みたいな顔をしていました?」
モリ君が言うとおりだが、それは全員だ。悪意しかない。
「組織のエージェントってあの赤い女か? いやまあエージェントなのかもしれないけど」
俺が魔女ではなく邪神の巫女とかいう意味不明な職業にされた上に、オウカちゃんの名前まで併記されているのも悪意しかない。
「手配書?」
「つまらないやつが私たちを同士討ちさせたくて作った質の悪い捏造品だよ」
フォルテの疑問に、アデレイドは馬鹿馬鹿しいとばかりに手配書を折りたたんでポケットへ雑にねじ込んだ。
誇張されているだけで完全に嘘というわけではないのだが、わざわざ否定するのも変だし別にいい。
「ただ、こんな手配書が出てきた理由は知りたい。明日、時間がある時に聞いていいかな?」
「もちろんです。私たちの話も聞いてもらいたいですし、他のメンバーも紹介したいです」
「そうだね。楽しみにしとくよ」
アデレイドたちにも、日本へ帰るために旅をしているなどの情報は当然伝えた方がいいだろう。
ただし、長くなる上に、子供たちやカーターの紹介もしたい。
明日、時間がある時に話すという意見には賛成だ。
「どうしてもってなら、相手をしてやってもいいけどね。実際に戦ったら、あたしらが勝つけど」
エヴァニアはそう言うと俺に不敵な笑みを見せた。
ただ、口調が冗談だとすぐに分かる軽さだ。
念のために話題を振ってみて、念のために話題を振って、好戦的な性格かどうか試したのだろう。
「せっかくだし、戦闘でもしてみる?」
「いえ、遠慮しておきます。日本人同士なんだから助け合いましょうよ」
エヴァニアは拍子抜けしたような顔を見せた。
「日本人でもダメなやつの方が多いっしょ。まああんたたちはいい人みたいだけど」
「実は悪人かもしれませんよ」
「あなたみたいな悪人はいないよ」
アデレイドが俺の冗談を笑いながら否定した。
運営は俺たちのことを何も分かっていない。
現代日本人が、突然謎のゲームに投げ込まれたからと、いきなり殺し合いなどするはずがない。
人は話せばわかり合えるのだ。
つまらない理由で敵対して殺し合いなんて、変態タイツマンや変態眼鏡マンだけで間に合っている。
「それでそっちはいくつなの? あたしとアディは16歳の高1」
「私とモリ君は高2で17歳」
エリちゃんがエヴァニアに答えた。
「なんだ年上じゃん。よろしくセンパイ。それで、そっちのちびっ子はタメ? それとも年下? 中学生?」
「23歳ですけど」
「23!?」
アデレイド、エヴァニア、ジュウベイ。
後ろにいたフォルテたちまで飛んで驚いた。
リアクションがいちいち大きい。
「私も同年代か年下と思ってた……」
スーリアはよほど驚いたようで未だにポカンと口を開けたままだ。
「学生?」
「大学は卒業してサラリーマン2年目」
「ふくしの大学? に通ってる?」
「大学は文系」
「飛び級?」
「高校卒業した後に同じ県の大学に現役合格。留年なしで4年で卒業」
「大人びてるちびっ子かと思ったらお姉さんじゃん」
エヴァニアがわざとらしく過剰に驚いたが、まだ信用していない目だ。
間違いなく見た目で経歴を疑われている。
ちびっ子とは酷い言われようだな。
まあ見た目は事実だから仕方ないけど。
「そういう訳だから私たちは宿に帰って着替えて寝るよ」
「また明日!」
焚き火である程度暖まったのか、アデレイドたち3人は、宿へと戻っていった。
「じゃあ俺たちも撤収しようか」
「さすがに休もう。今日は頑張りすぎた」
モリ君とフォルテの2人が握手を交わして、そのまま倒れ込んだ。
「一晩中戦闘は疲れた」
「こんなに疲れたのは久々だ」
「おい、まだここで寝るな。宿に行け、宿に」
いつぞやのお返しとばかりにモリ君を背負おうとしたが、身体を下に潜り込ませたものの筋力が足らず、一歩も動けなくなった。
「助けてー」
「ここはワシが運ぼう」
俺がモリ君の下敷きになって動けなくて困っていると、タルタロスさんが助けに入ってくれた。
モリ君を軽々と背負いあげる。
フォルテの方はマルスに肩を借りて、よろよろと立ち上がった。
祭りが始まる前から、今までみんな休みなしで働いていたのだ。
体力もそろそろ限界だろう。
「ラビちゃんは大丈夫?」
「さすがにこっちも辛い。最近は慣れてマシにはなったとはいえ、使い魔で監視をするのは、かなりの精神力を使うんだよ」
今のところ元気なのはエリちゃんとタルタロスさん。
向こうのパーティーのマルスとレフティくらいだ。
「タルタロスさん、拠点でカーターと子供たちが待っていると思うので一段落ついたと言付けを頼みます」
「承知した。ラヴィさんも、適当なところで休憩を」
タルタロスさんはモリ君を担いで歩いていった。
「じゃあ、あとは器を洗い終えたら今日の仕事は終わりだ」
エリちゃんと2人で汚れた食器を洗い始める。
かなりの量だが、2人でやればすぐに終わるだろう。
「明日はどうする予定?」
「ボクラグは一時撤退しただけだからな。まだ追跡調査や他の細々した仕事があるから、それを片付けていかないと」
ひんやりとした冬の夜空を見上げると、いつの間にか星の輝きが薄れてきていた。
色もだんだんと薄くなってきている。
もうすぐ夜が明ける。