拠点にしていた建物に戻ると、カーターは一緒に避難していた人たちと一緒に酔い潰れていた。
どうも「祝勝会だ!」と酒を飲んで大騒ぎした結果がこれらしい。
いつもの話なので、レルム君とドロシーちゃんだけを、兵舎に用意していただいた部屋に連れていくことにした。
モリ君たちやフォルテたちは、力自慢のタルタロスさんとマルスにベッドへ運び込まれた。
やはりみんな疲れていたのか、レフティさん以外はみんなすぐに眠ってしまった。
「レフティさんは休まれなくても大丈夫ですか?」
「私はまだ仕事がありますので」
そう言うと俺に向けてかざした手から白い光が発せられた。
温かい光だ。
ただその光を浴びただけだというのに、少し元気になった気がする。
「回復魔法です。傷の回復だけではなく疲労回復にも若干ですが効果があります。これを全員にかけていきます」
「ありがとうございます。私たちの仲間までお世話をおかけいたします」
「いえいえ、一緒に戦った仲間ですから」
本当に感謝しかない。
この旅は良い人との出会いに恵まれていて助かる。
「あなたも無理はしないように」
「レフティさんも早めに休んでくださいね」
頭を下げて礼を言った後に箒を抱えて建物を出ると、空がわずかに白み始めていた。
もう夜明けが近いようだ。
これならば、ボクラグの動きを追いやすくなる。
鳥の使い魔を喚び出して空から再度、町中をくまなく見渡す。
兵士たちは松明を片手に、まだ捜索を続けているが、今のところ町の中にはもうボクラグの姿はないようだ。
湖の方を見ると、水中にそれらしき魚影が見える。
鳥の使い魔を射程距離限界まで飛ばして追跡させると、魚影は湖の対岸側にある、広大な葦の群生地に消えていった。
拠点はその周辺にあるのだろう。
脅威はまだ去っていない。
ボクラグたちが領主の屋敷で行った残虐な行為は許されるわけがない。
だからといって、ここでやつらの巣に攻め込んで全滅に追い込むというのも何か違う気がする。
千年前にも、元々住んでいた種族を滅ぼして町を作ったという伝承があると聞いた。
だが、滅ぼしたというのはただの誇張であって、こうしてしっかりと報復されている。
敵の拠点に攻め込んだとしても、同じことが繰り返されるだけだ。
分からなくなってきたので頭をかいた。
夜通し動き回っていたので、頭が働いていないというのもある。
それに、俺一人が考え込んでも結論が出る内容ではない。
「まずは、町にボクラグを呼んだジジイたちがどうなったかを聞いてからだな。何かいい解決方法を思いつければいいんだろうけど」
とりあえず、この日はベッドに潜り込んで眠ることにした。
◆ ◆ ◆
少しの仮眠のはずが、気づくともう昼だった。
人間とは強いもので、昨日、あれほど町の中で戦闘があったというのに、もう商店などは開いている。
とりあえず、朝食兼昼食として、開いているレストランに飛び込んで打ち上げを行うことにした。
俺たち7人。
フォルテたち4人。
それにアデレイドたち3人。
合計14人のささやかな……いや、人数的にはわりと豪勢な打ち上げパーティーだ。
突然の飛び込みだが、店側も、祭りのために用意した食材が無駄にならずに済んだと喜んでくれた。
そういう事情があるならば、Win-Winである。
フルーツジュースや酒、魚を中心とした料理が次々と運ばれてきた。
予算の不安はあるが、みんな頑張ったのだし、司令官からは報酬の話も出ている。
これくらいの出費はいいだろう。
「町の防衛作戦成功に乾杯!」
「かんぱーい!」
本当にみんな突発的な事態だというのによく頑張った。
額面は分からないが、ボクラグ討伐の報酬も出るらしいし結果オーライだ。
「それでこの後、みんなはどうするんだ?」
フォルテがそう尋ねてきた。
「一応ボクラグたちの再襲撃に備えて2、3日は町に滞在予定です。モリ君もそれでいいよな」
「俺は異論ないです」
「私たちも、今更、変なオジサンのところに戻る気ないし、それでいいよ」
モリ君やアデレイドたちも、しばらくは滞在ということで良いようだ。
少なくとも3日くらいは様子を見ておきたいところだ。
「僕たちも何日かはこの町で小銭を稼いでいくことにするよ。久々にまとまった額の報酬をもらえそうだし、当分は生きていけそうだ」
フォルテから妙に生々しい話が聞こえてきた。
「久々? そんなに依頼がなかったんですか?」
「この2年ほどモンスターがとことん出なくなっただろう。討伐依頼を受けてみたはいいものの、砂漠の暑さで勝手に干からびていたとかそんなのばっかり。おかげで貯金は減る一方」
「この2年か……」
「地元でモンスター狩りをしているだけだと、さすがに生活が厳しくなってきたので、それで仕事がありそうな町へ移動してきたんだ」
そういえばタラリオンが突然メキシコの砂漠に出現したのも3年ほど前という話だった。
やはり3年前に何か大きな事件が起こり、その時に、このアメリカ大陸に色々な町や人が強制的に集められたのだろう。
2年前からモンスターが減っているというのは、その影響が少しずつ出たのかもしれない。
アメリカ大陸中央部の砂漠地帯は生物が生きていくには過酷すぎるのだろう。
「俺たちは北西にあるサンディエゴという町を目指しているんだけど、フォルテたちは何か知らないか?」
「サンディエゴ? いや、僕たちは北から来たんだけど、そんな町の名前は聞いたことないな」
「もしかしたら別の名前が使われているかも。サンディエゴはあくまで地球……ローカルの呼び名なので」
俺がモリ君のフォローへ入ることにした。
全く別の名前で呼ばれているならば、知らなくても当然だ。
「大陸の西にある、大きな港町です。ご存じないですか?」
「何か特徴みたいなのは? それだけだと絞り込みが難しい」
「魔女と呼ばれる女性が町を管理しているらしいです」
今のところ俺たちが知っているサンディエゴの情報は、
ただ、単に固有名称を言うだけよりも話は通じやすいと思う。
「それならば噂は聞いたことがあるよ。あれだろう、西の魔女」
「西の悪い魔女が町を支配しているって噂だろ。それなら俺も聞いたことあるぜ」
フォルテの話にマルスも乗ってきた。
悪い魔女なのはともかく、魔女が支配する町という状況としては合っている。
いや、今の「西の悪い魔女」という言い方は何かが引っかかる。
「同じ魔法使いとしては、魔女と呼ばれる人がどんな魔法使いなのかは気になるところ」
スーリアがボソリと呟いた。
「まあ、僕も噂以上のことは知らないんだけどね。名前くらいは聞いたことがある。西の魔女が支配する町、ウィンキーだ」
「ウィンキー? もしかして、イメージカラーが黄色だったりします?」
「なんだ、知ってるのか。西の魔女が治める黄色い町だとさ。それだけは知ってる」
フォルテの話を聞いて、頭の中が疑問で埋まった。
さすがにおかしい。
いくらなんでも話ができすぎている。
脳内で情報を整理するが、不自然なくらいにつじつまが合ってしまう。
俺がウィンキーの名前を聞いたことで突然に表情を曇らせたことにモリ君が反応した。
「ラビさん、何か気付いたんですか? なんでもいいから教えてください」
「オズの魔法使いだよね。西の悪い魔女が支配する西にある町」
アデレイドが俺の代わりに言ってくれた。
「町が童話の設定と同じなんですか?」
「町だけの問題じゃないんだ」
一度頭の中で考えを整理する。
その上で、全員に話を聞いてもらうことにした。
俺の考えに間違いがあれば正してほしいところだ。
「モリ君はオズの魔法使いの話は知っているか?」
「なんでしたっけ? 主人公の女の子が、ウサギに連れられて異世界に行って、ハートの女王と対決する話ですよね」
「それは不思議の国のアリスだよ。オズの魔法使いはアメリカの児童文学だ」
「私も知ってる。たしか、主人公の女の子が不思議な世界に来ちゃうんだよね」
エリちゃんはだいたいストーリーを知っているようだった。
ならば話は早い。
「異世界にやってきた主人公は、元の世界に帰るために偉大な魔法使いオズに会うんだ。帰還のために出された条件は、西の魔女を倒せば元の世界へ帰してやるというものだ」
「異世界からの帰還」
「オズは過去に異世界にやってきた、同じ国出身の魔法使いで、その依頼で西の魔女が支配する町に向かうんだ」
ここまでは物語の筋だ。
「こう言い換えよう。異世界に召喚された主人公は、元の世界へ帰るために3人の仲間と力を合わせて、西の魔女のところへ旅に出るんだ」
モリ君とエリちゃんの喉がゴクリと鳴った。
主人公はよく分からない世界に召喚された。
オズの魔法使いの旅の仲間は3人。最初の部屋を出るための人数は3人。
そして、50年前にこの世界に喚ばれた元日本人である
偶然の一致どころではない。
もはや、わざとやってるんじゃないかというレベルだ。
「何よりおかしいことはこれだ。西の悪い魔女の弱点である水を使って倒すオズの魔法使いの主人公の名前は、ドロシー」
「呼んだ?」
ドロシーちゃんが自分を呼ばれたと思ったのか反応した。
「水を使う……ドロシー……」
水使いのドロシーは3人の旅の仲間と共に、西の魔女を殺しに向かうのだ。
俺たちは会って話を聞くつもりだが、まるで魔女を殺せと言われているように思えてくる。
「カーター、知っていることがあれば教えてくれ。オズの魔法使いと俺たちの関係についてだ」
今のところ頼れるのはカーターしかいない。
席を立ってカーターに詰め寄った。
「まさか、ここまで全部、運営の仕込みか?」
「運営の仕込みというよりも、ここはそういう世界なんだ」
カーターはそう言うと、コップの酒をあおった。
「ここは……この世界は
◆ ◆ ◆
「そうは言っても、オレもそこまで詳しい説明を聞いてるわけじゃない」
食後にカーターが煙草に火を付けながら話し始めた。
「あくまでも話せるのは、分かる範囲だけだ。それでも聞くか?」
「教えてくれ」
このまま何も知らないままなのと、少しでも知識を仕入れているのでは大きく変わってくるだろう。
情報ソースも含めて、今は判断材料が欲しい。
これにはアデレイドたちや、異世界人であるフォルテたちも興味があるようだった。
カーターを取り囲むようにして座る。
「ここは人が見る夢に近い世界だ。誰かのイメージが形になって現れる」
「まさか本物の俺たちは眠っていて、ここはあくまでも夢の中。目覚めたら元の世界ってわけか?」
だとすると、色々と救いはある。
今まで亡くなった人も夢の中ならば生き返ることができるし、俺たちも目覚めれば元の日本に戻っているというわけだ。
もちろん、俺は元の23歳男のサラリーマンに戻って、万事解決である。
だが、カーターは首を横に振った。
「残念ながら、ここは夢じゃなくて、あくまでも現実の世界だ」
「なら、夢ってどういうことだ?」
「分かりやすい例を挙げると、タウンティンの恐竜だな。あれを見てどう思った?」
「どうと言われても、まあそういう世界なんだなとしか」
馬や牛の代わりにトリケラトプスが町を歩いている。
地球に似た地理を持つ世界ではあるが、それでいて白亜紀の恐竜も残っているという微妙に違う世界。
そのくらいの認識で考えていた。
「そこがポイントだ。たとえば、誰かが、南米の人跡未踏のジャングル奥地に恐竜がいるかもしれないと考える」
「南米に恐竜が生き残っているというと、コナン・ドイルの
「コナンって名探偵じゃ?」
「エリス、今は黙って聞いていよう」
コナンと聞いて、エリちゃんが変な勘違いをしたようだ。
厳密には名探偵ホームズ作者のコナン・ドイルが書いたSF小説の設定の話だ。
元ネタが同じなので、ある意味間違いではない。
だが、そこから話が脱線するのが俺たちだ。話の腰を折らないようモリ君がそれをたしなめた。
カーターが話を再開する。
「南米には恐竜がいると多くの人間が想像することが、この世界で形になるんだ」
「ユング心理学でいうところの集合的無意識みたいなものか……それで、夢の世界か」
人のイメージが形になる。
それが世界を作っていく。
無秩序さの中に一定の法則があるというのも実に夢らしい。
俺たちのスキルが成長するのも、イメージが世界を作るというならば、ある程度説明はできる。
3羽の鳥が作り出す
冷静に考えると、鳥が一定間隔で並ぶと光の壁を作るなんて意味が分からない。
なんとなくバリアが張れそうだ……というイメージだけで、実際にできてしまっている。
モリ君のプロテクションの変形。
エリちゃんがパンチ強化スキルを身体強化に使うのも、スキルをそう応用できるとイメージした結果、形になったからだと考えると自然だ。
「じゃあ、砂漠の真ん中に突然町が生えてきたのは? 無から作り出したというわけじゃないだろう」
タラリオンにしろ、テロスにしろ、みんな3年前に異変が起こったと言っていたが、それ以前に記憶も持っているようだった。
世界5分前創造説という思考実験はあるが、さすがに町の人まで作られたものだとは思えない。
「この世界には、どうやら他の次元から物が流れ着きやすいらしい。人だったり、家だったり、町だったり。それをブロックみたいに集めて形を作るんだ」
「つまり、最近モンスターがおかしなことになっていたのは、僕たちが別の世界に連れてこられたと?」
ここで今まで黙っていたフォルテが言った。
「俺たちは、砂漠の真ん中に寒い地域の集落が飛んできて、全滅しているのも見た。あちこちでおかしな現象が起こっているみたいだ」
モリ君が補足するように続けた。
「一番強烈なのがタラリオンか。世界中の時間も場所もてんで統一感のない建物が一つの町に押し込められていた」
「そういうことだ。別の世界から流れ込んできた物が、この世界で誰かのイメージを受けて形を作る」
「それって、それはゲームマスターとかいうやつがやったことだったりする?」
今度はアデレイドだ。
彼女も、どこからかゲームマスターの情報を知っていたらしい。
「いや、連中はコスト管理にうるさい。この世界の性質を利用して、他の世界からゲーム参加者を集めても、大規模な世界改変まではしないだろう」
「なら、一体誰が……」
「残念ながら、オレはそこまでは知らない。オレが聞いたのは、最低限の情報だけだ」
カーターは両手を大きく広げて「何も分からない」と付け足した。
「じゃあ、もう一つ質問だ。これは一番重要な話だ」
カーターにさらに近づき、ネクタイを掴んで顔を引き寄せた。
近くで睨んでいるというのに、カーターは目をそらさない。
強がっているわけではない。
自分が悪いと分かっていて、あえて罰を受けようとしている……そんな目だ。
「なんで今までそんな重要な話を黙っていた! 俺たちは仲間じゃなかったのか?」
「それは……」
「完全にしらばっくれたり、理由は言えないというならば分かる。だけど、なんで突然に堰を切ったみたいに話し始めた」
「オレから話すのはダメだが、本人が気づいたら説明してもいいと言われているからだ」
「それは超越者Bから言われたことか?」
「そうだ」
「超越者Bはこの異変に関与しているのか?」
「無関係だ。それは保証できる」
それだけ聞けたら十分だ。
ネクタイを放した後、カーターの横に立って、他のみんなに頭を深く下げた。
「モリ君、フォルテさん、アデレイドさん。ごめんなさい。こいつは限りなく怪しいけど、今の内容は多分、本当の話です。悪い側の人間でもありません」
「うん、じゃあそういうことでいいかな」
アデレイドがあっさりと言った。
「そうだな。僕たちも、あまりに突拍子もない話過ぎて、実感がわかない。むしろ、貴重な情報をありがとうというだけだよ」
フォルテも同じように気にしていないようだった。
「いいんですか? こいつって、こんなに怪しい奴なんですよ」
「なんかだらしなさそうなオッサンだけど、別にだからどうしたとしか? 私はその人のことを全然知らないし」
「そうそう、知らない人のことを無暗に疑うのはもうやめたの」
エヴァニアがアデレイドに続いた。
「まあ、カーターさんが悪いことをしない人だってのは知ってますけどね」
エリちゃんも特に責めるつもりはないらしい。
「いや、悪いことをしないってのはさすがに言い過ぎだと思う……」
「酒の件は勘弁してくれよ」
「えっ? またへそくりで酒を買ったんですか!?」
カーターが変に弁解したことで、別のベクトルでモリ君に火がついた。
「その件については、後でちゃんと説明してもらいますよ。お金は貴重だって話はしましたよね」
「いや、話を聞いてくれ」
「聞きません。これはパーティー全体の問題なんですから」
モリ君はすっかり強くなった。
カーターが屁理屈でなんとか逃れようとするも、先回りして逃げ道を塞いでいる。
「情報を隠していた話は保留です。別にそれを知ったからどうというわけではないですし。でも、お金の話は直接影響が出る話なので、きっちりしたいです」
「そうだぞ。勝手な行動はみんなに迷惑がかかる」
「ラビさんもです。今回の防衛戦でも、また独断専行で無茶苦茶なことをしましたよね」
モリ君からここで流れ弾が飛んできた。
うかつに突っ込んだのは失敗だった。
「だってヒュドラはいなかったし……」
「ドロシーたちの教育に良くないので、後でお説教します」
「はい」
その点については申し開きもない。
あとでお説教を受け入れよう。
カーターと2人並んで謝罪をすると、アデレイドたちが笑い始めた。
「じゃあ、おふざけはこのくらいにしよう。僕たちはこの後にまだまだやらないといけないことがあるんだから」
フォルテがパンと音を鳴らして手を叩いた。
これで今の話は終わりということらしい。
「この世界の謎については気になるが、僕たちの優先事項は、ボクラグの再襲撃対策だ」
「そうだよな。俺たちもずっとこの町に残り続けるわけにはいかない。何か対策を考えないと」
モリ君の言うとおりだ。
今のところ、運営が何か企んでいる以上のことは分からない。
ならば、サンディエゴへの旅をやめるつもりはないし、何よりも目の前の問題であるボクラグをどうにかしないといけない。
昨日はボクラグをとりあえず追い払っただけだ。
根本的な対策を取らないと、襲撃は何度も続くかもしれないのだ。
「じゃあ、全員で案を考えよう。これだけの人数がいれば、何か思いつくはずだ」