収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 25 「南東の湖」

 午後からは領主の屋敷で犠牲になった方の葬儀が行われるらしい。

 

 一応は屋敷の解放にあたった俺とフォルテ、マルス、スーリア、それにアデレイドの5名が参列することになった。

 

 領主とその夫人、そして生まれたばかりの幼児が犠牲になったことから参列者達の表情は重い。

 

 無残なことになっていた遺体も死化粧(エンバーミング)が施されて、亡骸は綺麗な状態になっていた。

 この世界の宗教は分からないので、形だけは合わせておくことにする。

 

 2Fから助けた領主の長男という青年、その弟と妹。使用人が2人。

 あの惨劇から生き残ったのは結局これだけだった。

 

 司令官の話によると、生き残った長男が次期領主として後を継いでいくことになるらしい。

 

 一応幼い頃から跡継ぎ候補として教育は受けていたようだが、流石にまだ知識も経験も足りないので当分は誰かサポートが必要だろうという話であった。

 

「あのトカゲども……絶対に許せない」

「とは言え、奴らはこの湖のどこに潜んでいるのか分からない、探して全滅させるのは無理だぞ。この町の伝承もそうなんだろう」

 

 感情を露わにしているアデレイドに対してフォルテはあくまでも冷静だ。

 

「伝承では絶滅させたはずのボクラグは普通に生きていたんですよね」

「調べ方が甘かったんじゃ」

「どうせ当事者は誰も生きていないと思って色々盛ったのはあるだろうな。今回みたいに追い返しただけなのを絶滅させましたと」

 

 今となっては戦いが始まった原因は分からない。

 

 ただ、あのイモリ人間と人類は長い間、相容れずに戦い続けてきたという事実に変わりはない。

 

 どこかで根本的な解決をしないと、このまま永遠に戦いは続くだろう。

 

「トカゲ達がこの湖を捨てて自主的に引っ越しでもしてくれたら助かるんだが」

 

 フォルテがボソリと呟いた。

 

「あんな奴全滅でいいでしょ。追い回して全部倒せばいい。私なら出来る」

「隠れられたら終わりだ。この町の狭い通路ですら隠れられたら追い切れなかったのに」

「オレたちゃあれだけ走り回ったのに水の中に入られた奴には逃げ切られたからな」

 

 マルスの発言を聞いてアデレイドが俯いて不貞腐れた顔をした。

 実際にその通りの経験をしたのだろう。

 

 あの暗闇の中では、空から俯瞰して見ている俺ですら頻繁に水路へと出入りするイモリ人間を追い切れなかった。

 実際に遮蔽物だらけの町中を走り回ってイモリを追っていたアデレイドには実感があるだろう。

 

「僕達はここに永住するわけじゃないけど、町の人達はこれから何年、何十年とあいつらと戦うことになるんだぞ」

 

 本当にこれは根深い問題だ。

 

 お互いの領地の取り合いなのだから、どちらがどうという話ではない。

 

「じゃあどうしろって言うの!」

「罠を仕掛けるとか水路をトカゲの移動ルートに使われないようにするとか、今回の襲撃を経験に対策プランを練るとか、そんな程度に収まるんじゃないかな」

「殲滅戦は不毛ですからね。もし総力戦をして倒せても襲撃が続いてこの町の活気が失われたらもうそれは負けです」

「スキルで探知とか出来ないの?」

 

 俺もスーリアも首を振った。

 

「私の鳥は目で視て追いかけているだけです。ただ空を飛んで上から見えやすいってだけで条件はアデレイドさんと同じですよ」

「私も探知魔法は使えるけど、生き物のいる場所が分かるってだけで、それが人間か魚かトカゲかの区別がつかないし」

「いやごめん、無理言った」

 

 アデレイドの気持ちも分かる。

 自分が助けられなかったあの母子に報いるためにもせめて何かをやりたいのだろう。

 

「でもここで奴らの巣へ襲撃をかけて向こうの非戦闘員を殺害すれば、またそれこそ千年恨むって話になるんだろうな」

「そんなに長くいがみ合っているのに、どちらも全滅していない相手を昨日今日やってきたばかりの私達がどうにか出来るかと言うと……」

 

 その時、自分でもおかしなことを言っていることに気付いた。

 

 昨日今日やってきた?

 

「ラヴィさん、どうかしたんですか?」

「いえ、この町って本当の歴史ですよ」

 

 そうだ。

 

 この町は本来アメリカにもメキシコにも存在していない異世界の町だ。

 

 たまたま何かの理由でこの場所へやって来ただけで、元々は異世界の違う場所にあったはずだ。

 

 つまり、異世界ではこの1つしかない湖を奪い合って争いを続けていたのだ。

 

 1つしかないから譲れなかった。

 

 でも、もしも似たような湖がもう1つあったならば?

 

「良い作戦を思いついたのですが、協力いただけないでしょうか?」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「えっと、手綱をしっかりと持って馬に合図を送る」

「合図ってどうやって?」

「手綱を軽く引いて馬に声をかける」

「馬の人、動いてくれますか?」

 

 モリ君が早くも馬車の動かし方の練習を始めていた。

 

 隣に座ったエリちゃんが読み上げるメモの通りにおそるおそる動かしているのが分かる。

 

 馬に声をかけるというのはそう言う話ではない気がするが、今回は馬達の方が空気を読んでくれたようだ。

 

 ゆっくりと馬車が前に進み始めた。

 

「手綱のたるみは維持。緩めると速度アップ。手綱を引くと速度ダウン。馬が勝手に止まるのは、疲れたから休ませろのメッセージなので、止まって水や食事を与える」

 

 モリ君がそれをぶつぶつと小声で復唱しながらその通りの動きを行って馬の速度をコントロールする。

 

「止まる時は馬の速度を落としてゆっくり止まるか、御者席にレバーが付いているのでそれで車輪にブレーキをかける。ただし、速度が付いているときに無理にブレーキをかけると折れる」

 

 今のところ順調に馬車は進んでいる。

 

 サスペンション的なものがないので、車輪が石や木の枝などを踏むと車体が派手にバウンドするが、これは慣れるしかなさそうだ。

 

「馬車の方は大丈夫そうかい?」

 

 俺が空から声をかけると、モリ君は親指を立ててこちらに向けてきた。

 

「なら良かった。例のイモリ人間についての解決方法があるかもしれないんだ。協力してもらえないかな?」

「どういうことなんですか、少し説明してください」

「じゃあ説明だ」

 

 速度を調整して馬車と並走する。

 

「モリ君はこの町は何年前からここにあると思う?」

「どうって千年前からここにある町なんですよね」

 

 俺は首を横に振った。

 

「この町は3年前に何らかの現象でこの世界に飛んできた異世界の町だ」

 

 そうなのだ。

 この町はアメリカやメキシコとは全く無関係。

 

 トルコやイスタンブール……よりは若干西寄り、ルーマニアかブルガリアにあるような町だ。

 

「異世界ではこの1つの湖を巡って争いをしていた。でも、この世界には似たようなサイズの湖がもう1つあるとしたら? しかももう片方は無人だとしたら?」

「もう1つって俺達が迷い込んだ湖のことですか?」

「正解」

 

 要するに、ここの湖の所有権を争わなくても、他に湖があるよと教えてやればいい。

 

 移住するかは別の話。

 ただし、その場合にはイモリ人間にも総力戦を覚悟してもらう。

 

「でもそれで解決するんでしょうか?」

「分からない。この情報をイモリ人間達がどう利用するのかは全く予想できないし」

 

 もちろんモリ君が困惑する気持ちは分かる。

 

 俺も流石にそんなすんなり行くとは思ってはいない。

 

 だが、この町に滞在している間に出来ることはやっておきたい。

 

 別に俺も領主やその家族、町の人を惨殺したイモリ人間達を許したつもりはないし、救済しようなどとは全く思っていない。

 

 ただ、このまま不毛な戦いを続けても町の住民が疲弊するだけだし、俺達もこの町の防衛を延々と続けることも出来ない。

 

 だから適当に引っ越してもらいたいというだけだ。

 

「そういうわけで、イモリ人間の代表を南の湖へ運ぶのに馬車の試運転を兼ねて行ってみたいって話だ。付き合ってくれるかい?」

 

 流石モリ君は即答しなかった。

 

 色々と複雑な気持ちはあるのだろう。

 ただ、色々と考えた結果、決断してくれた。

 

「いいですよ。行きましょう。それで他には誰が行くんですか?」

「フォルテとアデレイトの2人を誘っているよ」

 

 俺がそう言うとモリ君は首を傾げた。

 

「アデレイドさんを? よく説得出来ましたね。あんなにイモリを憎んでいそうなのに」

「憎んでいるよ。だからこそ何とかしたいって気持ちも強いみたいだ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 馬車の荷台には分厚いフード付きのマントで姿を隠したイモリ人間2体が乗っている。

 

 その横にはフォルテとアデレイドが渋い顔をして同乗している。

 流石に昨日の今日だけに和やかな雰囲気とはならない。

 

 昨日までは敵だったが、今日に関してはただのゲストだ。

 

 商会主と手を組んでいるならば、言葉が通じるイモリ人間はいるはずと例の葦の原の近くから山へ向かって熱線を放ち、

 「今すぐ出てこい! イモリ人間全滅だ!」

 と、呼びかけるとこちらと会話を出来る言葉を介するイモリ人間が慌てた様子で飛び出してきてくれた。

 

 そして話したのだ。

 

「この湖にこだわらなくても、すぐ近くに別の大きな湖がある。人間もいない」と。

 

 そして交渉に応じたのが、このある程度言葉を介する奴とその護衛らしき槍を持ったイモリ人間の2体である。

 

「本当に有るんだろうな、その湖は」

「はい。徒歩でも2日の位置に」

 

 喋る方のイモリは5分おきくらいに何度も尋ねてくる。

 そして答えは同じだ。

 

「見るだけは見てください。その上でどう判断されるかは貴方達の自由です。強要はしません」

 

 南東の湖には3時間ほどで到着した。

 

 2匹のイモリ人間は馬車から降りると、口をぽかんと開けて信じられないというような目で美しい湖とその周辺の風景を眺めていた。

 

 町の近くの湖と同じように水辺には葦が群生しており、水と魚を求めてやってきたであろう多くの水鳥が水面に浮かんでいる。

 

 鳥がこれだけいるということは、確実に魚もそれなりの数が棲息しているということだ。

 

 そのうち、槍を持ったイモリ人間が暗い夜の湖の中へドブンと大きな音を立てて飛び込んでいった。

 

「ここはどこだ? こんな広い湖が近くにあるなど聞いたことがない」

「ご存知だと思いますが、貴方達の集落は、魔術によって全く別の場所に飛ばされています。気付かなくて当然です」

 

 異世界だの説明しても分かるわけがないので、とりあえず魔術的な何かが原因だと説明することにした。

 

「幻術ではないのだな?」

「幻と思うのならば、一度湖に入ってみてください。すぐに本物だと分かりますよ」

「その必要はない」

 

 しばらく様子を見守っていると、槍を持ったイモリ人間が穂先に大きな魚を突き刺して戻ってきた。

 

 形からしてバス系だろう。

 脂がのって丸々と肥っているので、人間が食べても美味そうだ。

 

 2匹のイモリ人間は、その魚を素手で真っ二つに引き裂いて半分ずつ分け合い、それぞれゴクンと一口で音を立てて飲み込む。

 

 そういうところはトカゲ……イモリらしい。

 

 その後に俺達には理解できない言語で何やら話し始めた。

 

 湖の周辺の景色を指差したり、水辺の葦を引き抜いて長さや根の状態を見たり、湖の水を直接飲んだりしながら5分くらいは会話をしていただろうか。

 

 納得はしたようで、俺達の方へ近付いてきた。

 

 槍を持った方も既に交戦の意思はないとばかりに手に持っていた槍を槍を背中に背負い、手ぶらになっている。

 

「用は済んだ。元の集落へ帰してくれ」

「分かりました」

「あと、帰りは人間があまり通らない山の中を通ってくれ。急ぐ必要はない、もっとゆっくり走ってどんな道なのかを見せてくれ」

「では、人間があまり通らない険しい道を通るようにします」

 

 指定通り、帰りのルートはなるべく山岳地帯を通ることにした。

 

 山沿いルートはそれなりに背の高い木が生えており、直射日光も比較的遮ることが出来そうだ。

 

 途中に水分補給出来そうな水場を見つけたら、なるべく立ち寄るようにはしておく。

 水場は定期的な間隔で点在しているので休憩地点には良いだろう。

 

 その間、イモリ人間達は何も言わずに外の景色を見ていた。

 

 行きは3時間の距離を5時間ほどかけてイモリ人間の集落近くに戻ってきた。

 

 若干走行距離は伸びたが、今のルートならば地元の人間にも見つかることはまずないだろう。

 

 馬車を停車させると、葦の陰から武装したイモリ人間が次々と飛び出してくる。

 

「以上が南の湖までの経路ですけど如何でしたか?」

「族長に報告する」

 

 フードを被ったイモリ人間はもう1匹と一緒に馬車の外へと出て行き、何やら大声で鳴き声をあげた。

 

 すると出発前と同じように武装したイモリ人間達はガサガサと音を立てて、沿岸部に広がる葦の群落へと姿を消していった。

 

 フードを被ったイモリ人間も同じように群落の中へと入っていく。

 

「町の兵士達が反攻作戦を考えているようなので、しばらくは町へ襲撃をしないことをお勧めします。お互いに被害が増えるだけです」

 

 フードのイモリ人間の背中に呼びかけると、天に向かって腕を突き上げた後にそのまま姿を消していった。

 

「これで戦いは回避出来るんでしょうか?」

「分からない。どの道、俺達は近いうちにこの町を去るんだし、あとはこの町の住民とイモリ人間達の問題だ」

 

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