午後からは領主の屋敷で犠牲になった方の葬儀が行われるらしい。
一応は屋敷の解放に当たった俺とフォルテ、マルス、スーリア、それにアデレイドの5名が参列することになった。
領主とその夫人、そして末子が犠牲になったことから参列者の表情は重い。
無残なことになっていた遺体も布が被せられたり、死化粧が施されたりと、綺麗な状態になっていた。
この世界の葬式の作法は分からないので、司令官や他の参列者と形だけは合わせて祈りを捧げておく。
2階から助けた領主の長男という青年、その弟と妹。使用人が2人。
あの惨劇から生き残ったのはこの5人だけだった。
生き残った長男が、これから正式な領主として町を治めることになるようだ。
幼い頃から跡継ぎ候補として教育は受けていたようだが、まだ知識も経験も足りていない。
当面は、誰かがサポートにつくという話であったが不安だ。
それに、この5人が再襲撃を受ければ、もう領主の跡継ぎはいなくなる。
「ボクラグにも事情があったんだろうけど、今回はさすがに許せない」
「でもここで、奴らの巣へ襲撃をかけてボクラグの非戦闘員を殺害すれば、またそれこそ千年恨むって話になるだろうな」
感情を露わにしているアデレイドに対してフォルテはあくまでも冷静だ。
「もちろんダメ。ボクラグは許せないけど、だからといって、戦えない子供を殺すなんて絶対にダメ」
「だけど、ここの兵士たちはそのつもりなんだろうな」
俺たち以外の参列者たちは、多かれ少なかれ、ボクラグに対する恨みと復讐の言葉を発している。
冷静に見える司令官も、今は町が荒れていてそれどころではないが、体制が整いさえすれば、ボクラグの巣へ大規模な報復攻撃をかけそうな雰囲気だ。
それに対して、旅人の俺たちは一歩引いている。
ボクラグに対しての怒りはある。
だからといって、今から巣に攻め込んで皆殺しにしたいとは思わない。
「一番の違いは僕たちは旅人だということだな。当事者じゃなく、部外者だから冷静に考えられる。もし攻め込んで勝ったとしても、得られるものは何もないと」
「でも、ここに住む人は違う。ずっと襲撃に対して怯えながら過ごすなら、その悩みの種を摘み取りたいと考える」
フォルテとスーリアの話に俺も同意だ。
ただ、ボクラグと人間は長い間、相容れずに戦い続けてきたという事実に変わりはない。
どこかで根本的な解決をしないと、このまま永遠に戦いは続くだろう。
本当にこれは根深い問題だ。
「それに、奴らはこの湖のどこに潜んでいるのか分からないし、巣を見つけて報復しても、また生き残りは出るでしょう。いたちごっこです」
琵琶湖と同じくらいの大きさがある湖の中に隠れたボクラグを全滅させるのは、ほぼ不可能だ。
「じゃあどうしろって言うの!」
「水路をボクラグの移動経路に使われないように可動式の柵を用意するとか、対策プランを練るとか……」
俺が考えている具体的なプランはこのあたりだ。
全員で色々ボクラグ対策を考えたのだが、有効な案はなかなか出てこない。
ならば、ボクラグが再度攻め込んできたとしても、逆にひどい目に遭うと学習させて、うまく戦いを避けるしかない。
今のところはそれくらいだ。
そんな話をしていると、司令官と副官が、献花ならぬ常緑樹の葉を墓前に供えて戻ってきた。
他の参列者も同じように墓前に供えているので、この地域の風習のようだ。
「連日で悪いのだが、君たちに頼みたい仕事がある。受けてもらえるだろうか?」
「内容によります」
「ここでは話しにくい。歩きながら話すことにしよう」
司令官が詰め所の方へ歩き始めたので、俺たちもついていくことにした。
◆ ◆ ◆
「昨夜拘留した魔術師が、どうやらヒュドラなる魔物を召喚していたらしい」
「ヒュドラ……ですか?」
それは存在しない魔物のはずだ。
少なくとも俺はそんなものは知らない。
特に何もない。
ないはずなのだが、いつの間にか流れ出した冷や汗をハンカチで拭う。
「ヒュドラというのは、首がたくさん生えていて、血液が毒で、超再生をするという魔物のことでしょうか?」
「詳細は分からん。捕縛した魔術師がそういう魔物を召喚したと主張しているだけだ」
つまり、具体的にどういうものなのかは誰も知らないということだ。
「そんな魔物を召喚する術など存在するのですか?」
今度はフォルテが司令官に尋ねた。
「それも分からん。魔術師は協力者から教えられたと主張していたが」
今の話でタウンティンの邪神教団や、テロスのケルベロスを召喚した術士と共通点があることに気づいた。
何者かに同じような召喚術を与えられた可能性がある。
同じパターンならば、捕まったやつは所詮は末端でしかない。
追跡調査をしたところで、裏で動いている奴の名前は出てこないだろう。
「証言によると、魔術師は召喚したヒュドラを操り、ボクラグのねぐらにけしかけたようだ」
「それはある意味、町の防衛活動と言えるのではないでしょうか」
「実際、あくまでも町を守るためにやったことなので、自分は無罪だと主張している」
「平和に暮らしている相手を脅して自衛!?」
話を聞いていたアデレイドが突然に大声を上げたが、落ち着かせるために、その肩に手を置いた。
まず今は話の続きを聞きたい。
「それは本当に無罪になるのですか?」
「ヒュドラうんぬんはここでは問題視しない。問われるのは、ボクラグを町へ呼び込み、領主の屋敷へ誘導した疑惑の方だ」
それならば安心だ。
あとは、魔術師や帽子の男や謎のジジイを処分するのはここの法律であって、俺たちの仕事ではない。
「どうやら、ボクラグの中に言葉を話せる個体がおり、それと交渉したと主張している。ヒュドラを召喚した町の領主を倒すならば協力してやると」
「それも真偽不明なんですよね」
「その通りだ。物証がない。もちろん、胡散臭い魔術師の言葉を鵜吞みにするつもりなどない」
「それでは、我々への仕事の依頼内容とは?」
「ヒュドラだ。魔術師はコントロールを失ったと言っているが、そんな魔物が町の近くに実在しているのならば、危険極まりない」
「ヒュドラがいるというのが、魔術師のフカシだった場合には?」
「それも考え得る。何しろ、ヒュドラの姿など、誰も見ていないのだ。町を襲ってくる様子もない」
もちろんそれはそうだ。
ヒュドラは誰も見ないうちに俺が処理した。
あの魔術師も、まさか虎の子のヒュドラが秒殺されるというのは予想外だっただろう。
もちろん、その話を司令官には言えない。
20メートル以上の大きさの魔物をどうやって倒して、死体を消したかを説明すると、今度は俺がヒュドラ以上の脅威として認識されるからだ。
必要もないのに、他人から嫌われる悪い魔女になる必要はない。
「我々も悪魔の証明を求めてはいない。ボクラグの警戒ついでに、ヒュドラのような危険な魔物がいないかを見てほしいだけだ。もちろん、賃金は支払う。討伐すればその分も足そう」
仕事の内容としては悪くない。
事件の詳細が分かるのだし、旅の資金も稼げる。
どうせ、数日はボクラグの再襲撃に備えて町に待機する予定だったので、悪い話ではない。
「僕たちは受けるつもりだ。稼げる時に稼いでおきたいんでね」
「私も……と言いたいところだけど、他の2人に確認を取らないと」
フォルテは受ける。アデレイドは保留というところか。
俺も受けたいところではあるが、ここで独断で受けるわけにはいかない。
「基本的に依頼を受けるつもりではありますが、一度仲間と相談させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんそれで構わない。書類を用意して正式な契約としたい」
司令官と副官はそれで詰め所へ帰っていった。
「でも、ヒュドラか……とんでもなく強いんだろうな」
「ああ……想像するだけで武者震いがするぜ」
フォルテとマルスは未だ見ぬヒュドラとの戦いを想像しているようだった。
「しかも町に危害を及ぼす悪い魔物なんだよね。そいつならば、私たちも遠慮なく戦える」
アデレイドまでやる気を見せている。
この状況でどう話を切り出したらいいのか、少し悩んだが、黙っていてもどうせバレる話だ。
真実を語ることにした。
「あの……ヒュドラはいないと思います」
「もちろん、いないこともあるだろう。魔術師が持ち出した嘘の可能性もあるとは司令官も言っていた話だ」
「だけど、放置していると町に被害が出るんでしょう。無視はできないよ」
真実を語ったのに、フォルテもアデレイドも、まるで理解してくれない。
これが魔女の孤独というものか。
「いえ……そうではなくて、もう倒した後なんです」
「倒したって何を?」
「ヒュドラを」
「誰が?」
「私が」
◆ ◆ ◆
「うちの子がすみません、本人も反省しているので許してやってください」
「本当に申し訳ございません。良かれと思ってやったことなんです」
一度合流した後に、モリ君と俺はフォルテやアデレイドに素直に頭を下げた。
さすがに稼ぐ機会をふいにしてしまったことは謝らざるを得ない。
モリ君についても巻き込んでしまって悪いと思っている。
「そこまで謝らなくていいよ。司令官もボクラグを探すついででいいと言ってくれているんだし」
「その通りだ。今回の依頼はあくまでもボクラグに対する警戒であって、ヒュドラの捜索や討伐ではないんだ。仕事が楽になったと考えればいい」
アデレイドとフォルテは許してくれるようだ。
寛容な措置に感謝したい。
「強敵と戦えないのは少しだけ残念だけどな」
「戦いを回避するのも、重要だよ」
「そりゃそうだ。それに、そこの魔術師の嬢ちゃん1人で倒せる相手ならば、そこまでの相手じゃなかったんだろうしな」
マルスは強敵と戦えなかったことを残念に思っているようだ。
それについても悪かったとは思う。
「恒久対策については、また後で考えよう。まずは、警戒の依頼をこなそう」
これについては全員異議はなかった。
見回りついでに報酬までもらえるのだから、何も問題ない。
ヒュドラについては探したものの、捜索範囲内にはいなかったと伝えれば済む話だ。
俺が倒したという、追加報酬狙いのような内容を付け加えなければそれでいい。
どうせ死体も残っておらず、証明できないのだから。
「この仕事は2日か3日くらいで終わると思う。そうしたらまた旅を再開するわけだけど……君たちはどうするんだ?」
「俺たちの方針は変わらないよ。サンディエゴ……ウィンキーの町を目指す」
モリ君は迷わずハッキリと答えた。
「僕たちは、世界の謎は気になるけど、生活も大事だ。なので、とりあえずフラニスに向かう」
「フラニスというのは?」
「この町から東に行った場所にある港町だよ。それなりに大きいらしい。冒険者の仕事もそれなりにあるだろう」
頭の中で地球儀を再生させる。
テロスの町では、東にある大きな町に石材を出荷しているという話を聞いた。
その港町がフラニスなのだろう。
地球だと、メキシコ湾に面したどこかだ。
フラニスまでは街道が整備されているのであれば、そこまで過酷な旅にはならないかもしれない。
「モーリスやアデレイドたちも、せっかく知り合った機会だし、一緒に行かないかと思ったんだが」
「いや、俺たちはサンディエゴへ行くこと自体が用事なんだ。一緒には行けない」
「そういう事情があるなら仕方ないな。でも、そちらは小さい子供もいるだろう。長距離の旅は大変じゃないか」
フォルテはレルム君とドロシーちゃんを見ながら言った。
「何かいい方法はないですかね」
実際問題として、徒歩の旅ではレルム君とドロシーちゃんの子供2人がネックになる。
子供の体力を考えると、どうしても移動速度は落ちる。
以前のように海路があれば楽にはなるのだが。
「ちょっと値は張るけど、いっそ馬車を買ってみるというのは?」
「馬車……確かに買えるならば悪くないな。ラビさん、どうですか?」
「乗り物か……ここからサンディエゴまでの道が整備されているかどうか分からないし微妙なところなんだよな」
そうは言ってみたものの、乗り物があれば、子供たちを歩かせずに済む。
結果として一日の移動距離は増やせる。
旅にかかる日数が減れば、食費などの出費も減らせるので、結果として安くなる可能性は出てくる。
「値段次第かな」
「馬車っていくらくらいなのか、フォルテは知ってるか?」
「一言で言うと高いな。僕たちも荷物置き場兼寝床になるので、前から欲しいとは思っているんだけど、懐具合がね」
フォルテは服のポケットを持ち上げてそう言った。
かくいう俺たちも今のところは若干余裕があるとはいえ、それほど裕福なわけではない。
それほど長く使うわけではない予定なので、安い中古品でもあればいいのだが。
「エリス、あの城門のところにあった馬車ってどうなったんだっけ?」
モリ君が言っているのは、城門の前で玉突き事故を起こしていた2台の馬車のことだろう。
エリちゃんとタルタロスさんに撤去を任せて、とりあえず隅の邪魔にならないところに置いたはずだ。
モリ君に尋ねられたエリちゃんがぽんと手を打った。
「持ち主が馬に乗って逃げちゃったとかで、放置されてるみたいだったけど」
「でも、一晩経って、ボクラグ騒ぎも一段落したし、取りに戻ってくる可能性は高そうだな」
「時間はあるし、一応見に行ってみる?」
◆ ◆ ◆
俺とモリ君、エリちゃんの3人で見に行くと、兵士たちがハンマーやノコギリを持って、まさに馬車を解体しようとしていたところだった。
「復旧状況を見に来たんですけど、その馬車って壊すんですか?」
「その予定です。持ち主も、壊れた馬車はもういらないと言ってました。上に確認したら、復旧の邪魔なので撤去せよと命令が出たので、潰して薪にします」
撤去して解体ということは、もしかして俺たちが貰ってもいいのではないだろうか?
今まで乗り気ではなかったが、タダで手に入るとなれば急に気になってきた。
「その馬車を俺たちが欲しいと言ったら譲っていただけたりしないでしょうか?」
「それは自分たちではなく、上に掛け合って欲しいです。現場で判断できません。それに、こんなの欲しいんですか? 壊れてますよ」
「もう馬車として使えないと?」
「馬車としてはまだ使えると思いますけど、装飾とか窓みたいな高い部品が壊れてるんですよ。修理費用が高いので新品を買った方が安いです」
地面へ張り付くような体勢で馬車の下を覗き込む。
素人目には2台とも車軸や車輪などの足回りは無事に見える。
エリちゃんが押してみると、動くことは動いた。
外装は兵士たちが言うように派手に転倒したせいでボロボロではある。
だが、俺たちのような旅人からすれば、装飾品が壊れて見た目が悪くなったから何だという話だ。
必要なのは見た目ではない。中身だ。
「こちらで許可を取りに行ってきますので、解体はもう少し待っていただけませんか?」
「日没までには片付けるように言われてるので、早めに頼みますよ」
◆ ◆ ◆
結局、馬車を買ってしまった。
俺たちは町の防衛に助力したと司令官に認められていたので、申請自体は簡単に通った。
それでも、無料で引き渡すのは、制度として問題があるという話だった。
なので、馬車を解体して処分したという想定で、解体業者である俺たちに、廃材として売りに出したという形で契約をまとめた。
元の馬車の所有者にも確認済みなので、もう何の憂いもない。
「中古の馬車が日本円換算で5万。退役した軍馬が2頭で50万。これに補修費用ともろもろの必需品を足すと68万!」
「思い切った買い物でしたね」
「交通費って人数が増えるとバカにならないからな。馬車ならずっと使える分だけ、必要経費みたいなものだよ」
値段といいサイズといい、日本で中古の軽ワゴン車を買った感覚だ。
退役馬も、軍用の重装馬車を引くにはパワー不足というだけで、民間人が使う分には問題ないらしい。
荷台は4人乗り、御者席は2人乗れる。
4人乗りというのは大人が乗る想定だ。
実際には子供が2人なので、荷物は載せられる。
必然的に、1人余った俺が箒で空を飛んで馬車の横を飛ぶという形にはなるが、子供たちを乗せられるならばいいと思いたい。
今は、職人に本当に車軸などの足回りに異常がないかのチェックをしてもらっている。
大きな問題はなさそうだが、これからまだ何百キロと旅をするのだから、修理費用は必要経費だ。
「なんか釣られて僕たちも買ってしまったわけだけど……」
「フォルテは勢いでそういうことをする」
フォルテが頭を抱える横で、スーリアが冷めた目で見ていた。
俺たちが安く馬車を買おうとしているのを見て、つい「自分も」と、二台あった事故車の内の片方を即決購入したからだ。
「まあいいじゃねぇか。馬車の出費は、頑張って働いて取り戻そうぜ」
マルスがやる気を示すつもりなのか、拳を突き上げた。
「俺たちもですよ。旅の資金は貯められる時に、少しでも貯めておかないと」
モリ君の言うとおりだ。
まずは任務をこなして資金稼ぎが優先だ。
もちろん、ボクラグに対しての根本的な対策も考えないといけない。
「今までの情報の中に多分、ヒントがあるはずだ……」