「どうだ、馬車をついに買ったぞ。すごいだろう!」
「いや、俺達も持ってるけどな」
サルナスから旅立ちの日、フォルテ達が自信満々に馬車を見せびらかせてきた。
フォルテ達が購入した馬車も俺達が買ったものと同レベルでボロボロである。
お互いによくもまあ、こんな事故車まがいのジャンク品を買ったものだとしみじみ思う。
ただ、モリ君とフォルテはお互い、自分達が買った馬車の方が良い状態だと主張をしている。
正直、たいした違いなどないように見えるが、なんだろう、この意地の張り合いは。
仲が良さそうでほのぼのするが、もう少し公衆の目というものを考えて欲しい。
「一応、町の復旧の時に出た廃材をもらったので、これであちこち補修するつもりだ。素人だけど」
「それは俺達もだよ。まだ全然手を付けてないけど」
言っている側からお互いの馬車から何かのパーツがガランと音を立てて落下した。
「これ何の部品だ?」
「扉のところに付いている飾りかな?」
スーリアが部品を拾い上げてフォルテに渡した。
「これ、どうやってくっついていたんだ?」
「ちょっと見せていただいてもよろしいでしょうか?」
断面を見ると、木に凸と凹を彫り込んでパズルのように組み合わせる日本の継ぎ木加工に似た技術で取り付けられたもののようだ。
高度な職人芸が要求されるので俺達に再現出来るとは思えない。
地面に箒で書いて構造を説明をすると、スーリアはうんうんと頷いていた。
まさか今の簡易的な説明で全て理解して……直せるというのか?
「これは流石に直せないかな」
ですよね。
「はいはいちょっと通りますよ」
そこにやってきたのはエヴァニアだった。
取れた部品を掴んで、元々のパーツが有ったであろう場所に押し付けると、手から青白い光が放たれた。
光が消えると、取れた部品は何事もなかったかのように元の場所へくっ付いていた。
「どういう技術なんだそれは?」
「あたしは錬金術師だよ。これくらいの単純なゴーレムを作る要領ですぐに直せる」
「おれのしってる錬金術と違う」
流石SSRだけあって、よく分からないスキルを所持している。
もしかすると、その技術を活用すれば馬車の補修も容易なのではないだろうか?
うちの馬車も修理して欲しい。
だが、エヴァニアが何故ここに来たのだろう。
「フラニス? とにかく最寄りの港町まで、そこまでお兄さんの馬車に乗せてもらうことにしたんだよ。だから、自分達の住環境は少しでも良くしないと」
「馬車を買うための金も少し出してもらったし嫌とは言えないよ」
フォルテが肩をすくめながら言った。
「人の縁が大事って話だし、早速実践するようにしたよ」
「うん……まあ、それはそれで良いんだけど」
「というわけで、しばらくよろしく、お兄さん!」
そう言うとエヴァニアはフォルテの腕に抱きついた。
同時にスーリアの目がスッと細くなる。コワイ!
「モテモテじゃないか。良かったなフォルテ」
モリ君がニヤニヤしながらフォルテに嫌味を飛ばす。
「いや違うんだ。本当に」
「エヴァニアさん、あまり迷惑をかけてはダメですよ」
一応は忠告しておくことにする。
このエヴァニアという娘は色々と子供っぽいところがあるので、色々とフォルテ達に迷惑がかかりそうなのが気になる。
「お姉さんも、もう素は分かっているんだから丁寧語は止めようよ」
「そうは言っても礼儀というものが……」
そうは言ったが確かにその通りだ。
もうそんな畏まる関係でもないだろう。
エヴァニアに近づいてカラテ・チョップを叩き込む。
「はいはい、からかわない。フォルテさんにはスーリアさんという彼女がいるんだから」
「ちょ、ラヴィ違う!」
スーリアが両手を振りながら俺のところへやってきた。
「違うならあたしが貰ってもOKってこと」
「それもダメ!」
「はいはい、バカやらない。私らは乗せてもらうお客様の立番なんだから」
アデレイドが俺と同じようにエヴァニアへチョップを入れた。
「まあ、そういうことでエヴァの面倒は私が見ておくから安心して」
「今度はアディまで?」
「そんなに相手したいなら、そこで背景になってるジュウベイ君の相手をしてあげたら?」
アデレイドはそう言って3人分の荷物を持たされているジュウベイを指差した。
「いや、俺はこうやって陰ながら力になれることが嬉しいから」
「はいはい、ジュウベイ君はよくやってくれてますよ」
エヴァニアは全く感情の籠もっていないセリフを吐きながらジュウベイの持っている荷物の1つを取り上げ、自分で担ぎ上げた。
「うちも女性が増えて華やかになりますね」
「うるさいのは勘弁だけどな」
レフティとマルスがそのバカ騒ぎを少し離れた場所から見ていた。
ただ、その表情には嫌がっているような雰囲気はない。
アデレイド達3人を受け入れてくれているようだ。
「もう買い忘れや町でやり残したことはないな。じゃあそろそろ出るか」
フォルテ達が仲間に確認を取っている。
仲間達に加えて自然にアデレイド達が挙手している。
「ラヴィさん、うちも買い忘れとかやり残しはないですよね」
「そうだな。イモリ達もあれから町に出てきていないし、決着ということで良いだろう」
イモリ人間達の襲撃は今のところ止まっている。
イモリ達が本当に南の湖に移住するのかは分からない。
襲撃がなかったのは、単に戦力の疲弊して再襲撃する余裕がないだけという可能性もある。
ただ、俺達が短期間で出来ることは一通りやったつもりだ。
ここから先はこの町の人達が解決していくことだ。
「ラヴィ、私も使い魔を使えるように頑張りたいけどコツとか有る?」
スーリアが話しかけてきた。
「ええと……」
あまり技術的な話をされても困る。
俺達のスキルは何も考えずに雰囲気で使えるものであり、技術ではない上に、パワーソースも原理も不明。何故こんな能力が使えるのかすら分かっていない。
しかし「分かりません」の一言で流すのも頼ってきてくれているスーリアに申し訳ない。
技術と使う際の心構え、注意事項くらいは話すべきだろう。
「視界の共有は慣れるまで頭の中にどんどん情報が流れてきて大変なので、少しずつ慣らすところからスタートですね。直接自分の目で見ているというより、誰か人から見えた情報を教えて貰っているだけだと冷めた感じで見るとちょっと楽になります」
「ふむふむ、なるほどなるほど。確かにわかります」
「今の説明で分かるのか」
どうやら、スーリアは魔法使いの中でも割と天才タイプなのだろう。
こちらは似非魔法使いであり、ただのコスプレ魔女ですまない。
しかも魔法使いの中でも闇とか空虚とか死とか、そういう負の属性なので本当にすまない。
「出来れば近くでラヴィさんの使い魔を見せてもらえませんか? 最後に魔術の構成を見たいです」
「魔術……ああ、魔術ね」
あまり魔術の技術的な話をされて細かく突っ込まれても困るので、一羽だけを使い魔モードで喚び出した。
「すごい、生成するための魔術式がなんだかわからなかった……近くで見てもいいですか?」
「どうぞ」
俺も「魔術式」などというものは知らない。
だが、スーリアは何かを掴み取ろうと、俺の喚び出した鳥を持ち上げたり転がしたり、羽を引っ張ったりして色々と調べている。
何か参考になれば良いのだが。
「ありがとうございます。参考になりました」
「お役に立てたのなら光栄です」
使い魔の話を一通り終えたところで会話が止まった。
さすがに十代女子と弾む会話を続けるのは無理だぞと気まずい沈黙に耐えていると、スーリアの方が小声で口を開いた。
「ラヴィさんの付き合っている人って誰なの?」
予想外の変化球が飛んできた。
しまったコイバナだ!
この娘は闇属性の俺にダメージを与えるつもりなのだろうか?
「それは私も気になってた。誰なの? 白状しちゃって」
アデレイドまで参加してきた。
やめてくれよもう。
「いませんよ」
迂闊に嘘を付くと明らかに泥沼にハマることは確定なので、正直に答える。
「モーリスさんと仲が良さそうですけど」
「モリ君はただの仲間だし、そもそもモリ君が付き合っているのはエリちゃんですよ」
「なるほど……彼女が恋のライバルというわけですね」
どうしよう。
話が通じているようで全く通じていない……つらい。
「私の見立てだとカーターさんなんだけど」
「冗談でも止めてくれ」
「でも」
「止めて」
「……はい」
素で返すとアデレイドが謝った。
「僕です」
何故かレルム君が横から顔を出してきたのでカラテ・チョップを入れておく。
「レルムはこっち」
そしてレルム君はドロシーに馬車の中へ連れられていった。
「まあうちはこんな感じで恋愛関係とかなくわちゃわちゃやってます。あっちみたいに」
モリ君の方を見ると、フォルテやマルスと一緒に何かくだらないことを言ったのか、やったのか。
エリちゃんに「何を馬鹿なことやってんの!」と一喝されている。
モリ君が普段は見ない顔をしているが、17歳という年齢を考えると、あれが本来のモリ君の素なのかもしれない。
思えばモリ君はこの世界に来てから同年代男子とつるむことがなく、俺やエリちゃんを護る長兄的なポジションとして気を張る日々が続いていた。
なので、今のように何でもない日常を年相応に過ごすのが楽しいのだろう。
「年齢的に、愛だの恋だのよりも同世代の仲間とつるんでワイワイやっている方が楽しいだけだと思いますよ。ほら、うちの子もなんか一緒になってバカみたいなことやってますよ」
「マルスはともかくフォルテは普段あんなのじゃないんですけど、バカみたいですね」
「男は何かを決意した時以外はいくつになってもバカみたいなんですよ」
「あちらのエリスさんもスタイルが良いし、やっぱり男はみんなそうなんですかね?」
「男が全員スタイルが良い方に惹かれるとは限りません」
ここはきっぱりと宣言しておく。
故事にも有るではないか。貧乳はステータスだ、希少価値だと。
「そうでしょうか?」
「たとえば、真面目な優等生の皮を被ってるけど実は中身はダメ人間で、こいつは俺が守らないと死ぬだろとか、今はすっかりダメ人間だけど本当は心優しくて俺だけがそれを知ってるとか、そういう内面を見ていくとスタイルは別になんでも気にならなくなるというか」
「具体的すぎるんですけど、それは誰視点で誰の話なんですか?」
俺は何も考えずに勢いだけで言ったことについて後悔した後に、少し考えてから答えた。
「誰の話なんだろうね」
◆ ◆ ◆
「ラヴィさん、私達もこの世界で頑張ってみるよ」
俺もアデレイドと最後に握手をする。
「
アデレイドと会うのはこれが最後の機会だ。
ちゃんとした自己紹介くらいはしておきたい。
「えっ?」
「俺の本名だよ。ラヴィ(ハロウィン)とかいう運営に与えられたものじゃなく本当の名前を知っておいてもらいたかった」
「
「ああ、覚えた」
これで本当にお別れだ。
彼女……アデレイドも市ヶ谷さんという日本人とはここで別れることになるのだろう。
その覚悟の上での自己紹介。
彼女はこれから先、もう日本人ではなくなる。
この世界の住人となることを決めたのだから。
アデレイド達は無言で馬車へ乗り込んでいく。
「それじゃあフォルテ、元気で。これからも冒険を続けられるよう祈ってるよ」
「モーリス達も元気で。旅の無事を祈っているよ」
フォルテ達は予定通りフラニスを目指すらしい。
推定だとメキシコ湾まで約250km。
馬車だとまあ一週間もあれば十分辿り着けるだろう。
フォルテ達やアデレイド達がその後どうするのかは分からない。
セレファイスへ向かうのか? それともフラニスで冒険者を続けるのか? はたまた南米のタウンティンまで旅を続けるのか?
彼らに不幸がないこと、幸福であることだけは祈りたい。
「まあ、同じ世界にいるんだから、また縁があれば会えるさ」
「……ああ、同じ世界にいれば会えるだろう。その時はまたよろしく」
最後にモリ君とフォルテが握手をした。
確かに同じ世界にいればまた会えるかもしれない。
それまで、俺達が同じ世界に居ればの話だが。
「そうそう、よろしければこちらをどうぞ」
俺はフォルテに布袋を渡した。
「これは?」
「クッキーです。200枚くらい入っています。常温で放置しても腐りはしないので非常食やおやつなどにどうぞ」
暇な時間を利用してコツコツ貯めていたクッキーだ。
意外とカロリーは高いので役に立ってくれるだろう。
「ああ、ありがたくいただくよ」
俺達も馬車へ乗る。
「じゃあみんなお元気で!」
別れる時は笑顔だ。
「ではモリ君、御者席へどうぞ」
「はい。では。馬の人、動いてくれますか?」
モリ君の不思議な呼びかけによってゆっくりと馬車が前に進み始める。
色々とおかしなところもあるが、それは俺達も同じだ。うちのスタイルはこれで良いだろう。
馬の人にはこれからも頑張ってもらいたい。
フォルテ達の馬車は東側へ。
俺達の馬車は西へと進み始める。
お互いの道は交わらない。
納得して選択した結果だ。これでいい。
「この方向で道は合っているんですか?」
「ここからは先、目指すルートはひたすら太陽の沈む方向だよ。Go To The Westだ」
「西遊記ですか?」
「アメリカなんだから夕陽へ向かって走れとかそっちだろ」
想定では、サンディエゴまであと250kmくらいの地点までは移動してきているはずだ。
馬車での移動も初日は慣れるまで速度は上げられないとして30kmを目標にしているが、2日目以降は一日60kmの移動を想定している。
つまり、あと5日間で到着の計算。
徒歩で250kmを歩くことを考えると圧倒的に速い。
「とりあえず明日にはメキシコを抜けてアメリカに入る予定だ」
「アメリカに入ったら何かあるんですか?」
「ないよ。アメリカって国自体がまだないんだから。単に気分の問題」
タウンティン……ペルーを出発してようやくここまで来た。
日本へ帰るための情報が手に入るサンディエゴまであと5日。
1つだけ気がかりなのは「西の魔女」という呼び名だ。
「西の魔女」という呼び名で連想される物語がある。
今から百年ほど前に書かれた小説「オズの魔法使い」だ。
オズの魔法使いでは、異世界から魔法使いのいる国にやってきた主人公「ドロシー」が、世界の王である魔法使いオズに元の世界に戻るためには悪い西の魔女を殺せと命令されて、仲間達と共に西の魔女が支配する国へ向かう。
そして、ドロシーは弱点である水を使用して西の魔女を殺害する。
あまりに今の状況と一致しすぎていることが多い。
偶然で済ませるには流石に隠す気がなさすぎて、悪趣味なジョークとしか思えない。
ほぼ同じタイミングで運営から指示されてアデレイドが現れたことを考えても、ドロシーが何かしらの役目を与えられてここへ送られてきたことに疑う余地はない。
もし、ドロシーが俺達の敵に回ったとして、本当に俺は撃てるのか?
モリ君とエリちゃんには無理だ。
もしもの時は俺が独断でやるしかない。
だが、アデレイド達とは打ち解けられたのだ。
操られていたレルム君やタルタロスさん達も救うことが出来た。
ドロシーも運営から解放して、その時初めて本当の俺達の仲間になってくれると信じている。