町の警戒任務は2日続けた。
結局、ボクラグたちの再襲撃はなかった。
相変わらず生け簀の魚を狙ったり、湖岸近くに作っている畑を荒らすなどの地味な被害は続いている。
だが、水門や排水口から、明らかな武装勢力が攻めてくることはなかった。
もちろん、ヒュドラが出現するということもなしだ。
引っ越し作戦がうまくいったのか?
戦いで受けた被害が大きくて、立て直しに時間がかかっているだけなのかは分からない。
なんにせよ、旅人の俺たちが町を発つまでに再襲撃が起こる可能性は低そうだ。
畑や漁場を荒らすくらいならば、町の兵士が巡回するだけでも事足りる。
一段落ついたことを証明するように、軍から町の防衛と警戒任務に対する報酬が支払われた。
フォルテが代表して報酬を受け取り、それを3チームで公平に3等分した。
「かなりのお金だよね。これでちょっとは安心かな」
「馬車に支払った代金が全部返ってきた感じだな。つまり、馬車は実質無料だ」
「実質無料かー」
景品表示法違反のような感想を抱きながら、エリちゃんと2人で改めて馬車を見る。
職人に最低限直してもらった後に、エヴァニアに調整はしてもらったので、馬車の機能面は全く問題ない。
ただし、外装はノータッチなのでボロボロである。
俺たちといい、フォルテといい、よくもまあ、こんな事故車まがいのジャンク品を買ったものだとしみじみ思う。
ただ、モリ君とフォルテはお互い、自分たちが買った馬車の方が状態が良いという無理のある主張をして言い争っている。
正直、たいした違いなどないのだが、何かこだわりがあるらしい。
同年代らしいマルスも加わり、高校生男子のような他愛もない会話に興じている。
「こんなフォルテは初めて見ますね」
レフティさんがため息をつきながら話しかけてきた。
「うちのモリ君もですよ。普段は頑張ってリーダーをやってくれていますが、今のが素なんでしょうね」
「彼との付き合いは?」
「3か月くらいですね。なので、過去がどうだったのかは全然知らないんですよ」
今のところモリ君について知っているのは断片的な情報だけだ。
小学校時代に何かをやらかしてユイと疎遠になった。
その後に、ユイが死んで、自暴自棄になっていたところ、この世界へ喚ばれた。
普段どんな高校生活を送っていたのかは、まるで知らない。
魔女は何か知ってたり……するわけがないか。
《小学校の後は何も知らないんだよ……本当に》
魔女は悲しそうに答えたが、知らないのは仕方ない。
赤の他人の過去まで知り尽くしているなんて逆に怖すぎる。
「まあ、私も半年くらいの付き合いですがね」
「レフティさんは付き合いが長そうな雰囲気でしたけど」
「若者3人が危なっかしい冒険をしていたのを見かねて加わったわけです。むしろ、ラヴィさんたちがまだ3か月程度の付き合いだということに驚きです」
「私も1年以下だよ」
話を聞いていたスーリアが会話に参加してきた。
「村のわんぱく2人組が勢いで旅立ったらしいんだけど、旅をするなら魔法使いも必要だという理由で、私がスカウトされた」
「結局のところ、信頼関係を作るのは、時間じゃないんでしょうね」
「そうですね。過去がどうこうよりも、今どう付き合っていくかが大切なんでしょう」
モリ君とフォルテを見守っていると、お互いの馬車から何かのパーツがガランと音を立てて落下した。
「これ何の部品だ?」
「扉のところに付いている飾りかな?」
スーリアが部品を拾い上げてフォルテに渡した。
フォルテは断面を見ながら、なんとか元に戻そうとするが、うまくいかないようだ。
「これ、どうやってくっついていたんだ?」
「ちょっと見せていただいてもよろしいでしょうか?」
どうやら部品は、木に凸と凹を彫り込んでパズルのように組み合わせる、日本の継手や仕口に似た木組みの技術で作られているように見える。
高度な加工技術が要求されるので、俺たちに再現できるとは思えない。
修理費用が高額すぎるので、直すよりも新しいものを買った方が安いという理由が改めて理解できた。
地面に箒で図を描いて構造を説明すると、スーリアはうんうんと頷いていた。
「構造は理解できた」
「まさか……今の説明で直せるんですか?」
「もちろん直せないよ」
ですよね。
「はいはい、ちょっと通りますよ」
そこにやってきたのはエヴァニアだった。
外れた部品を掴んで、フォルテたちの馬車に押し付けると、驚くほど簡単にくっ付いた。
モリ君とフォルテが引っ張るも、簡単に取れる様子はない。
「車軸を直した時もそうだったけど、どういう技術なんだ?」
「あたしは錬金術師だよ。これくらいの単純なゴーレムを作る要領ですぐに直せる」
「おれのしってる錬金術と違う」
「まあ、元々の構造が分からないと直せないんだけどね」
エヴァニアが口を尖らせながら、眉をひそめた。
「万能にはほど遠いよ。わりと頭を使う能力なので、もう大変で」
「そこは勉強して覚えていくしかないですね」
「勉強はちゃんとしてるよ!」
エヴァニアが突然大きな声を上げた。
何事かと全員の注目が集まったが、エヴァニアはすぐにいつもの飄々とした表情に戻って、手をひらひらと振った。
「いやいや、あたしって前は勉強ができない方でさ。施設長にもいろいろ言われて、頑張ってるんだけど、つい」
「すみません、気を悪くしてしまって」
「大丈夫だよ。気にしてないから」
まあ、人には色々あるということだろう。
モリ君もそうだったし、誰にでも触れられたくない過去はあるものだ。
それに、エヴァニアの能力には助けられた。
馬車を使った引っ越し作戦を完遂できたのも、彼女の協力があってこそだ。
俺たちの旅は、こうやって出会った人たちの協力で成り立っている。
感謝しないといけない。
「じゃあ、そろそろ、旅の支度を整えるか」
少なくとも当面の脅威は去った。
軍からの報奨金も出た。
なので、旅をそろそろ再開しないといけない。
それは、つまり、フォルテやアデレイドたちとの別れが近いということでもあった。
◆ ◆ ◆
「じゃあ俺たちは、タルタロスさんと子供たちの防寒具や寝具を買いに行かないと」
「そうですね、早速行きましょうか」
買い物へ向かおうとしたところ、カーターがどういう理由か、満面の笑みで手を出してきた。
「また酒か?」
「違うんだ。屋根の上に避難した連中がいただろ」
これはカーターが屋根の上に避難した時に、周りにいた人たちの話だろう。
「あの人たちって酒場の経営者なんだ。だけど町はこんな状況だろ。少しは還元してやらないと、そう思ってな」
「そういう理由なら断る理由ないな。ただし朝まで飲んだりして、他人に迷惑をかけるなよ」
モリ君がカーターに金貨を握らせると、大喜びで駆け出していった。
あいつはいつどこでも安定して同じムーブだ。
全くブレがなくて安心する。
「じゃあ買い物に行こうか」
子供たちとタルタロスさんに声をかけると、ローブの裾をスッと掴んでくる者がいることに気付いた。
振り返ると、そこにはアデレイドが立っていた。
「防寒着とか旅に必要なものが分からないから教えてくれると嬉しい」
それだけ言うと頬を赤くした後に顔を背けて黙ってしまった。
目線も何やら泳いでいて落ち着かない。
何なのツンデレなの?
俺がモテてどうすんの?
今の俺は見ての通り女である。年下女子とか困るんだけど。
などと一瞬思ったが、完全に気のせいだ。
これは言葉通りの意味だろう。
旅に使う道具が分からないから教えてほしいけど、今更人に聞くのは恥ずかしいというだけである。
ついうっかり、おかしな反応をしたら「バカなの」と返ってきて社会的に死ぬところだった。
沈黙。それが正解なんだ。
もちろん、俺は困っている人を見捨てるようなつもりなどない。
買い物に付き合って欲しいという要望に対して断る理由など一切ない。
「というか、あの遺跡から今までどうやって旅をしてたんですか?」
「遺跡って何?」
完全に予想外の答えが返ってきた。
後ろにいるエヴァニアやジュウベイも同じ反応だったので、嘘をついているとは思えない。
この状況で嘘をつく意味がないので当然だ。
「えっ? あの最初の部屋を出てすぐのところから広がっていた……」
「最初の部屋を出たら、すぐにあのゲームマスターとかいう胡散臭いやつに連れて行かれたんだけど」
「またあいつか……じゃあ、この町へはどうやって?」
「指定した場所まで転移できる装置があって、それに入ったらいきなりこの町だよ」
「転移装置か……」
レルム君、ドロシーちゃん、タルタロスさんの3人を見る。
この第16チームの3人は、突然タラリオンに出現した。
運営がそう言った装置を持っているのならば、突然タラリオンに現れたことにも説明がつく。
ホンジュラスの遺跡で会ったクロウさんたちも全員がSSRと、優遇組だと思っていた。
しかし、それ以上に運営側に優遇されていた面子がいたようだ。
URとかいう都市再生機構みたいな名前のレアリティを引き当てたアデレイドはおそらく運営の優遇枠だ。
最初の遺跡を彷徨わせることもなく、豪華待遇で迎えて何かをやらせようとしていたのだろう。
だけど、その最高レアの3人を運営も持て余したのかもしれない。
なので、せめて何か使い道はないかと俺たちのところへぶつけてきたのだろう。
ふざけんな運営!
他人の人生を何だと思っているのか。
「あれ、ということはつまり……」
「野宿を含めた旅をしたことがない……と?」
モリ君の質問に、アデレイドは恥ずかしそうに頷いた。
それはまずい。
ここは日本と違って、何でも買える店や、安価で泊まれる宿があるわけではない。
旅の素人が、こんな砂漠の真ん中に投げ出されたら、すぐに行き詰まってゲームオーバーだろう。
「こっちも、キャパオーバーなんだけどな……馬車も定員に余裕がないし」
「でも、途中で投げ出せないですよ」
「ちゃんと話をした方がいいと思うよ」
モリ君やエリちゃんも、ここでアデレイドたちを投げ出すつもりはないらしい。
短い間だが一緒に戦った仲間なのだし、元日本人同士なのだから当然だ。
少なくとも、旅に慣れるまでは面倒を見る必要がありそうだ。
「分かりました。みんなで一緒に買い物をしましょう」
◆ ◆ ◆
「師匠、見てください。ピッタリですよ」
「おお、似合ってる似合ってる」
レルム君が防寒着を見せびらかしに来たのでとりあえず褒めておくことにする。
デザインよりも機能性を優先して全身が無駄にモコモコしている服を選ぶあたり、さすが俺の弟子だ。
「ラビちゃん、うちは?」
今度はドロシーちゃん。
やはり機能重視なところはあるが、ちょっとだけファッショナブルなあたりは女の子らしい。
「おお、似合ってる似合ってる」
「レルムとコメントが同じなんやけど、もしかしてちゃんと見てない?」
「俺は語彙力がないので同じような感想しか言えないだけだよ。似合ってると思う」
雑に答えると脛へ的確にローキックを入れてきた。
なんなのこの子。
「私はどうかな?」
今度はアデレイド。
もともとのミリタリー色が強い服を着ていたのでコートを着ることで、少年兵っぽさが増した。
間違いなく似合っている。
「おお、似合ってる似合ってる」
「褒めても何も出ませんよ」
口調は淡々としているが表情は本心を隠せていない。
なんなのこのチョロい子は。お父さんは心配ですよ。
「お姉さん、あたしは?」
「エヴァニアさんは、まるでファッションモデルのようですよ。量産品ばかりの店でそれだけ似合うものを選んで着こなせるなんて」
「そうでしょうそうでしょう」
なぜかエヴァニアも感想を聞いてきたので無難に答えておく。
半分くらいは社交辞令なのだが、エヴァニアは「そうでしょうそうでしょう」と満面の笑みで喜んだ。
やっぱりこの子もチョロいんだけどどうなってるの?
日本人はチョロい奴しかいないの?
「僕はどうでしょう」
「誰だお前は」
突然謎の男が話しかけてきたので誰かと思ったが、アデレイドの仲間のジュウベイだった。
今までの巡回任務中も、ずっと後ろの方から無言でついてきていたのは知っているが、声を聞いたのは初めてだ。
なぜ君が、あまり面識もなく会話もしていない俺に聞くのか?
アデレイドたちには、旅に必要な道具と着替え一式をそろえさせた。
特に、砂漠と寒冷地を旅するための装備はこの町から旅立つには必須だ。
「他には何が必要かな?」
「替えの下着は必須だし、今回みたいに濡れた時に着替えられるよう予備の服も欲しい。あとタオルは何枚か持ってると便利ですよ」
「なるほど」
そこまで説明して、もっと重要な話を忘れていたことに気付いた。
「それで、みなさんも私たちと一緒に日本へ帰るってことでよろしいでしょうか?」
「えっ?」
アデレイドたち3人は呆気に取られたような顔をした。
「ラビさん、今まで話していなかったんですか?」
「いや、日本へ帰ることができるかもって話はしたよ。だけど、100パーセントの保証はまだない。その上でどうするかについてはまだ聞けていない」
今までは、現在の目の前にある問題以外に目を向ける余裕がなかった。
だけど、それが一段落した今、ようやく未来の話をすることができる。
日本へ帰る見込みがあるという話だ。
「立ち話もなんですし、どこかで食事を取りながら話しましょう」