収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Episode 5. Yee-Tho-Rah
Chapter 1 「トランプの壁」


前回までのあらすじ

 

 23歳会社員だった俺はひょんなことから白髪の魔女の少女ラヴィ(ハロウィン)になってしまい、異世界を旅することになった。

 

 なんでもゲームマスターというやつがこの世界で対戦ゲーム的な物をやっており、そのゲームの駒として俺達は喚ばれたらしい。

 

 だが、そんなゲームに付き合ってられないので日本へ帰る旅に出発した。

 

 頼りになる仲間は

 

 元高校生のモリ君とエリちゃん。

 

 ゲームマスターと敵対しているという、この世界の裏事情を知っている謎のサラリーマン風の男、カーター。

 

 旅の途中で出会った16チーム。

 中年男性のタルタロスさんと小学生のレルム君、ドロシーちゃんだ。

 

 俺達はアメリカのカリフォルニア州サンディエゴに住んでいる魔女が日本へ帰るための情報を持っていると知って旅を続けていた。

 そのサンディエゴはもう目と鼻の先だ。

 

 こいつは唆るぜ。

 

「デントコーンを探すんでしたっけ?」

「カリフォルニア州都サクラメントは確かに近いけどさぁ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 馬車の扱い方にもようやく慣れてきた。

 

 メキシコの乾いた砂漠の暑さもあり、馬には定期的に休憩をさせた方が良いだろうという判断と、御者席で馬を扱うのは人間の方もそれなりに負担があるということもあり、だいたい2時間ほどで休憩を取っている。

 

 1日あたりに進める距離は減るが、無理をさせて馬を潰したら意味がない。

 

「ほら馬太郎、馬次郎、水だぞ。暑いだろうしたっぷり飲め」

 

 桶に入れた水をたっぷり飲ませてやる。

 

 水はドロシーのスキルで使い放題、出し放題なのが助かる。

 

 砂漠を横断しているというのに、水不足で困ることがないのはありがたい。

 

 桶に余った水は馬の身体にかけて少しでも体温を冷やしてやる。

 

 その後はブラシで手入れをしてやると、馬達は気持ち良さそうに体を寄せてきた。

 

「この馬ってそんな名前だったの?」

「いや、適当に呼んでる。元は軍馬らしく番号で呼ばれていたらしいので」

「まあ、番号呼びよりはマシだろうけど……馬太郎馬次郎って……」

 

 まあ、確かに適当に付けすぎた感はある。

 

 勝手に決めるのも何なので、一応みんなの意見を伺っておこう。

 

「みんなは何か付けたい名前ってある?」

「馬の名前って急には思い浮かびませんね。パトリシアとかミーティアとか?」

「馬車を引くパワフルなタイプだから、サラブレッドの競走馬の名前を付けても合わないしな」

 

 みんなそれなりに乗り気だが、これという名前は思い浮かばないようだ。

 

 馬という存在が日常から離れているというのもあるのだろう。

 どういう名前が馬に適切なのかが分からない。

 

「ポチとタマ?」

「犬猫じゃないんだから」

「馬太郎と馬次郎」

「それを止めようって話だよ」

 

 ドロシーもイマイチネーミングセンスがないようだ。

 

 もっと何かオシャレな名前はないだろうか?

 

「馬がつく……馬……群馬っぽい名前というのはどうですか?」

 

 レルム君が面白い提案をしてきた。

 

 ただ、俺は関西地方在住なので、群馬の地名には疎い。具体的な例を聞きたい。

 

「例えば?」

「すみません、馬って字が入ってるから群馬って何も考えずに適当に言いました」

 

 どうやら子供達も馬の名前は思い浮かばないようだ。

 

「でも、その群馬っぽい名前というのは有りかもしれない。縛りを付けることで方向性を絞り込みやすくなった」

「本当ですか?」

「何もないところから決めるよりは。というわけで、何か群馬っぽい名前で良さそうなのはない?」

「はい! 草津と伊香保! 温泉いいよな温泉」

 

 カーターが手を挙げて、しょうもないことを言い出した。

 

「関西民としては草津と聞いても温泉より先に滋賀が連想されるんだけど。それに草津なら、その隣の栗東(りっとう)の方が馬っぽい」

「栗東……確かに物凄く馬って感じが伝わって来るな。馬に関係する文字なんてどこにも入っていないのに」

「栗東の馬というだけでなんかパワーを感じるぞ。不思議だ」

 

 確かに馬っぽさはあるが馬に付ける名前としては不自然だ。

 

 俺とカーターが悩んでいると、モリ君が不思議そうに声をかけてきた。

 

「志賀草津は長野と群馬の間の道の話ですよね。志賀高原と草津町の間に道があって……」

「信楽高原鐵道なら草津じゃなくて甲賀だよ」

「信楽って京都じゃないんですか? というか甲賀ってそんなところに有ったんですか?」

「三重県伊賀市の東にあるのが滋賀県甲賀市だぞ」

「三重の東が滋賀!?」

 

 どうも関東民であるモリ君、カーター。

 関西人である俺とエリちゃんとの間でイメージに大きな齟齬が発生している上に、話がどんどんと明後日の方向へ逸れている。

 

「赤城と榛名?」

「それだ」

 

 話がどんどん明後日の方向に反れていきそうなところ、レルム君の言葉でようやく軌道修正できた。

 

 なんか車が山道を暴走してそうな感じだがまあいい。

 

 ありがとう我が弟子よ。

 

 ついハグして甘やかしたくなるが、また性癖破壊マンと言われたくないので自重しておく。

 

「馬の名前は赤城と榛名。キリがないのでもうこれで行こう」

「それでどっちがハチロクでどっちがRX7?」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 休憩を挟んで旅を再開した。

 

 相変わらず乾いた砂と赤い岩。短い草とサボテン。

 やたら尖った乾燥に強い低木だらけという面白みのない景色だけが続く。

 

 乾燥しきった砂を撒き散らしながら馬車は進む。

 

「方角さえあっていれば、そろそろメキシコを抜けてアメリカに入るはずなんだけどな」

「そうは言っても国境の目印なんてないんですよね」

「ああ。他の国の国境は川とか山とか分かりやすい区切りがあったりするんだけど、アメリカの場合は緯度経度で区切ってるから何かフワッとしてる」

 

 頭の中で地図を思い出す。

 

 方向が間違っていなければ、そろそろアリゾナ州の砂漠に到達するはずだ。

 

 そこから西へ進めば過酷な砂漠地帯も終わり、アメリカ西海岸のカラッとしているが過ごしやすい気候になる想定ではある。

 

 もしかしたら、また地球には存在しない町があって、そこで休憩や補給を行える可能性もある。

 

「じゃあ、あれって国境じゃないの?」

 

 エリちゃんが地平線の先、はるか彼方を指差した。

 

「トランプの壁が立ってるんだけど」

「トランプの壁!? いや、そんなものが有るはずないんだけど」

 

 目を凝らしてまじまじと見るが、残念がことに俺の視力ではまだ何も見えない。

 

「ラビさん、トランプの壁って何ですか?」

 

 ワゴンの中にいたモリ君が顔を出してきた。

 

「当時の大統領がメキシコからの不法移民を防ぐためにと、アメリカとメキシコの国境沿いに作った壁のことだよ。本当は別の名前があるはずなんだけど、大統領の名前から付いた俗称がそれ。ただ、壁が出来たのは21世紀であって、今の世界にあるのはおかしいんだけど……」

 

 それを聞いたモリ君も俺と同じように目を細める。

 

「確かにありますね、トランプの壁」

「本当に?」

 

 やはり俺の目には何も見えない。

 

 仕方ないので、鳥を喚び出して使い魔として飛ばしてみる。

 俺よりも視力が良い鳥の目を通すと、確かにはるか先に壁が立っているのが見えた。

 

 黒、白、赤。

 

 壁の素材には三種類の岩を使用しているからなのか、少し離れた場所から見ると、まるでトランプのカードが整然と並んでいるかのような錯覚を生み出していた。

 

 壁は端が見えないほど長く続いているので、壁の全長はどれほどなのか分からない。

 

 少なくとも最低10kmは続いている。

 

「トランプの壁ってそういうことか……まあ、確かにトランプみたいな壁だけど、なんであんなものがここに?」

 

 鳥の視点で上空から見ているのでよく分かるが、壁の手前も壁の奥も同じ砂漠の景色が広がっており、違いがよく分からない。

 

 壁の高さはせいぜい3m程度。

 

 壁を越える侵入者を警戒しているような監視施設もなく、完全に無人の荒野に壁だけが立っているだけだ。

 

 乗り越えようと思えば、いくらでも乗り越えられるだろう。

 

 本当にアメリカとメキシコの国境の位置を示す以外、何のために建てられたのか理解できない。

 

「壁の向こうに何か見えたりしました?」

「いや全然。壁の向こうが発展した町が広がっていましたとか、モンスターが溢れていましたとか目に見えて分かりやすい違いがあれば分かりやすかったんだけど」

 

 パッと見ただけだと壁の前後で何の違いもないように見えるので余計に意図が分からなくて不気味だ。

 

「もしかして、また地獄のネタに関係しているんじゃないですか? サルナスの町が第五圏でしたっけ? なら次は第六圏」

「六圏は異端者の地獄で、敬虔なキリスト教徒以外は焼かれるという地獄のはずなんだけど別に何も燃えてる様子はないかな」

 

 俺は記憶の中から神曲の情報を手繰り寄せるが、関係ありそうなネタは思い浮かばない。

 

「何かモンスターが出るとか?」

「それもなし。六圏は当時の評判の悪かった人が燃えてるだけという、設定のわりに、何か色々と配慮されたことが分かる展開なので、現状で何も燃えていない以上は地獄と無関係かもしれない」

 

 そんな会話をしているうちに、馬車は進み、壁が目の前に近付いてきた。

 

 人間だけならば何とかよじ登れる高さだが、馬車はそうはいかない。

 

 再度鳥の使い魔を偵察に飛ばしてみると、奇妙な事実に気付いた。

 

 アメリカ側の壁が高熱でも受けたように黒く変色している。

 そして壁の向こう側は明らかに植物が少ない。

 

 木も立ったまま炭化しているものもある。

 

 元々赤色よりだったであろう地面の砂も壁と同じように黒く焼かれ、一部ガラス化しているものすらある。

 

 まるで壁の向こう側で大爆発が起こり、それによって高熱の熱風が発生して吹き付けたかのようだ。

 

「これって石の壁だろ。それが焦げるってどんな熱だよ」

 

 カーターが壁をノックするように叩きながら言った。

 

「ナパームとかバンカーバスターとか?」

「核攻撃?」

 

 モリ君が怖いことを言い始めた。

 

「この世界は核戦争が起こって一度滅んだ後の地球でした……とか」

「止めてくれよ、そういうSF映画のオチみたいなのは」

 

 今のところ考察するための情報がないのは確かだが、無駄に不安を煽るだけの仮説は止めて欲しい。

 

「どうします? 壁を壊しますか?」

「いや止めておこう。壁が何のために存在しているのか分からない以上は手を出さない方がいい。むしろ俺達が破壊することで、何かが発生する仕掛けなのかもしれない」

「壊さず先に進むってことですね」

「ああ。進んでいるうちに門か壁が切れているところが見つかるかもしれないし、壊すのは本当にどうしようもなくなってからにしよう」

 

 仕方ないので、壁が右手になるように、西方向へと馬車を進めていく。

 

 むしろ、壁が目印になるので、進むべき方向が分かりやすくなった気がする。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 半日ほど馬車で進んだだろうか?

 

 頭に鮮やかな羽飾りを付けた現地人らしき男が2人、俺達の馬車に近付いてきた。

 

 鮮やかに染められた色の服に褐色の肌。

 

 その姿は、本などで読んで知っているネイティブアメリカンそのものだった。

 

 流石にこれは転移してきた町の住人ではなく、アメリカ大陸現地の人間に可能性が高い。

 

 だが、何の用件なのだろうか?

 

 武装などはしておらず、表情からも敵対的な意思は感じないが。

 

「ウィンキーの人? 今日は何を持っている?」

 

 男達は俺達が何か行動を起こすより先に、辿々しい日本語で呼びかけてきた。

 

「ウィンキー?」

「町から来た? 今日は何を交換してくれる?」

 

 男達はこちらの言葉には反応せず、布袋から何かを取り出そうとしていた。

 

 話の内容からして、俺達を誰かと勘違いして物々交換を持ち掛けようとしているようだ。

 

「待ってください。私達はただの旅人です。南の方から旅をしてきました」

「南? 砂漠を越えて?」

 

 男達は顔を見合わせて理解できない言語で何やら話し始めた。

 

 何語なのだろうか?

 少なくとも日本語でも英語でもない。

 

 もしかして何か余計なことを言ってしまったのだろうか?

 出来れば現地人とは敵対はしたくないのだが。

 

 そう考えていると、男達は袋から肉の塊のようなものを取り出した。

 赤身で脂身はほとんどなく固そうだが、牛肉のように見える。

 

「何か交換出来るものないか? 今日はバイソンの肉がある」

 

 どうやら俺達の出自について特に拘りがあるわけではなさそうだ。

 

 どうやら普段はウィンキーなる場所か組織か、そこに所属している人達と物々交換を行っているのだろう。

 

 それで、たまたま通りがかった俺達をウィンキーの人間だと勘違いして接触してきたと。

 

 バイソンの肉は興味がある。

 

 この世界に来てからの初の牛肉が手に入るかもしれないのだ。

 バイソンの肉は牛肉扱いで良いのかどうかは別の問題としてだ。

 

 だが、交換出来るものと言っても手持ちの荷物は最小限なので、今は非常食くらいしか持ち合わせていない。

 

 南米の香辛料はわずかに所持しているが、肉と交換出来るほどの量は所持していない。

 

 クッキーでも出すかと悩んでいた時に、天啓が降りてきた。

 砂漠に住んでいる人が一番欲しがっているものといえばこれだろう。

 

「水でも良いでしょうか? 綺麗で冷たい真水です」

「水? どこに持ってる?」

 

 俺はワゴンの中でうつらうつら舟を漕いでいたドロシーを連れ出してきた。

 

「ドロシーちゃん、ちょっとここに水を出してくれるかな。水たまりが出来るくらい」

「いいけど、なんで?」

「この人達に水を出せるところを見せようと思って」

「わかった。水出ろー」

 

 ドロシーの雑な呼びかけでスキルは発動し、男達の目の前に水たまりを作り出した。

 それを見た男達は目を丸くして水たまりの水を手ですくっている。

 

「もうすぐ村の水がなくなりそう。水場を埋められるか?」

 

 早速乗ってきてくれた。

 水は誰でも必要なものだけあって食い付きが良い。

 

「少し話を聞かせていただけないでしょうか? 集落へ案内していただけたら、ため池の水を埋めるほどの水を用意させていただきます」

 

 ウィンキーなる謎の単語。

 サンディエゴについて。

 謎のトランプの壁について。

 

 聞きたいことは山ほど有るし、バイソン肉のこともある。

 何としても彼らとの交渉は成功させたい。

 

 ダメ押しにこれも出しておくか。

 

「ハロウィンです。クッキーをどうぞ」

 

 男にクッキーを一枚差し出した。

 男は不思議そうな顔をしていたが、食べ物だと理解すると口に頬張った。

 

「こちらもある程度の数をご用意出来ます」

 

 男達は顔を見合わせた後に大きく頷いた。

 

「村に案内する。付いてきてくれ」

 

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