アデレイドたちと少し込み入った話をするということで、子供たちはタルタロスさんに預かってもらった。
適当なレストランに入り、じっくりと話すことにする。
近くに水路が流れる雰囲気の良い店だ。
魚料理が名物らしいので、それらを6人分注文して、席に着いた。
3人には日本へ帰ることができるかもしれないこと。
そのためにアメリカのサンディエゴを目指して旅をしているという話をした。
「100パーセント帰ることができるという保証はありませんし、旅は過酷なものになるでしょう」
「でも行くんだよね」
「もちろん」
断言すると、3人の表情が曇った。
「私たちは明日にはこの町を発つつもりです。ですが、同行していただけるならば、少なくとも、皆さんが旅に慣れるまでは面倒を見るつもりです」
「本当にそれでいいの? 日本に帰ることは正しいの?」
アデレイドは真っ直ぐ俺の目を見て言った。
「この町の事件を見て思わなかった? 私たちの能力を使えば多くの人を助けられる。なら、この世界の困っている人のために力を使うべきでは?」
あの領主の屋敷でアデレイドに初めて会った時にも感じていたが、彼女は自分が使える能力に相当自信を持っているようだ。
能力を有効活用すれば多くの人を助けられると信じているのだろう。
おそらくそれは正しい。
アデレイドのレーダーと破壊力。
エヴァニアの修復能力はかなり強力だ。
ジュウベイについては何も分からないが、この2人と組んでいるからには弱くはないだろう。
この世界にはテロスやサルナスだけでなく、あちこちで転移による被害が起こっているはずだ。
それらを解決して、人のために働きたいという気持ちは分かる。
この世界で英雄として讃えられて、名誉や地位……金も手に入れることが可能だろう。
「あんな世界に戻りたいの?」
「えっ?」
あんな世界と言われて最初は何のことか理解できなかった。
文脈からして日本の話だ。
「日本はそこまでダメでしょうか?」
「ダメだよ。汚いし、毎日が辛くてつまらないし、クソみたいな人間だらけ。くだらない」
そこまでダメだろうか?
俺は漫画やアニメやゲームがたくさんある日本に執着がある。
両親も健在だし、腹を空かせている友人だって待っているだろう。餓死していないことを祈りたい。
他にも友人は大勢いる。高校時代、大学時代、社会人になってからと多数だ。
仕事も山積みで……いや、今は仕事の話は忘れよう。
とにかく日本には執着しかない。
そう思っていると、エヴァニアとジュウベイも続いた。
「お姉さん、止めた方がいいよ。あんな酷い世界のことは忘れようよ」
「そうそう。せっかく強い能力があるんだから、一から人生をやり直したいです」
そこから堰を切ったように3人から次々と日本に対する恨みつらみが吐き出された。
なんだろう、この違和感は?
ハセベさんにしろ、クロウさんにしろ、みんな多かれ少なかれ日本に対しての望郷の念があった。
州知事も、子供が生まれるまでは帰るつもりだと言っていたくらいだ。
だけど、この3人からはそれがまるで感じられない。
それどころか、まるで日本……地球に対しての憎しみすら感じる。
ふと気付いた。
もしかして俺たちに設定されているレアリティってそういうことなのだろうか?
日本への執着を捨てて如何に現地……この世界に馴染めるかの度合い。
最初の50人には含まれていない俺とカーターは別基準だ。とりあえず除外しよう。
だけど、SRばかりで構成された襲撃者集団が日本人の倫理観をあっさり捨て去ったことも考えるとしっくり来る。
ハセベさんやウィリーさんは分からないが、クロウさんたちは俺が日本へ帰ることができるという話をしても妙に反応が薄かった。
どちらかと言えば船を返すことや、日本へ帰ることができるという謎の技術への好奇心の反応だった。
これは俺の単なる思いつきで仮説ですらない。
当たっていて欲しくはない。
「この世界で楽しく生きれば良いじゃない」
「日本に帰るなんて無理なんだから諦めてこの世界で生きようよ。世界は広いんだから、住みやすい国もあるでしょ」
3人が日本にいた頃はどんな環境で、そこで何があったのかは分からない。
追求しようとは思わない。
ただ、それでも日本に帰る気がないというならば、俺たちの本音を伝える必要があるだろう。
「残念だけど、俺たちはこの世界には残れない。仲間の気持ちは確認済みだ」
丁寧口調はもう必要ない。
ここからは、何も隠さずに本音で語ると決めた。
「私は学校に誰も知り合いがいなかった。親が転勤を繰り返したせいで、中学まで同じ学校には3か月くらいしか通っていない」
エリちゃんが静かに……だが、迷いのないはっきりとした口調で語り始めた。
俺も初めて聞く、エリちゃんが日本にいた時の話だ。
「だから、当然父親と母親……パパとママを恨んだ。だから、親から離れておばあちゃんのところに引っ越した」
「ほら、親なんてろくでもないでしょ。自分の仕事の話ばっかりで、子供のことなんて考えちゃいない!」
話を聞いていたアデレイドが早口で言った。
だが、エリちゃんの表情は全く変わらない。
「私もアデレイドさんと同じ考えだった。だけど、この世界で
「そんなこと確かめるまでもないでしょ!」
「アデレイドさんは確かめたの?」
「成人するまでは勉強だけすればいい。綺麗な言葉を使え。付き合う人間は厳選しろって。だから逆のことを言ってやった」
要するに親にも「毎日がつまらない」うんぬんのセリフを吐いたのだろう。
俺の友人……
親から勉強を押し付けられ、自分がやりたいことも禁じられて、優等生を演じさせられていた。
その不満はついに受験直前に爆発し、親と激しくやり合ったところまでは同じ。
アデレイドとの違いは、優紀には俺がいたことと……粘り強かったことだ。
自分はとっくに限界なのに、結局、誰の助けも借りることなく、数日かけて親を理論で説き伏せて、自分の意見を認めさせた。
だけど、あいつもそこまで強かったわけじゃない。
一歩間違えたら折れて負けるところを、無理に耐えていただけだ。
次にまた困難にぶつかったら、今度は耐えられないかもしれない。
だからこそ、俺はこの世界に留まるわけにいかない。
早く日本に帰ってあいつを支えてやらないといけない。
「アデレイドさんは自分の意見を言えたんだね」
「言えてない! 私がやったのは、ただ癇癪をぶつけただけだ!」
「私なんて話せてもいないよ。だから、私は、日本に帰らないといけない。この世界に親はいないから」
エリちゃんが一点の曇りもない目で真っすぐアデレイドを見据えた。
アデレイドは顔を逸らしただけだった。
「俺の場合はもっとシンプルな話だ。幼馴染が自殺するくらい追い込まれていたのに、気づくことができなかったんだ」
今度はモリ君が日本へ帰る理由を語り始めた。
「あの時、もう一歩踏み出せていれば、何かが変わったかもしれない」
「それは思い上がりだよ。人間一人ができることなんて限られてるし、お節介なやつが余計なことをしてくる方がうんざりする……かもしれない」
今まで黙っていたジュウベイがボソリと小声で言った。
「その通りだよ。俺一人にできることなんて限られてる。何も変えられなかったかもしれない。それに、後悔しても過去は変わらない」
「じゃあなんで? 第一、その話と日本へ帰る話が繋がらないじゃないか」
「俺が……幼馴染の
「いいじゃないか。辛くて悲しかったんだろ。だから、この世界で再スタートすればいいじゃないか」
「ダメだよ。それは違う道を歩いているだけだ。俺は、全部受け入れて、人生を止めたところから、もう一度立ち上がって歩き出す必要があるんだ」
モリ君が動機を語り終えたので、最後のトリは俺だ。
「俺はこんな2人……それにカーターに子供たちにタルタロスさん。他にも今は別れている仲間を日本へ帰したい」
「それはお姉さんの望みじゃないでしょ。そこまでして正義の味方になりたいの?」
今度はエヴァニアが突っかかってきた。
君たちは順番に倒さないといけないボスキャラか何かか?
「残念だけど俺はとんでもない悪の魔女だよ。アデレイドさん、俺たちの手配書を持っていましたよね」
「えっ? ああ……まだ持ってるけど」
アデレイドがポケットの中からしわだらけになった手配書を取り出した。
「そこに書かれている人を一人殺したというのは真実だ。俺が殺害した」
「えっ!?」
アデレイドが信じられないとばかりの表情のまま固まった。
「人を……殺した!?」
「正当防衛とか言い訳するつもりはない。他に無力化する術を思いつかずに殺害した」
「なんで? そんな悪人が日本に帰るなんてダメでしょ!」
俺の発言にモリ君とエリちゃんが心配そうな顔で見てきた。
もしかすると、俺はこの2人に対してもショックを与えることになるかもしれないが、隠すのはもうやめだ。
あくまでも本音で語る。
「それだけじゃない。俺の能力は発動時に生物を霧にして分解する効果がある。それで数え切れないほど多くの生命を奪ってきた」
全部覚えている。
様々な木々。小動物。魚や鳥など数え切れないほど多くの命だ。
「最初の遺跡で亡くなっていたオウカという少女の遺体を埋葬したが、その遺体も分解した」
この発言には、モリ君とエリちゃんも椅子から立ち上がった。
だけど、俺を責めるような顔ではない。
何か憂うような顔だ。
「それには……何か理由があったんだよね」
「理由はない。遺跡での最初の発動時に、効果も影響範囲も分からずに安易に使ったせいで巻き込んだ」
これにはモリ君とエリちゃんも黙った。
「この通り、俺はこの世の全てから呪われるべき、悪人だ。この世界に居続けることで、多大な迷惑をかける。だから、通りすがりの魔女は、世界から消えないといけない」
「本当の悪人はそんなことは言わないでしょ」
「それは過大評価だよ。悪の魔女が、せめてもの善行として、みんなを日本へ帰そうとしているってわけだ」
そこまで言うと、モリ君とエリちゃんが椅子に座り直した。
「ラビさんは、こういう人です」
「オウカちゃんのことは、もっと早く言ってくれたら良かったのに」
「なんでそこで責めないんだよ」
「そんな表情をしている相手に責めるのは無理ですよ」
モリ君が俺の顔を指差した。
ずっと真剣に罪の告白をしていたつもりなのだが、変な顔をしていたのだろうか?
人が一大決心で語ったというのに、みんなの反応が薄すぎる。
「だいたい動機はこの世界から消えたいとかそんなのじゃないでしょ」
「この世界から消えるべきだと考えているのは本当だよ。俺の能力は異質すぎる」
モリ君にそう返す。
俺の能力は超越者Bが噛んでいると予想される。
超越者Bは運営よりはマシだとしても、人類の味方だとは到底思えないので、その目論見を潰すためにも早々に消えた方がいいだろう。
そんなことを考えていると、突然にエヴァニアが俺の両頬を摘まんで引っ張った。
「なんだこのちびっこは」
「やめて……やめてくらさい」
やめろと言っているのに、エヴァニアはやめる気がないようだ。
「ダメだ。俺たちも参加する」
「私も参加する」
続いてモリ君とエリちゃんも俺の頬を引っ張る作業に参加してきた。
3人に無理矢理頬を引っ張られる。
なんだこの集団リンチは。
「アディちゃん、これからどうする?」
「みんなの考えは分かったよ。私たちとは相容れないってことは」
アデレイドはそう言って席を立った。
エヴァニアは俺の頬から手を放して同じように立ち上がる。ジュウベイも続く。
「残念だけど、私たちの考えは変わらないよ。日本に帰るつもりはない。この世界で新しい人生を生きていきたいと思う」
「あたしも同じく。文句を言える親がいないのに、戻ったって仕方ないでしょ」
「ああ。僕らは今度こそ新しく自分たちの力で人生をやり直すんだ。誰かに押し付けられた不本意な人生じゃなくて」
「待ってください。旅の経験もなしに――」
「――新しい人生って言ったよね。だから、1から学んでいきたいんだよ。だから、そこは頼りたくない」
アデレイドが急によく分からない話を始めた。
そのまま立ち去ろうとしたアデレイドの手を、すかさず取った
日本に帰りたくないというのは分かっても、別に縁を切るなどと言った覚えはない。
「何なの! あなたと私たちの行く道は違うって話でしょ」
「俺たちとアデレイドたちは、ただ進む道が分かれただけだ」
「それは決裂じゃないの?」
「いや、違うだろう。何かのきっかけがあって再会すれば、飯でも食えばいいし、別に友人関係が壊れるわけじゃない」
友人というと突然に3人の表情が曇った。
いちいち何が不満なのか。
「みんなで同じ釜の飯を食った時点で仲間だし友達だ」
「友達ってそんな簡単なものでいいの?」
「難しく考えすぎなんだよ。友人関係なんて何年か経った頃に、ふと『あんなやつもいたな』と思い出すくらいの薄い関係でいいんだよ」
さすがに壺とか石鹸を売られたり、よく分からん連帯保証人にされるのはお断りだ。
だけど、愚痴を聞くくらいならばいくらでも付き合おうと思う。
それが人の縁というものだ。
「偶然でも繋がったなら、俺はその縁を大切にしていきたいと思う」
「私たちはそこまでは思ってないけど」
「ならそれでいいじゃないか。俺はみんなを友人だと思っているけど」
「勝手すぎない?」
「勝手で結構。それに、この世界であてもコネもなく旅をするのは無謀だぞ。話くらいは聞いてもらいたい」
俺はポケットの中から短い鉛筆を取り出した。
この世界に召喚された時から初期装備として持っているもはや相棒だ。ただ、書くための紙がない
「その手配書の裏に書いていいですか?」
アデレイドは「何を図々しい」という顔をしながら、俺たちの手配書を渡してくれた。
その裏を再利用するのは正直嫌ではあるが、他に適当な紙がないので仕方ない。
「南北アメリカの地理は分かる?」
「ごめん、あんまり」
だと思った。
そんな状況で出ていくのはさすがに無謀すぎるだろう。
手配書の裏に簡単ではあるが地図を書いていく。
なるべく分かり易く。
それでいて町や川や砂漠などの位置と距離関係は可能な限り正確に。
「今はメキシコ北部、チワワ州あたり……だと思う」
「曖昧過ぎない?」
「でも、ないよりはマシだろう。そういう世界なんだよ、ここは」
旅をするにはまず情報だ。
水と食料を確保できないと、その時点で詰んでしまう。
「東に行くとテロスという石材が主産業の町がある。その先……メキシコ湾沿いにはフォルテたちの情報だがフラニスという港町がある」
「なるほど」
「テロスから南に下ると廃墟があって、更に下るとマサトランというやはり大きな港町がある」
次々に簡易的な地図に主要な町と距離を書き込んでいく。
「マサトランからは船でアカプルコ、ホンジュラス、パナマを経由してペルーまで行く船が通っている」
「ペルーに何があるの?」
「そこには50年前に召喚された日本人が作った国、タウンティン・スウユ……インカ帝国がある」
「50年前にも誰か喚ばれていた?」
「ああ。このタウンティンには日本人が喚ばれまくった影響で、ある程度科学が発展していて蒸気機関や電気がある。現代人が住みやすいのは圧倒的にここだと思う」
電気という言葉に3人が露骨に反応を示した。
元日本人ならば、電気が使えるのは魅力だろう。
「行くあてがないなら度会州知事を訪ねていくといい。50年前にこの世界へ召喚された元日本人だけあって、日本人には良くしてくれる。ただしすごくツンデレで表に好意を出さないので、一見するとただの愛想のない婆さんでしかない」
「良い人なのか悪い人なのかハッキリして」
「基本的に善人だけど性格は良くないな。偏屈な婆さんだ」
あの豪快な婆さんの顔が脳裏に浮かんできた。
何かと嫌味を言われるだろうが、日本人が頼っていく分には歓迎してくれるだろう。
「ホンジュラスまで行けば、ペルー本国まで無線が通じる。そこで連絡を取ることができれば、旅費がなくても日本人のよしみでタダで船に乗せてもらえる……と思う」
「偏屈婆さんがそんなに良くしてくれるの?」
「愚痴は聞かされるだろうけどな。それに、ホンジュラスは探掘家だらけの町だ。みんな古代遺跡を見付けて潜って宝を持ち帰って生計をたててる」
「遺跡に潜るの? それはそれで楽しそう」
先程までこちらに対して愛想をつかしたような顔のエヴァニアが急に身を乗り出してきた。
「ただし船に乗る時は注意することがある。これを守らないと地獄を見るぞ」
俺が深刻な顔を始めると、3人が息を飲んだ。
「何があるの?」
「食事としてカッピカピに乾いた無味のジャガイモで作られたピザが出て来る。飯というよりエサみたいな感じで顎が鍛えられる以外の感想が湧いてこない」
「地獄かな?」
だから最初に言っただろう。地獄だと。
「なので船へ長期間乗るなら、絶対に
「マヨはどこかで買える?」
「この世界にマヨなどない。チリソースを買えチリ。果物のジャムでもいいぞ」
俺が真剣な顔で語ると3人は笑い始めた。
せっかく重要な話をしているというのに笑うとは何事だ。
「日本にもあなたみたいな友達がいればもっと楽しかっただろうに」
「だから言ったじゃないか。もうとっくに友達だって。地球で何があったのかは知らないけど、この世界では今度こそ人の縁は大切にして欲しい」
「そんなに人の縁が大切ならこの世界に残ってほしかった。あなたたちと一緒に旅をしたかった」
「会話がループしてるんですけど」
まあ、これで一区切りだ。
俺たちは日本へ帰る。アデレイドたちはこの世界に残る。
それで良いじゃないか。
旅立ちと……別れの日は近い。