ついに出発の日がやってきた。
これでアデレイドやフォルテたちとは別れることになる。
「とりあえず、私たちはフラニス? とにかく最寄りの港町まで、フォルテたちの馬車に便乗させてもらうことにしたよ」
「旅に慣れる意味でもそれはいいかもしれませんね」
アデレイドが選んだ最初の道は、フォルテたちに頼ることだった。
自分たちだけで歩き始めるよりも、顔見知りであり、経験豊富なフォルテたちに頼るという選択肢は悪くないと思う。
「人の縁が大事って話だし、早速実践するようにしたよ」
「うん……まあ、それはそれでいいんだけど」
「というわけで、しばらくよろしく、お兄さん!」
そう言うとエヴァニアはフォルテの腕に抱きついた。
同時にスーリアの目がスッと細くなる。コワイ!
「モテモテじゃないか。良かったなフォルテ」
モリ君がニヤニヤしながらフォルテに嫌味を飛ばす。
「いや違うんだ。本当に」
「エヴァニアさん、あまり迷惑をかけてはダメですよ」
一応は忠告しておくことにする。
このエヴァニアという娘はいろいろと子供っぽいところがある。
フォルテたちに迷惑をかけそうなところだけは気になる。
「お姉さんも、もう素は分かっているんだから丁寧語はやめようよ」
「そうは言っても礼儀というものが……」
確かにその通りだ。
もうそんなかしこまる関係でもないだろう。
エヴァニアに近づいてカラテ・チョップを叩き込む。
「はいはい、からかわない。フォルテさんにはスーリアさんという彼女がいるんだから」
「ちょ、ラヴィ違う!」
スーリアが両手を振り回しながら俺のところへやってきた。
「違うならあたしがもらってもOKってこと」
「それもダメ!」
「ほら、バカはやらない。私らは乗せてもらうお客様の立場なんだから」
アデレイドが俺と同じようにエヴァニアへチョップを入れた。
「そういうことでエヴァの面倒は私が見ておくから安心して」
「今度はアディまで?」
「そんなに相手したいなら、そこで背景になってるジュウベイ君の相手をしてあげたら?」
アデレイドはそう言って3人分の荷物を持たされているジュウベイを指差した。
相変わらず無言で、自分を表に出そうとはしていない。
「僕はこうやって陰ながら力になれることが嬉しいから」
「まあ、ジュウベイ君はよくやってくれてますよ」
エヴァニアは全く感情がこもっていないセリフを吐きながらジュウベイの持っている荷物の1つを取り上げた。
「うちも女性が増えて華やかになりますね」
「うるさいのは勘弁だけどな」
レフティとマルスがそのバカ騒ぎを少し離れた場所から見ていた。
だけど、その表情は嫌がっているような雰囲気はない。
アデレイドたち3人を好意的に受け入れてくれているようだ。
「もう買い忘れや町でやり残したことはないな。じゃあそろそろ出るか」
フォルテが仲間に確認を取る。
マルスやスーリア、レフティに加えて、自然にアデレイドたちが挙手している。
「ラビさん、うちも買い忘れとかやり残しはないですよね」
「そうだな。ボクラグもあれから町に出てきていないし、決着ということで良いだろう」
ボクラグの襲撃は今のところ止まっている。
ボクラグが本当に南の湖に移住するのかは分からない。
俺たちが短期間でできることは一通りやったつもりなので、通りすがりの旅人としてはまあ満足のいく成果は出せた。
ここから先は、この町の人たちが解決していくことだ。
「ラヴィ、私も使い魔を使えるように頑張りたいけどコツとかある?」
スーリアが、これが最後とばかりに質問してきた。
「ええと……」
あまり技術的な話をされても困る。
俺たちのスキルは何も考えずに雰囲気で使えるものだ。
技術ではない上に、パワーソースも原理も不明。
なぜこんな能力が使えるのかすら分かっていない。
しかし「分かりません」の一言で流すのも頼ってきてくれているスーリアに申し訳ない。
技術と使う際の心構え、注意事項くらいは話すべきだろう。
「視界の共有は慣れるまで頭の中にどんどん情報が流れてきて大変なので、少しずつ慣らすところからスタートですね。直接自分の目で見ているというより、誰か人から見えた情報を教えてもらっているだけだと冷めた感じで見るとちょっと楽になります」
「ふむふむ、なるほどなるほど。確かに分かります」
「今の説明で分かるのか」
どうやら、スーリアは魔法使いの中でも割と天才タイプなのだろう。
こちらは似非魔法使いであり、ただのコスプレ魔女だ。
しかも魔法使いの中でも闇とか空虚とか死とか、そういう負の属性なので本当にすまない。
「できれば近くでラヴィさんの使い魔を見せてもらえませんか? 最後に魔術の構成を見たいです」
「魔術……ああ、魔術ね」
あまり魔術の技術的な話をされて細かく突っ込まれても困るので、1羽だけを使い魔モードで喚び出した。
「すごい、生成するための魔術式がなんだか分からなかった……近くで見てもいいですか?」
「どうぞ」
俺も「魔術式」などというものは知らない。
だが、スーリアは何かを掴み取ろうと、俺の喚び出した鳥を持ち上げたり転がしたり、羽を引っ張ったりして色々と調べている。
何か参考になればいいのだが。
「ありがとうございます。参考になりました」
「お役に立てたのなら光栄です」
「全然分からないけどやってみます」
馬車の部品が壊れた時と同じだ。
理屈はなんとなく理解できたとしても、どうやって再現すれば良いのかは分からないのだろう。
使い魔の話を一通り終えたところで会話が止まった。
さすがに十代女子と会話を弾ませるのは無理だぞと気まずい沈黙に耐えていると、スーリアの方が小声で口を開いた。
「ラヴィさんの付き合っている人って誰なの?」
予想外の変化球が飛んできた。
しまったコイバナだ!
この娘は闇属性の俺にダメージを与えるつもりなのだろうか?
「それは私も気になってた。誰なの? 白状しちゃって」
アデレイドまで参加してきた。
やめてくれよもう。
「いませんよ」
迂闊に嘘をつくと明らかに泥沼にハマることは確定なので、正直に答える。
「モーリスさんと仲が良さそうですけど」
「モリ君はただの仲間だし、そもそもモリ君が付き合っているのはエリちゃんですよ」
「なるほど……彼女が恋のライバルというわけですね」
どうしよう。
話が通じているようで全く通じていない……つらい。
「私の見立てだとカーターさんなんだけど」
ここでアデレイドがとんでもない爆弾を投げてきた。
「冗談でも止めてくれ」
「でも」
「やめて」
「はい」
素で返すとアデレイドが謝った。
「僕です」
なぜかレルム君が横から顔を出してきたのでカラテ・チョップを入れておく。
「レルムはこっち」
レルム君はドロシーちゃんに馬車の中へ連れられていった。
「まあ、うちはこんな感じで恋愛関係とかなくわちゃわちゃやってます。あっちみたいに」
モリ君の方を見ると、フォルテやマルスと一緒に何かくだらないことを言ったのか、やったのか。
エリちゃんに「何を馬鹿なことやってんの!」と一喝されている。
「年齢的に、愛だの恋だのよりも、同世代の仲間とつるんでワイワイやっている方が楽しいだけだと思いますよ」
「マルスはともかくフォルテは普段あんなのじゃないんですけど、バカみたいですね」
「男は何かを決意した時以外はいくつになってもバカみたいなんですよ」
「あちらのエリスさんもスタイルが良いし、やっぱり男はみんなそうなんですかね?」
「男が全員スタイルが良い方に惹かれるとは限りません」
ここはきっぱりと宣言しておく。
故事にもあるではないか。貧乳はステータスだ、希少価値だと。
「たとえば、真面目な優等生の皮を被ってるけど実は中身はダメ人間で、こいつは俺が守らないと死ぬだろとか、今はすっかりダメ人間だけど本当は心優しくて俺だけがそれを知ってるとか、そういう内面を見ていくとスタイルは別になんでも気にならなくなるというか」
「具体的すぎるんですけど、それは誰視点で誰の話なんですか?」
俺は何も考えずに勢いだけで言ったことについて後悔した後に、少し考えてから答えた。
「誰の話なんだろうね」
◆ ◆ ◆
「ラヴィさん、私たちもこの世界で頑張ってみるよ」
俺もアデレイドと最後に握手をする。
「
アデレイドと話せるのは、これが最後の機会だ。
きちんとした自己紹介くらいはしておきたい。
「えっ?」
「俺の本名だよ。ラヴィ(ハロウィン)とかいう運営に与えられたものじゃなく、本当の名前を知っておいてもらいたかった」
「
「ああ、覚えた」
これで本当にお別れだ。
彼女……アデレイドも市ヶ谷理乃という日本人とはここで別れることになるのだろう。
その覚悟の上での自己紹介。
彼女はこれから先、もう日本人ではなくなる。
この世界の住人となることを決めたのだから。
「あと……もしも日本に帰ることができたなら……」
アデレイドはここで一度言葉を切った。
「両親に伝えてほしい。私はここで生きていく。生き方は自分で決めると」
「分かりました。会えれば伝えておきます」
アデレイドたちはそれだけを残して、馬車へ乗り込んでいく。
「それじゃあフォルテ、元気で。これからも冒険を続けられるよう祈ってるよ」
「モーリスたちも元気で。旅の無事を祈っているよ」
フォルテたちは予定通りフラニスを目指すらしい。
推定だとメキシコ湾まで約500キロほど。
ただし街道が整備されているという話だし、馬車があれば、さほど苦労せずにたどり着けるだろう。
フォルテやアデレイドたちがその先どうするのかは分からない。
フラニスで冒険者を続けるのか?
はたまた南米のタウンティンまで旅を続けるのか?
彼らに不幸がないこと、幸福であることだけは祈りたい。
「まあ、同じ世界にいるんだから、また縁があれば会えるさ」
「……ああ、同じ世界にいれば会えるだろう。その時はまたよろしく」
最後にモリ君とフォルテが握手を交わした。
確かに同じ世界にいればまた会えるかもしれない。
俺たちがずっと同じ世界にいればの話ではあるが。
「そうそう、よろしければこちらをどうぞ」
俺はフォルテに布袋を渡した。
「これは?」
「クッキーです。200枚くらい入っています。常温で放置しても腐りはしないので非常食やおやつなどにどうぞ」
暇な時間を利用してコツコツ作り溜めていたクッキーだ。
砂糖とバターが入っているだけあって、カロリーは高いので非常食として役に立ってくれるだろう。
「ああ、ありがたくいただくよ」
俺たちも馬車へ乗る。
「じゃあみんなお元気で!」
別れる時は笑顔だ。
「ではモリ君、御者席へどうぞ」
「はい。では。馬の人、動いてくれますか?」
モリ君の不思議な呼びかけを受けた2頭の馬たち、仮名馬太郎と馬次郎がいなないた。
ゆっくりと馬車が前に進み始める。
うちの馬たちは頭が良くていろいろと助かる。
色々とおかしなところもあるが、それは俺たちも同じだ。うちのスタイルはこれで良いだろう。
馬の人には苦労をかけるが、俺たちが日本へ戻るまで、もう少しだけ頑張ってもらいたい。
フォルテたちの馬車は東側の街道へ。
俺たちの馬車は西へと進み始める。
振り返ることはしない。
お互いの道は交わらない。
納得して選択した結果だ。これでいい。
強い日差しを受けながら、まっすぐ地平線の彼方を目指す。
ドロシーちゃんが出してくれた冷たい水で、馬車を引く2頭の馬の体を適度に冷やして、いたわることも忘れない。
今は湖の近くなので気候は安定しているが、砂漠地帯に入ると、馬への負担は過酷なものになるはずだ。
人にも優しく、馬にも優しくの精神で行きたい。
「方向は合っているんですか?」
「ここから先、目指すルートはひたすら太陽の沈む方向だよ。GO TO THE WEST!」
「西遊記ですか?」
「アメリカなんだから西に向かっても天竺はないだろ。夕陽へ向かって走れとかそっち方面だ」
馬車での移動も初日は慣れるまで速度は上げられないとして30キロを目標にしている。
そのうち1日50キロほど移動できればと考えている。
サンディエゴまでのゴールが見えてきた。
「とりあえずメキシコを抜けてアメリカとの国境を目指したい」
「アメリカに入ったら何かあるんですか?」
「ないよ。アメリカって国自体がまだないんだから。単に気分の問題」
タウンティン……ペルーを出発してようやくここまで来た。
1つだけ気がかりなのは「ウィンキー」と「西の悪い魔女」というオズの魔法使いとの一致だ。
これだけは気のせいで流していい話ではない。
アデレイドたち第1チームが嘘の手配書を持たされ、俺たちのところへ転移してきた。
これは偶然で片付けられる話ではない。
第16チームの方も、何かしらの役目を与えられて俺たちのところへ送られてきている。
もしも第16チームの3人が俺たちの敵に回ったとして、本当に俺は撃てるのか?
モリ君とエリちゃんには無理だ。
もしもの時は俺が独断でやるしかない。
だが、アデレイドたちとは打ち解けられたのだ。
ドロシーちゃんたちも運営から解放して、その時初めて本当の俺たちの仲間になってくれると信じている。