収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 2 「砂漠の村」

 トランプの壁の近くで出会った男たちが住む集落は、壁からすぐのところにあった。

 鳥の使い魔の射程距離が最大2キロなので、そこから概算で数字を出すなら8キロといったところか。

 

 集落は岩山にある、巨大な岩窟の中にあった。

 

 岩山の側面が深くえぐれ、巨大な岩棚が屋根のようにせり出している。

 その岩陰に、赤茶けたレンガと石を積み上げて作られた建物がいくつも並んでいた。

 

 斜面を利用して高く積まれた建物には、蜂の巣のように窓と出入り口が開いている。

 現代のマンションにも通じるものがあり、少しだけ面白い。

 

 巨大な岩棚の下へ入ると、焼けた砂の熱気が急に薄れた。

 

 住居が並ぶ奥側までは直射日光が届かず、空気はひんやりとしていた。

 今までうだるような暑さに気合だけで耐えていたのだが、洞窟の中はかなり息がしやすい。

 

 少し湿っぽい、雨上がりのような臭いがするも、それでも久々に気持ちのいい空気を吸い込んだ。

 

 一方、岩棚の外側には空へ開けた空間があり、広場や畑などはそちらへ集められている。

 

 意外なことだが集落の中には水路が通っているようだった。

 

 とは言ってもサルナスのような船も通れるような立派な水路ではない。

 道路の側溝程度の狭い溝がわずかに掘られているだけだ。

 

 だが、そこには音を立てて水が流れており、生活用水として使っていることは一目で分かる。

 

 周辺の温度が低いのは、日陰になるだけではなく、水路を流れる水があることも、関係ありそうだ。

 

 水路の周辺には畑のようなものがあり、地面からは丸い葉っぱがいくつも生えていた。

 この葉っぱの生え方は芋系の植物だろう。

 

 水路の水を使って栽培しているようだ。

 

「水。ここに頼む」

 

 男たちに先導されて進んだ先には、小さいため池があった。

 岩を掘って素焼きのレンガで囲った、だいたい10メートル四方の人工池だ。

 

 水路から流れ込んだ水は、このため池に溜め込まれるようだ。

 だが、その水量は少なく、砂が混じり合って茶色く濁っている。

 

 今の水量はピーク時の3分の1くらいだろうか?

 雨量などの関係で水路から流れ込む水が減ると、消費が供給を上回り、どんどん水位が減っていくのだろう。

 

 満タン状態が水深1メートルと仮定すると、総容量は雑計算で、ざっと10万リットル。

 残り3分の2を埋めるためには6万リットル。

 

 うん、無理だ。

 適度なところで折り合いをつけないといけない。

 

「水。あると助かる」

 

 男たちの日本語の会話能力は、単語を数個話せるだけのようだ。

 それでも、コミュニケーションが取れるのは助かる。

 

「どのくらい溜めればいい? 満タン。私たちでは無理」

 

 こちらも身振り手振りで尋ねることにする。

 会話は相手にも聞き取りやすいように、なるべくシンプルに。

 

「明日飲めるくらい。多いほど嬉しい。川。行かなくて済む」

「川があるんですか?」

「2日歩く。川も町もある」

 

 町というのは、おそらくウィンキーの勢力圏にあるのだろう。

 

「町の名前を教えていただいても?」

「ノガレス」

 

 突然に謎の言葉が出てきたが、流れからすると固有名詞……おそらく町の名前だ。

 

 恒例になってきたが脳内で地球儀を引っ張り出す。

 

 地球だとメキシコのソノラ州とアメリカのアリゾナ州の間にそんな感じの名前の町があった。

 

 サルナスがあった湿地帯を抜けて、ソノラ砂漠に入って数日。

 アメリカ国境が見えたところで、西へ。

 位置関係は地球にある町と合っている。

 

 サンディエゴまではまだ遠いが、カリフォルニア湾はかなり近くなったはずだ。

 

 海が見える場所まで着けば、気温も安定してもっと楽に進めるようになるだろう。

 

「ラビさん、ここがどこか分かりましたか?」

「だいたいは。詳しくは後で話すけど、迷子になってないことだけは分かった」

 

 それはともかくとして、まずはため池に水を溜めるという依頼をこなさないといけない。

 

「ドロシーちゃんは大変だろうけど、頑張ってもらおう。俺も頑張る」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「出てこい水!」

 

 ドロシーちゃんの合成スキルが発動すると、轟音と共に超高圧で水流が噴射された。

 

 水量はおそらく2000リットルほどだと予想される。

 

 風呂に使う水の量は200から300リットルらしいので、俺たち7人の旅で使用する飲料、生活用水としては十二分すぎる量である。

 

 何もない空間からこれだけの水を出すとはやはり天才か?

 

 俺たちの仲間の中でも彼女は最も質量保存の法則を軽々と踏み越えている存在と言える。

 

 これを攻撃に使用すると超水圧で大きな屋敷の柱を吹き飛ばして倒壊させるほどの破壊力はある。

 

 だが、それだけの水量を出しているとはいえ、広いため池を満たすとなると先は遠い。

 

 合成スキル5回で約1万リットル。

 

 スキルの再使用間隔は3分ではあるが、ドロシーちゃんのコンディションなども考慮して、スキル使用後には5分の休憩を考えている。

 きりのいいところで10分に1度だ。

 

 なので、1時間に最大で6回。

 

 6万リットルを満たすには、5時間スキルを出し続けることになる。

 

 しかも、水が少し溜まるごとに、村の女性たちが、白地に黒の幾何学模様が描かれた素焼きの瓶で汲み上げていく。

 

 そのためにため池の水が埋まるのはさらに遅くなる。

 

 さすがにドロシーちゃんの体力が持たないし、3時間程度で止めたいところだ。

 6割くらい埋めれば、さすがに文句も言わないだろう。

 

「俺も頑張るからドロシーちゃんも頑張れ」

「あと、どれくらい出せばいいの?」

「あと17回かな」

「えーっ」

 

 気持ちは分かる。

 いくらMP的なものの消費はないと言っても、疲れるものは疲れるのだ。

 

 なので、俺もクッキーを量産することにした。

 

 クッキーを村人への手土産にするためだが、実のところもう一つ理由がある。

 

 俺が黙々と仕事に打ち込んでいると、横で見ているドロシーちゃんがなぜか張り合ってくるのだ。

 そのおかげで彼女の士気が上がる。

 

 小学生にライバル視されていいのか?

 という疑問もあるが、そこは気にしたら負けだ。

 

 それぞれの戦場は違えど、今日も俺たちは平和のために働いている。たぶん。

 

 ドロシーちゃんが水を出し続けている間に、俺も淡々とクッキーの量産を始める。

 さすがに慣れたものだ。

 休憩なしでも1時間に30枚以上出せる。

 

「師匠、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫。長時間クッキーを出し続けるのは経験済みだ」

 

 村人は約60人ということだったので、1人あたり2枚の120枚を目安にスキルを使用している。

 

 レルム君が心配してくれているが、3桁だと以前に船の旅で鍛えられた経験があるだけに、むしろ余裕に思えてくる。

 

「長くて4時間……余裕だな」

「余裕じゃないです。4時間は長いですよ。どうしましょう? 何か僕に手伝えることはないですか? 肩でも揉みましょうか?」

「俺は大丈夫だよ。慣れてるから。それよりもドロシーちゃんのサポートをやってあげなさい」

 

 それを言うや否や、ドロシーちゃんは小走りで駆けて寄ってきて俺に鋭いローキックを入れてきた。

 恒例行事だし、あまりに繰り返されすぎてただ猫が絡んできているだけにしか思えないので、軽くいなす。

 

「そんなの頼んでない!」

「はいはい。でもレルム君に手伝ってほしいんだよね」

「でも、僕は何を手伝えば……」

「あんたは、頼まれたんだから、うちを手伝いなさい」

 

 そう言うと、ドロシーちゃんから再攻撃がやってくる。

 そして、並べていたクッキーの山から2枚を無造作に掴み、レルム君を連行していった。

 

 電気系スキルのレルム君を連れて行ったところで、何ができるわけでもないだろうが、気になる男子は独占したいのだろう。

 

 俺にいちいち張り合おうとするあたり、微笑ましいというか怖いというか。

 

「本当に子供……というか女子は分からん」

 

 誰に向かって言ったわけでもない独り言だったが、その言葉に反応したカーターが近寄ってきた。

 

「お前のそういうところはまだ男子が残っていて安心するぞ。女心とか全然分からんだろ」

「こう見えても童貞だからな。女子の気持ちは全然分からん」

「処女な」

「処女言うな」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 仕事が一段落したところ、村人たちが俺たちを村の中央広場へと案内してくれた。

 

 彼らの会話は基本的に現地語だ。

 

 俺たちに対しては、日本語の単語2つくらいで話しかけてくるのみだ。

 細部までは分からないが、笑顔と身振りで十分伝わる。歓迎されている。

 

 どうやら、俺たちのために食事会を開催していただけるようだ。

 

 メキシコに近いこのあたりの食文化は南米とほぼ変わらないようだ。

 

 トウモロコシ粉を練った生地を焼いたトルティーヤ。

 豆を炊いたスープ。

 メキシコ南部から過剰なまでの唐辛子が消えただけで、ラインナップはほぼ同じだ。

 

 ただ、今回は今までなかったメインディッシュがある。

 

 バイソンの肉だ。

 

 聞けば、バイソンの肉は普段の食事には出ない。

 物々交換で使うか、祭りの時にごちそうとしてしか食べない貴重品らしい。

 

 それを俺たちに分けてくださるとは本当にありがたい話だ。

 

 調理法はシンプル極まりない。

 赤身をざくざく切り、岩塩らしき塩を振り、焚き火の火で熱せられた平たい石の上で豪快に焼くだけ。

 

 それをトルティーヤで包んで食べる。

 

 味付けはワイルド、火加減もワイルド。

 人種は現在のアメリカとは異なるものの、こういうところはしっかりアメリカンだ。

 

 トウモロコシ粉の生地と肉が焦げる匂いが食欲をそそる。

 

 食べてみた結果は……最初に「固い」が来る。

 

 無理もない。

 品種改良された肉牛ではなく、野生の牛っぽい別の生き物だ。

 

 しかも、それを筋繊維の方向など意識しないで適当に切って、下処理などなしに若干火力が強すぎる焚き火でこんがりと焼いているのだ。

 必然的に顎が鍛えられる肉にもなろう。

 

 だが、それでも数か月ぶりの牛肉だ。

 やはり鳥や魚とは旨味が違う。

 

 噛むほどに肉の旨味が溢れてきて、久々に「肉」を食べたという気になる。

 

 これが本物のアメリカンビーフだ。

 

 固い。だけど旨い。

 七難を隠す味わいだ。

 

「かたーい」

「はいはい、食べやすいように小さく切ってあげるね」

 

 そんな肉も、幼いドロシーちゃんには固すぎるのか。なかなか食べられないようだった。

 見かねたエリちゃんがナイフで噛み切りやすいサイズに細かく刻んで食べさせていた。

 

 レルム君はそれを見て、何故かドヤ顔で固い肉にかぶりついていた。

 

 一人で固い肉を食べられる自分の方がドロシーちゃんより上と主張したいのだろう。

 しかし現実は非情である。全然噛めずに口をモゴモゴとさせている。

 

 助けに入ろうかと思ったところ、涙目で手助け無用と訴えてきた。

 そこまで言うならば、ここは男の子の意地を見せてもらいたい。

 あえて見守ることにした。

 

「このたびは、ありがとうございました」

 

 村人は基本的に片言の日本語しか話せないようだったが、突然に流暢な言葉を話す若者が俺たちに声をかけてきた。

 

「リーダー、お願いします」

「ラビさん、お願いします」

 

 モリ君に任せようと話を振ったものの、何故か秒で返ってきた。

 仕方ないので、代わりに話をすることにする。

 

「ラヴィと申します。よろしくお願いします」

「ナイックです。よろしくお願いします」

 

 握手のために手を出すと、ナイックの手が止まった。

 少し間をおいてから俺の手を取り、握手をする。

 

「なるほど、握手……ウィンキーの方と同じ風習ですね。もしや南の方から来られましたか?」

「はい、タウンティンという国からです」

 

 ここで嘘をついても仕方ないので正直に話す。

 すると、ナイックさんが何かを思い出すような仕草をした。

 

「タウンティンというところから、近いうちに誰かが来るとは聞いておりましたが」

「その話は誰から?」

「西の魔女です」

 

 妙な話だ。

 もしかしたら、度会(わたらい)州知事から無線か何かで連絡が入ったのかもしれない。

 

 それでも、俺たちがこの砂漠ルートを通るかどうかは州知事は知らないはずだ。

 

 当初の予定では、マサトランからカリフォルニア湾を海沿いに北上する予定だったのを、ワイバーン騒ぎで急にルート変更をしたからだ。

 

「保険で近くの集落に手当たり次第に声をかけたのか、俺たちが砂漠ルートを通ることを読んでいたのか」

「それとも、今も見ているか……だ」

 

 カーターが意味深に洞窟の天井部を見上げた。

 サンディエゴがあるはずの西方向だ。

 

「何か分かるのか?」

「いや、全然。だけど、何かしらの方法で見ているか、レーダー的なもので検知しているかもしれない」

「見ているなら、何かコンタクトしてほしいところだけど」

「全くその通りだ。いっそ向こうからワープで来てくれるか、オレたちをワープさせてくれりゃいいのに」

 

 カーターの愚痴ももっともではある。

 なにせ、俺たちは州知事の紹介があるとはいえ、あくまでも突然押しかけた迷惑客である。

 

 そこまでの好待遇を期待できない。

 

「ところで、貴方は会話が流暢ですね。どこかで覚えられたのですか?」

「はい。ノガレスの町の方と交渉するために覚えました。私の他にも3人ほどがこうやって町と往来して取引をしています」

「ということは、実際に西の魔女と会われたことも?」

「たまにノガレスの町にも来るので会っています。私たちが狩猟で狩った肉や、採掘した宝石などを日用品などと交換していただいております」

 

 それは渡りに船だ。

 

 度会知事から紹介状はもらっているが、もしも、ノガレスの町で会うことができれば、わざわざサンディエゴまで行かなくて済む。

 

 村に立ち寄って正解だったと言える。

 

「私たちも西の魔女に会うため、ここまでやってきました。もしナイックさんのお手間でなければ、ノガレスの町まで案内していただけると助かります」

「明後日には宝石などを町へ運ぶ予定でしたので、1日待っていただけるのであれば」

「ということだけど、いいかな?」

 

 念のためにモリ君に確認する。

 

「村の方のご迷惑にならないのであれば」

「迷惑なんてとんでもない。大量の水を提供いただき助かりました。しばらくは遠くの水場まで水汲みへ行かずに済みます」

 

 役に立ったのならば良かった。

 

 水場が他にあるのならば、そこまで致命的ではないだろうが、水はあるに越したことはないだろう。

 

 せっかくなので、あのトランプの壁のことも確認しておくか。

 

「ところで、村の近くにあった、あの壁のことですけど、あれはいつ頃に何の目的で作られたのかご存知でしょうか?」

「あれですか? 西の魔女が造った壁です」

 

 ナイックさんは、さも当然とばかりに答えた。

 

「3年ほど前でしょうか? あの壁の向こうで大きな爆発が起きるから、影響がないようにと一晩のうちに造られました」

「一晩で?」

「はい。恐ろしい魔術だと思います」

 

 単純に「恐ろしい」の一言で片づけていいものではない。

 

 一体何をどうやれば、延々と国境線沿いに続く、巨大な石の壁を一晩で造ることができるのか?

 

 ただのスキルではない。

 

 今まで旧支配者なる敵と何度か戦ってきたが、そこまでの力を持つ相手はいなかった。

 もはや魔女ではなく、神とか、そういうものの域に足を突っ込んでいる。

 

 超越者……そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 

「まさか……超越者Bなのか?」

 

 カーターの顔を見るが、どうも違うようだ。

 自分の雇い主ではなく、魔女を未知の情報として受け止め、無言で分析しているのが一目で分かる。

 

「そんな恐ろしい力を持っていても魔女は味方だと?」

「食料や布、鉄でできた道具。病気や怪我に効く薬。それに文字と言葉。西の魔女からは何十年も様々な物を提供していただきました。そんな立派な方が悪人のわけがありません」

 

 確かに中世の町に近世の物資がほぼ無償で与えられたならば、当然感謝や信頼もされるだろう。

 

 おまけに嘘か本当かは不明だが、村を何かから護るために壁まで作り上げている。

 

「壁ができたのは3年前なんですね」

「そうです。その時期から、知らない町や得体の知れない化け物が出現するようになって困っていました。それが壁ができてからピタリと……果たしてあの壁の向こう側はどうなっているのやら」

 

 他の町が出現したのも3年前だ。

 

 やはり魔女や、謎の爆発と何か関係があるのだろうか?

 

 場合によっては、その西の魔女を支援することになるかもしれない。

 

 他の村人にも話を聞いたが、全員がナイックさんと同じように、西の魔女を賞賛していた。

 

 一体西の魔女とはどのような人物なのだろうか?

 

 それも、ノガレスの町に着けば分かる。

 

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