砂漠の村を発ってから2日。
いつの間にか厳しい砂漠の暑さは少し和らいでいた。
背は低いものの、常緑樹の木々が立ち並び、街道の横には川も流れている。
近くには山がいくつもあるので、そこが水源になっているようだ。
その川の水のおかげで、周辺の温度は少しだけ下がっているのだろう。
「この川沿いの道を歩けばすぐに着きます」
ナイックさんを先頭に集落の男たちは野菜や鉱物などを満載した荷車を引いていた。
これらをノガレスの町に持って行って、様々な品と交換するようだ。
せっかくなのでモリ君やタルタロスさんにも荷車を引くのを手伝ってもらっている。
その後ろをゆっくりと馬車で進む。
当然、移動速度は荷車に合わせることになるが、こればかりは仕方がない。
「その生き物は便利ですね。車を引いてこんなに歩けるなんて」
ナイックさんは馬車を引いている馬たちを見ながら言った。
あまり普段から馬を見慣れているという雰囲気ではない。
「馬はこの地域にはいないんですか?」
「いませんね。たまに旅人が連れているのを見かけたことはありますが」
モリ君の問いかけにナイックさんはさも当然のように答えた。
「アメリカは野生の馬だらけというイメージなんだけど」
モリ君が首を傾げた。
「馬は入植した欧州人が持ち込んだものだからな。元々アジアの生き物なので、中世のアメリカ大陸にはいなかったんだよ」
モリ君に知っていた知識を簡単に説明した。
「この世界だと馬はみんな異世界産になるのかな? そのおかげか、野生化している馬はほとんどいないみたいだけど」
「馬の代わりの生き物はいるみたいだけどね」
エリちゃんが道のはるか先を指差すと、土煙をあげながら何かの群れが走っているのが見えた。
近づいてきて、ようやくその正体が分かった。
二足歩行する鳥っぽい恐竜だ。
タウンティンにいたのは羽毛を持たない、いかにもトカゲらしいラプトルだった。
それに対して、このアメリカの恐竜はあちこちにカラフルな羽毛が生えている。
長い足と首も相まって、巨大なニワトリやダチョウのようにも見える。
「あれは襲ってこないのかの?」
タルタロスさんは、恐竜を初めて見るからなのか、かなり警戒をしているようだ。
刺激すると逆効果なのが分かるのか、身構えるなどの過剰な反応は示していないのはさすがだ。
「レアトピツィは見た目と違って臆病な生き物なので、人間相手には襲ってきませんよ」
恐竜たちは俺たちの方をチラリと見るも、それ以上興味を持つことはなかったのか、近くを素通りして、東の方へ走り去っていった。
レアトピツィというのは、恐竜の呼び名のことだろう。
「なんかすごい。恐竜すごい」
「すごい」
対して、子供たちは初めて見る恐竜にも臆することなく興味津々な態度で観察をしていた。
「あの恐竜って集落の方へ向かっていませんか?」
「いえ、川の近くを離れないので、集落の方には来ません。私たちがこの川の近くに住まない理由でもあります」
「岩山に住んでおられるのは、野生動物を避けるためですか?」
「雨季には川が氾濫するのも理由です。なので、昔は川の近くに人は住んでいなかったのですが……」
「ノガレスの町ができたのは、やはり3年前ですか」
「2年くらいじゃないですかね。壁ができてから少しだった頃でしょうか? 突然何もなかった場所に町ができたんです」
やはりそういうことだ。
ノガレスの町も異世界からやってきた可能性が高い。
そう考えていた時に、重要な事実に気づいた。
ナイックさんの言い間違えならばいいのだが、詳細は確認しておかないと安心できない。
「町ができたのは壁が造られた後なんですか?」
順序がおかしい。
ナイックさんの話だと、アメリカとメキシコの国境近くに造られたトランプの壁は、何かの爆発から集落を防ぐためだったはずだ。
この世界では、3年前に何か大きな異変が起こったことは間違いがない。
だけど、ノガレスの町ができたのは壁が造られてからしばらく経った後の2年前だという。
計算が合わない。
「どこかから住民が集まってきた……とかですかね?」
「魔女は北の町から避難させた住民を住まわせるために用意したとおっしゃっていました」
「えっ? 魔女が町を作ったと?」
「はい。魔女が造った町だからなのか、そのおかげか、少し変わった町ですよ」
「断片……もしかして、統一感のない建物が並んでいる町だったりしますか?」
「私たちは他の町を知らないので何とも言えませんが、逆ですね。全部同じ形の建物が並んでいます」
最初はタラリオンのように、世界各所、しかも年代がバラバラの建物が無秩序に並ぶ町を連想していた。
だが、どうやら違うようだ。
全く新しいパターンが現れたことになる。
「ラビさん、どう思います?」
「もうすぐ町に着くんだ。実際の町を見てから考えよう」
そんな話をしていると、いつの間にか、馬車から伝わってくる振動が妙に少なくなった。
前を進む荷車もブレが減り、負荷が減ったのか、速度も上がっている。
何が変わったのか確認するためにしゃがみ込んで路面の状態を見た。
砂漠の砂が上からかぶさって分かりにくいが、どうやら街道はセメントのような素材で舗装されているようだった。
一部剥がれたであろう舗装の欠片があったので摘まんで拾い上げた。
「突然どうしたんですか?」
モリ君が聞いてきたが、ここは俺のにわか知識よりも専門家に話をしてもらった方がいいだろう。
「カーター、ちょっと来てくれ」
「なんだよ、何かあったのか?」
カーターに、舗装から剥がれた欠片を渡して説明をしてもらうことにする。
欠片を受け取ったカーターは首を傾げた後に顔に近づけ、片目で透かすように見た。
「何がおかしいのか解説を頼む」
「複合素材のアスファルト舗装だな。現代日本でも存在しているので謎のSF技術ってわけじゃないが、熱を溜め込みにくいのでヒートアイランド対策として使われている。高いのだけが欠点だ」
カーターが舗装の欠片を指の先で転がしながら説明をしてくれた。
「要するに、現代の技術と知識と石油があるから作れる舗装であって、文明が発展していないこの世界にあっていいものじゃない。タウンティンにすらなかっただろ」
「あそこの道は土を固めただけですもんね」
「タウンティンだと荷車を引いていたのはダンプクラスのトリケラなので、普通の舗装だと割れるという理由もありそうだけどな」
カーターはこうやって土木や魔術の知識を語っている時だけは優秀に見えるから困る。
それだけに、普段のだらしない生活態度が本当にもったいない。
日本にいた時から、このずぼらな性格のせいで、かなり損をしていたのではないだろうか?
もしかすると、普段は優等生を演じていて、表では素を見せない暮らしをしているのかもしれない。
「この舗装も西の魔女がやったんですか?」
事情を知っていそうなナイックさんに尋ねることにする。
「道の整備はノガレスの町の住人の仕事ですよ。魔女は知識と材料の提供だけらしいです」
「それで、集落までは道が伸びていないんですね」
「ええ。道は伸ばしていただける方がありがたいのですが」
もう何も分からなくなってきた。
まずは町に行ってから確認したい。
◆ ◆ ◆
ノガレスの町に着いた俺たちを待っていたのは、まるで20世紀の地方都市のような光景だった。
町全体に伸びている道路の路面はすべてアスファルト舗装。
その道路を挟むように4階建ての白い建物が立ち並ぶ。
デザインは画一的で、芸術性の欠片もない質実剛健な作りだ。
一言で説明するならば「団地」だ。
今どきは見かけることも少なくなってきた、昭和に多く建てられた集合住宅である団地が町を埋め尽くしていた。
狭いスペースに大量の人間を住まわせるためには、部屋の大きさが画一で、上下水道の一元管理ができる団地の形が一番良かったのだろう。
ナイックさんが同じ建物が並んでいると言った理由がよくわかる。
団地の壁面に書かれている数字がなければ、どこがどの建物なのか一切区別がつかない。
「俺の家の近所にこんなところがありますよ。地元に帰ってきたみたいで、ちょっと懐かしいです」
モリ君が感慨深そうに呟いた。
「気持ちはわかる。この光景は、異世界でもアメリカでもなくて、日本の昭和時代の地方都市だよな」
もちろん、ここが日本ではないことは分かる。
町を歩いている住民は、白人が多いものの、黒人やアジア系など様々な人種のるつぼだ。
なのに日本人は全く見かけない。
そして、飛び交う言葉もどことなく英語に似ている。
「――というか、ここの人たちってみんな英語を喋ってないか?」
聞こえてくる単語が英語に似ている……気がする。
もちろん確証はない。
自慢ではないが、英語は受験知識がベースで、大学では英文読解はしていたが英会話はノータッチだ。
なので、仕事で海外の支社や取引先から飛んでくる英文メールの読解はできるものの、リスニングもトークもさっぱり。
英会話など全くできない。
「分かるんですか?」
「俺に聞いてはいけない」
断言すると、モリ君はそれ以上聞いてくることはなかった。
「カーターはどうだ? 英語を聞き取れるか?」
「タルタロスさんはどうなんだ?」
「ワシにもわからん」
いきなりタルタロスさんにぶん投げるあたり、カーターも英語を聞き取れないことだけはわかった。
「まあ、日本語が通じるみたいだし、なんとか話しかけてみよう」
「そうだな。日本語が通じるならば、それで対応していこう」
後ろでモリ君とエリちゃんが「ああなってはいけない」「勉強しよう」という声が聞こえてくるが気にしたら負けだ。
考えくらいは前向きにいきたい。
とりあえず、近くを歩いていた通行人に話しかけてみる。
「すみません、宿泊したいのですが宿はありますか?」
「旅人の宿なら無料開放されている施設があるからそこを使えばいいよ」
通行人はそれだけ言うと、忙しそうに去っていった。
日本語が通じたのは良かったが、何も解決していない。
「では、私たちは納品と仕入れがありますのでこれにて」
ナイックさんたちは荷車を押して町の商店街らしき場所へ歩いていった。
全員で礼をして見送る。
「じゃあ俺たちもとりあえず宿を見に行くか」
「そうですね。異論はないです」
◆ ◆ ◆
宿泊施設というのは、町のあちこちにある団地の空き部屋が解放されているものだった。
食事は、炊事スペースが併設されているのでそこを使う。
水とトイレは共同というシンプルなゲストハウス的な施設だ。
あまり良い環境ではないが、旅の資金を節約したい今の俺たちにとっては悪い選択ではない。
少なくとも野宿でないだけセーフだ。
荷物を置いたところでチームを3つに分けた。
モリ君とタルタロスさんはサンディエゴまでの旅路で食べる食料の買い足し。
エリちゃんと子供たちは部屋の掃除と宿泊のための準備。
俺とカーターはその間に町での情報収集だ。
聞き込みは、例によってカーターが酒瓶を片手に仕事帰りの作業員らしき男を呼び止めた。
簡易のヘルメットに作業服と、どう見ても工事の作業者だ。
酒瓶の中身に入っているのは、タラリオンの地下倉庫で汲んでおいたワインだ。
まだ残っていたらしい。
「それで、西の魔女は次にいつ来るって?」
「2か月後だよ。3か月に一度、俺たちの給金を持ってやってくる」
男が出した空のコップにカーターがワインを注ぐと、男は一口だけ飲み込んだ。
ワインがなくなるのがもったいないのか、ちまちま口をつけて飲んでいる。
「給金ということは、何か委託された仕事をやっているのか?」
「今は農場の労働者と、河川工事の二択だな。俺は堤防を作る工事を進めてる」
「堤防というと、近くを流れる川の氾濫に備えてですか?」
川が氾濫するので集落は離れた場所にあるというのはナイックさんから聞いたばかりだ。
西の魔女はそれを分かっていて、あえてこの場所に町を作り、河川工事で無理矢理水害に対応しているようにしているということか。
「でも、魔女は壁も町も一瞬で造れる能力があるんでしょう?」
「ああ……本当は魔女が全部やってくれたらいいんだが、それじゃあ俺たちのためにならないんだと」
つまり、これは公共事業なのだろう。
魔女の力で全部まかなえるが、あえてこの町の住民のために仕事を与えてやらせているということだ。
「農地は開拓したらその分の土地はもらえるらしいが、俺の年じゃもう農地はいらない。工事で十分さ」
「なるほど、ありがとうな兄弟」
カーターはそう言うと瓶に残ったワインの残りをカップに注いだ。
必要な情報は手に入れた。
とりあえず宿に戻ることにしよう。
俺たちが立ち去ろうとした時、背後から男が声をかけてきた。
「ああ、合衆国に栄光あれだ」
「えっ?」
踵を返して男のところに戻る。
「合衆国ってアメリカ合衆国ですか?」
「そのとおりだよ。他にどの合衆国があるんだ……って、この世界にはないのか」
男はさも当然のように言った。
「待ってください、アメリカ合衆国って……あなたは何年から来たんですか?」
男からは当然21世紀の年号が出てくることを信じていた。
だが、出てきた年号は、予想を裏切るものだった。
「何年って1943年だよ。この町にいる他の連中もみんな同じだよ。はるばるフィラデルフィアから飛ばされてきた」
◆ ◆ ◆
宿に戻ると、モリ君とタルタロスさんが買い物を済ませて戻ってきていた。
購入したのは小麦粉の袋だ。
それなりの量があるので、とりあえずトウモロコシ粉祭りからは解放されそうではある。
「それで、何か新情報はありましたか?」
モリ君が聞いてきたので、俺とカーターは聞き込み調査の結果を報告することにする。
他の人にも聞いてみたが、魔女がやってくるのは2か月後見込みで間違いないようだ。
もちろん、これはずれることも考えられる。
数日待つだけで向こうから来てくれるならば、この町で待っていても良かったのだが、さすがに2か月待ちは辛い。
金を稼げそうな依頼などもないため、こちらの金が持たないし、確実に2か月後に来るという保証もない。
ならば、こちらからサンディエゴに出向いた方が間違いはないだろう。
今までの移動距離のことを考えると、ここからサンディエゴは目と鼻の先のようなものだ。
「魔女の人となりについては分からず。ただし、今のところ悪人らしい話は一切ない」
「それならいいんじゃないですか」
「魔女の話はいいんだ。問題はフィラデルフィアだ」
町の住民に色々と話を聞いてみたのだが、大半が1943年のアメリカ東海岸の都市、フィラデルフィアからやってきたという話を聞けた。
何の変哲もない日に、突然に町中がまばゆい光に包まれた。
光が消えると、町の中に正体不明の怪物が現れて人々を襲い始めた。
怪物に銃は通用せず、バリケードを作って立てこもっても突破されて、大勢が犠牲になった。
無線や電話は通じず、軍の応援も期待できない。
ナチスドイツが攻めてきた、などのデマが飛び交い、住民同士でも争いが起きる始末。
仕方なく、市役所に避難した一同は、怪物の隙をついて町から逃げ出した。
だが、そこは見慣れたアメリカの東海岸ではなく、どこだか分からない砂漠のど真ん中だった。
その時に現れたのが西の魔女だ。
魔女は怪物を撃退した後に、避難した住民をこの町に連れてきて、住まいと仕事を与えたということだった。
「話を聞いた男も、フィラデルフィアの軍港で護岸工事の仕事をやっていたとか。元々似たような仕事をやっていたので、すぐに馴染めたとか」
「他の異世界の町と同じようにこの世界に来たのはいいとしても、1943年って……」
「関係あるかは分からないが、1943年のフィラデルフィアといえば、フィラデルフィア実験という都市伝説がある」
「なんですか、それって?」
「米海軍が秘密の実験をしていたら、駆逐艦が消えただの、異次元に転送されただの、様々な怪現象が起こったという……まあ噂だよ」
「だけど、前にも説明しただろ。ここは
カーターの言う話も納得するしかない。
フィラデルフィア実験はあったと信じる人が多くいれば、それはこの世界では現実となって現れる。
都市伝説で語られる「異次元へ飛ばされた」のが本当に起こってしまったのかもしれない。
「町の人たちは、ここがメキシコだって知っているんですか?」
「現在位置は魔女から聞いたらしい。なので近くにツーソンの町があるはずだと言って町から出て行った住民もいるとか」
「ツーソンって?」
「アリゾナ州ツーソン。この近くにある一番大きな町だ」
これはカーターが答えてくれた。
「もちろん、ツーソンがあるのは現実世界のアメリカの話だぞ。この世界に何があるのかは知らん」
「サンディエゴの方に向かった人はいないんですか?」
「アメリカ西海岸を目指した住民もいるらしい。だけど、町には戻ってこないし、この世界には無線も電話もないのでその後はどうなったのか分からんという話だ」
何が起こっているのかは分からない。
だけど、確実に分かっていることはある。
トランプの壁にしろ、フィラデルフィアにしろ、魔女が関わっているのだから、本人に聞けばいいのだ。
「俺たちはどうします? この町で、もう少し情報収集をしておきますか?」
「いや、その必要はないだろう。もうすぐサンディエゴに着くんだから、魔女から直接話を聞けばいい」
宛先はサンディエゴの