役所の入り口に積み上げられたバリケードの前に立った。
人間は隙間から入れそうだが、馬車は流石にそうはいかない。
「まずは俺が鳥の使い魔を潜入させます。何かあればすぐに報告しますので」
「ああ、任せる」
鳥を召喚させて破壊された玄関扉から中へ入れる。
映像は俺の脳内にしか展開されない。
全員へ状況を伝えるためになるべく状況を詳しく説明することにした。
そうすれば全員に情報を共有できる。
玄関扉は外から破壊されているが、窓ガラスは内から破壊されている。
これは誰かが割って回ったのではなく、風が強い日などに開放された玄関から風が入ったものの窓ガラスが閉められて密閉されていたことで内側からの圧力に耐えきれなかったのだろう。
「床には血痕あり。ただ完全に乾いてますね」
「血の量は?」
「完全に乾燥してるので不明ですが、大量出血という感じではないですね。致死量にはあまりに少なすぎる」
「遺体はあるかね?」
「今のところは」
最悪の場合、白骨や腐乱死体がゴロゴロ転がっているくらいの惨状を覚悟していたのだが拍子抜けするくらい何もない。
ただ、気は抜かずに警戒しながら鳥を進ませる。
「1階に人は居ません。2階を探します……そうそう、当然ですが鳥は扉を空けたり出来ないので後で開けて調べる必要は有ります」
「ああ、閉まっている部屋を教えてくれ」
「まあ役所なので閉まっているのはトイレと倉庫だけですが」
階段を上がった2F部分は会議室などがあった。
だが、こちらは軒並み扉が閉まっているので室内の様子は分からない。
「3階も会議室ばかりですね。おっと、豪華な扉を発見。ドアノブが銃のようなもので撃たれて破損していますね」
「襲撃を受けたのか?」
「それは間違いなさそうですね。そのおかげでドアが半開きなので中へ入ります」
室内は血の跡や弾痕が残る凄惨な現場を想定していたが、床に書類が散乱しているくらいで全く荒れた様子はない。
机と椅子、棚といった家具があるくらいで、ほとんど何も置かれていない。
ただ、キャビネットや机の上には書類が満載だった。
ここが市長か役職者の部屋という解釈で間違いないだろう。
「調べるなら3階の部屋ですね。一通りチェックはしましたが、やはり人間の遺体はありません」
使い魔を解除して状況を報告する。
「ではチームを二手に分けよう。ラヴィ君と……あともう1人くらい。モーリス君にお願いしよう。私と一緒に資料室らしい場所で資料の調査だ」
「じゃあ残るオレ達が倉庫の調査と」
「倉庫には資料はないと思うが、日用品や災害用の非常食などが残っているやもしれん。その確保を」
◆ ◆ ◆
3階の部屋の扉を開いた。
机の上には未完了の書類が山積みになっているが、普通のアルファベットではないために解読が大変だ。
「何か探す基準みたいなのはあります?」
「英文は読める?」
書類を見せながら尋ねるとモリ君は無言で首を横に振った。
「OK。日本に帰ったら俺と一緒に受験対策の勉強しよう。モリ君は10月27日か10月28日以降の日付に注目して探してみて欲しい」
流石に数が多いので分担だ。
まずは床に散らばった書類を拾い上げて関係するもの同士で並べていくことにする。
数字が多々書かれているのは予算関係か?
「早速見付けましたよ。これを見てください」
モリ君が一枚のファイルを見せてきた。
仕事が早い!
まあ、日付が若い書類ほど手前か上に有るのは当然なので、すぐに見つかるというのは自然なのだが。
日付は10/28となっている。
ファイルを開いてみると、数枚の写真が張り付けられていた。
おそらく町で発生した事件か何かの報告書の方だ。
「そうか1943年ならもうカメラはあるか」
「それで内容は?」
「町の異変について書かれてある。町自体がどこだか知らない場所に投げ出された。無線も通じないと。水道管が切断され、町の各所で水が出ないと苦情多発」
間違いなくこの日に町がこの場所へ転送されたということで間違いなさそうだ。
「町の近くの砂漠に駆逐艦?」
続いての報告書は町の近くに駆逐艦が出現したというものだった。
これは町と同じく駆逐艦もこの近くへ転移させられたのだろうか?
座礁した……あれ、この場合座礁でいいのか?
ともかく座礁した駆逐艦に250人ほどいた乗組員達は、無線がどこにも繋がらないことから、全員この町へ助けを求めにやってきたようだ。
役所に保護を求めて押しかける乗組員。
町で暴れる乗組員。
町のホテルを勝手に占拠し始める乗組員。
「ダメだこいつら。避難民のはずが、完全に侵略者になってる」
「この人達も極限状態で何がなんだかわからなかったのでしょうね」
「町で何者かが暴れた形跡があったのはこれか」
次のページをめくって固まった。
「なんだよこれ」
その書類に貼り付けられていた写真は、乗組員達が空中に浮かぶ巨大な口のようなものに追い回されている写真だった。
「これって俺達が見た怪物そのものですよ」
この書類だけは慌てて書いたのか文章になっておらず単語の殴り書きだった。
ただ、何となく意味は分かる。
「ひび割れが出来てそこから……巨大な口が来る?」
意味不明過ぎる。
「ひび割れというのが分からんが」
「バキシムとかインベスとかそういうのですよね」
「何かの映画か何かのネタなのだろうが、他にわかりやすいたとえはないのかね?」
ハセベさんに聞かれたが、あえて説明するとなると難しい。
「障子に穴を開けて外から誰かが覗いているという光景を想像してください。障子はこの世界の風景、そこに穴が開けられて外の風景が見えるような感じです」
「なるほど、バロックジェスチャーのようなものか」
よく分からないが2.5次元舞台でやっている高速場面転換の動く背景みたいなものか?
チョコラテ・イングレスみたいなものだろう。
どうやら、奴らは物理的にそこらの物陰に潜んでいるという話ではなさそうだ。
「太陽が出ると消える。人間だけを襲ってくる。飲み込まれた人は消えるとあるな」
ハセベさんも興味を示したのかやって来て書類を読み始めた。
「10月27日の夜から現れる……間違いないな。そして同日に発電所で新型発電機が稼働開始」
「流石に発電所の新型発電機とやらが無関係ということはないだろう」
机の上にあった書類をつまみ上げる。
「ここにも出資者であるレイナ=ロハの名前があるけど、本当にこいつは何者なんだ?」
また書類を引っ掻き回す作業だ。
ただ、今度は日付という分かりやすい目印がないから困難を極めた。
山のような書類の中から特定の情報を見つけ出すのはあまりに難易度が高い。
それがよく分からない文字で、文字に慣れても出てくるのは英語文章となると更に難易度アップだ。
「もしかしてレイナ……赤い女とはこいつのことか? 私は既に倒れてミイラ化したところしか見ていないのだが」
どうやらハセベさんがレイナとやらの情報を発見したようだ。
発電所へ機械を導入した時の資料のようだ。
写真が張り付けられており、経歴欄には本籍がペルーの宝石商で38歳女性となっている。
問題はその写真だ。
何人ものおじさん達が写り込んでいるので恐らくは何かのセレモニーの写真なのだろう。
白黒の写真だというのに、まるで1人だけカラー写真なのかと思える程に縁が大きい帽子とドレス、そして首から下げたネックレスに付いた宝石の鮮明な赤が伝わってきた。
女は中心から少し離れた位置に特にポーズも取らずに立っているだけで決して目立つ位置ではない。
だが、周りの人物がただの添え物にしか見えず、女が中心にしか見えない程に一際輝いて見える。
間違いない。あのパナマで会って
否……決定的に違う点が有った。
この写真の女は帽子の隙間からはわずかに瞳が覗いている。
あの赤い女は無貌で髪もない卵のような頭部だったが、この写真の女は目も鼻も口もあるし、帽子の隙間からはアッシュブロンドの髪が見えている。
その時点で似ているが全くの別人だ。
何より、この写真越しにこちらのことを見据えてくるような目付きはあの無貌の怪人とは全く違う。
「20代のようでもあり、年齢通りにも見えるし老婆のようでもある……なんとも不思議な魅力はある」
「でもなんか怖いですよね。特にこの眼……美人だけどなんか企んでそうというか」
そう言えば前にカーターがあのミイラを倒した時に無貌の神の模倣とか言っていた気がする。
これは後でカーターに聞いてみるのが良いかもしれない。
その他に何かないか探してはみたが謎の富豪が急にポンと金を出してくれた以上の情報は出てこなかった。
「現時点ではこんなものだろう。キリがないしここらで切り上げるか」
「一応このファイルだけは持って帰りましょう。後で何か気付くこともあるかもしれない」
階下に降りようとした時、窓から差し込んできた陽光がすっと途切れ、室内は急に暗くなった。
何事からと思って窓の外へ視線をやると、空には黒い雲が立ち込めていた。
「嘘だろ、ここをどこだと思ってるんだ」
「雨くらいどこでも降るのでは?」
モリ君が呟いた。
確かにここが日本ならばその通りだ。
「普通の場所ならともかく、ここは世界一過酷なモハーベ砂漠のすぐ近く。年間降水量は世界最低レベルだぞ。こんな場所で黒雲が湧くなんて」
朝にホテルを出た時には雲一つない砂漠の青空が広がっていた。
それが今は分厚い黒雲に町が包まれている。
明らかに異常事態が発生している。
恐らくタラリオンが深い霧に包まれていたのと同じで何かしら天候操作を出来る存在がいる。
「多分、俺の予想よりも酷いことがここで起こっている。だから被害が出る前に少しでもここから離れた方がいい」
「説明してください。ラビさん一人の中で分かっていても何も解決しませんよ」
確かにその通りだ。
声に出さないと伝わる物も伝わらない。
俺は手にしたファイルを持ち上げた。
「このファイルに記された口だけの怪物の出現条件はSunset……日没じゃない。Sun hidden……『太陽が隠れる』だ。わざわざこの表記を使用したことに意味がないわけない」
先程見た写真もそうだ。
色が付いていない白黒写真だから脳内で暗視カメラによる赤外線のナイトモードでの撮影だと思い込んでいたが、今の高性能デジタルカメラと違い、暗所だとこれほど鮮明に撮影出来ないはずだ。
つまり、夜間ではなくまだ明るい日中に撮影されたものだ。
ぽつり
ぽつり
窓に雨粒が当たり始めてきた。
流石にモリ君も今の説明と併せて異常事態というのが伝わったようだ。
「撤収だ!」
速やかに手元の書類をまとめて掴んでファイルの中へ投げ込んだ。
「ずた袋が有りました。これを使って!」
「でかした! 袋助かる!」
すかさずファイルを袋に詰めて3人で部屋を飛び出した。
階段を降りている途中でエリちゃん達が丁度階段を上がってきた。
「スコップとバケツと針金くらいだよ、使えそうなのは」
「それよりも何が遭った?」
ウィリーさんは俺達の表情を見て異常事態が起こっていることを察したようだ。
更に窓の外が激しく明滅した後に爆発のような空気を震わす雷鳴と振動が建物を震わせた。
まだ割れておらず無事な窓ガラスが微震動を続けている。
相当近くに落雷が有ったようだ。
「どこに向かう? 発電所か?」
「とりあえずホテルだ。あそこは襲撃されていない実績がある」
突然の鳴動で怯えている馬達を抱きかかえて落ち着かせている間に出発の準備を整える。
「ガーネットちゃん、雲の高さまで竜巻は飛ばせる?」
「流石に無理です。竜巻の高さはせいぜい500mくらいまでです。雲に届くかどうかってところですね」
ギリギリってところか。
そう考えると俺がやらないとダメだろう。
まずは鳥を5羽召還する。
「雲を晴らせないか試してみる。やったことはないけど、理屈の上では魔女の呪いで乱層雲は払える」
流石に積乱雲は無理でも中層くらいの雲ならば払えるはずだ。多分。知らんけど。
「雲なんて払えるんですか?」
モリ君が質問をしてきた。
「雲って何千メートルも上なんでしょ」
「雨雲……乱層雲は水滴を多く含むせいで重いので、他の雲に比べて低い位置にあるんだ。地上から数えて約500mから3000mくらい」
「やっぱり何千メートルじゃないですか! それにこの広い雲を全部カバーするなんて無理ですよ」
「3000mは3kmだぞ。十分射程圏内だ」
鳥を追加で5羽召喚して玄関口まで走った。
「巻き込みが出ないようにちょっと離れる!」
役場を飛び出して真上に電線などの遮蔽物がない離れた場所へ飛び出した。
狙うは上空の黒雲。
「鳥を8羽
上空の黒い雲へと真っ直ぐな赤い光の柱が伸びた。
天に弓引く魔女の呪いだ。
半径15mの円。
広い雲と比べればそれは針の穴も同然だろう。
飛行機などが通過して一時的に開いた穴ならば、一瞬で塞がって終わりだ。
だが、それが超高熱の熱線が雨雲よりもはるか上空まで届いたならどうなるか?
その照射時間が30秒あればどうなるか?
「その答えがこれだ」
天まで届いた熱線は持続時間30秒までは消えない。
全長10km強、飛行機だって叩き落せる
雲は大気中に存在する飽和水蒸気量を越えた水蒸気が水滴となって集まったものだ。
なのでそいつを高熱によってまた水蒸気へと戻した後に熱対流……爆発的な上昇気流で吹き散らしてやればいい。
ここは元々年間降水量が少なく、大気中に水分がほとんどない砂漠地帯だ。
一度拡散した水蒸気はその乾いた空気によって薄められると飽和状態が失われてもう水滴には戻らない。
戻ったとしても、この広い砂漠のどこか……おそらくあのミード湖の上で降って終わりだ。
もしかしたらそこのところを魔術的な何かでどうにかする気かもしれないが、おそらく一瞬で雲を集めるのは無理……だと思う。
正直、魔術的なメカニズムなんて知らん!
「これでしばらく太陽は隠せないぞ。どこの誰がやってるのか知らんが、お前らの思惑に乗ってたまるか」