水蒸気の向こう側に見えるのは今のところ8人だ。
第16チームの3人、タルタロスさんの横には子供2人。ドロシーちゃんとレルム君。
少し離れた位置には全身鎧の戦士と弓を持った男。
弓を持った方には見覚えがないが、戦士の方は忘れるわけもない。
最初の地母神の遺跡で俺たちを襲ってきた襲撃者の一人。
エリちゃんを行動不能にして致命傷を負わせた。
そして、俺が塵一つ残さず焼き払ったはずの奴が、そこに立っていた。
残りは全く初見の3人。
格闘家らしい少女、侍風の男、斧と盾を持った戦士。
幸いにもオウカちゃんの姿はない。
理由は少し考えたら分かった。
彼女の遺体は回収されていないし、それに俺の「収穫」によって彼女の遺体は消滅している。
可能な限り全員を無力化したいところだが、さすがに数が多い。
何よりもエリちゃんが戦意喪失している。
モリ君は立ち上がったものの、やはり戦いにくいというのが表情に出ている。
「2人とも聞いてくれ。第16チームの3人は、ついさっきまでなんともなかったよな」
「そういえば……そうですね」
「連中は、どこかで俺たちの動きを見張っていて、最悪のタイミングで仕掛けてきたということだ」
俺がそう言うとモリ君とエリちゃんが辺りを見回し始めた。
もちろんそんなもので見つかるような簡単な仕掛けではないだろう。
「逆に言うと、操るためのトリガーみたいなものがあるはずだ。それを見つければ解除はできる」
「元に……戻せるの?」
エリちゃんが俺の話を聞いてようやく動いてくれた。
根拠はない。
だけど、理屈は合っているはずだ。
第16チームの暴走は、自動的なものではなく、誰かがリモコンのスイッチを押したことがきっかけになっている。
ならば、そのリモコンを取り上げてしまえばいいはずだ。
「だけど、無傷は無理だ。ある程度痛めつけて、無力化しないといけない」
「傷つけるって……」
「そこは俺の
モリ君がハッキリと言った。
そう言ってくれると安心する。
「……それで私は何をすればいい?」
考えのシンプルなエリちゃんがモリ君よりも先に動いた。
「タルタロスさんのパワーに対抗できるのはエリちゃんだけだ。強力な関節技をかけて無力化を。骨折や脱臼くらいならモリ君の
「分かった!」
「モリ君はドロシーちゃんの拘束を。今はスキルを使った直後で、3分間は何もできない」
「ラビさんは?」
「まずレルム君を無力化させる。他の連中はともかく、レルム君だけは絶対に放置できない」
今は、ドロシーちゃんがまき散らした水のせいで、あちこち濡れている。
この状態で、レルム君が電撃系スキルを放つと、水を伝って電気が流れてくる。
下手をするとそれだけで全滅する。
以前から練習していた無力化攻撃を試すしかない。
そう言っている間に、レルム君が身構えた。
よりにもよって、俺が特訓で教えた通りのポーズを忠実に守っている。
腰を低くして身構えて、両手を安定させる。
素早くレルム君の足元に、斜め上に向けた盾を形成。
レルム君が腕をかざして攻撃モーションを取る前になんとか間に合った。
「跳ね返せ!」
盾が斥力を発生させると同時に、レルム君の手からビームが放たれた。
空気を焼いた時に出る猛烈なオゾン臭が立ち込める。
だが、足場のバランスを崩された以上は、ビームの狙いは定められず、狙い通りの場所に当たるはずもない。
ビームは俺たちのはるか頭上を飛び越えて、近くの建物を掠めた後に、空の彼方へ消えていった。
やや遅れて盾から放たれた「跳ね返す力」が、レルム君の体を高く空へ舞い上げる。
「だからスキルを撃つのに隙は見せるなって言ったじゃないか……今度また特訓だな」
盾を一度解除させて、落下中のレルム君の真下で再度盾を形成させる。
そしてまたも反射。
地面には落下させず、ずっと空中へ跳ね上げ続ける。
与える傷は最小限。だが、蓄積ダメージで意識は奪える。
レルム君が宙を舞ったのを合図にモリ君とエリちゃんがそれぞれ駆け出した。
俺はその場に留まったまま、真上に向かって極光を放つ。
日中でも目立つ虹色の光線が一直線に光の柱となって空高く突き上がった。
これは攻撃用ではない。
ただし、重要な意味のあるスキルの発動だ。
俺の目立つ行動に、他の5人の敵が一斉に動き出した。
弓使いが弓を引き絞る。
他の4人もそれぞれの武器を手に、目立つ行動をしている俺へと向かってくる。
だが、特に問題はない。
4人がそれぞれの間合いに入る直前に「
無防備な状態で、至近距離からもろに盾の反発によるダメージを受けたからか、ぐったりとして動かない。
「こっちだ!」
空中で体を捻って、弓使いの放った矢を避ける。
どうやら、弓を引くと青白い粒子で構成されたエネルギー弾が矢のように発射されるスキルのようだ。
もちろん、当たらなければどうということはない。
少し速度を落として、そのまま空を飛んで逃げると、案の定、4人は何も考えずについてきた。
伊原さんが言った通りだ。
クローン人間に人格はないと。
あれは言葉通りの意味だとは思っていない。
クローン人間でも、普段は感情があり、物事を考える人格はあるに違いない。
俺たちは子供たちやタルタロスさんを見て、それを知っている。
その上での話だ。
こうやって操られている間は人格はなく、たいした知能も働かないのではないかと。
だからこそ、こんな簡単な陽動に釣られる。
俺の役目は、ドロシーちゃんとタルタロスさんを無力化するまでの間、他の4人を引き付けることだ。
視線を移すと、エリちゃんはタルタロスさんの両腕を背中側に引っ張り、肘を無理矢理内側に折り曲げていた。
更にそこに自らの手を絡ませることで、てこの原理により腕を捻るようにねじ曲げる。
痛みからかタルタロスさんが獣のような叫びを上げている。
鶏を捌くときに羽根を縛り上げているように見えることからついた相手の腕を極める関節技、チキンウイングアームロック。
その両手バージョンのダブルチキンウイング。
普通のプロレスだと、腕を縛り上げて痛みからギブアップを狙う技だが、今回はプロレス技よりも鋭角的な角度で腕を極めている。
締め上げられたタルタロスさんの肘、手首、肩関節。
そこから、メキメキと人体が出すとは思えない音が鳴り響いている。
エリちゃんは俺の指示した通り、関節破壊からの戦闘不能へと追い込む気だ。
さらにダブルチキンウイングで腕を拘束した状態のまま、後ろに反り返った。
美しいブリッジを描き、大男の巨体を持ち上げてマット……いや、固い地面へと頭から叩きつける。
両腕を拘束することで相手に受け身すら取らせない大技。
タイガースープレックスだ。
プロレスならば、相手が受け身でダメージ軽減できるように投げる。
だが、今回の技に調整などない。
頭を勢い良く叩きつけると同時に、拘束した腕の関節部分に追加でダメージを与えるバージョンだ。
タルタロスさんの体の頑丈さを信じていなければ絶対にできない。
脳や首へのダメージは一応は考慮しているようだが、誰もそこまでやれとは言っていない。
傍から見ているこちらの方がドン引きである。
タルタロスさんは頭を強く打ったことで昏倒したようだ。
その間にモリ君もドロシーちゃんの拘束に成功していた。
全身にプロテクションを変形させた拘束具を付けている。
あれならば全く身動きが取れないだろう。
そうしているうちに、俺を追いかけていた4人が次々と倒れて動かなくなった。
少し離れたところで弓を構えていた弓使いも同様だ。
全身を痙攣させ、口からは泡を吹き出している。
この襲撃者たちを制御していた術者が無力化されたことで、命令系統に障害が発生したのだろう。
人格がないということは、誰かがそれを一元管理している。
当然、それが停止すれば、操られていた人たちも止まる。
たとえ一時的にだとしてもだ。
鳥の使い魔を上空へ放って様子を確認すると、カーターがライフルを構えて建物の屋根の上にいた男を撃ったところだった。
屋根の上の男の顔には見覚えがある。
最初の遺跡で俺たちを襲ってきた襲撃者の1人で、ゲームマスターと共に消えたはずの眼鏡の魔術師……名前は忘れた。眼鏡マンだった。
先ほどの極光の空撃ちで、離れた場所にいるカーターに、近くに襲撃者がいるはずだと合図をしたが、うまく伝わってくれたようだ。
時間経過で復活するかもしれないが、今は拘束するための時間さえ確保できればそれでいい。
箒でカーターのところに駆けつけると、サムズアップで応えてくれた。
「これで一段落か」
◆ ◆ ◆
「襲撃してきた連中と、メガネは牢にぶち込んでいる」
ボロボロの小屋で壊れかけた椅子に座りながら伊原さんは言った。
かなり機嫌は悪そうだ。
嫌みのように壊れた壁や、ドロシーちゃんの最初の水流で濡れて台無しになった書類の山に目をやる。
レルム君やタルタロスさんの傷は治療したものの、ドロシーちゃんや他の5人を含めて未だに意識は戻っていない。
伊原さん曰く……襲撃に使われるクローンとは「そういうもの」らしい。
とてもではないが、日本へ帰る方法を聞ける雰囲気ではない。
「まあとりあえず座れ」
伊原さんがそう言うと、突然に虚空から椅子が3脚出現した。
俺とモリ君、エリちゃんの3人がそこに座る。
「どうやってその椅子や机を出しているんですか?」
「これはスキルとは別。私に与えられた邪神の力だ」
「邪神?」
伊原さんは眼鏡を直しながら言った。
「この世界には神の力があると聞いたことは?」
「知事から聞いております」
確かこの世界には魔法の力はないが、神の奇跡はあるとかそういう内容だった。
その時は単なるパワーソースの違いだと思っていたのだが。
「神様連中は祈りによってこの世界に顕現して、願いを達成するための力を与えてくる。無理矢理だ」
「そんな気易く願いに応える感じなんですか?」
「そんな感じなんだよ。運営に対抗する力を望んだ私に与えられたのは物質の創造と破壊。空間へ干渉する……
伊原さんは机の上に置いてある写真立てを見た。
そこには3人の少女の姿がある。
以前に
州知事は若い頃のリプリィさんによく似ている。
伊原さんは写真の少女がそのまま年を取っている。
そして最後の1人。
伊原さんはそれ以上説明することなく視線を外した。
連想されたのは例のトランプの壁とノガレスの町だ。
あれも砂漠の村のナイックさんの話によると西の魔女……伊原さんが一晩のうちに作ったという話だった。
「その力もすっかり馴染んで、今ではもう私は人間ではない。夢の魔女の分体と言ってもいい」
「ということは、あのトランプの壁は……」
そう言うと俺たちの目の前に、白い巨大な石の壁が何の前触れもなく、突然出現した。
サイズはテーブルに乗るほど小さいが、形や材質などは国境にあった壁そのものだ。
そしてそれは、伊原さんが指をパチンと弾くと一瞬で消え去る。
「とある事件により、近くで爆発事故が発生したので、それから集落を護るために作った」
伊原さんはそう言うと俺を指差した。
「身に覚えがあるだろう。運営に与えられたスキルの範疇を超えた謎の力を突然使えるようになったこと」
「はい。どう考えても個人で持っていてはおかしい能力があります」
箒で空を飛ぶことや盾は、あくまでもキャラとして与えられた能力で良いだろう。
ただ明らかに火力が高すぎる「魔女の呪い」、その事前動作で全ての生物を分解して黒い霧に変える「収穫」。
定期的に話しかけてくる
そういえば魔女は以前に誰かの魂の欠片をベースに作られたと言っていた気がする。
魂については運営も理解していないとカーターが言っていた。
神のみぞ知ると。
つまり、神による何かの干渉があったことは事実だ。
アデレイドが持っていた手配書で俺が「邪神の巫女」と書かれていたのも、まあそういうことだろう。
今までの情報を総合すると「邪神の巫女ラヴィニア」というキャラが存在しており、俺はそのハロウィン限定バージョン。
この魔女のコスプレ衣装に騙されていただけで、ラヴィ(ノーマル)は神に仕える巫女のはずなのだ。
だが、願いとはなんだ?
俺が召喚される前日に考えていたのはカボチャ料理と翌日の仕事のことくらいだ。
否、違う。
祈りと願いはこの世界の神に対して行うものだ。
俺は召喚された初日に魔女の呪いを習得したのだから、別に何に祈ってもいないし、願ってもいない。
ならばいつ祈って願いを望んだのか?
召喚前?
それこそ理屈がおかしい。
俺以外のこの世界にいる誰かが「俺に会いたい」「会って何かを変えて欲しい」と祈り願ったとしか……。
あれ?
誰かが強く会いたいと思っていた?
俺が来ることで何かが変わる?
何かが分かりそうで結論が出ない。
「おい、話を戻すぞ」
「は……はい、お願いします」
俺の思考が脱線していることに気づいたのか伊原さんが声をかけてきた。
本当に脱線は良くない。
今の状況で重要なのは俺や伊原さんの力の出どころについての推測ではなく、第16チームたちの処遇についてだ。
「お前たちの仲間についての処遇は保留だが、町や私の事務所を破壊した責任までは消えるわけではない。それは分かるな」
「承知しております」
当然の話だ。
これで無罪放免というのもそれはそれでおかしい。
「別に個人が払えるような賠償金なんてもらっても私は嬉しくないし、君たちが刑務所に入っても何も面白くない。そこでだ」
面倒そうな話になってきた。
まだ金銭的な補償の方が楽で良かった。
「一つ仕事を請けてもらう。もちろん拒否するのは勝手だが、その意味が分からんということもあるまい」
もちろん、これを拒否することはできないだろう。
伊原さんからの信頼や、情報入手の機会を完全に失うことになる。
もちろん、第16チームの解放もそれに含まれる。
「さすがの私も運営からのちょっかいには飽き飽きしてきた。そのため、運営の拠点を君たちに叩き潰してもらいたい」
伊原さんはそう言うと北アメリカ大陸の地図を虚空から取り出した。
それをやはり先程まで存在していなかったテーブルの上へ広げる。
もうなんでもありだな。
「エリア51という名前を聞いたことは?」
「米軍の秘密基地があるとか、UFOの基地があるとか、そういう都市伝説がある場所ですよね。実際はただの空軍基地なわけですが」
知っているのは都市伝説や創作でおもちゃにされているということばかりで実情はよく知らないが最低限の知識くらいはある。
「このサンディエゴから北東……地球で言うラスベガスの北西200キロ。ネバダ州の砂漠地帯。ここのエリア51に運営の拠点があるとの情報を掴んだ」
「運営の? でもどうやって……」
「さっきのメガネがいただろう。そいつの体に聞いた」
「拷問か何かを?」
「別にそんなことをやっても私が面白くないだろ。単に魔力の流れを追いかけただけだ。今回はワープ直後だったので、発信場所をハッキリ追えた」
要するに無線の逆探知のようなものか。
「でも、なんでそんなところに基地を」
「趣味なんだろ。娯楽の一環かもしれん。エリア51に敵のボスがいるなんてショーとしては間違いなく盛り上がる要素だろう」
ということは、その拠点が悪の秘密基地として襲撃を受けることも織り込み済なのだろう。
デスゲームものの創作で参加者が運営の拠点に攻め入るところまでもショーになっているという漫画や映画は何度も見たことがある。
これも同じなのだろう。
参加者に倒されるところまでがショー。
逆に参加者を返り討ちにするところもショー。
「私がおもむいてもいいが、ここは君たちに任せよう。基地を壊滅させること。それが君たちの仲間が及ぼした被害への免罪符としよう」
これは受けざるを得ないだろう。
拠点を壊滅させることが、第16チームを助けることにもなるなら、なおさらだ。
問題は、俺たち3人とカーターだけで運営に勝って拠点を潰せるかということだ。
それでもやるしかない。
第16チームの身柄を取り戻して、伊原さんに日本への帰還方法を聞く。
「行きましょう、ラビさん」
「ああ。俺たちでエリア51を攻略する」