エンジニア部の部室に戻ると、私の眼鏡はケースにしまわれていました。眼鏡型カメラが元々しまわれていたケースに。
「ごめんねコトリ。すぐにでも連絡して、電源のオンオフを教えておけばよかったのだけど。モニターを観察する方に、二人とも集中してしまって」
「私も先輩も、好奇心には勝てなかった……」
ウタハ先輩とヒビキは、顔を赤らめていました。何が起こったのかは、どことなく気まずそうな表情が物語っています。
「もしかして……全部……」
「うん。コトリの見たものは、全てモニターに映っていたよ」
「ほぎゃーーーーーっっ!」
恥ずかしさのあまり、私は思わず机に頭を打ち付けてしまいました。痛いです。涙が出てしまいそうなほどに。
どこまで見たのか、何を見たのか。尋ねるまでもありません。
私が先生をちらちら見ていたことも、トイレに籠って「ガス抜き」をしていたことも。上の空で誤変換だらけだったレポートの文面も。きっと、私が先生と話していた内容だって筒抜けになっていたはずです。
「先生と二人きりの時、声のトーンがちょっと高くなるんだね、コトリは」
「ひいっ! い、言わないでください~~!」
「先生の首とか腕とかに何度もフォーカスしてたね。鎖骨のラインを舐めるように見てて、こ、こっちが、ドキドキしちゃった」
「はわわ、わわ……!」
ああ、今すぐ消えてしまいたいです。もしくは、二人の記憶を消してしまいたいです。ミニガンを全弾叩き込めば、どうにかなったりしないでしょうか……?
「……でも、まぁ」
「思ったとおりだったよね」
私の赤裸々な内心を覗き見た二人は、どうしても口元が緩んでしまうみたいでした。いつも凛としたウタハ先輩でさえ、照れ笑いが混じっています。
「わ……分かってたんですか?」
「うん。当番の日が近づくと、コトリはいつもウキウキしてたから」
ヒビキは、私の感情を見逃しませんでした。
「コトリは、先生が好き?」
「……はい……」
私は、ヒビキの問いかけを肯定しました。もはや隠す意味もありません。
手を触れるのが怖くて曖昧にしていた甘い疼きに、輪郭が形作られていきます。
宗教、とりわけ「神」の始まりは、人の理解が及ばない、曖昧で不明な現象の擬人化であった。そう学んだのを思い出しました。名前を付けて認識を形作ることで、人はあらゆることに理由付けをして、心の安寧を得てきたのです。
私の感情にも、そんな風に、名前がついていきます。
恋です。
恋――。
目を背けていた暗渠(あんきょ)がキラキラした小川になっていきます。とくん、とくん。胸が高鳴ります。
先生が好き。
豊見コトリは、シャーレの先生を特別な人だと思っています。
しかしながら、その甘ったるい呪いを認めるのは、勝ち目のない戦いに臨むように、心細くて不安なことでした。怖気づく私をよそに、ウタハ先輩は口元を吊り上げています。
「よし、それじゃあ、作戦会議を始めよう」
「さ、作戦会議?」
「そうだ。『先生陥落作戦』とでも言おうか。先生を落とすんだよ」
「お、落とすって」
「説明したほうがいい? 先生をコトリに惚れさせて、先生と生徒の間にそびえる禁断の壁を壊して、一組の男女にしてしまおうってことさ」
「ひえっ……やっぱりそういう意味ですよね……」
「そうだよ。コトリだって、ヒビキにいろいろ吹き込んで、けしかけてきただろう?」
ソファーで隣あって座る二人。袖口や作業用グローブで隠れていることも多い右手には、お揃いのリングが光っています。「うまくいけば、こうなるよ」と私をいざなうように、ウタハ先輩はヒビキの右手をそっと握りました。「コトリが見てるのに」と小声で言いながらも、ヒビキは尻尾を振っています。
――いいなぁ……。
私が羨んで目を伏せた瞬間を盗むように「ちゅっ」と小さな音が聞こえました。ヒビキが頬を押さえたのが視界のギリギリに見えました。私の頭はヤカンになってしまいそうです。
「で、でもっ、私はウタハ先輩みたいに美人でもなければ、ヒビキみたいにオシャレでもない、子どもっぽいちんちくりんで……っ」
「分かってないね、コトリ。忘れてしまったのかい? 少女を美しくするのは、化粧ではなく――」
「……熱情、ですか」
燃え上がる心は人の美をも引き出す――ウタハ先輩がよく口にするそれは、エンジニア部の合言葉と言えるものでした。
「そのとおり。スマホのメモ帳にあんなギッシリ文字を詰め込むんだから、コトリの熱情は相当なものだ。圧倒されたよ。私よりも、よっぽど熱いんじゃないかな」
「……けど、私は、先生に釣り合う可愛い恰好なんて……」
「可愛いは、作れる」
私の弱気を、ヒビキがぴしゃりと遮りました。
「私達はマイスターだよ。与えられた時間と予算の中で、作ろうと思ったものは何だって作ってきた」
利用目的よりも先に現物が作られた、眼鏡型カメラのケース。ヒビキの視線がそこへ注がれました。
「コーディネートは任せて。先生が言葉を失うぐらい、可愛くなっちゃおう」
二人はもう、すっかり前のめりです。
――あぁ、これはもう逃げられないでしょうか……。
いよいよもって、私は覚悟を決める必要がありそうでした。でも、ロマンを追い求めて、いろいろなものを度外視して発明に没頭する――エンジニア部で繰り返してきた流れに、私は奮い立つものを感じていたのも事実でした。
* * * * *
数日後、私はヒビキに呼ばれて、エンジニア部のガレージに来ていました。体のあちこちにメジャーが当たって、くすぐったいです。下から順に、緊張感が上ってきます。気にしている所に、帯が巻き付いてきます……。
「……お腹のシルエットは隠そう」
「うぐっ……そ、そうですよね」
ファストフードの好きな私のお腹に、ヒビキは涼しい空色の眼差しで、容赦なく現実を突きつけてきます。
ウタハ先輩もヒビキも、しょっちゅう私と一緒に、チーズたっぷりで生地の厚いもちもちピザを囲んでいるはずなのですが、どうしてあんなにスリムなのでしょうか。何故、と疑問が生じれば説明や解説を試みたくなりますが、これに関しては盛大な自傷になってしまう気がします。
「コトリは胸が大きいから、やっぱりここは武器に――えっ、こんなに……?」
バストトップにメジャーが巻き付いてきました。心なしか、溜息をついたヒビキの目つきに恨みがましいものを感じます。
余剰カロリーが集まってくるんです。仕方がないんです。お腹のお肉と同じです。そう言いたい気分でした。
「先生の心を揺るがすなら、ギャップ効果を狙うべき。コトリは普段あちこち露出が激しいから、お腹から下は抑えめで行こう。それで、アンダーバストに絞りを入れてメリハリをつける。胸の大きさに視線を誘導したいね。『子どもじゃなくて女なんだ』って、分からせよう」
ヒビキはぶつぶつ呟きながら、タブレットにデータを打ち込んでいきます。彼女が言うには、上半身は水色で涼しげに、下半身はふんわりしたシルエットで、フェミニンな大人っぽさを演出する。そういう装備になりそうです。
足元が涼しいからという理由で、私が持っているのはミニスカートばかり。ロング丈のフレアスカートなんて、穿いたことがありません。果たして私に似合うのでしょうか? ですが私は、ヒビキのセンスを信じることにしました。
やがて、デザインが決まった所で、採寸はひとまずお開きになりました。モノが仕上がったら連絡する、ということになり、ヒビキが冷蔵庫からヒエヒエの缶コーヒーを取り出し、私にも分けてくれました。今日のガレージはエアコンの効きが若干悪く、キンと冷たくなったスチール缶の温度が心地よいです。
「ありがとうございます。ふ、服まで作ってもらうなんて、なんていうか」
「ウタハ先輩とお付き合いできたのは、コトリのおかげ。先輩からいろいろ聞き出して、お膳立てもしてくれて。これぐらいじゃ、まだお礼が足りないよ」
「やっぱり……こ、恋人って、いいものですか?」
「……うん……」
ヒビキは、ウェーブのかかった黒髪を手繰り寄せ、赤くなる頬を隠しました。
「一秒先すら分からない、非科学的なスリルに満ちてて、思い切って一歩を踏み出した先にあるドキドキが、言いようもなく、甘酸っぱくて……青春……」
ぱた、ぱた、ぱた、とヒビキの尻尾が揺れています。ウタハ先輩同様、美人系の顔立ちをしているヒビキは、先輩との交際が始まってから、ますます綺麗になったように思います。
朴訥な話し方は相変わらずですが、心なしか、お肌のツヤに自信が表れているような。身長は私と3センチしか変わりませんが、一緒にエンジニア部の門を叩いた時よりも、ヒビキはずいぶん大人びて見えました。
「二人っきりの時は、どっちがリードするんですか?」
肩を寄せ、声を潜めてヒビキに尋ねます。
「……先輩。あのしっとりした声でグイグイ来るから、私は、ドキドキして、手玉に取られてばっかりで……」
ガレージでの作業中、手順の違いをウタハ先輩に耳打ちされた時のことは、私も記憶にそう古くありません。
あの、脳の芯を舐められるような、耳を幸せにしてしまう先輩の色っぽい囁きを、ヒビキは先輩と会うたびにたっぷり浴びているのでしょう。
「そういえばこの間も、その……チューされてましたよね、ほっぺに」
「ひゃあ! あっ、あれは……!」
ぶわっ。普段は垂れているヒビキの犬耳が、威嚇するように逆立ちました。
涙目になってしまった彼女はそこでもう話を打ち切ってしまいましたが、私はもうお腹いっぱいでした。
思っていた以上にヒビキはウタハ先輩と仲良しで、私は脳内でお相手を先生に置き換えて、いろいろと考えてしまいます。もしも先生とそんな風にイチャイチャできたら――いえ、その前に私は、恥ずかしすぎて逃げてしまうでしょう。
その日は、火照る額を電柱でクールダウンしながら、寮に帰りました。
* * * * *
ヒビキと話をした週末、私はウタハ先輩に呼ばれてD.U.北部のショッピングモールを訪れていました。
「ヒビキと一緒じゃなくていいのでしょうか?」
私は先輩と顔を合わせた時、あらためて尋ねました。でも先輩は、私とじっくりお喋りがしたかったみたいです。
ウタハ先輩とお店を見て回りながら、私は初めてパンプスを買いました。燃える太陽か、食べごろのトマトか、とにかく力強い赤です。
試し履きしましたが、重心の置き方に戸惑ってしまいました。スニーカーばかり履いていた私にとって、踵の高い靴は初めてです。これは、持ち帰って歩き方を訓練する必要がありそうです。
「……コトリは、男の子――いや、男の人を好きになったんだね」
「はっ、はい」
エアコンの効いた涼しいカフェで、飲み物とケーキを運んでくると、先輩が言いました。好き、という二文字を頭に思い浮かべただけで、口の中に夏ミカンのような甘酸っぱさが込み上げてきます。
「今は、同性同士でパートナーになるのも、当たり前の光景になりつつある。それを教えてくれたのは、コトリだったね」
私が中学二年生のころから、世に出てきたニュースでした。同性同士でも子どもを設けられる技術が保険適用内になり、法的な仕組みも整備されて、人々はもっと自由にパートナーを選べるようになりました。科学的には大ニュースなのに、不思議なことにあまり報道されていなかったからか、知らない人も多かったのです。
「ヒビキを受け入れようって思えたのは、コトリのおかげだよ。私は、自分の気持ちに自信がなくて、一歩を踏み出すのに臆病になっていたから」
ヒビキも同じことを気にして、及び腰になっていました。二人で何度かお出かけを重ねて、相性の良さを感じつつも、自分の想いを開示するのが怖くて――ヒビキはなかなか愛の告白に踏み切れなかったのです。
私のお喋りな解説癖が、二人の距離を近づけるのに役に立ってくれたのが心底嬉しく――二人から「恋人同士になったよ」と聞いた時は、救われた気がして、私は涙ぐんだものでした。
「ふふっ……ねぇ、聞いてよ。ヒビキって、とっても可愛いんだ」
それから先輩は、こっちが恥ずかしくなるぐらいに、堂々とノロケ話を始めました。隣のテーブルの女子生徒が目を丸くしていましたが、先輩には見えなかったようです。
いろいろ聞きました。二人きりになった時のヒビキはとってもシャイだけど、ちょっとずつ誘導すると自分からくっついてきてくれる、とか。初めてヒビキの方から手を握ってきた時は、興奮して先輩はなかなか寝付けなかった、とか。
ウタハ先輩は恋人の話を始めると、凛とした綺麗な顔を緩めてしまい、自分で話しながら頬を赤くしています。ヒビキと二人でお互いの愛情を研究開発しあって、日々本当に仲良くしているみたいでした。
「私の話はそろそろよそうか。今日呼んだのはね、コトリに是非とも説明してほしいことがあったからなんだ」
「説明! いったい何でしょう?」
「コトリは、どうして先生が好きなの? どんなところに惹かれたんだい?」
「ぴゃっ――!」
お冷の入ったグラスを倒してしまいました。すみません、と周囲に頭を下げながら、おしぼりで不始末を拭います。
「そ、そっ……それは……!」
「必要なステップだよ。好きな人のどこが好きなのかも言語化できなかったら、告白というプレゼンが成立しないじゃないか。説明が得意なコトリの本領を発揮する所だよ?」
先輩の言うとおりでした。自分の気持ちが曖昧なままだったら、この想いを説明することもできません。
「あの……た、たどたどしくても、最後までちゃんと聞いてくれますか?」
ウタハ先輩は、静かに頷いてくれました。
* * * * *
それから私は、とっくのとうに空っぽになったグラスから、溶けた氷の水をちまちま飲みながら、ウタハ先輩に話しました。どうして先生を好きになったのか、とか、先生のどういうところを好きになったのか、とか。
言葉を一文字ずつ紡ぐたびに鼓動は加速していって、どんどん早口になって――紡いだ言葉は結局膨大になってしまい、私自身も先輩も苦笑いでした。
「よく観察してるね。それだけ熱意があれば、ひょっとしたらひょっとするよ。ただ、伝えたいことは絞っておかないと、要点がブレてしまうだろう」
「そっ……そうですね。これを全部話すのは……」
思えば私は、自分自身のことを話すのは苦手でした。科学的に既に解明された客観的事実にばかり寄り掛かりがちで、気分や体調で揺らぐ主観を語るというのは、どうにも自信が持てません。
吸収したことは次から次へと喋ってしまうから、内容の取捨選択という観点から見れば、私はそもそも説明があまり上手ではないのかもしれません。
「初デートの告白は禁物だよ。互いの心の図面を読み取り、関係を一歩進めるにあたっての確認作業が告白なんだ。一回目では『また会いたいな』って思ってもらえるように楽しんで、二回目以降で雰囲気がよくなるまで、コトリの想いは熟成させておこうね」
「な……なるほど……」
「でも難しいのは、『恋は早い者勝ち』という側面がある所かな。一度デートが成立したら、火が冷める前に二度目の予定を決めて、熱い内に型に入れてしまおう」
「…………」
先輩の実体験に基づく助言に、お喋りな私は途中から言葉を失っていました。
別れ際の先輩は、まだゆらゆらする私とは対照的に、何だか楽しそうでした。自分がけしかける側になったからでしょうか。
「恋は早い者勝ちだ」という一言は、トゲのように私に刺さっていました。
事実を言い当てていると思いました。先生は明らかに多数の生徒から思いを寄せられています。ミレニアム生の間で有名なのはユウカ先輩ですが、コタマ先輩やミドリも、先生にしっとりした眼差しを向けています。多分そういうことなんです。他の学園にも、きっと同じような感情を胸に抱えた人がいるのでしょう。
負けさせたくない。
でも負けたくもない。
相反する躊躇が、寮への帰り道で、べったり心に張り付いていました。
* * * * *
エンジニア部で作戦を立ててから、十日ほど経ちました。ヒビキは早くも服を作り終えていて、部室の隅っこで試着させてもらいました。
エアコンの風にもなびいてしまうほどスカートの生地は薄くてふわふわです。全体にあしらわれた向日葵の花が、夏の爽やかさを感じさせます。
胸元を開けずにトップスを着るのは本当に久しぶりだったのですが、私の体型に合わせてくれただけあって、苦しい感じが全くありません。ちょっと生地の一部が張り詰めているように思えますが、そういう狙いがちゃんとあるそうで……。
「おや、素敵じゃないか」
「説明に走らなければ、清楚系お嬢様でイケそうだね」
「いつも賑やかなコトリがこの装いで登場したら、ドキッとしてしまうな」
「え、えへへ……ちょっと褒め過ぎではないでしょうか……?」
靴まで合わせてみたところで、コーディネート担当のヒビキはご満悦です。スマホのシャッター音が、さっきからひっきりなしに鳴っています。二人からは胸焼けするほどの称賛を浴びせてもらいました。もしかしたら、私も実は可愛いのかも――なんて、思ってしまったりして。
次なる問題は、どうやってデートに持ち込むか、です。校舎を出てバスを待っている間も、最後列の座席で小さくなっている間も、考えていました。
理想としては、先生がお忙しいお仕事の後ではなく、一日たっぷり時間を使える休日に合わせて、ということになるのですが、果たして先生に休日はあるのでしょうか。先生の多忙ぶりときたら、心配しない生徒はいません。炎上案件を抱え込んだ時のヴェリタスとか、いつもそのレベルです。
言語化と反芻を繰り返した今、先生への想いは胸を掻きむしりたくなるほどの疼きになって、私の中でグツグツと煮えたぎっています。百科事典を読み漁る間にも先生のお顔が思い浮かんでしまい、中身が頭に入ってきません。これでは直接対面して誘うのは絶望的です。
そこで私は、モモトークで組み上げた言葉で確実なる攻勢を仕掛けることに決めました。バスを降り、パン屋さんの脇を通って、細い路地裏で人目を避けます。
「……どうやって誘いましょうか……」
モモトークの履歴は、次回の当番日の確認で止まっています。「先生、私とデートしましょう!」なんて頭空っぽの誘い文句を、思い浮かぶまま入力してみましたが、これはあまりにも稚拙です。こんなのが許されるのは小学生までです。
「あっ……そうだ!」
カップル専用イヤホンとかいう謎めいた家電が発売されたのを思い出しました。内部構造を調べるためには手元に持っておく必要がありますが、一人では買えない品物です。誰かに付き添ってもらわなければなりません。
しめしめ。いい口実ではありませんか。
かくかくしかじか。事情を簡潔にまとめて先生へ送ってみると、既読がすぐについて返事が来ました。どうやら今は少し余裕がある時間帯のようです。
『いいよ、私もちょっと興味があるし、付き合うよ』
「……おおっ!」
――いいですよ、いいですよっ!
『休日にお出かけ……コトリとデートってことになるのかな?』
【はい、そうです! デートですよ! デート! 先生と休日デートっ!】
「……あっ!」
私の親指は、浮かれる心を馬鹿正直に綴り、送信ボタンまで押していました。既読がつくのも一瞬でした。メッセージの送信を取り消そうと試みた時には、先生からの返信が飛んできています。
『楽しみになってきたね(笑)。私は以下の日程なら時間を作れるよ』
「あぁっ、ちょ、え……っ!」
――展開が、展開が早くないですかっ!?
建物の間から覗く空を、カラスが慌ただしく通り過ぎていきました。
私のうっかりを、先生はどう捉えたのでしょうか。冗談なのか本気なのか分かりませんが、すんなりデートの約束を取り付けてしまいました。これが大人の余裕というものなのでしょうか。気前が良すぎるというか、無防備というか。
【当日、楽しみにしてますねっ!】
半ばヤケクソになりながら、私はどうにか先生とのトークを乗り切りました。返信を受け取って震えるスマホに、私のいろんな所が同期して揺れています。
場所はD.U.の電気街、とだけひとまず伝えておき、具体的な待ち合わせ場所は後で伝えることにしました。先生は家電にもそこそこ明るいですし、キヴォトスの中心街たるD.U.ならそれこそ何でもありますから、何だってできます。
先生とのやり取りが映し出されたスクリーンを見ながら、私は何度も頬を抓っていました。現実です。今週末に、シャーレの先生と都会デートしちゃうんです。
当日まであと三日しかないことに後から気が付いて、私は大急ぎで二人に連絡を取りました。
* * * * *
「……というわけで、デートの日が決まっちゃいました、あはは……」
「……なんと……!」
部室に駆け込んで事の次第を報告すると、ウタハ先輩のとても珍しい表情を見ることができました。ヒビキの耳も、ぶわっと持ち上がったまま、しばらく戻ってきません。
二人としては、デートにこぎつけるまでもう一難あるだろうと身構えていたようでした。私のうっかりミスも、相手が乗り気なら怪我の功名だと大はしゃぎです。
「じゃあコトリ、ちゃんとこれを着ていくんだよ」
「当日は身軽なほうがいい。私のSMGを持っていくかい?」
ヒビキから勝負服を受け取り、ウタハ先輩からは銃を貸してもらうことになりました。確かに、デートに持っていくには、あのミニガンは少々ゴツすぎます。いちいちキャスターでゴロゴロ引き摺っていくのも何だか間が抜けている気がしたので、私は先輩の申し出をありがたく受けました。
交換で私のミニガンを渡すなり、先輩はポッドキャストを取り付け始めました。雷ちゃんに接続し、セントリーガンのアタッチメントとして運用するつもりのようです。ただでさえ雷ちゃんは魔改造が施されているのに、さらなる異形の何かに変わっていきます。持ち上げることは初めから考慮に入れていないあたりが、エンジニア部でも腕力の弱いウタハ先輩だと思いました。
「サブマシンガンは、中学の実技以来ですね……」
先輩の「マイスター・ゼロ」は、白地に赤紫が差し色で入っています。軽くて、丈夫で、デザインはシンプル。ハンマーとしても使えてしまう硬さを誇る一方、アクセサリーとして持つのも可愛い色合いです。
「緊張してる?」
「……ええ。正直、お腹がキリキリしてます……」
「初回は様子見だと思っておくといい」
ウタハ先輩が言いました。
「コトリは、先生のことをどれぐらい知っている? 趣味とか、食べ物の好みとか、休日にしてることとか」
「……好きな女の子のタイプとか」
「…………」
先輩とヒビキに問われたことを、私は説明できませんでした。
そうです。私は、シャーレで働く先生のことは知っていても、プライベートな個人としての先生のことを知りません。
「私も、先生のそういうところはよく知らない。ヒビキもよく知らない。ひょっとしたら、誰も……」
もしかしたら、キヴォトス最大の謎の一つかもね、なんて先輩は付け足しました。何かを「知らない」状況に直面したら、科学の徒としてやるべきことは一つに決まっています。
「今回のデートは、先生のプライベートの姿を知る機会だと考えればいい、ということでしょうか?」
「そういうこと。いいな、何だかコトリが羨ましくなってきた」
「私も、先生をデートに誘っちゃおうかな」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと、それは困ります!」
取り乱す私の肩に、二人の手がぽんと乗せられました。「冗談だよ」とウタハ先輩は笑っていましたが、ゾッとする声のトーンでした。
「楽しんでおいで」
部室を後にする私を、二人は笑顔で送り出してくれました。部室棟を離れた直後から、私のモモトークには、デートのヒントになりそうな情報が飛んできます。
二人のサポートは心強かったのですが、
「下着は存在感があるのを着けていくんだよ。黒がお勧め」
とヒビキから送られてきた一言は、脳の変な所を刺激してしまい、前日の夜になってもなかなか頭から離れてくれませんでした。
感想、高評価などもらえたら嬉しいです