〈エピローグ〉
先生との交際が始まって、一か月ほどが経とうとしていました。先生は相変わらず目が回るような忙しさです。シャーレやミレニアムで少しお会いする時間は取れても、一日お時間を確保するようなデートは、あれ以来できていません。
ですが、朝起きた時や夜寝る前と言ったプライベートなお時間に、先生はモモトークを送ってきてくれるようになりました。「おはよう」や「おやすみ」といった挨拶が日常に組み込まれると、先生のプライバシーの内側に入れてもらえている実感があり、私はスマホを抱き締めて悶えています。
今日は当番ではありませんが、エンジニア部が執務室の配電盤の保守点検をする日です。三人の持ち回りでやっていた仕事でしたが、今はウタハ先輩とヒビキが、作戦成功の報酬だと、シャーレを訪れる機会を私に譲ってくれています。
「失礼しま~す。……?」
執務室はしんと静まり返っています。ホワイトボードには当番の生徒の名前が書かれていますが、席を外しているのか、まだ来ていないのか。
――先生は……あっ……!
デスクに突っ伏して先生はお休み中のようです。スマートフォンのタイマーを設定してお昼寝しているのでしょう。
起こさないように気をつけながら、隣の席に腰を下ろします。私のプレゼントした眼鏡が、スマートフォンの隣にありました。
規則的に、スース―と背中が膨らんでいます。
気の抜けきった、隙だらけの寝顔。心地よさそうに眠るお顔は何だか子どもみたいで、自然と口元が緩みます。
――はぁ~、可愛いです……。
手を伸ばし、私よりサラッとした髪に指を通します。掌に感じる熱は心安らぐ温かさで、頬を撫でていると、唇に目が行ってしまいます。初めてキスされた時の柔らかな感触は、今も鮮明に残っています。
――ちょっとだけなら、いいですよね? 恋人同士なんですから……。
そっと、そっと、身を乗り出して、顔を近づけます。
私の眼鏡が当たってしまいそうです。
もう少し、思い切って――。
ちゅ……。
「……や、やっぱり、お口にするのは、度胸が……」
頬を軽く啄むのが、今の私には精一杯です。これ以上は、先生が眠り姫になっていても、恥ずかしすぎてできそうにありません。心臓がバクバク鳴っています。
――でも、ほっぺだったら、もう一回してしまいましょうか……。
目を閉じて、頬の柔らかさに意識を集中します。お口で食べ物以外のものに触れるのは、何だかとてもいけないことをしている気がして、ドキドキが高まります。
「……あ」
先生と、目が合いました。
「あっ、ああ、先生っ――ン――」
そのまま、捕まりました。
顎を掴まれて、唇同士がくっつきます。
貪るようにキスされて、頭が真っ白に塗り潰されていきます。
「……おはよう、コトリ。寝てる所を襲うのはよくないよ」
「お、おおっ、お、襲ってなんか――んむ……っ!」
私の口答えは、先生に飲み込まれてしまいました。
頭の中にビリビリと電流が流れて、脳神経がショートしてしまいそうです。
息継ぎしながら何度かキスを重ねて、ようやく先生は私を解放してくれました。
「ところで、どうしたの? 私に会いに来てくれたの?」
「あ、は、はいっ。えと、執務室の電気回りの保守点検です。もっ、もちろん! 先生にも会いに来ました!」
「ん……そうか。もうそのタイミングだったね。よろしく頼むよ。目が覚めたところで、私も仕事の続きをしないとね」
先生は椅子に座り直し、眼鏡を着けました。私が作ってプレゼントした眼鏡です。先生がお仕事に取り組み始めたことで、私のぽーっとした頭が少しずつ落ち着きを取り戻していきます。
「コトリ。今日の当番は遅番だから、来るまでもう少しかかるんだ」
「なるほど、つまり……把握しました! すぐに終わらせますねっ!」
私が早く点検作業を終えれば、二人きりの時間が作れるということです。いつもにも増して、俄然やる気が溢れてきました。工具箱を取り出して、早速準備を整えます。
眠りこける先生になけなしの勇気を振り絞ったおかげで、濃厚なスキンシップを交わしてしまいました。頭は茹だり、幸福感で蕩けそうになっています。「歩く足には棒当たる」ということわざ――やはり、結果を求めるならば、行動を起こすべき、ということなのですね。
唇に残る余韻をこっそり舐めながら、私は作業に取り掛かりました。
終わり
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この後、全文公開するにあたって追加した、コトリの誕生日エピソードが続きます