歩く足には棒当たる   作:夜の機動戦士

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全文公開するにあたって追記したエピソードです。

ここまでの内容はpixivでもご覧いただけます。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23710357


月は綺麗ですか?

 

 私は、冬が好きです。特に十二月が。

 

 一年を締めくくる空気が街に漂い始め、新しい年の到来を祝うムードに人々の目が輝きを増していきます。

 

 この時期は楽しいことが目白押しです。冬休み、クリスマス、忘年会と、楽しいことが次から次へとバトンのように渡されて、上がったテンションが下がる暇なんてありません。そして、何より――

 

「コトリ、誕生日おめでとう!」

 

 パン、パン、パン。クラッカーの乾いた破裂音が、エンジニア部の部室に鳴り響きました。ウタハ先輩とヒビキと、エンジニア部の仲良しが、クラッカーを鳴らす前、私にハッピーバースデーを歌ってくれました。

 

 二人の音程はところどころズレていましたし、ウタハ先輩が妙に小節を聞かせているのに私は噴き出しそうになってしまいましたが、でもいいんです。飾りっ気のない、いつもの二人が、ニコニコして私の誕生日を祝ってくれるのですから。

 

 大晦日。一年の最後の日。この日に私は生を受けました。家族も友達も、私の誕生日は私の誕生日として祝ってくれます。ケーキを食べて、年越しそばも食べて、年が切り替わって元日になった瞬間、真夜中の眠気も吹き飛んで、そのまま初詣に直行するんです。

 

「楽しいことづくめなんだね、コトリの年末は」

「えぇ、そうですとも。年末年始はずっとお祭りなんです!」

 

 早口でまくしたてる私の話を、先生は相槌を打ちながら聴いていてくれました。ただの生返事でないのは、先生のリアクションを見ていれば分かります。それに、今は――テーブルの下で手を握りあうような、親しい仲なのですから。

 

 シャーレの先生。みんなに優しい大人。そして今は――私の恋人。マグカップの取っ手を摘まむ指がセクシーです。言葉を発した時に上下する喉仏を見ていると。私はドキドキしてしまいます。カフェオレでうっすらと湿り気を帯びた唇はいつもカサついているのですが、意外とぷにゅっとしてて柔らかいんです。

 

 あぁ、説明したいです! 先生の好きな所を! 多分四時間ぐらいは喋りたおせると思います!

 

 ですが、四時間も喋っていたら、ウタハ先輩は「うん、そうだね」しか言わなくなり、ヒビキは目を合わせてくれなくなります。それに今日は、そこまで喋っている場合ではありません。

 

「……さて、そろそろ準備を始めようか」

 

 ウタハ先輩がゆっくりと椅子を立ち、ガレージに向かっていきました。

 

 

 * * * * *

 

 

 パーティーが始まったのは十二月三十一日の午後十時。現在時刻は一月一日の午前二時。大晦日の夜はモノレールや地下鉄が終夜運転していて、寮で冬休みを過ごす生徒も、この日だけは門限破りも不問とされます。

 

 ウタハ先輩発案のオーバーナイトプランは、深夜に外出して神社へ初詣に行く、といったオーソドックスな――悪い言い方をすればありきたりな――ものとは違いました。

 

 先輩についていってガレージに移動すると、明るい色のフライトスーツが四着置いてあります。パープル、スカイブルー、レモンイエロー、そしてホワイト。

 

「えっと……これから何をするのか、聞いてもいい?」

「おや、先生はコトリから聞いていなかったのかい?」

「あれっ、ウタハ先輩からお話しされていたのかと思って……」

「報連相、できてなかったんだ……」

 

 どうやら先生は事情をご存じない様子。では私が!と手を挙げるよりも前に、ウタハ先輩が促してきました。ヒビキがちょっとだけ、警戒する目で見てきます。

 

「ご来光登山をします! 説明しますね! ご来光とは、高山や山頂などで、尊いものとして望む日の出のことです。 現在では山頂で目にする日の出の意味に使われることが多いですが、もともとは『ご来迎』と書き、山頂近くの高い雲に自分の影がうつされると、色の付いた光の輪を背負った仏の像に見えることをいいました。 あっ、仏というのは、主に百鬼夜行自治区で信じられている存在で……」

 

 誕生日を迎えたばかりということで、今日の説明は絶好調です。ただし、出発時刻は厳格に定められており、私の説明で時間を圧迫することはできません。何しろ、自然現象は私たちの都合には合わせてくれないのですから。

 

「……ということで、山に登ります!」

「えっ、登山の準備なんてしてないけど……」

「ふふん、私たちには私たちなりの登山がある。肉体ではなく、知恵で登る登山がね」

 

 ウタハ先輩が待ってましたとばかりに、フライトスーツの傍でカバーをかけられていたジェットパックをお披露目しました。いつか来る宇宙空間での船外活動を想定した、やがて宇宙服に装備されるシステムの一つです。姿勢制御の難しさから試験運用では事故ばかりだったのですが、ミレニアムを一周できるぐらいに安全性や持続性が改善されたのです。

 

「これを装着して、ゲヘナの火山地帯まで飛んでいこう。高山の頂上ではなく、それより低くて、山頂の影から登る太陽を見られるところがあるんだ」

「山までひとっとびか……凄いね、ロマンがある」

 

 ロマンと聞いて、ウタハ先輩は得意げに口角を上げました。その隣でヒビキも頷き、私も眼鏡を、くいっ。

 

「ゲヘナのグレイベア公園内にある〝キャピタン〟を目指すよ。一枚岩としてはキヴォトス最大で、谷底から頂上までは1500メートルある」

「えっ、一つの岩でそんなに巨大なの?」

「うん……ロッククライマーの聖地になってて、タイムアタックしたり、命綱なしの『フリーソロ』って登り方をする人もいて」

「あっ、ヒビキ、説明なら私がっ」

「たまにはヒビキからの説明も聞いてみたいかな」

「んぐぐ……!」

 

 気のせいでしょうか。ヒビキが「私に向けて」ニヤリと笑いました。多分、わざとです。

 

「やっぱり、私が先生に説明したら、妬いちゃう?」

「!! いっ、いえっ、そんなことは、ありますけど……!」

「あるんだ」

 

 ヒビキとウタハが、くすくす笑いました。ヒビキ自身もいたずらっぽい所はちょっとありますが、ウタハ先輩の差し金な気がします。

 

 でも、いいんです。私と先生の仲を構築する手伝いをしてくれた二人の前で、先生への好意を隠す理由もありませんから。熱くなる顔を手で仰ぎながら、私はにっこり笑ってみせました。

 

「ところでウタハ。4人に対して、ジェットパックが3つしかないみたいだけど」

「あぁ、一つは二人乗りだよ。推力と燃料タンクがより大きくなった三号機なんだ。コトリと先生の二人分なら、問題なく空を飛べるはずだよ」

「二人で?」

「はい! 私が先生を背負います!」

「コトリが、私を?」

 

 先生が驚くのは織り込み済みです。ミレニアム生はあまり力の強くない子が多く、私も御多分に漏れずその一人ですが、それでも先生の体重ならそれほど苦労せず持ち上げられます。

 

「先生にジェットパックの本体を背負ってもらい、私の体と結び付けて固定します。その……おんぶする感じで重心を安定させて。姿勢制御はほぼ自動でやってくれるので、あとは先生が私にしっかりしがみついてくだされば!」

「な……なるほど……」

 

 先生のお顔にはまだ動揺が見られました。乗り物に乗らずに空を飛ぶというのがどういうことなのか、ピンと来ていないようでもありました。それとももしかして、先生が私を背負う、と想像していたのでしょうか。いや、それとも、まさか、お姫様抱っこ?

 

 ――やってみたいです……!

 

 お姫様抱っこなんてされたら顔から弾幕が出てしまいそうです。今日は無理でも、いつかは……!

 

 先生は私の期待どおり、首を縦に振ってくれました。

 

「では、さっそく装着しましょう。上空は非常に寒いので、フライトスーツを着けてくださいね」

「うん。……私のは、この白かな?

「はい! 連邦生徒会のホワイトです! で、首から下をスーツで保護したら、頭部はこのヘルメットを。ジェットエンジンの騒音やふとした衝撃から頭を守るだけではなく、通信機能も備わっています!」

 

 ヘルメット団が被っているものと少しばかりデザインが似てしまいましたが、視界が開けるように前面は大部分が透明な強化アクリル製です。以前試運転した時は、夜空の星が綺麗でした……!

 

 二人羽織りでジェットパックを使用する私たちと異なり、ウタハ先輩とヒビキはもう準備を整えています。私たちも、あとはドッキングすれば離陸準備OKです。先生の背中にはジェットパックが装着されて、外れないようしっかりと固定されています。あとは、私の胴体と先生の胴体をベルトで結んで、腕も巻きつけてもらって――

 

 

 むぎゅ

 

 

「わあぁぁぁーーーーーッッ!」

「あっ、ごめん。なんか掴める所があったから、つい」

「確かに出っ張ってますけど、そこは後で――じゃなくて、お腹の上の方でお願いします! 下っ腹を摘まんだりしたらダメですからねっ!」

 

 いきなり胸を鷲掴みにされて思わず悲鳴をあげてしまいました。二人きりならまだしも、先輩とヒビキの前では、さすがに許容できません。バクバク暴れる心臓が、フライトスーツから飛び出てしまいそうです。

 

 ちょっとした事故はありましたが、私と先生も準備完了です。燃料タンクの残量は十分。ガレージの搬出用扉が重い音を立てて開いていきます。

 

『さぁ、テイクオフだ!』

 

 通信機越しにウタハ先輩が声を張り――私たちは大空に飛び立ちました。

 

 

 * * * * *

 

 

 濃紺の夜空はどこまでも無限に広がり、世界の全てを闇に飲み込んでしまいそうです。しかし、ミレニアムの市街地を離れて、ゲヘナ学園自治区との境界に向けて飛んでいると、漆黒に瞬きが目立ち始めました。

 

「先生、寒くありませんか?」

 

 私の背後でパックを背負っている先生に語りかけます。

 

『大丈夫だよ。凄いね、まったく風を通さないんだ、これ』

「この季節の上空は非常に気温が低いですからね。『寒い』じゃ済まないですよ」

『過酷な自然環境を乗り切るための科学力、ということなんだね』

「そういうことです!」

『で……寒さもエンジンの騒音も大丈夫なんだけど……よく見ると、すごい遠くに地面がうっすら見える気がして」

 

 先生の声が微かに震えています。ジェットエンジンで宙に浮いているだけで、ほぼ生身で空中にいるこの状況。慣れていなければ怖くなってしまうのも無理ないでしょう。

 

 チャンスです。どちらかといえば面倒を見られてばかりでリードされがちな私ですが、ここは頼れるコトリになってみせようじゃありませんか。私は先生を安心させるべく、優しく語りかけました。

 

「大丈夫ですよ先生、私がついてますからっ」

「ふふ、コトリはいつでも元気だね」

 

 ――あれ?

 

 ASMRよろしく、優しく甘~く囁いたつもりだったのですが……。ヘルメット越しに聞こえるエンジン音に負けるまいと、声を張ってしまったようです。また空回りでしょうか――いえ、まだまだです。せっかく先生をこの夜空にお連れしたのですから、話すべきことは山のようにあります。

 

「先生、下でなく上を見てみましょう」

「上……」

「そうです。市街地からだいぶ離れたので、人工の光に遮られない星空が見えますよ!」

「……ホントだ」

 

 右も左も、正面も真上も、プラネタリウムで見るような満点の星空です。ミルキーウェイとも言われる天の川もよく見えますし、冬の澄んだ空気のおかげで、星明りは目も眩むほどに輝きます。雲に覆われてしまうことも多いのですが、今日は見渡す限りどこまでも、濃紺の世界です。

 

「すごい……」

 

 感嘆の溜息が、通信機越しに私の耳をくすぐりました。ヘルメットのバイザーは透明ですから、きっと星空がよく見えることでしょう。後ろでもぞもぞしているのは、首を回しているのかもしれません。先生の腕にちょっと力が入った気がして、つい意識が集中しています。ウタハ先輩とヒビキの二人は、私たちの少し前を並んで飛んでいます。

 

 あの二人は、どんな言葉を交わし合っているのでしょう。ウタハ先輩が、あのしっとりした声色で、ヒビキを口説いているのでしょうか。それともヒビキが、日頃のお返しとばかりに、攻勢に出ているのでしょうか。ちょっと気になりましたが、特に何も聞こえていません。恋人同士のプライベートなお喋りは、さすがにチャンネルを閉じているのでしょうか。

 

 二人の様子を気にしながら、私もこっそりと通信機のチャンネル設定を変えました。

星空ばかりに注目していましたが、今宵は月も美しいです。満月まではあと少しというところでしょうが、夜空でカーンとした存在感を放っています。

 

 遥か彼方まで広がる空に二人っきり。星がキラキラ光り、クリスマスのイルミネーションみたいな、どこかロマンチックな雰囲気が醸しだされています。さらには、道標のように夜の太陽として輝く月。こんなシチュエーションで出す話題といったら、アレしかないでしょう。

 

「先生は、月にまつわるこんな俗説をご存じですか?」

「俗説?」

「教員として働くある作家が、今では『あなたを愛しています』と訳される外国語表現を生徒に訳させた際、『この国の言語でそういう言い方はしないだろう。〝月が綺麗ですね〟とでも訳しておきなさい』と言ったそうなんです」

『ロマンチックな意訳だね』

「ですが、確かな歴史的資料は残されていません。ただ、先生もおっしゃるように、その文脈に生じるロマンの香りが人々の心を打ち、今に至るまで記憶されるフレーズになったのかもしれませんね」

 

 ドキドキ。心臓が波打ちます。心なしか、背中にも微かに、同じリズムの振動が伝わってきます。もしかして今、私と先生のリズムが揃っているのでしょうか。たまたまかもしれませんが、何かが一致しているという感覚に、なんだか口の中が甘くなってきた気がします。

 

 この流れなら、きっと言ってくれますよね。

 あぁ、まだかな、まだかなぁ……♪

 胸を躍らせながら私は待ちました。

 

 ところが――

 

『今夜の月は、どう?』

「えっ?」

 

 先生は、ここまでの流れから絶妙にずらした質問を投げかけてきました。私の乙女回路が思わず誤作動を起こします。そのせいか、ほんの数秒前まで頭に思い描いていたシナリオが飛んでしまいました。

 

「えーっと、今日の見え方は『小望月』と言われる月ですね。十四日月、待宵月とも言われます。満月のことを望ともいうのですが、もうすぐ望月だから、小望月というわけです。そもそもですが、月はおよそ29.5日で――」

 

 違う、違う、違う。口から勝手に説明が飛び出していきますが、せっかくの雰囲気が台無しになってしまいます!

 

 頭の中身が言葉になって出ていくばかりだったのですが、ふと息継ぎをした隙間に、先生は重ねて尋ねてきました。

 

「コトリにとって、今夜の月は綺麗かな?」

「……!!」

 

 問いかけられた瞬間、稲妻のようなものが私の体を駆け抜けました。まさか先生は、私をからかってらっしゃる? それとも天然? いずれにしても、再び乙女回路が熱暴走をはじめました。言わせようとしているんだ、と頭で分かりつつ、私は口にしてしまいました。

 

「はい……き、綺麗なお月様だと思います……えへへ」

「それは、ただの感想かな? それとも」

「そ、それとも……?」

 

 ヘルメットの中が熱くなっていきます。真冬の上空で汗をかいてしまいそうです。鼓動が高鳴っているのも、きっと先生の胴体に伝わっているに違いありません。「言わぬが花ですっ」で逃げ切ろうとしても、先生に話題を振ったのは私の方です。でも、甘い言葉をストレートに囁くのは、すごくすごく、勇気のいることで――

 

『コトリ』

「はっ、はいっ!?」

『月が綺麗だね』

「えあっ、あっ、そのっ」

『もちろん、さっきのコトリの説明はちゃんと聞いていたよ』

「はひっ、ひ……!」

『とっても綺麗な月だ。ずっと眺めていたいな』

「わぁ、ァ……!」

 

 どもるしかできない私。顔が燃え上がりそうです。

 距離を置いてクールダウンしたいのですが、私は〝また〟逃げられません。

 あぁ、これ以上乙女心を揉みしだかれたら、気絶してしまうかも――

 

『……おほん。盛り上がっているところ、失礼』

 

 突如、ウタハ先輩の声が聞こえてきました。

 

『チャンネルがオープンになっているのは、気づいているかな?』

「えっウソっ、さっきチャンネルは閉じましたよっ!?」

『……やりとり、全部聞こえてるよ』

 

 ボソリとヒビキが呟きます。

 

「――――――――――――――――――――」

 

 

 誕生日DAY2。

 きっと私の絶叫は、キヴォトスの空を揺らしたことでしょう。

 

 終わり

 




ここまでお読みいただきありがとうございました。

あとがきって何を書いたらいいのか分からないんですが、感想・高評価など頂けたら嬉しいです。
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