黒鉄の破壊者   作:佃煮いなご

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地下鉱山動乱編
第1話


 

「やり過ぎるなよ若造。ここを落とした暁には我々が利用するのだからな」

 

「分かってら」

 

 応えた兵士は、明らかに苛立った様子だった。忙しなく回転する聴覚アンテナが当人の緊張を伝えている。一際頑強そうな黒いボディが、今は少し小さく見えた。

 

 ダイアトロンは鼻を鳴らした。兵士は名をアイアンバスターといっただろうか。この辺りでかき集めた連中のなかでは見どころがある方だが、期待したほどの働きはできないまま命を落とすかも知れない。

 

 とはいえ、あまり1人1人に肩入れするものではない。仮に役に立たなかったとしても、即席で集めた駒として割り切っていかねばならない。そういう考え方は嫌ってきたが、ここまで手勢を抱えてしまった以上はいちいち感傷に浸る訳にもいかないのだ。

 

 そう思い直すとダイアトロンは背中の装甲に収納していた翼を展開した。ブースターに点火すると同時に、強靭な脚力で地を蹴って垂直に飛び立つ。中空で手足と首を格納し、完全に飛行に適した姿に変形すると、眼下にこれから彼らが突入する施設を一望した。巨大な掘削装置、鉱物の加工精製場、輸送用に張り巡らされたレール、架線。採掘場の拡大に伴い幾度となく増設を繰り返されたであろうそれらは異様な佇まいをしていた。今いるこの場所も地下市街の下層にあたるはずだが、穴の深部は窺うこともできない。奈落のような採掘坑の奥底から、怪物じみた施設が確かに稼働していることを示す轟音が這い上がってくる。ここを制圧すれば、自分たちの懐事情は随分と変わってくる。

 

 上空を旋回して見下ろす限りでは、人(※1 本作では基本的にアイアンクラッド人、つまりメタモーファーを指す)の気配はない。かつては多くの作業員がここで働いていたとバスターは語っていた。しかし、数万年前から彼らの行っていた単純な肉体労働は徐々にオートマタ(※2 生命を持たない人工知能搭載型の機械)に取って代わられていったそうだ。今となっては掘削作業員は全盛期の数%にまで削られ、専らオートマタの管制や整備を行う技術者が働いているらしい。工区より少し登った所には集合住宅だったと思しき廃墟が残っていた。弾き出された彼らがどうなったかという問いには、知ったことではないという答えが返ってきた。

 

 大方、彼自身がそういうあぶれ者なのだろう。だからこそ、自分の話に乗ってきたに違いない。

 

「閣下、時間です」

 

 副官のドレッドノートからの通信だ。

 

「では手筈通り始めろ」

 

 頭上からくぐもった地響きが連続した。地上部で砲撃が始まったのだ。すり鉢のような構造のこの都市の行政区画は地表やその付近に集中しており、下に行くほど住民は貧しく、治安もそれだけ悪化する。軍が守ろうとするのはまず地上部だろう。下層に降りてくる時こそ通気トンネルを使って忍び込んだが、最早その必要もない。層の間に設けられた隔壁をぶち破り、ダイアトロンは一気に地表まで上昇した。

 

 最下層の採掘エリアの方も、少ないながら存在する職員の抵抗はあり得る。加えて防犯用のオートマタや雇われの警備員程度はいるだろうが、そちらの制圧はここでかき集めた者たちと数名の指揮官に任せる。自分たち主力は上層で正規軍を抑えなければならない。

 

 既に砲撃で地表の一角はパニックに陥っていた。通信チャンネルを自軍全体に開き、ダイアトロンは吼えた。

 

「かかれっ!」

 

 

 

 坑道に響き渡るサイレンが耳障りだった。苛立ちを紛らわすように、アイアンバスターはたった今味方が撃ち落とした警備ドローンの残骸を踏み潰した。

 

「大したことねえな。オートマ様も」

 

 一緒に殴り込んだ1人がせせら笑う。返事こそしないが、全くもってその通りだ。ここに全盛期と同じだけの作業員がいたのなら一筋縄ではいかなかったかもしれない。重労働用に生み出されたメタモーファー(※3 自然出生ではなく、クローニングに近い技術で生み出された個体。本作独自設定)は火器こそ持たないが単純なパワーとタフネスは高水準だ。それは採掘場を出た後に自分の身をもって知った。

 

 

 アイアンバスターは元々この採掘場で鉱石を掘るために何千と製造された人工のメタモーファーの1人だった。培養槽から取り上げられた数時間後には基本的な作業の教練が始まり、外殻とフレームが最低限の強度まで生育したところで現場に投入された。識別番号で呼ばれており、指示役たちのような名前は皆持っていなかった。

 

 昼も夜も無いような穴倉で、決まった時間の睡眠と食事以外はひたすら作業に明け暮れる日々が数年続いた。働き次第では休暇や賃金とやらが出て中層にも出られると聞かされてはいたが、穴倉を去る日は思いがけない形で訪れた。

 

 オートマタによる採掘の自動化が進むことで最初に弾き出されたのは、彼のようなまだ成長しきっていない人工個体たちだった。子供は作業効率に劣る上、成長のために欲する金属や油分も多いからだ。

 

 通常の出生を遂げたメタモーファーと同等の権利を持つのかといった議論も充分に為されぬうちに労働力の補充として導入された彼らは瞬く間に負債扱いされるようになり、その扱いについて法整備が進む前にと大量に解雇された。

 

 放り出されたのはまだ有情な方で、"生まれる"前の人工個体は培養槽ごと処分されたという噂だった。とはいえ、解雇と称して坑道から追放された子供たちも似たり寄ったりの末路だった。 

 

 中層との隔壁近くまで這い出たものの、身請け人になってくれるような大人に拾われた者は一割もいなかった。下層の街は俄かに浮浪児で溢れかえった。彼もまた、突然の解雇に抗議するも聞き入れられず、文字通り坑道から叩き出された。咄嗟に引っ掴んできた自分のツルハシという財産があるだけマシな方と言えたかもしれない。

 

 当初は道行く者に声をかけて装甲を磨いたりといったことで日銭を稼いだがとても足りず、ゴミ溜めを漁り、屋台通りの地面に落ちた食べカスをかき集め、時には他人の排泄した廃液が混ざったような排水溝の油さえ啜った。同じような境遇の者が飢えや事故で死ねば売り物になるパーツの奪い合いだった。

 

 そして、事は起こった。

 

 

 

 その時の彼は十数日ゴミ漁りでも物乞いでも碌な成果を上げられていなかった。遠からず動けなくなるだろう。そうなれば同じ浮浪児たちの手で解体され、売り飛ばされることになる。既に周りの視線はくたばるのを待つようなものに変わっていた。助けようとする者はいないし、彼自身も他人を助けたことは無い。

 

 体力が落ちているせいで遅れをとり、日中は結局何も手に入らなかった。既に疲れ果てているが、休んだところで回復する見込みはない。

 

 覚束ない足取りで夜半まで繁華街の路地裏を彷徨っていたところを、勢いよく誰かに突き飛ばされた。ほとんど同時に野太い罵声が浴びせられる。相手は酷く酔っ払っているらしく、傍に勢いよく嘔吐した。ガラクタに突っ込みながらも、そいつが漂わせる嗜好用オイルと吐瀉物の臭いが鼻を突いた。それに触発されたように、麻痺していた感情が蘇る。

 

 かたや飢え死にしかけている自分の前で、こいつといえば不必要なオイルで酩酊しては食い物を吐き散らかしている。今更ながら見せつけられた差に、瞬間、循環液が煮えくりかえった。ツルハシを杖代わりに身を起こし、その柄を握り直す。焦点も合わなくなり始めていた目が、今この時は歩き去る相手の背をしっかりと捉えていた。

 

 既に酔っ払いは浮浪児を突き飛ばしたことも忘れているのかもしれない。その背後から飛びかかり、頭目掛けてツルハシを振り下ろす。全くの無防備で一撃を加えられた犠牲者は、悲鳴すら上げずに倒れ込んだ。陥没した後頭部から火花を散らし、不規則に視覚センサーを明滅させる機体の胸部装甲をこじ開ける。自分たちメタモーファーの体の形状は様々だが、大抵そのあたりの位置に収納スペースが付いているものだ。生死を心配するような気持ちは全く起こらなかった。案の定、貨幣はそこに収まっていた。

 

 彼は奪い取った金銭で生まれて初めて腹を満たすと同時に、暴力というものを学習した。

 

 以来、彼は追い剥ぎのようなやり口で生計を立てるようになった。勿論、常に成功していたわけではない。返り討ちで半殺しにされたことも、治安部隊から逃げ回る羽目になったことも一度や二度では済まない。それでも、ゴミを漁ったり通行人に媚を売って端金を恵んでもらう暮らしに戻る気にはなれなかった。

 

 それだけ上手くいった時の利益が大きかったのもあるが、暴力の快感に取り憑かれていたことは疑いようもない。餓死の危険から解放されると、多少の不利や手傷を顧みなくなり、次第に襲撃は大胆になっていった。

 

 浮浪児たちの中で彼だけがそうした犯罪に手を染めたわけではないが、とりわけ凶暴であったことは間違いない。同じような素行不良の連中とも衝突を繰り返し、叩きのめしては奪った手足や吸排気フィルター、声帯ユニット、眼球などを売り捌いた。下層は煤塵や質の悪い油に加え、疲労を誤魔化す薬物や電子ドラッグでパーツを損耗する者が多く、ジャンクの買い手には困らなかった。替えの利かない部品を奪われ、修理資金すら毟り取られて再起不能になったチンピラも少なくない。

 

 大人からも恐れられるようになった頃、アイアンバスターという名前で呼ばれ始めた。彼の住む街では概ね本人の性状をそのまま示すような名付けがされる。その例に洩れずといったところだが、より直接的な表現で"壊し屋"と呼ばれることもあった。

 

 

 

 皮肉なことに、坑道で働いていた頃より金属も油も十分摂れるようになり、彼の体格は標準的な同系の人工個体より二回りは大型化した。元から頑強に育つように調整されているものの、坑道の配給では成長ポテンシャルを最大限には発揮できなかったのだろう。尤も、追い出された浮浪児たちの中で大人になるまで生き残った者もここまでの巨体に育つことはそう無かった。

 

 体躯の大きさはそのまま装甲の厚さであり、打撃の重さだ。成長したバスターは一対一の格闘戦なら向かう所敵なしだった。おこぼれを狙う者や彼の逆鱗に触れまいとへつらう者が集まるようになり、ギャング団の様相を呈し始めると、もはや中層から治安部隊を多少応援に呼んだ程度では太刀打ちできない存在と化していった。

 

 活動自体も組織化、大規模化し、かつては奪ったパーツをジャンク屋に売り飛ばすだけだったのが、金貸と裏でつるんで修理や買い戻しを求める被害者からさらに搾り取るようになった。傘下に入るフリをして上前を刎ねようとする輩なども時折現れたが、構成員に限らず誰かが必ず情報を寄越すため、数日後にはそいつのパーツがジャンク屋に並んだ。誰も彼も、"壊し屋"の制裁を恐れていた。

 

 それでも、下層が彼一人の天下だったわけではない。同程度の規模のギャング団が常に三つ四つ存在しており、互いに縄張りを削り取ろうと有形無形の小競り合いを繰り広げていた。

 

 道を歩けばいつ何時追い剥ぎに遭うか分からず、ひとたびギャング同士の抗争が始まれば無関係な市民は嵐が過ぎるまで震えて待つしかない。魔窟と化した街から逃げ出せる者は逃げ出したが、大半の住人は他に行くところがなかった。上の階層との行き来は隔壁と検問で制限されており、一時的な滞在ならともかく居住許可となると容易ではない。

 

 自然と、堅気の住人もどこかしらでギャングに擦り寄ることで保身を図るようになっていった。ギャング間の対立は時折勢力図を入れ替えながら続いたが、やがて表立っての争いは下火になり、少なくとも街の一角を支配するバスターの立場は揺るぎないものとなった。

 

 だが、支配者然とした暮らしを得て尚、やり場のない苛立ちが常に彼のメモリの片隅を占拠していた。検問官に鼻薬をきかせてやって中層にも進出し、食い物に限らず質のいい品を手に入れることも難しくはなかった。縄張りの中で気に障った奴は部下を動かすなり自分で手を下すなり好きなように排除できた。身近な欲求は何不自由なく満たされていると言ってもいい。苛立ちの根元はもっと離れたところにある。

 

 治安部隊との大規模抗争で1度彼らを打ち負かして以降、隔壁の遥か上に住む連中は下層ギャングの活動に急激に無関心になった。まっとうな市民ごと、隔壁の下に問題を閉じ込めることにしたのだ。そのおかげで自分が幅を利かせられた訳だが、反面、上の奴らのそうした態度は気に食わなかった。

 

 最初に坑道から自分たちを叩き出すことを決めた奴も、恐らく下層の惨状を知ることすらなく隔壁の向こうでのうのうと暮らしている。検問官を数人丸め込んだところで、そういう連中を殴り飛ばすことが叶わないのは学が無いなりに理解していた。

 

 奴らがいるのはさらに隔壁を何枚も挟んだ先だ。いくら下層で最強と恐れられていようと、1人ではどう足掻いても上層手前で捕まって、その日のニュースの端っこにでも載せられて瞬時に忘れ去られるのがオチだ。

 

 自分の周りに何百と群がるチンピラどもも、あくまで腰巾着でいた方が金と飯にありつけるからそうしているだけだ。向こうがこちらを黙認する以上、政治家や企業の大物に噛み付くことに何の利益も無い。殴り込みなど提案したところでついてくるバカはいないだろう。ともすれば、時流を見計らえないボスとして支持を失うことになる。

 

 成り上がる前、毎日のように金や食い物を奪い合い、抗争に明け暮れていた頃はそんなことに意識を向ける暇も無かった。登り詰めてなお届かない場所があると悟ってしまうと、自分のような手合いは街の底で踏ん反り返らせておけば良いと嘲笑われているようでかえって無様に思えた。

 

 

 そんな矢先に現れたのが、あのダイアトロンとかいうメタモーファーだ。奴は、この街どころかこの星の統治機構、アイアンクラッド王国そのものを倒そうとしているらしい。穴倉と下層のスラムしか知らない自分には規模が大き過ぎて想像も付かないが、それでも狂った妄言であることは分かった。それ以前に、自分が望んでも叶わないと諦めていたことをやってのけると嘯く自信に満ち溢れた様が回路を逆撫でした。

 

 大それた計画をぶち上げて手を組もうなどと持ちかける輩はこれまでにもいた。普通なら一笑に付して追い返すところだ。だが、気付いた時には掴みかかっていた。

 

 

「戯言ではないと分かったか、小僧」

 

 ダイアトロンは、片腕でバスターを捩じ伏せていた。凄まじい力で地面に押さえつけられながら、更に殺気を帯びた視線が幾つも自身に突き刺さっていることに気付く。サシで話していたつもりだが、いつの間にか奴の手勢に取り囲まれていたらしい。いや、話しかけてきた時から既に潜ませていたのだろう。

 

 バスターは奥歯を砕けるほどに噛み締めた。取り巻きの連中ですら、相応に修羅場をくぐり抜けてきたと自負していた己を何歩も上回っていることを示された。それを従えるダイアトロンというメタモーファーは、確かにこの街を落とし得る力を持っているのかもしれない。

 

「話は済んだ。決起は3日後だ。我々と共にこの腐れた街を打ち崩すか、指を咥えて見ているか、貴様の選択は自由だとも」

 

 言い残すと彼は自軍の通信チャンネルへのアクセス権を押し付けて去っていった。1人残されたバスターは身体を起こすと、改めて思考を巡らせる。

 

 今更、他人の下につくことをそう易々と認められる訳がなかった。それに、やはり国を相手取るというのは妄言としか思えない。だが、奴は少なくともこの街の在り方を変えるくらいの破壊は齎すだろうという確信に近いものも覚えた。

 

 その時に漫然と体制が崩壊していく様を眺める選択肢は無い。かといって、この場だけ奴の動きに便乗して気に食わない連中を叩きにいくような真似は耐えられない。腹を括るしかなかった。

 

 

 

「……クソッタレが」

 

 坑道を駆けながらここしばらくの自分の動きを振り返り、誰にともつかない悪態が口をつく。傍にいたメタモーファーが怪訝な声をあげた。

 

「機嫌が悪そうだな。今までコケにしてきやがった奴らに一泡吹かせるまたとない機会なんだ。少しは楽しめよ」

 

「何でもねえよ。あいつらに溜め込んでた不満のひとつくらい出して良いだろ」

 

「なら良いが」

 

 第一目標である鉱山の集中管理室までは最早そう遠くないところまで来ている。オートマタの管理権限さえ奪取すれば、採掘設備はこちらの思いのままだ。ハッキングを担当する仲間をそこまで護衛するのがバスターと他数名の役割だった。

 

 大した防衛設備もなく、道中は順調過ぎると言ってもいい。その時だった。一条の光線がバスターの隣にいたメタモーファーの肩口を貫く。

 

 突然の激痛に悲鳴を上げたそいつに黒い影が飛びかかる。長い刃物らしきものが閃くのがバスターからは見えた。襲われた仲間はその場に倒れ伏す。死んではいない。だが的確に腕と足を破壊されていた。

 

「やはり反乱に加担していたか。"壊し屋"……!」

 

 襲撃者は足を止めたバスターに向き直る。その目は憎悪に赤々と燃えていた。頑丈そうな体躯と、一際太く発達した腕、頭部の両脇に立った聴覚アンテナ。背丈こそバスターより小さいものの、身体的特徴は少なからず一致している。

 

「こいつは俺が引き受けた。てめえらはさっさと行きやがれ!」

 

 一瞬で1人を片付けられたことに狼狽していたハッカーを怒鳴りつける。この先にもこのレベルの相手がいるとなれば、彼らは管理室には辿り着けないかもしれない。だが、ここでもし巻き添えにでもなれば元も子もない。

 

 走り去る仲間を追おうとする相手の前に立ち塞がる。

 

「鉱山の警備職とはな。良い身分じゃないか、2131番……いや、今は名前があるんだっけか……"ヘビーアーム"」

 

 

ー続ー

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