黒鉄の破壊者   作:佃煮いなご

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第2話

 挑発紛いの呼びかけに答えることなく、ヘビーアームは地を蹴って躍り掛かる。突き出した手はこちらには届かない。だが、先程味方が手足を潰されたのを目にしていたバスターは咄嗟に半歩引いて身を開く。

 

 ヘビーアームの手首から飛び出した武器が、バスターの胴があった空間を突き抜けた。更にこちらを追うように横薙ぎに振るわれるが、初撃と比べれば体重の乗りが甘い。穂先を膝の装甲で受け止める。そのまま脚で武器をはね上げようとしたが、相手はそれより先に跳び退った。

 

「最初に俺を狙っとくべきだったな」

 

「黙れ。お前如きに不意打ちする必要などない」

 

 ヘビーアームは得物を構え直す。長い柄の先端に刺突用の突起と三日月型の刃が付いた斧槍とかいう類のものだ。奴ほどの腕力があれば、当たりどころ次第で致命打になり得る。

 

 周囲は長物を振り回せるだけの広さはあった。巨大な採掘坑の上に渡された幅広の回廊のような場所だ。迂闊に後退すれば転落の危険がある。

 

 ならばこそ、相手に仕掛けさせるべきではない。そう判断したバスターは大きく一歩踏み出した。届く間合いではないが、足場を揺るがす程の踏み込みに反応し、ヘビーアームが防御姿勢を取る。

 

 フェイントの成否を確認するより先に走り出していた。奴が奴自身と同じような隠し武器を警戒する可能性に賭けたが、どうやら図に当たったらしい。

 

 生じた隙にねじ込むように肉薄する。あの手の長物は至近距離だとかえって扱いづらいものだ。読み通り、ヘビーアームは距離を詰められるのを嫌って再び跳び退がる。立ち止まらず走り寄る。上段に斧槍が振り上げられるのを視界の端で捉えながら、最後の数メートルで頭から飛び込んだ。

 

 振り下ろされた斧槍の穂先ではなく、柄が強かに肩口を打った。だが、体格差のおかげで叩き伏せられはしない。まともに胴体にタックルを喰らったヘビーアームが吹き飛び、背後の柵に叩きつけられる。すかさず取り落とした斧槍を離れたところに蹴り飛ばした。

 

 ヘビーアームはすぐには起きあがれない様子だった。

 

「てめえじゃ俺には勝てねえよ。同ロットのよしみだ。消え失せろ」

 

「……ふざけるな、悪党」

 

 彼の手元で何かが光る。最初に仲間を撃ち抜いた光線銃だ。だが、バスターの装甲を貫くことは叶わず、表面に小さな焦げを残すに留まった。反乱の危険がある下層出身者に支給される火器など高が知れている。

 

「効くかそんな豆鉄砲」

 

 2発目の閃光が顔の横を通り過ぎる。

 

 次の瞬間、バスターの背後で何かがブチブチと裂ける不快な音が響いた。

 

「何やってんだバカ!!」

 

 怒鳴ったのは、手足を潰されて倒れていた仲間だった。それが無ければ、頭を吹き飛ばされていただろう。すんでのところで反応が間に合い、顔目掛けて飛んできた何かを避ける。

 

 銃撃が当たったのは、回廊を支えているワイヤーだ。飛んできたのは、部分的に溶断された結果張力に耐えられずに千切れて跳ね上がった先端部だった。直撃は免れたが、口元を覆うマスクと顔の右側の装甲がごっそりと削れ、焼け付くような痛みと共に循環液が溢れ出る。

 

「舐めた真似をッ!」

 

 ヘビーアームに殴りかかることはできなかった。一ヶ所の綻びから、次々とワイヤーが千切れていく。回廊が傾ぐ。仲間の身体が滑り落ちる。手を伸ばすが、回廊ごと落下するのが先だった。

 

 当然、落ちるのはバスターたちだけではない。だが、回廊を落とした張本人は臆する様子も無くこちらを睨み据えていた。警備兵が雇い主の施設を破壊することが許されているとは思えない。こちらを倒すことしか頭にないのか。思わず口走った。

 

「イカれ野郎が……!」

 

 

 正確にどの程度落ちたかは分からない。縦穴に突き出た構造物に何度も叩きつけられた衝撃で短時間だが機能停止していたらしい。

 

 復旧したセンサー類が様々な形でダメージの大きさを訴えかけているが、立ち上がることはできた。大量の砂煙に目を凝らす。辺りには回廊の残骸が散らばっている。穴の底ではなさそうだ。穴の途中に何ヶ所か組まれてある鉱物の集積場だろうと見当をつけた。

 

 自分の手には仲間の腕が握られていたが、肘の部分で折れてしまっている。持ち主の姿は見当たらない。バスターは舌打ちをした。掴もうとしなければ、変形するなどしてもう少し上手く受け身を取れていたはずだ。だが、あいつには先ほどの警告に救われた借りがある。

 

 手足の負傷程度なら、助かる目はまだあった。その辺に埋もれているだけかもしれない。尤も、この足場にもぶち当たらずにもっと下まで落ちているならお手上げだが。

 

 

 手近な瓦礫を持ち上げて探しにかかっていると、聴覚センサーが自分以外の物音を捉えた。

 

 人影がよろめきながらこちらに迫ってくる。装甲があちこち凹んだ満身創痍の身でなお、目だけがギラついた光を放っていた。

 

「……何が"同ロットのよしみ"だ。お前みたいな屑どもが居るせいで真っ当な量産型がどれだけ偏見を受けてきたと思ってる……!」

 

「偏見だ? 元から人扱いされてなかっただろうが。そんでもって、俺たちを切り捨てた奴らにヘコヘコ媚び売ってたのがテメェだ。反吐が出るぜ」

 

 言葉と共に口に溜まっていた循環液を吐き捨て、拳を固めた。ヘビーアームは蔑むように目を細める。

 

「お前らギャングもこの鉱山の富に寄生してきたようなものだ。それを仇で返しておいて義勇のつもりか?」

 

 似たようなことを数日前に言われたのを思い出した。ギャングの長としての座を降りると宣言した時だ。一部とはいえ街を取り仕切ってきたのだから、他のギャングと結託してでも反乱軍からここを守る義理があるんじゃないかと、そう言った子分がいた。

 

 自分がスラムで拾ってきた若い奴で、今思えば懐かれていたと言っても良かったのだろう。そいつにとっては下層が世界の全てで、あの暮らしを純粋に好いていた。だから、1番頼れる相手に、街を守って欲しかったのかもしれない。

 

 結局、その進言を無視してこの場に居る。きっと見下げ果てられていることだろう。

 

「……そんなもん知ったこっちゃねえよ」

 

 駆け出す。一歩踏み出すたびに、全身が軋むような痛みが走る。構いはしなかった。

 

 慕ってくれていた存在すら置き去りにしてきた。ギャング団の中にあったのかもしれない義理も情も、その存在に気付いた時には投げ捨てた後だ。もうどうにもなりはしない。

 

 

 後悔の念は無い。どこか自身を縛めていた鎖が外れたような清々しさすらある。

 

「破綻者め!」

 

 ヘビーアームが叫ぶ。

 

「誰がそうした!!」

 

 正道を生きようとしてきた目の前の相手にとって、さぞ自分のような存在は許せないことだろう。だが、結局こいつも人工個体や下層の市民を切り捨ててきた仕組みの支持に落ち着いてしまっている。対する自分はといえば、生きるためと誤魔化すにはあまりにも他人を食い物に肥え太り過ぎた。

 

 街が腐り果てているのなら、自分たちとてそこで生じた膿でしかない。

 

 

 だから、全て壊れてしまえば良い。

 

 

 ヘビーアームの右フックが入るのが先だった。名前に違わぬ重い一撃が、装甲の薄い脇腹に沈み込む。歯の間から循環液と呻きを漏らしながらも、固めた拳で脳天を打ち据える。

 

 衝撃でヘビーアームの左眼が眼窩から飛び出した。まともなメタモーファーなら、ここで戦意喪失するはずだ。だが、とうに奴も正気とはいえない。

 

 再び、腹に拳がめり込んでくる。痛みは、妙に遠かった。打ち込まれた右腕を捉えて捻り上げる。前屈みになったヘビーアームの背に足を掛け、力任せに踏み抜いた。彼のトレードマークだった腕が引き千切れる。

 

 獲物を破壊する、ドス黒い歓喜が押し寄せる。異常なほどに力が漲ってくる。

 

 苦鳴を漏らしたヘビーアームの胴中を蹴り上げ、浮いた身体に拳を叩き込む。

 

 殴り飛ばされた勢いを使ってヘビーアームが起き上がる。右の眼にはまだ光があった。最早構えもクソもなく飛びかかってくる。先刻回廊で負った顔の傷に左手の指を捩じ込み、聴覚アンテナに文字通り喰らい付いてくる。

 

 アンテナが食いちぎられ、強烈なノイズが発生するが、バスターは意に介さず突き立っていた瓦礫にヘビーアームを叩きつけた。追撃の蹴りが入り、瓦礫を粉砕しながらヘビーアームの身体が転がる。

 

 さらに2度、3度と蹴りつけた。既に潰れていた装甲がさらにひしゃげ、飛び散った循環液がバスターの顔にかかる。もう立ち上がってこようとはしない。コアを庇うように身体を丸めるばかりだ。

 

 

 叩き潰せ。踏み躙れ。そいつを鉄屑にしろ。

 

 

 勝負は付いていたが、衝動を抑えきれず頭を鷲掴んで無理矢理立ち上がらせる。もう一方の拳を振り上げた時、突如眩いライトがこちらを照らし出した。

 

 

 集積場の隅に駐機してあったオートマタが起動していた。履帯で瓦礫を轢き潰し、削岩用の馬鹿でかいドリルを回転させながら突っ込んでくる。

 

 反射的に横に跳んで回避した。機体は急ブレーキをかけ、再びこちらに狙いをつけて転回し始める。

 

 バスターの身の丈以上の径があるドリルは、擦りでもすれば木っ端微塵にされそうな代物だが、不思議と恐怖は感じなかった。力をぶつける矛先が変わっただけのことだ。

 

 瀕死のヘビーアームを放り出し、肩に格納していた武器を展開する。特大斧とでもいうべきそれは、小回りが効かないため先程のような一対一ではまず使うことがない。ほとんど威圧目的と物珍しさで買い取った一品だが、重量と硬度は確かだった。

 

 猛進する削岩機からギリギリで身を躱し、ガラ空きの側面目掛けて渾身の力で大斧を振り抜く。

 

 腕のフレームが軋むほどの反動が伝わると同時に、地響きを立てて機械の化け物は横転した。けたたましいアラームを鳴らしながらも、履帯の位置と方向を器用にずらし体勢を立て直そうとする。

 

 その横腹に飛び乗り、外装の損傷に指をかけて力任せに引き剥がしにかかった。力に耐えきれず、自身の関節部からも異音と共に循環液が滲む。咆哮と共に剥ぎ取った装甲板を投げ捨て、内部のケーブルや基盤を引き摺り出す。

 

 アラームが断末魔のような雑音に変わり、一瞬の後に糸が切れたように全ての動作が停止した。

 

 沈黙した機体から飛び降りた。気の昂りが醒めやらず、敵を探すように辺りを見回す。視界の中に動く影は無かった。そして、ヘビーアームの姿も消えていた。削岩機に跳ね飛ばされたか、自力で逃げたか、何にせよ当面戦える状態では無いはずだ。生き残ったかどうかも定かではない。

 

 

「……おい、アンタ、大丈夫かよ」

 

 背後から声がかかった。身を翻し、飛びかからんばかりに姿勢を低くしたバスターに、声の主は怯えたように小さく叫ぶ。

 

 一緒に転落した仲間だと認識するのに数秒かかった。大きな瓦礫の下に、潰されることなく上手く身を隠せていたようだ。

 

「…………なんだ生きてやがったのか。いつからそこに?」

 

 発語機能の使い方を忘れてしまったかのように、言葉を返すのにも少々の間が要った。

 

「最初からだよ。こちとらロクに動けねえんだから。ただアンタは落ちてすぐは伸びちまってたし下手に声出しゃヘビーアームの奴に先に見つかると思ったんでな。それに……」

 

 そこで彼は言い淀んだ。

 

「何だよ」

 

「気悪くするなよ? アンタのさっきの暴れっぷり、バグモーファーになってんじゃねえかと……ま、どうやらまだ正気みたいだな。安心したぜ」

 

 バグモーファーというのは、ウイルスプログラムの感染や薬物乱用とは無関係に、半永久的に狂って暴れ回るようになった個体のことだ。

 

「都市伝説だろ、あれ」

 

 言いつつも、脊椎フレームのあたりに寒気が走った。ようやく今は落ち着いてきたが、確かに先程までの、敵を破壊することに固執したような、他の全てが遠ざかったような感覚は明らかに異常だった。

 

 既にバグモーファーとやらとは紙一重の場所まで踏み込んでいたのかもしれない。

 

「はぐれちまったとはいえ、俺たちはまだ作戦中なんだ。忘れんなよ」

 

「ああ」

 

 念を押すように言われ、首肯する他ない。

 

「それはそうと、だ。ハッカーの奴らヘマしやがったのか? オートマが勝手に向かってくるこたねえだろ」

 

「それについては今通信が入ってきてる。後でまとめて教えてやるからとりあえずこっから出してくれ」

 

 どうやら、アンテナを片方食いちぎられたせいで自分の通信は不安定のようだ。瓦礫を押し除け、仲間を抱え上げる。驚くほど軽かった。お陰で落下のダメージも小さく済んだのだろうが、そもそもこんな身体の造りでは戦いに参加するべきではないように思える。

 

 そのことを口にすると、彼は若干怒ったように胸部のランプをチカチカさせた。

 

「下層市民なんて大体こんなもんだぜ。これでも一矢報いてやるって覚悟決めて来てんだよ。分かる?」

 

「……悪かった」

 

「おう。しかし妙な気分だな。泣く子も黙るギャングの大ボスに謝られるなんてよ」

 

「今はもう違うからな」

 

 実際、ここしばらくで1番肩の力を抜いているかもしれなかった。ギャングという立場はどうしても見栄を張ることが求められる。

 

「ところでお前、名前は」

 

「おいおい、上で小隊組んだ時に自己紹介したよな? ウィンカーだよ」

 

 そうだったろうか。言われてみれば、胸部のランプが賑やかに点滅する様子が名前の通りだ。

 

 ウィンカーが通信を終えるまで、手頃な瓦礫に腰を下ろして待機する。回路が冷えてくるに伴い、疲労と痛みが押し寄せてきていた。本音を言えば一旦エネルギーを補給して自己修復に充てたいところだ。

 

 

「……OK、状況確認が済んだ。移動しながら話そう。行き先は俺が指示する」

 

 バスターは変形し、ウィンカーを機内に格納した。大型の輸送車形態で、整備された坑道ならこちらの方が早い。上で使わなかったのは、集団行動時には玉突きのリスクが生じるからだ。

 

「悪いけどもうひと頑張り頼むぜ。アンタの予想通り管理室に行った奴ら少々マズっててな」

 

 入り組んだ坑道を、ウィンカーの案内で右に左に走っていく。指示に迷いが無いことから、どうやら味方はマップデータの奪取には成功しているようだ。

 

 ハッキング班は無事に管理室に辿り着いたものの、落盤等のために備えてあった緊急避難区画に技術者が立て籠り、そこのアクセスポイントからオートマタの操作権限奪取を妨害しているとのことだった。

 

 先程の削岩機よろしく、採掘用オートマタを遠隔操作で防衛兵器に転用しているためどうにも攻めあぐねているらしい。下手な防犯オートマタより余程厄介だ。

 

「集中管理室は穴倉の中じゃごく浅いとこにある。避難区画はどっちかというと下の方だ。で、俺らは偶然それより深いところまで落ちちまってる」

 

「俺たちで背後を取れってか」

 

「そういうこと。最適ルートで案内してやるよ」

 

 

 通路の壁に、避難区画の案内表示が時々目につくようになってきた。目標は近いようだ。通路を走り抜け、広い空洞に出た。

 

 

 視界が開けた瞬間、真上から何かに胴体を掴まれた。乱暴に振り回され、車内のウィンカーが放り出される。

 

 バスターは目を疑った。掴んできたのは、大型のオートマタのクレーンアームだ。そして、ウィンカーを受け止めたのもオートマタのマニピュレーターだった。追い打ちをかけるように、ウィンカーが笑みを向ける。

 

「運び屋ご苦労さん。悪いがアンタにゃ手土産になってもらうぜ」

 

―続ー

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