黒鉄の破壊者   作:佃煮いなご

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第3話

 

「嵌めやがったのかテメェ!」

 

 高々と掲げられながら、バスターは声を荒げた。

 

「通信内容は大方事実だぜ? 別命あるまで待機ってことを除けばだが」

 

「いつから……っ」

 

 胴体を締め付けられて空気が取り込めず、声が詰まる。どうにか車両形態から腕を突き出して身体を挟んでいるアームの爪部分を掴み、潰されまいと力を込める。

 

「最初(ハナ)っからだよ。いいか、あのダイアトロンって奴はキチガイだ。軍人崩れですらねえのにその辺のチンピラ焚き付けて回って何になる?じきに鎮圧されるに決まってら」

 

 ウィンカーは続けた。

 

「だがひと騒動にはなる。どうせならこの機会にクソッタレな下層からおさらばしようって考えたワケよ」

 

 どうやら、相手方が潜り込ませていたスパイというわけではないようだ。

 

「よく思いついたもんだ。上の連中、俺らの話なんか聞く耳持たねえだろうによ」

 

 胴体の周りに僅かながら隙間ができたため声を発せられるようになったが、ウィンカーがその変化に気づく様子はない。

 

「だからお相手は政治家どもじゃねえ。鉱山の企業様だ。ホラ吹き扱いされるか五分五分だったがよ。どうやら奴さんらは見る目があるみてえだ」

 

 技術者たちの妙な手際の良さに合点がいった。人員が削減されているとはいえ、管理室までの道中で不自然なまでに作業員や作業用オートマタが見当たらなかったのも、初めからここに立て籠もる手筈が整っていたからだ。

 

 バスターは自身を捕らえているオートマタの背後にある建屋に視覚センサーを向けた。シャッターが降りているが、恐らくあそこからこのデカブツを動かしている。

 

 警備兵と防犯ドローンに関しては、情報提供者がもぬけの空になった鉱山を狙うコソ泥である可能性を警戒してのことだろう。

 

 あとは軍による鎮圧まで膠着状態に持ち込みさえすればいい。実際、今のところ襲撃によって企業側が技術者を失うことは避けられている。施設の破壊も回廊の落下を除けば抑えられたと言えるのかもしれない。

 

「ヘビーアームの奴に適当にやられて離脱する手筈だったのによ。あのバカ、橋ぶち落としやがって」

 

 正直、ウィンカーの立てた計画の詳細などはどうでもいい。ただ、ベラベラ喋っていてくれた方が好都合だった。変形動作に入るにはまだ胴回りの隙間が心許ない。

 

「散々な目にあったが、最後にゃ俺にツキが巡ってきたぜ。アンタが通信障害起こしてくれたお陰でな。知ってるだろうが、アンタの首にゃ裏社会で相当の賞金が懸かってる。そいつと引き換えにここに入れてもらえるように交渉したのよ。生き残れりゃこっちのもんだ」

 

「能天気で羨ましいぜ」

 

「あ?」

 

 アームを一気に押し広げ、即座に変形する。爪の根元部分を蹴りつけて拘束から脱し、地面に着地したバスターを見てウィンカーの顔面パーツが引き攣った。

 

「ただで済むと思うなよ、クソ野郎……!」

 

 月並みな文句だが、言ってやらずにはいられなかった。

 

 短い付き合いなりに、彼を気に入り始めていたところだった。戦闘に向かない身体で参加してきたという気概には敬意すら抱いたほどだ。

 

 その実像が、情報を横流しした上に体良くこちらを利用した裏切者だったことには、怒りよりも失望の方が大きかった。

 

 体制が崩れた暁には、ギャングでも企業や役人の手先でもない、彼のような下層市民こそ報われるべきだろうと、一瞬でも思った自分がバカだった。本当にこの街は天辺から根の底まで悉くクズばかりだ。

 

 そして、ダイアトロンの軍勢がこの街の外で興ったことを鑑みれば、他所も大して変わりはしない。奴が国崩しなどと誇大妄想じみた絵図を広げたがる気持ちも今なら分かる気がした。

 

 全て壊れてしまえばいい? いや、そんな生半可な考えだからさっきのように流されかけるのだ。破壊したいのなら、自分の手で、自分の意志で為さねばならない。

 

 ——今更腹が据わったか。自覚すると共に少々の自嘲も芽生えた。

 

 

 疲弊を押し除けるように、強引にコアの出力を上げる。装甲の亀裂から陽炎のように赤い光が立ち昇る。

 

「おい! 中に入れてくれ!!」

 

 泡を食ってウィンカーが喚くが、シャッターは閉ざされたままだ。加えて、建屋を覆うようにバリアフィールドが展開する。同時に、抑揚の無い声でアナウンスが響いた。

 

『こちらでそいつの排除を試みる。君の身柄は可能な限り保護すると約束しよう』

 

 オートマタの腕の1本がウィンカーを器用に抱え込む。兎にも角にも、このデカブツを片付けないことには始まらない。

 

 振り下ろされたクロー付きの腕を躱して再度変形し、周囲を旋回しながら相手の全貌を確かめる。

 

 恐らく、岩石を切り分けてラインに載せる業務を行っている多腕型の大型オートマタだ。幾つかの腕には高周波ブレードが備わっている。捕まった時にあれで切り付けられなかったのは幸運だった。

 

 地盤を掘り進む削岩機と比べれば装甲はおもちゃのようなものだが、バカでかい岩塊を掴んで切り刻むだけあって腕のフレームは十二分に強固だろう。狙うとすれば腕の付け根の本体に収まっているであろうコンピュータだ。

 

 高周波ブレードが頭上の鍾乳石を切り落とす。車体から腕を伸ばして後ろ向きに跳ね飛び、眼前に落ちるそれを回避した。可動域を見極めようと走り回ってみたものの、機体の上半分を360°回転させることで履帯を動かさずともこの空洞内のほとんどの場所に腕が届くようだ。

 

 だが、それは全体の話だ。それぞれの腕の動きは干渉しないように制御されている。勝ち筋は見えた。危ない橋だろうが、あまり長々と戦う余力はない。

 

 地面を砕きながらクローが迫る。直撃の一歩手前で、バスターは車体の前半にだけ全力でブレーキを効かせた。つんのめるような形で身体が浮く。空中で変形し、宙返りしてオートマタの腕に飛び乗った。

 

 振り落とそうと暴れる腕に指先のエッジを突き立ててしがみつく。摩擦で装甲が削れ、剥き出しになった指のフレームと感圧センサーが悲鳴を上げる。握力を失う寸前に、腕が勢いよく振り上げられた。

 

 この時を待っていた。慣性を利用し、オートマタの本体直上に向かってバスターは跳んだ。空洞の天井を蹴り、真下にある本体目掛けて落下する。全体重を乗せた膝先が天板を突き破る。中に詰まったあらゆる物が千切れ、潰れ、爆ぜて火花を散らす。

 

 

 気がつくと、オートマタの駆動音は止まっていた。絡まったケーブル類に一苦労しながら、オートマタの腹から這い出す。指先のセンサーが完全に露出してしまった右手が痛んで仕方がない。歩行こそできているが、膝関節と脚部フレームもヒビの1つや2つは入っていそうだ。だが、まだ仕事は残っている。

 

 

 ウィンカーは、オートマタの手から放り出されたままの位置で転がっていた。バスターに気付くと、自由の効かない四肢を必死に動かして逃れようとする。

 

 何か命乞いやギャングのこれまでの行いで如何に酷い目に遭わされてきたかといった罵倒を口走っているようだが、事ここに至ってこいつと会話するのは億劫だった。胸部を右の貫手で破り、コアを掴み出す。掌が灼けていくが、センサーの閾値を振り切ったのか痺れたような感覚しかない。完全には切り離さず、痙攣するウィンカーの身体をぶら下げたまま建屋を覆うバリアまで引き摺っていく。

 

「ちったあ役に立てよ、ボンクラ」

 

 呟くと同時に、コアをバリアに叩きつけた。大量のエネルギーが解放され、青白い爆発がバリアの表面を駆け巡る。

 

 爆風に巻き込まれて後ろに吹き飛ばされながら、バリアがどうなるかを凝視した。これで駄目なら万策尽きたというやつだ。こんなところで取り残されていれば流石に相手方もどうとでも料理できるだろう。

 

 果たして、バリアは砕け、空間に溶けるように消えていった。その先のシャッターを叩き破るのは造作も無かった。建屋に踏み込む。ドローン相手でも今ならいい足止めを食いそうだが、建屋内にそういった物は用意していないらしい。バリアと大型オートマタが最後の砦だったということか。

 

 廊下を歩きながら、もはや原型を留めないほど潰れている右腕を肩関節の部分で外して放り捨てた。機能を落としたことで幾らか楽になる。

 

 管制室と書かれたゲートの前で立ち止まった。ここで間違いない。もし、ヘビーアームのような警備兵が詰めていれば、今の自分に勝ち目は無い。坑道に戻ったら戻ったで新たにオートマタをけしかけられたら同じことだ。

 

 大斧をゲートに叩き込むと、向こう側でいくつか悲鳴が上がった。亀裂の入ったゲートを蹴り飛ばし、中に押し入る。最悪、警備兵に殺されるにしてもアクセスポイントに物理的なダメージさえ入れれば良い。そのつもりでいたが、誰も向かってこようとはしない。こちらは技術者連中ですら寄って集れば取り押さえられるかもしれない状態であるにも関わらず、恐怖の方が勝ってしまっているようだ。

 

 縮み上がっている技術者のうち、今の今までオートマタの管制を行なっていたと思しきメタモーファーに見覚えがあった。

 

「やあ、主任じゃないか。今は工場長ってところか?」

 

 あの日、自分をブン殴って坑道から追い出した相手だ。何百年かは、こいつの頭にツルハシを叩き込むことを文字通り夢に見た。いつの間にか忘れていた、というより、憎む相手が増え過ぎて埋もれてしまったとでも言うべきだろうか。

 

「投降するなら、命は助けてやれと言われてるんでな。どうする」

 

 今すぐにでも首を捩じ切ってやりたいのを堪え、交渉の余地を見せた。技術者はなるべくなら生かしておけというのは作戦に含まれている。ここでいきなり暴力に出れば、周りの技術者がヤケを起こして襲ってくるリスクもある。

 

「いいえと言ったら?」

 

「言うまでもねえ。皆殺しだ」

 

 駄目押しするように、斧頭で勢いよく床を突く。また、小さな悲鳴が方々から聞こえた。腰抜けしか居ないようだ。肩透かしを食らったのは言うまでもない。

 

 ややあって、彼が首を縦に振った。馬鹿馬鹿しいほど、あっさりとした決着だった。

 

 

「こっちは片付いた。迎えに来い」

 

 通信設備を使って、上の集中管理室にいるはずの味方に連絡を取る。仲間と分断されたまま、避難区画を制圧したことに驚きを隠せない様子だった。

 

「ウィンカーと通信ができない。どうなった?」

 

「あいつは死んだ。よく働いてくれた」

 

 実際、スムーズに避難区画まで誘導してくれたこととバリアを破壊したことは奴の功績と言ってもいい。目先の利益で踊った結果だ。とはいえ、地上戦がどうなるかはまだ分からなかった。ウィンカーが告げ口したのは企業だが、そこを通して軍にも情報が流れていた可能性はある。いや、間違いなく流れたはずだ。あとは、ダイアトロンと直参の連中の実力次第だ。

 

 とにかく、自分の作戦は終わった。壁を背にして座り込み、部屋の中の技術者たちを睥睨する。全員逃げ込んだにしては少ない。それに、ここにも警備兵の1人くらい居てもいい筈だ。

 

「これで社員は全部か?」

 

 傍にいた主任だか工場長だかに声をかける。彼は今や諦めきったのか怯える様子も無かった。

 

「まさか。社の将来を担うエリートとお偉方は街から引き上げたよ。ウチが所有してる鉱山はここだけじゃ無いからな。万一陥落したときに備えてだ。ヘビーアームは惜しまれてはいたが……あいつは残ると言って聞かなくてな。古巣が悪党に荒らされるのは我慢ならんかったのかもしれん」

 

「じゃあなんだってテメェらは残ったんだ」

 

「ギリギリまで鉱山を稼働させておきたいんだと。それにタダで明け渡すわけにもいくまい。それもお前に台無しにされたわけだが」

 

 彼は大きく排気を行い、天井を仰いだ。自分が生まれた時からこの鉱山にいるのだから当然相応に年経てはいるが、その仕草が輪をかけて老け込んで見えた。

 

 積年の恨みをぶつける気も失せてしまった。あまりにも今のこいつは惨め過ぎる。それに、1番気に入らない連中は結局この場を逃げおおせた。

 

「終わりかね? 私の人生も。随分なことはしたからな。もうお前に殺されたって構わんぞ」

 

「どうだかな」

 

 心底絶望していれば、最期の腹いせに捻り潰したかもしれない。しかし、捨て鉢にもなりきれなかった。まだ地上部隊が勝つ可能性はある。半ば自身に言い聞かせるような形で言葉を継いだ。

 

「終わりとは限らねえとも」

 

 

 

「空が珍しいか、小僧」

 

 治療を受けながら少しは姿勢を正そうとしたのを、ダイアトロンが制した。多少の向こう傷こそあれ、大して苦戦したというようには見えない。

 

 天蓋の外を見るのは初めてだった。地上を知っている奴からは馬鹿に見えるだろうが、雲とか星とかいうのが確かに気にはなってしまう。ただ、地下で戦った仲間たちは概ね皆そんな様子でしきりに空を見上げていた。

 

「大立ち回りだったらしいな。よくやった」

 

「大将直々にお褒めいただけるとは光栄だ」

 

 地下の決着がついてから程なくして、地上の正規軍も退却したらしい。電撃作戦に勝てなかったか、それとも下層にしてきたように、今度は街そのものを切り捨てたのか、それは今のバスターには分からなかった。

 

 ダイアトロンは飛び去り、離れたところにいる砦のような巨影の傍に降り立った。目玉らしき物が瞬き、何やら話し込んでいるところを見るにあれもメタモーファーのようだが、化け物としか言いようがない。あんな奴がいるなら、本当に実力で正規軍を撤退させたのかもしれない。

 

 

 隔壁は壊れ、上流階級が溜め込んでいた金は半ば強制的に流れ始める。下層ギャングどもも、文字通り光が入り始めた今、かつてのようには振る舞えなくなる。それですぐさま理想郷が訪れると思うほど楽天家ではない。

 

 それでも、数万年に渡る閉塞が打ち破られたのは確かだ。もう後戻りはできないという意味でもある。隔壁に空いた馬鹿でかい穴が、それを物語っているようでもあった。

 

 

 俄かに周囲がざわついた。空の一方が眩しく輝いている。日の出という現象だと、治療にあたっていたメタモーファーが教えてくれた。

 

 後戻りができないからどうした。今までだって、そんなことは散々やらかしてきただろう。

 

 自分は次の戦場に行く。行き着くところまで行って、戦って、クソッタレた街を破壊して、その先に何が起こるか見届けてやる。

 

 腹の奥には、怒りと自棄と、暴力欲がないまぜになったような感情が渦巻いている。ほとんどいつものことだ。

 

 

 ただ、日の出とやらの仕業か、いつもより少しばかり晴れやかな気持ちでもあった。

 

 

第一章 地下鉱山動乱編 ー完ー

 

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