黒鉄の破壊者   作:佃煮いなご

4 / 9
兵廠都市叛抗編
第4話


 

 アイアンバスターは振り向きざまに正拳突きを放った。背後から迫っていた相手の額に、拳の鋲が3つの孔を穿つ。相手の眼球が裏返った。数秒遅れて仰向けに倒れ、それきり動かなくなる。

 

 演習場という標識のある広場は既に死屍累々だ。死体のどれもが同じような顔つきと背格好をしている。そして、大人になりきってもいなかった。

 

 蹴散らすのには5分もかからなかった。大した手傷も負っていない。それでも、バスターの足取りは重い。

 

「兵器工場つっといてこれかよ……」

 

 絞り出すような声で独りごちる。——いや、兵器工場で間違いない。口に出したことで理解が進んだ。

 

 

 

 パラディストロンと名乗る反乱軍が旗揚げしてから、もう数万年経つ。当初こそ領主や企業が好き放題にやってきた地方都市において民衆を味方に快進撃を続けたが、やはりそれだけで政府軍の物量と練度を押し切ることは叶わなかった。

 

 なりふり構っていられなくなると同時に、武器や食糧の略奪行為に走る輩も出始める。総帥であるダイアトロンやその右腕のドレッドノートは軍規の引き締めを図ったものの、市井のチンピラ、ならず者の寄せ集めに対して効果は芳しくはなく、勃興期ほどは市民に歓迎されなくなった。

 

 その最中、政府軍の中から対パラディストロンと市民の保護、救助を専門とする部隊"シルバーグリント"が設立された。指揮を取るセイバーというメタモーファーは相当に市民受けが良いらしく、パラディストロンの負の部分が目立ち始めたことも相まって、彼らは軍の一組織としてはクリーンなイメージの獲得に成功している。

 

 一方のパラディストロンとて完全に凋落したというわけではなく、未だに志願兵や支援者は少なからず存在した。王政は積極的に正義のシルバーグリントと悪のパラディストロンの構図を喧伝し、そもそもの反乱が起きた要因から目を逸らそうと躍起だったが、それがかえって逆効果だった面もあるのかもしれない。

 

 その結果が、泥沼と呼ぶのも生易しいほどの長い長い戦争だ。時に外宇宙種族と交渉して戦力や技術を拡充し、戦死者の遺体すら製錬所に放り込んで資源に変え、戦いは激化の一途を辿った。数万年の中で幾度かは銀河連邦の仲介で停戦期間があったものの、どれも長続きはしなかった。

 

 

 

 今バスターがいるのは、シルバーグリントではなく王政が管理する地下施設だ。兵器工場を破壊しろとの命令に従い、陽動部隊が戦っている裏で単身潜り込んだ。破壊工作員という柄ではないが、初陣以来、1人でそれなりに動けるというお墨付きを貰ってしまったのが運の尽きだ。

 

 加えて、挙兵当時から生き残っている者は随分少なくなっている。バスターとてまだ壮年期にも入っていないくらいだが、それ以上に若い構成員の割合が増えた。自分が戦争に参加したのは裏社会でそれなりにを修羅場を潜ってからのことだが、今の志願者たちは大方そうした経験も浅い。

 

 演習場に転がる死体たちは、開戦より前に一時期流行った、メタモーファーの量産技術によって生み出された個体と思われた。労働力としては結局オートマトンの発展によって追いやられた上、人道性に欠けるだのと周回遅れで糾弾された末に廃れてしまった外法だ。それが、こんなところで生きていた。

 

 恐らくは、かつての遺物を再稼働させたのだろう。ほんの短い全盛期に、あちこちでこのようなプラントが建造された。地下化してあることが多いのは、確か温度の安定性が高く培養に適しているとかいう理屈だったが、秘密裏に動かすのにも誂え向きだ。

 

 兵士として育てている最中だったということは見れば分かる。これも戦争の長期化が招いたことだろうか。考えるのは止した。施設はまだ奥に続いている。

 

 

 

 金属製の扉を押し開ける。廊下の両脇の部屋を一つ一つ確認する。演習場に飛び出してきた若い量産機たちの宿舎のようだ。敷き詰められた狭い寝床に、教練用のテキストデータを収めているらしきデバイスが散乱している。不快な既視感を覚えた。自分が穴倉で押し込まれていた部屋とそっくりだ。

 

 半数以上を検め終えた時、死角から棍棒で殴りつけられた。隠れて様子を窺っていた個体もいたのだ。だが、経験も含めて非力過ぎた。装甲に弾き返され、棍棒を取り落とした相手を上から叩き潰す。未成熟故のフレームの脆さが嫌でも分かった。手を振るって循環液を払い飛ばし、部屋を後にする。

 

 

 

 廊下の突き当たりまで辿り着いてしまった。さらに下に降りる階段があるであろうハッチを見やる。向こう側の押し殺したような話し声を、聴覚センサーが捉えていた。

 

 

 

 作戦中に気後れするなど初めてかもしれなかった。数万年間、どれだけ自身の性質の悪さを軽侮しようが、戦うこと、ひいては他人を暴力で圧することの充足感には抗えなかった。それすら、今は萎えているようだ。

 

 ここで造られている物は一切破壊せよとの指示だった。捕虜にして連れ帰るメリットも薄い上、生まれる前から管理されている以上何を仕込まれているかも分からない。皆殺しは妥当な処理だ。頭で理解できてはいた。

 

『おい、こっちはそう長く引きつけられんぞ。さっさと片付けろ』

 

 陽動部隊からの催促だった。量産機プラントとなれば、市民に露見するのも不味いはずだ。憲兵と派手にやり合っているに違いない。

 

「言われなくとも」

 

 ハッチをこじ開け、階段を駆け降りる。バスターの膝の高さにも満たないような子供の群れが身を寄せ合っていた。侵入者からそれを庇うように、1人の成年のメタモーファーが立ちはだかる。

 

 見るからに華奢で、武装を携行しているわけでもない。女性型だろうか、軍人とは思えなかった。

 

「民間人に用はない。退け」

 

 薄々無駄と分かっていながら、一応は退避を求める。

 

 そうはいかない、とでも言いたげな、一寸の揺らぎもないアイセンサーがこちらを見据えていた。幼体の保育役といったところか。上階の量産機が全滅したこの期に及んでまだ逃げだそうとしない姿勢は見上げたものだ。

 

「出て行くなら、あんたに危害を加えはしない」

 

 女を押し退けようとしたが、彼女は腕にしがみついて抵抗する。その意地らしさに、瞬間的に回路が苛立った。

 

「馬鹿が! どの道このガキどもが送り込まれるのは地獄だ! 今死なせてやった方が幸せなくらいだろうよ!」

 

 自分でも予想外の声で怒鳴りつけたが、相手は全く怯まなかった。

 

「よくもそんなことを! 生まれたからには生きる権利も愛される権利もあるはずです! どんな目的で造られたとしても!」

 

 戦地に送られる時には消耗品扱いだ。ここでの餌と棲家は、その為に与えられたものでしかない。そこに目をつぶって、何が生きる権利だ。何が愛だ。虫唾が走る。

 

「大したお為ごかしだ! こいつらは殺し合いのためにしか生まれちゃいねえし生かされてもいねえ! お前は"可哀想な量産機"に優しくしてやったと満足かもしれねえがな!!」

 

 本当はくっちゃべっている暇などない。言い放ってから頭脳回路に痼りが残る。元来はこの反乱も、そういう奴らを救うはずのものではなかったか——

 

「っ……それでも! それでも私は……」

 

 振り切るようなアッパーカットが彼女の上半身を吹き飛ばし、天井の染みに変えた。

 

 途端に、周りにいた幼体が一斉に襲いかかってきた。未発達な語彙と発声機関で在らん限りの罵倒を繰り出しながら群がり、小さな拳でバスターの装甲を叩き、噛みつき、引っ掻く。傷一つ与えられない。かたや彼らは腕の一振り、足の一蹴りで何人も潰れていく。それでも逃げようとする者はいない。異様だった。

 

 わざわざ"親"をしつらえた設計者の思想が読めた気がした。この女は本当に量産機たちを可愛がってきたのだろう。そうして育てられた子らは彼女のために戦地に赴き、自らの命すら投げ打つ兵士になる。吐き気がするような美談が出来上がるわけだ。

 

 甲高い罵声、悲鳴。聴覚センサーが捉えるそれらを掻き消すように叫んだ。それでも、柔らかいフレームが砕け、ごく小さな熱量を放出してコアが破裂する感触は直に伝わってくる。

 

 首筋に這い上がっていた最後の一体を握り潰した。訪れた静寂から逃れるように、子供部屋の先の階段を駆け下る。分厚い扉を体当たりでこじ開けた、その先に何が待っているかは既に察しがついていた。

 

 液体の中に浮いているものをなるべく見ないようにしながら、立ち並ぶ培養槽を叩き壊す。それでも、培養槽から転がり出た何かが弱々しく脈動するのを目の端で捉えてしまう。

 

 "あれ"にまだ自我はない。苦しんでもいない。俺のことなど、見えてはいない。頭の中で唱え続ける。

 

 最奥部の管理コンピュータとエネルギー炉に辿り着いた時には安堵すらあった。これらはただの機械だ。

 

『いい加減にしろ! こっちがやばい、引き上げるぞ!』

 

 一方的に切られた通信をよそに任務を完遂する。ここからまた、来た道を引き返して地上に出ねばならなかった。意を決して培養槽があった部屋へと踏み出す。

 

 

 

 どうやって憲兵を振り切り、峡谷に隠すように構えたキャンプまで帰り着いたのか判然としない。培養液と循環液で濡れそぼっているせいか、他の要因か、寒気が止まらなかった。

 

 報告を済ませ、シャワーで装甲を洗浄する。嫌な蠕動が腹の貯蔵室に走った。中身を吐き出さないように堪えている背後を、新兵の二人組が気まずそうに通り過ぎていく。吐いているところではないだけマシだったろうか。

 

 食事場を素通りしようとすると給食担当が金属フレークを勧めてきたが、とても食欲が湧かない。そもそも装甲部の損傷が小さいため、金属質を補給する必要性も薄い。液体燃料だけでもと押し付けられた缶を片手に仮眠カプセルに向かう途中で、キャンプ全体に響き渡るような大声がバスターを引き留めた。

 

「俺の同期が1人やられたんだぞ! 何をチンタラしてやがった!!」

 

 大柄なメタモーファーが憤然と歩み寄ってくる。モーターブレスだ。バスターより戦歴は浅いが、これまでに示してきた実力は申し分ない。好戦的で、上昇志向もある。彼が今回の陽動部隊の筆頭だった。

 

「何が"壊し屋"だ。ちんけな工場一つ壊すのに何時間かかった? え?」

 

 バスターがほとんど傷らしい傷を受けていないのも、モーターブレスの怒りを加速させた。無理もない。今回命懸けだったのは紛れもなく彼の方だ。

 

「ああ。俺の不手際だ。部下のことは済まなかった」

 

 モーターブレスは一瞬気勢を削がれかけたような顔をしたが、あっさりと謝罪されたことも怒りの燃料に変えたらしい。肩を引っ掴んでグイと顔を寄せてきた。目線の高さはほとんど一緒だ。

 

「俺も稽古を付けてもらった身だ、お前の強さは知ってる。だがな、実戦でこんな腰抜けだとは思わなかった。ガッカリだ」

 

 睨め付けてくる目を黙って見つめ返した。モーターブレスはさらに捲し立てる。

 

「開戦から生き残ってるらしいが、周りを犠牲にして逃げ回ってきたの間違いか?」

 

 周りに人だかりが出来始めている。給食担当が若いモーターブレスを窘めるものの、彼は聞く耳を持たなかった。

 

「なんとか言ってみろよ。この木偶の坊」

 

 自分の失態である以上、謝罪の気持ちは確かにあった。が、少々度を過ぎている。ここらで鼻っ柱を折ってやるのも必要か。それに、気晴らしにはなるだろう。

 

 ドレッドノートあたりから大目玉を喰らうであろうことと天秤にかける。鬱屈したまま一晩過ごすより奴の説教と数日のメシ抜きと掃除当番の方がまだいくらかマシに思えた。

 

 肩に乗っかっている手を掴む。地下にいた頃ならここで指をへし折っているが、今後の作戦に支障が出るような傷を負わせるわけにはいかない。ゆっくりと引き剥がす。抵抗する腕力にはやはり目を見張るものがある。それに喜んでいる自分がいた。

 

「腰抜けというのは認めてやってもいいが、そういうお前はどうなんだ? 坊主」

 

 互いの視線に乗った殺気が衝突する。同時に、両者は後ろに飛び退った。野次馬が歓声を上げる。結局のところ、どいつもこいつも野卑な娯楽に飢えていた。早くも賭けた張ったというやり取りが始まっている。

 

 間合いを保ったまま睨み合う。辺りの喧騒は既に遠い。高まった緊張に弾かれたようにモーターブレスが吼え、応えるバスターも踏み込んだ。その瞬間、横合いから何かが視界に飛び込んできた。

 

「アイアンバスター殿! ダイアトロン閣下から通信です。一対一でお話したいとのことであります!」

 

 駆け込んだ若い兵士は、2人の間で朗々と口上した。間一髪で直撃しなかったバスターの拳を目前にして、漸く状況が飲み込めたらしい。慌てて飛び退こうとしてよろめく彼を、モーターブレスが呆然としつつも受け止めた。

 

「ご苦労。すぐ行く」

 

 去り際にモーターブレスを一瞥する。目が合ったが、こちらに対する敵意はもう読み取れなかった。

 

 

 

「久しいな。相変わらずの活躍と聞いているぞ」

 

 液晶に映し出されたダイアトロンは最後に会った時よりくたびれて見える。激戦が続いているのだろう、装甲が煤けて、鬣のような首周りの装甲もいくらか欠けていた。彼がいるのはこの星系内の他の惑星だ。ここまで距離が離れると、個体ごとに備わっている通信機能ではなく専用の設備が必要となる。簡易宿舎から少し離れたバラックに、それを詰め込んであった。

 

「社交辞令は抜きにさせてもらうぜ、大将。俺1人呼びつけたってことは、今日の作戦の裏、知ってやがったんだろう」

 

 上官に対する態度ではないことくらいは分かっているが、不機嫌さを隠す気も無かった。

 

「無論だ。その上で貴様が適任だと考えた」

 

「俺ならガキ殺しくらい平気でやるだろうってか? 冗談じゃねえ」

 

 ダイアトロンは暫し逡巡したようだが、やがて口を開いた。

 

「貴様の出自と経歴だ。貴様なら、どうすべきかの判断も、実行の覚悟も決められるだろうとな」

 

「……納得はした。その上で言うが、あんたは人でなしだ」

 

 モニターの向こうで、刃物じみた牙の並ぶ口元がほんの僅かに緩んだのを見逃さなかった。わざわざ通信を求めてきた理由が分かった気がした。奴もバツが悪かったのだ。回路が冷えてきた。

 

「酷なことをさせたな」

 

 苛烈なようでいて、未だにどこか甘いところがある。一軍の将がこの程度のことでいちいち詫びるような真似をするな、という返しは仕舞っておいた。

 

「……まあ俺が適任なのは間違いなかったぜ。安心しろ、次はもっと上手く片付ける」

 

 努めて軽い口振りを作り上げ、通信を終えた。すぐに仮眠室には向かわず、外の風を浴びに出る。気温はさほどでもないが、湿度が高い。地下の、通気口から吹いていた煤塵混じりの乾風とは違う。

 

 

 

 文句をつける機会は向こうから与えてくれた訳だが、そこまで気は晴れなかった。いつになく、己の手が汚れた気がしてならない。

 

 手持ち無沙汰を誤魔化すように、食堂で受け取ったオイル缶を開けた。一気に飲み干して、思考を切り替える。

 

 自軍の最終的な勝利のためには必要なことだったはずだ。あの悍ましい施設を構想した連中を引き摺り出すには、戦争に勝つことだ。そもそも、ギャングだった頃から手は汚れきっている。世間から曲がりなりにも在り方を認められる反乱軍に属して、何か勘違いをしていたのではないか。

 

 遠くで雷が鳴った。一雨来そうだ。スッキリしたわけではないが、これ以上起きていても意味はない。明日からまた、指示が下るまでは若手の訓練だ。バスターは踵を返すと、大方灯の消えた宿舎へと向かった。

 

 

 

ー続ー

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。