黒鉄の破壊者   作:佃煮いなご

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第5話

 

「"壊し屋"だ。間違いないな」

 

「ああ」

 

 流線形のボディのメタモーファーが、再生途中の映像を指す。黒い巨体の人物がこちらに向けて拳を振りかぶる瞬間が映し出されている。2人がいるのは、訓練兵と将来的にそうなるはずだった幼児、そしてその保護者が惨殺された現場だ。

 

「忘れもしねえよ」

 

 室内にいるもう1人は苦々しげに返した。話しかけた人物より一回り大柄で、装甲に厚みがある。線形のバイザーが眼球パーツを上から覆っており、声を発する時も口元は微動だにしない。だが、声色が雄弁にその不快感を物語っている。

 

「君は彼と同郷の出だったな。知り合いなのか?」

 

「知り合いも何も、俺をこんな身体にしてくれた奴だ。お礼もまだ済んでなくてな」

 

 言いながら彼は指を一本ずつ曲げ伸ばしした。その指先に、小さく火花が散る。

 

 

 

 彼は、かつてはヘビーアームという名で通っていた。番号で管理されている量産型の出自ながら、鉱山を牛耳る巨大企業の警備兵としての働きぶりが認められ、その名を与えられたのだ。当時はそれが誇らしかった。

 

 だが、程なくしてパラディストロンの反乱が街を飲み込んだ。奴らに与して鉱山を襲撃したのが、よりにもよって同じ量産機でありながらアウトローとして名を馳せてきたアイアンバスターだった。

 

 奴とはそこで一騎打ちになったのだが、結果は惨敗だった。自慢の腕を捥がれ、頭を半ば潰され、スクラップ寸前になるまで打ちのめされた彼を回収したのは、雇い主の企業だ。

 

 コアに修復不可の傷を負ったヘビーアームは、系列企業内で研究されていた、重体となった兵を復帰させるための改造実験に供された。当然、本人に意思表示の機会などない。地の底の鉱山で気を失い、架台の上で目を覚ました時には身体は様変わりしていた。

 

 結果は上々、高機能の発電機関を埋め込むことで弱ったコアでも重量のあるボディの動作を可能とし、装甲とフレームを一新してより頑強な身体を手に入れた。特筆すべきは余剰のエネルギーを腕から放電する機能の獲得だ。

 

 メタモーファーの装甲は電気を通す。内部を直接焼くことができる電撃は他の質量武器や熱兵器より対同族において有効な武器となり得る。数秒も大電流を浴びせられれば身体を動かす電気信号が狂い、しばらくはまともに動くことすらできなくなる。この力を以て、新たにブリッツアームと名付けられた。

 

 しかし、戦闘力の大幅向上の一方で、生体としての機能は完全には戻らなかった。具体的には、循環液の浄化、生成能力の欠陥だ。定期的な透析と人工循環液の補充を行わなければ、この身体は長くは保たない。命と引き換えに、今まで以上に強固な首輪を付けられたと言っても良かった。

 

 

 

 企業内での実戦テストとして、戦場で捕縛されて送られてきたパラディストロンの兵士と何度も戦わされた。電撃の十分な殺傷性能が認められると、次は拷問器具としての運用法を試された。

 

 自分の手でなぶり殺されていった捕虜の中には、アイアンバスター同様に反乱に加担したはぐれ者の量産機も少なからず含まれていた。彼らからの罵倒は警備兵時代から慣れっこだったはずだが、死の間際に向けられる怨嗟の籠った言葉や眼差しは、汚泥のように腹の底に溜まっていった。 

 

 軍の関係者立会の下で行われたそれらは、機能の試験と言いつつ彼らの嗜虐心を満たすと共に、反乱軍への憂さ晴らしであったことは想像に難くない。

 

 

 

 潔癖過ぎるのだと言われればそれまでのことだが、自身の飼い主たる企業や取引先である軍部の汚さを見せつけられたことで、"ヘビーアーム"であった頃は悪人と断じてきた連中にもかつてのように直截に憎悪や軽蔑を向けることはできなくなった。

 

 その一方で、さんざんばら他者を踏みつけてきたならず者に大義名分を与え、戦争という手段で突き進むパラディストロンもやはり度し難かった。たとえ首輪が外れたとしても、あちらに靡くことはないつもりだ。

 

 

 

 状況がいくらか変化したのは、今目の前にいるリストリクターという男に出会ってからだ。

 

 戦闘能力が認められ、軍に正式に買い取られた後に知り合ったのだが、彼は性質上後ろ暗い任務ばかり与えられるブリッツアームに対しても嫌味なく接してきた。当初こそ、何かしらの下心があるのかと警戒したが、1千年もあればそれが誤解だったと判断するには十分だった。

 

 万人に対して誠実過ぎるきらいはあれど、それも自分には持ち得ない美徳というやつだろう。そのリストリクターが軍の上層部と辛抱強く交渉してくれたことで、シルバーグリントが結成される時にブリッツアームもそちらに引き抜かれた。お陰で、以前通りの延命措置を受けながらも、後味の悪い任務を強制されることは少なくなった。

 

 とはいえ、シルバーグリントとて慈善集団ではない。パラディストロン相手に最前線で戦い、戦禍に巻き込まれる民間人を1人でも救うことが使命とされる。ところが、相手は獰猛な戦闘集団である一方で、どうにもこちらは上から下までお人好しが多い。志願してきた若い兵など特にそうだ。

 

 綺麗事だけでは回らないということはいずれ身に沁みていくだろうが、やはり自分が暗い側面を引き受けてやらなければならない事態は起こり得る。ただ、シルバーグリントという組織においてはそういう役回りも割り切ることができた。少なくとも、ここでの汚れ仕事は誰かの下卑た欲求を満たすものではない。

 

 

 

「……しかし、兵士の量産化か。技術としてはアリだろうが、お上もえげつないことをなさる」

 

 辺りの惨状を見回し、ヘビーアームはバイザーの奥の目を細めた。

 

「表向きは"ナシ"だということになっている。噂に聞いてはいたが、私も実態を目にするのは初めてだ」

 

「実戦投入は既に?」

 

「生存率は思わしくないらしいが、な。この街もここだけとは限らない……我々にはこの手の情報はロクに開示されないが」

 

 リストリクターは顔を伏せた。

 

 ここに至る前の庭に転がっていた遺体を思い返す。あれだけの数が応戦したにも関わらず、映像記録にあった壊し屋はほとんど無傷だった。

 

 身体能力はともかく、練度不足だ。それに 対して不釣り合いなまでに献身性だけは肥大している。だから、安易に命を懸けられる。ヘビーアームとしての自分を思い返せば、あまり他人事とは思えなかった。

 

「リストリクター、俺はあんたに恩がある。それにパラディストロンのやり方も気に食わん。だから今のところこっち側なワケだが、こんな国を支えたいとも思わん。正直な」

 

「そのくらいにしておけブリッツ。私も理解はする」

 

 壊滅状態とはいえ、国の直轄施設だ。一応許可をとって現場に踏み入ったものの、憲兵に聴こえると厄介ではある。ブリッツアームは肩をすくめた。

 

 この有り様でも、銀河連邦は未だに王国の後ろ盾だった。機械であり生命体という種族の抱える問題について介入の度合いを測りかねている面もあるだろうが、星間外交においては王国が多少の不都合を握り潰す余力が残っているということでもある。パラディストロンも星系外との独自パイプは持っているが、それは宇宙海賊を中心としたイリーガルなものに過ぎない。

 

 それ故に、幾度となく交わされた停戦協定は常に王国優位であり、結局はパラディストロン側の反発を抑え切れなかった。

 

 

 

『どの道このガキどもが送り込まれるのは地獄だ』

 

 映像記録に残されていたアイアンバスターの言葉が回路によぎる。ここから巣立った兵士が生き残れば、性能が認められてさらに多くの個体が戦争のためだけに"生産"される。成果無しと見做されれば生産は止まるだろうが、その決定が為されるまでにどれほどの犠牲が必要かは分からない。

 

 壊し屋がこの施設の機能を完全に破壊したこと、その一点だけには感謝すら覚えた。

 

 しかし、そもそも奴らがいつまでも暴れ回っているから、このような施設が作られてしまったという見方もできる。

 

 

 

 ——ならば、どうすればこの地獄から抜け出せる。

 

 

 

 どちらかが、いや、両方が滅びるまでやり合う他に無いのかもしれない。時折そうした考えが過ぎったが、セイバーやリストリクターは他の道を模索するはずだ。水を差したくはない。

 

 シルバーグリントの司令であるセイバーは元々は文官だ。国を内側から変えるというのならその立場の方がまだやりようはあった。あったからこそ、今の位置に押し込まれたのだろう。前線であくせくしているうちに戦死してくれとでも思われているに違いない。手詰まりという感覚は否めなかった。

 

 

 

「そろそろ出ようか。ここで我々ができることは、もう無い」

 

 考えに耽っていたのを見抜いたように、リストリクターが呼びかける。ブリッツアームは床に散らばる遺体から視線を離した。

 

 

 

 施設を出て、幹線道路を走り出す。変形先は2人とも車両だ。戦闘があったせいか交通量は少なく、スムーズに走ることができた。

 

「奴がこの近辺にいることははっきりした。やり口からして控えてる数は少ないと思うが、質の方は油断ならんぜ」

 

 規模は大きくないが軍需産業の街だ。戦争のために設備を流用し、改築し、そのようになってしまった。そして、急拵えであるが故に重要都市と比べてずっと守りに弱い。昨日の襲撃では応戦した憲兵隊がそこそこに被害を受けたようだが、幸い施設外の民間人に死傷者はいない。相手方の犠牲は1名。集中砲火を浴びて上半身が消し飛んでいた。それ以外は全員逃げおおせている。

 

「そうだな。逃走経路を探ってみよう。拠点の目星が付けられるといいが。それと——」

 

 リストリクターは車体をこちらに寄せ、速度を下げさせた。

 

「いずれ彼と直接戦闘になる可能性はあるが、くれぐれも無茶はしないでくれよ」

 

 かつての自身の戦い方を振り返って思わず苦笑いが漏れたが、ヴィークルモードでは傍目に分からないことだ。

 

「まあ、努力はしてみよう」

 

 言いつつも、"壊し屋"と対峙した際に冷静でいられる自信はなかった。1度は大敗を喫した身だが、今は内心武者震いしているくらいだ。様々な思惑が絡んだ戦争にはうんざりしつつも、闘争を好む気質は恐らく奴と大差ない。自分たちの型式の大元になった個体に由来する性なのかもしれない。

 

 

 

「ところで、彼とは戦前は付き合いがあったのか?」

 

「ガキの頃少し話したことがあったが、ダチってほどじゃあない。奴がギャングになってからはその縁は切れてたさ。お互い名前くらいは耳に入ってたが」

 

「……どうだろう、彼はまだやり直す余地があると思うか?」

 

 危うく車体をスピンさせるところだった。相手に偏見を持たないのは彼の美徳だとは思っているが、いくらなんでもあの化け物にまでそんな目線を向けるとは。

 

「冗談だよな? さっきの映像だって見ただろうが、何人殺ったと思ってる」

 

「見た上で、好き好んで無辜の相手を手にかけたわけではないと感じた。尤も、パラディストロン全体が本来はあのような殺戮を望んでいないと信じているが」

 

 確かに、発言にだけ目を向けたならそう解釈もできる。だが、その直後に奴は非武装の保育係も含めて叩き潰してしまった。

 

「好き好んでじゃないにせよ、戦争の前からあいつは目的のためなら殺しまくってるぜ。とっくに回路がトチ狂ってら」

 

「話ができる状況になったなら……」

 

 迷いが生じようと、立ち止まれる精神性など奴はとうの昔に失っている。鉱山での決戦の最中から、ブリッツアームはアイアンバスターのことをそう捉えていた。どれだけ懊悩を抱えても、他人に向けた暴力に変換することしかできないのだ。

 

 あの地下都市では、そうやって力づくで捩じ伏せていかなければ一瞬で周りの餌食になった。そのような魔窟を作り出した一端は奴のようなものだが、とにかくあの環境で頂点に立ち続けた強さは狂気と表裏一体だ。

 

 説得など試みて、よしんば揺さぶりをかけられたとしても返ってくるのは暴力の嵐だろう。それで此方を皆殺しにしたとて、奴自身が煩悶から解放されることもない。

 

 

 

 もし同情してるんなら、殺してやった方が奴のためだろうよ。

 

 

 

 辛うじて、声帯ユニットを通りそうになった台詞を飲み込んだ。これでは幼体を虐殺した奴の理屈と大差ない。しかし、私怨を差し引いてもやはり本質的なところで話が通じるとは思えない。

 

「……希望的観測は止した方がいいってのは忠告しておくからな」

 

「覚えておくよ。ありがとう」

 

 こういう答え方をする時は止めても無駄だ。譲らないと決めれば信じ難いほど頑固な面がある。

 

「無茶をするなと言ったが、お前こそな」

 

 全く、恩人とはいえ難儀なものだ。ブリッツアームは排気口から一際濃く煙を吐いた。再戦のチャンスを呑気に喜んでいる場合ではない。

 

 

 

 シルバーグリントの臨時基地に着いた時には日が傾いていた。監視カメラ情報などを元に逃走経路を割り出そうとしたものの、昨晩遅くに雷雨があったせいで街外れの原野の轍は流されてしまっており、それ以上の追跡は不可能だった。

 

「またこの辺りに現れるでしょうか?」

 

 配給のオイル缶を手渡しながら、おずおずと基地に控えていた若い兵士が尋ねてきた。数万年の戦争のうちに"壊し屋"の名はかなり広まっている。それだけ多くの兵士が奴の手にかかったのだ。緊張が走るのも無理はない。

 

「さあ? 次はここに押しかけて来るかもな」

 

 新兵のフェイスパーツがぎこちなく歪む。笑うに笑えない、と言ったところか。

 

「実戦の覚悟はしとけよ新入り。ただ、無茶はするな。俺は死んでも戦えとは言わん」

 

 ブリッツアームは若者の肩を叩いた。少々甘いかもしれない。昼間見た、次々と立ち向かっては潰されていく幼体の光景が回路に残っていたせいだ。

 

 一礼して去っていく新兵の背を見送りながら、二重構造に作り替えられた口部パーツを開いてオイル缶をあおった。一応、表情が読まれにくいという申し訳程度の利点はある。が、今のところ飲食に二手間かかること以上の有り難みを感じたことはない。

 

 もっとも、経口摂取の機会自体随分と減った。専ら燃料を食う発電機関は腹部の給油口からしか補給ができない。生来の不純物処理能力が落ちて嗜好用オイルは数日に1缶が限度だ。その点はもはやオートマに近付いている。

 

 

 

 あの新兵含め、奴とまともな勝負になる兵士はほとんどいないだろう。戦闘経験が比較的豊富なリストリクターとて、余計なことを考えていては一瞬で殺られかねない。

 

「させるかよ」

 

 呟いて、天井を睨む。

 

 

 握り締めた拳に、青白く電光が走った。

 

 

 

ー続ー

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