黒鉄の破壊者   作:佃煮いなご

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第6話

 

 光が見えた。ほとんど同時に、聴覚アンテナを熱を持った風が撫でる。

 

 光が引き返してくる。バスターは後ろに倒れ込むことで光の刃を躱した。すかさず、間合いを狂わされた相手の足を払う。

 

 起き上がるのはこちらの方が先だった。まだ膝をついている相手を踏みつける。数倍の体重差を押し付けられた敵は声も上げられずに圧壊した。

 

 排気を吐く間もなく、次の兵士が向かってくる。

 

「向こうからしちゃヤマが当たったってところだろうが……」

 

『堪ったもんじゃねえな!』

 

 通信機の向こうでモーターブレスが台詞を継いだ。

 

 

 

 前回の量産兵プラント襲撃後、シルバーグリントの派兵が確認されたものの、バスターたちの隊にはこの地域での作戦を続行せよとの指令が下った。

 

 目下最大の戦場はダイアトロンのいる資源惑星だが、本星に残った戦力とてお互いの地盤を崩そうと躍起だった。

 

 現在此方に回されている兵力は、占領を遂げるに足るほどではない。部隊の指揮官であるスカルヘッドは、敵の施設になるだけの損害を与えることを旨としていた。

 

 

 

 バスターとモーターブレスが攻め込んだのは、戦死者のボディを熔かして武器や食料に再精製する工場だ。だが、不運にも近場を張っていたシルバーグリントに包囲され、今は2人して敷地内を追い回されている。

 

 敵を引きつけておくだけでも、他の施設を攻撃している仲間の助けにはなる。とはいえ、時間稼ぎで殺される道理は無い。

 

 早いところ合流して力任せにでも突破口を作るべきだ、という点でバスターとモーターブレスの意見は一致していた。だが、数的不利が響き、お互いに引き離されつつある。不味い状況だった。

 

 

 

「退け!!」

 

 車両形態を取ったバスターはドリフトでボディを敵に叩きつけた。壁と車体に挟まれ、胴中が潰れた数人がその場で崩れ落ちる。

 

 味方を撃つ危険が去るのを待っていたのか、機関銃型に変形した個体が火を噴いた。二足歩行時であれば痛手を受けかねないが、一手遅い。車両形態は小回りを犠牲に装甲の重なり方が厚く、急所がその奥に移動するのが強みだ。

 

 装甲を雨霰と叩く弾幕を突っ切り、射手を跳ね飛ばして外への連絡通路に突入する。速度を上げようとした鼻先に、網目状に張られたレーザーが現れた。車両や多足形態で突進してくる相手に特化したトラップだ。

 

 突っ込めば賽の目切りになる。腕を突き出しての跳躍と、再変形を織り交ぜてどうにか飛び越えたが、着地の姿勢が崩れた。網の向こうに待ち構えていた3人の兵士が一斉に襲いかかる。

 

「洒落くせえ!」

 

 肩から勢いよく武器を射出する。大斧の刃は展開せず、流体金属の詰まった柄で上から飛びかかった1人の腹部を突き、続けて2人の側頭を横薙ぎに叩き割った。

 

 行く手には、エナジーソードの煌々とした刃が幾つも蠢いていた。闇雲に外に向かおうとしても埒が開かない。

 

 

 

 一つ、策を考えついた。上手く運ぶ確証はない。悪ければ死ぬ。だが、迷っていればいずれ殺される。

 

 バスターは敵の群れに背を向けた。レーザートラップを再び飛び越え、着地と同時に形態を切り替える。発振機を破壊することもできたが、追手が解除するにしても回避するにしても、速度が乗るまでの足止めになってくれるだろう。

 

「仕事を片付けてくる。死ぬなよ坊主」

 

『どうする気だ?」

 

「説明する暇が無え。ある程度は俺の方に引きつけられるはずだ。出られそうなら先に離脱しろ」

 

『てめえ、1人で旨いところを持ってく気かよ』

 

「言ってろ青二才が」

 

 実のところ、モーターブレスについて来られると困るのだ。奴は1人で脱出してくれた方が助かる。実力はあると見込んだ。あとは悪運だ。それを掴むには、動くしかない。

 

 バスターが向かう先は工場敷地の最奥だ。突然の反転にも敵の追撃が緩む気配は無い。多少無理をしてもこの場で仕留めたいといったところだろう。ここまでは思惑通りだ。

 

 逃げ遅れたらしい作業員がところどころに身を潜めていたが、壊し屋を阻もうという命知らずは居るはずもなかった。バスターも彼らに構いはしない。この手の施設は迎撃設備くらい付いているのが普通だが、長引き過ぎた戦争のせいで急造されたものに限ってはそうとも言えない。強引に外に出ようと足掻いていた先ほどと比べれば随分と楽な道中だった。

 

 

 

 目標が見えてきた。死人を放り込む巨大な溶鉱炉だ。長い直線に入り、追い縋ってきた敵が放つ弾が後部で跳ねる。いくら重装甲が取り柄とはいえ、繰り返し撃ち込まれることで痛覚センサーが反応し始めた。装甲が弱ってきている証拠だ。

 

 蛇行運転や車体をぶつけて崩した瓦礫で幾らか砲火をいなす。万一、後ろ側のバンパーを撃ち抜かれると二足形態時の歩行に差し支える。そうなれば折角の作戦も水の泡だ。

 

 塔のような溶鉱炉の下に辿り着く。円柱状の炉内で溶かされた死体は、パイプラインを通って各区画に送られ、そこで鋳造や加工といった処理を経て再利用される。当初の作戦は、そのパイプラインや加工区画の破壊だ。溶鉱炉自体に無理な手出しは不要とされた、その理由はこれから分かるだろう。

 

 高炉に近付いてからは、弾は飛んでこなかった。上部を目指し、構造物に飛びついて登り始める。追いかけて来ているか。背後に目をくれる暇は無い。この上は行き止まりだ。追わないはずがない。自分を殺そうという、敵の意志を信じた。

 

 平坦な足場があった。恐らくはメンテナンス用のものだ。

 

「どん詰まりだな」

 

 声がかかる。十数人が足場に集っていた。炉の周囲にも、それなりの数がいるようだ。包囲網の何割程度を引きつけられたかは分からないが、これ以上は望むべくもない。

 

「投降しろ。いくらお前とて、ここでこの数は相手取れまい」

 

 バスターは後退りした。外壁に背中が触れる。この真裏で、死体が融けている。

 

 耐えられるだろうか。この身体は元より高温、高圧の地下鉱山での作業を想定して造られたはずだ。

 

 思考の巡りを、止めた。

 

 両手を開き、真上に掲げる。兵士らがどう動いたか、見てはいなかった。こちらの動きに何かしらの反応が発生するであろうということだけに身を預けた。右掌から射出したワイヤーアンカーで最上部の構造物……死体を運ぶコンベアの支柱を捕え、背後の壁を蹴って跳躍する。

 

 巻き上げられるまでに一斉攻撃を受ければ終わりだった。だが自分はまだ生きている。中空でそれを確認した。生きているなら、賭けを続けなければならない。

 

 停止しているコンベアに飛び乗った。胸部の収納スペースから、破壊工作用に渡されていた小型爆弾を取り出す。生憎、高炉の内部構造が仔細に分かるほどの学は持ち合わせない。起爆装置を作動させ、炉の中に投げ込んだ。

 

 

 

 爆音と共に炉の上部が壊れ、熱せられた死体の一部と燃料がバラバラと下に落ちていく。炉に登ろうとしていた兵士の幾らかは悲鳴を上げたが、期待していたほどのことは起きなかった。ならば、次だ。

 

 既に敵兵も何人かコンベアに辿り着いていた。相手にはしなかった。大斧を展開し、炉の本体に自らも向かう。爆破を実行された以上、あちらも高炉を多少傷つける覚悟は決めたようだ。背中に飛んできた銃撃の数発が装甲を抜いて循環液を散らした。だが、足を止めるには至らない。

 

 跳躍。爆発で崩れた部分から斧を叩き込む。一撃では終わらない。身体を捻り、高炉の外壁に、周囲の支柱に、何度も斬打を見舞いながら落ちていく。

 

 100メートル程度だろうか。溶鉱炉への攻撃が結果的に速度を殺してくれたが、それでもフレーム全体に衝撃が走り、背中へのダメージも相まって膝をつく。

 

 そんなバスターに攻撃を加える余裕がある者はいなかった。狼狽する声と、巨大な物体が軋む轟音が交錯する。

 

 

 

 ふらつきながらも変形をこなして走り出した背後で、溶鉱炉が崩壊した。

 

 固形の残った鉱滓と石炭が瓦礫と共に降り注ぐ。融けた金属が辺りに溢れ、飛び散り、炉内に吹き込まれていた高温の気体が周囲に撒き散らされる。燃料や薬品が至る所で暴発し、爆炎が噴き上がる。

 

 一帯は瞬く間に焦熱地獄と化した。熔鉄を被ったらしい兵士が倒れ込み、灼け融けていく。自身のセンサーも、高温に対する警告を大量に視野内に表示していた。外殻に耐熱性があるとはいえ、回路まで茹で上がってはひとたまりもない。冷却機能をフルに動かしながら全力で熱源から遠ざかる。

 

 何度か爆風で吹き飛ばされた。吸い込んだ煤を吐き捨てながら、黒煙の幕からどうにか抜け出る。装甲が焼け爛れた兵士たちがのたうち回る合間を縫って走った。被害は小さくはないはずだ。

 

 

 

『おい、生きてるか?』

 

「なんとかな」

 

 流石に通信への返答も疲労の色を隠せなかった。

 

『あんたの逃げ道は掃除しとくぜ、とりあえずご苦労さん』

 

「なんだ、まだ帰ってねえのか」

 

『俺"は"腰抜けじゃないからな』

 

「クソガキが」

 

 張り詰めきっていた頭脳回路が徐々に平静を取り戻す。

 

 奥の方では未だに断続的な爆発が発生していた。仮にも民間人の保護を旨とするシルバーグリントであれば、消火や救助活動にも人員を割かざるを得ないだろう。活路は先刻よりずっとはっきり見えている。

 

 

 

『……なんだ、あいつら』

 

 出口はもう間も無くという頃合いに、モーターブレスが訝しげな声を上げた。

 

「どうした」

 

『東門の手前だが、ガキが大勢……』

 

 熱を持っていた脊椎フレームに、冷や水を浴びせられたような感覚が走る。

 

「構うな。もう用は済んだ、帰還を最優先しろ」

 

 焦りを抑え、努めて落ち着いた指示を送る。こちらの不安まで伝播させてはならない。

 

 先日の養成プラント襲撃以降、薄々予想していたことではあった。ただ、想像より遥かに早くその時が来てしまった。

 

 パラディストロンにも様々な兵士がいる。集団の理に乗っかって暴れられるなら何でも良いような輩であれば、量産された少年の部隊を蹴散らすことにもさしたる抵抗はないだろう。だが、モーターブレスはどうもそうではない。

 

 作戦で死んだ同期のために古株に喧嘩をふっかけ、その喧嘩相手であっても爆発に巻き込まれたと見れば真っ先に安否を気遣ってしまう。ある種の純朴さがまだ残った男だ。一人前の兵士相手には申し分ない実力を発揮してきた彼だが、今の局面との相性は最悪かもしれない。

 

 

 

『武器を持ってる。 冗談だろ』

 

「いいか、腐れてるのはガキをけしかけてきたあっち側だ。殺っちまったところで後ろめたく思う必要はねえ」

 

『それシラフで言ってんのか?』

 

 彼には無理だ。悟ると同時に加速して建物の外へ飛び出す。門扉を前にした広場で、立ち尽くすモーターブレスの背中が見えた。少年兵が20人余り、ジリジリと距離を詰めている。プラントで出会ったものより相当体格が大きく、4mはあった。全員似たような造形の面構えにはまだ幼さが残る。新たに現れたバスターに怯んだか、立ち止まって顔を見合わせる者もちらほらといた。

 

「俺がやる。道が拓けたら真っ直ぐ帰るんだ」

 

 振り返ったモーターブレスが口を開きかけるが、先んじて言い放った。

 

「……なんでそんな平然としてる」

 

 こちらに向けたアイセンサーの光が声と同時に震えている。気鋭で鳴らした若者とは思えない動揺ぶりだ。幾分は憤りも含まれているように受け取れた。

 

「俺はもう見てる。殺しもした」

 

 彼のアイセンサーが真円を描くほど見開かれた。

 

「まさかこの間の作戦は——」

 

「後にしろ」

 

 未熟と言えど、敵の群れを前にいつまでも喋っている猶予は無い。1人が武器を腰溜めに突進したのを皮切りに、一斉に量産兵が向かって来る。

 

 一番槍の突きを手甲でいなし、ガラ空きの胴体に前蹴りを放つ。吹き飛んできた仲間に躓き、後続の何割かが転倒した。

 

「行けっ!」

 

 怒声に弾かれたようにモーターブレスが変形する。駆け抜ける車体に銃を向けようとした兵士にワイヤーアンカーを射出する。先端の四つ爪が頭部を捉え、逸れた銃撃が空を裂く。ワイヤーは10t余りの自重を支えることができる代物だ。獲物を分銅のごとく振り回して周囲を薙ぎ払う。手慣れた武器ではないため然程のキレも威力も無い。だが、派手な動きは新兵たちの目を引き、モーターブレスが門扉を抜けるに十分な隙を作り出した。

 

 

 

 後々のことを思えば、今この場で一線を越えさせるのが正解だったかもしれない。その考えを回路の片隅に追いやる。本来パラディストロンの理想とする在り方は、自分よりあの若造のはずだ。少年兵を造ることや殺すことを厭う感性はあって然るべきだ。一度手を下してしまえば、間違いなくそれは鈍麻する。

 

 

 

 何度も味方や地面に叩きつけられて沈黙した兵士を放り捨てる。原型を留めているあたり、プラントにいた訓練兵よりは頑強で防御の心得も多少は身についていると見えた。

 

 自分も早く離脱しなければならない。時間を食えばいずれは施設内のシルバーグリントにも追いつかれる。だが、少年兵たちは自分の身が叩き潰されるのも構わず執拗に肉薄した。1人を取り逃して必死というのもあるだろうが、やはりイカれた育成方針に成果はあるようだ。

 

 一撃で仕留めきれずとも、身体を破損した相手は大抵痛みと恐怖によって隙を晒す。そこから突き崩すのが一対多の定石だった。時にはそれが通じない敵とも渡り合ってきたが、それが一度に十数人というのはいくら練度が低かろうと厄介極まりない。武器を取り出す暇も無かった。

 

 片足にタックルを喰らい、体勢を崩した。前屈みになったところに数人が飛び付き、押さえ込む。背中に取り付いた1人が、先ほど受けた銃創に刃を突き立てる。冷たい感触が脊椎フレーム付近にまで滑り込む。

 

「図に、乗るな……!」

 

 悪態と共に、強引に上半身を変形させた。しがみついていた数人が巻き込まれ、腕などをもぎ取られる。異物を噛んだこちらも幾らか損傷しつつ、安全機構が作動して二足形態に逆行する。背中に食らいついていた少年兵は、密着が災いして頭を挟み潰されていた。

 

 刺さっていた大型ナイフを引き抜き、再度飛びかかろうとする1人の眉間に返してやる。

 

 こいつらは手傷を負った程度では引き下がらない。いや、引き下がれない。突破の方策は1つしか思い当たらなかった。自分に他の手は無い。

 

 

 

 右腕が千切れてなお足元に纏わりつく1人を掴み上げ、体を反転させる。しつこく背中の傷を狙っていた数人の刃が仲間を貫いた。胸部から火花を散らして痙攣する少年兵を手放し、即座に拳を突き出して向こう側の相手の頭脳回路を打ち抜く。多少硬くなったところで、牽制をかなぐり捨てたバスターの殴打はそう受け切れるものではない。

 

 首、関節、装甲の亀裂。狙ってくる場所は大方見え透いているが、全てを捌くのは不可能だ。幾らかの攻撃はかなり深い位置まで届いた。それらを許してでも、強引に相手の頭数を減らす。その分だけ自分が動ける隙が増える。踏み砕き、捻じ切り、叩き潰す。一帯が循環液と破片に塗れていく。

 

 

 

 攻撃が、止んだ。近づいてくる影はもういなかった。狂騒は去り、小刻みな金属音だけが聴覚センサーを叩く。顔を向けると、1人の少年兵が震える手で銃を構えていた。初っ端にワイヤーで振り回した個体だ。数の利を失い、初めて恐怖を実感したのだろうか。身体つきこそ小〜中型の成体と遜色ないが、こうして見るとやはりまだ子供だ。

 

「……もう良いんじゃないか」

 

 考えがまとまるより先に声を発していた。

 

「どっか逃げちまえよ。今なら誰にも分かりゃしねえぞ」

 

 仕方なく、飛び出てしまった言葉を元に再度呼び掛けた。回路の上では、手に掛けるのは忍びないという感情と、今更そう感じるのは身勝手だという反駁が駆け巡っている。

 

 戸惑っていることは伝わってきた。少年兵の去就を見届ける義理は無い。しかし、待った。

 

 答えは拒絶だった。絶叫と共に滅茶苦茶に放たれた光弾がバスターの装甲を削る。

 

 

 

 やはり、俺に他の手は無い。

 

 狙いもろくに定まらない銃撃の中を突っ切り、拳を振りかぶる。

 

 瞬間、何者かが少年兵を真横に突き飛ばした。続いて、強烈な閃光がバスターの視覚センサーを灼く。咄嗟に、自身も横に跳んで姿勢を下げた。直前までの位置に何かが着弾した衝撃を四肢で感じ取る。むしろ自分こそ逃げるべき場面だということが頭から抜け落ちていた。

 

 視覚システムが再起動するまで数十秒。無抵抗なら十分な時間だ。だが、地下でもこうした搦手で下剋上を狙う輩はゴマンといた。ただ体格に恵まれたというだけで抗争を勝ち残った訳ではない。

 

 装弾の音を聞くか聞かないかで走りだす。もう1発、撃たせた。方向に見当が付く。同時に、伏せた際に掴んでいた瓦礫を投擲した。硬い空気の振動、微かな呻き、距離。捉えた。間髪を入れずに飛びかかる。腕に何かが触れる。体重をぶつけて抑え込んだ。

 

「待ってくれ……っ」

 

 ちょうど、視界が復旧した。胸部を前腕で抑え付けられた大人の兵士が重量から逃れようと足掻いている。頭部に徽章があった。憲兵ではない。

 

「シルバーグリントか。ガキを差し向けて消耗させようなんてヒーロー様がやることじゃねえな」

 

 腕に力を込めた。直下の舗装にヒビが入り、一段と兵士の身体が地面に沈み込む。

 

「君と……話が……したい」

 

「無えよ。話すことなんか」

 

「致し方なし……か」

 

 兵士がバスターの腹部を蹴り上げた。乱戦で損傷した部位を的確につま先が突く。僅かに力が抜けた隙を逃さず、彼は背面のタイヤを回転させて拘束を脱した。

 

「……リストリクター、だな?」

 

 ようやく相手の全身を目にし、自軍での噂を思い出した。俊速を誇り、多彩な装備を駆使して何人もパラディストロンを捕縛しているという。まず手練れなのは間違いない。逃げに転じたとしても速力差で有利に運ばれるだろう。既にかなりのダメージが蓄積しているが、バスターは相対することを選んだ。

 

「そうだ。私も君のことは聞き及んでいる。アイアンバスター、改めて言うが、君と戦うのは本意ではない」

 

「バカにしてんのか」

 

 溶鉱炉を破壊して死傷者を出し、今しがた少年兵の一部隊を壊滅させた相手への対応ではない。直球の罵倒や嘲笑以上に、回路がささくれ立つのを感じた。

 

「バカになどしていない」

 

「俺じゃない。こいつらを、だ」

 

 辺り一面に散らばった少年兵の残骸を指差した。

 

「彼らの仇として君を殺すのが正義だと、そう言いたい訳か」

 

 リストリクターは首を振った。

 

「私は一度立ち止まるべきだと思う。君だってさっき彼を見逃そうとした」

 

 リストリクターが指し示す先に、少年兵が蹲っていた。

 

「殺すべきでないと思ったのだろう?」

 

「……かもな。だが、けしかけたお前らは別だ」

 

 1歩踏み込んだ。仲間が来るまでの時間稼ぎの与太でも無さそうだ。真っ当に誠意で物を言っている。それが1番気に食わない。

 

「待て、我々もこんな作戦は望んじゃいない」

 

「望むも望むまいも関係ないな。お前らの後ろ楯がおっ始めて、俺は実際に殺した。それで俺たちだけ立ち止まろう話し合おうだと?」

 

 助走に入る。

 

「虫が良すぎる!」

 

 跳躍し、リストリクターの顎目掛けて膝を突き出す。まともに入れば首をへし折る威力だが、彼は踵のタイヤを巧みに操って身体の位置を入れ替えた。地面にぶつかる衝撃を転がっていなし、向き直る。目の前に黒い塊が飛来した。ネットランチャーだ。特殊繊維の網が被さる前に払い除けた。まだ向こうは非殺傷に拘るつもりらしい。

 

 

 

 リストリクターが、シルバーグリントがこの件に不本意なのも嘘ではないのだろう。だが、だからこそ、一緒になって綺麗事を論ずる資格など自分には無い。この背後にいる連中を引き摺り出すまで戦い抜く。戦争に生み出され、殺されていった彼らに対して、既に手を汚した己ができることはそれだけだ。

 

 

 

「その考え方は君自身が辛いんじゃないのか!?」

 

 鉄拳をかわして目前まで迫ったリストリクターがバスターの両肩を掴み、真っ直ぐに見据えてくる。他人を本心から叱り、正そうという者の目だった。ほんの少し前、似たような目を見た。

 

「だからなんだ。余計なお世話だ!」

 

 視線から逃れるように頭突きを見舞う。リストリクターの徽章が額の装甲ごと割れた。ふらついた身体を蹴りつける。間合いが詰まり過ぎて、威力が十分ではない。吹き飛んで転がりつつも、まだリストリクターは立ち上がろうとしていた。

 

「今更遅えよ」

 

 歩きながら大斧を展開する。リストリクターの前に、少年兵が立ち塞がった。もう掛ける言葉は無い。さっきのは気の迷いだ。ここで断ち切らねばならない。

 

 大斧を上段に構えた矢先、耳慣れない唸りが空気を震わせた。身体を捻り、叩き込む間際だった斧を横手に振るう。2人目の闖入者はすんでの変形で姿勢を制御し、車体のドア部分を犠牲に胴体の両断を回避した。着地際を逃さず蹴りかかる。

 

 

 

 ガードした相手の腕と、バスターの踵が触れた。

 

 足先から頭に、強烈な衝撃が抜ける。一瞬視界が、いや、全ての感覚が途切れ、気付くと地面に突っ伏していた。装甲の内部を無数の針で突き刺されているような激痛が回路を苛む。意に反して体中が引き攣り、身を捩ることもままならない。

 

「だから忠告してやったんだ」

 

「すまない」

 

 リストリクターではない声の方に、どうにか首を回した。どこかで聞いた覚えがあるが、思い出せない。

 

 直前の蹴りは入っていたらしく、地面に相手が後退した跡があった。止めを刺すつもりか、こちらを注視しながら歩み寄ってくる。

 

 痺れた手足を無理矢理胴体に引き寄せる。硬直は多少解けてきた。身体を起こす。踏ん張りが効かない。水面にでも立とうとしているかのようだ。

 

「!……まだ動けるか」

 

 相手の腕で、青白い稲妻が這う。

 

 

 

 くたばれ。

 

 声は出力されない。喉が僅かに軋んだのみだ。悲鳴を上げている全身のパーツを気力で御し、相手を睨め返した。

 

「もう止せっ! 2人とも!」

 

 聴覚センサーが反応したが、言葉は頭脳回路を素通りしていく。

 

 どの道、このザマでは基地まで帰り着くことなどできはしない。相手の出方に対応する余力も無い。なら、1人でも多く排除する。ただ目の前の敵を倒すべく描いた一連の動き、それに身体を従わせることだけを考えていた。

 

 電光が一際強く爆ぜた。地を蹴る。迎え撃つように構えた相手の2歩手前で、敢えて全身を脱力させた。体幹が傾ぐに任せ、斜めにすれ違うように跳び込む。前転しながら取り落としていた斧を拾い、起き上がりざまに柄で相手の脛を打ち払った。

 

 手応えは、あった。目の前で、敵が体勢を崩していく。あとはその首を叩き斬るだけだ。

 

 突然、視界が暗くなった。何かに動線を断ち切られ、転倒する。リストリクターが放った網だ。磁性を帯びた特殊繊維が絡みつき、容易には振り解けない。もがくバスターに電撃使いのメタモーファーが迫る。

 

「もういい! やめろブリッツ——」

 

 網越しに視線がかち合う。殺気に呼応するように、勝手に身体が動いた。

 

 網を引き裂いた爪が、相手の頭を鷲掴む。同時に掌底が大電流と共にバスターの腹部に押し込まれる。

 

 身体が痛みで破裂しそうだった。口から、目鼻から、煮えた循環液が溢れ出る。相手の頭部装甲がひしゃげ、バイザーが砕け散る。あと少し、もう少し力を入れるだけでいい。できるはずだ。

 

 

 

 

 その少しが、果てしなく遠かった。

 

 

 

ー続ー

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