黒鉄の破壊者   作:佃煮いなご

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第8話

 

 自分の隊が、軍需工場でも軍事施設でもない居住区画を襲撃している。最初は信じなかった。リストリクターと医者が一芝居打ったと考えたくらいだ。だが、2、3日に渡り廊下を満たしている負傷者と医療スタッフの声、騒がしい足音は本物だった。たかだか1人の捕虜を翻心させるためにそこまで大掛かりな真似をするはずがない。

 

「……だったら、俺なんか診てる場合かよ」

 

「何を言う、お前さんも私の患者の1人だ。うむ、やはり回復は早いな。今日は前腕制御の配線を繋ぎ直すぞ」

 

 ドクターの腕は確かだった。着実にバスターは機能を取り戻しつつある。

 

「こういうの、尋問に答えられるくらいで止めとくべきもんじゃないのか。治った俺が基地でひと暴れでもすれば利敵行為だったことになる」

 

 意識が無い間に手脚を外してしまうことも彼の技術的には出来たはずだ。勿論、いざという時に反抗できなくなるような細工を施されている可能性も捨て切れないが、積極的に治療しながらその一手間をかける意義は思い当たらない。

 

「するのかね?」

 

 してやるさ。お前やリストリクターが愚かだっただけのことだ。そう言い返しかけて、止めた。

 

「……夕べ焼け出された奴ら、ここに逃げ込んでるのか?」

 

「答えになっとらんじゃないか。そりゃあね、いるよ。脚の速い形態持ちならそのまま街を脱出したかもしれんが、工場勤務者はそうでない者がほとんどだ。それと怪我人が運び込まれてるのは知っての通り」

 

「民間人には極力武器を向けない。その程度のことは守る」

 

 それが、パラディストロンを単なる反動の暴徒と分ける一線のはずだ。戦前はギャングの親玉だった自身ですら、徽章を賜って以来その原則に従おうとしてきた。

 

「なるほど、ここは見逃してくれるって訳だ。で、それならどうする? お前さんはいずれここから抜け出すとして、街を襲ったお仲間と合流するのかい?」

 

 物資などを目当てに街を荒らすのは挙兵の理念を捨て去ったか、元から解していない輩だ。そう見下している節があったことを、ここにきて自覚した。だから、それが自部隊の行為と飲み込むことを回路が拒否している。

 

「……確かめに行く。何のつもりか」

 

 スカルヘッドが打ち出した作戦の一環だったのか、一部の暴走か。どちらにせよ、主謀者の意図は問わねばならない。

 

「……ふむ、あと5日ってところだな」

 

「何……?」

 

 ドクターが片目を閉じた。

 

「お前さんが本来の出力を取り戻すまでの目安だよ。装甲とフレームが万全になるのはさらに先だ」

 

「何だって俺にそれを教える」

 

「さてね。患者の行動は最終的には患者次第だが、よく念頭には置いてくれたまえ」

 

 言葉の裏をしばらく考えたが、どうにも1つの意味合いしか受け取れなかった。

 

「……この基地はイカレ野郎しかいねえのか」

 

 ドクターが大笑いした。

 

「そうだなあ。違いないよきっと。でなければ、この基地はもう空になってるはずだ」

 

「!……お前らの上は負け戦を認めたってことか」

 

「そこそこ前からだがね。お前さんが精錬所で暴れた日、お仲間も同時に何ヶ所かの軍需工場を叩いたろう? おかげでこの街の生産性は壊滅的だ。もう他の重要エリアの守りに注力するのが賢明ということさ」

 

「なら、お前らは撤退命令を無視して……?」

 

「好き好んで無視してるわけじゃないが、我々だけ逃げ帰るわけにはいかんだろう? ところがまとまって住民を避難させようとすると必ずと言っていいほど襲撃される。それでなかなか進まなくてね」

 

「バカなっ……!」

 

 声を張り上げようとすると、声帯ユニットが刺すように痛んだ。市外への避難を妨害したとなれば、もはや略奪目的ではない。民間人を、狙って攻撃したということだ。二の句が継げずにいるバスターに、医師は話し続ける。

 

「私たちは住民の退避が完了するか、彼らが去るまで残るよ。こちらから打って出る余力は無い。君ら精鋭に随分痛手を負わされたからね」

 

「……基地の一次避難者にも食糧やら何やら回してるんだろう。補給もどうせ期待できねえ。今にジリ貧になっちまうぞ」

 

「えらく気遣ってくれるじゃないか……さあ、今日の処置は終わりだ。くれぐれも安静にな」

 

 1人になってから、軽く手足の枷に力をかけてみる。今でも外せないことはなさそうだった。シルバーグリントは避難者、負傷兵の対応と次の襲撃に備えた街の警戒で手一杯だ。5日待たずとも、タイミング次第で脱出そのものは不可能ではない。

 

 だが、戦う力が必要だ。その意識が、バスターをその場に押し留めた。それを、どういう形で使うことになるかはまだ見当が付かない。付いていないことにしておきたい。

 

「……テメェで確かめるんだ」

 

 半ば祈るように、部屋の中に言葉を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引き際は、とうに過ぎている。襲いかかってくるパラディストロンの隙を見ては無事な住民を基地に避難させ、崩壊した建物から怪我人を運び出す。その度にシルバーグリントに新たな負傷者が出るといった有様だ。

 

「捕虜の返還を材料に交渉できないのか?」

 

「とっくに試みた。向こうの指揮官……スカルヘッドという人物だが、全く聞き入れちゃくれない。こちらから数名投降しようとした者が出たが、大方殺されたそうだ。逃げ帰ってきた生き残りから報告があった」

 

「皆殺しまで止める気ねえってか。まあ、ここまで工業区画をズタボロにしたあたり占領する気でも無さそうだもんな」

 

「避難はどのくらい進んだ?」

 

「基地にいるのが1割。街から脱出できたやつが2割。残りはまだ市街地だが、とてもここに収容できる数じゃあない。あんたの指示通り護衛を選抜して少しずつ市外へ脱出させてるが、そっちに回せる人員が少な過ぎる」

 

「もう1度、本部に市外へのルートの護衛を求めてみる」

 

「無駄だと思うがな。憲兵がイの一番に逃げやがったくらいだ、本部がこれ以上ここに手をかける気は無いだろう」

 

 早口に交わし、ブリッツアームは車体内に保護していた怪我人を抱えて医務室へ急ぐ。何度目かの救難出動を終えたところだ。幸い、今回は襲撃は無かった。工場で働いていた市民も、力に自信がある者は救助活動にあたってくれている。医療班に怪我人を引き渡し、僅かばかりの休息に入った。夕暮れだ。奴らは昼夜問わず現れるが、依然として夜襲の頻度が特に高い。緊張が緩むことはなかった。

 

 一息に押し切ろうとしてこないあたり、実のところあちらも大して余裕は無いのかもしれない。だが、確実にこちらの方が消耗していた。引けば、市民を見捨てたことになる。引かなければ、遠からず完膚なきまでの敗北が待っている。八方塞がりだ。

 

 

 

 警報が鳴った。

 

『爆撃です!』

 

 通信機が吠えると同時に、空気が振動した。基地を飛び出したブリッツアームの目が、市中の火の手を映し出す。

 

「空戦型だと!?」

 

 空を飛ぶメタモーファーはあまり数が多くない。飛べるだけでエースの資質があるといっても過言ではなく、こんな僻地に今更現れることは想定外だ。

 

「高射砲は!」

 

「オート作動してます。補足した敵は単機。しかし砲台が少な過ぎて——」

 

 基地が揺らいだ。背後の建物が炎上する。宙に、まだ複数の光弾があった。降下してくるそれが、いやにゆっくりと見えた。

 

 衝撃、閃光、爆音。数トンの鉄の身体が、玩具のように吹き飛ぶ。叩きつけられ、顔を上げたところに、折れた柱が迫っていた。

 

 

 

「……成程、終わりにしようってワケだ」

 

 背中に積もった細かな瓦礫を振り落とす。間一髪で、下敷きは避けられた。飛び交う通信が、市中にパラディストロンが襲来したことを伝えている。爆撃で全体を叩いた上で掃討の流れだ。基地への爆撃は一旦止まっている。他の場所へ飛んだか、1人であるならもう弾を撃ち尽くして白兵戦に移行したのかもしれない。流石に空中戦力が複数いるという悪夢は考えたくもなかった。

 

 聴覚アンテナが、少し離れた位置の呻き声を捉えた。生き埋めにでもなったか。一刻も早く市街地の応援に行きたいところだが、踵を返す。

 

 声を頼りに歩み寄りかけて、ブリッツアームは固まった。黒い影が、瓦礫を持ち上げている。8m近い、そのような巨躯の持ち主は、ここの所属には居ない。該当するのはただ1人だ。埋まっていたメタモーファーが這い出し、影を見上げて絶句したらしいことが、聴覚には伝わった。

 

「お前!!」

 

 赤い眼光が、土煙を通してこちらを刺す。

 

「あばよ」

 

 真っ黒い装甲車が茶色いもやを割いてブリッツアームの脇を駆け抜け、そのまま市街地へと走り去った。助け出されたメタモーファーは呆然と座り込んでいる。

 

「あの野郎……」

 

「ブリッツアーム! 無事か!!」

 

 リストリクターが、半壊した基地の奥から飛び出してきた。

 

「ああ。それより、壊し屋が脱走した」

 

「!……そう、か。とにかく、私たちも街に向かおう。今までで1番酷い攻勢だ——」

 

「待って! 待ってください!!」

 

 変形して発進しようとした車体に、リキャストが飛びついた。急ブレーキをかけたせいで地面に投げ出されたが、即座に立ち上がってブリッツアームのドアに手をかける。

 

「僕を、街に連れて行ってください……!」

 

「戦いたいなんてのは今ばかりは許可せんぞ」

 

「まだ、街に養成施設があるんです。きっと幼年部は逃げなきゃいけないことも気付いてません」

 

 確かに、彼が育った施設がこの街にあるのなら壊し屋が襲ったものとは別のはずだ。

 

「施設から送り出された時に誰にも教えるなと……でも、今が伝える時でしょう! お願いです、彼らの救助を! 僕が案内します!」

 

「よく、教えてくれたな」

 

 彼の目に迷いはなかった。見習いたいくらいだ。

 

「……リストリクター、リキャストを頼めるか。お前の方が速い。俺は俺で、することがある」

 

「分かった。お互い無事を祈ろう、友よ」

 

 リストリクターが車体にリキャストを搭載する。エンジンが唸り、2人は炎を上げる街へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、医者に言われた5日を前に飛び出してしまった。そうせざるを得なかった。これは間違いなく、部隊が作戦として行っているものだ。希少な空中戦力まで投入した、不可解なまでに苛烈な民間への攻撃。そもそも、飛行可能な者が自部隊にいたという情報は無い。コアの拍動が不安定になるのを感じる。

 

 確かめて、どうする。どうしたいのか、はっきり分からないまま突っ走っている。思えば、本来為したかったこととは随分離れたところに来てしまった。それでも、行き着く先だけは目指したもののはずだと己に信じ込ませてきた。爆風に吹き飛ばされ、瓦礫に潰される市民の先にあるものが、果たしてそうなのだろうか。

 

 基地を抜け出た辺りから、回路の奥が小さく爆ぜているような錯覚があった。意味するところは知らない。単に、身体が久々に活動状態になったことによる不具合かもしれない。抱えたまま、市道を進む。

 

 爆撃が特に激しかったらしい一角に差し掛かり、二足歩行に切り替えた。そこかしこで戦闘が発生しているはずだが、通信機を失ってしまうと存外に辿り着けない。

 

「……おい、そこに誰かいるのか」

 

 足元に、下半身を失ったシルバーグリントの兵士が転がっていた。

 

「ああ、何か言いたいことはあるか」

 

 もう視覚センサーも動いていないのだろう。目線は屈んだバスターと別のところを向いたままだ。

 

「そこに、商業施設が見えるか? 要救助者がいるかもしれない……頼む、私はもう駄目だ。循環液が…………寒い……寒、い……」

 

 呟きが、言葉ではない軋みに変じていく。飽きるほど目にした光景だ。喉元を抑え、枯れかけの循環液の巡りを断って幾らか早い静穏を迎えさせる。目と鼻の先、熱で折れ曲がった看板が彼の目的地を示していた。他の当てがあるでもない。バスターは腰を上げた。

 

 

 

 半分以上崩壊した建物内には、胸や頭を砕かれた死体が転がっている。食用鉱油の在庫があったのだろう、まだ崩れていない場所も激しく燃えていた。溶鉱炉ほどの熱は無く、短時間なら問題ない。だが、身動きが取れない状態であれば回路が蒸し焼きになる。あの兵士の言う通りなら、一刻を争う。

 

「誰かいるか!」

 

 救難信号を受信することもできない今、手立ては限られていた。とにかく呼びかけながら歩き回る。

 

 初陣を少し思い出した。あの時も、通信機能が壊れていて、瓦礫をひっくり返して人を探していた。今は感じ入っている暇はないはずだ。意識を引き戻す。

 

 瓦礫と炎を掻き分ける。多くは既に事切れていたが、僅かに生存者も見つかった。建物の外、崩れそうなものが無い場所まで連れ出す間、彼らが何を呟いたかは聞かないようにした。

 

 このシルバーグリントの真似事をいつ辞めればいいだろうか。始めてしまったからには、手の届く範囲で死なれるのは後味が悪い。何人目かを担ぎ上げた時、頭上で物音がした。自重を支えられそうにないため、捜索を諦めた上層階からだ。

 

 速い。生き埋めの犠牲者が立てる音ではない。身構えた直後、炎を割って手斧を振りかざした小柄な兵士が躍り出た。リーチ差で首根っこを捕え、叩き伏せる。姿格好に、はっきり見覚えがあった。自分の部隊の兵士で間違いない。バスターは手を離した。

 

「何をやってる」

 

「なっ……お前、生きて……は、はは。すげえや! すぐに皆んなに連絡する!」

 

「待て、この攻勢は何のためかと聞いてる」

 

「何ってそりゃあ、出しゃばりシルバーグリントを1匹残らず片すためだろ。あんたこそ何やってんだ……? まあいいや」

 

 兵士……確か得物そのままにトマホークと呼ばれていた、彼は既に通信を始めている。嫌な予感は的中していた。トマホークが興奮した様子で通信を続ける間に、急いで肩の上の負傷者を外に運び出す。

 

 

 

 動け。もう彼らとは袂を分かつ時だ。

 

 

 

 頭の奥底の火花が激しくなった。

 

 

 

 今すぐこいつを張り倒して、はっきりさせちまえ。

 

 

 

 だが、その衝動は回路の内で何かに堰き止められた。

 

「ここで静かにしてろ……!」

 

 どうにか声帯パーツを動かし、負傷者たちに語りかけた。横たえられている彼らが、有形の反応を示すことはなかった。何を思っているかは声にされずとも分かる。自分にできることはもう無い。怪しまれる前にトマホークの元に引き返した。

 

 

 

 程なく、見知った顔が次々と集まってきた。

 

「よくぞ彼奴らの根城から脱出したな。儂は信じていたとも」

 

「なんだ、隊長は知ってたんすか」

 

「捕虜になってるってシルバーグリントの奴らから聞いてなかったのか? 俺も命乞いのハッタリだと思ってたけどさ」

 

「これで俺らは勝ったも同然だな!」

 

 散らばった死体を踏みつけながら兵士が笑い合う。確かめる必要などもう無いようなものだ。肩を叩いたり、頭を撫でようとする同僚を押し除け、上官に向かい合う。

 

「スカルヘッド、敢えて民間人を狙う道理は無い。攻撃を中止してくれ」

 

 辺りが静まり返ったのはほんの数秒だが、その間に十分過ぎるほどの視線が突き刺さった。

 

「おお、彼奴らに吹き込まれたようだな。仲間を通してなら停戦を受け入れると思うてか。お主ほどの戦士が彼奴らの言いなりになるとは、どんな責苦を受けた?」

 

「吹き込まれちゃいない、はぐらかすな。これは戦いじゃなく虐殺だろう。大将にどう顔向けする」

 

 周囲のどよめきが大きくなる。概ね、自分の方に否定的だということは聞き取れた。スカルヘッドが笑う。かつての戦いで顔面の外装を剥ぎ取られ、剥き出しになった頭蓋フレームが擦れ合う音がそのまま響き渡る。

 

「知らなければ起きていないのと同じことよ。シルバーグリントの阿呆どもはこうしてやれば向こうから弾に当たりにくるわ。数で劣る我らが組織に利する、またとない好機を見逃せという方が叛徒の振る舞いよ」

 

「ふざけるな!!」

 

 飛びかかりかけたバスターを、数人がかりで兵士たちが抑える。構わず吠え続けた。

 

「テメェら全員、このクソジジイの言いなりか!? 揃いも揃ってこんなことするために武器を取ったのか? 俺たちの敵は——」

 

「もうよい。そやつを基地に閉じ込めておけ。しばらく頭を冷やせば分かるだろう」

 

 スカルヘッドが追い払うよな手つきをする。両脇を抱えている2人が歩き出そうとした瞬間、地面に脚を踏ん張り、渾身の力で両腕を振り上げた。2人がバスターの頭上で衝突し、文字通り目から火花を散らしてひっくり返る。

 

「上等だ! ぶちのめされてえ奴からかかって来い!」

 

 辺りの兵士の輪が、一段広がった。少年兵たちと違って、彼らには恐怖が通用する。だが、敢えて一歩、こちらに踏み出した者がいた。スカルヘッドが"彼"に呼びかける。

 

「モーターブレス、お主の班に任せよう。多少痛めつけても構わん。残りの者は掃討任務を続けなさい」

 

 潮が引くように兵士たちが去っていく。残ったのは自分を含めて6人だけだ。

 

「……なあ、あんた、どうして」

 

「こっちの台詞だ。お前だけは、この手のことができるタマじゃねえと思ってたよ」

 

「正直気乗りはしねえよ。でも、あんたが戻らなかったあの日から、俺が代わりになるつもりでどんなことでもやってきた……なのに——」

 

 そこから先は、拳の方が速かった。前腕の装甲でいなす。嫌な衝撃がフレームを揺らし、医者の忠告が的確だったことを伝えてきた。

 

「なんで日和りやがった!!」

 

 半ば悲鳴のような怒声と拳が降り注ぐ。防戦一方だった。身体がついていっていない。いや、先ほどと同じ何かが反撃を鈍らせている。

 

「俺は日和ってなんか——」

 

「何が違う!? ガキども殺したのも、周りごと溶鉱炉ぶっ飛ばしたのも、全部あんたにゃ道理があったってのか!!?」

 

 痛烈だった。溶鉱炉の件は、不特定多数を巻き込むことで救助に当たらせ、追撃の手数を割ろうという考えがあった。この市街地攻撃は、間違いなくその発想の延長線上に存在する。

 

 そもそも、この街の最初の作戦で、民間人を手にかけている。いや、もっとずっと前から、何度も何度も目を瞑ってきた。自分はとうに手遅れだと、口にさえ出した。今、部隊に感じている怒りは甚だしい自己矛盾だ。

 

 それが、回路につっかえた蟠りの正体だった。

 

「俺はあんたにならなきゃと思った! 非情な判断ができるあんたに! それを、裏切るのか!!」

 

 乱打の雨が止む。振りかぶられたメイスが目に入った。本来なら受けてはいけない一撃だ。気付くのが遅かった。咄嗟に、頭を庇った。

 

 

 

 左腕の装甲が潰れ、折れたフレームと金属組織が亀裂から飛び出している。瓦礫に半分埋もれながら、最初に目に入ったのがそこだった。動かない。右腕も、両脚もだ。

 

「おい、やり過ぎたんじゃねえか?」

 

「生きてはいるな。一応」

 

 

 

 立て、戦え。止めなければいけないはずだ。

 

 笑わせるな。そんな資格がどこにある。

 

 

 

 背反した思考の狭間で動作が硬直している。その間にも、状況は進んでいく。

 

「どうするモーターブレス?」

 

「……お前らで連れて行け。俺はこっちの任務を続ける」

 

 失望を多分に含んだ声、走り去る音が回路に抉り込んだ。

 

 

 

「意識あんだろ。てめえで歩けよコラ」

 

 脇腹を蹴飛ばされた。一瞬間違いなく怒りは生じたが、それでも手足は反応しないままだ。

 

「クソ、俺らも見たかなかったな、こんなザマ……」

 

 モーターブレスの部下たちの会話に、聞き覚えのある励磁音が割り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかりしろ。この程度で参るお前じゃないだろ」

 

 薄らでかい図体を路地裏に座らせる。無言で項垂れた姿からは、リストリクターに詰められていた時より輪をかけて気力が感じられない。連行しようとしていたパラディストロンは大した奴らではなかった。まさかあの程度の連中に遅れを取ったとでもいうのか。

 

「何とか言えよ、そんなに三下の俺じゃ不満か」

 

 顎を掴んだついでに軽く電圧をかけると、アイアンバスターは短く呻いてようやくこちらに焦点を合わせた。

 

「電池……」

 

「ブリッツアームだ」

 

「なんでここが分かった」

 

「俺はリストリクターほどお人好しじゃない。医者に頼んでお前に発信機を仕込むくらいのことはさせてもらった。安心しろ、長持ちするものじゃない」

 

 不満げな排気。感情と動作がきちんと結び付き始めたようだ。先程の状態は一種の処理落ちのようなものだろう。

 

「俺をつけて、親玉まで辿り着くつもりだったか? 生憎だな」

 

「いいや、すんなりあっちに戻るとも思ってなかった。お前、ドクターには随分正直だったらしいじゃないか」

 

「ヤブ医者め、患者のことをベラベラと……」

 

 発信機を仕掛けさせたのはつい昨日の診察時、つまり彼が襲撃の件で自部隊に疑念を持っていると明言した後のことだ。そのままパラディストロンに合流するつもりなら正直言って興味はなかった。また仇敵に戻るだけのことだ。偶然、例の透析中に医者からその話を聞いて、急いで手を回した。間一髪といったところか。

 

「お前の出方次第で対応を考えるつもりだったが、こうも一方的に伸されてるとは思わなかったぜ」

 

 伝え聞くスカルヘッドの姿勢からして、いくら上位の戦闘員であるバスターと言えど異を唱えれば無事では済まされないだろうと予測はしていた。仲間割れに発展するようなら、上手く乗じれば敵方の戦力を削ぐチャンスになる。そういう打算で追ってきたつもりだった。

 

「……何がお望みだったかは知らねえが、俺のことはもう放っておけ。構うだけの値打ちは無いだろうよ」

 

 左腕が派手に潰されているが、それ以上に気持ちの面で盛大にへし折られたらしい。案の定、聴覚アンテナは沈んでいる。彼の言う通り、捨て置いて仲間の加勢に行った方が有意義だろう。

 

「お仲間にそっぽ向かれて、そんなにショックか」

 

「まあそんなところだ。お笑いぐさだよな」

 

「……笑えないな。笑えないくらいダセえ」

 

 僅かに聴覚アンテナが跳ねたのをブリッツアームは見逃さなかった。

 

「変わる気は無いだのと、やってることのヤバさは分かってます風でほざいてた癖によ。幻滅したぜ」

 

 更に挑発を重ねる。発破をかけようというよりは、単純に無様を晒しているのが腹立たしいだけだ。

 

「言わせておけば……! テメェはこんなやり口罷り通って良いと思ってんのか」

 

「いいや、微塵も良いとは思わんな。お前だって今のセリフこそが本心だろ」

 

 逃げ道を求めるように目線が泳ぐ。それがどこにもないと悟ったのか、地面の一点を見つめながらバスターは返答を絞り出した。

 

「…………俺は……俺には、否定する資格がない」

 

 情けないほど細い声だった。崩れたあとの残りカスのような見栄と意地に縋って、同時に縛られている。そこに強さは感じられない。

 

「ごちゃごちゃ捏ね回しやがって。資格だと? そんなもん、どこの誰に提示する」

 

 支えと呼ぶのも憚られる歪なものだが、それを失えば彼は完全に壊れてしまうかもしれない。

 

 救おうなどという殊勝な心意気は無かった。ただ、2度にわたって自分を上回って見せた男がこんな形で死に行くのが許せなかった。安易に触れてはいけないであろう場所に、敢えて手を突っ込んだ。

 

「死んだ連中がどうとかも言ってたが、しょうもない筋なんか通したところで死人もお前が傷付けてきた奴らも許しはしねえだろうよ。あんなのは自分に厳しいフリで、思考停止を正当化できる甘ったれた方便だ」

 

 侮辱まがいの言葉を浴びせ続けても、反論は来なかった。荒い排気と共に聴覚アンテナの根本が目まぐるしく回転している。考えを導き出そうともがいて、回路に負荷がかかっている証拠だ。まだ、壊れてはいない。

 

「リストリクターも言ったろ、どうせお前なんかどう転んでも楽になれることはない。変節漢の裏切者になるか、このまま黙認しながら腐っていくかだ。だったら自分でまだマシだと思える方を選んでみろよ」

 

 アンテナの回転が、止まった。長い数秒だった。コアが締め付けられるような心地がして、思わず目を閉じる。

 

 

 

「何が、説教は柄じゃない、だ。嫌味な奴だよお前は」

 

 声は、頭上から降ってきた。

 

「お前……!」

 

 表情はマスクで隠せたが、喜色までは抑えきれない。それに気付いたのか、バスターは顔を顰めた。

 

「ああ、もう好きにしてやる。日和見で十分だ」

 

 吐き捨てながら、彼は胸の徽章を装甲ごと削ぎ落とした。どこか憑き物が落ちたように見えるのは、都合良く捉え過ぎだろうか。

 

「そりゃ結構。しかしその身体じゃ些か分が悪いな。応急処置くらいはしてやるが……」

 

 覇気は戻っても、左腕は垂れ下がったままだ。フレームがめちゃくちゃに折れていて使い物にはならないだろう。気合いでどうこうするには重過ぎる。そこは承知しているらしく僅かにバスターの表情が固くなった。

 

「待て……」

 

 暗がりから、工場従事者であろう大柄なメタモーファーが姿を現した。足を引き摺り、装甲の表面は焼け爛れている。空襲に巻き込まれた1人、ということしかブリッツアームには分からなかった。

 

「オレの腕を、使え。オレはさっき、お前に助けられた。お前のことは憎い……だが、奴らと戦うというのなら、使え」

 

 よく見ると、彼の背後にも10人近いメタモーファーがいて、こちらを凝視していた。元仲間と邂逅する以前に、奴なりの行動はあったようだ。

 

「……返す保証は無いぜ」

 

「構わん、思い切りやれ。街の者を、少しでも救ってみせろ」

 

 腕を外し、継ぎ直す。部位丸ごとの交換は、細かい修繕よりずっと簡単だ。

 

「……悪かない」

 

 接続状態を試すように関節を曲げ伸ばしして、バスターは頷いた。

 

「よし、それじゃあ行くか」

 

「仕切るな電池野郎。まさかこの後も一緒に来ようってのか?」

 

 

 

「通信機も無い、パーツを継いだばかりで変形もできないお前1人でどうする。"同ロットのよしみ"だ。付き合ってやる」

 

 一瞬呆気に取られ、次いで心底不機嫌そうに唸るバスターを後目にマスクの下で1人笑う。間違いなく、ここ数万年で最も小気味良い瞬間だった。

 

 

 

ー続ー

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