「お前の武器は荷室に入ってる。今のうちに取っとけ」
四輪を回しながら、ブリッツアームが言う。
体格差の関係で、車内に乗り込むことはできない。走るブリッツアームの屋根にしがみついたまま、後方ににじり寄ってトランクを蹴り開ける。捕獲された時に取り落とした斧がそのまま保管してあった。
「周到なこった。そういうところが嫌味なんだ」
さっきのセリフも、いつか意趣返ししてやろうと胸にしまってあったに違いない。好きにはなれない男だ。これ以上借りを作るのは真っ平だが、さらに1つ重ねられてしまった。
「……ところで、爆撃をかました奴のことだが、お前は知ってるのか? 少しでも味方に共有したい」
「正確には知らん。だが、他所から呼び寄せたわけじゃないなら、恐らくはスカルヘッド本人だ。この状況は奴の独断の部分が大きい。前者の線は薄いはずだ。とどめの際まで出てこなかったのも指揮官本人なら合点が行く」
スカルヘッド隊を構成している兵士のほとんどは自分が鍛えた若手たちだ。変形を織り交ぜた戦闘訓練も当然行っている。彼らの変形先は把握していた。唯一得体が知れないのが、スカルヘッドだ。
ならず者集団の常で実力主義に偏ったパラディストロンにおいて、上席に座すということはあの老人には何かある。こんなことになるのであれば、奴とも1度くらいは手合わせを願うべきだったか。
「それともう1人、緑のデカい奴には注意するように伝えろ。あれは生半じゃ手に負えん」
「お前の腕を潰したのはそいつか?」
「……ああ。若頭ってところだな。スカルヘッドとそいつが今の部隊の要だ」
これまで信念だと思ってきたものをドブに捨てた以上、奴らとの決着は不可欠だ。
「お前の話は伝えた。原則救助は他の仲間に任せ、俺たちでそいつらと戦う。文句は無いよな?」
「当たり前だ。言っておくが敵の敵は味方ってだけだからな。お前らの慈善活動を手伝う訳じゃない」
「シャフト曲がりめ……早速だが、その緑のやつと交戦状態になったグループがいる。飛ばすぞ、落ちるなよ」
「のろまの癖して吐かしやがる」
駆け付けた時には、既に複数人がモーターブレスの周囲に転がっていた。這いつくばったシルバーグリント兵を叩き潰そうとメイスを振り上げている、その腕を車体からの飛び降りざまに掴み、バスターは中空で大きく身体を捻った。抵抗すれば関節を破壊できる技だが、モーターブレスは敢えて投げ飛ばされることでそれを逃れた。
身体2つ分、離れた位置に着地して互いに構え直す。
「やっぱり寝返ってやがったんだな」
声を震わせながらこちらを見る眼差しに、明らかに軽蔑の色があった。
お前にそんな目を向けられたくはなかった。未練がましく疼く回路を黙らせるように口を開く。
「そうだ……細かいことは置いといて、お前らにとって裏切者だってことには違いねえ」
「今度は開き直りか。だったらもうぶっ殺されても文句ねえな」
「お前にその役回りはやらせねえよ」
「できねえとでも……!」
苛立ちを露わにしつつも、今度はすぐには殴りかかって来ない。それだけ先程の自分は隙だらけだったのだろう。
「手ェ出すなよ。俺のけじめだ」
背後の気配を牽制した。ブリッツアームの呆れた声が返ってくる。
「まだそんなものに拘ってやがるのか」
周囲に数人のパラディストロンが集まってきた。トマホークの姿もある。
「……まあいい。遊び相手には事欠かなそうだ」
張り詰め切った空気に耐えきれなくなったのか、トマホークが声を上げて武器を振りかざす。それが号砲となり、状況は一気に乱戦へと雪崩れ込む。
長大なメイスで辺りの味方を巻き込む警戒と、得物を手放すことへの躊躇に挟まれ、僅かにモーターブレスの初動が遅れたのをバスターは見逃さなかった。
数人を弾き飛ばし、右肩から突っ込む。迎え撃たれこそしなかったが、割り込まれた分で威力が落ち、数歩の後退りでモーターブレスは踏み止まった。そのまま組み付きに移行する。
「いつまでも、テメェが上だと思うな!」
吼えると同時に、モーターブレスの肩の噴射口が開いた。泥状の燃料が吹き出しながら着火する。頭から炎を被り、眼部の保護ガラスが割れる。回復途上の装甲の下で、センサーが熱さを苦痛として訴える。
焼かれながらも、バスターは相手から離れなかった。組み合ったまま燃料が回って互いに火だるまになる。主導権を譲るまいと、モーターブレスもバスターの予想を超えて粘っていた。
「いい加減しつけえぞ……っ」
悪態に返事をする余裕は無かった。負傷明けに加え、前哨戦で一度ダウンまで取られた身では力比べが長引くほど不利だ。勝負を張るためのタイミングを必死で探る。誤れば押し切られる。それだけの実力が彼にはあった。
結局、最後は賭けだ。上半身の力を抜く。均衡が崩れ、手前に傾いたモーターブレスの胴体を膝で突き上げる。
腹部の装甲を抉ったのは確かだが、モーターブレスは胆力でダメージへの反応を押さえ込んで見せた。片足立ちになっているバスターを抱え上げ、地面に叩き落とす。背面から首筋を強打し、視界が一瞬白く飛ぶ。
痛みを逃すより先に横に転がった。地面が踏み砕かれる音が追いかけてくる。転がりながら、纏わりつく火を払う。
距離をとって立ち上がろうとしたところを他の兵士に羽交締めにされた。直後、ブリッツアームの手刀が兵士の首を打ち、腕が解ける。
「手こずってるな。あいつの相手は荷が重いんじゃないか?」
「テメェこそだ。こっちが何人か引き受けてやってもいいぜ」
「寝言は寝て言え」
「同感だ」
別々の方向に跳んだ。2人がいたところをモーターブレスの火炎が舐める。
「余裕ぶっこいてんじゃねえ!」
他人のことを言えたものではないが、短気は奴の悪癖だ。実際のところ、余力はあちらの方が残っている。痛みや疲れを押し殺して攻撃のチャンスをもぎ取る根性もある。ところが、焦りがそれを帳消しにしかねない。情緒面の指導が、自分は達者ではなかった。
そこを埋めて訓練を重ねていけば、どんな戦士に化けるだろう。その過程を自分が見ることはもう叶わない。
「……惜しいな」
自分にも届かないような声で呟くと同時に駆け出した。メイスを構えながらも、モーターブレスは矢継ぎ早に火炎弾を打ち出す。炎でこちらの視界や動きを制限して、本命の打撃を叩き込む。単純明快でありながら、当たれば必殺だ。
だが、その絵図には乗らない。火炎の弾幕に、真っ直ぐ突っ込んだ。斧を展開し、前面で振り回しながら押し通る。要は燃料の塊だ。身体に当たれば付着して燃え続けることで大きなダメージを与えるが、こうして物理的な手段で防ぐこともできる。
炎を纏わせた大戦斧に迫られ、遂にモーターブレスが防御の姿勢に転じる。瞬間、バスターは斧から手を離した。ほんの一秒にも満たない間、宙に放られた巨大な武器にモーターブレスの目が吸い寄せられる。それで十分だった。
駆け抜けた背後で、モーターブレスが膝を付いた。すれ違うときに側頭に肘を叩き込んである。すかさず踵でブレーキをかけ、続く後方への一歩を軸に回し蹴りを放つ。
「クソが……まだだ……っ!」
肩を蹴り砕かれてなお、モーターブレスは戦意を失ってはいなかった。肩部装甲と一体になっていた燃料タンクも割れ、火炎放射器を使おうものなら油塗れの本人が丸焼きになるだけだ。悪足掻きの余地は無い。
「やめとけ」
返ってきたのは、応じないという叫びだ。加減はしなかった。立ち上がろうとした膝を思い切り踏みつける。関節ブロックと、脚部フレームがズレる火花が散った。
目当てのパーツに傷を付けずに戦闘力を奪う術は、地下都市で身につけた。そんなことばかり上手くなった日々を誇れはしないが、役には立った。
「畜生、殺せ!」
片腕と片脚が利かなくなり、倒れ込んだモーターブレスは喚いた。横槍を入れる者はもういない。倒した兵士の傍に腰掛けたブリッツアームが、早く済ませろとでも言いたげな視線を投げかけた。
「……お情けのつもりかよ。いつもそうだ。あんたはどこか俺のことを下に見てやがる」
こちらに聞こえるほどの歯軋りをして、モーターブレスはバスターを睨め付けた。
「そんなことはない」
「いいや、ある。あの日なんか最たるものだろ。溶鉱炉も少年兵も、1人で片付けて俺には先に逃げろの一点張りだ。その前の夜間作戦で何を見て来たのかも、おくびにも出しやしねえ。あんたは、1度だって俺を隣に立たせちゃくれなかった」
「それは——」
「俺が弱いからか? ガキと戦うのに耐えられねえと思ってたか? 確かにそうだよ! だからこそ、あんたに憧れてたんだ……!! 必死だった。なのに、戻ってきたあんたと来たら……」
昂奮で喉のパーツに負荷がかかり、最後まで言い切れずにモーターブレスがえずく。
「……俺はな、お前には俺みたいになって欲しくなかった。裏切る前からずっと、そこは変わらねえ」
「どうして……」
「ガキを手に掛けるのも、民間人を狙うのも、全部クソだ。理想のために仕方ねえとやってるうちに段々それが分からなくなるか、目を瞑る気楽さに嵌まっちまう。俺も、多分スカルヘッドもそうだ。お前はそうなるべきじゃない。パラディストロン全体がそうなっていくようじゃ終わりだ」
「…………どうして、近くにいるうちに言ってくれなかったんだ」
モーターブレスが顔を伏せて呟く。掛ける言葉が見当たらずに立ち尽くす。シルバーグリントに捕まったのが自分でなく彼だったなら、互いにこんな思いはせずに済んだかもしれない。
「愁嘆場演じてる場合か! 来るぞ!」
頭上に太陽が現れたようだった。咄嗟に、モーターブレスに覆い被さる。直後、辺りが光に包まれた。熱と圧力の奔流で地面から引き剥がされる。そこから先は、ただ耐えることしかできなかった。
静かになった。聴覚がイカれた訳では無いということは、自分の呻きで確かめられた。爆風を直に浴びた背面は、熱いとも痛いともつかない。どちらのセンサーも振り切れんばかりに反応していた。装甲板を丸ごと持って行かれたようだ。
ブリッツアームやモーターブレスの安否を確かめる暇は与えられなかった。起こしたばかりの胴体に鋭利な物体が食い込む。十数メートルを引き摺ったのち、襲撃者はバスターを上空に連れ去った。
「そいつが、テメェの正体か……!」
スカルヘッドは、強いて言うなら複数の生物が組み合わさったような形態を取っていた。2対の翼と、形状や指の本数が違う鉤爪のついた3対の腕、長い尾、鋭い嘴のある頭とは別に、二足形態時の髑髏のような顔も胸部にくっ付いている。
「いかにも。儂の身体は燃費が悪くてな、なかなか打って出ることは叶わなんだが、いよいよ時は満ちた」
そう言い放つ嘴から胸元にかけては、べっとりと循環液で濡れていた。恐らくは、補給の代わりに直接メタモーファーを食った証だ。同族喰らいは当然忌避されるが、エネルギー効率自体は通常燃料に優る。実際、メタモーファー含め他の金属生命体を襲う生物は星の生態系として存在した。こいつの見た目は、明らかにそういう捕食生物寄りだ。
好き放題に空襲を仕掛け、エネルギーが足りなくなったら地上に降りて逃げ惑う民間人を食い散らかす。それが今夜の奴の動向だろう。大体、燃費が悪かろうとここまでの殲滅力があるなら序盤から出張ってもっと早く片を付けられたはずだ。戦況が一方的になった今更出てきたのは、自分だけは身を削ることなく作戦と称した殺戮を楽しもうという魂胆が見え隠れする。
「さぞや楽しかったろうな! 腐れ外道が!」
気勢こそ保とうとしたが、状況は絶望的だった。鉤爪を打ち込まれた脇腹からは刻一刻と循環液が流失し、高度も投げ落とされるだけで洒落にならない程に達している。
無論、抵抗は試みた。並のメタモーファーなら一撃で沈める拳と蹴りを幾度も叩き込んだが、長身痩躯のどこにそんな強度があるのか怯む様子すら見せない。ギャング時代、ダイアトロンに歯向かって捩じ伏せられた記憶が勝手に引っ張り出される。
個体としての格が違う。敵わない。あの時植え付けられた感覚が冷気のように這い出そうとする。
情けねえ、それでも"壊し屋"か?
回路の奥が爆ぜた。いや、燃えた。
あらゆるものを捨て、裏切り、無下にしてもついて回る、碌でもない名前。詰まるところそれこそが自我の核だ。今際の際で、そいつにまで背を向けるわけにはいかない。
「お前は、俺が、破壊する!」
スカルヘッドの首を両手で掴み、締め上げる。腹の中を鉤爪が掻き回し、喉から循環液が込み上げても、手を緩めはしなかった。打撃が効かないなら、その痩せぎすの中身を握り潰すまでだ。己のフレームが軋むまで出力を上げる。指先が、首の装甲に沈み込む。
不意に、高度が下がった。
「往生際も解せぬか、やはり所詮は卑しい極道上がりよな」
降下速度が増す。振り落とす気か。
「引導をくれてやるわ!」
相手の首を捻じ切るより早く、身体に衝撃が走る。地面に激突したにしては、奇妙なほど鈍い。一拍遅れて、置かれた状況が目に入ってきた。
自分の胸から、鉄骨が生えていた。廃墟の一部だか尖塔だか知らないが、そういう構造物が背中から貫通している。即死を免れたあたりコアは逸れているものの、串刺しで身動きが取れない。循環液を失い過ぎて意識が朦朧とする。真下で炎が上がっているにも関わらず、寒さが襲ってくる。
奴を殺すまでは、死ねない。胸を貫く痛みに集中した。そこにまだ現実がある。鉄骨を掴む。意識と共に、身体を先端まで引き上げようとする。
「本当にしつこいわ。死に損ないめ」
悠々と旋回してきたスカルヘッドが、バスターの直上でホバリングする。胸部の髑髏に光が充填されていく。
やはり、手合わせなどしなくて正解だった。バスターは右腕を掲げ、アンカーを発射した。
「テメェも一緒だ、老いぼれ」
ワイヤーが巻き取られ、アンカーに掴まれたスカルヘッドがこちらに引き寄せられる。慌てふためく顔がはっきりと見えた。チャージの中止はできないらしい。ざまあみやがれとでも言ってやりたかったが、その時間までは無かった。至近距離で炸裂した光弾に、2人して巻き込まれる。
視界が戻ってきたが、揺らめく炎もその向こうで立ち上がるスカルヘッドの影もコマ送りのようだった。処理能力が下がってきているのだ。焼けて、抉れて、潰れて、それでもまだ、お互い生きている。流れ出る循環液すらもう無いようだ。足を踏み出す。身体は不思議と思い通り動いた。
「痴れ者が! この戦が我が軍を勝利に導くと、何故分からん!」
声帯パーツを傷めたのだろう、雑音混じりの怒声。自分の喉から出たのは、それ以上に聞くに耐えない異音だった。
「あんた、何万年か前までは立派な戦士だったんだろうな。それが、自分の欲を大義で包んでるうちに区別がつかなくなっちまった。俺もそのクチだが、あんたの醜態で目が覚めたよ。そこは感謝してるぜ」
ちゃんと向こうまで聞こえていたか、聞き取れるものだったかは分からない。本心ではあった。破壊と闘争を喜ぶ性分を小綺麗に覆い、良心を黙らせる理由を勝手に見出して安寧を得ていたのは自分も同じだ。とかく、言いたいことは言い終えた。
殺せ。壊せ。
"壊し屋"が、救いようもない本性が吼えている。右腕を貫手に構え、踏み込んだ。あの馬鹿みたいに硬い外殻とフレームを貫く。その一念で、指先にあるだけの力を注ぎ込む。
交錯した鉤爪を突き砕き、指先が髑髏の口蓋に吸い込まれる。フレームまでは打ち抜いた。その奥のコアが放つ純粋なエネルギーが、強烈な抵抗となって腕を押し返してくる。踏みしめたまま、脚が後退した。
まだ出力が足りない。まだ、壊せない。
何をビビってやがる。
終わらせろ。
回路の奥の錯覚の炎が噴出し、思考が焼け落ちる。際限なく溢れてくる内部のエネルギーに耐えきれず、朱くヒビ割れる己の腕を、敵の体内に深々と捩じ込む。残った爪がバスターの身体を掻きむしるが、もう止めようがない。朱いヒビが相手の身体にも伝播し、急激に広がっていく。
断末魔を上げきる前に、スカルヘッドの身体が崩壊した。バスターの右腕の先に、未だ一際強い光芒を放つコアだけが残っている。
ボディが耐えられないほどのエネルギーを流し込まれたそれは、間も無く暴発するだろう。
投げ捨てようにも、既に身体の制御が効かなかった。元より逃れる気も無い。徽章を破り捨てた時点で決めていた。自分の右手を呑み込んで膨れ上がる光の塊を、ただ眺める。
誰かが、左の手を引いた。
「起きてくれ」
目を閉じた覚えはないが、真っ暗だ。身体の感覚が酷く曖昧で、所在なく浮いているような気さえする。唯一左手にだけ、はっきりとした温かさを感じた。
「すまない、偉そうなことを言うばかりで、私は君に何もできなかった」
手を離して欲しかった。己の内の熱が尽きようとしていることは理解できる。身体が冷えていくのも、今は苦しくも怖くもなかった。このまま身を任せたいのに、その小さな温もりが邪魔だ。
「恨んじゃいねえ。お前も、あの電池もな。自分のクズさを、見直すきっかけにはなった。だから、その手を離せ」
声を出せているとは到底思えないが、会話は成立した。
「君は強い。その力を必要とする人が大勢いるはずだ。何も死に急ぐことは無いだろう」
「買い被りだな。誰かをぶち殺したい、壊し、傷付けたい、そういう欲を実現する力でしかない。そんな代物が、本当に必要か?」
「……確かに、君の力は元来そういうものかもしれない。でも、今夜君は破壊的な力を向ける相手を自らの意志で選び、その行為は確かに虐げられる人々を助けることになった」
「偶然だろ」
「それは無い。私が取ることができたこの手だって、君が救った人物から借り受けたのだろう?」
ブリッツアームが逐一報告していたのだろうか。そこまで知られているのなら、誤魔化せることは何も無い。
「月並みだがね、人は根源的な欲求だけで成り立つ訳じゃない。君には確かに、良心が宿ってるよ」
言葉と共に、左手の熱が一段と高まった。
「嬉しいこと言ってくれるがな、もうやめてくれ。仮にお前の言う通りだったとして、これまでやってきたことがある。罪を重ねた身で、のうのうと生き延びたくはない」
「殺めた命に悔いるのならなおのこと、死んで幕を引くのでなく、生きて力弱き人々を守ることで贖うという考え方もある」
一理あるが、その考えに依って力を振るう自分というものを信用しきれなかった。どれだけ高尚な志を掲げても、醜悪な形で手を汚す言い訳に堕してしまうことが今後とも無いとは言いきれない。口に出してはいないが、リストリクターは不安を見抜いたように言い添えた。
「……そうやって生きて欲しいというのはあくまで私の願望だからね。君がもしそれを背負ってくれるのなら、私にも責任が生じる。君が良心に背くようなことがあれば諌めよう。迷うことがあれば共に考えよう……どうかな」
そこまで言われると、頑としてここでの死を選ぶことは逃げにも思えてくる。乗せられている気はしないでもないが、バカ正直なこいつのことだ。欺いて思惑通りに運ぼうという意図は無いと見込んだ。
「…………ひとまずは、お前を信じてみよう。だが、お前と俺の良心とやらがいつまでも同じ方を向くとは限らねえぞ」
手を握り返す。
「勿論だ。君も、異存が生じたならば遠慮なく私に意見してくれ。対等の友であろう」
熱が全身に広がり、五感を覆っていた穏やかな闇が払われる。痛みと、怒号と、目を刺す火明り、循環液が焦げ付く悪臭、それらに満ちた世界に、バスターは戻ってきた。
3日が過ぎた。
「まさか、本当にお咎めなしとはな」
仮設の通信室から出てきたリストリクターとリキャストに、ブリッツアームが呼びかける。
「過激派の暴走ということで片を付けるつもりだろう。それでも監督責任で上層部にとっては大層痛手だろうがな。表面上はお咎めなしだが、今後こちらへの予算は更に絞られるかも」
「堪らんな」
リキャストの手引きで辿り着いた量産兵プラント内部の映像を、リストリクターは民間にリークした。ばら撒いた火種は当然、今も盛大に燃えている。フェイク動画だと揉み消そうにも、現にぞろぞろと出てきた同じ顔、同じ体つきの子供たちをこの街の生存者がしっかりと目にしていた。近々、市民団体も参加する形で全国の旧プラントに一斉調査が行われるそうだ。憂いが完全に晴れたとは言い切れないが、計画に大きなダメージが入ったのは間違いない。
「"彼"は行動した。君も、リキャストもだ。私も応えないわけにはね」
「よくやる。お前の首がトぶか五分五分のラインだったと思うぜ」
「ところで、彼は?」
「古巣に最後の挨拶だとよ。やっぱりあいつも頭がおかしいな。ぶっ殺されて首だけ帰ってくることになっても不思議じゃない」
「なるほど、そいつは心配で仕方ないな」
リストリクターが可笑しそうに目を細めた。
「俺は真面目に言ってるんだ」
薄々気づいていたが、この基地の連中は多かれ少なかれ奇矯だ。その上に、また1人おかしな奴が増えた。そいつの加入からして異常事態だというのに、恐ろしいくらいにスタッフは順応しつつある。ブリッツアームは仮面の下で苦笑いした。地獄の堂々巡りで終わらせないためには、型破りが必要なのかもしれない。
「事情が分かれば、閣下は許してくれると思うぜ。逆に俺らは粛清かもしれんが」
「そこまでのことはやらんさ。"お前ら"の大将は」
街を外れた荒地の一角で落ち合った。スカルヘッドが死に、モーターブレスが戦闘不能になったことで、あの夜の攻勢は有耶無耶に終息した。その翌日には、引き上げるという通信がシルバーグリント側に入った。
膝と肩の応急修理は済んだらしく、モーターブレスは自分の足で歩いてきた。バスターは、右半身をほぼ失っている。再生は年単位でかかるとの見立てだった。シルバーグリントの兵士に、ここまで運んでもらった。少し離れたところに待たせてあるが、万一の時は1人で帰還するように伝えてある。
「皆どうかしてた。目標はとっくに果たしてたってのにな」
「シルバーグリントを叩けるだけ叩くことが自軍への貢献になるのは間違ってないだろう。俺が突然裏切って指揮官を殺し、戦線をめちゃくちゃにしたこともひっくり返りはしない」
「……やっぱり、戻らないか」
「パラディストロンの大義を負うには、俺は弱過ぎた。後進に道を示してやることもできんようではな」
「次に会う時は、敵か」
「お前のやり方次第だな。大将のことだって妄信するのは危険だ。甘ちゃんだが、それが戦いに狂わない理由にはならねえ」
「覚えておく」
モーターブレスの通信機が鳴った。今は彼が臨時で部隊を率いているのだろう。
「じゃあ、行くよ」
「ああ」
去っていく車体が見えなくなってから、迎えのシルバーグリント兵が近付いてきた。気を回す性格らしい。身体の体積が半分ほどになっているので、荷台に乗り込むことができた。兵士が発進する。
轍が、モーターブレスと逆の方向に伸びていく。ひとりでに、自分の重心が傾いた。荷台から後ろに身を乗り出す。今なら、飛び降りられる。
「どうかしましたか?」
「…………いや、進んでくれ」
轍から、視線を引き剥がした。スピードが上がっていく。もうそちらを見ることは無かった。
第二章 兵廠都市叛抗編 ー完ー