After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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今話の登場人物

マリア・アーシタ
 20歳?(生年月日不明)オレンジがかった栗色のショートボブと蒼い瞳。
 第一次ネオ・ジオン戦争時、ネオ・ジオンのMSパイロットにして、人工ニュータイプ(強化人間)。多重人格ぎみ。
 UC90年、木星船団所属の《ジュピトリスⅡ》にキアーラ(後述)と共に亡命。
 今はブッホ・セキュリティ・サービス(BSS社)のパイロット。
 
キアーラ・ドルチェ
 19歳。茶がかった金髪のクールショートとエメラルドグリーンの瞳。
 第一次ネオ・ジオン戦争終結時まで、ある人物の影武者を演じる。
 地球連邦とアクシズ残党から逃れるため、《ジュピトリスⅡ》へ亡命。
 現在は《ジュピトリスⅡ》の二等航宙士。





プレリュード・コンフリクト

『目を覚まして、・・・・。

 君を待っていた。君だけをずっと待っていた。さあ、早く。

 僕の妹。僕だけの・・・・』

 

 名前を呼ぶ声が聞こえる。

 忘れかけていた名前。

 ずっと昔に私を認識する数字として与えられた名前。

 そして、少し昔に自分から捨ててしまった名前。

 その声に呼応するかのように、目をおおっていた白い霧がはれていき、視界がひらけた。

 薄暗く殺風景な実験研究室で私は人間がすっぽりと収まる、透明カプセルに生まれたままの姿で横たわっていた。

 見回すと、部屋には同じカプセルが一定間隔でいくつも置かれ、さながら棺が整然と列んでいるように見えた。

 

(これは、一体なに・・・?)

 

 得体の知れない不安の中で私はすぐ隣のカプセルの中身へ必死に目を凝らす。

 カプセルの内部は霜がかかったように曇り、うかがい知れなかったが、私の胸の中

の不安が、目をカプセルへと釘付けにし、他へと注意を移すことを許さなかった。

 

(見てはいけない)

 

 理性では分かっていても、目は動かない。体は動かない。

 突然。

 先ほど、視界がひらけたように、カプセル内部の霜が消えていき、中で横たわっているものが見えたとき、私は恐怖に叫ぶ。

 だが、声が出ない。

 そして、声が出ないことがさらなる恐怖を呼び、蒼い瞳から涙があふれ出る。

 隣のカプセルには、『私』が入っていた。いや、正確に表現するなら、私と同じ髪、同じ顔、同じ体を持った人間が入っていた。

 目をそらすことも、叫ぶこともできない恐怖に襲われ、体を硬くすくませながら、私は涙を流しつづけることしかできない。

 

 その時。

 地平から立ち昇る朝日のような、暖色の光が部屋の薄暗さを、恐怖を、すべてを打ち負かし消し去った。

 光はどんどんと強くなり、夏の真昼の陽光のようなきらめきとなって、美しい青年の金髪を具現した。

 かつてのネオ・ジオン軍の士官制服を着た青年。

 しかし、光が強すぎて、青年の顔が輪郭だけしか見えない。

 それでも。

 それだけでも、彼が先ほど私の名前を呼んでくれた、その人であることを理解した。

 そして、私は胸奥深くから、マグマのように吹き上げる熱い感動と想いにとらわれた。

 蒼い瞳からは先ほどとはまったく違う涙が、大粒となってあふれ出る。

 

(会いたかった。会いたかったよ)

 

 ずっと迷子になっていた幼児が、家族と再会できたような・・・、そんな涙声になってしまった。私は両手を伸ばし、青年を迎える。

 彼もそれに応え、両腕を私の背中に回して、引き寄せ抱きしめてくれた。

 むき出しの乳房も淡いピンク色の乳首も、青年の優しさとたくましさを秘めた胸に押しつけられた。

 私のオレンジがかった栗色の髪へ息を吹きかけながら、ささやく。

 

『僕も会いたかったよ、・・・・。

 さあ、行こう。新しい世界へ。

 痛みも、哀しみも、争いもない世界へ!』

 

 そして、私はとうとう絶頂する。

 

(好きだよ、・・・・)

 

 私も青年の背中に両腕を回し、彼と、世界とひとつになろうとしていた。

 だが、私がつかんだものは、何も無かった。

 

 

 薄暗い部屋であることは、今さっき見た夢の中の実験研究室と同じであるが、私にはここがマリア・アーシタの部屋ーつまりは自室ーで見上げているのは、ベッドから見た、何の変わりもない、見慣れた天井だということを理解した。

 自動調光により、起床時間になれば明かりが付くように設定しているのだし、部屋の暗さからいっても、まだ大分早い時間らしい。

 横たわった私はむき出しの肩を自分の両手で抱きしめていた。

 そして、順を追って理解してゆくうちに、その胸には先ほど味わった、恍惚ともいえる感動、情熱が少しずつ、そして確実に虚無に食べられてゆくのがわかった。

 最後に残ったものは「何も無い」という感情だけ。

 両肩を抱いていた腕の交差を解き、指で目尻を拭うとそこははっきりと濡れていた。

 

(また、この夢か・・・)

 

 一体、いく晩、この夢に枕を濡らしたことだろう。

 

(もう、あれから何年過ぎたのだろう・・・)

 

 あの時、少女、ーというよりは子供だった私は、今はもう成熟した女になっていた。

 

 あの戦争の末期、私は人工的な眠り、コールドスリープから覚醒をした。

 第一次ネオ・ジオン戦争。

 アクシズの台頭。その君主ミネバ・ラオ・ザビと摂政ハマーン・カーン。ザビ家の再興。ダブリンへのコロニー落とし、真なるネオ・ジオンを掲げた内紛、かつての戦友同士の同族殺し。

 そして終戦。

 私もあの戦争の中で何人もの人間を殺し、また殺さなければ、自分が殺されていた。

 だから、殺した。それは、生物の生存競争という原理の中で至極当然のことである。

 強いものが生き、弱いものが死ぬ。

 

(それじゃ、あの人も弱かったから死んでしまったのだろうか・・・)

 

 物憂げに天井を見上げていた私は、一転、寝返りをうち、横向きになって自分の右手を眺めた。

 その手のひらを開いて閉じる。モビルスーツのコクピットではその動作だけで、人がビームに貫かれ、大質量の銃弾に潰され、肉体は高温で蒸発、あるいは宇宙に投げ出され、あるいはバラバラに四散し、死んでいった。

 私は夢の中で見た金髪の青年のことを思った。

 あの戦いへといざない、絶対者として私を支配し、私のすべてであったその人。

 彼もまた、あの戦いの中で星になってしまった。私も最後の戦闘で大きな傷を負い、生死の淵をさまようことになった。

 仲間を失い、主人を失い、戦う意義を失った。それでも、私は生きていた。

 現世へと戻ってきたとき、私の命の恩人、私の看護をしてくれた女性がかけてくれた言葉が思い出される。

 

『人はね、ひとりだけでは生きていけない。でもね、世界はいつでも開かれているの。

 あなたは自分がたったひとりで、この広い世界にいるように思っているようだけど、本当はね、あなたの周りにはたくさんのあなたのことを気にかけて、思って、心配してくれる人がいるのよ』

 

『あなたは強い。ひとりで戦いの場を切り抜け、生き延びてこれたくらい。

 でもまだ弱い。あなたはまだ自分の血や過去に縛られている。

 強くなりなさい。他人に優しくできるように。

 そして、他人の優しさが受け入れられるように』

 

 彼女もあの青年と同じように美しい金髪をしていた。

 

(セイラさん・・・。私は少しは強くなったのか・・・?

 それとも、・・・)

 

 その時、感傷の心の中にざらついた感覚が入り込んできた。

 

(なんだ・・・この感じ・・・)

 

 肌があわ立ち、栗色の髪の付け根が熱くなってくる。

 

(敵っ!?)

 

 

 無重力下の貨物区画。

 巨大なコンテナがワイヤーロープやフックで固定され積み上げられたその光景は、どこまでも続く中世ヨーロッパの城壁のようであった。

 その壁の間に設けられた隙間ー通常通路として使用されているーをノーマルスーツが泳ぐように進んでいた。

 薄暗い空間を行くそれは、海底の深海魚を思わせた。

 キアーラ・ドルチェ、ーそのノーマルスーツを着た女性ーは周囲の空間と同じぐらい静かで、穏やかな、そしてどこまでも闇に沈んだ気持ちの中、第23集積所へと向かっていた。

 

(いっそこの真っ黒がいつまでも、どこまでも続いていたらいいのに・・・)

 

 床と天井を照らすほのかな電灯がヘルメットの中の彼女の瞳に反射する。それは本来美しいエメラルドグリーンであるはずなのに、濁って何も映し出していなかった。

 やがて目指す目的地、第23コンテナ集積所に到着した。

 うずたかく積まれたコンテナ群とは別に、他とは一回りも二回りも小さいコンテナが3個、平積みされていた。

 

(そう、・・・ちょうどモビルスーツで運べるサイズなのね)

 

 キアーラはこの計画者の緻密なことに嘆息する。

 

(私にもこんな器用さがあったら、彼女に気付いてもらえたのかしら・・・)

 

 そして、自嘲気味に彼女は笑った。

 

(違うわね。これは【器用さ】ではなく、処世のための【したたかさ】ね・・・)

 

 ノーマルスーツの右腕手首の表示時刻を確認する。まだ会合には間がある。

 キアーラはコンテナの積載リストを確認するようなつもりで、意識を中身へと集中させていく。

 彼女の意識はコンテナの鉄板をX線のようにくぐり抜け、その向こうに何重にも強固に隔壁・密閉された【それ】へと到達する。

 

(もしも)

 

 さらにキアーラは一つのコンテナに意識を集中する。人間が収まるほどの隔壁容器。

 その向こうに彼女は先尖りの爆弾とも弾頭とも見えるシルエットを認めた。

 

(もしも、この中に悪魔がいるのだとしたら・・・)

 

 そのシルエットの暗さは周囲の闇を引き込んでなお一層、沈んでいた。

 

(私のことをなんて嗤うのだろう・・・)

 

 

 ふいに起きた物音に、キアーラは我に返る。まだ約束の時間ではない。

 振り向くと、そこに10歳ぐらいの黒髪ショートボブ、ジーンズのオーバーオールを着た少女が漂っていた。

 

「お姉ちゃん、何してるの?」

 

 空気があるのにノーマルスーツとヘルメットを着ていることが不思議なのか、あるいは親しい者が似つかわしくない時間と場所にいることが可笑しいのか、少女が小首をかしげて尋ねた。

 

「エイダ!?」

 

 キアーラは驚きと共にすぐに、エイダと呼んだ少女の方へ泳ぎ、その両肩を掴んだが、その先の言葉が出てこなかった。

 10歳の少女相手とは言え、これから言おうとしていることは、どんなに取り繕っても言い訳や嘘でしかない。

 

「どうしたの?」

 

 少女エイダはその小さな眉根にしわを寄せてさらに問うた。

 キアーラの頭の中を数多くの背信の弁明が駆け抜けていったが、いずれも利発なこの少女の前には何を言っても無駄であると、結局は諦めた。

 

「なんでもないわ、エイダ。ここにいてはいけない。部屋に戻りなさい」

「どうして?」

 

 キアーラの強く咎めるような口調に、東洋と西洋の血が入り混じった精緻な作りの少女の顔は、恐れの色を浮かべながらも諦めない。

 

「なんでもよ!早く行きなさい」

 

 少女の肩を揺らして、畳み掛けるようにキアーラが言う。

 

「イヤよ!」

 

 嫌々をする幼児のように、体をよじってキアーラの捕縛を逃れた少女は強い抵抗の視線をキアーラへ向けた。

 

「どうして、お姉ちゃんノーマルスーツなんか着てるの?」

 

 キアーラはエイダの瞳を見ながらも、それに答えられない。ヘルメットバイザーごしのエメラルドグリーンの中に少女は危険な光があることを、見破った。

 

「何か変よ。おかしいよ・・・。お姉ちゃん、怖いことしようとしてる」

 

 どきっ、とキアーラの心臓の鼓動が高鳴った。予感ではなく、確信の口ぶり。

 

(この子、勘が強い子だと思っていたけど)

 

 少女の眼光は今や針の鋭さを持って、注がれていた。キアーラの脳の奥深く海馬に向けて、少女の強い思惟が潜り込もうとしていた。

 少女の意図を察知したキアーラは慌てて心を閉ざし、予防線を張った。

 

(もしかして、・・・・・・)

 

 

 その時、新たな闖入者が状況を一変させた。

 コンテナの影から現れた10ほどの人型のシルエット。半分が真っ黒いノーマルスーツ、もう半分も同じく黒の目出し帽とタクティカルベストに身を包んでいた。

 エイダが身をこわばらせる。彼らが手にしている無反動ライフルが目に入ったのだ。

 

「逃げて、エイダ!」

 

 キアーラの叫び声が、呼び水となってエイダの恐怖の呪縛を解く。

少女が背を向けコンテナの陰へ逃げ込もうとしたが、それより一瞬早く、ライフルが火を噴いた。

 

 

 

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