After La+ ジュピトリス・コンフリクト 作:放置アフロ
搬入エレベーターの反対端に位置する市街ブロック・行政地区。その中央、総督府にまで階上の倉庫・港ブロックで行われている戦闘の衝撃が伝わってきた。コロニー内壁や天井から細かいコンクリートの破片などが落ちてくる。
「ここにはノーマルスーツはないのか?」
屋敷の屋上でフラストが兵長に向かって叫ぶ。これ以上戦闘が続けば、コロニーに穴が開く状況も考えられた。
この場はスペース・ボートの発着場も兼ねているので、もしかすると、
「ある!こっちだ。来い!」
兵長が手招きし、屋上端に設置されていたコンテナに向かう。フラスト、アレク、侍女の3人が付き従ったが、マリアはまだ大量に投入された薬物とキアーラの死という衝撃から、動けずにいた。
その時、総督府の上空を爆音を轟かせて、2機のMSが通過した。
ぼうっと上を見上げていたマリアはそのシルエットとカラーリングを見た。
(赤いモビルスーツ・・・)
同じものをフラストも見ていた。
「あれは。・・・《クシャトリヤ》、なのか!?」
末端肥大気味の太い四肢。《ゲルググ》系に似た頭部。そして、肩部から伸びる巨大なバインダー。
しかし、そのバインダーは両肩に一つずつで、二枚羽根であった。
開発仮形式MSー14PーK1、通称《プロトタイプ・クシャトリヤ1型》。
機体の開発は月にあるAE社のグラナダ工場で行われた。
それは一年戦争の末期、傑作機として名高いMSー14《ゲルググ》をリファインド(近代化改修)した機体《リゲルグ》をさらに発展させ、基本性能を高めた上で、NT専用機としての機能を付加させるという、まさに《ゲルググ》系MSの最終進化形態と呼べるものであった。
ところが、《クシャトリヤ》の名を冠するMS開発は同時に別のチームでも、違うコンセプトの元に開始されていた。
第一次ネオ・ジオン戦争末期に実戦投入された最大・最強のMS、《クィン・マンサ》。その大火力を20メートル級MSで実現するという名目でNZー666PーK2《クシャトリヤ2型》の開発はスタートした。
両者のコンセプトはまったく異なるものであったが試作機が完成するころには、皮肉にも機体シルエットが似てくるという現象を呈した。
しかし、《1型》の試作機は開発陣が要求する火力、推力、加えてサイコミュ兵器のペイロードを達成できず、さらに、同時期にクライアントである新生ネオ・ジオン軍が製造・試験を急がせる、《サザビー》と目指す獲得性能が似すぎているという観点から、《1型》開発チームは解散。そのほとんどが《サザビー》か《クシャトリヤ2型》のチームへと移籍することになった。
これにより、後に《プロトタイプ・クシャトリヤ2型》は進化し名実ともに、NZー666《クシャトリヤ》となる。
余談だが、《クシャトリヤ》の頭部形状が《ゲルググ》系に似ているのは、《1型》開発チームの合流の影響があると思われる。
その後、第二次ネオ・ジオン戦争の混乱の中で、お蔵入りとなっていた《プロトタイプ・クシャトリヤ1型》の試作機がイリア・パゾムの手に渡ったことは想像するに難しくない。
もっとも、イリア自身は《クシャトリヤ》という名称にまったく愛着はなく、パーソナルカラーの真紅に塗られたその機体のことを、《リゲルグ改》と呼んでいた。
その2機のMSー真紅の《リゲルグ改》と濃紺迷彩色の《ギラ・ドーガ》ーは総督府屋敷前の広大な庭園に、間隔を空け着陸した。《リゲルグ改》の足元で腕組みしたイリア・パゾムの髪が姿勢制御バーニアの噴射に巻き上げられ、美しいピンク色の波を作る。
すぐに、コクピットハッチが開き、ワイヤーウインチを使ってノーマルスーツのパイロットが降りてきた。イリアに走りより、敬礼すると、
「ご苦労だったな」
イリアは声をかけながら、左腕をまっすぐパイロットのヘルメットバイザーに向けた。直後に袖口に隠された小型拳銃がバネ仕掛けで飛び出し、発射された9mm口径115グレインFMJ弾がバイザーを、そしてパイロットの頭を貫通した。パイロットは自分の身に何が起こったのかを知る間もなく、即死した。
(おかしいな・・・。こいつを殺すのには何の
イリアは、銃の調子が悪いのか、というかのように左手を見やった。先ほどキアーラを撃ったときの醜態が思い出されて、彼女は一つ舌打ちした。
「まぁ、いいか。どのみち、3発喰らってもう死んでいるだろう」
イリアはくだらぬ逡巡を断ち切るように銃をしまい、死体となったかつての部下のノーマルスーツを見下ろした。
「運がなかったね。こっちも少しはやられてないと、おもしろくないから」
そう言って、イリアは口元を歪めた。残酷なほど美しい笑顔だった。彼女はうつ伏せの死体の背を踏み越えていくと、ワイヤーウインチに足をかけ、コクピットへと上がっていった。
ともに総督府へ駆けつけた僚機の《ギラ・ドーガ》へ視線を移すと、モノアイ・センサーはこちらを凝視しているようだったが、機体は微動だにしていなかった。
リニア・シートへ飛び移るや、イリアは《ギラ・ドーガ》へ無線通信を開く。
「メイナードだな?」
『は、はっ!』
スピーカーを通しても部下のパイロットの緊張した声が分かる。
「お前、見たな」
イリアの声は疑問ではなく、断定だった。
『い、いえ!自分は見てません。何も見ていません!!』
「ふふふ。かわいい奴。お前は長生きする、かもね」
イリアは全天周モニターに映る景色を見回す。潜入した【木星ジオン】によってあちこちに火の手が上がり、街は深夜の大混乱に陥っていた。
(さて、どうする)
イリアは考えを巡らせた。
(ここまでは予定通り。調べでは核弾頭は地下の格納庫に隠されているはずだが。さて、どうやって行くか?)
そう思っていたとき、庭園の地面の一部が地割れのように動きだし、左右にスライドした空間からエレベーターがせり上がってきた。
『な、何だ!?』
緊張する《ギラ・ドーガ》パイロットのメイナードと対照的に、イリアはにやりと唇を歪めた。
地下から上がってきたエレベーターには、《リゲルグ改》とよく似た頭部形状のMSが載っていた。
MSー14C《ゲルググキャノン》をベースに、一年戦争終結後の火星潜伏中に数々の現地改修を重ねたベイリーの愛機であった。主機の熱核反応炉は後継の《リゲルグ》と同じ型式、大出力のものに換装。戦闘と破損、続く修理を繰り返した結果、両腕と頭部は海兵隊仕様の《ゲルググ》のパーツを流用していた。その他、推力、センサー有効半径など基本性能を底上げし、コクピットも全天周モニター、リニア・シートに変更してあった。
そして、右肩部アーマーには、操縦者のパーソナルマーキングである、創造上の生物、雄鶏とトカゲをかけ合わせたコカトリスの姿が描かれていた。
《ゲルググキャノン》の外部スピーカーから怒りの叫びが発せられる。
『イリア・パゾム!宇宙へ出ろ。勝負だ!!』
その声とセリフをイリアは笑い飛ばした。
「ベイリーか。はは、生きていたか」
イリアの《リゲルグ改》の右マニピュレータに装備されたロング・バレルのビームライフルが無造作に《ゲルググキャノン》を照準する。ためらいもなく、銃口から閃光がほとばしった。
あらかじめ予測していたベイリーはフットペダルを踏み、機体を右上方へ跳躍させていた。すんでのところでかわすが、背後の射線上だった無数の建物はグリーンのビームに1kmほど貫通、蹂躙された。
『外道がーぁ!』
ベイリーが激昂し、右肩に装備されたビームキャノンを照準させるが、《リゲルグ改》は意に介さず、むしろ挑発するようにその両腕を広げて見せた。
「お前には撃てないさ。コロニーの中では」
イリアは見抜いていた。
事実ビームキャノンを撃てないベイリーは、代わりに機体の右前腕を伸ばし、内蔵された110mm速射砲を応射する。
「甘いね」
軽いフットワークで機体をジグザグにホバー走行させ、それをかわし《リゲルグ改》は空中の《ゲルググキャノン》に向けて、再度ビームを放つ。だが、回避機動をしながらの射撃のため、わずかに射角がずれたそれは、《ゲルググキャノン》の左肩の装甲を焼き、続いてコロニーの天井を突き破った。
「外に出ろ?勝負?馬鹿らしい。こっちは海賊なんだ。そんなこと一々聞くと思ってるのか」
コクピットの中で高笑いを上げるイリアは常人とはかなり異質な雰囲気、むしろ常軌を逸しているといってよかった。
『イ、イリア様!コロニーが壊れます!!』
うわずった部下の声の通信に、ハイ状態だったイリアの精神が辛うじて冷静さを取り戻した。
「メイナードか。お前はエレベーターの下に降りて、地下を調べろ。核弾頭があるはずだ」
『はっ!』
「見つけたら私に構わず、奪ったブツを持って《エンドラ》に戻れ」
『し、しかし、イリア様は・・・』
「私はこの旧式と遊んでいるよ」
そう言いながら、イリアは《ゲルググキャノン》をコロニーの端へと追い込んで行った。
今のイリアにこれ以上反論すれば、ビームライフルの答えが返ってくると恐れたメイナードは何も言わず、エレベーターを破壊し、地下格納庫へと《ギラ・ドーガ》を進ませた。
(あの人、自分で自分を『強化』しすぎたんじゃないか・・・?)
エレベーターシャフトを降下するMSのコクピット内でメイナードはひとり呟いた。
MSの性能差もある。さらに、操縦技能の差。
だが何より、狭い地下コロニーのため、三次元戦闘ができないベイリーは苦戦を強いられた。
垂直方向への回避行動が取れないのは、イリアも同様だが、こちらが建物に隠れたとしても、なんの躊躇もなく、《リゲルグ改》は直進性能、貫通力に優れたビームライフルを放ち、建物は遮蔽物としてまったく機能せず無力であった。
対する《ゲルググキャノン》の速射砲は実体弾。いかなルナチタン高速徹甲弾とは言え密集した建物を貫通して、《リゲルグ改》にダメージを及ぼすことなど不可能であった。
加えて、両前腕内部に装備されている関係上、装弾数も少ない。《リゲルグ改》にビームを撃たせる隙を与えないために、後退しながら間断なく牽制射撃を加える《ゲルググキャノン》は右腕、続いて左腕の速射砲も撃ち尽くした。
「ぐっ!いまだ一矢も報いること敵わぬとは」
ベイリーは歯噛みした。
あとは近接戦闘用の頭部40mmバルカン砲、格闘戦用ビームナギナタ、そしてビームキャノン。
(しかし、ビームは撃てん。ホルストが壊滅する!)
戦闘を続ける行政地区には視界を遮る霧と、瓦礫を巻き上げるほどの強風が発生していた。それはコロニーのどこかに穴が空き、空気が漏れだしていることを示していた。
判断に迷いながら、ベイリーは後退機動し続けると、コクピットにそれまでと違う、接近警告音が響いた。
気付かぬうちに、全天周モニターの後方にコロニー末端の壁が迫っていた。
「しまったっ!」
口にしたときにはもう遅かった。
壁を背にした《ゲルググキャノン》の前方500m、いつの間に現れたものか《リゲルグ改》が中空にホバリングしていた。
「これで終わりさ」
イリアが上唇を舌で舐めた。すでにビームライフルの照準はロックオンしていた。
イリアが操縦桿のトリガーに指をかける。
状況に絶望したベイリーが間に合わぬと知りつつ、最後の手段でビームキャノンの照準を合わせようとする。
その瞬間であった。
「うわっ!」
突如、《リゲルグ改》のコクピットを襲う衝撃にイリアは思わず悲鳴を上げる。3時方向から新たなMSが体当たりを仕掛けてきたのだった。
その濃紺のMSは《リゲルグ改》を両方のマニピュレータでつかんだまま、肩部4基のバインダー・スラスターを吹かし、加速を続ける。
「こいつッ!」
コロニーの内壁にぶつける意図を察したイリアは咄嗟に、頭部バルカン砲で敵MSを牽制する。
瞬間、《リゲルグ改》を離した敵機は、続く鮮やかなロールでバルカンの火線から逃れた。
イリアは内壁のぎりぎり手前で減速、機体を立て直した。
(あのパイロットめ、もっているようだな・・・)
並ではない技量と敵機から発せられられる何かしらのプレッシャーをイリアは感じ取ったが、さらに全天周モニター別枠に表示された『AMXー004ー?』の機体データに驚愕した。
「馬鹿な!《キュベレイ》だと!?あいつの他にもプルシリーズの生き残りがいるのか!!」
戦闘中、初めてイリアが狼狽した。間髪を入れずに、《キュベレイ》が左腕袖口からビームサーベルを形成し、格闘戦を仕掛ける。
「ぐっ!」
わずかに、反応が遅れたイリアだったが、すんでのところで同じく左マニピュレータに装備したビームサーベルで《キュベレイ》のそれと競り合い防ぐ。イエローとグリーンのビームが互いに干渉し、弾け、熱で空間を揺らめかせる。
すると、
『お前は私以上に人の死に無頓着のようだな』
無線のオープン回線も接触回線を開いてもいないのに、《キュベレイ》パイロットの意識がイリアに流れ込んできた。
(違う・・・。男か・・・?)
疑問からイリアが口を開く。
「誰だ、貴様?」
『お互い名乗り合うような状況かっ!』
今度は激情が流れ込んできた。
(大した奴ではないな。買いかぶったか)
落ち着きを取り戻したイリアが嘲笑う。
不意打ちと推力で《キュベレイ》に押し込まれたが、幾度も切り結ぶ内、ビームサーベルの出力自体は《リゲルグ改》の方が上のようである。じりじりと押し返した。
(下がれっ。その時がお前の最後だっ)
《リゲルグ改》が肉迫する。そのプレッシャーと斬撃に耐えかね、《キュベレイ》はバインダー・スラスターを前に吹かして後退機動した。
(かかった!)
即座に《リゲルグ改》のビームライフルが上がり、銃口の射線上に《キュベレイ》を捉える。
トリガーを絞れば、光速に匹敵する初速のビームが《キュベレイ》を貫く。
はずだった。
警告音と同時に9時方向から、左肩部バインダーに撃ち込まれた40mm高速徹甲弾にイリアの意識はそらされた。
見れば、頭部バルカン砲から硝煙を上げるベイリーの《ゲルググキャノン》がいた。
「もう少しのところで。老いぼれがっ!」
ビームライフルの照準を《ゲルググキャノン》に移そうとすると、後退した《キュベレイ》がまた格闘戦を仕掛ける。
さらに、《ゲルググキャノン》が腰部後方からビームナギナタを抜き放ち迫る。
「ちっ。どうしたんだ、 急に敵の足並みが揃い始めた」
残像を描きながら回転するビームナギナタをバーニアを吹かして上空にかわしながら、イリアは呻く。
「遊びすぎたな・・・。ここは出直すのが得策か・・・」
機体を反転させ、搬入用エレベーターへ向かわせた。
チャンスと捉えた《キュベレイ》が追撃体勢に入る。
「させないよ。ファンネルっ!!」
イリアに呼応して、リア・アーマー、両バインダーから合計4基のファンネルが飛び出した。《キュベレイ》のそれと異なる形状をし、十字に交差した4枚ローターの真ん中から短砲身が伸びていた。
すぐに、《キュベレイ》の周囲を飛び回る。
「うるさいハエどもめ!クルスが使っていた奴か」
自分が口にした人名に嫌悪感をにじませながら、アンジェロはひたすら《キュベレイ》に回避運動をとらせていた。
旋回でビームをかわし、こちらがビームサーベルで反撃に転じても、小さくすばしっこいファンネルにはかすりもしなかった。
そして、油断していると、装甲を焼かれる。元来のビーム出力が低いことと、機体のヴァイタル部位を巧みにかわしているので、大した損傷にはなっていないが、このままビームを浴び続ければ、危険だった。
「何か他に武装はないのか・・・?」
(こちらにもファンネルがあります。ですが、あなたに使えるかどうか・・・)
《キュベレイ》のコクピット内で緑の光が不安に瞬いた。
全天周モニターには【FUNNEL READY】の表示が点滅していた。
「しかし、・・・やってみる。ファンネル!」
アンジェロの呼びかけに《キュベレイ》のリア・アーマーからも4基のファンネルが射出された。しかし、
(な、なんだ。この気持ち悪い感じは?)
アンジェロは初めて味わう体の違和感に吐き気を覚えた。味方のはずのファンネルが、体内を飛び回るスズメバチのようにうるさく恐ろしく感じられた。
「こんなの、できない」
アンジェロの否定の意志が伝播したように、ファンネルたちは尾部を振りながら、ゆらゆらと空間を無秩序に飛び回った。
遠ざかる全天周モニターの視界に、その様子を見たイリア・パゾムは《リゲルグ改》コクピットの中で嘲笑した。
「なんだ、そのファンネルは。戦い方を教えてやる」
イリアが意識を集中し、その殺意をサイコミュが拡大、ファンネルに伝達する。《リゲルグ改》のファンネルは飛行もままならない《キュベレイ》のファンネルを追い回すと、なぶり殺しに少しづつビームで焼き、すべてを撃ち落としていった。
当面の獲物を狩り終えた《リゲルグ改》のファンネルは、霧の先に消えつつある主の元へと飛び去って行った。