After La+ ジュピトリス・コンフリクト 作:放置アフロ
リンがマリアに渡したメモ形状のものは3D画像を描くモニターシートであり、そこには《ジュピトリスⅡ》が留まる宇宙座標と、周辺の簡単な宙図(海図の宇宙版)が記されていた。《ダイニ・ガランシェール》のMSデッキでの一件の後、マリアだけでなく、彼女の仲間もこの宙図の情報を共有していたので、最終目的である《ジュピトリスⅡ》へは別れて行動するベイリーやクワニも到達できるはずだ。ただ問題は、
(このメモを本当に信用できるか。当然、罠は巡らされているはず)
マリアはヘルメットバイザーの内で思う。
彼女の乗る《キュベレイMk-Ⅱ改》は宙図にある《ジュピトリス》座標へ直線最短距離で向かっていた。燃料の余裕を考えれば、デブリ帯を経て、大きく回りこみ密かに接近させることも可能であったが、
(1週間以上この辺りに潜んでいたことを考えると、そこを通るほうが危ない)
《ジュピトリス》の舷側のすぐ近くに広がるデブリ帯に罠がある、とマリアは考えた。また、メモの余白に書かれていたように、
(リンの目的が私の身柄なら、正面から行けばいい)
そう思っていた。
正面の全天周モニターに別枠を表示し、後方モニターに映し出されているアイバンの《ギラ・ズール》を確認する。《キュベレイ》から付かず離れずの距離を保ちながら随行していたアイバン機にマリアはレーザー回線を開いた。
「アイバン、ここまでだ。
もうすぐ《ジュピトリス》の探知範囲に入る。哨戒機との遭遇もあるかもしれない」
『そうか。分かった』
短くアイバンが応答し、機体を反転させた。
『死ぬなよ』という言葉には答えず、マリアは後方の遠ざかりつつある《ギラ・ズール》のスラスター光を見送り、それが見えなくなると別枠を閉じ、続いて
マリアは決意するように細く長く息を吐き、フットペダルを踏み込んだ。
『警戒、高熱源体反応、接近中。数は1。方位170、上角20』
「第二戦闘体制。警報発令。機関増速。IFF照合急げ」
詰めている各要員があわただしくコンソールを操作し、またヘッドセット・マイクの向こうに個別の指示を出し始めた。
暗礁宙域の端に巨体を横たえる《ジュピトリス》は機関がアイドリング状態のまま、宇宙空間に留まっていた。その船体最後尾の巨大なスラスター・ノズルが噴射光を上げるが、大質量を誇る《ジュピトリス》の加速は、迫るMSから比べれば遅々としたものだった。
あらかじめ来ることを予知していたかのように、出撃・散開中の6機、2個小隊の《ジムⅢ》が不明機に対応するため、巣に戻る働き蜂のように《ジュピトリス》の殿(しんがり)に集まり始めた。
『IFF照合。AMXー004ー04。使用コードは、アーシタ士長です』
冷静な口調を続けていたCIC要員の語尾がわずかに揺れていたようだった。
『120秒後に通信可能距離に到達する模様』
ちょうどその時、艦橋に細身のパンツスーツの女性が現れ、不遜にも艦長席の横、司令席にその細い腰を下ろした。バッハの他、居合わせたクルーは各々不快な表情を見せる。バッハは仮面のような無表情で、通信長のヴァルターはいかにも忌まわしそうな顔つきで、またある者はうっとおしそうな顔で表現する。
「お早いご到着ですね、補給長」
彼女の方を振り返って言うヴァルターの慇懃な物言いをリンは無視した。その態度に彼は顔を戻して小さく舌打ちした。
「まったく迷惑な強化人間ねぇ。2週間も宇宙のゴミ溜めに私を足止めしておいて」
左肘をシートの肘掛けに預け、頬杖をするリンは心底うんざりしたような口調だった。『私たち』ではなく『私』という言い方がなんとも自己中心的である。
そんな彼女の存在などいないかのように、隣席のバッハは指示を続ける。
「待機中の《ジム・スナイパー》を発進させろ。艦体の影に潜ませて、できるようなら狙撃・・・・・・」
「それはいけません、艦長」
ねっとりと粘つく視線を絡ませながら、リンが言う。
「あの娘は適正な裁きを受けさせるべきです。そのためには、彼女を無傷で手に入れる必要があります」
ヴァルターが立ち上がり、外したヘッドセットをコンソールに叩き付けて激昂した。
「イイヅカ整備長をあれだけ殴らせた女がどの口で言ってるんだ!!」
「あれはあの人が悪いんですよぉ、逆らうから。正当防衛ですよぉ。
それに私は暴力は嫌いです。文句は黒服たちに言ってください」
『貴様ぁ!』と続けようとするヴァルターを手で制し、バッハが諭すようにリンに言う。
「あなたも知っての通り、私はまだこの《ジュピトリスⅡ》の艦長らしい。大勢のクルーの生命と財産を守る義務がある。
そのためには、必要とあれば、マリアを殺すこともいとわない」
バッハがリンに向けた顔は冷静であったが、その瞳の底には凄まじい嵐が潜んでいるようだった。リンは、にたり、と口元を歪めて応えた。
「ご立派ですわぁ。
でも、そんなに四角四面に考えなくてもいいと思いません?もちろん、艦長の責務は果たされるべきですが、その権力も最大限有効活用して、今後のキャリアにつなげて頂いたらどうですのぉ?」
「あいにく、私は今以上のポジションに興味はない。
しかし、聞くところによると、あなたは月のアナハイムと仲が良いようだね。あの会社もここ数年は大変なようだ。
『月の女帝』とか呼ばれていた、あの何とかという女性も係争中でなかったかね?」
視線を意図して外したバッハは、疑問とも独り言とも取れるような、彼らしからぬ曖昧なしゃべり方だった。
(この男、・・・ただの馬鹿正直な軍人かと思ったけど、意外と目鼻が利くのね)
リンの目がやや細められ、その奥の光が危険な香りを漂わせた。
艦橋上部に設置されたディスプレイはレーダーを表示し《ジュピトリスⅡ》を中央に配し、後方から迫る《キュベレイ》の光点は秒速単位で近付きつつあった。そのディスプレイ上、中央から等距離に描かれた円のラインを光点が越えると、CICからの無線がまた響く。
『《キュベレイ》とコンタクト。回線開きました』
レーダー表示の横に【SOUND ONLY】と示した通信ディスプレイが立ち上がり、機械がプログラム通り話しているような、無感情な声が艦橋に響いた。
『こちらプルツー、帰還する。着艦許可求む』
その声音に艦橋は弓に張られた弦のような緊迫感に包まれたが、司令席のリンだけは満足そうな笑みを口元に漂わせた。
通信席のヴァルターが後方、キャプテン・シートに泰然と座る短髪の厳つい軍人を振り返り、指示を仰ぐ。
全く動じていない様子で、バッハは首を横に振った。
「駄目だ」
バッハに小さく頷き、ヴァルターはヘッドセットのマイクを口元へ持っていった。
「着艦は許可できない。主機を停止し、直ちにモビルスーツから降機せよ。繰り返す。着艦不可、直ちに降機せよ」
《キュベレイ》から応答がない艦橋は嵐の前の静けさのような、耐え難い沈黙が支配していた。
不意に、
『723で映像を送る』
という簡潔な言葉を受け、ヴァルターがバンド(周波数)を合わせ、別枠表示を正面モニターに立ち上げる。
《ジュピトリス》クルーにとっては見慣れた、彼女のパーソナルカラーである赤黒基調のヘルメットとノーマルスーツに身を包んだパイロットの姿が映し出されていた。
バイザーを上げヘルメットを脱ぐと、無重力空間にオレンジがかった栗毛のショートボブが舞った。閉じていた瞳を開けたパイロットの蒼い視線が、モニターを通してバッハのそれとぶつかり合う。
『降機はできない』
言いながら、彼女は腰のホルスターから拳銃を抜き、流れるような動作で初弾を装填、狙いを定めると、
「あっ!」
腰を浮かしかけたヴァルターが制止の声を上げる間もなく、彼女は自身のヘルメットの側頭部を撃ち抜いていた。モニターの右から左へと穴が開いたヘルメットが流れていく。もう真空中には出られない。
(そこまで思いつめたか)
彼女が決死の覚悟をしていることを察し、バッハは心で歯噛みした。
ならば、応えてやるしかあるまい。
「《キュベレイ》のパイロットに告ぐ。私は当艦の艦長だ。
我々
「ちょっと! 艦長」
と抗議の言葉を言いかけるリンをバッハは一瞥し黙らせる。
(黒服たちを連れてくるべきだったかしら)
リンは今更だが、この場に暴力に精通した人間を伴って来なかったことを悔いた。
「だが君がマリア・アーシタならば、着艦を許可する」
口調こそ変わらぬが、バッハの目は包容力に満ちていた。
バッハを振り返ったヴァルターが小さく首を振る。その表情は『危険だ』と語っていた。ヴァルターを、ちらっ、と見やり小さくバッハは頷く。
長い、長い沈黙。
居合わせたクルーは重力を持たない肉体が途方もなく頼りなく思え、文字通り、地に足が着かない不安感が去来した。
まるで、時間がカタツムリの歩みになってしまったかのように引き伸ばされたような感じがする。
そして、唐突にコクピット映像が《キュベレイ》側から一方的に遮断され、艦橋に緊張が走った。
しかし、
『ありがとう、お
その柔らかな口調と内容は彼女がまだ人間であることを雄弁に語っていた。
『私は親不孝な子でした』
音声だけになった通信。だが、バッハには何となくマリアが映像を切った理由が分かるような気がした。
彼女の語尾が微かに、家族同然の彼にしか分からないことだったが、かすれていたからだ。
「そんなことはない。私こそお前の気持ちを分かってやれてなかった。すまない。
《キュベレイ》の着艦を許可する」
『了解。通信終わり・・・・・・』
【SOUND ONLY】のディスプレイが閉じる間際に、バッハはマリアが小さく鼻をすする音を聞いたような気がした。
《キュベレイ》の全天周モニターの先に小さな噴射光が見えてきた。遠く離れるそれは今は豆粒ほどの大きさのように見えるが、近付けばそれは《ジュピトリスⅡ》の巨大なスラスター・ノズルから発せられたものだと、マリアはすぐに分かった。
「キア、やっと帰ってきたよ」
つぶやきながら、マリアは左手首に巻かれた細いチェーン、それにつながれたペンダントウォッチを開く。哀愁のある旋律がコクピットに漂う。
彼女は数フレーズ聞いただけで、何か思いを断ち切るように蓋を閉じると、手首からチェーンを外し、腰のポーチの中へペンダントを仕舞った。
「ただいま、《ジュピトリス》」
天井近くに設置された電光掲示板の【AIR】の表示が赤い点滅から、緑の点灯に切り替わると、《ジュピトリスⅡ》のMSデッキは空気が充填されたことを示していた。
《キュベレイ》専用のドリー(メンテナンス用ベッド)に駐機しジェネレーターを冷却させた機体の周囲には、ライフルを手にしたBSS、ブッホ社のノーマルスーツが十重二十重に取り囲んでいた。
私はホルスターからナバン拳銃を抜き、左手には起爆用のリモコンを持って、コクピット・ハッチを開けた。
ハッチ前の空間に漂う警備要員が緊張した様子で一斉にライフルを頬付けする。
その内のひとりがヘルメット・バイザーを上げて、呼びかけてきた。
「マリアさん、武器を捨てて投降してください」
私の部下、-いや、【元】部下のオリヴァーだった。
「悪いが、それはできない」
拳銃を腰だめに構えた私は、数時間前にフラストにやって見せたように、取り囲むオリヴァーたちにリモコンを見せつけた。
「騙してすまないが《キュベレイ》には爆弾が仕掛けてある。ここで吹き飛べば皆仲良く天国でパーティーが開ける」
聞いたオリヴァーの顔色が変わった。
「どいてもらおう」
四方八方へリモコンを向けながら、私は注意深くコクピットからデッキ床面へと脚を蹴り出した。
無重力遊泳に飛び出した私はデッキの奥の端に駐機した巨大なシルエットに視線を奪われた。そこは2ヶ月前には《ZZガンダム》の駐機スペースとして、がらんとした空間が広がっているだけだった。彼の、ジュドーの愛機は今木星にある。
その重MS用ドリーに置かれた機体は全体を覆うグレーの宇宙塵シートカバーに覆われ、機種は判然としないが私の推測でも、
(20m超級の大型モビルスーツかモビルアーマー?なんであんなものが)
深くその先を考える間もなく床が迫ってきて、直前で前宙返りし足から着地すると、私はマグネットブーツを作動させて立ち上がった。
「仕掛け爆弾なんて、姑息なマネをしてくれるじゃない」
私の右方向からかけられたその神経質そうな声。私は首を回して顔だけを向けパンツスーツの女をにらんだ。
(ふっ、まだノーマルスーツを着てないとは余裕か。それとも私と同じ自殺願望者か)
私は声を立てずに嘲笑した。
「おまけに、わたしが渡した発信機はネオ・ジオンの船に仕掛けてないようねぇ」
「あいにく、私はお前のように仲間を売るような汚いマネは出来ない」
体ごとその女、リンに向き直ると、引き連れた黒服の二人が彼女を守るように前に立った。まだ私の右腕は体の線に沿って、だらりと垂れナバンの銃口は床を向いていたが、左手のリモコンはまっすぐリンに向けて伸びていた。
「それに『姑息なマネ』なんて言われたくないね。イイヅカさんとバーバラを解放してもらおう」
「マスターを裏切った人形がよく言うわぁ」
あからさまにリンが不機嫌そうな顔つきとなる。
頭上に漂うブッホの警備要員たちは動くことも出来ず、ライフルを抱えたまま事態を注視するに終始していた。その彼らに向けて、私は声を張り上げる。
「スペース・ランチを準備しろ!」
爆弾を脅迫材料にイイヅカたちを解放、奪ったスペース・ランチで脱出させ、マリア自身は捨て身の時間稼ぎをするつもりだった。ランチは《ダイニ・ガランシェール》隊が救出してくれるはずだ。
彼女の言葉にも警備要員はお互いに顔を合わせるばかりで、誰も動こうとしなかった。私は苛立ちと焦燥感に襲われた。
「《ジュピトリス》が粉々になってもいいのか!?」
さらに、私が怒号をかぶせると、ようやくオリヴァーがのろのろと動き出し、他の人間もそれに釣られだした。
もっとも、宇宙船としては大きくない《ダイニ・ガランシェール》ならともかく、全長2㎞の《ジュピトリスⅡ》をファウストの弾頭2発と《キュベレイ》の誘爆で『粉々に』出来るかどうかははなはだ疑問であったが。
実はそもそもこのリモコンは、
「そいつはブラフ、はったりさ」
突如、沸き起こった少女の声音に私は胃袋を捕まれたような気になった。10歳ぐらいの黒髪の少女がリンと黒服の背後から冷たい微笑を顔に浮かべながら現れる。
その姿を見た私は胃袋どころか心臓を潰されるような驚きに襲われた。
ヘルメットを小脇に抱えた少女は今私が着ているのと同じ、赤黒基調のノーマルスーツに身を包んでいた。それは紛れもなく10歳のときの私、かつての『人間兵器』が着ていたノーマルスーツだった。
「エイダ!?その格好、あなた、何しているのっ!?」
驚愕の私は少女エイダに一喝とも疑問とも取れる大きな声を上げる。
ちっ、とエイダは音高く舌打ちした。
「いちいち頭に響く声を出すな。第一なんだ『エイダ』って?私は、」
その口調も表情も私を不安にしてやまない。それはまるで鏡に映る10年前の自分の姿を見ているようだった。
「私はプルツーだ」
「ッ―――!?」
私の頭の中が『なぜ』という疑問符で一杯になり何も思考できなくなった。
その時!
左斜め後ろから湧き上がったプレッシャーに、すぐに振り返った私は繰り出された手刀をかろうじて左手でブロックした。
「しまっ!」
だが、持っていたリモコンは衝撃で私の手を離れ、くるくると回転しながらリンたちの方へ流れていった。
手刀に続いて、突進してきた黒服が私の右手を払い、ナバンも手を離れる。返す動作で打ち込まれる右ストレートをタイミングよく掴み、私は黒服を後方へと一本背負いに投げ飛ばした。
そこで後ろ向きになった私をもうひとりの黒服が羽交い絞めにする。私は左足のマグネットブーツを咄嗟に解除し、思い切り黒服の足の甲へ踏み付ける。
「――ッ!」
声も立てずに私を締め続けるところは立派だったが、さらに私が後頭部を逸らしてその鼻頭に頭突きを喰らわせると、さすがにその体が揺らいだ。
「そこまでだ」
足を後ろに跳ね上げ黒服の急所を攻撃しようとした私の眼前にナバンの黒い銃口が突きつけられ、それ以上の抵抗はできなかった。
それは私の元上司カール・アスベルだった。ノーマルスーツのヘルメットバイザー越しの醒めた視線と表情からは何も読み取れない。
「はははっ!」
乾いた笑いを上げながら、少女が私の手から離れたリモコンをいじってもてあそんでいた。少女が末端のスイッチをカチカチと押す様子に、ブッホの警備要員たちが、ぎょっ、とするが、『ブラフ』、『はったり』と言われた通り《キュベレイ》は爆発しなかった。《ダイニ・ガランシェール》を出る前にフラストたちに言われ、リモコンの起爆装置は解除していた。
「お前、大したことないね。口先だけ舞い上がった女がっ!」
エイダがさも愉快そうに哄笑した。
「この女ぁ」
投げ飛ばした方の黒服が呻き後ろの首をさすりながら、こちらに向かってくる。懐からスタンガンを取り出した。
「残念だったな」
銃口を突きつけたままのカールの口調は黒服と対照的に冷酷そのものであった。
首筋にスタンガンが押し付けられ、次の瞬間、背筋が限界まで反り返るほどの衝撃に見舞われ、動けなくなった私に後ろの黒服が首を締め上げる。頚動脈の血流が止められ、私の意識は深い闇へと落ちていった。
(フラスト、皆、あとは頼む・・・・・・)