After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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宇宙のマリア

 宇宙に上がった私は、すぐに自機の《ジム》と《ジュピトリス》をレーザーコンタクトして現在地を知らせると、他の機影を求めて、全天周モニターに目を凝らす。

 

「そもそも敵にこうも簡単に侵入されるなんて。哨戒の連中は何をボヤボヤしていたんだ・・・」

 

 思わず、私は愚痴をこぼす。モニターにも、各種センサーにも味方機の示す表示は確認できなかった。

 

(この感じは・・・嫌な感じだ・・・)

 

 フットペダルを踏み、背中のメインスラスター吹かす。艦尾から出撃した私は、鮮やかな弧を描いて、反転すると、《ジュピトリス》の外壁すれすれを艦首に向けて飛ぶ。

 全長2km、まるで小型のスペースコロニーのような《ジュピトリス》の巨体が全天周モニターの右半分に流れるように映し出され、後方に消えた。

 

(いない・・・)

 

 敵も味方も感じられなかった。

 再度、機体を反転させ、今度は先ほどと反対側ー火星側の舷側を飛ばす。

 

(しかし、この機体。火力もないし、航続距離も不安だ。母艦を叩くのは無理か)

 

 私には敵がモビルスーツで来ている予感があったし、モビルスーツがいれば宇宙艦船がいることは必然と思えた。

 蒼い瞳は油断なく、全天周モニターに映し出された《ジュピトリス》の甲板や柱、ヘリウムタンクの影、またモニター左側の暗い宇宙を探りながら、考えを巡らせた。

 

(なら、敵のモビルスーツの1機でも捕まえる)

 

 と、思っていると、流れていくモニター下方、《ジュピトリス》の中間翼の端で微かに動くものー黒いそれはモビルスーツの火器の銃口だーを私は捉えた。

 

「見えてるんだよ!」

 

 刹那、私は《ジム》に半宙返りと、重心移動を利用したAMBAC機動で方向転換すると、フットペダルを床まで踏み込んだ。

 背部メインスラスターの4つのベクタードノズルの傘が大きくなり、そこから巨大な蒼い炎の花を咲かせる。

 瞬間、すさまじい加速Gに体はリニア・シートに押し付けられ、頬の肉がヘルメットの中で後ろに引っ張られているのを感じる。

 見る見るうちに《ジュピトリス》の翼端が迫ってきた。

 

(しかしこの程度の加速か。ノーマルスーツを着るほどでもないな)

 

 まだ、私には大分余裕があった。

 《ジム》の姿勢を引き起こすと、メインスラスターと姿勢制御バーニアもできうる限り使って、急制動をかける。

 翼端から上をうかがっていた緑の巨人、《ギラ・ドーガ》は目前に突如急降下してきた濃紺の人型シルエットに棒立ちだった。

 

(かくれんぼはこれまでだな・・・落ちろ)

 

 呟きながら、私は頭部バルカン砲のトリガーを絞る。

 初弾が《ギラ・ドーガ》の頭部モノアイを保護していた、バイザーに命中しひびを入れると、近傍に弾着した次弾がそれを撃ち砕く。

 続く一連射で頭部は小爆発を起し、一瞬でジャンクと化す。

 完全には減速し切れなかった《ジム》の機体が下方に流れされそうになるのを、姿勢制御バーニアを巧みに使い、《ギラ・ドーガ》の側面に回り込ませながら、同時にバルカンの狙点を次々と移していく。

 頭から、火器を持った右マニピュレータの先・手首、シールドを装備していない左肩関節部、腰の動力パイプ。

 旋回機動を行いながら、どれも、一連射で破壊していく様子は、まるでマシーンがモビルスーツを動かしてように正確無比、なんの躊躇も感じられなかった。

 少し流れて、《ギラ・ドーガ》から離れた機体を戻し、トドメとばかりに、バルカンの残弾を脚部付け根に叩き込む。

 真っ直ぐに伸びた曳光弾の赤い火線は、腰から大腿部を覆う装甲に当たり、激しい火花を上げるが、ついに耐えきれなくなり、左脚がちぎれていった。

 

【OVERHEAT MAG EMPTY】

 

 銃身加熱と弾切れの表示に私は軽く舌打ちする。

 

(ほんとに弾数少ないんだな)

 

 すでに《ギラ・ドーガ》は火器を失い、左腕・脚がちぎれ、断面から漂う乳白色の冷却液と褐色のオイルまみれの姿は、さながら血まみれの兵士のようであった。

 反撃の危険は少ないが、それでも用心深く半死の《ギラ・ドーガ》にビームライフルを向けながら、ー実際にはこれほどの至近距離で《ジュピトリス》側面の《ギラ・ドーガ》へ発砲することなどできないのだがー、コクピットの私は静かに、目を閉じ、意識を周囲の空間へ飛ばす。

 一瞬にして、私の意識が遊離体となってコクピットを跳躍し、《ジュピトリス》よりも大きくなり、無限とも言えるほど放射状に広がっていった。

 そして、逃げる数機のMSの背とそのマニピュレータがつかんだ貨物コンテナという、断片的なイメージが形成された。

 再び、目を開けセンサーディスプレイを見る。周囲の空間には小岩石やデブリなどの宇宙ゴミが多く漂い、センサーに光点として表示されているが、先ほど感じたイメージと合致するような光点はないようだった。

 

(もうセンサーの有効半径外に逃げたか)

 

 もっとも、ミノフスキー粒子が高濃度下では電波を利用したセンサー機器類はすべて効果を半減あるいは用をなさなくなるので、まだ近くにいる可能性もないではなかったが・・・、

 

(かなり、希薄な感触だった。遠いな)

 

 《ギラ・ドーガ》に目を戻すと、残った右マニピュレータを無様に動かしていたが、手首から先が失われたそれがつかむものは何もなかった。

 右脚も残っているが、動力をやられたのかまったく動く気配はない。それは緑の甲虫が絶命間近の最後のもがきをしている姿を思わせた。

 ジムの左マニピュレータを《ギラ・ドーガ》に向け、通信用のワイヤーを飛ばし、接触回線を開き、

 

「投降しろ。命は助ける」

 

 私が呼びかけるとすぐにコクピットハッチが開き、両手を上げたパイロットが出てきた。

 モビルスーツ同様ジオン系の古いノーマルスーツを着ている。

 

「お前の仲間のモビルスーツはどこだ?」

『もう逃げたよ』

 

 予測はしていたが、やはりそうらしい。

 

「われわれの哨戒機をどうした?落としたのか?」

『知らない。俺は何も見てない・・・』

 

 静かにフットペダルを踏み、擱座した《ギラ・ドーガ》の眼前に迫る。パイロットがたじろぐ様子が分かる。

 私はパイロットの手前数メートルで《ジム》を止めると、ビームライフルを離し、その巨大なマニピュレータで敵パイロットを掴もうとする。

 

『ーーーーー!!』

 

 何か叫ぼうとしたのだろうが、その悲鳴は声にもならなかったようだ。

 右の操縦桿をもう少し握れば、その人間は《ジム》の手に潰され、ただの宇宙を漂うゴミとなるが私はそうしなかった。

 ゆっくりと、《ジム》の手を広げると、敵は体を小刻みに震わせていた。

 

「私が尋問するんじゃない。だが、正直に話しておいた方が身のためだ」

 

 

 《ジュピトリス》に敵パイロットとモビルスーツの捕獲を報告すると、

 

『了解した。侵入した敵もほとんど排除した。貨物コンテナを1つないし複数奪取されたが、艦内の被害は軽微。残りの潜伏がいないか、捜索中・・・』

 

 相変わらず、ミノフスキー粒子の濃度が高いようだが、ともかく戦闘はほとんど終息した。

 人的被害は未だ不明だが、貨物コンテナがいくつか盗られた程度なら、奇襲を受けた側の身とすれば僥倖とも思える。

 私はコクピット内に確実に空気が充満し、かつエア漏れもないことを確認して、フルフェイスヘルメットを脱いだ。

 オレンジがかった栗色のショートボブがふわりと広がる。

 

(連中の襲撃の仕方、・・・妙だな。1個小隊程度で仕掛けて、急に退く。こっちの哨戒部隊は行方不明・・・。

 何なんだ、しかし、・・・?

 やっぱり、・・・少しきついな)

 

 ノーマルスーツのファスナーを胸元まで下げた。谷間に入り込む冷気が心地良い。

 ふと機体を反転させ、正面の暗い宇宙をぼんやりと眺めると、不意に私は動悸が高まってくるのを感じた。

 

(なんだ・・・この感じ・・・このざらつきは・・・)

 

 ショートボブだが両耳の前だけ伸ばしている横髪、その一束を無意識に私は右手でいじっていた。

 何か不安なこと、嫌なことがあったときによくやってしまう癖だ。

 ふと、私は思い出し、リニアシート後ろの小スペースに常備しているピルケースを取り出し、中のタブレットを一錠口に含み噛み砕いた。少し苦かった。

 私はこの時に、もう状況は始まっているんだ、と予感していたのかもしれない。

 

 

 【閑話休題・自己紹介】

 

「私のことを少し話そう」

「私、マリア・アーシタ士長はBSS社(ブッホ・セキュリティ・サービス)に所属する、木星圏資源採取艦《ジュピトリスⅡ》、その警備要員だ」

 

 宇宙開発をするには必要不可欠なヘリウム3。そのヘリウムを木星から採取し、地球に送り届けるのが《ジュピトリス》の仕事だ。

 今やヘリウムなしで宇宙生活はまったく成り立たない。

 そして、旧世紀、石油や天然ガスがそうであったように、利権が絡むところにはかならず争いも生じる。

 元々《ジュピトリス》は地球連邦軍傘下の組織「木星船団」が保有する輸送艦だが、連邦政府は独立を標榜するジオン公国と対立関係にあった。

 木星資源を独占的に掌握しようとする連邦政府だったが、宇宙世紀70年代にはすでに、木星船団に対するジオンのものと思われる輸送艦の行方不明、襲撃、拿捕が頻発していた。

 

「それで私たちのような護衛が必要になった」

 

 当初は正規軍である地球連邦軍が警備の中核をなしていたが、高度に政治的な配慮や運用コストの面から、現在はアウトソーシングとして、複合企業ブッホ社に警備を委託している。

 

「まぁ、その辺の難しい事情は私にはよくわからないが、・・・」

 

 政治的な配慮というのは、独占的なヘリウム3の掌握から木星船団が連邦内でも発言権を増している点や、いまだにはびこる地球に住む人々アースノイドの宇宙移民スペースノイドへの差別、そして木星船団護衛の連邦軍を私兵化される恐れがあるという警戒感などである。

 

「ともかく、私のような敗戦国の人間を雇ってくれているんだから、会社には感謝している」

 

 元はスペースデブリを回収するジャンク回収業者だが、時代の流れか、度重なる戦争がもたらす兵器の遺産がまさに『濡れ手で粟』ともいうべき利潤をもたらし、瞬く間に関連企業を増やしていき、BSS社も数年前にグループが設立したPMSC(private military and security company)、すなわち民間軍事会社だ。

 

「ちなみに、私の『士長』というのは役職ではなく、社内階級のことで、軍隊での少尉か中尉くらいだと思う」

 

「私は前の大戦、一年戦争で負けたジオンの人間だ・・・。火星と木星の間にある小惑星アクシズで生まれたんだけど、実はいつ生まれたのかは私もよく知らない・・・。

 昔のことは、・・・あまり話したくない。話す必要もない」

 

 当時は世界中が不幸に包まれていた。膨大な数の戦死者・行方不明者。戦傷兵士、難民、戦災孤児。

 一層激しさを増すスペースノイドに対する差別・反感。コロニー落しによる地球環境の激変にともなう異常気象。

 人々は地獄を見た。

 だが、それでもなお人は争い続けようとする。一年戦争に続く、デラーズ紛争、グリプス戦役。

 そして、

 

「第一次ネオ・ジオン戦争で私はパイロットとして戦った。そして、大きな傷を負って、・・・もう死んじゃうんだと思った」

 

 私の口調は急に年相応の、いやむしろ幼い少女のように変わっていった。

 

「でも、優しい、とても親切な人たちに巡り会えて。看病してくれた。連邦からもかくまってくれた」

 

「リハビリは辛かったけど、けがは一年でよくなったんだ。モビルスーツも前みたいに動かせるようになった」

 

「それで、・・・大好きな、・・・私にとって大切な人が乗ってる《ジュピトリス》まで追いかけていったんだ。

 あの時はもうホントに大変だったんだから!・・・でも、この話はまた今度でいいや」

 

 耳まで赤く上気しながら、私は右手でハエでも追い払うかのように振ってごまかす。

 顔にあるのは照れ笑いというやつだ。

 

「《ジュピトリス》に着いたら、会えれば、それで・・・、それだけで良かったんだけど・・・。

 一緒に暮らしていいって・・・、それに一緒に・・・、働き始めたんだ!」

 

 顔の赤さはどんどんと増していったが、

 

「今はちょっと、・・・理由があって《ジュピトリス》にはいないけど、その人」

 

 うつむく。

 

「私にとっては、そう・・・」

 

 少し逡巡し、少し戸惑いながらも、

 

「家族、大切なお兄ちゃん」

 

 

 

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