After La+ ジュピトリス・コンフリクト 作:放置アフロ
「――!!!うううぅぅう・・・・・・、あああぁぁぁ――!!」
心身を吹き荒れる苦しみと喪失感に、体の変調は些細なものとして霧散する。
(そうだ。それでいい、プルツー)
《キュベレイ》のリニアシート後ろに佇むグレミーは、血も凍りそうな冷たい声で続ける。
(お前が身に着けているノーマルスーツの色を思い出せ。その意味を。
そして、お前の存在意義を思い出せ)
そうだ。
赤、それは怒りの赤。黒、それは憎悪の黒。
ふたつの色と負の感情が視界を塗りつぶす。
自分の半身を殺してしまった《サイコガンダム》。
グレミーを殺した《Zガンダム》。
そして、
今また私のお養父さんをグレミーと同じように焼き殺した《ZZガンダム》。
「私は、マリア・アーシタなんて人間は演じられない」
《ガンダム》は敵。
「私は、人形だ」
私の幸せを、家族を奪う敵。
「私は、人間兵器だ」
憎むべき敵。
「私は、・・・・・・ル・・・・・・-だ」
敵は殺す。皆、殺す。
「私は、プルツーだ」
いや、殺さなければならない。
「私はっ! プルツ――――だあああぁぁぁ!!!」
それが私の存在意義!!
全てを否定する感情がサイコミュによって増幅され、モニターのパラメーター数値はすべて意味消失する。
バインダーのスラスター・ノズルから爆発的に巨大な炎の花弁が咲き、殺人的に《キュベレイ》を加速させる。
彼女の肉を、魂を喰いながら悪魔の化身となった《キュベレイ》が、艦橋にサーベルを突き立てたままの《ZZガンダム》に肉迫する。
「そうだっ! 俺の黒い衝動を満たしてみせろ!」
カールは狂喜し、否定の黒い思惟にまみれた《ガンダム》が応える。サーベルを引き抜きざま、また光刃をぶつけ合った。
離れざま《キュベレイ》は袖口のビームガンを連続的に放つ。ひとつを機動でかわし、コクピットを狙う別のひとつはIフィールド発生機構が弾く。
だが、3発目は《ZZ》の右肩部装甲を貫き、右マニピュレータを機能不全にさせた。
「やるじゃないか。コーティング装甲を抜いてくるとは。さっきまでと、まるで集束率が違う。
それに、あの光」
カールはうめく。モニターに映る陽光を反射する水滴を撒き散らしたような光。無数のそれが《キュベレイ》を包み込むように沸き、周囲を激しく点滅させていた。
「物理法則を無視した、エーテルが実体化しているとでもいうのか?」
驚きながらも、愉快そうに笑い、また操縦桿を押し込む。
「嬉しいぞ!強化人間っ」
「お前も人の心が覗き見れるようだが、ニュータイプではないな」
しかし、ニュータイプか否かなど、もはやどうでもいいことだ。
笑わせる。人の革新? 誤解なく分かり合える?
だったら、たとえ人工の作り物であったとしても、なぜ私は幸せになれない?
世界が私を拒絶するのなら、私も同じことをしてやろう。
みんな、いなくなれ。
「まずはお前からだ、カール。その命、ダブリンに帰してやるよ」
彼女は嗤う。
*
ふたつの絡み合うスラスター光。
彼らは人間の持つ可能性の一切を否定する、闘争本能のケモノとなって、無限のソラを翔けた。
(これが彼女の想い)
虚空に漂うグレミーの幻影は、凍てつく冷笑を口元に浮かべながらもその目は憧憬の色を帯びていた。
全てを殺し、壊し、奪い尽くす。
強化人間という呪われた生の中で必死に生きているにも関わらず、幸福を得られない苦しみ、もどかしさ。
一時与えられたとしても、それはすぐに取り上げられてしまう。
この世界全てに対する否定の意思。憎悪。
(なんて愉しそうに戦うんだろう。彼らの想いは今、満たされているんだ。
君もそうは思わないか、エルピー・プル)
グレミーが首を巡らせると、いつの間に現れたのか、プルの思惟が両手を胸の前で組み、小さな肩を震わせていた。
(やめて、マリィ! 戦っちゃダメ!! このままじゃあなたは)
だが、その声はもはや戦闘マシーンと化した彼女の心には届かなかった。
《キュベレイ》のサイコミュを通して、憎しみ、怒りという炎が彼女を焼き尽くそうとしていた。
(ふふ、言ったろ? 彼女の想いは満たされた。今、このときこそ彼女は幸福なんだ)
(こんなの幸福でもなんでもないっ!)
プルの思惟が激しく否定し、怒ったように緑の燐光を撒き散らす。
(あの娘は、お父さんになってくれた人に花束をもらって嬉しそうだった!
パフェを幸せそうに食べていた!
アンジェロって人に女として認めてもらって喜んでいた!
その思い出があれば、マリィは)
(そうだ、その思い出だ)
グレミーは自分とは遠く関係のないことのような、感情のこもらない声でプルを遮った。
(プル、君は死んでから随分と思い違いをしているな。
プルツーはまだ肉体を持っているんだ。意識だけの私や君とは違う。
愛しい者の温もりを求めて、冷水を浴びせられればどう思う?
愛の囁きを求めて、拒絶されればどう思う?
その傷付いた存在が思い出の中で生きるというのは、自分の殻に閉じこもるということだ)
プルはグレミーに反論して、口を開きかけるが言葉は出ない。無理やり開こうとすると、何か圧迫を感じるように胸を手で押さえる。喉は張り付いたように動かない。
(あのバッハという男はバラと共に燃え尽きた。
パフェ? そんなものは今この虚空には無い。
アンジェロだと? どこにいるのだ、そいつは?)
グレミーがまるで勝利を確信した指揮官のように、満足そうな笑みを見せる。
(さぁ、絶望が始まる。一緒に見ようじゃないか)
グレミーがその手をプルに向けて伸ばす。
プルはその蒼い瞳に追い詰められた小鹿のような恐怖の色を浮かべた。幼児がするように顔を左右に激しく振って否定の意思を示す。
その時、
(どんな絶望の中にも、希望は生まれる)
草原を走る風のように、その声はグレミーとプルの間に割って入り駆け抜けた。
同時に、太陽のような後光がプルの背後から沸き上がり、見る見るうちに女性の姿に変化した。
長く、背で結んだ栗毛はやはり緑の燐光をまとっていた。
(トゥエルブ。うぅん、・・・・・・マリーダ)
目に涙を浮かべたプルがその名を呟く。
第一次ネオ・ジオン戦争末期、実戦投入された、作られた少女兵士【プルシリーズ】。エルピー・プルという始祖から生まれたクローンの哀しい運命。
その12番目の姉妹。新たにマリーダ・クルスと名を与えられた彼女の姿は、遺伝的にはマリアと全く同じである。しかし、マリーダの数奇な人生は、マリアとはまったく異なる精神を形成した。
そして、今、彼女が
例えるならば、プルのものは森の湖が戯れの風に巻き上げられた水滴の緑。
そして、マリーダのものは、地に落ちてなお必死に生きようとする緑の蝶の燐粉、であった。
さらに、もうひとつの相違点がある。
マリーダの光の方が、明らかに力強い。
その姿に、自信に満ちていたグレミーの顔に一抹の焦りが浮かぶ。
(末妹か。他の姉妹を裏切った出来損ないが今更、何の用だ?)
その焦りを打ち消すように、形の良い眉間を醜く歪めて口を開くが、マリーダは全く動じなかった。
(黙れ。マスターの幻影を被った虚無め。消えろ!)
一撃だった。
驚愕した(なっ!)という表情を張り付かせたまま、一瞬で正体を見抜かれたグレミーの影は足元から、見る見る消えていった。
強風に吹かれて、もろい砂の城が消えていくようだった。
二人だけとなった虚空で、プルは不安そうに横にいる自分より大きな妹を見上げた。
(どうしよう、マリーダ。このままじゃ、マリィは《キュベレイ》に飲み込まれて帰って来れなくなっちゃう)
マリーダは小さい姉を見て、安心させるように頷き、
(大丈夫。諦めさえしなければ。姉さん、あの娘は道に迷っている。見つけられないでいる。
それなら、私たちが光となって照らしてあげましょう。私たち姉妹には、それができるはずです)
(そう、・・・・・・そうだね)
プルもマリーダと同じように、自分を納得させるように、頷いた。
(姉さんは遠くのあの人の想いを連れてきて下さい。私は・・・・・・)
(分かったよ!)
マリーダの言葉の最後を聞く前に、プルは飛行機のように両腕を横に伸ばしたまま、しかし、速さは飛行機どころか、超光速となって銀河の彼方に消えていった。
それを見送ったマリーダは一瞬、きょとん、とした顔になり、次に、
(もうせっかちだよ、姉さん)
くすり、と笑った。
そして、今までの穏やかな顔から一転、怒りの形相となった。
(私は、あの甲斐性無しを連れてきます)
*
タイガーバウムを出港したその密航船は月を目指していた。
本来は、サイド郡のコロニー間移動・連絡に使われるような、いわば宇宙船の中では小船に分類される。
間違っても、サイド3~月間の100万km以上の距離を宙行するのに、適した船ではない。
それは、大洋に浮かぶ小さなイカダ舟と表現してもよかろう。
船には定員をはるかに超える数の人々が乗り込み、本来、貨物スペースである船倉にまで身を寄せ合うようにしていた。
その混雑の中、床を這うダクトに腰掛、壁に身を預ける銀髪の青年がいる。彼は空虚だけを抱いていた。いや、ひとつだけ持っていた。
(これで、よかったんだ)
自分を無理に納得させようとするその
彼は一体何がしたいのか、どこへ行こうというのか。
全く道を見失っていた。
その時、突然。
彼の目前に、緑の細かい光が舞い上がり、薄汚れた銀髪をわずかに照らし出す。何かの存在に気付くと、膝を抱きうつむいていた彼は半ば死んでいるような顔を上げ、
(まさか……!?)
心臓を捕まれたような表情になる。驚愕は見る見るうちに、醜い泣き顔になりかかった。
(マリア、なのか?そんな。君は、……死んでしまって)
彼のつぶやきに、隣で舟を漕いでいた幼児が夢うつつから、寝ぼけ眼で周りを見渡し、何もないことが分かるとまた頭が、がくり、と垂れる。
他の人間には見えないが、その男、アンジェロ・ザウパーには目の前に現れた女性の姿をした光が見える。
思い出すのは、一夜限りのマリアとの契り。肉体の温もりを確認した時に、二人が持つ哀しい記憶がお互いを苦しめた。
しかし、同時に温もりを得た喜びも感じていた。あの時、アンジェロの心臓は高鳴った。
今はその心臓は、直接雪解け水を流し込まれたかのように、凍えていった。
(私はマリア・アーシタではない)
彼女はマリアと同じ声で冷たく突き放し、同じ瞳でアンジェロを見下ろした。
同じ存在でありながら、アンジェロはその【色】とも言うべきものが違うことを理解した。
(そう、か。マリーダ・クルスか)
アンジェロが深い悲哀とも悔恨ともつかない吐息をする。やがて、混乱した疑念の顔となった。
(私がもし彼女だったら、本当に彼女が死んでしまっていたら、何と語りかけるつもりだった? 何も言わずに去った謝罪か? 見捨てた後悔か?)
静かに語りかけるマリーダに、アンジェロはまた顔を膝に埋めた。
(あの娘は今、絶望と死の淵で戦っている。たった独りで)
マリーダの言葉に反応を示さず、また自分の殻に閉じこもろうとしていた。
(私のっ! 目を見ろっ!!)
その激昂は直接、アンジェロの脳に叩き込まれた。
怯える小動物のように体を震わせ、再度、アンジェロが蒼い瞳と視線を交錯させる。
ーこんなクルスを、見たことがない。
獲物を前にし、牙を剥く肉食獣のような顔のマリーダであった。
(私は軍人として、いや、ひとりの人間として戦うことの意味を見出した。命令に単に従うことじゃない。わかるか、アンジェロ?)
何も答える術を彼は持っていなかった。
(それは、仲間を守ること。そして、家族を守ること)
マリーダの思惟が彼のたくましい背中と大きな掌を思い出す。私に新しい生を与えてくれた父。私が守った彼は生きている。
でも、マリアの大切な父は今奪われてしまった。
(あなたにとって、マリアの存在は何だ? 彼女はただの一時の慰めや杖代わりの支えだったのか?
『寂しさだけで人が繋がっているなんて哀しい』だって? 思い上がるなっ! そんな男なら、口と目を閉じ、耳もふさいで、孤独に生きて、独りで死ねばよかったんだ。
私の手もあの娘の手も、殺した人間の血で汚れきっている。その汚れも罪も消すことはできない。
じゃあ、どうすればいいんだ? なぜ、そんな汚れた手を彼女はあなたに差し伸べたんだ?
その手を取ってあげなければ、あの娘はどうやってこの先、生きていけばいいんだ?
寂しさの意味を、あなたは誰より知っていただろう? スベロアが、私のお父さんがなんであんなに優しかったか、あなたは気付いたんだろう?
あの娘は、・・・・・・マリアは、守るべき、かけがえのない存在じゃないのか?)
マリーダは一息に畳み掛けるように問い掛けた。それは彼女の思惟を震わせるほど、厳しいものだった。
しかし、問い掛けられたアンジェロにとっては、さらに、遥かに、厳しい責め苦となって心震わせた。
マリアと同じ瞳を持つ、マリーダのそれを正視し続けることができない。
アンジェロは
「私は、彼女を、・・・・・・助けたい」
搾り出すように、食いしばった歯の隙間から言葉が漏れる。
なんだ、この胸の気持ちは?
大佐への想いとは違う。後ろから付いていきたい、横に立っていたい、という気持ちじゃない。
そう、あれはきっと憧れだったんだ。
心が張り裂ける。彼女のことを全宇宙でもっとも大切な無二の存在と思える。
(きっとそれが、愛)
見下ろすマリーダの瞳は、今や母親のような深い慈愛に満ちていた。
(それを持っているのなら、彼女に伝えろ。そして、救え)
力強く彼の背を押し出す。
(自分と彼女と、そして、この世界の可能性を信じろ)
*
「やった!」
エイダが快哉の声を上げる。
とうとう、ファンネルが発したビームによって、《キュベレイ》の頭部、右目にあたるデュアルアイ・センサーの片方が潰された。
だが、反撃のビームガンにそのファンネルも墜とされる。
「なにを遊んでいるんだっ!」
後席のカールがエイダを一喝する。励ますような響きは一切なく、少女を押しつぶそうとする黒い思惟のみ。
(あぁ、早く、早くこいつをやっつけて。帰りたい)
掃除用具をしまっておくあの狭い倉庫のすみ。あそこなら臭いけど、怖い太ったおばさんや気持ち悪いものを体に入れてくる男の人たちにも見つからない。
あぁ、早くあの家に帰りたい。
(家? 家って何だ?)
あの倉庫? 違う。
少女の視界の端、全天周モニターに《ジュピトリス》のシルエットが掠る。
その途端に、頭痛が激しくなった。
(頭が、金槌で、叩かれてるみたい)
(それは本当のあなたが、がんばっているからだよ)
その痛みをやわらげるように、優しい想いが直接少女に流れ込んできた。
何か甘い香り。髪から立ち上る女の人の匂いのような。
がつっ!
後ろからエイダのヘッドレストが蹴られ、瞬間、彼女は現実に引き戻された。
(ううぅぅ。墜ちろよ、モグラもどき!)
頭痛に耐えながら、エイダはまた《キュベレイ》に攻撃の意識を集中した。
ヘルメットの内、黒い瞳から涙が漏れ漂っていた。
*
先程のように、《キュベレイ》に命中することは、もはやほとんどない。
装甲を掠ることはあっても、ファンネルのオールラウンド攻撃は虚空しか切り裂けない。純粋にビームの数が減っていることもある。
だが、彼女には《キュベレイ》に真っ直ぐ迫るその光軸がゆっくり見える。
彼女にはそれが見えた。時が引き伸ばされていた。
私が泣いても、泣かなくても、彼らはもういない。
私が哀しんでも、哀しまなくても、彼らはもう生き返らない。
私が殺してしまった人たち。プル、エマリー、グレミー。
私のせいで死んでしまった人たち。《ジュピトリス》のクルー、キアーラ、お養父さん。
だから、もう全てを終わりにする。
カール、お前が私の人間性を否定するなら、それもよかろう。
確かに。それは正しい。
私はネオ・ジオンの深い闇の中から生まれたのだから。
だがな、本質的にはお前も同じだ。
(すべてを滅ぼしてやる)
スペック以上の能力を引き出す発光は、虹の向こう側からサイコミュを逆流し、彼女自身を扉にして《キュベレイ》に力をもたらしていた。
そのオーバーロードは確実に彼女の肉体を蝕み、弱い毛細血管から崩壊が始まっていた。
呼吸がしづらい。鼻の奥に血が溜まっている。
鉄の味がする。歯茎は獲物を狩った肉食獣のように赤く染まっていた。
そして、視界が狭い。人体でも有数の細い血管が張り巡らされた眼球。
彼女は光を失いつつあった。
*
《キュベレイ》が複雑な軌道を描いて飛ぶ。機体の隙間からきらめくエーテルを撒き散らし、それは《ZZ》を翻弄する。
《ZZ》のセンサーはきらめきの塊を《キュベレイ》と誤認しては、その信号が消え、また別のところに現れる。
正面モニターには、無数の【TARGET】の表示が、あちこちに点滅し続ける。
「意思を持った光とでも言うのか!?」
光なんて、あの時見た滅びの光だけで十分だ!
恐怖を憎悪で押さえ込み、カールはその厚い唇の隙間から食いしばる歯を見せ、呻いた。
【TARGET】表示の中から、一際強い輝きを放つシルエットが《ZZ》目前に迫る。
「ぐっ!」
また
「小娘が、させるかよっ!」
すんでのところで、その一撃を《ZZ》の左マニピュレータで受け止める。両者は組み付いた状態になった。
全高のある《ZZ》が頭部を見下ろすように俯角を取り、バルカンを放つ。
しかし、すでに弾薬を消費しており、一連射で弾切れ。《キュベレイ》頭部から後ろに長く伸びる角状の装甲に、穴を
「こんなときに! おい、チャンスだ。焼き払え」
「なんで、動かないんだ!? ファンネル、私の言うことを聞けっ!」
カールが前席に呼びかけたときには、もうファンネルはあらゆる命令を放棄していた。エイダが呼びかけても、それは今や虚空に漂う小さなデブリでしかなかった。
「使えん奴だ」
罵りつつ、カールは操縦桿を押し込む。
肘先しか動かぬ右マニピュレータを使い、巧みに《キュベレイ》の腰部を押さえ込んだ。
が、それで十分だ。残った左腕はすでに《キュベレイ》とがっちり組み付いている。
「潰してやる。パワーはこっちがずっと上のはずだ!」
しかし、ファンネルばかりか、機体も動かなくなった。
見れば、《ZZ》の頭部デュアルアイ・センサーは光を失っていた。
「なんだ!? 《ZZ》動け! なぜ動かん!?」
カールは戦闘中初めて、単なる焦りではなく、恐怖で顔を引きつらせた。太い鼻筋にはシワがよる。
(一緒に来い。連れて行ってやる)
突如脳に流れ込む、ぞっとする冷たさにカールは身を震わせた。
それは怒り、憎しみを通り越し、なにか、
水底から浮き上がる死体が、生者を引き込もうとする不気味さがあった。
*
(そうだ。こんな作られた肉体なんていらない。それに・・・・・・)
だが、その思惟はまだ亡霊の怨念には落ちていなかった。
(それに死ねば、この背に羽が生える。きっと天使みたいに。心だけになってあの人の元へ飛んでいける)
彼女にカケラとなって残った人の心がそう思わせていた。
(彼にとって重たいのなら、苦しめるのなら、こんな肉体、焼き払ってしまおう。
そうすれば、今度こそ彼は私を迎えてくれる、受け止めてくれるはずだ。
心だけなら易い、軽い・・・・・・)
動けない《ZZ》を尻目に、《キュベレイ》のコクピットを振り返った彼女はリニア・シート後ろの小スペースを手探りでまさぐった。もう目が見えない。
手に当たる硬い感触がペン形状の細長いものを探り当てる。
起爆リモコン。そう、彼女はリモコンをふたつ持ち込んでいた。フラストにも、他の仲間たちにも黙って。
暗いリア・アーマーの奥に格納された2発のシュツルム・ファウストがその瞬間を待ちわびていた。
安全装置のカバーを解除し、末端に設置された赤いスイッチに向け親指を立てる。
握った両手が震える。それはマリアという人間の残渣か、それともプルツーという壊れた人間兵器なのか。
彼女は、ぎゅっ、と瞳を閉じ、そして、
―さよなら。