新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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エジンベア城①

 

 

 

 通用口を潜り抜けたカミュ達一行は、そのまま城下町の街道を通り過ぎ、城門も潜り抜ける。城門前にも門兵はいたが、カミュ達の姿を認識する事無く、彼等の通行を許可してしまっていた。

 エジンベア城内に入り込んだカミュ達は、この後にどのように行動するべきか考えが定まっている訳ではない。故に、身を隠すように壁の影に身を潜める事となる。

 

「カ、カミュ様……マントが見え始めていますが……」

 

 影に隠れた事を確認したサラは、自分が握っていたと思われるカミュのマントらしき物が見え隠れしている事に気が付く。良く見ると、カミュのマントの色が所々現れ始めており、それはサラやメルエも同様であった。

 布などについた粉の効力が切れたのか、粉が舞ってしまい、付着していた部分が剝がれたのかは解らない。兎に角、カミュ達の姿が見え始めている事だけは確かであった。

 

「払えば落ちる物なのでしょうか?」

 

 サラの疑問は直ぐに溶ける事になる。『バサバサ』という衣服を叩く音と共に、カミュの衣服の色が世界に戻って来た。その内に払っている手も認識できる程に現れ、暫く後には、カミュの姿全体が再び視認出来る程となる。それを見たサラは自分の身体を手で叩き、己の姿も世界へと戻して行く。

 

「…………いや…………」

 

 姿が現れたサラの視線を感じた様子のメルエは、逃げるようにサラの手を離す。

 メルエにとって、自分の姿が消えるという事は楽しい事に他ならないのだ。リーシャやサラのように、その不可思議な現象に対する恐怖など微塵もない。そこにあるのは、興味と好奇心のみ。故に、サラの視線を受けたメルエは、自分の姿も再び現れてしまう事を逆に怖れたのだ。

 

「ふふふ。メルエ、姿が見えないままだと、私達もメルエを見つける事が出来ないぞ。となれば、メルエを置いて進むしか出来ないな」

 

「そうですね。メルエは何処に行ってしまったのですか?」

 

 自分の身体を叩き終わったリーシャが柔らかな笑みを溢しながら、何処にいるのか認識出来ないメルエに向かって言葉をかける。実際、メルエの付けているマントの一部が色を戻しているのだが、リーシャもサラもその事に気付かないようにメルエとは別の方角へ視線を向けていた。

 

「…………むぅ…………」

 

「私はメルエがいてくれた方が嬉しいですよ。メルエが見えないままでは哀しいです」

 

 むくれるような唸り声を発するメルエに向かって、サラは優しい笑みを浮かべる。この粉の効果が永遠ではない事を知ったサラには余裕が生まれていた。未知の道具を使った事により、生涯身体に色が戻らなかったとしたら、『人』としての生涯に終止符を打ってしまうような物である。

 姿を捉えられないところからの攻撃を繰り出せるのだとすれば、もしかすれば『魔王バラモス』とも互角に戦えるかもしれない。しかし、誰からも認識されないという事は、『人』の温もりを知っているサラにとっては、耐えられない物なのだろう。

 

「それより、リーシャさんは粉を落とさなくても良いのですか?」

 

「な、なに!?」

 

 捕まえたメルエを軽く叩いて粉を落とすサラは、膨れた頬を突き出すメルエに苦笑しながら、リーシャの立つ場所へ向かって視線を向けた。

 確かに、リーシャの身体は叩き方が不十分だったのか、完全に色が戻っているようには見えない。しかし、そんなサラの言葉をリーシャは完全に誤解してしまった。つまり、叩いたにも拘らず、自分の身体は未だに透けている状態だと。

 

「……粉を掛け過ぎたか……?」

 

「…………リーシャ………いない…………」

 

 そして、その勘違いに気が付き、悪乗りする者が二人。最初に掛けた事で適量が解らなかったとでも言うように、あらぬ方向へ向けて考え込むカミュ。先程までの膨れ面は何処へやら、笑顔できょろきょろと首を巡らすメルエ。そんな二人に、リーシャは大いに慌てる事となる。

 仕舞いには、口に手を当てて視線を逸らすサラだ。それは笑いを堪える物だったのかもしれないが、リーシャにはそうは見えなかった。

 

「ま、待て! カ、カミュ、掛け過ぎたとはどういう事だ!? わ、わたしの姿はまだ見えないのか!?……先程までとは違い、私には自分の手が見えているぞ!?」

 

「…………リーシャ………どこ…………?」

 

 楽しい事を見つけたようにはしゃぐメルエの姿に、リーシャは顔を青くさせる。自分が自分の姿を認識出来ているにも拘らず、それを仲間達が認識出来ていないのだ。まるで、この世界から自分という存在が消え失せてしまったかのような絶望を感じてしまう。

 焦ったように身体を叩き、兜を脱いで髪も手で搔き毟る。そんなリーシャの姿にサラは涙目になりながら笑いを堪え、メルエは花咲くような笑顔を向けた。

 

「…………リーシャ………いた…………」

 

 リーシャが叩き過ぎた事により、先程まで不十分だった色が完全に戻って行く。ようやくいつものリーシャの姿に戻った事で、メルエはリーシャの腰へと抱きついた。

 笑顔で自分を見上げるメルエを見て、心底安堵したリーシャは、瞳を若干潤ませながらメルエの身体をしっかりと抱き締める。カミュやメルエにとってみれば、些細な悪戯だったのかもしれないが、当のリーシャにとっては絶望に近い感情を持ってしまう程に威力のある物だったのだろう。その事にサラは胸を痛めた。

 

「リーシャさんの色も完全に戻りましたね。カミュ様、これからどうするおつもりですか?」

 

 しかし、ここで真実をリーシャに伝え、謝罪をする事は、自分の身を滅ぼす行為である事を知っているサラは、敢えて謝罪をせずに柔らかな笑みを浮かべながらカミュへと問いかけた。

 皮肉気に上がっていたカミュの口端が戻り、少し思案顔を浮かべる。エジンベアの城内に侵入したところまでは良い。ただ、このままでは不法侵入者という事となり、極刑は免れない。

 

「城内を少し歩く」

 

「大丈夫なのか?」

 

 全員に視線を向けたカミュに向けて、珍しくリーシャがその考えに懸念を示した。許可を貰っていない人間が城内を歩き回れば、必ず目につき、その素姓を疑われるだろう。その者達が帯剣をしている者達であれば、余計な危機感を煽り、カミュ達の立場を悪い方向へと追い込んでしまう可能性が高くなる。リーシャはそう言った部分を懸念しているのだ。

 しかし、カミュはリーシャの問いかけに応える事無く、城内を歩き始める。こうなっては、リーシャもサラもついて行く事しか出来ない。メルエの手を握り、サラがカミュの後を続き、その後ろを警戒感を強めてリーシャが歩き始めた。

 城内は様々な人間が歩いている。兵士は勿論の事、包囲に身を包んだ僧侶や身なりの良い服装をしている者。しかし、カミュ達へ向ける視線は皆同じだった。あの門兵程は酷くはないが、カミュ達一行を『田舎者』と蔑む視線。誰一人カミュ達に気を止めるような仕草をしないにも拘らず、見下したような視線を向ける。そんな姿にサラは困惑を極めて行った。

 

「畏れ入ります。門兵の方に、国王様との謁見には、城内でお取次ぎを申請する必要があるとお聞きしたのですが、どなたにお取次ぎをお願いすればよろしいでしょうか?」

 

「ん?……お主達のような田舎者を門兵が通したのか?」

 

 カミュは、城内を歩く人間の中でも一際身なりの良い人間へと声を掛けた。カミュの問いかけに一瞬眉を顰めたその男は、カミュ達一行を不躾に見渡し、何やら汚い物でも見たような表情を浮かべる。

 カミュの後ろに控えていたリーシャの額に青筋が浮かぶが、ここで騒いだ場合の危険度合いを考え、喉まで出かかった言葉を無理やり飲み込んでいた。

 

「こちらがアリアハン国王様の書状。こちらが、ポルトガ国王様よりの書状となります。また、エジンベア国王様のご尊顔を拝せればと、献上の品もご用意致しました」

 

「……ふむ……」

 

 カミュが声を掛けた男は、高官ではないかもしれないが、エジンベアの国政に係わる官僚だったのだろう。カミュが手にする書状の国印を目にし、若干ではあるが視線を変化させた。ポルトガ国の国章は貿易などで何度か見て来ているのだろう。しかし、アリアハン国の書状は一瞥しただけで、再び目を向ける事はなかった。

 

「献上品はこれか? アリアハンなど聞いた事もない国だが、ポルトガ国の国章と国印は本物のようだな。暫しここで待っておれ」

 

 献上品としてカミュが手渡した袋の中身を確認した男は、少し驚いた表情を浮かべるがそれを手にしたままカミュから書状も受け取った。その際に発した男の言葉がリーシャの青筋を増やしたのだが、メルエとサラがリーシャの両手を握っていた事により、リーシャが口を開く事はなく、男は広間の左手にある大きな階段を昇って行った。

 

「遠くまでご苦労様ですね、田舎の人」

 

 広間で官僚の男を待つ間に、先程のやり取りを見ていた者達がカミュ達に声を掛けて来る。だが、全てに共通する事は、カミュ達を『田舎者』として認識し、それを蔑み、憐れんでいるという事実だった。

 『精霊ルビス』という全ての『人』の親である者を崇めている筈の僧侶でさえ、カミュ達へ向ける言葉は上から見ている物。『僧侶』という存在に対し、別段期待をしていないカミュの表情に変化はないが、その僧侶に頭を下げたサラの表情はとても曇っていた。

 

「田舎者! このエジンベアの恩恵を受けて来た者が恩を返しに来るとは殊勝な心がけだな」

 

 中には完全に侮り、カミュ達へ辛辣な言葉を掛ける者までいる。そんな言葉の一つにあった『恩を返しに来る』という部分に疑問を抱いたサラが、その男へ問い返してしまった。

 田舎者と侮っていた者からの突如の問いかけに、一瞬眉を顰めた男であったが、サラの問いかけの言葉が謙った物であった事に気を良くして、その問いに応え始める。

 

「我がエジンベアは『人』の原点。海洋国家であるこのエジンベアから『人』は生まれ、船を造り、旅立った。お前達田舎者の祖先は、全てこのエジンベアの民へと行き着くのだ」

 

 男が胸を張って答えた主張に、サラは驚き言葉を失う。つまり、この国では、『人はエジンベアから世界へと広がった種族』という説を謳っているのだ。『ルビス教』を信じている国である以上、『人』の出生は同じであろうが、その過程が他国とは異なっている。

 エジンベアで暮らしていた『人』は造船し、新天地を求めて海へと出た。そして、その新天地で根を下ろし、国を創り、世界を広げて行ったという事を伝え続けているのだろう。ならば、他国の王と言えども、それはエジンベアの全国民よりも偉いという事はない。全世界にいる『人』の頂点に立つのは、エジンベア国王だけであり、その下に身分はあるが、他国の王と肩を並べる存在ばかりという事になる。

 そう考えるのであれば、ここまでのエジンベア兵の態度も理解は出来る。田舎の平民となれば、最下級の身分と認識されても不思議ではないのだ。

 『人』が船を造り、海を渡り出したのは遥か昔。今となっては何処の国が最初なのかは解らない。という事は、『人』が最初に生まれた場所がどこであるかも解らないのだ。実際、エジンベアの造船技術は世界でも高く、また鉄を加工する製鉄の技術を開発したのも、このエジンベアが始まりだという説もある。また、農業に於いても先進国の一つであり、『魔王バラモス』台頭以前に他国はその恩恵を受けていた。

 

「解ったか、田舎者。全ての『人』と全ての宝物は、このエジンベアへと行き着くのだ。このエジンベアには多くの宝物が集まって来る。中には海の水を干上がらせる道具まであるというからな」

 

 エジンベアという国への自信と誇りに胸を張る男の言葉を、カミュ達は呆然と聞き入る事しか出来なかった。

 歪んでいるとはいえ、これ程までの自国への想いを持っている人間には何を言っても仕方がない事は、サラも理解している。何せ、自分がそうであったのだから。

 『精霊ルビス』を信じ、ルビス教の教えを盲信していたサラには、カミュの言葉は全く届かなかったという過去がある。それを自覚しているが故に、サラは男の話に口を挟む事はなかったのだ。

 

「おい、田舎者。有難くも、国王様が謁見に応じて下さるそうだ。さっさと来い!」

 

 先程、階段を昇って行った官僚らしき男が戻って来た。カミュ達の許へは戻って来ず、階段の手摺を掴みながら、カミュ達へ指示を出している。その不遜とも言える態度は、このエジンベアという国を如実に表しており、これから謁見する国王の姿も予想させる物ではあったが、カミュ達は身なりの良い男へ一礼した後、階段の方へと移動した。

 階段を登り切った場所は、文字通りの謁見の間が広がっていた。真っ赤な絨毯が敷かれ、その先には玉座がある。玉座には初老の男性が座っている。冠を頭に載せ、白い鬚を蓄えているその男性が、『人』の原点を謳っているエジンベアという国の王なのであろう。官僚に案内されながら絨毯の上で跪くカミュ達へ向けている視線は、侮蔑や厳しさというよりは、どこか憐みに近い視線であった。

 

「よく、このエジンベアへ戻った」

 

 頭の上から掛る国王の言葉は、先程聞いた話が間違っていない事を意味し、国王自体が『エジンベアこそ人の原点』という伝承を信じている事を表していた。

 玉座の脇には、国務大臣らしき男性が立っており、その大臣はカミュ達へ視線を送った後、部下から手渡された献上品を国王の前へと持って行く。

 

「表を上げよ。余は心の広い王じゃ。お主達を『田舎者』と蔑む事はない」

 

 献上品に目を向けた国王は、カミュ達へ言葉をかける。しかし、その言葉の内容は酷い物だった。町の人間や兵士のように、カミュ達に向けて『田舎者』と吐き捨てるような言葉ではないが、『田舎者』と認識しながらも、そのようには扱わないと宣言する国王の神経に、カミュは聞こえないように嘆息する事しか出来なかったのだ。

 

「ほお……これは『黒胡椒』か……田舎者が作り出した物としては良い物の一つじゃな。それもこれ程の量となれば……」

 

 カミュ達がエジンベア国王への献上品として持参した物とは、ポルトガを再度出港した際に、ポルトガ国王から下賜された『黒胡椒』であった。

 ロマリアやイシス、そしてジパングを訪れた際には、謁見の際に献上品を持参する事はなかった。それは、カミュ達の考えがそこまで及んでいなかった事も一つではあるが、必要もなかったというのも原因である。

 『勇者一行』として旅をするカミュ達は、アリアハンの権威が地に落ちたとはいえ、世界を救う為に旅をする者達である事に変わりはない。各国の王族達は、その事実を無碍に否定する事は出来ず、援助を認めなくとも、彼等の旅の邪魔をする事は許されないのだ。

 ロマリア国のように余計な依頼を与える事はあっても、謁見を断る事は事実上出来はしない。リーシャやサラは気付いてはいないかもしれないが、国王が彼等の謁見を許さなかった場合、万が一にもカミュ達が『魔王バラモス』の討伐に成功した暁には、謁見を許さなかった国名は世界中に広がり、その国は世界的に地位を剥奪される可能性すらあるのだ。

 だが、様々な噂を耳にする中で、このエジンベアという国には、その常識が通用しない可能性が出て来る。カミュは、ポルトガ国王が『黒胡椒』を下賜した理由を船上で考え、結論を出した。

 それは、先進国として名を馳せているエジンベアであっても栽培や収穫が出来ない物である『黒胡椒』を献上品として持参し、謁見だけでも可能にさせる計らいではないかという物。ただ、献上品を見せる事も出来ずに、門兵によって遮られる事になってはしまっていたが。

 

「ふむ。これ程の品……大義である。田舎者と言えども、このような物を持ち帰ったとなれば、何か褒美を考えてやらねばな」

 

 『何が良いか』と考え始めた国王は、肘を玉座に掛けながら目の前で黒光りする胡椒の山を見つめている。エジンベアを訪れたのも、何か目的があった訳ではない故に、カミュ達も要望を口にする事は出来ない。元々、国王という人間に向かって願望を口にする資格を有する程に、カミュ達の地位が高い訳ではない。『勇者一行』という肩書があるが故に、ポルトガ国王やイシス女王への謁見を許されていただけであって、それもエジンベアという特殊な国で許されるかどうかなど、賭けであったのだ。

 

「大臣! 何か良い物はないか?」

 

「はっ。畏れながら、あの壺などは如何でしょうか?」

 

 国王から持ち掛けられた問いに答えた大臣の言葉の中にある『壺』という単語に、カミュ達四人は思わず顔を上げてしまいそうになる。それは、ランシールで出会った<スライム>が口にしていた重要そうな単語の一つだったのだ。

 

『<最後のカギ>っていう物を手に入れるには<壺>が必要なんだって』

 

 あの<スライム>は確かにそう言った。何故、壺が必要なのか、壺を何に使うのかは解らない。だが、カミュ達が目指す『最後のカギ』という道具を手にするためには、壺が必要である事だけは確かであり、その先の旅へと続く、本当の意味での鍵となるのだ。故に、カミュ達は固唾を飲んで、国王の次の言葉を待っていた。

 

「……スーの村から運んで来たというあれか?」

 

「はい。我がエジンベアの植民地とした際に、駐在の者が献上して来たあれです」

 

 緊迫した空気を纏っていたカミュ達は、国王の言葉に再度顔を上げそうになる。<スーの村>という名称は、四人にも聞き覚えがあった。

 町を作る事を熱望していた老人が、トルドを紹介した事への礼として口にした名前なのである。しかも、その村は、このエジンベアという国の植民地となっているという。

 

「植民地としたは良いが、結局このエジンベアから移住した者は奴一人であったと言うからの」

 

 植民地となれば、民を移住させ、支配下に置く事を意味するのだが、これ程に自国への誇りを有するエジンベア人が『田舎』と罵られる場所へ移住する筈もない。植民地政策は、このエジンベアに限っては愚策だったのだろう。移住が進まなかった植民地は放置に近い形となり、献上された宝物である壺も忘れ去られた存在に落とされたのかもしれない。

 

「ふむ。その方ら、褒美に『渇きの壺』を与える!」

 

「……有り難き幸せ……」

 

 少し考えていた国王であったが、再びカミュ達に視線を戻し、声高々に褒美の品の内容を宣言した。カミュは一度深く頭を下げ、それに倣うようにリーシャ達三人も絨毯を見つめるように頭を下げる。だが、待てど暮らせど、褒美の品がカミュ達の前に運ばれてくる事はなかった。

 奇妙な空気が流れる中、その答えは国王ではなく、傍に立つ大臣の方から発せられる。

 

「『渇きの壺』は、この城の地下に安置されている。珍しい物ではあるが、同時に危険性も孕んでいるとお考えになられた先々代の大臣によって宝物庫には仕掛けが成されており、我々ではその仕掛けを解く事は出来ない」

 

 顔を上げたカミュは視線を大臣に向け、無表情を貫いているが、顔を上げていないリーシャやサラの表情は困惑を極めていた。

 『褒美を与える』と言われても、その褒美を持って来る事が出来ないのであれば、受け取る事さえ出来ない。となれば、ここまでの国王との謁見は只の茶番劇に過ぎない事になってしまうのだ。

 

「よって、その方らに仕掛けを解き、『渇きの壺』を手に入れる許可を与え、それを褒美とする。以上である!」

 

 困惑を極めるリーシャやサラを置き去りにしたまま、エジンベア国王との謁見は終了した。国王と大臣は会話を始め、カミュ達は先程の官僚らしき男に促され、退席する事となる。

 既に窓から見える太陽は西に傾き始め、空は赤く染まり始めている。予想以上に謁見に時間を要していた事に驚きながらも、サラはカミュの後について階段を下り始めた。

 階下に降りたカミュ達は、先導する官僚の後ろに続き、城内を歩く。兵士達の詰所の前を通り、廊下を抜け、中庭のような場所を通る際に、カミュ達の視界に煌びやかな衣服に身を包んだ若い女性が入って来た。その女性もカミュ達の存在に気が付いたのだろう。スカートの裾を摘み、足を速めてカミュ達の許へと近付いて来た。

 

「あなた方が田舎から来た者達ですね。田舎とはどのような所なのでしょう。今度、田舎のお話しを聞かせて頂けますか?」

 

 駆け寄って来た女性の放つ言葉は、純粋そのもの。カミュ達を『田舎者』と蔑む事はなく、ただ、『田舎と呼ばれる場所から来た者達』という事実だけを受け止め、自分の知識にはないその場所への純粋な興味のみで動いているに過ぎない。故に、リーシャやサラも何故か不快感を覚えず、むしろこの女性に好感を持ってしまった。

 ここまでの間に出会ったエジンベア国民の態度が酷過ぎたのが原因ではあるが、この女性の好奇心に輝く瞳が、彼女達の良く知る幼い少女に良く似ていた事も要因の一つであろう。

 

「王女様、このような田舎者にお言葉をお掛けになる必要はございません。貴女様は、高貴なるエジンベア王族の血を受け継ぎしお方。お前達も頭が高い!」

 

「……」

 

 目の前で好奇心に瞳を輝かせている女性が、このエジンベアの王女と知り、カミュ達はその場で跪いた。官僚の言葉には刺があるが、実際に王族を前にしているのであるから、カミュ達が膝を折る事は当然の事である。リーシャも貴族とはいえ、下級貴族。しかも他国の貴族となれば、エジンベアでは平民よりも下の階級になる可能性もあるのだ。一斉に膝を折った三人を不思議そうに見ていたメルエも、訳も分からずにサラの隣で跪く。

 

「あ、良いのです。私は、お話しを聞かせて頂きたかっただけですので……」

 

「このような田舎者の話など、お聞きになる必要はございません。王女様にとって害となるだけです。さあ、お部屋にお戻りなさいませ」

 

 この官僚は、カミュ達が考えていたよりも高位の者なのかもしれない。一国の王女に対し、意見を言える立場にいるという事実がそれを示していた。

 要望が聞き入れられなかった王女は、何処か名残惜しそうにカミュ達に視線を送っていたが、顔を俯かせたまま中庭を出て行く。満足そうに王女の背中を見つめていた官僚は、振り向きざまに厳しい視線でカミュ達を睨みつけ、鼻を鳴らした後で再び歩き出した。

 

「この下が『渇きの壺』が安置されている宝物庫となる」

 

 城門付近を右に曲がり、更に奥へと進んだ場所は陽の光も届かない程の場所であった。細い一本道を行った突き当たりにあった扉に手を翳し、官僚はカミュ達を見ずに手にした鍵を鍵穴へと差し込む。小さな音が響き、その扉の解錠が済んだ事を示した。解錠をするだけで、ドアノブを回す気はないのだろう。官僚の男は、そのまま踵を返し、カミュ達の方へ視線を移す事無く元来た道を戻り始めた。

 

「おい、カミュ。あの官史は仕掛けの仕組みについて、何も話して行かなかったぞ!?」

 

「……仕掛けとはどのような物なのでしょう。命に係わるような物なのでしょうか?」

 

 何も言わずに消えて行った官僚を見送った後、リーシャはカミュを振り返る。この国の先代の大臣は、『渇きの壺』を危険性のある物として、ある意味で封印に近い形で安置したと言っていた。

 その際に施された仕掛けは、今や国王も大臣も解く事は出来ないと言う以上、それ相応の危険を伴うと考えるのが普通であろう。

 

「俺達に残されている選択肢は、『渇きの壺』を取りに行くか、諦めるかの二つしかない筈だ」

 

 仕掛けという言葉に不安を感じているリーシャとサラではあったが、カミュの言っている事が的を得た正論である以上、その言葉に頷き合い、解錠された扉を開けたカミュの後に続き中へと入って行く。手を握ってはいるメルエの瞳は好奇心に満ち満ちており、暗闇が支配するその先へと向けられていた。

 

 このエジンベアという国の民も知らぬ世界へ、『田舎者』と揶揄された者達が足を踏み入れて行った。

 そこは、数十年もの間、エジンベア王族でさえ足を踏み入れる事のなかった場所。国政を担う大臣程の人間が、

 危険性を訴えた程の物が眠る場所。

 世界を救う『勇者一行』が手にした、先代の『賢者』が残した僅かな情報が眠る場所。

 

 重々しい音を響かせ、扉はゆっくりと空間を遮断する。

 日常を残す城内と、非日常を常とする『勇者』達を。

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

今回は、かなり短めになってしまいました。
実は、この先にある話を描いている最中に、余りに長くなってしまう事と、キリが悪い事に気が付き、二話に分ける事にしました。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしております。

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