新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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幕間~【ムオル北方大陸】

 

 

 

グリンラッドの雪原の帰り道は、行きの時とは異なり、天候が荒れる事はなかった。雲こそ多く、何度か粉雪が舞い降りては来たが、風が強まる事はなく、吹雪く事もない。相も変わらず、空から舞い落ちる雪と、降り積もった雪に目を輝かせているメルエは、駆け回りながら雪を触り、丸めては投げていた。幼いメルエの投げる距離など些細な物で、本当に目と鼻の先に落ちてしまう雪玉ではあったのだが、それでも嬉しそうに微笑み、次の雪玉を作るメルエの姿は、リーシャ達を苦笑させる。雪原の天候が荒れなかった為なのか、<氷河魔人>などの魔物と遭遇する事もなく、老人の住む家屋を出てから三日目には、船の上から手を振る船員達に手を振り返す事が出来た。

 

「目的は達成できたのか?」

 

「いや」

 

カミュ達全員が船へ上がって来た事を確認した頭目が問いかけたが、最後に乗船したカミュが首を横へ振るのを見て苦笑を浮かべる。頭目や船員達も彼等の旅が順風満帆な物でない事は十分に知っていた。だが、それと同時に、彼らであればどんな困難にぶつかっても、それを乗り越え、再び自分達に未知なる世界を見せてくれるとも信じている。故に、船員達の顔が沈む事はないのだ。

 

「ならば、次は何処へ向かう?」

 

「海面に浮かぶ浅瀬を探している。ここから更に西へ向かう事は出来るか?」

 

目的地を尋ねた頭目は、カミュの答えを聞いて顔を軽く歪めた。頭目を始めとする船員達は、この世界が平面であると信じている。カミュ達としても、先日出会った学者のような人間が語る『地面が丸い』という説を鵜呑みにした訳ではない。だが、西へ行けば東の端に出て、北へ行けば南の端に出るという事実は既に変えようがないのだ。それを頭目達へ説明が出来ない為、カミュは問いかけという方法で頭目へぶつけてみたという事になる。

 

「私が大丈夫と言っても信じて貰えないかもしれませんが、このまま西へ進んでも、ムオルの北へ出る筈です。カミュ様、地図を……つまり、今この船は、この島にいる事になります」

 

「……ここは北東にある島だと言うのか……?」

 

しかし、カミュ達が明確な説明が出来ない以上、頭目達がその不確かな事を信じる訳がない。それでも、サラは何とか地図を甲板に広げ、現在位置を指し示した。サラが指し示した場所は、世界地図の北東にある細長い島。<グリンラッド>という島の名は、現地の者が呼んでいるだけで、世界的な知名度はない。だが、北西に進んでいた筈の船が地図上で最北と言っても過言ではない東の島へ辿り着いていたという事実に船員達の全員が信じられないといった表情を浮かべた。

 

「この世界がどのような構造なのかは解りません。ですが、私達が今、この場所にいる事だけは事実です。世界の端にある断崖絶壁の場所は、この世界には存在しないと考えるだけの根拠を、私達は進んで来ました」

 

「……そんな馬鹿な……」

 

驚く頭目へ向けて続けるサラの言葉に、この船に乗る船員全員が絶句する。信じて来た物の崩壊という現象が、その者の心にどれだけの傷を残すかという事を、サラは身を持って知っていた。彼女こそが、この旅の中で何度も味わって来た苦痛なのだ。自身を形成すると言っても過言ではない程の価値観が崩壊し、目の前に広がる世界が一変した時、その価値観を崩壊させた人間に対して持つ感情も知っている。それでも尚、彼女は船員達へその事実を公表した。それは、この船員達がいなければ、自分達の旅も不可能であるという事を、サラ自身が知っているからであろう。

 

「今は、『信じて下さい』としか言えません。私は皆さんに嘘は言いません。そして、私は皆さんを心から信じています」

 

最後に洩らしたサラの言葉は卑怯な物だった。サラ自身に自覚はないだろうが、この『賢者』を名乗る女性の誠実さを船員達は知っている。仲間内でのじゃれ合いの中で、強い方へ付く事もあるが、真剣な話の中で彼女が不誠実な態度を取った事は一度たりともないのだ。それを知っている船員達に、心からの信頼を向けた。その信頼を裏切るような行為が出来る者は、この海の男達の中で誰一人としていない。特に、彼女によって命を救われ、生きる目的を与えられた七人の男達は尚更であった。

 

「俺達は、嬢ちゃんを信じる。元々、アンタ方の旅の為に賭けると決めた命だ。誰が降りようと、俺達は共に行く」

 

カンダタ一味とした名を馳せていた男達。カンダタと共に多くの罪を犯し、その罪を償う方法を模索した結果、乗船を決めた者達。その者達は、カミュ達『勇者一行』の旅を支える事によって、世界とそこに生きる人々へ罪を償う事を選択した。故に、その命は、既に世界へ捧げた事と同意。ならば、このまま西へ進み、世界の端にあると云われる断崖絶壁へ落ちたとしても、それは結果の話なのだ。彼等はその過程こそを重視する。この船の船員達が誰もいなくなったとしても、彼等はカミュ達と共に歩むのだ。

 

「ふっ……新人にそこまで喧嘩を売られちゃ、買わない訳にはいかないな。この船は、ポルトガ国王様と、アンタ方に託された船だ。俺が降りる訳にはいかないだろう?」

 

既にポルトガ港から船を出向させてから一年以上になる。それでも、この船員達の中では、彼等『元カンダタ一味』の面々は新人なのだ。その新人が真っ先にサラの言葉を肯定し、共に行く事を宣言した。サラからの信頼に応える方向へと心を動かしていた船員達からすれば、生意気な物言いに映ったのかもしれない。口端を上げた頭目は、新人七人の先頭に立つ男の胸を拳で軽く小突き、宣言と共に船員達の顔を見渡した。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

船員達の表情は皆同じ。苦笑に近い柔らかな笑顔を浮かべ、一斉に頷きを返したのだ。それを見た瞬間、サラは勢い良く頭を真下へ下げる。その際に小さな水滴が幾つか甲板へ落ちた事は、そこにいる誰もが見て見ぬふりをした。サラ自身も、これ程あっさりと解決する問題とは思っていなかったのだろう。暫しの間顔を上げる事が出来ず、震わせたサラの肩に手を置いたリーシャは、小さく呟きを洩らす。その呟きを聞いたサラは、堪らず座り込み、顔を覆ってしまった。

 

「さて、目的地は決まった。野郎ども、出港だ!」

 

座り込んだサラへ優しい瞳を向けた頭目が、船員達へ出港の指示を出す。その指示に応えた船員達の雄叫びが、冷たい空気を切り裂き、海面を轟いて行く。澄み切った風を目一杯帆に受けた船は、永久凍土の島を離れ、ゆっくりと西へ向かって進み始めた。動き出した船に目を輝かせたメルエは、いつも通り木箱の上に陣取り、次第に離れて行く島の雪を眺め、笑みを浮かべる。

 

既に、この船に乗る船員達も合わせての『勇者一行』なのかもしれない。カミュとリーシャというたった二人から始まった旅は、サラという盲信的な『僧侶』の加入と、メルエという特出した才能を持つ『魔法使い』の加入を経て、大きな集団となって行った。彼等と共に旅をしていない者達の中でも、彼等と心を通わせる者を含めると、それは更に膨れ上がる。彼等の旅は小さな一歩を繰り返す事で、世界に大きなうねりを生んでいるのかもしれない。

 

 

 

船は<グリンラッド>を出た後、真っ直ぐ西へと帆を進める。冷たかった風は、徐々に南風に変わり、船を南西へと導き始めた。当初は、船の進路を立て直そうと奮闘していた船員達であったが、それ程大きくずれていない事から、そのまま進路を南西へと切り替える事となる。次第に空を覆っていた厚い雲は無くなり、晴れ渡る青空が広がり始めると、空気はやんわりと暖かくなって行った。心地よい風を受け、メルエは笑顔で海鳥達を眺めている。魔物の襲来もない航路は、一行に一時の休息を与えていた。

 

「そう言えば、あの島でリーシャさんは何を思い出したのですか?」

 

そんな穏やかな雰囲気の中、<グリンラッド>で声を張り上げていたリーシャへ抱いていた疑問を口にする。<グリンラッド>に居た老人の言葉の中にあった『サマンオサ』という地名を耳にしたリーシャは、暫し考えた後、何かを思いついたように大声を張り上げていたのだ。カミュもその事を思い出したのであろう。サラとリーシャの傍により、それに気付いたメルエも木箱から飛び降りた。

 

「ん? ああ、<ガイアの剣>という剣の所有者は、『サイモン』という人物である事はルザミで聞いただろう? そのサイモンという人物は、サマンオサ国の人間だった事を思い出したんだ」

 

「サマンオサ国ですか?」

 

腕を組んで前方を見ていたリーシャは、サラの問いかけに一つ頷き、自分の記憶の中にあった物を引っ張り出す。『サマンオサ』という国は、サラにとっては初耳であった。アリアハンという辺境国にある教会で育ったサラには、世界各国の知識など存在はしない。昔のサラの知識の全ては、教会にあった数少ない書物の中の物だけであったのだ。その国の名を聞き返すサラの足下で、会話に付いて行けないメルエが小首を傾げて見上げていた。

 

「ああ。アリアハン宮廷ではこんな噂があってな……『この世界には二人の英雄が存在する』と……一人はサラも知っている通り、アリアハンの英雄である『オルテガ』様だ」

 

「ちっ」

 

話を進める横で、カミュの舌打ちが聞こえる。そんなカミュを軽く睨み返したリーシャは、再び口を開いた。既にカミュには話を聞こうという態度はなく、前方の海を眺めている。話自体が解らず、興味も湧かないメルエもまた、先程までいた木箱の方へと戻って行った。

 

「もう一人の英雄が、サマンオサの英雄である『サイモン』と呼ばれる人物。詳しい人柄などは知らぬが、英雄とまで称される人物だ。予言に残されるような剣を所有していても不思議ではないだろう」

 

「オルテガ様以外の『英雄』ですか……ならば、その方も『魔王討伐』へ赴かれたのでしょうか?」

 

『英雄』とまで称される者であるならば、それなりの功績を残していた事になる。魔物を相手にしても引けを取る事はなく、多くの人を救って来たのだろう。『英雄』とは、多くの者を救う為に、多くの何かを倒して来た者でなくてはならない。そして、人間同士の争いが少ないこの時代では、その対象は魔物かエルフという事になる。そのような者であれば、当然『オルテガ』と同様に、諸悪の根源である『魔王バラモス』の討伐に向かったのではないかとサラは考えたのだ。

 

「いや、そのような話は聞いた事がない。まぁ、私はアリアハンから出た事はなかったし、私が子供の頃に他国からの情報は少なくなったから定かではないが、アリアハンにまで轟く程の『英雄』だ。もし、『魔王討伐』へ赴いたとなれば、世界的な話題になっていただろう……それに……」

 

「もし、サイモンという名の英雄が、『魔王バラモス』の討伐の旅の途中で死んだのならば、アリアハンだけが糾弾される事はなかったと言いたいのか?」

 

「あっ!」

 

最後は言葉を濁すように口を開いていたリーシャの続きを、関心を持っていないように海を見ていたカミュが紡いで行く。サラは、その意味を正確に理解した。確かに、二大英雄とまで称された二人が旅に出て、志半ばで倒れたとすれば、世界中の人々の落胆と怒りもまた二分される筈である。それは、この目の前にいる青年の人生さえも変わっていた可能性がある程の話であった。

 

「アリアハンの英雄である『オルテガ』様の名は、世界各国の色々な人々の耳にまで届いている。だが、サマンオサの英雄である『サイモン』殿は、宮廷の一部で噂がされている程度。実際アリアハン宮廷では、『サマンオサ国が自国の力を誇示する為に作りだした者かもしれない』という噂までもあった程だ」

 

「ですが、<ガイアの剣>の情報があった以上、実在する人物である事は間違いないでしょうね。ただ、英雄とまで云われている人物にも拘わらず、情報が余りにも少ない……」

 

世界に散らばる国々は、それぞれの軍事力を持って均衡を保っている。広大な国土を有する国は、その数で。小さな国は、その質で。アリアハンという辺境の島国は、後者の典型であった。『オルテガ』という若き英雄がいる事で、他国への発言権も持つ程の国家を維持していたのだ。それは、数を有する大国を脅かす程の存在。そんな時に名が挙がったのが、地図上で東南に位置するサマンオサという国家に所属する『サイモン』という人物だった。未だ『魔王バラモス』という存在の認知はなく、魔物も今よりも凶暴性を持たない時代。そんな時代にサマンオサという国家に現れた英雄の名は、様々な憶測を呼んだのだ。

 

だが、サラが考えた通り、その人物が所有する武器の情報と共に、その人物の名が挙がる以上、実在の人物と考えても良いだろう。勿論、<ガイアの剣>という名の武器自体が存在しない可能性もあるが、カミュ達はルザミで出会った『預言者』の言葉を否定できなかった。『魔王バラモス』という諸悪の根源を討伐する為に旅する者達だと見抜き、その行く道までも指し示した人物。故に、サラは『サイモン』という人物も<ガイアの剣>という武器も存在するという前提の下に話を続けたのだ。だが、その情報は余りにも少ない。仮にも『英雄』とまで称される人物の足跡にも拘わらず、世の中に出ている情報が少な過ぎた。

 

「グリンラッドに居た老人の話によれば、現在のサマンオサは閉ざされた国なのだろう。それが影響しているのかもしれない」

 

「行ってみなければ解らないという事か……」

 

「その為には<最後のカギ>が必要なのかもしれませんね。<魔法のカギ>で開ける事が出来る可能性もありますが、南にある祠へ行ってみますか?」

 

情報が表に出て来ない理由の一つは、グリンラッドで聞いた話の中にあった物だろう。外から入れないという事は、内からも出られないという事。それは『人』だけではなく、情報にも言える事である。国を閉ざした理由は解らないが、『サイモン』という人物がその国家状況に絡んでいる可能性は高いだろう。国にとっての英雄とは、それだけの影響力があるのだ。

 

リーシャの言葉に頷いたカミュだったが、その後に続いたサラの問いかけには、静かに首を横へ振った。確かに、サマンオサへ向かう方法は、『旅の扉』へ飛び込むしか方法はないという事。だが、その『旅の扉』もまた閉ざされているという話である。鍵が掛けられた場所にあるという情報がある以上、それを開錠する物が必要となるのだが、カミュ達は現在二つの鍵を有している。『盗賊のカギ』と『魔法のカギ』。簡単な鍵であれば、この二つがあれば充分なのだが、これでは開けられない鍵がある事は、既にカミュ達も理解している。そうなれば、必要となるのは、どんな鍵も開ける事が出来ると云われる、古の賢者が残した『最後のカギ』となるのだ。

 

「俺達は、手に入れた情報を一つ一つ手繰って行くしかない。まずは、『渇きの壺』を使用する浅瀬を探す」

 

「わかりました」

 

だが、カミュはその進言を良しとはしなかった。彼等の旅は、細い糸を手繰って行くような旅。故に、余分な情報は足枷ともなり得るのだ。情報量が多くなり、彼等が迷えば迷う程、時間は消費されて行く。明らかな近道となれば話は別であるが、今回のように多くの情報が重なる時は、先に得た情報を優先する事が重要となる事が多い。カミュはそれを言葉にしたのだ。サラ自身もそれを理解出来ぬ程愚かではない。しっかりと頷きを返し、そして一行の進路は再決定した。

 

 

 

「陸地が見えたぞ!」

 

<グリンラッド>という島を出てから一か月近く経過した頃、見張りをしていた船員の声に、カミュ達は前方へ視線を移す。ここまでの航路で海上にある浅瀬等は存在しなかった。スーの村に居たエドという馬は、カミュ達に『渇きの壺を西に海にある浅瀬で使え』と言っていた。だが、<グリンラッド>を出てから南西に進んではみたが、そのような浅瀬らしき物を発見するには至らなかったのだ。

 

「もしかすると、スーの村から見て西の海なのかもしれませんね。そうなると、もう少し南だったのかも……」

 

前方に見える陸地を見ながら、眉を顰めているカミュの心情を察したのか、その横でサラも独り言のように言葉を溢す。全く同じ事を考えていたカミュは、一度サラの方へ視線を動かすと、そのまま小さく頷きを返した。動物である馬が話した内容など、本来であれば信じるに値しない程の情報ではあるのだが、カミュもサラもあの馬の話した内容を否定する事は出来なかったのだ。彼等四人は、細い糸のような情報によってここまでの旅を紡いで来た。それはこの先も変わらないだろう。真偽を確かめるというよりも、そこに必ずあるだろうと信じている自分達に苦笑しながらも、前へと進んで行く。それが、彼等の旅なのだ。

 

「カミュ、どうする? この場所に降りる必要が必ずしもあるとは思えないが?」

 

「いや、一度降りてみる。見た所、巨大な森が広がっているようだ。船にある柑橘類も乏しい。その収穫の為に降りても無駄にはならないだろう」

 

確かにカミュの言葉通り、既にスーの村を出てから、食料などの補給はしていない。干し肉のような物はあるし、海では魚も取れる。だが、船の上で最も重要だと云われる柑橘類の数が少なくなっている事も事実なのだ。故に、船を停め、船員達も含めての果物収穫という事は、理に適っている。それを理解したリーシャは、一つ頷きを返し、その旨を頭目へ伝えた。頭目にとっても理解できる内容であった事から、船を下りて収穫する人間を選別し、カミュ達とは違う小舟を降ろし、陸地へと向かわせる事となる。

 

海面に浮かんだ小舟に乗ったカミュ達が陸地に着くまで、船員達の乗る小舟は船を離れない。危険があるかもしれないという配慮による物なのだが、カミュとリーシャが漕ぐ船の上では、久しぶりに触る海水に、メルエは顔を綻ばせていた。最北という訳ではないが、世界地図の上では北方に位置するこの場所の海水は冷たく、手を入れたメルエは、小さな声を上げて慌てて手を引き抜く。何が面白かったのか、予想外に冷たい海水にもう一度手を入れ、それを掬った後、隣に座るサラの手の上に溢した。

 

「ひゃあ! メ、メルエ、冷たいですよ!」

 

「…………ふふ…………」

 

サラの驚きようが楽しいのか、メルエは小さな声を洩らして、もう一度海水を掬い上げる。それを自分の手に溢されないように防ぐサラと、笑みを浮かべながら何度も海水に手を入れるメルエの戦いは、小舟が陸地に着くまで続いた。最終的には、二人ともリーシャの拳骨を頭に受け、大人しく小舟を降りる事になるのだが、その時のサラの不満そうな顔は、頭を押さえていたメルエに笑みを浮かばせる物となる。

 

「メルエ、こちらに来て下さい。そんな所にいると、足まで海水で濡れてしまいますよ」

 

小舟をカミュ達が木に結び付けている間も、メルエは何故か海の方へ近付いて行った。海水を触る為なのかと考えていたサラであったが、手を入れる為にしゃがみ込む訳でもなく、海を呆然と眺めているメルエを不思議に思い、自分の許へと呼び寄せようとする。メルエが見ている方角は、サラ達が乗っていた船の方ではない。そこよりも若干南の方角を眺めているメルエの視線が、徐々に下がって行く事に、サラの胸に不安が迫り始めた。

 

「カミュ様!」

 

メルエが無言である方角を見つめる時。

それが示す事は唯一つ。

魔物の『襲来』。

故に、サラは後方にいるカミュとリーシャに呼び掛けた。

 

「カミュ、先に行く!」

 

サラの切羽詰った声を聞いたリーシャは、紐の結びの最終段階を行っているカミュへ声をかけ、<バトルアックス>を構えながら海岸を目指す。サラがメルエを回収しようと近付いた時には、メルエの視線はすぐ先の海面へと注がれていた。岩場の海岸を走り、メルエの身体をサラが掬い上げたのと、その場所に巨大なハサミが飛び出して来たのはほぼ同時。空を切った巨大な甲殻は背筋も凍るような音を立て、メルエがいた場所にある岩を挟み込んだ。挟み込まれた岩は、瞬時にひびが入り、それを中心に砕け散る。その光景を見たサラは冷や汗を掻きながら、メルエと共に後方へと下がった。

 

「サラ、大丈夫か?」

 

「は、はい」

 

サラとメルエを護るように前へ出たリーシャは、斧を構えながら、前方に姿を現した魔物を見据える。サラはメルエを岩場に下ろし、ゆっくりと息を吐き出した後、リーシャと同じように前方の魔物へ視線を送った。魔物の数は全部で三体。それらがゆっくりと海面から姿を現し、リーシャ達へと近付いて来る。その頃に、ようやくカミュも合流を果たした。船員達の乗っている小舟に魔物の驚異は及んでいないのだろう。遠く船の上では、混乱に飲み込まれている様子はない。

 

「また……カニか……」

 

「この場所で大がかりな呪文を行使するのは控えた方が良いですね。あの甲羅の防御力は私が何とかします。リーシャさんとカミュ様は一体ずつお願いします」

 

海面から最初に上がって来たのは、飛び出た目であった。その後大きなハサミと共に胴体も陸へ上がると、その魔物の全貌が現れる。身体の色素が変わっているのか、その甲羅の色は、空や海の色と同じような青。本来、生き物の中で、通常の身体の色が青という生物は少ない。いや、皆無に近いのだが、魔物であるこの生物には常識が通じないらしい。

 

<ガニラス>

<軍隊がに>や<地獄のハサミ>のように陸地で暮らす蟹ではなく、本来の住処である海に生息する魔物。前記の二種と同様に、その体格は通常の蟹と比較にならぬ程に大きく、巨大なハサミの強さは、他の二種を遙かに凌ぐ。『魔王バラモス』の魔法力の影響からなのか、その甲羅を含める身体全体は濃い青色をしており、陸から見た海面と同様の色の為、保護色のような役割を果たす。海岸等にいる動物に近付き、海面からハサミを出して捕食する魔物である。甲羅もかなりの強度を誇り、生半可の力では、その甲羅に弾き返されてしまう。

 

「メルエは少し下がっていろ」

 

「…………ん…………」

 

自分の出番がない事に少しむくれるメルエではあったが、カミュとリーシャがそれぞれの武器を構え、前方を見据えた事によって、サラの後ろへと身を隠した。全ての<ガニラス>が陸へと上がって来た事を確認した二人は、瞬時に間合いを詰め、魔物へと肉薄する。待っていたかのように繰り出されたハサミを横へ避けたカミュは、もう一体のハサミを<魔法の盾>を掲げる事によって防いだ。乾いた金属音を響かせながら、そのハサミに挟み込まれないように盾を滑らせ、カミュは<ガニラス>のハサミの根元へ剣を振るった。

 

「ルカナン!」

 

カミュの剣が振り下ろされると同時に後方から紡ぎ出された詠唱は、三体の<ガニラス>の身体を包み込み、その甲羅の強度を奪って行く。強度を奪われた<ガニラス>の身体は脆く、カミュの振り下ろした剣を受け入れ、そして斬り飛ばされた。片方のハサミを奪われた<ガニラス>は体液と共に雄叫びを噴き出し、もう片方のハサミを無暗にカミュへと振るう。しかし、そのような攻撃がカミュに当たる訳もなく、軽々と避けられた後、横から滑り込んで来たリーシャの斧が甲羅の中心部分に突き刺さった。

 

「カミュ、一体ずつ倒して行くぞ」

 

「わかった」

 

既にこの二人には、<ガニラス>程度の魔物であれば、一撃の元で打倒す程の実力は有している。だが、それでも確実に息の根を止める事を優先するならば、二人で一体を相手した方が遙かに効率が良かった。<ガニラス>の体躯は、カミュやリーシャの身体の数倍の大きさを誇る。もし、何か不足な事態があった時、例え世界最高戦力である二人であろうと、命を落とす危険性は皆無ではないのだ。

 

「メルエ!」

 

「…………ん………メラミ…………」

 

だが、それは後方で控えていた二人も同じである。一人よりも二人、二人よりも四人。カミュ達が一体を倒し、残る二体と距離が空いた事を見たサラが、メルエに指示を出した。小さく頷いたメルエの口から発せられた詠唱と同時に、禍々しいオブジェの嘴から巨大な火球が発生する。<魔道士の杖>を有していた頃に行使した圧縮された火球とは比較にならない程の高密度な火球。それは<ガニラス>を一瞬の内に飲み込み、消化して行く。火球を防ぐように前に出された巨大な二つのハサミを削り取るように侵食して行った火球は、<ガニラス>から唯一の攻撃手段を奪い取り、命をも奪って行った。

 

「メラミ!」

 

畳み込むように告げられたサラの詠唱は、もう一体の<ガニラス>に向かって発現する。メルエと比べれば、どうしても見劣りしてしまうが、現存する『魔法使い』と呼ばれる者達の中でも行使出来る者が少ない呪文。それを元『僧侶』であるサラが行使している事自体が奇跡に近いのだ。しかも、その火球の威力は、メルエを除けば、おそらく世界でも頂点に立つ程の物。最後の一体となった<ガニラス>の脆くなった甲羅を容赦なく焼き、その命を削り取って行く。

 

「うおりゃぁぁぁ!」

 

最後の止めは、世界でも自由に扱う事が出来る者が限られている武器。<バトルアックス>という重量や破壊力が飛び抜けた斧。焼け爛れた<ガニラス>の甲羅を叩き割り、その内にある体液を飛び散らせる。深々と入った斧は、<ガニラス>に残っていた命の最後の灯火を消し飛ばした。光を失って行く魔物の目を見たリーシャは、斧を抜き取り、一振りする事で体液を飛ばす。これで戦闘は完全に終結を迎えた。

 

「何とかなりましたね。船に残る船員の方々にも来て貰いましょう」

 

「だが、この場所は大丈夫か? 私達と別行動をしている最中に魔物に襲われたら、かなりの危険があるぞ?」

 

カミュ達が合流した事を確認したサラは、船に向かって大きく手を振る。それを見た船員達の乗る小舟が、ゆっくりと陸に向かって移動を始めた。だが、先程の魔物との戦闘でリーシャの感じた不安は、強ち見当外れの物ではない。大陸を渡る度に魔物は狂暴さを増している。カミュ達がアリアハン大陸で戦闘を行っていた<スライム>や<大ガラス>等とは既に比べ物にならない程に強力な魔物と遭遇して来たのだ。例え、元カンダタ一味の人間がいるとはいえ、彼等は戦闘を主としている訳ではない。常人よりも戦闘経験も多く、その攻撃力や回避力は優れているが、カミュ達四人の足元にも及ばないのだ。

 

「だが、誰かがここに残る訳にもいかないだろう」

 

「私達と共に行くというのは?」

 

「それだと、更に危険が増すような気がします」

 

この海岸付近の森入口で果物などを採取するのならば、多少の危険はあるかもしれないが、回避できない程でもないだろう。だが、カミュ達と共に森の奥へ入るとなれば、その危険性は跳ね上がる。この大陸にどんな魔物が生息しているのかが解らない以上、その魔物を相手にカミュ達が常に優勢でいられるとは限らないのだ。予想以上に強力な魔物が現れた場合、カミュ達は船員達の命を庇いながら戦闘を行わなければならない。それは、船員達はおろか、カミュ達全員の危機に直結する恐れがあった。

 

「この近辺であれば、それ程強力な魔物と遭遇する事もないでしょう。この近辺で果物などを採取して頂き、私達が戻るまで待っていてもらうか、早急に船に戻って貰った方が良いかもしれませんね」

 

「食料の調達にはそれ程時間は掛からない筈だ。食料の調達だけ俺達と共に済ませ、その後は船に戻らせる」

 

サラの提案は、カミュによって修正され、船員達の行動は全て確定した。彼等の到着を待ち、カミュ達は共に食料調達を行う事となる。幸い魔物との遭遇はなく、数多くの果実と、肉類となる獣を収穫する事に成功し、陽が暮れる前には、船員達を船へ送り返す事が出来た。陽が暮れてしまった為に、カミュ達は森の入口で野営を行い、翌日太陽が昇ると同時に森の奥へと移動を始める。

 

 

 

森を奥へ進むにつれ、太陽の光が届き難くなり、周囲が薄暗くなって行った。リーシャの手を握っていたメルエは、薄暗くなって来た事で少し前を歩くサラの許へ移動する。近付いて来たメルエに気付いたサラは、その小さな手を笑顔で握り、落ち葉や枯れ木が敷き詰められている地面を歩いて行った。動植物の多い森は、メルエに取っては宝庫のようで、何度か立ち止まる事はあったが、一行は順調に森を西へと進んで行く。

 

「カミュ、あれは魔物か?」

 

メルエが森の木にしがみ付いている黒光りする虫を発見し、それを見上げている時、最後尾で周囲を警戒していたリーシャは、先頭で同じように周囲を見ているカミュへ声を掛けた。リーシャの視線は、彼等が通って来た道から若干南へ外れた方角。生い茂る木々の隙間から射す太陽の光が照らす場所に、こちらを見ている巨体が見え隠れしていたのだ。

 

「熊でしょうか?」

 

「…………く……ま…………?」

 

リーシャの視線の先へ顔を動かしたサラは、自分の知識を総動員して、その姿に当て嵌まる動物の名を口にする。サラが呟いた言葉に、今まで木を見上げていたメルエも、不思議そうに小首を傾げ、視線をリーシャやサラと同じ方角へ向けた。サラは、その名を口にしたが、その動物を見た事はない。アリアハン教会にあった書物にある絵を見ただけなのだ。だが、彼女達は『動物』は見た事がないが、その姿をした『魔物』は見た事があった。

 

「メルエを後方へ下げろ!」

 

「魔物だな!?」

 

以前、ジパングという島国に上陸した際に遭遇した魔物。勝手に動き回り、花々を見ていたメルエを襲った物に酷似している。それは、サラの発した名を持つ動物にも酷似している魔物であり、その区別は判断する事が難しい物。いや、本来、それは区別する物ではないのかもしれない。その魔物もカミュ達の存在に気が付いたのか、傍にある木の幹を両前足で掴み、立ち上がったまま、咆哮を上げてカミュ達へと近付いて来た。

 

「サラ、眠らせる魔法は使えないのか?」

 

「行使は出来ますが、効果があるかどうかは解りません」

 

<グリズリー>

<豪傑熊>同様、魔物と言うよりも『凶暴化した熊』と言った方が正しいのだろう。実際に、熊の中でも異質である事は明白であり、それが『魔王バラモス』の影響を受けているとも言えるだろう。<豪傑熊>とは種類の異なる物であり、その腕力は遙かに凌ぐ。その腕力によって生み出される一撃は、鋭い爪という武器も合わさり、受けた相手の肉を抉り取り、簡単に命を奪う程の物。特殊な攻撃方法は持たないが、『森の王』と呼ぶに相応しい存在感と、力を有している。

 

リーシャは、その魔物の容貌から、殺す事を躊躇ったのかもしれない。サラやカミュが行使する神経を麻痺させる呪文の行使を口にするが、確実性がない事を告げられた。一度遭遇した事のある魔物に似てはいるが、以前に見た時も興味を抱いていたメルエは、<グリズリー>の咆哮に目を見開きながらも、どこか楽しそうにしている。先頭に立っているカミュは、静かに剣を抜き放ち、近づいて来る<グリズリー>を待ち構えた。

 

「来るぞ!」

 

両者共の射程範囲に入った事を確認したカミュは、パーティーに激を飛ばすと同時に横へ跳ぶ。その場所を凄まじい轟音を轟かせて振り抜かれた<グリズリー>の腕は、太い木の幹を薙ぎ倒した。大きな爪痕を残して根元から圧し折られた木を見たリーシャは、その腕力に驚きを表す。魔物とはいえ、その容貌から何処か侮っていたのかもしれない。それはサラも同様であったようで、暫し身体を硬直させていた。メルエだけは純粋に驚き、そしてその凄まじさに感動すら覚えている様子を見せている。

 

「見かけよりも速い!」

 

「任せろ!」

 

後方へ下がったカミュの言葉に頷いたリーシャは、<バトルアックス>を握り締め、前方へ躍り出る。しかし、その武器を振るう前に、左腕に装備している盾を掲げる事となった。カミュの言葉を信じていなかった訳ではない。だが、やはり何処かでその速度を甘く見ていたのだ。先程とは逆の右腕を大きく振るった<グリズリー>は、まるで一撃で葬ろうかという程の一撃をリーシャへ見舞う。受け止めた<魔法の盾>は、歪んでしまうかと思う程の音を立て、リーシャの身体から瞬間的に離れてしまった。

 

「リーシャさん!」

 

何とか態勢を立て直したリーシャであったが、もう一度振われた<グリズリー>の左腕を避ける事は出来ない。必死に<バトルアックス>で弾こうと動くが、元々の腕力が違う。『人』であるリーシャと、『魔物』である<グリズリー>では基本的な身体能力も異なるのだ。その差を埋める為にカミュ達はパーティーを組んでいると言っても過言ではない。だが、自分達の最近の力量上昇の幅が、彼等の心に小さな隙を生んでしまっていたのだろう。

 

ここ最近、彼等は魔物の打倒に関して、苦戦した記憶がない。カミュやリーシャの力量が大きく上がった事もその一つだが、メルエという世界最高の『魔法使い』が唱える魔法もその理由の一つであろう。カミュは一人旅を経験した事によって、その力量を大幅に上げ、<雷の杖>を手にしたメルエは、彼女本来の魔法力の発現を可能にした。その証拠に、最近ではサラが唱える回復呪文を必要とする戦闘を行った記憶がないのだ。決して慢心していた訳ではない。だが、本当に小さな心の隙間ができていた事は否めない。それが表に出てしまったのだ。

 

「ぐっ!」

 

斧で弾き切れなかった<グリズリー>の腕は、リーシャの右腕を弾き飛ばす。それと同時に噴き上がる真っ赤な命の源。しっかりと握っていた筈の<バトルアックス>はリーシャの手を離れ、後方へと飛んで行った。倒れ込むリーシャに再び振り抜かれた魔物の腕は、間に入ったカミュの盾によって防がれる。防ぐと同時に突き出した<草薙剣>は、横合いから襲いかかる<グリズリー>の左腕に深々と突き刺さった。

 

「コイツを後ろへ下げろ! 腕が付いているのなら回復出来る筈だ!」

 

「は、はい!」

 

「…………リー……シャ…………」

 

状況は一変した。当初はその容貌に和みさえしていた一行の空気は、緊迫した物へと変貌している。危機感を煽るようなカミュの叫びを聞いたサラは、即座に行動に移した。傍にいるメルエは倒れているリーシャの周囲を染めて行く真っ赤な泉を呆然と見つめている。事態は最悪の方向へと動き出していた。ここまでの旅の中でも上位に入る程の危機。

 

呻くリーシャの傍に寄ったサラは、その状況を見て息を飲んだ後、一つ息を吐き出した。リーシャの腕は間違いなく繋がっている。だが、右腕を動かす事が出来ないのだろう。腕の肉は、<グリズリー>の爪痕のように、骨が見える程に抉られていた。溢れ出す血液が真っ白な骨を赤く染め上げ、止まる事を知らない。即座に詠唱に入ったサラは、リーシャの右腕に<ベホイミ>を掛けて行った。徐々に肉が塞がり、血液が止まって行く。深い傷とはいえ、毒でもない限り、命に別条がない傷であった事が幸いした。

 

「リーシャさん、動かないでください。回復呪文とはいえ、何もかもが即座に修復される訳ではありません」

 

「くっ」

 

前方で<グリズリー>に剣を振っているカミュの許へ向かおうとするリーシャを止めたのは回復呪文の行使を終えたサラであった。悔しそうに顔を歪めたリーシャであったが、その右腕の傷は癒えたとはいえ、未だに感覚は戻っていない。サラの言う通り、上位の回復呪文でさえも、その内部の修復に関しては時間を要するのだ。傷が塞がった事に安堵したメルエは、その目に涙を溜め、心配そうにリーシャを見上げている。その視線がリーシャにはとても痛い。自分の満身によって負った傷を心配してくれるメルエの純粋な瞳が、更にリーシャを焦らせていた。

 

「よし! 指も動くな。カミュの所へ行って来る」

 

「ですが、既にその必要はないかもしれませんね」

 

今か今かと待ち侘びた瞬間がリーシャに訪れた頃、カミュと<グリズリー>の戦いも終盤を迎えていた。確かにカミュやリーシャに比べて腕力が強く、その身体に似つかわしくない程の素早さをを有していたとしても、それを生かす土台が本能だけでは、結局カミュの敵ではない。徐々に押し込まれて行った<グリズリー>は、苦し紛れに放った腕を避けられ、返しの剣を顔面に受けた事で、体液を撒き散らしながら崩れ落ちた。

 

「決着は着いたようです」

 

未だに息のある<グリズリー>を悼むように、カミュは止めの剣をゆっくりとその眉間へと突き入れる。最後の命の源を吐き出し終えた巨体は、静かに土へと還って行った。おそらく、リーシャ単独であっても、<グリズリー>を倒す事が出来ただろう。彼等は、また一つ重要な事を学んで行く。魔物という人類最大の敵よりも、己の中に無自覚で育って行く慢心の方が何倍も危険であるという事を。

 

 

 

思っていた以上に時間を要した森探索は、翌日の昼に終了を迎えた。森を歩き続ける中、ちょうど真南に木の高さを超える大岩が見えるその場所に、ひっそりと佇む家屋を見つけたのだ。その家屋の大きさは、一家族が暮らすには小さく、一人で住むには大きいといった物。周囲には何も無く、本当に森の中にぽつりとあるその家屋は、森と一体化しているように静かに佇んでいた。

 

「…………ねこ…………」

 

「本当ですね……森の中に猫なんて……ここで暮らす人の飼い猫でしょうか?」

 

家屋の周囲には何匹かの猫があるいており、それを見つけたメルエは、目を輝かせて屈み込む。メルエに寄って来た一匹の猫が可愛らしい鳴き声を上げ、傍で座り込んだサラは、不思議そうに猫を見下ろした。そんなサラを猫は小首を傾げながら見上げ、それを見たメルエもまた、小首を傾げてサラの方へ視線を送る。そんな様子を見ていたリーシャは、二人の姿を優しく見つめていた。

 

「……いくぞ……」

 

その間に家屋の入口を見ていたカミュが三人を促す。家屋と入っても、入口は開け放たれており、中に人がいるかどうかを窺うのは、実際に入ってみるしか方法はなかった。座り込んでいたメルエを抱き上げたリーシャがカミュの後を続き、最後にサラが中へと入って行く。入る際に中を窺う声を発するが、それに返って来る声はない。そのまま奥の闇へと四人が消えて行った後、家屋の周辺に居た猫達が一つ鳴き声を上げた。

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。

しかし、本当に進行して行きませんね。
出したい魔物を二体登場させたら、一話が終わってしまいました。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしています。


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