新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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サマンオサ城下町①

  

 

 

 翌朝、皆が起き出す前に森の中に入っていたサラは、思ったような成果が出ない目的に溜息を洩らしながらも、大きな木の根元に穴を掘っていた。

 昨夜の戦闘では、メルエの力の強さと共に、自身の未熟さを痛烈に思い知らされている。今の自分では、魔法力の量が特出しているメルエに対抗する事が出来ないという事実を彼女は知っていたが、それを知識として自覚するのと、実際に体験して自覚するのとでは、その重みは異なっていたのだ。

 

「今のままでは駄目ですね……メルエに甘えてばかりでは……」

 

 穴を掘り進めながら口にした呟きは、自分に対する戒めなのだろう。

 サラは、無意識の内に幼い少女に依存していたのかもしれない。それは、魔法という部分だけではなく、日々の行動の中でも表れていたのだ。

 それを、自覚し始めたのは、あの船での出来事だった。

 あの時、自分が持ち得る事となった強大な力に恐怖したサラは、船室に閉じ籠ってしまう。それが何の解決にもならない事を知っていて尚、彼女は自身の殻に閉じ籠ったのだ。

 その裏には、無自覚の甘えがあったのだろう。

 『塞ぎ込んでいれば、心配してくれる仲間がいる』、『自分がいなくても、あの三人ならば、魔物に負ける事はない』、『自分と同じように強大な力を持っているにも拘わらず、何故あの三人は悩まないのだ』など、様々な想いが彼女の心を渦巻いていた。それは、全てサラの勝手な言い分であり、勝手な我儘。

 彼女は、それを昨夜、明確に自覚してしまったのだ。

 

「本当に、長い間お世話になりました」

 

 一心不乱に掘り進めていた穴は、木の根が見える頃まで掘られた所で停止する。サラは自身の懐に入っていた包みを取り出し、その包みを中へと静かに納めた。

 一度、胸の前で手を合わせた彼女は、小さな感謝を口にする。暫しの間、そのまま瞳を閉じた後、土を被せて行った。

 その包みの中身は、彼女と共に二年という長い月日を戦って来た<鉄の槍>の穂先。昨夜、戦闘終了後に、凍り付いた<ガメゴン>の残骸の中から取り出した穂先を、布で包み、胸元に納めていたのだ。

 

 <鉄の槍>は、本当に何処にでもある武器であった。

 メルエの持っていた<魔道士の杖>のように、特別な能力がある訳でもなく、主であるメルエの成長を見届けたと感じる程の特異性を持っていた訳でもない。

 ただただ、サラと共に二年以上の旅路を歩んで来た。

 しかし、サラの中には少なからず、思い入れもあったのだろう。

 アッサラーム近郊の森の中や、ピラミッドという古代遺跡の中では、メルエという少女を護る為に、一人で戦い、勝利した武器でもある。謂わば、彼女にとっては、覚悟と共にあった武器でもあった。

 

「魔法では、メルエに敵いません。武器では、リーシャさんにもカミュ様にも敵いません。ですが、私なりに何とかして行きます。私にしか出来ない事もあると同時に、私でも出来る事はある筈ですから。それを、ここで誓って行きます」

 

 土を掛け終った後、再度胸の前で手を合わせたサラは、力強い言葉を口にする。それは、長らく共にした戦友への誓いなのかもしれない。カミュにも、リーシャにも、そしてメルエにも解らない、サラだけの誓い。

 自身の未熟さを知り、反する脅威も知り、それでも尚、強くなる必要性を知る彼女だからこその誓いは、昇り始めた太陽の輝きに導かれ、彼女の崇拝する『精霊ルビス』へと届いて行くのだろう。

 

 

 

「サラ、何処へ行っていたんだ?」

 

「早く目が覚めましたので、少し木の実を取っていました」

 

 その後、野営地へ戻る頃には、メルエ以外の二人は目を覚ましていた。

 カミュの唱えた<トヘロス>の魔法力に護られた空間は、余程の強者でなければ入って来る事は出来ない。昨夜は見張りを立てずに眠る事にしていたのだ。

 随分心配していたのだろう。サラの姿を見つけたリーシャの顔には、安堵の表情が浮かんでいる。過保護にも思える、この心優しい女性戦士の言葉に、サラは柔らかな笑みを浮かべ、手に持った木の実を突き出した。

 

「そうか……だが、この大陸の魔物は強い。サラだけではなく、私やカミュであっても、一人でどうにかなる物ではないからな。余り、一人で動くなよ?」

 

「はい。ご心配をお掛けしました」

 

 サラの口にした理由を受け入れる事しか出来ないリーシャは、それでも尚、苦言を溢す。それが、本当に心配していた表れである事を知るサラは、素直に謝罪し、頭を下げた。

 それに満足そうに頷いたリーシャは、自分の傍で丸くなっているメルエの身体を揺らし、現実の世界へと引き戻しにかかる。何度かの揺すりを受け、ようやく身体を動かし始めた幼い少女は、ゆっくりと身体を起こし、目を擦りながら可愛らしい欠伸をした。

 

「サマンオサ城下町へは、この場所から南へ下る事になる」

 

「わかった。山脈との距離が短くなっているな。森も近いから、少し固まって歩こう」

 

 朝食を取り終えた一行は、再び平原へと出て、本日の進行方向を確認する。リーシャの言うように、川を渡る前とは異なり、平原を囲むように聳える山脈は、その幅を狭めていた。

 まるで、外敵から城を護るように細められた平原は、周囲を濃い森に囲まれ、真っ直ぐ南へと伸びている。森は、基本的に『人』以外の生物の根城である。そこへの距離が短ければ、平原を歩いてはいても、危険度は増す事になるのだ。

 その事を知っているリーシャは、一纏まりになって進む事を提案し、カミュもまた、それを受け入れる。

 

 朝陽の眩い平原を歩く中、その日は魔物との遭遇は少なかった。森の奥へと入る訳でもなく、平原を真っ直ぐ歩いていた事も幸いしたのか、陽が沈む頃まで歩き、一行は遠くに聳える城の姿を見る事が出来たのだ。

 城の姿が見えた事で、一行はもう一泊野営を行い、明朝を待って城下町の門まで歩いて行く。朝陽に照らされた城が美しく輝いてはいたが、その城を覆うような黒い雲がサラの心に一抹の不安を残して行った。

 

「何処から来た?」

 

 城下町の門を護る兵士が、来訪を唱えるカミュ達の前に出て、その姿を目にした時、開口一番に出て来た言葉がそれである。

 国交を閉じて十年以上になる国としては、極当然の疑問であろう。<ルーラ>という魔法を行使すれば、この国を訪問した事のある者ならば来訪が可能であろうが、今のこの国の現状を誰よりも知っている兵士からすれば、この時期に<ルーラ>を使ってまでこの国を訪れる者がいるとは思えなかったのだ。

 実際、ここ数年、この城下町を新たに訪れる者はおらず、迫る魔物を駆逐する事だけが、門兵の役割となっていた。

 

「アリアハンから参りましたカミュと申します」

 

 カミュの言葉を聞いた兵士は、更なる驚きの表情を浮かべ、カミュが手渡した各国の国王の印がある書状に目を通した後は、訝しげな瞳へと変化させる。

 カミュを上から下まで見つめた兵士は、その後、後ろに控えていた三人の女性にも同様の視線を向ける。それは、女性に対しての劣情が含まれたような下賤な視線ではなく、本当にその存在を疑うような視線。

 それが、この国の現状を明確に表していたのかもしれない。

 

「旅の扉へと続く道は、厳重に閉ざされていた筈だ……どうやってそれを……」

 

「神代から残される鍵を使って開けました」

 

 兵士の疑問は当然の物であろう。

 サイモンという名の英雄が追放されてから、この国の国民は、移動する自由を剥奪されていたのだ。

 外界から誰も入る事は出来ず、城下町から誰も出る事は叶わない。

 <ルーラ>という移動手段が取れるのは、『魔法使い』という職業の者だけであり、その中でも国家に仕える事の出来る程度の力量がある者でなければ、<ルーラ>という神秘を行使する事は出来ない。必然的に、一般国民は、この場所から出る事は叶わないという事になるのだ。

 故に、それを強制する事になった『旅の扉の閉鎖』という事項を壊した人間に、畏怖のような感情を持ってしまったのも仕方がない事なのかもしれない。

 

「悪い事は言わない……今の話は誰にもするな……そして、早々にこの国から離れた方が良い」

 

「ど、どういう事ですか?」

 

 しかし、この兵士は、カミュ達の予想を大きく外れた言葉を口にした。

 この兵士は、貴族などではなく、一般国民から上がった兵士なのだろう。『神代からの鍵』という理解が出来ない物を考えるよりも、開いてしまった『旅の扉』という重要性に顔を強張らせたのだ。

 そして、この兵士の性質なのか、それとも心からの優しさなのかは解らないが、その事実を己の胸に仕舞うのと同時に、それを口外しないようにと忠告し、最後には、静かに立ち去るように勧告する。

 国交を一個人が抉じ開けるという行為は、国家に対する反逆に等しい行為である事は、カミュ達も知っている。予期せぬ鎖国であれば、それを喜ぶ事もあるだろうが、このサマンオサに限っては、国王自らがその道を封鎖している。故にカミュ達の行為が罪に問われる可能性もあるのだが、それにしても、サラには、この兵士の怯え方は異常に感じた。

 

「今のこの国は、余所者が来るような国ではない。私は先程の件を口外する事はない故に、お前達に罪が及ぶ事はないが、そんな危険を冒してまで訪れる意味も無い国なのだ」

 

 カミュ達が国交を抉じ開けたという情報が国王の耳に入れば、カミュ達はおろか、この国の兵士にも監督責任が問われる事となり、監視役である教会の神父もまた、罪を問われる事となるだろう。だからこそ、彼は保身の為にも口外する事は出来ないのだ。

 だが、この兵士の会話の後半部分は、純粋にカミュ達の身を案じての物である事が解る。このサマンオサの現状を知らないカミュ達からすれば、何を恐れ、何に怯えているのかも理解出来ないが、自身の祖国を『訪れる意味もない国』と称するなど、国家に属する兵士としては、非国民と弾劾されても可笑しくはない行為だった。

 

「この国の事情が掴めませんが、私達もサマンオサ国を訪れる理由があります。先程の件は、口外しない事をお約束致しますので、入国を認めて頂けませんでしょうか?」

 

 ここで一兵士との問答を続けていても意味がない事を察したカミュは、未だに疑問を口にしようとするサラを押し退け、兵士に向かって頭を下げる。

 難しい顔をしながら、暫くカミュの後頭部を眺めていた兵士は、カミュから渡された各国王の書状を隣に居たリーシャへと返し、一つ大きな溜息を吐き出した。

 天を仰ぐように顔を上げ、何やら思案に耽るように目を瞑った兵士は、静かに顔を戻すと、同じく顔を戻したカミュの瞳を真っ直ぐ見つめ、口を開く。

 

「お前達が、この書状にあるように『勇者一行』なのならば、この国を変える事も出来るのかもしれないな。だが、一つ忠告しておく……命が惜しいのならば、城には絶対に近づくな」

 

「ご忠告感謝致します」

 

 アリアハン国、ロマリア国、イシス国、ポルトガ国の各国はカミュ達を勇者一行として認めている。この世界で、その他に国家と呼ばれる物は、エジンベア国とこのサマンオサ国しかないのだ。

 ジパングという国も厳密に言えば国家であるのだが、世界的な認知度は他国とは根本的に異なり、異教徒の暮らす集落ぐらいにしか見られていない。

 つまり、カミュ達四人は、世界にある七割の国から、既に『勇者一行』という称号を得ている事になる。それは、彼等が知らないところで、彼等の名が高まっている事と同意であり、彼等の背負う責任の重さも増している事を示していた。

 このサマンオサという国には、サイモンという英雄がいた経緯があり、国民にとって、それは誇りであり、自信でもあったのだろう。例え追放されたとしても、何の功績もない者を英雄としてはいない筈。そうだとすれば、この兵士にも自国の英雄に対する誇りがあり、カミュ達が『勇者一行』と名乗る事に対する反発もあったに違いない。それでも尚、四人を国内に入れるという行為が、今のサマンオサの逼迫感を示していた。

 

「これが、サマンオサなのか?」

 

 兵士に頭を下げながら門を潜り、城下町へと入って行った一行は、町の雰囲気を見て絶句する事となる。リーシャに至っては、見えたその光景に落胆を滲ませた声を上げてしまっていた。

 町の雰囲気は、一言で言うならば、『暗い』という言葉に尽きるだろう。

 目に映る人々の表情は、総じて何かに諦めたような色を湛えていた。

 そのような雰囲気を彼等は一度見た事がある。それは、カミュの祖母の故郷でもあり、日出る国と謳われる、誇りと美しさを持つ国に入った時。

 その国の人々は、産土神と崇めていた<ヤマタノオロチ>と呼ばれる存在によって、絶望と後悔を背負って生きている者ばかりだった。

 しかし、それに比べても遜色ないどころか、この国の人々の表情の方が更に暗い。まるで、微かな望みも光もないかのように、暗い影を背負う者ばかりなのだ。

 

「この国に一体何があったのでしょうか」

 

「カミュ、何故だ?」

 

 その光景を見て驚きの声を上げていたサラが、表情を真剣な物に変え、何やら考え込むように黙り込む。それとは反対に、いつも通りの行動を取ったのがリーシャであった。

 『解らない事はカミュへ聞け』とでも言わんばかりに、視線を固定させた女性から出た言葉に、考え込んでいたサラも顔を上げ、困ったような笑みを浮かべてしまう。

 この国を訪れたのは、全員が初めてであり、この国の情勢なども、本来であれば国家に属していたリーシャが一番把握している筈なのだ。

 アリアハンという国を閉ざした小国という事を差し引いても、それを一国民に過ぎなかったカミュへ問いかける事自体、大きな誤りであるのだが、リーシャという人物にとって、それ程にカミュという青年の存在は、大きな物へと変化していたのかもしれない。

 

「情報を集めるしかないだろう」

 

「そうか……そうだな。まずはどうする?」

 

 信頼をしているからこそ、カミュにも解らないという事に対し、咎める事はない。カミュが『情報を集める』という事を口にする以上、集まった情報次第では動く事を示唆していた。

 ジパングでそうであったように、今のカミュであれば、困難に陥っている国家を見捨てる事はないとリーシャは信じている。色々と考えがあり、一個人が介入できる事には限りがあるとはいえ、それを超越した何かを、彼女は盲信的に信じ始めているのかもしれない。

 

「武器屋だな」

 

「そうだな! サラの新しい武器を購入しなければいけない。しかし、サラの槍の腕も上がっては来ていたが、あれ以上に重い槍であれば、逆に戦闘に支障があるかもしれないぞ?」

 

「私は、剣でも槍でも良いです。今まで以上に、リーシャさんに教えて頂きますから」

 

 行き先を尋ねるリーシャに返って来たカミュの言葉は、忘れていた事を思い出させる。サラの武器は、先日の<ガメゴン>戦で失われてしまっていた。

 その後、戦闘らしい戦闘がなかったため、その事に注意を向ける必要がなく、リーシャはその事を忘れていたのだ。だが、確かに、リーシャの言う通り、如何に実力を上げたとはいえ、元僧侶であるサラの筋力は限られている。

 『戦士』であるリーシャとは比較にならず、『勇者』であるカミュとも比べようがない。『魔法使い』であり、幼い少女であるメルエよりも筋力は備わっているが、武器を中心に戦う筋力を彼女は持ち合わせていなかった。

 それでも、何が武器でも構わないと口にするサラを見て、リーシャは頼もしさを感じると共に、自身の責任の重さも理解する。神妙な面持ちで頷き合った二人は、歩き出したカミュに続いて、町の中を歩き始めた。

 

「…………むぅ………メルエも…………」

 

「ん? そうだな……メルエ用の防具が何かあれば、見ておこうな」

 

 歩き出す時に握った幼い手の持ち主が、不満そうに頬を膨らませ、自分の物の購入をせがむ姿に、リーシャは苦笑を浮かべて言葉を掛ける。

 メルエの防具は、テドンで購入した<マジカルスカート>が最後である。<みかわしの服>と同じ素材の<アンの服>は、既に二年以上も愛用しているし、先日の戦闘でメルエを護った<魔法の盾>は、バハラタで購入した物であった。

 カミュと逸れた時に、それを追って飛び出した際、魔物に襲われて破れた服は、サラの手によって修繕されている。料理という物は初体験ではあったが、裁縫に関しては、サラの腕は確かであった。

 教会という場所で暮らしているとはいえ、孤児であった彼女は、新たな服などを与えられる事は少なく、自身が着る物は、大事に修繕を繰り返しながら使っていたのだ。

 

「いらっしゃい」

 

「武器を見せて欲しい」

 

 サマンオサ城下町の武器屋は、町の外れに存在していた。

 町を歩く一行は、考えているよりも人々の数が少ない事に首を傾げながら、町外れの武器と防具の看板を掲げる店へと入って行く。入ってすぐに階段があり、その上が武器屋の店舗になっているのであろう。一行は、そのまま階段を上がって行った。

 案の定、階段の先には、カウンター越しに武器や防具が並んでおり、店主らしき人間が、営業的な笑みを浮かべて、カミュ達の来訪を歓迎する。

 挨拶もそこそこに話を切り出したカミュに気を悪くする様子もなく、店主は、目ぼしい武器をカウンターへと並べて行った。

 

「店主、この剣は何だ?」

 

「それは、<ゾンビキラー>と呼ばれる剣でね。何年も聖水に浸けて尚、劣化しなかったという剣だよ。聖水に浸かっていた為、その剣にはルビス様の加護が付加していて、この世に生を持っていない者に多大な力を発揮するって話だ。勿論、その斬れ味も、そんじょそこらの剣とは比べ物にならない物だぞ」

 

 店主がカウンターに置いて行く武器の中で、一つの剣がリーシャの目に留った。

 店主の言うように、良く手入れされた刀身は、顔が映る程に輝き、その輝きは神々しい程の物である。聖水に浸けていた武器となれば、サラが初期に持っていた<聖なるナイフ>もそうではあるが、おそらくその期間にも違いがあるのだろう。

 更に、<聖なるナイフ>とは、物自体が異なっている。本当に鉄で出来ているのかと疑いたくなる程に研ぎ澄まされた刀身は、以前カミュやリーシャが持っていた<鋼鉄の剣>よりも長く、鋭い。

 それは、正しく『精霊ルビス』と神に仕える者が持つ、最強の剣と言っても過言ではないのかもしれない。

 

「カミュ、サラの武器は決まったぞ」

 

「ふぇっ!?」

 

 一目でその剣が気に入ったリーシャは、剣を持って一振りし、それをサラへと手渡した。

 驚いたのは、それを渡されたサラである。突如手に圧し掛かった重みに態勢を崩しそうになりながらも、その柄をしっかりと握り込み、何度か軽く振ってみる。しっかりとした重みはあるが、全力で触れない程の重みではない。

 満足そうに頷きながら見ているリーシャに向かって、サラは一つ頷きを返した。

 

「じゃあ、9800ゴールドになるね」

 

「な、なに!?」

 

「ふぇっ!?」

 

 しかし、そんな二人も、店主がにこやかに発した価格を聞いて、先程までの笑みを消し飛ばしてしまう。

 実際に、ここまでの旅で、様々な装備品を買い替えて来た一行ではあったが、単品で10000ゴールド近くもする物に遭遇したのは、初めての事であったのだ。特殊な剣であるとはいえ、一品でその価格は、アリアハンという片田舎の出身の者達には、法外な物である。

 唯一人、その意味が解らないメルエだけは、首を傾げながらも、輝く瞳でカウンターの奥に並ぶ防具へ視線を向けていた。

 

「わかった。この町に魔物の部位などを買い取ってくれる場所はあるか?」

 

「ん? それなら、ここで買い取るぞ……これは、<ガメゴン>の甲羅かい? 最近はこれを取って来れる程の力量がある者がいないから、助かるよ」

 

 9800ゴールドという大金をカウンターへ置いたカミュは、その横にここまでの道中で採取した魔物の部位を置く。一つ一つ中を確かめていた店主は、出て来る部位の希少性に目を輝かせ、こちらも予想以上の買値で引き取ってくれた。

 サラの<ゾンビキラー>を購入しても余りある資金を手にした一行は、その他の武器や防具も見て行くのであるが、その中に二つほど気になった物があり、カミュとリーシャで暫しの間、会話が繰り返される。

 

「店主、この盾はいくらだ?」

 

「その<ドラゴンシールド>ならば、一つ3500ゴールドだな。希少種である『龍種』の鱗を繋ぎ合わせて作った盾で、龍種の吐き出す、火炎や吹雪にもある程度の耐性がある物だ」

 

 盾一つが3500ゴールドというのも、かなりの価格である。実際に、カミュ達が遭遇した事のある『龍種』という存在が、<スカイドラゴン>だけである事を考えると、この盾に使われている鱗と言う物も、本当に『龍種』の物であるかも疑わしい。

 もしかすると、先日遭遇した<ガメゴン>の纏う鱗を繋ぎ合わせた物なのかもしれない。あの魔物も、劣化したとはいえ、龍種の血を引く物であると云われている。その鱗であるならば、同種の放つ物に耐性を持っていても、筋は通るという物だ。

 

「これも二つくれ」

 

「おお! ありがとうよ。ならば、二つで7000ゴールドだが、<ゾンビキラー>も買って貰ったんだ。二つで5000ゴールドで結構だよ」

 

 ここまで即決する客も珍しいのだろう。店主は気前良く値引きを行い、受け取ったゴールドを数えて行く。

 手に持った<ドラゴンシールド>は、二人の手に吸いつく様に馴染み、それ程の重量も感じない。<魔法の盾>程軽い訳ではないが、<鉄の盾>よりも重い訳でもない。盾を装備しているという確かな感触がある分、<魔法の盾>よりも、彼等二人には良い防具なのかもしれない。

 二人の<魔法の盾>はその場で引き取って貰い、もう一つの気になった装備に関して再度注意を向けた。

 

「これは、<ドラゴンキラー>と呼ばれる武器だ。手に嵌め込むような形で使う武器ではあるが、『龍種』の牙や爪を加工して作られた刀身は、龍種の鱗も容易く貫く程の強度を持っている」

 

「手に嵌めるのか……」

 

 誇らしげに店主が掲げた武器は、カミュやリーシャにとって魅力的な物ではなかった。

 実際、手に嵌めて使うとなれば、それは刺突型の攻撃が主流となって来る。アリアハンを出た頃のような、頼りない武器であれば、魔物と戦う時にその攻撃方法が最も効果的ではあったが、一行の武器の強化と共に魔物も強力になっている今では、攻撃方法が一つのパターンと言うのは、逆に弱みと成り得るのだ。

 更に、籠手のような形で手に嵌め、中にある取っ手のような部分を持つ事で突くのであれば、そこには剣の腕だけではなく、武道の嗜みもなければ、魔物との戦闘は難しい物となるだろう。

 

「これを加工する事は出来ないか?」

 

「加工? 姿を変えるのか? う~ん……ここじゃ無理だろうな」

 

 扱う事の難しさを考えたカミュが、その姿の変更の可否を訊ねるが、それは即座に否定された。

 龍種の牙や爪を加工して剣の形にした物であれば、その後の加工も可能ではないかと考えたのだろうが、もしかすると、この剣は、この場所で作製された物ではないのかもしれない。

 その場で少し考え込んだカミュではあったが、一つ了承の頷きを返し、<ドラゴンキラー>を店主へと返した。

 

「<変化の杖>という物をご存知ですか?」

 

 カミュの話が一段落した事で、サラが口を開く。

 それは、グリンラッドという永久凍土の島で一人で暮らす老人が口にしていた物であり、このサマンオサにあると聞いた杖の事であった。

 それがこの国の何処にあるのかは解らない為、サラは武器屋の店主に情報を求めたのだ。サラも、その杖の能力を知っているだけに、武器屋のような場所で一般的に販売されているとは考えていなかっただろう。情報の一つとして、何か有益な事があればと考えていたのだ。

 

「ん? ああ……<変化の杖>の事ならば、噂に聞いた事があるよ。まぁ、うちのような普通の武器屋では扱えない代物だな」

 

「そうですか……」

 

 しかし、サラの考え通りの答えしか返っては来なかった。

 噂程度でしか聞いた事が無いのであれば、一行が持っている情報以上の物を仕入れる事は不可能であろう。

 予想していた事ではあったので、それ程落胆する事もなく、サラは<ゾンビキラー>を納める為の鞘を所望した。

 カミュとは異なり、元々持っていた剣の鞘等をサラは持っていない。剥き出しの剣を持ってある事が出来ない以上、それを納める鞘が必要となる。サラの姿を見て、それを理解した店主は、軽い謝罪を口にし、奥から鞘を取り出して来た。

 

「…………メルエの…………」

 

 武器や防具を見終わり、店を後にしようとした一行であったが、歩き出そうとするカミュのマントを引く者によって、その行動は阻まれる。

 『むぅ』と頬を膨らませた幼い少女は、期待と不満を宿した瞳を向けていた。

 この少女も、現在自分の持っている武器である<雷の杖>に替わる物が存在しないという事は解っているだろう。おそらく、他の武器を買い与えようとしても、『いらない』と頬を膨らませるに違いない。

 だが、それとこれとは別なのだろう。自分以外の人間が新しい物を買っているのに、自分にはないという事に不満を持っているのだ。

 

「この娘に合う防具などは何かないか?」

 

「え? その娘か……悪いが、うちには何もないな」

 

 メルエの視線を受けたカミュは、軽い溜息を吐いた後、店主をへと問いかける。しかし、それに対しての答えは無情な程に簡素な物だった。

 予想はしていたものの、カミュは視線をメルエへと戻した事を少し後悔する事となる。この少女は、幼い我儘を言うようにはなったが、基本的に物解りが悪い訳ではない。がっくりと項垂れるその姿は、誰しもが罪悪感を抱いてしまう程に物悲しかった。

 

「メルエ、仕方がない。メルエの武器は<雷の杖>があるだろう? 着ている物に関しては、また次の場所で何か探そう」

 

「…………ん…………」

 

 やはり、こういう時に傷心の少女に声をかける事が出来るのは、母のような姉のような女性だけである。帽子を取った頭を優しく撫で、ゆっくりと言い聞かせる言葉に、不承不承頷いた少女は、カミュの後に続いて店から離れて行った。

 店主から受け取った鞘を苦心しながら腰に着けたサラは、慣れぬ感触に歩き辛そうに何度も躓きながら、最後に武器屋を出て行く。

 

「サラ、それでは剣が足に当たってしまって歩き難いだろう? 貸してみろ」

 

「ありがとうございます」

 

 最後に階段を下りて来たサラの姿を見たリーシャは、その不格好さに溜息を吐き出し、彼女の腰に<ゾンビキラー>を装着し直す。しっかりと固定される形になった剣が更に足の動きを制限してしまうように感じてしまうが、騎士として生きて来たリーシャにとっては、それが当り前の物でもあった。

 <銅の剣>とは異なり、刀身の長い<ゾンビキラー>は、サラにとって違和感しか湧かない物であったが、それでも新たな武器を手にした高揚感が胸に湧き、それと共に新たな決意も刻まれて行く。

 

「何だ? この店は誰もいないのか?」

 

 サラの剣を着け直した一行は、武器屋の隣にある建物の中を覗き込んだ。

 そこは、道具などを売っている店なのだろう。カウンターの奥には、薬草などが入った壺のような物が並べられており、独特の匂いが漂っている。

 しかし、カウンターの向こうに居る筈の人物がいない。覗き込んだリーシャが呟いた通り、この店の主がいないのだ。例えカウンターで仕切っているとはいえ、不用心極まりないと言っても過言ではない。

 

「どうやら、店の人間は葬式に出てしまっているらしい」

 

「葬式?」

 

 不思議に思った一行が店の中へと入ると、中で困り果てていた男性が苦笑を浮かべながら語りかけて来た。

 入口からは死角になっていた場所に立っていた男性は、道具屋へ買い物に来ていたのだろう。店主がいない店の中で、どうしたら良いか考えていた男性は、中に入って来たカミュ達を見て、同じような目的を持つ者と認識したのだ。

 しかし、その中にあった単語は、道具屋で聞くような物ではなかった。

 

「最近、この城下町では、毎日のように葬式が行われているからな」

 

「毎日だと!?」

 

 驚いたリーシャへの返答もせず、男性は店を後にする。残された一行は、無人の店舗の中で呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。

 毎日、葬式が行われる理由など、一つしかない。

 それは、毎日のように『人』が死んでいるという事。

 

「教会に行ってみる」

 

 困惑の色を濃くするリーシャとサラであったが、カミュが店を出て行った事で、慌てて外へ出る事となる。

 正直に言えば、サラは若干の驚きを持っていた。

 『葬式』という単語を聞いても、本来であれば、カミュ達の目的に何の関連性もない筈。むしろ、彼等の旅には無駄な情報であるにも拘らず、カミュはそのまま教会へ行くと告げたのだ。

 それが、とても不思議なのにも拘わらず、とても自然で、昔から彼がこういう行動を当然の事のように行って来たような感覚にさえ陥る。彼は認めないのかもしれないが、サラはそれは彼が『勇者』であるが故ではないかとさえ思った。

 

「メルエ、どうした?」

 

「…………???…………」

 

 外へ出ると、誰もいない道具屋に興味を示していなかったメルエが、対面にある建物の入口から中を覗き込んでいた。

 その建物には、看板などは取り付けられておらず、中の様子も外から見る限りは解らない。入口の淵に手をかけ、顔だけを中に入れるように覗き込んでいるメルエの姿はとても愛らしく、リーシャは笑みを浮かべながら問いかけるのだが、その声に振り返った当の少女は、何が何やら理解出来ず、小さく首を傾げた。

 

「…………!!…………」

 

 しかし、リーシャ達が近付くと同時に、建物内から歓声のような物が響き渡る。その声に驚いたメルエは、大慌てでカミュのマントの中へと隠れてしまった。

 歓声のような響きは、地面の下から響くような遠い物。カミュは建物の中を覗き、下への階段を見つけると、そのまま階段を下りて行く。

 先程の地鳴りのような響きに、嫌な予感しかしないリーシャとサラはカミュを引き留めようとするが既に遅く、メルエを伴った彼の姿は、階下へと消えて行った。

 

「ようこそ、血肉湧き踊る『格闘場』へ!」

 

 そこは、彼女達二人が予想してた通りの場所であった。

 階段を降りると、正装をした男性が歓迎の笑みを浮かべて一行を迎え入れる。男性の後ろには、ゴールドを投票券に替える場所と、当たり投票券を景品に替える場所が並んでいた。

 更に奥には、客席へ続く道があり、観戦だけが目的の人間も入る事が出来るようになっている。歓声というよりも怒号に近い地響きがする中、一行は客席の方へと向かって歩き出した。

 

「お待たせ致しました。本日のメインバトルです!」

 

 楕円形に広がった客席は、中央にある地肌が良く見えるように配置されており、その姿は、遙か昔の時代に存在していたコロシアムと呼ばれる場所に酷似している。客席は、この国の人間全てがいるのではないかと思える程に人で溢れ返っており、小さくはない会場全体を熱気で包み込んでいた。

 アナウンスの声と共に魔物が中央へと登場する。一行が何度か遭遇した事のある魔物ばかりであり、その瞳は、総じて狂気に満ちていた。

 

「カミュ、出よう。ここは、メルエに見せる場所ではない」

 

「国の政策の一つとはいえ、私は納得できません」

 

 冷たい瞳で中央を見つめるカミュの肩に手を置いたリーシャは、早々な退出を提案する。考えると、闘技場や格闘場といった場所を、メルエは見た事が無い。ロマリアでは、その場所に行った時には、まだメルエと出会ってはいなかったし、イシス国では、カミュとリーシャの二人で行っていたのだ。

 今の人間の間に広まる、魔物を悪とするルビス教の教えであれば、この格闘場は間違いではないのかもしれない。その教えを信じる親の下で成長する子供達にとっては、正しい行いとなるのだ。

 だが、良くも悪くも、彼等はその枠から飛び出してしまっている。盲信的に教えを信じていたサラでさえ、魔物だけを悪とする考えを持ち合わせてはいない。そんな彼等が共に歩む幼い少女には、偏った考えを持って欲しくはないというのが、この三人の共通の思いでもあった。

 

「…………メルエ……ここ……きらい…………」

 

「ふぉふぉ……そうか、お譲ちゃんもそう思うか? 儂も騙されんぞ! 格闘場などを作って、政治への不満から目を逸らさせようとしてもな! 第一、ギャンブルで一番儲かるのは、何時の時代も胴元と相場は決まっているもんじゃ」

 

 魔物が戦いを始め、それを見つめていたメルエは、眉を下げてカミュのマントを引く。その表情は、強烈な嫌悪感を示しており、リーシャとサラは、何処か安堵を感じると共に、苦しさも感じてしまった。

 そんなメルエの言葉を聞いていたのだろう。一行の隣にした老人が、突如として口を開き、国の政策に向けての不満を吐き出し始める。それは、見ず知らずの人間に向かって語る内容ではなく、その不満の大きさを物語る物だった。

 

「失礼ですが、余りそのような事は口にされない方が……」

 

「儂は老い先短い人間じゃ。儂の苦言が届き、国が良くなるのならば、この命などいくらでも差し出そうという物。そのような心配は無用じゃ」

 

 しかし、カミュの忠告を歯牙にも掛けない老人は、それを知っていて尚、口にしていたのだ。

 闘技場や格闘場がある国家という場所は、その国家で暮らす国民に何らかの不満がある事が多い。その見えない不満の捌け口として、国家が用意したのが、魔物同士を戦わせるという闘技場や格闘場なのだ。

 アリアハンから数えて六つの国家を歩いて来た一行ではあるが、その内の半数に値する三つの国家にそれがあるという事実が、現状の世界の危うさを物語っているのかもしれない。

 

「……出るぞ……」

 

 しかし、ロマリアやイシスに比べ、このサマンオサの国民の不満は、更に強い物なのだろう。格闘場に居る者達の半数は、魔物達の戦いを狂気の瞳で見ていたが、あの老人だけではなく、何人かの人間が冷めた瞳でそれを見ていたようだった。

 国民の不満というのは、重税や強制労働のような見える物だけではない。『魔王バラモス』という強大な脅威に対する、日々の不安や恐怖もまた、国家に対する不満へと摩り替って行くのだ。

 だが、このサマンオサは、それだけではないと思われた。

 例え、未来への不安や恐怖が国家に向けられたとしても、それを明確に口にするというのは珍しい。国家の軍隊などで魔王が討伐出来るのだとすれば、疾の昔に行われているという事ぐらい、国民の全てが理解しているからだ。

 故に、本来であれば、その不安や恐怖は、その国の税への不満などに摩り替って行くのが通常なのである。

 

「あんたぁ……何で死んだのよぉ!」

 

「ブレナンよぉ! お前は良い奴だったのによぉ!」

 

 そんな疑問は、格闘場を出て、教会への通り道にある墓地に差し掛かった頃に氷解する事となる。墓地の外まで響くような泣き叫びが轟き、棺に抱きついた女性の横では、幼い男の子が呆然とそれを見つめていた。棺に抱きついた女性は、棺に納まる者の妻なのであろうし、呆然と佇む少年は、彼等の子供なのかもしれない。

 おそらく、道具屋で話題に出た葬式とは、この事を指していたのだろう。友人のような男性は、棺に納まった者の名を連呼しながら、大粒の涙を流している。棺の前では、サマンオサ教会の神父が言葉を紡いでいた。

 

「魔物に襲われたのでしょうか?」

 

 このような光景は、この時代では有り触れた光景でもある。魔物が凶暴化する世界では、平原でも魔物と遭遇する事はあり、それによって命を落とした者の数は数え切れないのだ。

 だが、このサマンオサ国では、その常識が通用しない部分もある。サラが疑問に感じたのは、正にそれであった。

 この国は、国交を国王によって遮断され、国民が城下町を出る機会が少ない。アリアハン大陸のように、城下町以外の集落があるのであれば、そことの行き来があるのだろうが、このサマンオサ大陸には、そのような集落が無いのだ。

 そうなれば、必然的に国民が魔物の脅威に晒される場面は少なくなり、魔物によって命を落とす事もなくなる。それにも拘らず、毎日のように葬式が執り行われるという事実が、サラの胸に疑問という形で残ったのだった。

 

「王様の悪口を言っただけで死刑になるなんて、いくらなんでも酷過ぎる」

 

「そうね……毎日、多くの人達が牢へ入れられたり、死刑になるなんて……昔はお優しい王様だった筈なのに……」

 

「私は、あの王様が子供だった時から存じ上げておる。あの王様は、別人としか考えられん」

 

 墓地を眺めていた一行の横で、同じように葬儀を見守っていた三人の男女が、囁くような声で会話をしている。その内容に関しては、既に『旅の扉』がある教会で話を聞いていたが、ここまで酷い物であるとは、カミュ達も想像していなかった。

 棺に納まる者は、国王の陰口を叩いたのだろう。それは立派な不敬罪であり、どの国家でも処罰の対象となる物である。しかし、何処の国でも、不敬罪で死罪となるには、それ以外の罪を併せ持つ者に限られていた。

 棺の中に居る者が、国王を扱き下ろし、国民の不満を煽って、国家転覆を図るような集団を作り上げていたようには見えず、彼の死を悼み、集う人間の数を見る限り、国家が脅威に感じる程の人望を備えた人物にも見えない。

 ただ、単純に陰口が耳に入っただけで死刑に処されたと考えるのが妥当だろう。

 国王とはいえ、絶対的な力を備えている訳ではない。国民にとって、行き届かない部分もあるだろうし、不満に感じる部分もあるのが当然なのだ。それは世論であって、それに関して、国王ともあろう者が右往左往する事があってはならない。それが世界的な常識でもあった。

 

「城へ行く」

 

「あっ、は、はい」

 

 三人の男女の言葉の中にあった『別人』という言葉に引っ掛かりを覚えたサラであったが、能面のように無表情となったカミュが歩き出した事によって、大慌ててそれを追う事となる。

 サマンオサの城下町には、人の姿が疎らにしかない。ほとんどの人間が葬儀に出ているか、格闘場へ赴いているのだろう。

 それは、国家として末期の状況であると言っても過言ではなかった。

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

今回は少し中途半端に終わってしまった感があるかもしれませんが、その辺りは活動報告に記させて頂きます。

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