新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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第十四章
~幕間~【サマンオサ城下町】


 

 

 

 

 暗雲の晴れたサマンオサ城下町は、喜びと活気に満ち溢れている。

 町に出ている者達は例外なく笑みを浮かべ、道行く者達はそれぞれに声を掛け合う。

 それこそが、本来の町の姿であり、誰もが悲しみと絶望に暮れる日々を送っていた今までが異常なのだという事を、サマンオサ国民達の姿が物語っていた。

 

「これが本来のサマンオサ国なのですね」

 

「ああ、この国で生きる者達は皆強い。私達も学ばねばならない事が多いだろうな」

 

 行き交う人々の表情を眺めていたサラの呟きにリーシャが静かに答えた。

 サマンオサ国が黒く厚い闇に閉ざされていた期間は十数年にも及ぶ。その長い期間を苦しみと悲しみの中で過ごして来た国民の心には、深く惨い傷跡が残っている筈である。

 それでも、耐え忍んで来た日々が無駄にならぬように、精一杯の笑みを浮かべ、お互いの幸せを喜び合う国民の姿は、何よりも尊く、何よりも強い。

 親族を失った者達もいるだろう。

 消えぬ傷を負った者もいるだろう。

 二度と思うように動かぬ身体になった者もいるだろう。

 生涯消えぬ憎しみを背負い、生涯消えぬ悲しみを刻まれた者もいた筈である。

 それでも彼らは、今生きている喜びを噛み締め、死んで逝った者達の分まで生涯を全うしようと歩み続けるに違いない。

 それは『人』の持つ強さ。

 

「カミュ、武器と防具の店へ行くぞ」

 

 立ち止まり、町行く人々を眺めていた一行ではあったが、不意に発せられた言葉が全員の意識を動かした。

 自分では当たり前の事を言ったつもりなのだろう。不思議そうに自分を見つめるカミュの瞳を見たリーシャは、何故か軽い憤りを感じる事になる。

 

「何を呆けている! お前の身を護る防具が壊れた筈だぞ!?」

 

「それは言われなくとも解ってはいるが、ここから暫くはルーラでの移動が主となる。それ程に急いで防具を揃える必要もない」

 

 自分を見つめるカミュの姿を見て声を大きくしたリーシャであったが、返って来た答えが余りにも予想外であった為、憤りを通り越して呆けてしまった。

 リーシャの言う通り、カミュが身に付けていた<魔法の鎧>は、先日の<ボストロール>との死闘の中で破壊されてしまっている。圧倒的な暴力を受け続けた鎧は、その持ち主であるカミュの身体を護る代わりに、その機能を失い、只の鉄屑へと姿を変えていた。

 今のカミュは鎧の下に着る軽装であり、アリアハン大陸に生息するような魔物であれば対応する事も可能であろうが、ここから進む場所で生息する魔物達と戦闘を行うとなれば、頼りないという次元の物ではない。

 

「馬鹿者! 例えルーラで移動するのだとしても、魔物が生息する場所を移動する場面も出て来る筈だ! それに、ルーラで移動出来る場所は、私達が訪れた場所に限られているのだろう? ならば、このサマンオサで販売されている防具が最も良い物である事は間違いがない」

 

「……」

 

 呆けていたリーシャは、瞬時に表情を切り替え、怒りを露にしてカミュの言葉を否定する。

 その言い分は、恐ろしい程に的を射ており、リーシャらしからぬ物言いにカミュとサラは言葉を失って呆然と佇んでしまう。

 そんな二人が面白かったのか、カミュのマントの裾を握っていたメルエは、笑みを浮かべながら二人を見上げていた。

 

「さぁ、行くぞ!」

 

 リーシャはそのままカミュの腕を取り、先日訪れた武器屋へ向かって歩いて行く。もはや、混乱の域にまで達してしまっていると言っても過言ではないカミュは、為されるがまま城下町を歩き、その後ろをサラとメルエが笑みを浮かべて付いて行った。

 このサマンオサという国は、世界的に有名な軍事国家である。それ故に、この国で取り扱われている武器や防具は、世界中で販売されている物の中でも最上位に位置する程の品揃えなのだ。

 逆に考えれば、ここで揃わない武器や防具は、未だに世界中に普及していない新作か、もしくは四人各々が所持している神代からの希少品となる。

 だからこそ、リーシャはこの場所でカミュの鎧を購入する事を提言したのだ。

 

「いらっしゃい。今日はどのようなご用件で?」

 

「この店にある鎧の中で、コイツに合う最も優れた鎧をくれ」

 

 武器屋に入ると、いつもとは異なり、店主に向かって真っ先にリーシャが口を開く。前へと押し出されたカミュの表情の中には、未だに困惑の色が見え隠れするが、相対した店主は営業的な笑みを浮かべたまま、その用件を聞いていた。

 全てを聞き終えた店主は、カミュの身体を見てから、少し考えるような素振りを見せ、口を開く。

 

「う~ん。うちで取り扱っている鎧の中で最も良い物となれば、<魔法の鎧>しかないね」

 

「そうか……やはり<魔法の鎧>しかないのだな。仕方がないだろう……それをコイツに合わせてくれ」

 

 口を挟む暇もなく話は進み、購入する鎧が決定した事によって、寸法を合わせる為にカミュが奥へと連れて行かれる。最後には何か諦めたような溜息を吐き出したカミュであったが、抵抗する気も、反論する気もないのだろう。店内に陳列されている商品に目を向けながら奥へと入っていった。

 カミュと店主が奥へと入っていった為、リーシャ達三人は店内の商品を物色する事になる。

 先日訪れた時に、リーシャの<ドラゴンシールド>とサラの<ゾンビキラー>を購入しており、新たに購入する物があるとは思えないが、それでも軍事大国と称される国の武器屋にある物を一つ一つ見ていた。

 

「あれ? メルエ、何を見ているのですか?」

 

「…………つえ…………」

 

 店内を眺めていたサラは、棚に置かれた物や壁に飾られている物を見ていたのだが、自分やリーシャが見ている場所とは異なり、カウンター下にしゃがみ込んで何かを見ているメルエに気が付き、声を掛ける。

 リーシャやサラとは異なる目線で店内を見ていたメルエは、カウンター下に置かれた物が目に入ったのだろう。それを食い入るように見つめ、サラの問いかけにも視線を向けようとはしない。

 声だけで返された答えの通り、カウンター下にあった物は、剣や斧等ではなく、一本の杖であった。

 その杖は、木製のような色合いを持つ物で、真っ直ぐ伸びた杖の先は、龍の鉤爪のような形を模っている。鉤爪の中心に何かが埋め込まれている訳ではなく、空洞となったそこは、店内の薄暗さも相まって不気味な闇を作り出していた。

 同じ杖でも、メルエの持つ<雷の杖>のような神秘さは感じないが、それでも只の木の棒ではない事は一目瞭然であった。

 

「杖ですね……この杖にも何か特殊な付加効果があるのでしょうか?」

 

 メルエの隣に屈み込んだサラは、その杖を眺める。

 ここまでの旅でサラ達が見た杖の種類は多い訳ではない。メルエが最初に手にした<魔道師の杖>と、今メルエが手にしている<雷の杖>だけである。

 そのどちらもが、特殊な効果を持っており、<魔道師の杖>にはメラという最下級の火球呪文が、<雷の杖>にはベギラマという中級の灼熱呪文が備わっていた。

 この世にある全ての杖に何らかの付加効果があると考えるのは間違いであろうが、最も入手し易い<魔道師の杖>でさえも付加効果があった事を考えると、サラの考えも的外れの物ではないだろう。

 

「そいつは<裁きの杖>って名の代物だ。特殊な木材で出来ている為、武器としてもそれなりの攻撃力はあるが、<バギ>と同様の付加効果がある」

 

 そんなサラの考えの正当性を認める声が店の奥から響いて来る。<魔法の鎧>の仕立てを終えた店主が戻って来たのだ。

 サラとメルエが覗き込んでいる物に気付いた店主は、その杖の名と、その杖が所持している能力を口にする。それは、サラの予想通り付加効果に関する物であり、それを聞いたリーシャの瞳が輝き出す。

 

「バギが使えるのか!?」

 

「……バギなのですか」

 

 対照的な二つの反応に、店主は微かに首を傾げる。

 瞳を輝かせたリーシャは、魔法力がなくとも魔法が行使出来るという杖に対する憧れに似た感動を示しているが、サラはその付加効果の内容に何処か落胆に似た感情を持っているようだった。

 確かに『経典』に記載されている<バギ>と呼ばれる真空呪文は、その系統の魔法の中でも最下級に位置し、サラが『僧侶』であった頃でも初期に行使可能であった呪文でもある。アリアハン大陸やロマリア大陸などに生息する魔物に対してならばそれなりの効力も発揮するのだろうが、既に彼等が遭遇する魔物達の強靭さは、比較にならない物となっていた。

 

「バギでしたら、私も行使出来ますし、例え魔法力がなくなった時に使ったとしても、これから先の魔物に対して効果があるかどうか……」

 

「……そ、そうだな」

 

 物事を冷静に把握し、現状を組み込んで話すサラの言葉は、リーシャに反論の気持ちさえも抱かせない程の物であった。

 <バギ>という真空呪文を行使出来る人間は、『魔道書』と『経典』に記載されている神魔両方の魔法を行使出来るサラだけである。だが、そのサラであっても、ここ最近の戦闘に於いて、その上位魔法である<バギマ>を行使する事はあっても、<バギ>を行使した事はないのだ。

 『僧侶』という旅の同道者の中での回復役が所持する、唯一の攻撃魔法と言っても過言ではない呪文ではあるが、『魔王討伐』という大望を掲げる一行にとっては、既に役に立つ事のない魔法でもあるという事実が浮き彫りとなった。

 

「それに、何か<裁きの杖>という名も……」

 

「…………メルエ………いや…………」

 

 何よりも、サラ自身、その杖の名が気に食わなかった。

 『裁く』という言葉は、悪しき者達に対する文言である。

 戦闘に於いて、この杖を使う相手となれば、当然魔物という事になるだろう。この世界で悪しき者と言うのは、正しく魔物であり、それはサラ自身も十数年間信じ続けて来た事柄でもあった。

 だが、今のサラはそれを良しとはしない。

 彼女は、己の持つ大望の為に魔物の命を奪う。だが、それはその先にある希望を実現するが為であり、決して魔物を裁いているからではないのだ。

 『人』が襲われていれば、彼女は迷わずにその者を救う為に魔物を倒すだろう。それでも、彼女の中で裁きを与えるという感覚は微塵もない。彼女は『賢者』ではあるが、神でも『精霊ルビス』でもなく、己の生を全うしようとする者を裁く権利など有していない事を知っているからである。

 

「サラが必要ないと感じ、メルエがいらないというのであれば、私達の中でこの杖を使える者はいないな」

 

 あからさまな嫌悪感を出す二人を見たリーシャは、柔らかな笑みを浮かべる。

 魔法という神秘を使う者達が、その力を驕る事無く、自身の中にある『想い』に向かって歩み続けている姿が、リーシャには眩しく映り、そして何よりも嬉しく感じていた。

 メルエに関しては、実際にどうして嫌がっているのかは理解出来ないが、本能的にそれを避けているのか、それともその杖の持つ能力を理解しているのかもしれない。

 何れにせよ、魔法に重きを置く二人が嫌悪を示した段階で、この<裁きの杖>という武器が、カミュ達四人にとって必要のない物である事だけは確定した。

 

「鎧の具合は良いようだな」

 

「ああ、それとあの剣も一緒に貰おう」

 

 リーシャ達三人がやり取りを行っている間に奥から出て来たカミュの身体には、真新しい<魔法の鎧>が装備されていた。

 調整具合を見ていた店主が満足そうに頷いたのを見て、カミュはカウンターの奥にある剣とは呼べない姿の武器を指差し、購入の意思を伝える。その言葉に一瞬驚いた店主ではあったが、嬉しそうに微笑を浮かべると、即座にその武器をカウンターへと置いた。

 

「<魔法の鎧>と<ドラゴンキラー>で20000ゴールドを超えるが……この前もかなり買ってくれたし、15000ゴールドで良いよ」

 

 愛想良く値引く店主では合ったが、その話の内容は、半分は本気で、半分は営業的な物であろう。実際、奥から取り出された<ドラゴンキラー>は、その刃の鋭さこそ鈍ってはいないが、埃を被っていた。

 サマンオサの英雄と呼ばれるサイモンの死後、軍事大国と謳われたサマンオサ国は様変わりしている。新たな英雄としてサイモン二世が誕生はしたものの、<ドラゴンキラー>を扱う事の出来る強者は存在していなかったのだ。

 扱える者がいない以上、その武器を購入する者もいない。一昔前のように、『魔王討伐』へ向かう自称勇者達が横行していた時代であれば、己の身丈に合わぬ武器を所望する者もいただろう。

 だが、アンデルの失態により入れ替わってしまった偽国王の政策によって、サマンオサ国の民達は絶望と哀しみ、そして貧困に喘いでいた筈である。そのような中で、15000ゴールドもの大金を掛けてまでも、通常の剣の様相とは異なる武器を手にしようとする者はいなかった。

 つまり、この<ドラゴンキラー>は、この店の蔵に埃を被って眠る在庫になってしまっていたと仮定するのが正しいといえよう。その在庫を処分出来るのであれば、多少利益を削ってでも、売ってしまった方が良いと店主は考えたのだ。

 

「…………メルエも…………」

 

「ざっと見てみたが、この場所にメルエの装備はなさそうだな」

 

 カウンターへゴールドを置くカミュに向かって告げられた小さな望みは、先程まで店内を見回していたリーシャによって断念させられる。

 リーシャは、この店に入り、カミュの鎧を仕立てている間、必ず口にするであろうメルエの言葉を予想して、店内を物色していたのだ。だが、メルエのような幼子が装備出来る防具もなく、唯一装備可能な杖もメルエ自身が嫌悪を示した事によって潰えてしまった。

 『むぅ』と頬を膨らませながら自分の足にしがみつくメルエの頭を撫でながら、リーシャは代金を支払い終わったカミュへと視線を戻す。

 

「そこに飾ってあるのは何だ?」

 

「ん? ああ、これか……これは<鉄仮面>といって、頭部全てを覆う防具だよ」

 

 店を出る事を提案しようと口を開きかけたリーシャの耳に、代金を確認している店主へ投げかけるカミュの疑問が聞こえて来た。

 カウンターの後ろの棚に飾られているそれは、確かに店主の言葉通りの姿をした兜である。国家に属する兵士の中でも、前衛を任される重騎兵が被るような頭部全てを覆う物で、魔物である<さまよう鎧>や<地獄の鎧>などが装備している物に酷似していた。

 目のある部分の開閉は可能ではあるが、閉じた時は、細く空けられたT字の穴から出なければ外を見る事が出来ない。防御力という点では、<鉄兜>を遥かに凌ぐ物である事は間違いはないだろう。

 

「アンタが被ってみるか?」

 

「な、なに!? 私がか?」

 

 不意に振り返ったカミュは、その兜を装備してみろとリーシャへと声を掛ける。

 確かに、カミュの頭部には彼の父が装備していた兜がある。<鉄兜>よりも丈夫なそれは、その素材や装飾などから見ても、<鉄仮面>よりも良い兜である事は間違いがない。更に言えば、後方で成り行きを見守っているサラに関しては、サークレットを装備しており、兜を必要としておらず、元々<鉄仮面>の重量に耐えられるかどうかすらも怪しかった。

 つまり、この<鉄仮面>を装備出来る者がいるとすれば、このパーティーの中ではリーシャしか存在しないのだ。

 

「……うわぁ」

 

「……」

 

 手渡された<鉄仮面>を頭部に被ったリーシャが周囲に視線を動かすと、それを見たサラが微妙な表情を浮かべ、これまた微妙な声を発する。カミュにしても、何とも言えない表情を浮かべ、言葉を失くしたまま沈黙してしまった。

 二人の余りの態度では合ったが、慣れない<鉄仮面>の狭い視界からでは、二人の細かな表情が見えず、リーシャは自分の足元へと視線を落とす事となる。

 しかし、その場にいたのは、最も幼い少女。

 リーシャを母とも、姉とも慕う幼い少女は、自分の方へと動かされたリーシャの首を見て、その小さな身体を跳ねさせた後、大急ぎでサラの足元へと移動してしまった。

 

「…………リーシャ………いや…………」

 

「な、なに!?」

 

 明らかに自分へ向けられた嫌悪感に、リーシャは叫び声を上げる。

 慌てて前面の面甲を跳ね上げ、メルエを視線で追うが、当のメルエはサラの後ろに隠れてしまい、顔を出そうとさえしない。しっかりと腰を掴まれたサラは、そんなリーシャに苦笑を向ける事しか出来なかった。

 ここまで大事な妹を怯えさせてしまう防具など、如何に能力が高かろうとリーシャには必要がない。即座に被っていた<鉄仮面>を脱ぎ捨てて、カウンターへと置いた。

 

「それは私には必要がない。視界がそれ程に悪くては、魔物の動きに反応出来ないし、行動が制限されてしまう。それ自体は何とでもなるだろうが、そんな物を装備してしまっては、メルエと話す事さえも出来ないではないか!?」

 

 悲痛な叫びが店内に木霊し、その内容を聞いていたカミュとサラは思わず吹き出してしまう。

 カミュという青年が、思わず吹き出してしまう程の反応を示す事自体が珍しいのだが、何とも言えない不思議な雰囲気が、店内を和やかな空気で満たして行く。

 メルエに駆け寄り、その身体を抱き上げるリーシャの姿を見ていたカミュは、小さな笑みを溢し、それを見ていたサラは柔らかな笑みを浮かべた。

 

 重騎兵のように、集団で前面に押し出す事を目的とする者達であれば、あの兜が最適なのだろう。狭い視界の中でも、前面だけを見て突き進み、強力な壁となって立ち塞がる事が重騎兵の役割だからである。

 だが、リーシャは重騎兵と同様に前線へ出はするが、その役割は全く異なっている。同じように前線へと出たカミュと共に、魔物の動きに合わせて己の武器を振るい、後方支援組の唱える魔法が飛び出せば、その瞬間を逃さずに場を離れなければならない。

 それは、視界が悪い兜を被って行う事の出来る行動ではないのだ。

 また、元々『鉄仮面』とは、余り良い印象のない物である。この店主のネーミングセンスがないのか、それとも世界中で広まっている物なのかは解らないが、少なくとも宮廷内で重騎兵の被る兜を『鉄仮面』とリーシャが呼んだ事は一度たりともなかった。

 

「<ドラゴンキラー>は入れる鞘がないから、皮袋で包んでおいたよ」

 

 何とも不思議な四人のやり取りを傍観していた店主であったが、そのやり取りの最中で、カミュが購入した<ドラゴンキラー>の刃先を皮袋で包み込んでいた。

 その形状が特殊である為、専用の鞘などが必要となるのだが、現段階でこの店には専用の鞘がないようである。刃先を覆うように皮袋を被せ、根元を紐で結ぶ事によって危険がないようにしているが、使用する場面で一々紐を解かなければならない作業がある分、他の武器よりも使い勝手が悪いと考えられた。

 

 

 

 その後、店を出た一行は、そのままサマンオサ城下を出て行く。

 城下町の入り口である門を護る門兵が、カミュ達を見かけると笑みを作り、小さく頭を下げた姿が、何故だかサラの印象に残った。

 もしかすると、彼もまた、『勇者』の功績を知る者の一人なのかもしれない。彼が許可しなければ、カミュ達がサマンオサ国に入る事は不可能であった。それは、この国で起こった必然を全て否定する事となる。

 『必然』を生み出す者の来訪を拒んでいたとすれば、このサマンオサは未だに偽国王として魔物が牛耳る国であり、全ての国民が苦しみ続けていた事に相違ないのだ。

 

「カミュ、その<ドラゴンキラー>を購入する意味はあったのか? とてもではないが、戦闘向けの武器ではないぞ?」

 

「そうだな……確かに戦闘用というよりは観賞用の武器だろう。だが、曲がりなりにも<ドラゴンキラー>と名付けられたからには、その刀身にそれなりの力はある筈だ」

 

 平原に出た一行は、カミュが詠唱の準備を始めた事に気付き、その周囲に集まり始める。

 その際に、カミュの手元にある剣とは呼べない武器に気付いたリーシャが、その購入の目的を問いかけるのだが、それに対する応えは明確な物ではなかった。リーシャの言うとおり、<ドラゴンキラー>と呼ばれる武器は、決して実践向けの物ではない。カミュの言うように観賞用として富裕層の権力の象徴として飾られるのが本来の在り方なのかもしれない。

 だが、この時代の武器に関して言えば、その装飾や形態は別としても、その素材や強度などの点で言えば、それなりの物を備えていなければならないのだ。つまり、<ドラゴンキラー>という名を持っている以上、その刃は世界最高種である龍種の鱗をも貫く程の物でなければならず、その刃の素材自体が龍の牙や爪等で出来ている物である可能性が高かった。

 

「それは解るが……どうするつもりだ?」

 

「少し考えがある。まずは、船を見つける。一度ルーラでポルトガへ戻るぞ」

 

 リーシャの問いかけに尚を答えないカミュは、そのまま移動呪文の詠唱へと入って行く。慌ててカミュの腕を掴むリーシャを見て、メルエはマントの裾を、サラはリーシャの腕を掴んだ。

 いつものような抑揚のない詠唱が響き、四人の身体を魔法力が包み込む。

 そのまま空高く舞い上がった一行を包む魔法力は、方向を定めるように一旦停止した後、南東の方角へと消えて行った。

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

大変遅くなってしまいましたが、第十四章の始まりです。
中途半端になってしまうので、二話に分ける事にしました。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしております。

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