新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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ポルトガ城③

 

 

 

 ポルトガという国も、カミュ達四人が訪れた頃から少しずつ変化している。

 魔王台頭から、貿易の船までも閉ざされていたこの国は、『勇者』を名乗る四人の若者達の来訪によって、今まで製造した事もない程の巨大な船の建造を行った。

 その船は、人類最高の戦力を乗せる事によって、世界中を巡る事になる。そして、数か月、一年の時間を掛けて戻って来る船は、世界中の特産を積み、長く鬱屈としていたポルトガ国民に世界の希望を運んで来るようになった。

 その品々は、決して高価な物ばかりではない。

 だが、その全ての品は、『魔王バラモス』の台頭によって活発化する魔物達に怯え続けて来た人々には輝いて見えた事であろう。

 それに加え、ポルトガの西にある大陸に新しく造られた町は、活発化して行くポルトガ国の需要に応えるように材木や食物を齎す。貿易を行う為に船を造り、船を造る為に材木を貿易するというような自然の良い流れが出来上がり、魔物の出現に怯えながらも、そこに小さな光明を見つけた人々の心は強かった。

 

「この世界の人間達は、皆強いのだな」

 

「はい。本当に素晴らしい事だと思います」

 

 宿屋のカウンターがある集合店舗を出たリーシャは、以前よりも数倍の活気に包まれたポルトガ城下町を見て、人々の強さを感じていた。

 それはサラも同様で、町行く人々の表情を見て、自然に笑みを浮かべている。そんな二人を見上げていたメルエもまた、二人の表情が笑顔である事で、花咲くような笑みを浮かべた。

 

「お待ちください!」

 

 雑踏の中へ入り、カミュ達が港へと足を向けた時、後方から呼びかける声が響く。

 振り向くと、先程別れたばかりのサブリナが両手に何かを抱えながら一行に向かって駆けて来ていた。後方からカルロスも続いており、その懸命な姿に首を捻りながらも、四人は足を止め、二人の到着を待つ。

 やがてカミュ達の許へと辿り着いたサブリナは、息を切らせながら両手に抱えた物を一番手前に居たリーシャに向かって差し出した。

 

「どうした? これは何だ?」

 

 息を切らしている為、言葉よりも早く行動に移したサブリナではあったが、無言で差し出された物に戸惑うなという方が無理であろう。訳も解らずに差し出された物に戸惑ったリーシャは首を傾げてサブリナの言葉を待った。

 何度か深呼吸をして息を整えたサブリナは、ようやく聞き取れる言葉を発し始める。よくよく考えれば、サブリナとカルロスが駆けて来た方角は、先程カルロスを呪いから解き放った放牧地がある方ではない。全く異なる方角から駆けて来た事で、二人が何処かに寄り、そこからカミュ達を追って来た事を示していた。

 

「こ、これは……私の家に伝わる<誘惑の剣>と呼ばれる武器です」

 

「<誘惑の剣>?」

 

 何とか言葉を繋いだサブリナではあったが、その内容を聞いたカミュ達四人は、全く意味が解らないというような表情を浮かべる。

 包まれた布を剥ぎ取り、その中身を取り出した時、カミュ達の表情は尚更に歪んでしまった。

 細身で綺麗な曲線を描くその剣は、刃先は鋭く光っているものの、金属としてはとても特殊な色をしている。見た目はその辺りで売られている剣とそれ程大差はないのだが、桃色に輝くその刀身が、この<誘惑の剣>という武器の特殊性を物語っていた。

 

「はい。私の家に伝わる物なのですが、女性にしか扱う事の出来ない剣で、敵を魅了する効果があると云われています」

 

「そのような物を貰う事は出来ませんよ」

 

 布を被せ直したサブリナは、それを再びリーシャへと差し出す。差し出された剣を横目で見ていたサラは、その剣の出所が一家族の家宝に近い物である事に驚き、それを辞退しようと首を振った。

 しかし、サブリナとしては、一生解ける事のないと思っていた呪いを解いて貰い、更には再び出会う事はないと考えていた恋人との再会を可能としてくれた事に対しては、感謝をしてもし足りない程の物だったのだろう。

 受けられないと言うリーシャとサラと、どうしても感謝の品として受け取って欲しいと言うサブリナとの押し問答が暫しの間繰り広げられた。

 

「<誘惑の剣>は、女性にしか使えないのか?」

 

「え? あ、はい。私の家にはそのように伝えられています。他界した父も、一度その剣に触れようとしたらしいのですが、触れる事は出来なかったと言っていました」

 

 軽い溜息を吐き出したカミュが間に入った事により、それまで何度も往復していた<誘惑の剣>が動きを止める。

 カミュの質問に対して返って来たサブリナの答えが、<誘惑の剣>という剣が、カミュの持つ<草薙剣>と同様に持ち主を選ぶ事を示していた。

 このパーティーは幸いな事に女性の比率が圧倒的に高い。武器を扱う事に長けた『戦士』もリーシャという女性であるし、サマンオサで剣を購入したばかりの『賢者』も女性であり、その足元で楽しそうに成り行きを見ている幼い『魔法使い』も女性である。

 

「そうか……だが、その剣を使う必要がある者はいないようだな」

 

「え?」

 

 女性の比率が多い一行ではあるが、カミュの言う通り、この状況で<誘惑の剣>を必要としている人物はその中には居ないのだ。

 リーシャという『戦士』は武器の扱いに長けてはいるのは確かだが、その剣技に関しては、『勇者』と呼ばれるカミュよりも上である。もはや、長けているという部分のレベルが、世間一般とは異なっているのだ。

 また、サラという『賢者』も、サマンオサにて剣を購入し、現在剣の扱いをリーシャから教授されている。そして、その手に持つ<ゾンビキラー>という武器に関しては、<誘惑の剣>に劣るとは思えない鋭さを持ち合わせており、この世に生を持たない者達へ絶対的な効力を発揮するという特殊効果も持っていた。つまり、<誘惑の剣>は不要なのである。

 最後に付け加えるのであれば、女性ではあるが、幼い少女であるメルエが剣を扱う事など到底不可能であり、彼女が剣を持ち、その何らかの不可効果を行使するのだとしても、彼女の特出した才能である魔法という物を妨げてしまうものとなるだろう。

 総じて結論を出すのであれば、このパーティーに<誘惑の剣>という武器自体が不要だという事になる。

 

「それに……例え女性だとしても、アンタに他者を誘惑する事など出来るのか?」

 

「な、なんだと!? わ、私だって、男の一人や二人……」

 

 カミュの発する言葉の中に込められた意味を理解し、納得していたサラとは異なり、只の断り文句だと思っていたリーシャは、続くカミュの視線とその言葉に驚き、そして慌てた。

 リーシャの容姿は、イシス女王などに比べれば数段劣るものの、世間一般では美人の枠に入る者であろう。

 肩までで切り揃えられた独特の癖のある金髪は、太陽の光を様々な角度に反射し、とても美しい。また、成人男性でさえ振り回す事が不可能な武器を軽々と振り切る事の出来る筋力を持ってはいるが、無駄な脂肪を持つ事無く、しなやかな筋肉を有する腕や足は、引き締まった細身を維持している。

更に言えば、サラのような華奢な女性とは異なり、女性らしさを持つ丸みを帯びた曲線を描く体のラインや張り出した胸部は、身に着けている物が鎧ではなく、真紅のドレスなどであった場合、大抵の男性は振り向く程の破壊力を有する筈だ。

 どれも、サラが望んでも手に入れる事の出来ない物ばかりである。

 だが、哀しいかな、リーシャという女性は恋愛経験が皆無である。

 男性に負けぬように鍛錬を重ね、男性と比べられる事を良しとしなかった彼女の生い立ちが、同年代の男性との会話を恋愛方面へ向ける手段を習得させる事はなかったのだ。

 

「とてもではないが、魔物を誘惑出来るような人物がいるとは思えない。魔物相手に限るのであれば、メルエの方が余程上手く立ち回れるだろうな」

 

「わ、私までもですか!?」

 

「サ、サラは私よりも上手く男を誘惑出来ると思っていたのか!?」

 

 もはや、会話はとんでもない方向へと突き進み始める。

 カミュが先程リーシャへ向けて発した言葉を他人事のように聞いて面白がっていたサラであったが、それが自分にも向けられている事に驚き、そして憤慨するのだが、それはリーシャにとってみれば自尊心を大きく損なう物であった。

 確かに、内面的女性らしさは、何かとその身を気にするサラに比べて、若干自分にとって分が悪いと考えていたリーシャではあったが、そこは同じ女性として譲れない部分もあったのだろう。

 対するサラとしても、アッサラームの町で出会った女性に言われた事を自覚もし、『その辺りを目指すのは無理』と女海賊メアリにも語ってはいたが、それでも女性としての誇りがあったに違いない。

 そんな不毛なやり取りをする二人を笑顔で見つめていたメルエの小さな笑い声が響いていた。

 

「それは、自身の身を守る為に取っておく方が良いだろう。その為に、アンタの親もその剣を残したのだろうからな」

 

「ですが……わかりました。本当に、この度はありがとうございました」

 

 未だに何やら言い合っているリーシャとサラを余所に、カミュはサブリナへ剣の辞退を申し入れた。

 それでも食い下がろうとするサブリナであったが、カルロスが首を横へと振った事によって、自身の申し入れを諦め、再び深々と腰を折って謝礼の言葉を述べる。その頃にはリーシャの一方的なサラ攻撃も一段落し、全員がサブリナ達へ別れを告げていた。

 

「カミュ、お前は常に身の回りに注意して生きて行け」

 

「そうですね。カミュ様は、もう少し女性に対しての発言に注意するべきです」

 

 サブリナ達が揃って人混みに消えて行った後、鋭い瞳を向けたリーシャの不穏な発言にサラは同意を示した。

 この二人の女性は、既に全世界でも『人』としての枠をはみ出してしまった者達である。人類の中でも最高戦力となった二人は、一般的な女性とは異なり、外見だけで判断出来るような者達ではない。だが、それを男性であるカミュが口にする事は、二人の女性にとっては許す事の出来ない行為だったのだ。

 その証拠に、普段はカミュに対して感情的な怒り以外を見せないサラが、静かな怒りを露わにし、リーシャと共にカミュを睨み付けていた。

 

「……港へ向かうぞ」

 

 二人の女性の鋭い視線を受けながらも、軽い溜息を吐き出したカミュは、そのままメルエを従えてポルトガ港への道を進んで行く。憮然とした表情を浮かべながらも、リーシャもサラもその後をついて歩き出す以外に方法はなかった。

 

「おお! 戻って来たのか!?」

 

 人混みを抜け、ポルトガ城門の近くにある港へ着いた一行を待っていたのは、船の整備や荷造りを行っている船員達と頭目であった。

 真っ先にカミュを見つけた頭目は、指示を出す為に上っていた木箱の上から降り、一行の許へと駆け寄って行く。頭目の行動に気付いた船員達も、自分の仕事を放り、カミュ達の許へと走り出した。

 彼等にとって、カミュ達四人という存在は、それ程の意味を持つ物なのだろう。

 彼等にとっての希望であり、彼等にとっての喜びでもある。

 もはや、彼等にとって、カミュ達四人は世界の希望ではないのかもしれない。自分達を未知の世界へと導いてくれ、そこで新たな光を伝えてくれる者達。それは、正しく『勇者』そのものなのかもしれない。

 

「すぐ出れるぞ! 次は何処へ行く?」

 

「ポルトガ国王へ謁見を済ませてから、開拓地へ向かいたい」

 

 カミュ達の帰還を喜んでいた頭目達は、早速次の目的地を問いかける。

 自分達の帰りを待ち望んでいたように喜ぶ船員達を見たリーシャ達も笑みを浮かべる中、カミュは次の目的地を口にした。

 その目的地にリーシャとサラは驚き、メルエは花咲くような笑みを浮かべる。

 トルドという名の商人が開発を行う町は、このポルトガを見る限り、かなりの発展を遂げているのだろう。以前に訪れた時は、移住する者も増え始め、娯楽施設を建設する計画を立てている頃であった。

 あれから既に数か月以上の時間が経過している以上、その娯楽施設の建設も終了し、以前にも増した活気に満ち溢れている事だろう。

 

「カミュ、こう言っては何だが、トルドに何か用なのか?」

 

 満面の笑みを浮かべ、早速船に乗り込みかねないメルエの手を引き戻したリーシャの問いかけが響く。

 確かに、現状でトルドの場所に用はないだろう。通り道などであれば、以前の約束通りに顔を出す事を厭わないが、今はその時ではないようにリーシャは感じたのだ。

 <変化の杖>を欲しがっていた老人の許へ行くのならば、通り道と言えなくもない。だが、リーシャの頭の中には、<ガイアの剣>という物を手に入れなければならないという想いがあった。

 サマンオサの英雄が持ちし、大地の神から祝福を受けた剣。

 それは、ネクロゴンドの火口に投げ入れる事によって、新たな道を切り開く為の手段である。

 

「…………むぅ………メルエ……いく…………」

 

「そうだな。理由等どうでも良いな。トルドに会いに行こう」

 

 問いかけた筈のリーシャは、自分の手元で頬を膨らませるメルエの姿を見て、柔らかな笑みを浮かべた。

 幼いメルエにとって、トルドは自分に笑顔を向けてくれる大事な者。その者がいる場所へ行く事は喜び以外の何物でもなく、それを妨げるリーシャに不満を明確に表したのだ。

 『理由等どうでも良い』と言う程、彼等の旅は時間を持て余している訳ではない。刻一刻と魔物の凶暴さは増して行き、サマンオサのような国家が出て来る程に魔王の力も強まっている。それは、魔物以外の生命体にとって死活問題になる程に重要な事であった。

 この魔物の力が大きくなる時代に、それに対抗出来る力は限られている。この数十年の間で、『魔王討伐』の旅へ出た若者達は星の数程いるが、その中で高い可能性を持っていた者も限られていた。

 そして、オルテガという人類最後の希望が潰えてからを考えれば、この四人以外に魔物と真っ向から対峙出来る者達は皆無であったと言っても過言ではない。

 急がなければ世界が滅ぼされてしまうかもしれない。

 だが、『魔王バラモス』が台頭してから数十年経った今も、人類は魔物に怯えながらも存在している。

 それもまた事実なのだ。

 

 

 

「よくぞ戻った」

 

 ポルトガ城へ謁見に入ったカミュ達は、謁見の間にてポルトガ王の尊顔を拝する。

 サマンオサで購入した食料や反物などを献上品として差出し、船員達の貿易も成されている事を報告し終えた時、ポルトガ王は満足そうに頷きを返した。

 『オルザ・ド・ポルトガ』という名の国王は、久しぶりに見るカミュ達一行の表情に笑みを濃くする。それは、彼等の顔に刻まれた経験を見て取ったからだ。

 『人』は様々な経験を積んで行く事で、見違えるような成長を遂げて行く。それは、その心と身体に経験値として積み重なり、まるで木の年輪のようにその者の容貌さえも変えて行くのだ。

 カミュ達は短い期間で、この世で生きるどんな人間達よりも濃い経験を積み、誰も成し得ない事を成して来た。

 苦しみに喘ぐ者達を開放し、哀しみに暮れる者達を解き放ち、絶望に伏す者達を立ち上がらせ、全ての者達に希望の光を降り注ぐ。その中で、彼等も自身の中に眠る悩みや葛藤を振り払い、しっかりと前を見据えて歩んで来ていた。

 その全てが彼等の糧となり、彼等の力となっている。

 

「ふむ……会う度に、お前達の表情は変わって行くな……お前達の成長が頼もしい」

 

「……有難きお言葉」

 

 仮面を被ってはいるが、何処か余所余所しい雰囲気を持たないカミュの返答に、サラは小さく口元を綻ばせた。

 ここまでの旅で、一行は六つの国家の王族に謁見を果たしている。

 アリアハン、ロマリア、イシス、ポルトガ、エジンベア、サマンオサの六か国である。

 未だに国として認められていない場所も加えるのであれば、ジパングを含めて七か国となる。

 厳密に言えば、サラとメルエはアリアハン国王への謁見はした事がないのだが、それでも五か国の王族の尊顔を拝している事になるだろう。

 サラの中で確立されていた王族という者は、カミュのような人間にとっては『傲慢』に映る者ばかりであった。サラやリーシャはそれが王族だと考えていた分、それを『傲慢』だと感じる事はなく、不満に感じた事もない。

 だが、様々な王族を見て行く中で、王族の中でも異なる者達がいる事を知る。本当に民を想い、国を想い、その為に自己さえも犠牲にする王族がいる事も知った。

 その内の一人が、今目の前でカミュ達へ微笑みを向けている『オルザ・ド・ポルトガ』なのである。

 

「サマンオサの闇を払ったか……サマンオサとの交流も途絶えてから久しい。これで全ての国家の門が開かれた筈だ。お前達がこの世界の闇を払った時こそ、俺達王族の真価が問われる時なのかもしれんな」

 

 サマンオサの特産を献上する際に、サマンオサの概要を報告したカミュであったが、詳しい部分は適当に暈かしていた。

 一国の国王が魔物に成り変わられていた等という事は、その国家にとって恥でしかなく、ましてや国民にさえも詳しい実情を説明していないサマンオサ国家にとって、それを吹聴される事は許す事の出来ない事柄となるだろう。

 故に、サマンオサに新国王が誕生し、その国政自体が変化した事だけを伝えたのだが、聡明なポルトガ国王にはお見通しだったのかもしれない。全てを把握した訳ではないだろうが、カミュ達が訪れた事によって、国家の中身が引っ繰り返ったという事実で何かを察したのだ。

 このポルトガ国王もまた、現サマンオサ国王と同様に、『英雄』と『勇者』の違いを知る者なのかもしれない。

 

「次は何処へ向かう? この世界にある、『人』が造りし国家は全て赴いたであろう?」

 

「魔王の居城があると云われるネクロゴンドを目指します」

 

 肘掛けに肘を置いたままで尋ねたポルトガ国王は、間髪入れずに返って来た答えを聞き、思わず立ち上がってしまう。それはカミュの後ろへ控えるリーシャ達も同様であった。

 謁見の間で、王族の許しも得ずに顔を上げる事は不敬に値する行為。それにも拘らず、顔を上げてしまう程に、カミュの発した言葉は破壊力を有していたのだ。

 アリアハンを出てから、カミュの口から明確に『魔王』という単語が出て来たのは初めての事かもしれない。

 『魔王討伐』を目指して歩んで来た彼等ではあったが、先頭に立つ青年の胸に、明確な意思があった訳ではない。むしろ、その旅の途中での死を覚悟していたと言った方が正しいのかもしれない。

 そんなカミュの口から、諸悪の根源である『魔王バラモス』の居城を目指すという言葉が飛び出した事で、リーシャ達は改めて自分達の目的を自覚するに至ったのだ。

 忘れていた訳ではない。

 覚悟が鈍った訳ではない。

 それでも、自分達の指針となる青年の口から明確な目的が出た事によって、彼女達の意思もまた、強く固まって行った。

 

「そうか……遂にそこまで来たのか……」

 

 自分が無意識に立ち上がってしまっていた事に気が付いたポルトガ国王は、照れ隠しのように苦笑を浮かべ、感慨深そうに言葉を零す。

 玉座に座りなおした国王の前には、以前とは比べ物にならない程の成長を遂げた四人の若者達が跪いていた。

 彼等が初めてポルトガを訪れたのは、三年近く以前になる。通常に生活をしていれば、それ程長い時間という訳ではないが、彼等が訪れてからの劇的な変化が、その月日の厚みを尚更に感じさせる物となっていた。

 ポルトガという国自体、三年前に比べれば、その活気は雲泥の差である。再び開かれた港は、貿易の成功と共に、様々な物資や情報を齎し、国民は目を輝かせてそれを喜んだ。

そして、新たな交流によって潤うのは、何も国民だけではない。ポルトガ国そのものも、税金や貿易による利益によって、その国庫を潤わせていた。

 俗的な物言いになるが、金銭的な潤いは国政に余裕を持たせ、国政の余裕は国民の心の余裕を生んで行く。

 魔物に怯えるだけの毎日に、徐々に荒んで行った国民達の心は、余裕を取り戻した事によって、逆境にも負けぬ強い心に生まれ変わっていたのだ。

 僅か三年の期間ではあるが、それは一国どころか世界全てを変えてしまう程に濃密な三年であった。

 

「ならば……次に会う時は、『魔王討伐』の成功の報告の時となるのだな?」

 

「……全力を尽くします」

 

 感慨深げに一行を見回したポルトガ国王の言葉に、カミュは時間を掛けて返答する。

 カミュという『勇者』の胸の内にどのような想いがあるのかは誰にも分からない。だが、ここまでの道中で、まるでその言葉を発する事を避けていたようにしていたカミュが、『魔王討伐』を口にしたのだ。

 共に歩んで来た、リーシャとサラにとっては、それだけで十分であった。

 

「お前達の武運を祈る!」

 

「はっ」

 

 余計な言葉は何一ついらない。

 これがこの世で最後の顔合わせとなるかもしれないのだ。

 『魔王バラモス』は強大な敵であり、必ずしも勝利を収められるとは限らない。

 むしろ、カミュ達が全滅する可能性の方が遥かに高いだろう。

 それでも、『オルザ・ド・ポルトガ』は信じていた。

 彼等こそが『勇者』であるのだと。

 

 

 

「出港だ!」

 

 ポルトガ港に、久しぶりの大号令が響き渡る。

 頭目の声に応える船員達の声。

 それは世界の希望となる者達を運ぶのは自分達であるという誇りなのかもしれない。

 港には、数多くの国民達の見送りが出ていた。

 彼等もまた、この船に乗る者達が世界を変えて行く事を知っているのだろう。

 

「カミュ様、ネクロゴンドを目指すには情報が足りませんよ?」

 

「新たな道を切り開く為の<ガイアの剣>も手に入れてはいないぞ?」

 

 船が港を離れ、陸地が遠くなっていく中、港とは反対側の進行方向を見ていたカミュへサラが問いかける。

 先程のポルトガ国王との謁見でのカミュの言葉は、リーシャやサラの胸を大いに震わせた。だが、それとは別に、まだネクロゴンドへ向かうには多くの物が足りない事もまた事実なのである。

 『何処へ向かえばネクロゴンドに辿り着けるのか』

 『ネクロゴンドへ向かうには何が必要なのか』

 単純に考えてもこの二点の情報が足りない。リーシャの口にした<ガイアの剣>は、ネクロゴンド火山の火口へ放る事によって道を切り開くと云われる武器である。つまり、それはネクロゴンドに辿り着く事が出来てから必要になる物であり、そこまでの道が解らないのだ。

 

「今までも、一歩ずつ前へ進むしか、選択肢はなかった筈だ」

 

「……そうだったな」

 

 リーシャ達へ視線を移す事無く口を開くカミュの姿は、ここまでの道程の何ら変わりはない。

 彼等の旅は何時でもそうであった。

暗中模索を続け、その中で一筋の光明を見つけ出す。

 見つけ出した細い光道を押し広げ、そこから見える景色を変えて来たのだ。

 選択肢は限られていると『勇者』は言う。だが、その限られた選択肢を彼が選び続けた先に今があるのだ。それはこの先も変わらないだろう。

 誰も成し得なかった事を成し遂げようとする彼等が歩む道は、前人未到の道なのだから。

 

「魔物だ!」

 

 周囲の陸地が見えなくなって来た頃、もはや魔物程度では慌てる事のなくなった船員達の声が甲板に響き渡る。

 海面に次々と浮かび上がる魔物の影。

 何度も遭遇して来た<マーマン>や<しびれくらげ>、そしてそれを統率するように控える<マーマンダイン>といった魔物達が我先へと船の甲板へと上がって来た。

 

「……下がっていろ」

 

 勇者一行を乗せている時、この船の乗組員が戦闘に参加する必要など何処にもない。

 人類最高戦力である四人がいる限り、船員達が前面に出る事は、彼等の行動の邪魔をしてしまう可能性の方が高いのだ。

 一斉に後方へと下がった船員達は、魔物が侵入して来ても航路を維持する為に自分達の仕事へと戻って行く。全ての船員達に共通する事は、自分達の仕事に全力を上げる事に何の不安も感じていない事だろう。

 それだけの信頼を受ける事が出来る器を、この四人は有していた。

 

 武器の扱いに長け、世界中の誰よりも強力な魔物と戦闘を行って来た経験を持つ『戦士』。

 この世で唯一の存在となり、世界で唯一人、神魔両方の魔法を行使出来る『賢者』。

 その『賢者』でさえも、魔法に関しては足元にも及ばない才能を有する『魔法使い』。

 そして、もはや人類の枠を飛び出した力を有する彼女達でさえ、絶対的な信頼を向ける『勇者』。

 彼等四人の前では、海を支配すると云われ続けた魔物達など、烏合の衆に過ぎなかった。

 

「メルエ、灼熱系は駄目ですよ!」

 

「…………ん………ヒャダイン…………」

 

 吹き荒れる冷気は、船の甲板に辿り着いた魔物達を包み込んで行く。

 一瞬の内に凍り付いて行く身体に違和感を感じる暇もなく、<マーマン>や<しびれくらげ>が絶命して行った。

 既に自分の魔法力の調節を学んだメルエにとって、船を傷つけずに魔物を凍らせる事は難しい事ではない。サラに言われたように、灼熱系である、ギラ、ベギラマ、ベギラゴンであればその調節にも苦心したであろうが、幼い『魔法使い』は氷結系の魔法を最も得意としているのだ。

 

「いやぁぁぁ!」

 

 凍り付いた魔物達の間を縫うように駆け抜けたリーシャの<バトルアックス>が魔物の首を薙いで行く。迫り来るリーシャに対し、襲い掛かろうと掲げられた<マーマン>の腕は、振り下ろされる事もなく、その命令系統の要である頭部が切り落とされた。

 甲板に上って来た魔物の数は、勇者一行の数倍の数であった筈。

 だが、その数は瞬く間に減少し、今や統率しているであろう<マーマンダイン>の他に数体となっていた。

 <マーマンダイン>自体も船首の部分で呆然と成り行きを見つめる事しか出来ない。

 

「バギマ!」

 

 その数体も、メルエの呪文の効果を見届けた『賢者』によって消滅させられる。

 怯えるように一塊になった魔物に向けて広げられた掌から巻き起こる真空の嵐は、海に巣食う魔物達の身体を切り刻んで行った。

 劈くような叫び声を上げ、その体液を飛ばした<マーマン>達は、身体の部位を切り落とされ、最後には甲板の上に崩れ落ちる。役目を終えた真空の刃は、穏やかな風へと変化し、晴れ渡る海原へと流れて行った。

 

「……最後だな」

 

 自分の指揮していた魔物達が、指示を出す暇もなく死に絶えて行くのを呆然と見ていた<マーマンダイン>は、何時の間にか近づいていた『勇者』の持つ剣が、自分の喉元へと突き刺さるのを不思議な感覚で見つめていた。

 この魔物がこれまで襲撃して来た人間の中で、このような経験をした事はなかったのだろう。本来、通常の貿易船などであれば、本能で暴れ回る魔物を統率する魔物がいるというのは脅威に値するだろう。

 逃げ惑う人間や、狂ったように悲鳴を上げる人間しか見て来た事のない<マーマンダイン>にとって、命の灯を消す寸前に見たこの光景は、死して尚、理解の出来ない物なのかもしれない。

 

「野郎ども、魔物の亡骸を海に戻してやれ!」

 

 <草薙剣>を引き抜くと、既に肉塊と化した<マーマンダイン>の身体は、船首から海へと落ちて行った。

 それが戦闘終了の合図となり、頭目が船員達へと指示を飛ばす。

 その指示の内容は、通常の人間の立場からでは決して出て来ない物であろう。憎しみの対象であり、悪の象徴でもある『魔物』という存在を、一つの生物として認め、命を失って尚、その身を住処へと戻そうとする行為。

 それは、この世界で生きる『人』としては常軌を逸していると考えられる程の行為ではあるが、『賢者』を従える勇者一行と共に歩む者達としては、極当然で何も疑う余地などない物であった。

 

「皆さん、ありがとうございます!」

 

 例え魔物といえども、その命もまた、掛け替えのない一つの命。

 サラという『僧侶』が辿り着いたその答えを、彼女は他者に強要した事など一度たりともない。メルエに対して、必要以上に魔物を攻撃する必要がない事を伝えてはいるが、このパーティーの三人以外に話した事もなければ、魔物を攻撃する人間に嫌悪を示した事もなかった。

 だが、それでも、サラの想いは少しずつ人々に届いている。

 言葉には表さずとも、彼女の行動と想いは、彼女を取り巻く人々の心へと届いていたのだ。

 既に魂を失った肉塊を海に戻す行為に意味があるとは思えない。それこそ、人間の自己満足と言われても仕方のない事であり、偽善的な行為と捉えられても仕方のない事だろう。

 それでも、船員達の全てが、切り刻まれた魔物の身体や、氷漬けにされた魔物の身体などを丁重に海へと戻す姿は、サラの瞳にとても尊いものに映っていた。

 

「サラの理想への一歩だな」

 

 船員達へ深々と頭を下げ、その光景を涙交じりに見つめていたサラの横を、姉のように慕う女性戦士が通り過ぎて行く。

 難しい事に関しては理解するのに時間を要する彼女であったが、人の心の機微にだけはその能力を如何なく発揮する。船員達の動きが、サラの目指す物の途中にある物だという事を察したリーシャは、涙交じりにその光景を見つめる彼女の肩に手を置き、そのまま船員達を手伝う為に甲板の上を歩いて行ったのだ。

 

「…………サラ………また……泣く…………」

 

「泣きますよ……」

 

 リーシャだけではなく、カミュでさえも船員達と共に魔物を海へ還す作業をしている事で、サラの涙腺は崩壊してしまう。そんなサラの足元からからかうような声が響くが、それに反論する余裕さえもサラには残されていなかった。

 小さな笑みを浮かべたメルエが、サラの掌を優しく握り、その体温がサラに伝わった時、彼女は泣き崩れるように屈み込んでしまう。

 このような光景は、一度や二度ではなかった筈である。

 今までの戦闘で何度も、何度も魔物を倒して来た。

 だが、実際は、倒した魔物を率先して海へ還していたのはサラであり、船員達はその手伝いをするような動きを見せるだけだったのである。だが、その立場は逆転した。

 

 『勇者』と呼ばれる者は、その敬称を自称する者ではない。

 後の世の人々が、その者を讃える時にその敬称を使用するのだ。

 『勇者』と呼ばれる者は一人だけ。

 だが、一人だけでは『勇者』と称される程の偉業を成し得る事など出来はしない。

 常に共に歩き、『勇者』となる者さえも導く者もまた、偉業を成す者なのだろう。

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

まさか、この部分だけで一話が終わってしまうとは思いませんでした。
長くなってしまいますが、お許しください。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしております。

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