新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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ネクロゴンド火山

 

 

 

 新たな未来を切り開いたジパングを出発した一行の船は、西の方角へと進路を取る。ジパングの大陸を出港する時に登ったばかりの太陽は、既に真上へと移動していた。

 イヨという新しい王が行う善政を目の当たりにしたリーシャやサラは、とても良い笑みを浮かべて海を眺めている。中でもメルエの上機嫌ぶりは異常と言っても過言ではなかった。

 ジパングの町を出てから船までの間、誰よりも前を歩き、くるくると踊るように歩き続けていたのだ。そして、船に着いてからも、歌を口ずさみながら海を眺めている。

 イヨに会えたという事も機嫌の良い理由の一つであろうが、そのイヨの首から下がっていた『勾玉』と呼ばれる物が、自分の手渡した『命の石』の欠片であったという事が最大の理由であろう。

 

「メルエはご機嫌だな」

 

「メルエの手渡した『命の石』の欠片は、この先のジパングで本当にメルエの望み通りの力を有する事になるのかもしれませんね」

 

 先程まで歌を口ずさんでいた筈のメルエが、船員の釣り上げた魚に興味を移して駆けて行くのを見たリーシャは、優しい笑みを浮かべながら嬉しそうに呟く。それに対してのサラの答えは、同様の笑みを浮かべながらも若干異なった物であった。

 メルエがイヨに手渡した物は、正確に『命の石の欠片』である。その石は、それ以上の物でもなければ、それ以下の物でもない。持ち主の命の身代わりとなって砕け散った瞬間からその石の能力は何一つ残されてはいない筈であった。

 だが、砕け散り、役目を終えた筈の欠片は、幼い少女が拾い集めた事によって、再び命を吹き込まれる事となる。その少女が大事に想う相手に手渡された時から、その欠片には願いが込められたのだ。

 

「そうだな……。あの欠片にはメルエの想いが詰まっているからな」

 

「はい」

 

 願いの込められた欠片は相手の手に渡り、新たな伝承を作り出す。それは『命の石』本来の効力ではなく、メルエの願いとそれを渡された者が信じる形として残って行くに違いない。イヨの身の安全を願うメルエの想いと、それと同様の願いを持つ想いを媒体として、再び輝きを取り戻すのだ。

 国主の身を護る勾玉となった欠片は、その願いと想いと共に、イヨの子や孫へと受け継がれて行くのだろう。そして、それは伝承となり、真実となる。長い時間を掛けて、あの欠片は力を宿して行く事となるのだ。

 

「……そろそろバハラタへ差し掛かるぞ」

 

 はしゃぐメルエを眺めていたリーシャとサラは自分達が考えていた以上に時が経過していた事を知る。未だに元気に船内を駆け回っているメルエではあったが、その幼い身体に似つかわしくない程に影が伸びていた。

 陽が西の大地へと沈む準備を進める中、船はバハラタの町の南を進む。闇が広がり始めた大地に灯る明かりが、大きな自治都市が今も尚健在である事を示していた。

 バハラタは港町ではない。故に、船を受け入れる灯台のような物は設置されてはいないが、その巨大都市と言っても過言ではない町明かりが、船の上からでもはっきりと視認出来る物であった。

 

 夜の闇に完全に支配された海を船は走り続ける。ジパングの町で大宴会を開いた事により、船員達の半分は日頃の鬱憤を全て吐き出している。いつもより早めの交代をし、夜半から翌朝までを担当する者達は、ジパングへ共に向かった者達であった。

 既にメルエとサラは船室で眠りに就き、カミュとリーシャが交代で甲板に出ている。魔物の棲む海では、いつ遭遇するか分からない危険性を孕んでいる為、戦闘に参加出来るカミュかリーシャが常に起きているという暗黙のルールが出来上がっていたのだ。

 

「あの川への入り口には、夜が明けてから入ったほうが良いだろう。断崖絶壁の岩壁に触れてしまえば、如何にこの船と言えども無事では済まないからな」

 

「わかった。適当な場所で錨を下ろしてくれ」

 

 リーシャと交代で甲板に出て来たカミュに近づいて来た頭目は、順調な航海による弊害を口にする。確かに、リーシャが見つけた入り口は、ネクロゴンドの岩山に囲まれた川のような場所であり、そこへ入る為に船を進めるならば、視界がはっきりとする昼間が好ましい。船にも明かりは灯されてはいるが、その程度の明かりでは、広く開けた場所でなければ安全とは言えないだろう。

 それを理解したカミュは、船員達の休息も兼ねて、船を停泊する許可を出した。地図を広げる頭目は、大凡の現在地をカミュに伝え、停泊する場所の詳細を決定する。地図上ではアッサラームの真南の位置する大きな砂浜近くで停泊し、夜が明けるまで待つ事となった。

 

 

 

 翌朝、ほぼ全ての船員達が甲板に出揃った所で、船はアッサラームとイシスの間にある川へと続く入り江へと入って行く。オリビアの岬へ続く巨大な川とは異なり、この入り江は山からの水が海へと流れ込んで来ていた。アリアハンを流れる川のように急流ではない為、帆に風を受けた船であれば、難無く進む事が可能である。

 川を上って行く巨大な船は流れに逆らうように進み、速度こそ遅いが、人間の目から見ればさぞ不思議な光景に映る事であろう。川の左手に見える絶壁に船体が触れないように舵を取り、やや川の右寄りを走る船の甲板の上で、カミュ達は左手に見える絶壁を見上げる。

 山肌が露になった岩壁は雲の上まで続いているかのように聳え立ち、その上部を見る事は叶わない。その遥か先に魔王バラモスの居城があるのであれば、この四年近くの旅も終わりが近づいている事になるだろう。それぞれの胸に、それぞれの想いが湧き上がる中、船は順調に川を上って行った。

 

「船で近づけるのはここまでのようだな」

 

「俺達がここへ戻って来れる保証がない。もし出来るならば、このまま船でポルトガまで戻って欲しい」

 

 カミュ達の乗る船がこの先の細い川に入れない事を確認した頭目は、カミュにその事を告げる。確かに、これ以上進んでしまえば、船の進路を変更する事も不可能になってしまうだろう。客船と呼んでも差し支えないほどの船であるだけに、その辺りの弊害が生じてしまうのだ。

 だが、カミュが返して来た言葉は、頭目の予想の遥か斜め上を行っていた。

 カミュは、この場所へ四人が戻って来ない事を遠回しに告げている。彼らにはルーラという神秘がある以上、どこに居ようと行った事のある場所であれば戻れるという保証があるのだ。

 カミュがポルトガへ戻っていて欲しいという言葉を告げる事は初めての事ではない。だが頭目はカミュの瞳の中にいつもとは異なる色を見つける。それは悲壮感さえも漂わせる強い色であり、何かの覚悟を決めた者が持つ圧倒的な威圧感さえも持っていた。

 その瞳を見た頭目は、自分の身体が小刻みに震えて来るのを感じる。それは恐怖の為でもなく、寒さの為でもない。カミュの言葉から、彼が持つ覚悟を肌で感じた為であった。その覚悟は、己の死をも飲み込んだ物であり、それを覚悟で挑む彼の胸の内を想うと、頭目の瞳には無意識に涙が溢れて来るのだ。

 

「……っ! ポ、ポルトガで待ってるよ」

 

「必ず戻って来いよ!」

 

 涙ながらに声を詰まらせる頭目の言葉に、カミュ達が乗る小船を準備していた船員達が呼応する。いつの間にかカミュ達四人を囲むように集まった船員達も、次々と激励の言葉を掛ける。

 既に四年近くの旅の中で、船を使用しての旅も二年近くになっていた。その僅か二年の間で彼等が体験して来た事は、通常の人生を歩む者達からすれば、何度人生を重ねても体験する事など出来はしない程に濃密な物であろう。故にこそ、この船に乗るもの達全てが家族のような存在になっているのかもしれない。

 船員達の誰もが、小船に乗り込む四人と再び会える事を信じている。このネクロゴンドの火山の麓から、諸悪の根源とされる魔王の元へ辿り着き、それを打ち破る事の出来る者達である事を信じて疑わないのだ。

 それが、彼等が紡いで来た太い『絆』なのだろう。

 

「メルエ、そろそろ行きますよ」

 

 小船が陸地に着き、カミュとリーシャが岸に上げて木に括り付けている間、遠ざかる船に向かって手を振っていたメルエは、サラの声に振り返り、その手を握って歩き出す。

 上陸した陸地は、山と川に挟まれた小さな場所であり、前に巨大な岩山が上陸する者を威圧するように聳え立っている。山を囲むように流れる川は、天然の堀のように山を護り、岩山へ登る者の入り口を限定していた。

 

「カミュ、入り口は良いが、この山はダーマの時よりも厳しいものになるぞ」

 

「わかっている。途中でアンタか俺がメルエを背負う事になる」

 

 山の入り口に差し掛かった時、見る事さえも出来ない山の頂を仰ぎ見たリーシャは、その険しさに眉を顰める。それはカミュも理解していた為、同意を示すと共に、行動の妨げとなるであろう幼い少女の扱いを口にした。

 確かに、サラという賢者を生んだダーマ神殿に向かう際に登った山も険しい物ではあったが、この断崖絶壁と呼ぶに相応しいほどの山はそれ以上に厳しい物である事が解る。旅慣れていて、膨大な魔法力を有しているとはいえ、メルエが幼い少女である事に変わりはない。歩幅も小さく、体力も乏しいメルエにとって、カミュやリーシャと同じ速度で山を登るのは不可能な話であろう。

 人類最強と言っても過言ではないカミュとリーシャのコンビに付いていく事が出来る人間など、本来であれば存在はしないのだ。つまり、サラという唯一の『賢者』も同様なのである。

 

「サラには頑張って貰うしかないな。踏ん張ってくれよ」

 

「はい! 懸命に付いて行きます」

 

 リーシャの言葉に大きく頷いたサラの瞳には、強い決意が宿っている。彼女も覚悟はしていたのだろう。ダーマ神殿に向かう時のように心が揺れ動いている訳でもなく、不安と罪悪感に押し潰されそうになっている訳でもない。

 あの頃よりも心も体力も成長した彼女は、勇者一行を支える『賢者』としての道歩み出しており、一つの通過点としてこの山も乗り越えなければならない物であるのだ。

 満足そうに頷きを返したリーシャは、そのままカミュへと合図を送った後で最後尾に位置を取る。先頭をカミュが歩き、サラが続き、最後尾をリーシャとメルエが歩く。険しい山道へと入った四人は、最後の旅路を歩み始めたのかもしれない。

 

「メルエ、寒くはないか?」

 

「…………だいじょうぶ…………」

 

 山を登り始めてすぐに、その険しさは増し、メルエの歩幅では登れないほどの傾斜となって来る。リーシャが手を引きながら登り続けてはいるが、それでも高度が上がれば上がるほど、来訪者を拒むように険しさが登山者に襲い掛かって来た。

 高度が上がれば薄くなって行く空気と共に気温も下がる。既にメルエを抱き上げる事にしたリーシャは、腕の中で丸くなるメルエに声を掛けるが、その心配は杞憂であった。その言葉を口にするという事は、メルエの中で絶対の自信がある時に限るのだろう。

 何故かメルエは寒さには強い。肌や服が濡れていない限り、寒さを口にする事はなかった。今現在も、登山の疲れはあるだろうが、寒さによる体力の低下は見られていない。そんなメルエに笑みを浮かべながらも、リーシャは先頭のカミュが背中の鞘から剣を抜き放つ姿を捉えた。

 

「サラ、魔物だ!」

 

 急な傾斜を登り続け、体力を奪われて下を向いて歩いていたサラは、鋭い声に顔を上げる。険しい山肌という足場の悪い中、剣を構えたカミュは鋭い舌打ちを鳴らした。

 それは、このような場所では決して会いたくはない形態の魔物。実体を持たない魔物には剣での攻撃は効果が薄くなる。険しい山道を歩き続け、体力が低下しているサラとメルエに頼らなければならない状況というのは、カミュとしては歓迎したくはない状況であったのだ。

 

「ブフゥゥゥゥ」

 

 剣を構えたカミュの許へ他の三人が集まる前に、山の気温の低下と共に集結して来た冷気が形状を作り始める。塊となって集まった冷気は雲のようにその実体を作り出し、円形に纏まった煙の中央におぞましい人面が浮き上がった。

 空の青さを映し出すように淡い青色をしている煙は、周囲の気温を更に下げて行き、冷たい空気を生み出し続ける。肌寒く感じる程度だった山の気温の急激な変化に、サラは自身の身体を抱き抱えた時、煙の中央に浮き上がった人面の口が開かれた。

 

「HY@6L<>」

 

 開かれた口を窄めた煙は、そのまま氷の混じった息のような物を吐き出す。それは、以前にグリンラッドで遭遇したスカイドラゴンの吐き出した吹雪のような物ではなく、魔法力を帯びた物であった。

 先程の奇声のような雄叫びが、この魔物にとっての詠唱だったのだろう。吹き出された魔法力を帯びた氷の風は、咄嗟に掲げたカミュのドラゴンシールドを凍りつかせて行く。盾の表面を凍りつかせた風は、その盾を持つ者までも包み込もうとしていた。

 本来、ドラゴンシールドという物は劣化したとはいえ、龍種の鱗によって作成された盾である。その鱗は龍種の物である為、魔物が吐き出す炎や吹雪に対してある程度の耐久性を持っている。それにも拘らず、盾が凍りつくという事は、吐き出された氷の風に魔法力が込められている事が原因なのだろう。

 

「ベギラマ」

 

 そんな魔法力を帯びた氷の風が盾全体を凍りつかせてしまう直前に、先程まで疲労で息を乱していたサラが詠唱を完成させた。目の前に広げた掌から発現した熱風は、カミュに襲い掛かる冷気を相殺して行く。凍りつきそうになっていた盾を解凍し、カミュの身体さえも温めていく熱気が消え去る頃には、魔物の吐き出した冷気全てを消し去っていた。

 それでも、目の前に浮かぶ煙のような魔物の表情は愉悦に近い物である。元々魔物の表情などは理解し難いものではあったが、その口元が醜く上がっている事を見る限り、目の前に居る四人を格下と見ている事が明白であった。

 魔物が浮かべたその余裕は、態勢を立て直したカミュが再び舌打ちを鳴らした事で現実となる。カミュ達四人を覆うように集まって来た冷気が、先程と同様の魔物の姿を生み出して行った。

 

<フロストギズモ>

ギズモの亜種とも、上位種とも考えている魔物である。ヒートギズモが熱気を元とする魔物であるのに対し、フロストギズモは冷気を元とする魔物である。遭遇した人間を凍らせてその生気を全て吸い取る事で食料とする云われてはいるが、生存者が限りなく少ない為、正確な事は解ってはいない。実体を持たない魔物の一つであり、通常の人間であれば剣による攻撃は意味を成さず、フロストギズモの唱える魔法に対して対抗出来る程の魔法力を有している者でなければ、討伐は不可能とさえ云われていた。

 

「カミュ、囲まれたぞ。どうする?」

 

「この系統の魔物は、メルエ達に任せるより他はない。俺達で隙を作るしかないだろう」

 

 カミュ達を囲むように表れた三体のフロストギズモは、醜悪な人面を歪めたまま魔法の詠唱の機会を伺っている。既にメルエを下ろしていたリーシャは背中からバトルアックスを抜き、周囲に目を向けながらもカミュに指示を仰いだ。返された言葉を聞いたリーシャは頷きを返し、後方でそれを聞いていたサラとメルエも小さく頷きを返す。

 

「あのギズモが唱えたのはヒャダルコだと思います。私のベギラマでは相殺し切れませんが、メルエのベギラゴンであれば圧倒出来るでしょう」

 

「…………メルエ……できる…………」

 

 自分の見解を口にしたサラに応えるように、メルエは手にした雷の杖を掲げる。だが、サラはそんなメルエを見ながらも何やら思案していた。

 ヒャダルコという呪文とベギラマの呪文を比べた場合、その威力は同格か若しくはベギラマの方が若干ではあるが上である。ヒャダインという氷結系呪文であれば、ベギラマよりも威力は上であるが、サラのベギラマで相殺する事が出来た事を考えると、フロストギズモが唱えた呪文はヒャダルコと考えるのが妥当であろう。

 魔物と人間では魔法力の地が異なる。ベギラマという灼熱系呪文の方が優位であっても、サラが行使すれば、魔物のヒャダルコを相殺するのが精一杯なのである。しかも、正面同士からぶつかりあった場合、相殺しきれるかと問われれば、それも定かではなかった。

 

「よし、一体ずつ倒して行くぞ。魔物の呪文行使に対しては、サラ達に任せる」

 

 その言葉を伝えたリーシャは、目の前に浮かぶフロストギズモに向かって一直線に駆け出す。ふわふわと浮かぶ煙のような魔物を一刀両断するように斧を振り下ろしはしたものの、その身体を傷つける事は出来ず、フロストギズモは霧散して行った。

 再びリーシャの周囲に冷気が集まり始め、その場所に実体が現れるよりも早く、リーシャが斧を振るう。通常の魔物であれば対処も出来ない速度での攻撃ではあるが、実態を形成する核でも傷つけない限り、このリーシャの攻撃は何の意味も成さないのだろう。

 

「俺の方は、自分のベギラマで何とか凌いでみる。まずはあの馬鹿の援護で、魔物を駆除する方法を見出してくれ」

 

「はい。わかりました」

 

 自身の攻撃が当たらない事に対して、悔しそうに顔を歪めるリーシャを見ていたカミュは、後方で戦いを見つめるサラに向かって口を開いた後、もう一体のフロストギズモに向かって駆け出した。

 カミュという『勇者』は氷結呪文を行使する事は出来ないが、灼熱呪文であるベギラマは行使する事が可能である。本来呪文を取得する為には、下級の呪文を習得し、修練を積む事で習得する力量を持つ。カミュの場合も、ギラという灼熱呪文を習得しているし、その延長線上でベギラマを習得しているとサラは考えていた。

 しかし、それはサラの思い違いであった事をここで思い知る事になるのだ。

 

「ふん!」

 

 瞬時にフロストギズモの前に移動したカミュはそのままドラゴンキラーを振り下ろす。輝く煌きが弾ける様な剣筋が流れ、フロストギズモの身体が真っ二つに切り裂かれ、煙が霧散して行くように周囲に冷気が流れて行った。

 リーシャの奮闘に、呪文の行使の機会を探っていたサラは、先程のリーシャと同様の攻防を繰り広げるカミュに視線を動かし、驚愕する。それはメルエも同様であったようで、少し驚いたように目を見開いた後、不満そうに頬を振るませていた。

 フロストギズモであった冷気は、カミュの目の前から移動し、別の場所で収束を始める。そのまま集まった冷気が煙へと変化するその時、カミュが手を翳し、その場所へ向けて詠唱を開始していた。

 

「イオラ」

 

 再び煙が形を成し、その中央に人面を浮かべ始めたフロストギズモは、目の前の空気が圧縮されて行くのを感じるのと同時に、自身を形成する冷気すらも歪んで行くのを感じる。そして、フロストギズモが全てを理解する前に、周囲の全てが弾けた。

 圧縮された空気は凄まじいまでの爆発を起こし、その隣でヒャダルコの行使の機会を伺っていたもう一体のフロストギズモをも巻き込んで行く。自身の身体を霧散させる暇も与えずに、二体のフロストギズモは核と共に消滅して行った。

 その光景は驚きに値する物であることは確かであるが、不満そうに頬を膨らませるメルエとは異なり、サラの驚き方は異常とも言える程の物だろう。この旅の中で何度も驚愕の表情を浮かべて来たサラではあったが、今回の驚きは、この世界の常識とも言える物であったのだ。

 

「…………サラ…………」

 

「はっ!? そ、そうですね、まずはリーシャさんの援護をしなければ」

 

 呆けてしまったサラを呼び戻したのは、先程まで頬を膨らませていたメルエであった。リーシャは今も尚、浮かぶフロストギズモを斬り付けている。息も切れている様子はないし、汗を掻いている様子もないのは流石ではあるが、一向に進展しない戦闘に苛立っている事は確かであろう。

 メルエは先程のカミュの戦闘を見ている。そしてサラはその戦闘の恐ろしさを理解している。ならば、ここで出来る事は唯一つであり、それを行える者もこの二人を於いて他にはいないのだ。

 杖を掲げたメルエはその機会を待っている。そして幼い少女の姿に己のやるべき事を理解したサラは、その瞬間を待って声を発した。

 

「メルエのイオラでは、リーシャさんにも被害が及んでしまいます。メルエならもう解っていると思いますが、行使する呪文はイオラでも調節を間違えては駄目ですよ?」

 

「…………ん…………」

 

 メルエとカミュでは、『魔法使い』として雲泥の差がある。カミュもイオラという『魔道書』最強の攻撃呪文を習得している以上、人類で最高位に立つ程の呪文使いではあるが、『魔法使い』ではない。様々な攻撃呪文や補助呪文を使用出来ても、根本的な魔法力の貯蔵量などの性能が違い過ぎているのだ。

 故に、メルエのイオラとカミュのイオラでは、その威力もまた雲泥の差がある。ヤマタノオロチの頭部を吹き飛ばし、ボストロールの巨体をも吹き飛ばす程の威力をカミュのイオラは持っていない。それは、人類最高位に立つ『魔法使い』の少女だからこそ持つ事の出来る物だった。

 

「メルエ!」

 

「…………イオラ…………」

 

 リーシャが斧を振るい、霧散したフロストギズモが離れた場所で収束する様子を見せた瞬間、サラは隣に立つ少女に指示を叫ぶ。もはや見慣れた光景となったこの指示は、人類の常識を覆すほどの神秘を生み出す布陣。

 サラの声が届いた瞬間、リーシャは後方へと飛び去り、その魔法の攻撃範囲から脱出しようと試みる。そして、それを見ていたカミュもまた、リーシャのいる方向へと移動を開始した。

 リーシャには、魔法力を放出する才がない。故に魔法の攻撃に対する耐性も低いのだ。イオラという中級の爆発呪文がメルエの唱える物であれば、少なからず怪我を負う可能性もあると考えたのかもしれない。

 

「グモォォォォ」

 

 断末魔のような叫びを残し、フロストギズモはその身体を消滅させる。爆発はメルエが上手く調節した為なのか、それ程広範囲に広がる事はなく、幸いリーシャを傷つける事はなかった。万が一に備え、リーシャはドラゴンシールドを掲げていたのだが、その必要もなかったようだ。

 安堵と共にリーシャはサラとメルエの許へと歩き始める。カミュもまた、同じように足を動かし始めた。

 

「カミュ様、何時イオラを? カミュ様はイオを習得していなかった筈ですが?」

 

「イオは初めから契約してはいない。アンタやメルエがいる以上、俺が最下級の爆発呪文を習得する必要はないだろう」

 

 サラの質問に対し、然も当然のように返って来たカミュの言葉は、更に彼女を驚かせる事となる。通常、下級呪文を習得してから修練を重ねる事が通常であるという事は前述した通りであるが、それは、一足飛びに上級の魔法の契約を成功した者がいない事に起因する。

 サラやメルエのように、呪文に重きを置く者にとって、魔法とは自身の成長の証である。『経典』と『魔道書』という違いはあるが、一つ一つ順序立てて覚える事によって、己の成長を実感するという意味合いもあるのだ。

 故に、一足飛びに呪文を習得する事はない。才能の塊であるメルエでさえ、『魔道書』に記載されている呪文を順番通りに習得している。即座に何種類の呪文を習得してはいたが、メラの前にメラミを習得したり、ギラの前にベギラマを習得したりした事はないのだ。それは今回の爆発系呪文も同様である。

 

「そのような事が可能なのですか? 爆発系の呪文の行使の仕方も解らずに上位呪文の契約などが出来る物なのでしょうか……」

 

「イオやイオラに関しては、メルエやアンタで散々見せて貰ったからな」

 

 だからこそ、サラは納得が行かない。呪文を下級から覚えるというのは、その者の力量が影響しているというのも原因の一つであるが、それと同時に下級呪文を習得する事によって、その呪文の特性や威力などを学ぶという一端もあるのだ。

 カミュはイオを行使した事がないにも拘らず、その上位魔法であるイオラの威力を調節出来ていた。『賢者』となり、神魔両方の魔法を行使するようになったサラは、見ただけでその呪文の特性を理解する事が不可能に近い物であると理解している。故にこそ、彼女はカミュの言葉を聞いて尚、首を傾げていたのだった。

 

「そう悩むな。カミュが異常な存在である事は、ここ数年で十分に理解しているだろう?」

 

「アンタにだけは言われたくはないが……」

 

 尚も悩むサラに軽口を叩くリーシャであったが、それは剣を背中の鞘へと仕舞ったカミュによって斬り捨てられる。四年前とほとんど変わらないやり取りを見ていたメルエは小さく微笑み、そんな少女の表情を見たサラも、難しく考える事を止めた。

 カミュはイオを契約していないという話であり、契約が出来ないと答えた訳ではない。最下級呪文が契約出来ないのに、上級呪文の契約が出来た訳ではない以上、それ程に不思議がる現象でもないという結論に達したのだ。

 

「行くぞ」

 

 再び先頭を歩き始めたカミュを見て、リーシャはメルエを抱き上げた。既に陽が落ち始めている事は明白であり、この先の行動は宿営場所を探す道のりとなる。山肌の途中で空いた穴があれば最高であるが、それがない場合は岩肌で身を寄せ合って眠る事となる。周囲に木々が生え場所は少なく、焚き木になるような枯れ木もないだろう。寒さに備える為、身を寄せ合う他に道はないのだ。

 それを覚悟していた三人であったが、夕陽が山の向こうへと消えて行く頃になってようやく横穴を発見する。船から持ってきていた僅かな焚き木を燃やして暖を取り、カミュとリーシャで火の番をする事で一行は夜を明かす事となった。

 

 

 

 翌朝、陽が昇ると同時に再び登り始めた一行であったが、余りにも険しい山肌によって進行速度は速まらず、山肌でもう一泊する事で、ようやく山の頂が視界に収まるまでになる。既に雲の上にある山道を歩いている事に改めて感動を覚えるサラではあったが、連日の山登りは彼女の想定以上の厳しさであった。

 歩く事で進める部分は少なく、岩を手や足で掴みながら這い上がるという表現の方が正しかったかもしれない。その頃には、メルエはカミュかリーシャに背負われている事が多くなっていた。現に、今もメルエはリーシャの背中で眠りについている。

 山での戦闘では、今までで遭遇した魔物が多く、その中でもフロストギズモの頻度が高かった。山の上層部へ行けば行く程に気温は下がり、周囲を冷気が満たし始める。そうなれば、大気の変化によって生み出されるフロストギズモのような魔物の出現率が高くなるのは当然であろう。そんなフロストギズモの殲滅は、もっぱらメルエの役目となっていた。

 幼い身体で一日中険しい山を登り、戦闘では体力の元となる魔法力を使用して呪文を行使しているメルエの疲労は相当な物となっていたのだ。

 

「カミュ、とても魔王の城がある場所とは思えないが……」

 

「……そうですね。完全に火口へと近づいているように感じます」

 

 リーシャの言葉通り、山頂部分に城のようなものは見えない。昨夜一泊した横穴から山頂まではそれ程の距離はなかった。

 かなりの高度がある為、空気が薄くなっている事が解る。それとは逆に高度と共に下がって来る筈の気温は上昇していた。

 ネクロゴンド火山は休火山である。最後に噴火をしたのは二十年近く前の事となる。世界の英雄と名高いオルテガがこの火口で姿を消した時であった。それ以来はネクロゴンド火山は沈黙を続けており、噂だけしか流れていない『魔王』の存在のような不気味さを有している。だが、それでも火山は火山であり、火口近辺は溶岩の熱気によって気温を上昇させていたのだ。もしかするとこの火口は、中に溜まった鬱憤を晴らす時を待ち続けているのかもしれない。

 

「やはり何もないですね……。城はおろか、建物さえもないです」

 

「この場所が……オルテガ様の消息が絶たれた場所か」

 

 ネクロゴンドの火山の登頂に成功した一行ではあったが、その場所の景色に絶句する。その場所には何一つなく、足を踏み外せば巨大な火口に飲み込まれてしまう程に険しい場所であったのだ。サラは周囲を見渡すが、吹き抜ける風以外に何もないその場所に意気を消沈させる。それとは逆にリーシャはその場所を感慨深そうに眺めていた。

 カミュの父親であるオルテガという英雄は、このネクロゴンドの火口付近で消息を絶ったと云われている。『魔王バラモス』という諸悪の根源に立ち向かった青年は、その志半ばにして命を散らした。それが、今リーシャが眺めている、まるで地の果てまでも続くような大穴付近なのである。

 

「だが……本当に、オルテガ様はここで倒れられたのか? むしろ、この場所で消息を絶った事を誰が目撃したのかが疑問だな」

 

「……確かにそうですね。オルテガ様が供の者を連れていた可能性もありますが、ここまでの旅で出会った人達の中でこの場所まで共にした人とはお会いしていないですし……」

 

 オルテガが命を散らしたというのも、正確な事であるのかは解らない。いや、アリアハンを出発した時はカミュ達もそう考えていた。だが、この四年近くの旅の中でオルテガの足跡を追う中、この英雄の生存説さえも出て来ていたのだ。

 ムオルの村で傷ついたオルテガを救出した少年は、カミュよりも遥かに若い少年であり、彼が救った人物が本当にオルテガであったとすれば、オルテガはこのネクロゴンドの火口で消息を絶っただけであって、決して死んではいなかったという事になる。

 そして、もっとも不可解な事は、オルテガという人物がこの場所で消息を絶った事を誰が世界に通告したのかという事である。共に旅をしていた者達がいるのであれば、世界中を隅々まで回ったカミュ達が出会っていない訳がない。一人のホビットがオルテガと旅をしていたという話はあったが、この場所まで共に歩んだというようには聞いていなかった。何故なら、そのホビットはオルテガの死を見ていなかったからである。

 

「オルテガ様は、この場所から何を見て、何処へ向かったのだろうな」

 

 オルテガ生存説というのはリーシャやサラの中だけに存在する説であり、この世界で生きている人間にとっては二十年近く前に終わった事なのである。故に、この事を国の重要人物などに話す事はなかったし、生国であるアリアハンに通知する事もなかった。

 だが、実際に消息を絶った場所に立ったリーシャは、それが只に希望論ではないことを感じている。その確証を得た訳ではない。それでもこの火口近辺を吹き抜ける風を受けたリーシャは、根拠のない自信を持っていた。

 

「……どうでも良い事だ。行くぞ」

 

「カミュ……お前は何時までそうして……あっ!」

 

 二人の言葉を無視するように歩き出すカミュを見たリーシャは、大きな溜息を吐き出してその言葉を窘めようと一歩踏み出す。その時、リーシャの腰に下げられていた一本の革が千切れた。

 それは、サマンオサの英雄が手にしていた名剣であり、大地の女神の加護を持つ神代からの剣である。祠の牢獄で見つけたその剣は、大地の鎧を纏うリーシャが持つ事になっていたのだ。

 既にリーシャの武器はバトルアックスという斧として定着しており、真の力を解放出来ないガイアの剣は鞘と共にリーシャの腰に下げられていた。真の持ち主でなければ開放が出来ない武器と考えてはいたが、カミュ達の道を切り開くと聞かされていた為、この場所まで運んで来ていたのだ。

 そのガイアの剣の鞘を吊るしていた革が切れた。カミュ達は左手に火口を見て歩いている。足を踏み外せば、真っ逆さまに火口へと滑り落ちて行く危険性を持って歩いていたリーシャの左腰に吊るしていた鞘は、その中に納められている剣と共に、火口へと滑り落ちて行った。

 

「あ……ガイアの剣が」

 

 それはサラの声であっただろうか。乾いた音を響かせて火口へと落ちて行くガイアの剣は、サラの声が残る中、その姿を消してしまった。

 唯一と言っても良い道標が消えてしまった事の焦燥感は、サラだけではなく、カミュやリーシャをも襲って行く。大失態をしてしまった事に気付いたリーシャの顔は青白く染まり、呆然としたように火口を覗き込むカミュは、言葉を失っていた。

 そんな中、三人の表情が面白く感じたメルエだけは、柔らかな笑みを作ったまま、地の果てへと続く火口を覗き込んでいる。

 しかし、そんな奇妙な時間は長くは続かなかった。

 

「なっ!」

 

「下がれ! 昨晩過ごした場所まで戻るぞ!」

 

 火口付近の地面が急激に揺れ動く。その揺れは尋常な物ではなく、立っている事さえも難しい程のもの。大地が怒り狂ったように震え、幼いメルエなどの身体は宙に何度か浮いてしまっていた。

 即座にメルエを抱き上げたカミュは、何とか重心を安定させ、山肌にしがみ付く二人に指示を飛ばす。ここまでの旅の中でも数少ない程の大声量で叫ぶカミュの声でリーシャ達は何とか立ち上がり、ふらつきながらも山を折り始めた。

 カミュが何を危険視しているのかは、リーシャもサラも正確には理解していない。それでも、今動かなければ死の危険性があるという事だけはカミュの剣幕によって理解出来た。故にこそ、彼女達は懸命に走る。何かに追われるように駆け出す彼女達の表情は、魔物達を前にしても見せた事がない程に切羽詰まっていた。

 駆け出すカミュ達の足が進まない程の揺れは徐々に激しくなり、地の底から響くような重点音が火口付近に鳴り響く。転がるように駆け下りた一行は、ようやく昨晩夜を明かした横穴に滑り込んだ。

 

「きゃぁぁぁ!」

 

 その瞬間、ネクロゴンド火山は爆発を起こした。

 凄まじいまでの爆発音と共に、先程以上の揺れがカミュ達を襲う。隣に座っている人間の残像が見える程の激しい揺れは、カミュ達に叫び声しか許さない。会話さえも出来ない状況で身を寄せる四人は更に恐ろしい光景を見る事となる。

 身体が熔けてしまうのではないかと思う程の熱気が横穴に入り込み、より深く避難した彼らは、入り口付近を下へと流れて行く真っ赤な炎の塊を目にした。

 誰しもがネクロゴンド火山が噴火した事を悟る。

 噴火した火山が、その体内に宿した溶岩を吐き出し、大地へと流しているのだ。それは人間など容易に熔かし尽くす程の熱量を持っている事は明白である。ジパングの地で、洞窟内に流れていた溶岩と同様の物であり、その熱量だけで呼吸を困難にさせる程のものであった。

 

「カ、カミュ様……」

 

「ちっ! メルエ、入り口に向けてヒャダインを唱えられるか?」

 

「…………ん…………」

 

 揺れが次第に収まっていく中、火口から吐き出される溶岩の量は増して行く。それでも横穴全てを覆い尽くす程の量ではない事は幸いであった。火口から吐き出された溶岩は、カミュ達が登って来た方角ではなく、反対側の方角へ大量に流れ落ちているのだろう。もしかすると、火口付近の傾斜が反対側に傾いていた為かもしれない。それでも、その熱量で人間を死に至らしめる事は容易い。故にカミュはメルエに氷結系呪文の詠唱を指示したのだ。

 小さく頷いたメルエは、額に汗を浮かべながらも雷の杖を入り口に向けて詠唱を開始する。揺れ自体が落ち着いた事もあり、杖の先にあるオブジェの口から凄まじい冷気が迸った。横穴内の温度を一気に下げた冷気は、外を流れる灼熱の溶岩さえも凍りつかせて行く。かなりの速度で流れ落ちているにも拘わらず、その形態を固めた溶岩の塊が入り口を塞いで行った。

 

「イオラ」

 

 横穴内の空気さえも奪ってしまう可能性のある冷却された溶岩を、カミュが習得したばかりの爆発呪文で吹き飛ばす。習得したばかりにも拘らず調整されたイオラは、入り口を塞ぐ溶岩だけを吹き飛ばし、入り口付近に大きな傘を作った。

 横穴の入り口に出来た傘により、溶岩の流れが変化し、まるで横穴を避けるように落ちて行く溶岩を見ながら、サラはようやく安堵の溜息を吐き出す。

 その後も、メルエとサラで何度か氷結呪文を唱えながら、横穴内の温度を調節して噴火が落ち着くのを待つ事となった。

 

 

 

 噴火が収まったのは登っていた太陽が落ちた頃であった。

 山の揺れも完全に収まり、流れていく溶岩もなくなった事を確認したカミュは、気温の下がる夜が明けるのを待つ事にする。そう間単に溶岩が固まる訳ではないだろうが、ネクロゴンド火山の気候を考えると、可能性はあったのだ。ここまでの登山の中で野営する際、気温の低下による寒さが厳しい事を彼らは身を持って味わっていた。

 火を熾さなければ、寒さによって命を落とすほどの物であり、山頂付近にはうっすらと雪が積もっている部分さえもある。それ程の寒さであれば、噴火の落ち着いた溶岩を固める事は可能だと考えたのだ。

 

「こ、これは……」

 

 カミュの予想通り、夜明けと共にカミュ達のいる横穴付近の溶岩は固まった。未だに熱気を帯びてはいるが、その上を歩く事は可能であり、履いているブーツが熔ける事もない。それを確認した四人が再び山頂へと登ったのだが、そこで見た景色に全員が絶句した。

 そこから見える景色は、先程までとは様変わりしている。山を囲う雲は溶岩の影響で晴れ、山の下まで見えているのだが、その大地もまた大きな変貌を遂げていた。

 山の周囲を流れる川の全てが溶岩で埋まり、新しい大地となっている。橋を掛けなければ渡る事など到底不可能であった筈の巨大な川は、溶岩が流れ込み、それが固まる事によって全てを平らな大地となっていたのだ。

 

「ガイアの剣が道を切り開くか……」

 

「もしかすると、ガイアの剣は、己の意思で母なる大地へと帰ったのかもしれないな」

 

 その光景を見ながら呟くカミュの横で、己の腰から離れたガイアの剣が成した事を理解したリーシャが口を開く。

 ガイアの剣は、大地の女神の加護を受けた剣である。要約すれば、リーシャの纏う大地の鎧と同じように、大地の女神から生まれた物であると言っても過言ではない。サイモンという一人の人間に下賜された剣は、その役目を終え、生みの親である母の許へと戻っていった。

 ネクロゴンドの火山の噴火の切っ掛けを作り、溶岩によってその身を溶かされ、川を埋めて新たな大地となる。その名に相応しい最後を飾ったと言えるだろう。

 

「カミュ様、川によって阻まれていた奥へ進む事が可能となりました。一度山を下りて進みましょう」

 

「わかった」

 

 山の反対側は多くの川によって侵入者を拒んでいた。だが、先程の噴火による溶岩によって川は埋まり、険しい岩壁に挟まれた奥へと侵入が可能となっている。山の上からでは細かな部分は見えないが、遥か先まで森が続いているように見えていた。

 それがどこへ続くのかは解らない。だが、この場所からオルテガの消息が途絶えている事や、この場所が魔王の城の所在地だという噂が流れていた事を考えると、この先に進む事が『魔王バラモス』へ続くという事だけは確かであろう。

 サラと同様の事を考えていたカミュは大きく頷き、そのまま山を下り始めた。

 

 死の象徴と呼ばれるネクロゴンド火山。

 魔王の居城があると云われ、その魔王を倒す為に旅立った青年が命を落としたと云われる場所。

 その場所を、当代の『勇者』達は越えて行く。

 決して順調な旅ではなかったし、楽な旅路でもなかった。

 幾度の死線を潜り抜け、幾度の危機を越えて来た。

 世界の未来を賭けた戦いは、着実に近づいているのだろう。

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

約2ヶ月ぶりの更新となります。
大変遅くなり、申し訳ありません。

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