新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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ロマリア大陸①

 

 

 

 門を出たところで、カミュは二人を待っていた。

 リーシャはそのカミュに一つ頷くと、いつも通りの隊列を組み、歩き出す。リーシャには、カミュの言っている事は理解できていたのだ。

 確かに言い方は最悪ではあるが、言っている事は正論である。それに対し、サラが納得するかしないかではなく、それを飲み込んでいかなければならないのだ。

 故に、リーシャはこの事で、サラを擁護するような事は一言も発しなかった。

 

「ここから北へ向かえば、<カザーブ>という村があるらしい。噂によれば、『カンダタ』一味は、北に向かって逃亡したようだ。その村へ行けば、多少なりとも情報が入るだろう」

 

「そうか」

 

「……」

 

 歩きながら地図を広げたカミュは、これからの行先を告げるが、返って来た返事は、気のないリーシャのものだけであった。

 サラは、未だに俯いたまま、カミュの後ろを、唯ついて行くだけである。

 サラは、ロマリアで新調した<鉄の槍>を背中に背負い、今まで腰に下げていた<銅の剣>は売り払っていた。

 その背中の槍の重さに、潰されてしまいそうな歩き方をするサラを、心配そうに眺めるリーシャであったが、やはり掛ける言葉が見当たらない。今、口を開いてしまえば叱咤激励となり、それが、更にサラの心の負担になりかねないのだ。

 サラを気にかけながらも、そこはアリアハン随一の戦士。自分達に近寄る不穏な影の存在に一早く気がついた。

 

「カミュ! 魔物だ!」

 

 先頭を行くカミュに、警戒を投げかけると、リーシャは腰の剣を素早く抜く。

 リーシャの声を聞いたサラも、顔を上げ、背中の<鉄の槍>を掴む。

 如何なる状態であろうと、敵との遭遇での対応を誤らないサラの成長に、自然とリーシャの口元が緩んだ。

 カミュも背中の剣を抜き、こちらに歩み寄る魔物に注視するが、その姿は野生の狼のように見えた。

 狼であるならば、傷つける事なく追い払う事も可能である。しかし、徐々に近付いて来るその姿を見て、三人は絶句した。

 陽光に照らされたその狼らしき獣の目は、眼球が零れ落ちて下に垂れ下がっており、その腹部の肉は削げ落ち、中の肋骨や内臓が見えている。とても生物の姿ではないのだ。

 それが三匹、狼とは思えない程の速度で、一行を取り囲むように近寄って来る。

 

「ひっ」

 

 意気込んで槍を構えたサラは、その魔物の姿の異様さに悲鳴を上げてしまう。

 明るい日差しの中で見ても、その姿は異様である。その身体から瘴気や異臭すら撒き散らしていそうな程に、それは腐り切っていた。

 

<アニマルゾンビ>

狼などの死骸が、魔王の魔力によってゾンビとなって魔物化したもの。その肉体は腐敗が進み、腐り落ちている。それでも、生への執着なのかこの世への未練なのか、魂の休息をせず、生者の世界に留まり続ける。死者である故に、その動きは遅い。しかし、死者であるが故に、その身体の能力を最大限に発揮する事も可能であった。

 

 剣を手に持ち、カミュが駆ける。

 <アニマルゾンビ>の一匹に狙いを定め、その剣を振るった。

 所詮、死体である身体を動かしている<アニマルゾンビ>の動きは遅い。カミュの剣は、腐りきっているその身体に吸い込まれ、頭部から上半身の途中までを二つに分けた。

 腐った異臭を放つ体液が飛び散るが、その臭いは、通常の人間であれば、耐える事など不可能な程の物。

 体液を浴びないように素早く剣を抜き、カミュは飛び退くが、剣で顔面を二つに分けられたはずの<アニマルゾンビ>は、その異臭漂う体液を撒き散らしながらも、未だに活動を止めようとはしない。

 

「メラ」

 

 カミュの一刀で腐り落ちていた眼球を完全に落としてしまった<アニマルゾンビ>は、避ける事も出来ずにその火球を受けた。

 腐った肉体が<メラ>の炎で焼かれ、その臭いを更に増して行く。二つに分かれた顔面を焼かれ悶える<アニマルゾンビ>に、カミュは再度剣を振るった。

 先程とは異なり、正面からではなく側面から繰り出されたカミュの剣は、再び<アニマルゾンビ>の身体に抵抗なく滑り込み、上半身と下半身を真っ二つに分ける。

 顔面を炎で焼かれ、下半身と分けられたアニマルゾンビは、成す術なくこの世に繋ぎ止めていた魂を昇華させて行った。

 

 カミュの戦いぶりを見る事もなく、残る二匹は、リーシャに襲いかかって行く。

 動きの遅い<アニマルゾンビ>の攻撃が、リーシャに触れる事など出来る訳がない。何の策略もなく飛び込んで来た<アニマルゾンビ>を避け、リーシャは両断するつもりで身構えた。

 

「ウォォォォォォン」

 

 その時、リーシャに飛びかからず、静観しているようだった方の<アニマルゾンビ>が突然、遠吠えのような鳴き声を上げる。その鳴き声が響いた途端、先程まで、十分に避ける事が可能であった筈の攻撃を、リーシャは避け損なった。

 飛びかかって来た爪を簡単に避ける筈が、リーシャの着込んでいた<革の鎧>の肩当てを弾き飛ばしたのだ。

 リーシャの身体に傷はつかなかったが、触れられる筈のない攻撃を受けた事にリーシャは驚いてしまう。しかも、リーシャの返しの剣すらも、<アニマルゾンビ>に避けられてしまったのだ。

 

「リーシャさん!!」

 

「なんだ、これは!?」

 

 リーシャの様子が奇妙である事に気がついたサラは叫ぶが、当のリーシャは自分が陥っている状況が把握出来てはいない。

 サラの目には、明らかにリーシャが手を抜き過ぎているように見えるのだが、そうではないらしい。どうやら、リーシャ自身はいつものように剣を振るっているつもりのようだった。

 

「くそ! おい、アイツに<ピオリム>をかけろ!」

 

「えっ? あ、は、はい!」

 

 二匹の<アニマルゾンビ>に翻弄され始めているリーシャの援護に走るカミュが、サラの横を駆け抜けざまに指示した内容は、身体能力向上の魔法の行使だった。

 サラは理由が分からないまでも、それをする必要性をカミュの言葉の強さで理解する。

 

「ピオリム」

 

 その対象となった人間の身体能力を向上させる魔法が、リーシャを包み込む。

 <アニマルゾンビ>の緩慢な攻撃に、四苦八苦していたリーシャの動きが戻って行き、常時の剣速を取り戻したリーシャの剣は、一匹の<アニマルゾンビ>の身体へと吸い込まれて行く。

 寸分の狂いもなく、<アニマルゾンビ>の首をリーシャは刈り取るが、先程のカミュの時と同じように、それではこの魔物の魂を昇華させる事は出来なかった。

 首の根元から斬り落とされ、地面に転がった頭と首の部分から、粘着性があり異臭を放つ体液をこぼしながらも、未だに動くその身体に向かって、後ろからカミュの『メラ』が放たれる。

 炎に包まれる胴体部分に、再度リーシャが剣を走らせ、ようやくその活動が止まった。

 

「ニフラム」

 

 残る一匹に、カミュとリーシャが目を向けるのと同時に、サラの詠唱が響いた。

 聖職者の本来の仕事である『迷える魂の浄化』。

 その為にある魔法の正常な行使であった。

 しかし、聖なる光に包まれ消えるはずの<アニマルゾンビ>の身体は、光に包まれて尚、一向に消える気配がない。動きこそ止まってはいるが、この光が収まれば、再びカミュ達に襲いかかって来る事であろう。

 

「うぅぅ……ニフラム!!」

 

 それに対し、サラが取った行動は、再度の詠唱。魔法の重ね掛けであった。行使する為に天へ向けて掲げていた手とは反対の手を再度天へと掲げ、諸手を挙げる形での<ニフラム>の行使である。

 更に強い光に包まれたアニマルゾンビの身体は、本来腐り、落ちていくだけの肉が、反対に上へと上がって行く。徐々に光によって天へと運ばれる身体は、数秒の後に欠片も残さず消えて行った。

 

「サラ、よくやった!」

 

「あ、はい……!!……リ、リーシャさん、その腕は!?」

 

 嬉しそうに駆け寄ってくるリーシャの声に、思わず返事を返してしまったサラであったが、そのリーシャが、片腕を押えながらこちらに向かってくるのを見て、慌てふためいた。

 

「ん?……ああ、あの魔物の攻撃を避け切らなくてな……少し傷をつけられた……」

 

「えぇぇ!! は、早く診せてください!」

 

 リーシャの抑えている方の腕を取り払い、サラは患部を注意深く見る。幸い傷は深くなく、爪で抉られてはいるが、サラの<ホイミ>でも治療が可能な範囲の物だった。

 サラは急いでリーシャの患部に手を当て、<ホイミ>を詠唱する。患部を暖かな光が包み、リーシャの傷口を塞いで行った。

 

「念の為、<毒消し草>も当てておけ」

 

 <ホイミ>の効力で傷口が塞がれて行くのを確認したカミュが、腰につけた革袋から一枚の毒消し草を取り出し、サラへと手渡す。

 

「そ、そうですね。腐敗している体液などが身体に入っていたら、毒に侵されるかもしれません」

 

 半分に割いた毒消し草を患部に当て、残りの半分を水に溶かしリーシャに手渡す。一つ礼を言い、リーシャはその水を飲み干した。

 幾分落ち着きを取り戻したリーシャは、先程の戦闘を思い返し、カミュへと問いかける。

 

「しかし、あれは何だったんだ? 急に身体が重くなったというか、言う事を利かなくなったというか……」

 

「……<ボミオス>だろうな」

 

「それでカミュ様は、私に<ピオリム>を唱えるように指示したのですね」

 

<ボミオス>

対象の身体能力を向上させる<ピオリム>とは正反対の効力を持ち、その術の対象となった者の身体能力を下降させる。対象となった者は、通常の動きをしているつもりなのだが、身体が言う事を利かないような錯覚に陥り、動きが緩慢になっていく。

 

 カミュはリーシャの動きから、<アニマルゾンビ>に<ボミオス>をかけられた可能性を考え、サラに<ピオリム>を唱える事を指示したのである。

 もし、身体能力が低下させられていたのであれば、反対の呪文を唱え、身体能力を戻せば良いのだ。 

 

「そ、そうか、すまなかった。ありがとう、サラ」

 

「礼を述べる前に、いい加減、その抗魔力の弱さを何とかしてくれ」

 

 以前の<マヌーサ>に続いての失態を突かれ、リーシャは言葉に詰まる。サラは、そんな二人のやり取りを心配そうに見ていた。

 この状態で、リーシャが怒りを爆発させる事はないとは思うが、サラはカミュがまた余計な一言を繋げるのではと不安視していたのだ。

 

「魔法の知識があるだけでも、幾分かは違う筈だ。剣の鍛練が終わった後にでも、そいつに魔法の知識を教われ」

 

「そうですね! 私でよければ、お教えします」

 

「……わかった……そうする事にする……」

 

 カミュの言っている事は正論である。

 魔法の特性、効果などについての知識があれば、下位の魔物が放つ魔法ぐらいでは、惑わされる可能性が少なくなるのも事実。

 カミュやサラと違い、魔法に触れる機会が少なかったリーシャは、魔法についての知識が明らかに不足していたのだ。

 苦々しい表情をしているリーシャを見ても、その内情に気付く事無く、サラは自分がリーシャの役に立てる事を喜び、諸手を挙げて賛成の意を伝えている。そんなサラの様子に、断る事が出来なくなったリーシャは、しぶしぶ了承する事となった。

 

 

 

 休憩を兼ねたリーシャの手当を済ませ、一行は再び北へと向かって歩き出す。途中、以前遭遇した<ポイズントード>や<キャタピラー>などと出くわすが、対処方を見つけていたカミュ達は、それほど苦戦する事はなく、悉く魔物を倒して行った。

 ロマリア大陸に入ってから、カミュが魔物を見逃す回数が少なくなっているが、それは、魔物達の力量がアリアハンとは違い、カミュ達を恐れて動きを止める事や、逃げ出そうとしない事が原因であろう。

 

 暫し歩き、陽が真上から西へと傾きかけた頃、順調に北へ向かう一行の前に、木々が生い茂る森が見えて来た。

 周辺の草原を阻むように広がる森は、北へ行くには抜けざるを得ない。おそらく、この分では、森を抜ける前に陽が落ち、夜の闇が支配する事となるだろう。

 カミュにその事を伝えられた一行は、ロマリアを出る時にサラが託された道具袋の中に聖水がある事を確認し、森へと歩き出した。

 森へ向かって歩き出すと、前方に見憶えのある馬車が停車している。それは、間違いなく、あのロマリアにいた奴隷商人の馬車である事にサラは気が付いた。

 

「……カミュ様……」

 

「……まだ、問答を続けるつもりか?」

 

 サラがカミュに向かって口を開くが、その内容を予測しているカミュは、冷たく突き放すように呟いた。

 それは、おそらく先程ロマリアの城下町で行った会話となるのだろう。

 今の時代では、恵まれない環境で育つ者など少なくはない。その者達に同情しない訳ではないが、一つ一つ気に掛ける程、誰しもが恵まれている訳でもないのだ。

 

「……で、ですが……」

 

「アンタは、以前俺に言った筈だ……貧富の差は、前世での行いの結果だと……」

 

 完全に立ち止まったカミュは、珍しくサラの目を見て語り始めた。

 尚も言い募ろうと口を開いていたサラの喉からは、言葉が出て来ない。カミュが言っている事を理解できないように、疑問符だけが漏れ出していた。

 

「あの馬車に乗せられている奴隷の子供は、親に売られたのか、それとも攫われて来たのかは知らないが、どちらにしても裕福とは言えない育ちの筈だ。つまり、アンタが言うような、前世でルビスの教えに背くような行いをした人間なのだろう」

 

「……カミュ……」

 

 サラの目を見て話すカミュに、リーシャは<レーベの村>の宿屋での一幕が頭を横切った。

 諭すような、相手の考えを導くような、無表情ではあるが、冷酷ではない話し方であったのだ。それをサラも感じており、カミュの瞳から目を離す事が出来ない。その言葉を聞きたくもないが、聞かなくてはならない事である事を理解しているのだ。

 

「アンタの言うルビスの教えの通りならば、この世での『償い』をしている最中という事になる。奴隷として売られ、奴隷商人に辱めを受け、そして殺される事が、アンタの言うような『償い』となるのならば、早々に死んで、幸福な来世を迎えさせてやった方がその子供にとっても幸せの筈だ」

 

「……そ、そんな……」

 

 サラは、言葉が出て来ない。

 確かに、サラは『前世での罪の償いの為』と話した事は記憶している。

 しかし、『その罪を償って死んだ方が幸せだ』等とは考えた事もない。

 その隙間を突くように語るカミュの言葉が、理解不能な物であるように、サラの頭の中を回り巡って行った。

 

「アンタが、あの森の中で俺に言った内容はそういう事だ。『この世には、ルビスという精霊の許、必要な命とは別に、死んで当然で不必要な、そして生きる価値も権利もない命がある』、とアンタが語ったんだ」

 

「そ、そんな……こと…は……」

 

「……カミュ……」

 

 サラは、カミュの言っている事が理解出来ない。

 『自分は、そのような事は言ってはいない』

 『そのような考えを持ってもいない』

 『人の命を、そのように軽く考えた事もない』

 『何故、このように酷い事を、自分は言われなくてはならないのか』

 それが、サラには解らなかった。

 

 リーシャは、カミュの無表情が闘技場等で見せた物ではなかった為に、静観している事にしたが、その内容の過激さに、間に入る事すら出来なかった。

 カミュの言っている事は、以前サラの発した言葉の揚げ足を取って、曲解している物だ。

 ただ、『精霊ルビス』を崇めない人間など、リーシャがまだ見ぬ異国の異教徒しかいない世界で、カミュのような考え方をする人間もいなければ、教会の教えをそのように解釈する人間もいない。

 つまり、サラもリーシャも、初めて聞く解釈なのである。

 

「アンタは、あの奴隷を救う為に泥を被る覚悟があるのか? 前世とはいえ、ルビスに対しての罪人を救うという事は、教会に属するアンタにとっても罪になるのではないのか? それとも、アンタが救えば、罪人である奴隷の罪は許されるのか?」

 

「!!」

 

「……」

 

 そんな規則はない。

 そんな規則があれば、サラとて今生きている訳はないのだ。

 親が魔物に襲われ、天涯孤独となった自分を拾い、育ててくれたのも教会の司祭職にある神父様である。そして、前世での罪人と言うのであれば、アリアハン教会の神父に育てられたサラもまた、『精霊ルビス』に背きし罪人なのだ。

 

「そ、そんな事はありません!」

 

 カミュの残酷ともいえる糾弾を受け、下がり切っていた顔を勢い良く上げたサラの瞳は、何かを決意したような瞳に変わっていた。

 それは、リーシャに剣の師事を頼み込んだ時の瞳と同じ物。

 その瞳の中に燃える炎が何であるかは、リーシャにもサラにも解らない。ただ、この小さな炎が、サラという一人の『僧侶』の運命を大きく変えて行く事となる。

 

「この世に死んで当然の命などありません! 誰しも、生きて幸せになる事を許されている筈です! 生きる価値のない者などいません!」

 

 カミュの瞳を見て、自分の内にある物を吐き出したサラは、その叫びを聞き終わった後のカミュの表情を見て驚いた。

 カミュが微笑んだのだ。

 口元を緩めるだけの微笑みではあったが、それは口端を上げる皮肉気な笑いでもなく、鼻で笑うような嘲笑でもない、そんな優しい微笑みだった。

 

「……そうか……それには、同意見だな……」

 

 カミュはその言葉と共に、馬車のある場所に向かって一直線に歩いて行った。

 サラは、カミュの微笑みの理由は分からず、唯その不思議な光景に呆然としたまま、カミュの背中を見送る。しかし、不意に肩に置かれた手に、そちらに顔を向けると、そこにはサラと同じようにカミュの背中を見つめるリーシャの姿があった。

 

「サラ……今のサラの言葉が、おそらくこれから先、サラを大いに苦しめる事になるだろう」

 

「えっ?」

 

 サラは突然告げられたリーシャの言葉が理解できない。

 何故、自分の言葉が自分を苦しめる事になるのか。

 『自分は、何も間違った事は言ってない筈だ』という想いが、サラの疑問を大きくする。

 それでも、サラの瞳を見ないリーシャの横顔は、サラを煽っている節はなく、唯単純な事実を告げている事を示していた。

 

「だが、カミュと同じように、私もサラの意見に賛成だ……例えそれが、これから先、私を苦しめる物であったとしてもだ」

 

「……リーシャさん……」

 

 リーシャは、軽くサラの頭を掌で叩き、既に馬車に辿り着いているカミュの後を追う。サラは、そのリーシャの背中も暫く見つめていたが、我に返り、慌てて後を追った。

 

 

 

「しかし、兄貴も面倒な事をするもんだよな……」

 

「ああ、流石に城下町では肝を冷やしたぜ……」

 

 停車していた馬車の近くで、二人の奴隷商人が休憩を兼ねて話していた。

 話している内容から、彼らが兄貴と呼ぶ存在が近くにいない事が分かる。用を足しに行ったのか、それとも馬車の中なのかは分からない。

 

「それに加え、趣味も悪いと来たもんだ。あんなガキじゃ、面白みもないだろうによ」

 

「ああ、それに、こんな事をしている事を(かしら)に知られちゃ、俺達自体がやばいからな……結構な値をつけた馬鹿貴族もいたんだから、さっさと売っ払っちまえば良かったんだよな」

 

 柄の悪い恰好をした二人は、何やら愚痴を言い合っている。それは、おそらくこの馬車の中にいる奴隷の少女に関しての事なのであろう。

 しかし、その話の内容は、通常の神経をしている『人』が紡ぎ出す物ではなかった。

 

「だよな……しかも、あんなガキじゃ、俺達は全く楽しめねぇしよ。どうせ殺すのも、俺らの仕事なんだろ? 流石にガキを殺すのは気が引けるな」

 

「嘘を言うな! お前がそんなたまな訳ねぇだろ!」

 

 もう一人の奴隷商人の切り返しに、二人は盛大に笑い合った。

 さも、楽しい事を話しているように笑うその姿も、やはり『人』の姿ではない。

 

「……楽しんでいるところに悪いが……」

 

「ああ?」

 

 楽しい談笑の中に割り込んで来る声。

 二人が同時にその方向を振り向くと、そこには、頭に蒼い石の嵌め込まれているサークレットをつけ、背中に剣を背負っている男が立っていた。

 

「なんだ、てめぇは?」

 

 一人の奴隷商人が立ち上がり、突然現れた男の方へ近づいて行く。もう一人は、にやにやと汚らしい笑いを絶やす事なく、その男を眺めていた。

 彼らには、サークレットを着けた青年の醸し出す空気を読む能力は備わっていない。もし、自然界に生きる獣であれば、その青年の纏う空気を敏感に感じ取り、逃げ出した事だろう。

 

「……少し尋ねるが、その馬車に乗っている奴隷は、お前達が買った物なのか? それとも、攫って来た物か?」

 

「ああ? なんだ? そんな事、お前には関係ねぇだろうが!」

 

 直接的すぎる質問を奴隷商人にぶつける男は、先程、サラとのやり取りの後に馬車へと向かったカミュである。そんなカミュの不躾な質問に、奴隷商人は鼻息荒く返答し、再び二人で笑い出した。

 一体何が面白いのか、とでも言いたげな表情を浮かべたカミュが、尚も質問を繋げる。

 

「いや、もし買い取って来たのならば、その金額を払うから譲って貰いたいのだが……」

 

「はぁ? 何を言ってやがるんだ!? 俺達の買値で、奴隷が買えるわきゃねぇだろうが!」

 

 奴隷商人達は、カミュの申し出に呆れ返ってしまう。彼らも、曲りなりにも商人を名乗っているのだ。仕入値で売却しては、利益など取れやしない。

 商売の基本も解っていない青年に向かって、奴隷商人達は罵声を浴びせた。 

 

「それによ、どんなにてめぇが奴隷を欲していても、あの娘は無理なんだよ。兄貴のお気に入りだからな」

 

 黙り込んだカミュを見た一人の奴隷商人が、諭すように語り出す。

 『どれ程資金を積んだとしても無駄だ』と。

 奴隷商人達にしてみれば、滅多に見る事の出来ない優しさだったのかもしれない。しかし、それを聞いていた青年は、無表情で溜息を吐き出した。

 

「……端金で買い叩いてきたものを偉そうに……」

 

「なんだと!!」

 

 カミュの切り返しに、一気に頭に血が上った奴隷商人達は、商人が持っている筈のない腰にぶら下げた剣に手をかける。

 

「抜くな!」

 

「!!」

 

 剣に手をかけた二人に、今まで呟くような話し方だったカミュの声質が変わる。その威圧感に、二人の奴隷商人は声に詰まった。

 先程までの青年はそこにはいない。

 相変わらずの無表情であるが、身体から噴き出したような空気が明らかな変化を告げていたのだ。

 

「……抜けば、斬るぞ……」

 

「!! ふ、ふざけるな!」

 

 カミュの最後通告を無視し、二人は剣を抜いて、カミュへと斬りかかって行く。

 しかし、素早く背中から剣を抜き、二人の襲撃に備えたカミュの剣が振るわれた。

 一刀目で、右側から襲いかかって来る奴隷商人の剣を持つ左手を斬り飛ばし、二刀目で、左側からの者の右腕を斬り落とす。

 その一瞬の早業に、呆然としていた奴隷商人達は、斬り落とされた腕から血が噴き出した事で我に返った。

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 利き腕を失った二人の悲鳴が周囲に轟き、その声に全く関心を示さず、カミュは剣を一度振るい、血糊を飛ばす。のた打ち回るように、赤い血液を撒き散らす奴隷商人達を冷たく見下ろし、カミュは一歩足を進めた。

 

「……カミュ……」

 

「……カミュ様……」

 

 やっとカミュに追いついたリーシャとサラは、絶叫に近い悲鳴をあげながらのた打ち回る奴隷商人を見て、『人』に対しても容赦なく剣を振るうカミュの冷酷さに、言葉を失っていた。

 森の入り口に生えている草木には、奴隷商人達が撒き散らす血液が付着し、赤い染みを作っている。サラはその光景を信じる事が出来なかった。

 

「……それで、いくらで買った……?」

 

 未だに腕から血を流し続け、地面を転がる奴隷商人の身体を足で抑えつけたカミュは、先程の質問を繰り返す。その姿は、先程サラに微笑んだ優しさは微塵もなく、鬼さながらの物であった。

 その『人』と掛け離れたカミュを見て、サラはようやく我に返る。

 サラは、二人の奴隷商人に駆け寄り、その腕に<ホイミ>をかけて行った。二人の腕が暖かな光に包まれ、斬り飛ばされた部分の止血をし、赤々とした肉が皮に覆われて行く。

 元来、<ホイミ>では、傷などは癒せるが、身体の欠損した部分までは復活させる事が出来ない。それは、最上級の僧侶が使えると云われている蘇生呪文も例外ではない。

 この世で唯一、そのような事ができる物があるという伝説はあるが、それもあくまで伝説の域を出ない物であった。

 

「どうした!? 何を騒いでやがるんだ!」

 

 サラが二人の治療が終えた頃に、後ろの茂みから一人の男が出て来た。

 その姿は、腕を失った二人とは一線引いたものである。この男が、先ほど二人が『兄貴』と呼んでいた男である事が一目で解った。

 

「な、なんだ、てめぇら!」

 

「あ、兄貴!」

 

 カミュ達の存在に気がついた男は、自分に駆け寄って来る二人の弟分の腕が失われているのを見て、更に動揺を深めた。

 そんな男の心の動きを余所に、カミュが一歩前に出る。男は、カミュのその動きに恐怖し、腰の剣に手をかけようとするが、初めから剣を抜いている者と、これから抜く者では勝負は見えていた。

 男が剣を抜くよりも早く、カミュの剣が男の喉元に突き付けられる。

 

「……抵抗はするな……殺すつもりはない……」

 

「な、な、何が……も、目的だ……?」

 

 喉元に剣がチラついているため、男は思うように話す事が出来ていない。二人の弟分もまた、兄貴分の後ろに隠れ震えていた。

 リーシャもサラも口を開く事が出来ない。

 それ程に、カミュの纏う空気は厳しい物だった。

 

「……この馬車にいる奴隷の娘は、攫ってきたのか……?」

 

「あ、ああ!? な、何言ってやがる!? しっかりと親から……買い取って来たに決まってるだろうが!」

 

 カミュに剣を突き付けられながらも、男は気丈に言い放つ。カミュの瞳は冷たく、サラであれば失神しかねない程の圧力を放っていた。

 現に、奴隷商人の回復が終わったサラの身体は、カミュの圧力の余波で小刻みに震えている。

 

「……そうか……いくらだ……?」

 

「ああ!? それがてめぇに関係あんのか!?」

 

 曲がりなりにも、二人の弟分を持つ奴隷商人だ。

 既に心の動揺は抑える事に成功し、剣を突き付けられながらも、カミュと対等にやり取りを行い始める。しかし、通常の人間相手であれば有効な手段は、目の前に立つ青年には全く通用しない。

 カミュは冷たく鋭い瞳を向けたまま、地の底から響く声を絞り出した。

 

「……勘違いするな……殺す気はないが、殺さないとは言ってない。そこの奴隷の買値を教えろと言った。嘘を言うな……ふっかけられる相手ではない事は解る筈だ」

 

「……」

 

 持っている剣の角度を変え、再び男の喉元に突きつけたカミュの剣は、男の喉の皮を破り、血を滲みださせた。

 『兄貴』と呼ばれたこの男も、それなりの修羅場は潜って来ている。故に、カミュの瞳の中に宿る物へ恐怖したのだ。

 

「……20……ゴールドだ……」

 

「20……」

 

「!!」

 

 緊迫したカミュの様子に、男は少女の買値を白状した。

 その金額に、サラもリーシャも絶句する。

 高いのではなく、人一人の値段としては安すぎるのだ。

 今のこの世界で、20ゴールドで買える物など、たかが知れている。宿屋に2泊すれば全て無くなり、食費としても、一週間も過ごせない。

 

「……40ゴールドだ……少なくとも倍にはなる……」

 

 リーシャとサラが活動停止になっている横で、カミュが男から剣を外し、革袋から硬貨を取り出して男の足元に投げた。

 剣が喉元から離れた事で、男は安堵の溜息を吐き、鋭い目つきでカミュを睨みつけた後、硬貨を拾い上げ、弟分を引き連れて森へと入って行った。

 

「……カミュ様……」

 

 剣を背中の鞘に納め、馬車の方に歩くカミュの背中を、サラは複雑な想いで見送っている。リーシャは今回の一件には、極力前に出ないよう心掛けていた。

 その辺のゴロツキに手こずるカミュではない。更に言えば、このサラとカミュとの間でのやり取りが、この先の旅で重要な起点となる事を感じていたのだ。

 

 カミュが馬車の後方から中へと入って行くと、中は、幌によって日光が遮られている為か薄暗く、奴隷を詰め込んでいた為、独特な臭いが籠っていた。

 その奥で、一人の子供が手足を縄で縛られている。手を縛っている縄は、馬車の側面に繋げられており、その子供を吊るすような格好になっていた。

 カミュは、縄を剣で切り、子供に身体の自由を返還してやるのだが、手足を動かす事が出来るようになった子共は、不思議な物でも見るように小首を傾げながらカミュを見返すだけ。

 その子供は、年の頃は二桁に届くか届かないかに見える。

 別段、食事を取り上げられ、成長に異常をきたしているようには見えない為、見た通りの年齢で間違いはないだろう。髪は、不衛生の為に虫などが湧かないように、耳が隠れるくらいに短く切り揃えられてはいるが、ロマリアの武器屋が言っていたように性別は『女性』である事が解った。

 奴隷とはいえ、貴族に売り払う商品である為、餓死寸前では値が下がるのだ。

 奴隷商人達は、奴隷の食事に、量の制限はかけるが、必ず何かを口にさせる。そんな食費を含めて、貴族達にかなりの金額を吹っ掛けるのだ。

 故に、奴隷として売られるのは、食の細い女が多く、屈強な男の奴隷などは皆無に等しい。

 

「……歩けるか……?」

 

 立ち上がった少女を見上げる形となったカミュの問いかけに、少女は首を縦に振る事で返答する。少女の答えを確認したカミュは、少女の背を押すような形で馬車の外へと促して行った。

 自分の背を押すカミュの顔を確認するように振りかえる少女に対し、カミュは頷きで応え、そのカミュの頷きにも少女は小さく首を傾げる。それでも、促されるまま、少女は閉鎖された馬車の中から外の世界へと足を踏み出した。

 それが、この少女と、この世界の未来を変える一歩となる事を、まだ誰も知りはしない。

 

 

 

 傾きかけている太陽の放つ西日が、周囲を赤く染め始めていた。

 暗い馬車の中から出た少女は、眩しそうに目を細め、目が慣れるまで、その場に立ち尽くす事となる。

 

「……大丈夫ですか……?」

 

「!!」

 

 目を瞑るようにしていた少女を心配し、サラは確認の意も込めて少女に触れようと手を伸ばした。

 少女は徐々に慣れ始めた目に映った、サラを興味深げに見ていたが、ある一点に目を向けた途端、声にならない悲鳴を上げ、少女に遅れて馬車から出て来たカミュのマントの蔭に隠れてしまう。

 

「……えっ?……何故で…すか……?」

 

 カミュのマントの蔭に隠れ、その腰にしがみつくようにしながら、怯えた目を向ける少女にサラは愕然とする。先程まで夕日に輝いていた少女の髪は、今やカミュのマントに隠れて見えなくなってしまった。

 カミュのマントの隙間から見える濃い茶色をした髪の毛を呆然と眺め、サラは呆けてしまっている。

 

「……サラ……どうやら、その服装が、怯える原因のようだ」

 

「えっ!?」

 

 リーシャの言う通り、カミュのマントの蔭から見ている少女の目は、サラの法衣に止まっていた。

 それは、法衣を見た事がないからなのか、それとも他に理由があるのかはサラには解らない。

 

「奴隷商人が子供を買い取る時に、教会の人間と偽っている事もあるらしい。もしかすると、この子を買い取った奴隷商人も法衣を身に纏っていたのかもしれないな」

 

 リーシャが言う予想の内容に、サラは大いに憤慨した。

 自分が深く信仰する『精霊ルビス』。

 そして、その高貴な存在を信仰する証であり、誇りでもある法衣をそのような目的に使うなど、言語道断なのである。

 

「大丈夫だ。私達はお前に危害は加えない……おいで」

 

 一人憤慨するサラを放っておく事にしたリーシャは、少女の警戒心を解くようにゆっくりと優しく声をかける。暫くは、マントの蔭に隠れ、カミュの腰にしがみついていた少女だが、少しずつ顔を出し、リーシャの目を見つめるようになった。

 実は、少女に話しかけている時、リーシャは必死に笑いを堪えていたのである。

 何故なら、少女にマントと腰を取られたカミュが、今までリーシャが見た事のないような困惑した表情を浮かべていたのだ。

 少女を引き剥がす事も出来ず、只々困惑するカミュが、可笑しくて仕方がない。それが、自然な笑みとなり、少女の警戒心を解かせたのかもしれなかった。

 

「……ん……名前は……?」

 

「……」

 

 顔を恐る恐る出した少女に、リーシャは続けて柔らかく問いかけた。しかし、少女は答えない。

 『もしかすると、親に名前すら貰えていないのかもしれない』という考えが頭に浮かび、リーシャは後悔に顔を歪めてしまった。

 

「…………メルエ…………」

 

 そんな、リーシャの顔の歪みを、自分が話さない事に悲しんでいるとでも感じたのだろうか。小さな小さな声で、名前だけを単語のように少女は溢した。

 その呟きを聞き逃さなかったリーシャの顔が輝きを取り戻す。

 

「そ、そうか、メルエか! うん、良い名だ! 私はリーシャだ。よろしくな」

 

 少女の答えに、喜びを顔全体で表すリーシャは、自己紹介をするために自分の名をメルエと名乗った少女に宣言する。

 そんなリーシャに、こくりと一つ頷いたメルエは、続いてマントを掴みながら、そのマントを羽織っているカミュの顔を、まるで『貴方のお名前は?』とでも言うように見上げた。

 

「……カミュだ」

 

 カミュの自己紹介にも一つ頷く事で返事をし、少女はそのまま、またマントの中に隠れてしまう。その少女の行動にリーシャは笑顔を濃くし、カミュは困惑顔を濃くした。

 そのカミュの表情が益々リーシャの笑顔を濃くして行く。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。私の名前も聞いて下さいよ」

 

 先程の憤慨から立ち直ったサラが、自分の名前も聞かずに再びカミュのマントに隠れてしまったメルエに対し、哀願するように話しかけた。

 先程のカミュの表情を思い出さされたリーシャは、サラの慌てぶりが笑いのツボの最後の一押しとなり、爆笑してしまう。

 

「あははははははっ!」

 

 突然響き渡ったリーシャの笑い声に、驚きで身体を跳ねさせたメルエは、尚更マントを身体に巻きつけるようにして隠れてしまった。

 その動きに、カミュの表情はますます困惑を極めて行き、リーシャの笑いは熱を増す。そんな和やかな循環が出来上がり、サラがメルエに自己紹介が出来るまで、かなりの時間を要する事になるのだ。

 

 

 

 リーシャの笑いも沈静し、状態が落ち着いた中、カミュが口を開いた。未だにメルエと名乗った少女は、カミュのマントの裾を離さない。その対面に立つサラに向かって向けられたカミュの瞳は、突き放すような冷たい物ではあったが、何処か優しさを含む物でもあった。

 

「それで、どうするつもりだ?」

 

 『この少女を救ったのはいいが、どうするつもりだ?』

 言葉は少ないが、カミュの言いたい事はそういう事であろう。カミュにしてみれば、サラの願いを聞いて、救っただけと言うつもりなのかもしれない。

 全てはサラが決めた事であり、カミュはその手助けをしたに過ぎないのだ。

 

「……」

 

 未だにカミュのマントの裾を握るメルエは、カミュとサラの両方の顔を見比べている。サラは、そんなメルエの視線を感じ、尚更言葉が出て来ない。

 ロマリア城下町でカミュの話した内容がサラの胸に突き刺さっていた。

 メルエを救っても、幼いメルエの人生を請け負う事は、サラには出来ない。『魔王討伐』という大望がある以上、少女を養う事も育てる事も出来はしないのだ。

 

「連れて行けば良いじゃないか」

 

 そんな二人の膠着状態を破ったのは、やはりリーシャであった。

 リーシャとしては当たり前の事なのかもしれない。幼い少女を、このような森の中に置いて行く事が出来ない以上、連れて行くしかないのも事実なのである。

 

「……本当に、アンタはどうしようもない馬鹿か……?」

 

「なんだと!!」

 

 しかし、呆れたような溜息を吐き出しながら開いたカミュの口からは、失礼極まりない言葉が飛び出して来た。

 その言葉に反射的に怒りを向けるリーシャであったが、瞳を向けた先にあったカミュの表情を見て、息を飲む。

 

「俺達の目的は分かっている筈だ! このような『死』への旅に、子供を連れていくつもりか!? それこそ、何の為に救った!?」

 

 珍しく語気が荒いカミュに、意見を述べたリーシャも、言葉が出なかったサラも驚きを隠せない。

 ただ、カミュの横に立つメルエだけは、カミュのマントを握る手に力を込めていた。

 

「…………メルエも……行く…………」

 

「……アンタの馬鹿な発言のお陰で、こんな事になる」

 

 メルエが発した言動に、心底疲れ切った様子で溜息をつくカミュは、リーシャへと怒りに燃えた鋭い視線を投げかける。

 先程、カミュがリーシャへ向けた表情は、無表情とは程遠い『怒り』の感情を乗せた物だった。

 そのカミュがメルエの発言に困っている。

 それが、再びリーシャを可動させる事となった。

 

「ま、まぁ、良いじゃないか。どちらにしろ、こんな場所に置いて行く事は出来ないのだから、<カザーブ>までは一緒に行くしかないだろ?」

 

「そ、そうですね。とりあえず、<カザーブ>までは一緒に向かいましょう」

 

 リーシャの言い訳のような言葉に乗るように、サラは同意を示した。

 そんな二人に、カミュの視線はますます厳しくなって行く。サラは俯いてしまうが、リーシャはそんなカミュの変化を好ましく思っていた。

 あのカミュが、二桁の歳になったかならないかの少女に翻弄されているのだ。

 これ程面白い事などある訳がない。

 

「よし! メルエ、ここからの道は危険が多い。カミュの傍を離れるな」

 

「おい!」

 

 カミュの抗議の声を無視するかのように、マントの裾を握ったまま、こくりと頷いたメルエに、リーシャはにこやかな笑みを作った。

 そんなやり取りに、俯いていたサラも顔を上げ、笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 




ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

本日は帰宅が遅く、結局3話しか更新できませんでした。
明日の夜は、もう少し更新できるようにしておきます。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしています。

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