新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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戦闘⑩【ドムドーラ地方】

 

 

 

 ラダトーム王都を出た一行は平原を西へ進み、海へと出る前に南へと進路を取る。平原を越えた辺りから大きな森が広がっているのが見え、その森の入り口で野営を行った後、そのまま南へと歩き続けた。

 ラダトームを出た辺りからメルエはサラの手を離さない。にこにこと微笑みながら、サラの手を握っては歌を口ずさみ、終始ご機嫌の様子で歩き続けていた。

 最早、マイラの村で感じた恐怖や孤独感はこの少女の中に微塵もないのだろう。大好きな者達との旅は、メルエにとって楽しい物以外の何物でもないのだ。大魔王ゾーマと云う絶対的な恐怖と戦う為の旅であろうと、その先にあるのが死という最悪の可能性が高い物であろうと、彼女には興味はないのかもしれない。

 

「カミュ、森を抜けるぞ」

 

 ラダトーム南西部の平原や森で強敵と遭遇する事はない。スライムやスライムベスといった魔物と遭遇する事はあったが、それ以上の魔物達と遭遇する事もなく、無闇に魔物を討伐する必要のなかった。

 メルエでも魔法なしで倒せる魔物達が、カミュ達を抑えられる訳もなく、森を抜けて小高い丘のような場所に出るまで、彼らは大した障害もなく進んで行く。小高い丘を北へ下るとその先には再び平原が広がっており、海に面した高い山脈が見えていた。

 

「地図を見る限り、ここから真っ直ぐ南へ下る必要があるな」

 

「もう一度丘を登る必要があるのか」

 

 平原から山脈に沿って歩いていた一行であったが、再度地図へと視線を落としたカミュは、自分達が向かっている場所が目的地であるドムドーラの方角とは異なっている事に気付く。一度降りて来た丘を再び登らなければならない事に少し溜息を吐き出したリーシャであったが、すぐ傍で屈み込んで闇に咲く花を眺めているメルエを見て表情を緩めた。

 心配事の無くなったこの少女は、何処へ行こうと変わりが無い。大好きな三人と歩けるならば、そこがどのような環境であろうと良いのだろう。大人であるリーシャやサラでさえも歩む事に辟易するような場所でも、手を握って歩き続ける彼女はもしかすると最も強靭な心と肉体を持っているのかもしれない。

 

「メルエ、行きましょう」

 

「…………ん…………」

 

 頷いて立ち上がったメルエの手を握ったサラは、闇に包まれた周囲を見渡す。今ではカミュ、リーシャ、サラの三人が『たいまつ』を持って歩いていた。ラダトームからマイラの村へ向かう道の暗さを知った彼らは、メルエ以外の全員が『たいまつ』を持って歩く事を決めたのだ。

 町や村が近くにあるのであれば、その明かりが周囲を軽く照らし出すが、それが全く無い平原を歩く事は経験豊富な彼等であってもかなり難しい行為であった。それだけ、このアレフガルド大陸を覆う闇が濃くなっている証拠でもあり、大魔王ゾーマの力が着実に大きくなっている事を明確に示していた。

 

「おい、カミュ……あれは洞窟ではないか?」

 

 メルエの手を引いたサラが再び丘を登り始めようとした頃、最後尾を警戒しながら歩いていたリーシャが、山脈の壁沿いに見える何かを発見する。深い闇の中にあって、更に濃い闇の口をぽっかりと開けた山肌が見えており、リーシャの声で一斉に向けられた『たいまつ』の炎によって、それが彼女の言う通りの洞窟である事が解った。

 山肌が長い年月を経て空洞化する物であるが、その中は様々な生物の住処となる事が多い。その中でも大きな洞窟などには強力な魔物が棲み付く事が少なくなく、勇者の洞窟のように、長い年月を経てその場で繁殖する事も多かった。

 闇が支配するアレフガルドという大陸の中でも、その習性は変わる事はない。この洞窟の入り口の大きさを見れば、かなり大きな洞窟である事が推測出来る。そうなれば、数多くの魔物達が棲み付いていても可笑しくはなかった。

 

「この洞窟に関する情報はない。無理をして入る必要はないだろう」

 

「だが、その盾のような何かがあるかもしれないぞ?」

 

 アレフガルド大陸に降り立ってから、ラダトーム王都とマイラの村という集落を経由して来たが、この辺りにある洞窟の情報などは欠片もなく、それ程重要な場所でない事は確かであろう。それでもリーシャの言葉通り、まだ見ぬ装備品などが眠っていても可笑しくはない。ここまでの旅の中でもこのような場所には大抵何らかの物が眠っていた。

 しかし、カミュは大きく頭を横へ振る。今の彼らにそのような不確かな可能性で無駄にする時間はなく、この状況で魔物の巣窟となっている洞窟へ踏み込む危険を冒す必要性はないのだ。

 

「アンタがそこまで固執するという事で、尚更に行く必要性を感じないのだが……」

 

「何故だ!?」

 

 大きく息を吐き出したカミュの言葉は、流石のリーシャも看過出来ない物であった。最近は、彼女の指し示す方角と逆に向かって歩いても抗議を口にする事はなかったのだが、流石に『行く必要がない』とまで言われれば、反論もしたくなるだろう。

 だが、そんな二人のやり取りを微笑みを浮かべながら見ているサラとメルエを視界に納めたリーシャは、『むぅ』と唸り声を上げながら顔を背ける事となる。

 勇者の洞窟という場所に生息していた魔物の強さも然る事ながら、あの場所の特異性を思い出したリーシャは、洞窟へ潜る事を諦めざるを得なかった。勇者の洞窟では、魔王の爪痕と呼ばれる空洞の影響なのか、魔法という神秘を発現させる事が出来ない。それは今リーシャを見て微笑みを浮かべている二人を無力化し、一行を大きな危険へと落としていた。

 この世界に幾つもそのような場所があるとは限らないし、次に同じような状況に陥れば対処は他にもあるのではあるが、ルビスの塔から続く状況がリーシャを不安にさせている。今、この二人を失う可能性を追う必要はなく、それが回避不可能な物であれば、カミュと共に全力で二人を護る事は当然であっても、必要性に迫られていなければ、敢えて危険を冒す行為は愚の骨頂であるのだ。

 

「わかった……。だが、私は何かあるような気がするんだがな」

 

「アンタには悪いが、その言葉を聞いて、行く必要性は皆無になった」

 

「ふふふ」

 

 渋面を作ったリーシャが了承をして頷いた事で、眼前に見えている洞窟の探索は無用となる。だが、追い討ちを掛けるようなカミュの言葉を聞いた彼女は鬼の形相で睨み付けた。そんな二人のやり取りにサラは微笑み、その微笑みを見たメルエもくすくすと笑みを溢す。

 カミュの物言いには納得は出来ないが、それでもつい先日まで苦悩に押し潰されそうになっていたサラが綺麗な笑みを浮かべる姿は、そんなリーシャの心を和やかにして行った。己の心に棲み付いた闇を認める事が出来ず、その闇を払う為に己の命を投げ出そうとしていた賢者はもういない。その手を握る少女も、この世の全ての闇を払うような輝く笑みを浮かべている。それは、このアレフガルドの未来を示しているようにも思われた。

 

「あの洞窟にとんでもない装備品があったら、お前の責任だからな!」

 

「行かない以上、その有無も確認出来ないだろう……」

 

 サラとメルエの笑みを見て心を穏やかにしたリーシャだが、苦し紛れの捨て台詞を吐いて、丘を南へと登って行く。そんな女性戦士の背中を見ながら溜息と共に吐き出した呟きを聞いたサラは、今度こそ吹き出してしまった。

 既に古の勇者の装備品と呼ばれる物の内、盾は入手し、剣は入手方法が解っている。残るは鎧と、存在が確認されてはいない兜ぐらいな物だろう。伝承として残されている物で場所が確定していないのは鎧であるが、その伝承は『精霊の許』とある。それがこの洞窟である可能性は限りなく低かった。

 既に、リーシャやサラ、メルエに至るまで、装備品としては最上位の物を纏っており、これ以上の物となれば神代の武器や防具となるのだが、ここまでの旅の中で考えても、それらが眠る可能性のある場所には何らかの謂れが残っている。武器や防具に関する物でなくとも、そこを目指す者が生まれるような話が伝わっているのだ。

 

「この先の戦いが、既に装備品でどうにか出来る物ではない事をリーシャさんも解っているのだと思います。だからこそ、それでも私達の生存率を僅かでも上げる為にリーシャさんは装備品に拘っているのでしょうね」

 

「……そうだろうな」

 

 サラの手を離し、先頭を歩き始めたリーシャの手を握ってその歩みを止めようとしているメルエを見て微笑んだサラは、歩き始めると同時にリーシャの心の内を独り言のようにカミュへと語りかける。それに対して口を開いたカミュの答えに、もうサラが驚く事はない。優しく瞳を細めた彼女は、大きく頷きを返した後でリーシャとメルエの許へと駆けて行った。一度洞窟へと『たいまつ』を向けたカミュではあったが、即座に視線を戻して再び南へと進み始める。

 彼等の旅は細い糸のような情報を一つ一つ手繰りながら進んで来た旅である。その中で何も情報の無い場所に向かった事は一度もない。偶然辿り着いたトルドバーグの前身や、メアリという棟梁がいた海賊のアジトなどは例外であるが、洞窟や塔のように探索が必要な場所は何らかの情報がなければ立ち寄る事はなかった。

 

 その後丘を越えた一行は、その先にあった森で野営を行い、メルエが目覚めるのを待って再び南進する。森を抜けた先は広大な平原が広がっており、見渡す限りが草花で覆われていた。

 近年でこの場所を訪れた者は皆無に等しいのだろう。そう思わせる程に草花は伸び、長い物ではメルエの腰元までを覆う程に伸びていた。屈んでしまえば姿が隠れてしまう事を面白がったメルエが、繋がれていた手を離して平原の中に入ってしまい、それに慌てたリーシャとサラに大目玉を食らう事になるのだが、それはまた別の話である。

 そんな平原はかなりの広さを誇り、歩いても歩いても平原が続き続けた。戦闘は数多く行われたが、長い草花に隠れていたスライムやスライムベスの体当たりで後ろへ倒れたメルエは、その命を奪おうとはせず、まるで叱り付けるように雷の杖で叩いて行く。目を回したスライムを安全な場所へと移そうとする少女を見て微笑んだリーシャとサラはその行動を手伝っていた。

 微妙な死臭を漂わせながら近付いて来た地獄の騎士数体は、先頭のカミュが振るう雷神の剣の一撃によって粉々に粉砕され、後方を護るリーシャの魔神の斧によって遥か彼方へと吹き飛ばされて行く。既に、魔王バラモスの居城を棲み処としていた魔物達を寄せ付けない程の力量を彼らは有し始めていた。

 

「カミュ、潮の香りがして来たぞ」

 

 平原を歩き続けて三日が経過した頃、彼等の鼻をくすぐる香りが漂って来る。真っ先に反応したのはメルエであり、昔はとても嫌がっていた匂いなのにも拘わらず、満面の笑みを浮かべる少女に苦笑を浮かべたリーシャが、その事を先頭を歩いている青年へと告げた。

 既に把握していたカミュは、それに頷きを返すのみで、地図へと視線を落とす。潮の香りがしてくるというのは、平原の先に海が近いという事である。高台になっている訳ではない事から、カミュ達がいる場所からは海の姿を見る事は出来ないが、それでも大好きな海の香りを嗅いだメルエがそわそわし始めた事にリーシャとサラは苦笑を浮かべたのだ。

 だが、そんな幼い少女の小さな望みは、呆気なく打ち切られる事となる。風の流れから考えれる限り、このまま南進して行けば海へ出る事は明らかであった。だが、先頭で地図を見ていた青年は、南へは向かわずに西へと進路を取ったのだ。

 

「…………むぅ…………」

 

「仕方ないだろう? 海は何時でも見れるぞ。それに、また海の先にあるあの塔へ行かなければならないんだ」

 

 カミュの行動に頬を膨らませたメルエの肩に手を置いたリーシャは、少女の我儘を窘める。そして、後方へと視線を送り、その遥か先にある塔へと想いを馳せた。

 一度は撤退せざるを得なかった場所であり、リーシャとカミュの後悔を置いて来た場所。同じように、サラという賢者の全てを置いて来た場所であり、そして全員が取り戻さなければならない場所でもあった。

 厳しい瞳で今は見えない場所を見つめるリーシャを見たメルエは、小さな頷きを返し、再びサラの手を取って歩き出す。潮の香りに心が騒ぐが、それを表情に出すまいと気張る少女にサラは不覚にも笑ってしまった。そんな姉の行動に気分を害した少女は、先程よりも大きく頬を膨らませてサラを睨みつける。そんなやり取りを行いながらも、一行は平原を西へと進んで行った。

 

「立派な橋だな」

 

「…………おおきい…………」

 

 西へ進む事二日、来る日も来る日も変わり映えのしない景色にサラが飽き始めた頃、一行の目の前に大きな川が見えて来る。南に見える大きな山脈から溢れるように流れ出た水が、海へと流れ込んでいた。その流れを堰き止める訳ではなく、分断する訳でもなく、大陸と大陸を繋げるように架かる大きな橋は、ロマリアとアッサラームとの繋げる物よりも大きく、アリアハン大陸で初めて見た物よりも美しい。それは、このアレフガルド大陸にも立派な職人が存在している事を示していた。

 海へと流れ込む幅の広い川は、マイラの村のある大陸を繋げる海峡ほどではなくともそれなりの幅を持っている。それらを結びつける為の橋である為、その強度は言うまでもないだろう。大魔王ゾーマが世界を闇で覆い、強力な魔物達が棲み付く中、未だに壊れる事なく残っている事がそれを証明していた。

 

「真っ暗で何も見えないな」

 

 橋の欄干に掴まって遠くを見るように目を凝らしていたメルエが困ったように顔をリーシャへと向ける。小さな笑みを浮かべたリーシャは、そんなメルエと視線を合わせて闇の向こうへ目を凝らすが、やはり闇に包まれた先には何も見えなかった。

 先程同様に頬を膨らませるメルエを宥めて、リーシャとサラはカミュを追って橋を渡り切る。かなり大きな橋の下の水は見えず、かなりの高所に位置する場所で橋が架けられている事が解った。

 そして、橋を渡った先に広がる平原を前にした時、再びアレフガルド大陸に生息する魔物の強力さを知る事となる。

 

「構えろ!」

 

 橋を渡り切り、平原を暫く歩いた頃、突如として先頭に立つカミュが背中の剣を抜き放って後方へと飛んだ。一瞬遅れながらも素早く戦闘態勢に入った他の三人は、先程までカミュが立っていた場所の草花を覆うように広がる火炎を見る事となる。

 周囲を覆いつくすような火炎は、彼らがルビスの塔で対峙したドラゴンと同等の威力を誇り、前方の草花を悉く焼き払った。真っ赤に燃え上がる炎の向こうに数体の影が見え、それに備えるように杖を構えていたメルエは、焼け焦げる草花を見て頬を膨らませる。懸命に花を咲かせ、太陽の光が無いにも拘らず生き延びようとする草花の強さを知っている少女は、それを無常にも焼き払った相手に怒りを覚えたのだろう。

 

「ちっ」

 

「何だ、あの魔物は……」

 

 周囲の草花を燃やした炎が自分達の方へ広がる事を防ぐ為にサラが氷結呪文を行使する。水蒸気を上げて鎮火した炎の向こうへの視界が晴れて行く中、その姿を見たカミュは舌打ちを鳴らし、リーシャはその異様さに驚愕した。

 前方に浮かぶ敵は三体。その全てが大地に足を着ける事なく、空中を飛んでいる。正確に言えば、大地に下ろす足が無いのだ。胴体は腹部から下が先細りになっており、それは蛇の胴体のようにも、そして竜種の胴体のようにも見える。固い鱗に覆われながらも柔らかな腹部をカミュ達に向けて曝していた。背には大きな翼を持ち、その翼は何処かで見た事のあるような形をしている。頭部はハゲタカの物と酷似しており、鋭い嘴と切れ長の瞳を油断無くカミュ達を睨み付けていた。

 

「複合種……」

 

「なんて惨い事を……」

 

 ここまでの旅の中で数多くの魔物と遭遇して来ている。その中には様々な姿をした魔物達がいたが、明らかに何らかの手を加えた人工的な生物と遭遇したのは初めてであった。

 大魔王ゾーマが手を加えなければ、生まれる事のない伝説上の魔物。山羊と牛の交配などという生易しい物ではなく、魔力によって強制的に組み合わされたその姿は、大魔王の非道さを物語っているようであった。

 

<キメラ>

最早、上の世界では伝説上の生物とされている魔物である。蛇の胴体を持ち、ハゲタカの頭部と鳥類特有の大きな翼を所有している合成獣。魔力によって生み出された魔物として考えられており、その大きな翼には特殊な魔力が備わっていた。討伐した際に、消え失せてしまう筈の翼が稀に残る事があり、その翼に残った魔法力は、天高く放り投げた者の意図した場所に導くと伝えられている。その影響で、欲に駆られた人間達によって過剰な攻撃を受けた種でもあった。

この種を生み出した者が悪なのか、それとも懸命に生きようとするこの種を絶滅寸前に追い詰めた人間が悪なのか、それは答えの出ない問いでもある。ただ、このキメラという種にとって、種族の敵は人類である事だけは確かであった。

 

「あの翼は何処かで見た事があるな……」

 

「どうでもいい。竜種並みの炎を吐き出すぞ、油断をするな」

 

 記憶にある何かと重なるような形をしている翼に視線を送ったリーシャであったが、カミュの言葉に表情を厳しい物に戻す。先程キメラが吐き出した炎の威力を考えると、ルビスの塔でドラゴンが吐き出した物と大差はない。三体同時にカミュ達に向けて吐き出されれば、かなり苦しい状況になる可能性があった。

 しかし、あの時とは異なり、カミュとリーシャの後方には頼れる二人が存在する。ルビスの塔からの撤退から数週間、その短い間で一段も二段も成長を果たした二人は、例え竜種が吐き出した火炎であろうとも遅れを取る事はないだろう。それを理解しているからこそ、カミュも注意をリーシャにだけ告げたのだ。

 

「来るぞ」

 

 剣を構えたカミュが静かに呟きを漏らすと同時に、一体のキメラが動く。大きな翼をはためかせ、速度を上げて突っ込んで来たのだ。その攻撃方法は鋭い嘴での刺突である。アリアハンで遭遇したおおがらすにも似た攻撃方法であるが、その速度と威力は桁違いであった。

 一気に肉薄したキメラの嘴がリーシャが掲げた水鏡の盾を避けて頬を掠める。ぱっくりと斬り裂かれた彼女の頬から鮮血が飛び、遅れて振り抜かれた魔神の斧が空を斬った。もし、盾を掲げずにいたら、リーシャの腕は捥がれていたかもしれない。それ程に鋭い攻撃であった。

 通常の人間であれば、腹部に大きな穴を開けながら即死していただろう。このキメラが所有する翼を手に入れる為に人間が一軍隊を差し向けたという逸話が残るのも頷ける強さである。それだけの危険を冒して手に入れる物であるからこそ、『キメラの翼』という道具は高価な者となっているのであった。

 

「メルエ!」

 

「…………ん………マヒャド…………」

 

 だが、それは常人であればという物である。この一行は魔王バラモスを討ち果たし、今は大魔王ゾーマを討ち果たす為に旅をする者達。そして、大きな挫折を経験し、それを糧に更なる飛躍をする者達でもあった。

 大きく開かれた一体のキメラの嘴の奥から火を噴き出す。それに対抗するようにメルエが雷の杖を振り抜き、最上位の氷結呪文を放った。一気に吹き荒れる冷気の嵐が、キメラが吐き出した火を全て飲み込む。それでも勢いが衰えない冷気は、一体のキメラを飲み込んで行った。

 ドラゴンの放つ火炎に匹敵するとはいえ、世界最上位種の竜種と合成獣の力の差は歴然である。見た目は派手でも燃え盛るような火炎と単純な火ではその炎の持つ熱が異なっていた。呆気なく冷気に呑まれたキメラの身体が徐々に凍り付いて行き、羽ばたいていた翼から力強さが奪われて行く。それを見逃す事なく、カミュがそのキメラに向かって雷神の剣を振り下ろした。

 天から落ちる稲妻のように鋭い一閃がキメラの頭部から入り、その体躯を真っ二つに斬り裂く。体液を撒き散らせながら地面へと落ちたキメラは絶命し、その身体は大地へと解けるように消えて行った。

 

「死骸が残らないのか?」

 

「祝福を受けて生まれた生命ではないのでしょう」

 

 大地へ解けるように消えて行ったキメラを見たリーシャは、その異様な光景に驚きを隠せない。その後方で沈痛の面持ちを見せたサラは、哀れな生命体に祈りを捧げるように瞳を閉じた。

 キメラと云う種族は、本来この世界に存在しない種族なのだろう。魔力によって生み出された合成獣は、この世界を護る神や精霊の祝福を受けてはいない。異種族の交配の結果、奇跡に近い形で生まれた新たな種族は、神や精霊の祝福を受けて生まれて来ている。それ故にこの世界で生きる資格を有していたというのであれば、キメラにはその資格がないに等しいのだ。

 しかし、祝福を与えずとも、この世界で生きる一つの種族である事は認められている。だからこそ、この合成獣は繁殖しているのであろうし、このアレフガルドで生き続けているのだろう。それでも、死後も残り続ける事はまだ許されていないのかもしれない。

 

「カミュ様、メルエと私のマヒャドで一気に決着させます」

 

「……わかった」

 

 一刀の元に斬り捨てられた同種を見た残る二体のキメラは明らかに動揺していた。逃げるつもりはないのかもしれないが、それでもカミュ達へ襲い掛かる事は無く、警戒するように翼を動かしている。一体一体を駆逐して行く事も出来るが、それを見たサラは先程効果を見せた最上位の氷結呪文で一気に勝負を決める事を選択した。

 魔力で生み出された合成獣はその異常性の影響の為か、それ程の耐久性を持っていないようである。如何に人類最上位のカミュの一撃とはいえ、このアレフガルドで生きる魔物であれば、一振りで両断出来る物ではない。それがこの合成獣の限界を物語っていた。

 

「マヒャド」

 

「…………マヒャド…………」

 

 威力の異なる二つの冷気が合わさり、嵐のような風を起こす。氷の結晶が視認出来る程の冷気は、様子を見ていた二体のキメラを包み込み、その全てを凍りつかせて行った。翼まで凍り付いたキメラは地面に落ち、その時に岩に当たった一体は砕け散り、氷と共に地面へと消えて行く。しかし、残り一体は、柔らかな土の上に落ちた事で氷に損傷はなく、氷漬けの状態のまま絶命していた。

 三体の脅威が消え、一息を吐き出した一行は、各々の武器を納める。地面へと解けるように消えて行ったキメラへ視線を落とすと、地面に染みのよう物は残っているが跡形も無く消え失せていた。

 しかし、最後に氷漬けとなった一体のキメラが落ちた地面へと近付くと、胴体全ては消え失せているものの、そこには一枚の翼が残されていた。

 

「もしかすると、あの魔物がキメラだったのか?」

 

「そうとしか考えられないな」

 

 翼を拾い上げたリーシャは、それをカミュへ見せるようにして問い掛ける。屈み込んでいたリーシャの脇の下から顔を出したメルエは、不思議な色に輝く柔らかな翼に触れようと手を伸ばしていた。翼と名が付く道具など、この世に一つしかない。それは『キメラの翼』と呼ばれる移動手段として使われる道具である。

 既に上の世界では希少な物となっており、国庫に納められている物以外は市場には決して出回らないとさえ云われていた。不思議な色で輝き、特別な雰囲気を持つその翼を見て、手に持つ物がそれであると判断したのだ。

 そして、問われた青年も同様の考えを持っていた。既にリーシャの手からメルエの手に渡ったそれへ視線を向け、同意を示すようにカミュが頷きを返す。そんな二人のやり取りを見つめていたサラもまた、他の答えを導き出す事など出来ずに肯定を示した。

 

「ならば、カミュが持っていろ」

 

「…………ん…………」

 

 リーシャの言葉に反応するように、メルエが手に持っていたキメラの翼をカミュへと手渡す。不思議な力を宿した翼はカミュの手に納まり、そして彼の腰に下げた皮袋の中へと入って行った。

 不思議な力を宿しているとは云えども、それはルーラという呪文と同じ効果を持つ。この一行の中で三人が行使出来る呪文であり、ここまでの旅でその三人全てがルーラを行使出来ない状況になった事は一度もない。まだサラという僧侶が賢者としての生を受ける前に探索をしたガルナの塔以来、彼らがルーラという移動呪文を行使出来ない状況に陥った事はないのだ。一度戦略的撤退を経験した一行は強かになっている。逃げる事、命を惜しむ事を恥とは感じず、どれ程の苦境が彼らを襲おうとも、必ず最後の一手となる呪文を行使する為に魔法力を残す筈であった。

 故に、このキメラの翼が使われる事はおそらく今後もないだろう。だが、希少な道具を所持する価値はある。何らかで売却する必要が出て来るかもしれないし、交渉に役立つ可能性もある。もしかすると、本当に万が一の確率で彼らが必要とする時が訪れるかもしれない。

 

 

 

 キメラとの戦闘を終えた一行は、そのまま平原を南下し始める。大きく広がった平原は真っ黒な闇に覆い尽くされ、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 まるでこの地方丸ごとが大魔王の魔力に飲み込まれてしまうのではないかと感じる程に禍々しく、息が詰まる程に重苦しい。あの橋を渡った辺りから感じていた事ではあったが、ラダトーム王都周辺の瘴気が如何に薄い物であったかをカミュ達は実感し始めていた。

 この濃い瘴気を吸い込み、闇に包まれた場所で生きる事など生物には不可能に近い。この場所で何年も生き続ければ、人間だけではなく多くの生命体の心は折れてしまうだろう。未だに時間は残されていると考えていたカミュ達には厳し過ぎる現実であった。

 

「砂漠か……」

 

「この砂漠の先にドムドーラがある筈だ」

 

「イシスと同じように砂漠にある町なのですね」

 

 平原の真ん中で野営を行った一行が再び歩き出すとすぐに、吹き抜ける風の中に小さな砂が混じるようになって来る。砂が目に入ってしまったメルエが愚図るように不満を漏らした頃、彼等の目の前に一面の砂漠が広がっていた。

 ここまでの平原に広がっていた草花は途絶え、植物が一切育たない場所。風によって舞い上がる砂がその領域を未だに広げようとしているようにさえ感じる。闇に広がる砂の世界は、この地方に蔓延する瘴気を更に強めているのではと感じる程に不気味な物であった。

 

「カミュ様、方角は大丈夫でしょうか?」

 

「……何とかするしかない」

 

 一面の砂に呆然と佇むリーシャとメルエを余所に、サラはカミュへと不安な瞳を向ける。一面の砂が広がる世界に道標はない。闇に包まれたアレフガルド世界には、姿を隠す場所のない砂漠を照り付ける太陽もないが、方角を図る術となる太陽もないのだ。しかも、アレフガルドを覆う闇は決して夜の闇ではない。夜に輝く星々もなければ、優しく夜道を照らす月もない。

 カミュが手にしている妖精の地図と呼ばれる地図は大まかな場所を知る事しか出来ず、この砂漠の広さが実際にどのくらいなのか、そしてどのくらいの距離を歩けばドムドーラという町に辿り着くのかという事は記されていない。

 この砂漠を東に進めば、ドムドーラという町があると云う事しか解っておらず、今のこの状況から正確な方角が解らないという事が一番の難点なのだ。平原や森の中であれば多少迷おうとも、その場で野営を行えば良い。このアレフガルドには未だに小動物や魚は生きており、木々には実がなっている。だが、一度砂漠に足を踏み入れてしまえば、水を補充する場所もなければ、休む為に座る場所もない。そして、食料を手にする場所もないとなっては、ドムドーラまで一気に歩き続けなければならないのだ。

 その為にも方角を正確に把握する術が必要なのだが、今はそれさえもない。

 

「相当寒いな」

 

「砂漠の夜が続くような物だ」

 

 覚悟を決めて砂漠へ足を踏み入れて暫く歩くと、一気に気温が落ち込んで行く。太陽の熱が一切ないまま過ぎてきた時間が、全ての熱を奪ってしまっているのだ。木々が根を張る土の大地は、昼間に浴びた熱を保温してくれるが、砂はその熱を全て放出してしまう。雪も降っていないのに吐き出す息は白くなり、身体が細かく震えて来た。

 氷竜の因子を受け継ぐメルエだけは、何食わぬ顔をして砂地を歩き続けてはいるが、その手は冷たくなっており、サラの腰袋から取り出された手袋を嫌々ながらも嵌める事となる。

 

「方角は大丈夫でしょうか……」

 

「左手に見えている山脈は、橋から見えていた山脈の筈だ。真っ直ぐと海に向かって伸びていたアレが左手に見える限り、東へ進路を取っている事になる」

 

 寒さを紛らわせる為にメルエを抱き上げたリーシャの横で、サラは先頭で地図を片手に方角を確認しているカミュに向かって口を開く。見渡す限り砂で覆い尽くされた場所で、既にサラは右も左も区別がつかないようになっていた。それにも拘らず、地図を見てから周囲を見渡し、迷いなく歩き続けるカミュに対して不安感が募ったのだろう。現に、カミュが指差す左側にあると云われる山脈はサラには見えない。『たいまつ』を掲げるとうっすらとした影は見えるのだが、アレフガルドを多い尽くす闇に飲まれてそれが山だと判別は出来なかった。

 それでも、ここまで一行を導いて来た彼が言うのであればそれが事実なのだろう。確かにここへ来る際に橋を渡っており、その橋を渡る際に巨大な壁のような岩山が聳えていたような気もする。山から溢れ出した水が川を作り、その川を渡る為に橋が架けられていたのだから間違いはないだろう。

 

「カミュ、あれも動くと思うか?」

 

「ああ、おそらくな。だが、アレがいる事で、ここまで歩いて来た道が正しい事が証明された」

 

 闇が支配する砂漠の中、カミュが掲げる『たいまつ』の炎に照らされた物が姿を現す。後方からそれを見つけたリーシャは、サラとメルエを追い越して先頭へと近付いた。その姿を見て歩みを止めたカミュへの問いかけは、彼等にしか理解出来ない物であろう。何度もあの手の魔物と戦闘を繰り返して来た彼等だからこそ分かり合える物であった。

 目の前に見えて来たのは、大きな石像。アレフガルド大陸を救った古の勇者と共にいた英雄達を模した物と云われている石像が、まるでこの砂漠を進む者を排除するように高々と拳を振り上げて砂漠に立っていた。

 魔王バラモスの居城でも遭遇した物と酷似しており、おそらくこのアレフガルドの大陸に設置された石像の中でも下位にある物なのかもしれない。マイラの森周辺でマドハンドの救援に応じた石像よりも生み出されてからの年数が若いと思われた。

 しかし、何かを護るように、外敵を排除するように直立する石像が、カミュ達一行が歩んで来た道が正しい事をある意味で証明している。おそらく、この石造は砂漠のオアシスに造られた町を守護する為に作り上げられたのだろう。それは、この先にドムドーラの町がある事を示していた。

 

「あの石像程度に後れを取る訳にはいかないぞ。あの合成獣はサラとメルエの力で退けてくれたからな。今度は私達の番だろ?」

 

「一体だけだ、時間を掛けるつもりもない」

 

 砂漠に入る前に遭遇したキメラという魔物は、サラとメルエの放った氷結系最上位呪文によってほぼ全滅させている。カミュやリーシャが行った事はそれに止めを刺すくらいの事であった。

 ルビスの塔での出来事を契機に後方支援組の絆は深まり、今まで以上の連携が可能となっている。前衛組としては頼もしい事この上ないのだが、やはりそれには負けていられないという部分であろう。ドラゴンに遅れを取った事を悔やみ続ける二人は、スカルゴンという強敵を退けて尚、未だに自分達の力量が足りないと考えていた。バラモス城では苦戦した相手である『動く石像』を相手にして、何処まで通用するかというのも一つの指針となると考えたのだ。

 

「サラ、メルエ、呪文の援護は極力控えてくれ。私とカミュでやってみる」

 

「わかりました。ですが、くれぐれも気を付けて下さい」

 

 目の前の石像へと一歩踏み出したカミュを追うようにリーシャが歩き出す。その際に告げられた言葉にサラは頷きを返すが、それでも忠告は怠らなかった。その横では不満そうに頬を膨らませる少女がいるが、そんな少女の頭に手をやったリーシャは一つ笑みを溢すと、瞬時に表情を引き締めてカミュの背中を追った。

 そんな二人を追ってサラとメルエも走り出す。リーシャに対してあのように答えはしたが、二人が危機に陥れば問答無用で間に入るつもりであるサラは、油断なく目の前の石像へと視線を送っていた。

 

「メルエ、あの石像の後方にベギラゴンを落とせますか?」

 

「…………??…………」

 

 カミュとリーシャとの間が少し離れてしまった頃、隣で前方を見つめるメルエへサラが問いかける。先程のリーシャとの会話と矛盾する問いかけに対して不思議そうに首を傾げたメルエであったが、その後に続いたサラの考えを理解し、大きく頷きを返した。

 前方では石像の前面に辿り着いた二人が各々の武器を構えている。右手には武器を左手には『たいまつ』を握る彼等を認識した石像の瞳に光が宿り、砂漠の砂を振り払いながら石像が動き始めた。

 巨大な拳を振り下ろし、砂漠の砂を巻き上げる。『たいまつ』を持つ左腕に嵌められた盾を掲げて砂を防いだカミュ達は、それぞれの武器を交互に振るい、動く石像の身体を削って行った。

 二回ほど石像との攻防が繰り返された時、凄まじい轟音と共に動く石像の後方から燃え盛る火炎が広がる。新たな敵の襲来かと思ったカミュ達であったが、その火炎が自分達へ向けられた物でない事から、後方支援組からの援護だと知った。

 

「有難い。これで『たいまつ』は必要ないな」

 

「砂漠は燃える物がない。メルエの魔法力だけで燃えている火炎だ。戦闘が長引けば、それだけ負担を大きくする」

 

 燃え盛る最上位の灼熱呪文による火炎は、闇に閉ざされた砂漠の気温を一気に上げ、更に周囲を明るく照らし出す。片手に『たいまつ』を持っての戦闘よりも遥かに動き易くなった事にリーシャは顔を綻ばせるが、カミュの言葉を聞いて真剣な表情に豹変させた後、しっかりと頷きを返した。

 この二人にとって、幼いメルエへ負担を掛ける事は好ましい事ではないのだ。明るさを得る事は有難い事ではあっても、それが少女に負担を掛ける事であれば、それは容認出来る事ではない。だが、後方にいる賢者という敬称を受け継ぐ女性は、そんな二人の心情を理解して尚、この場面でのメルエの呪文の行使を支持していた。

 メルエは最早護られるだけの者ではない。ルビスの塔でのドラゴラムを経て、彼女の力は一行全員を護る事の出来るだけの力を得ている。そして、この少女の想いもまた、恐怖と葛藤を乗り越えて深まった絆を持って、もう一段上へと昇格していた。

 

「メルエ、あの火炎が消えてしまう頃に私がベギラゴンを唱えます。もし、腐乱死体の魔物などが出て来ても、あの火炎には近づけないでしょう。私の放った火炎が消えそうになったら、もう一度だけお願いしますね」

 

「…………ん…………」

 

 しっかりと頷く少女を見て微笑んだサラではあったが、小さく『もしかすると、私が唱えるまでもないかもしれませんが』という呟きを漏らす。それだけ、彼女達の目の前で繰り広げられる攻防が圧倒的な物であったのだ。

 メルエの魔法力を糧に未だに燃え続ける火炎は砂漠を明るく照らし出し、全てを浮き彫りにしている。それは動く石像の身体に入っている小さくはない亀裂をも目立たせていた。既に石像の足に入った亀裂は腰まで伸び、腕に入った亀裂は肩口から顔面にまで及んでいる。それは、この戦闘が終幕に近づいている事を示していた。

 

「カミュ、止めだ!」

 

「ふん!」

 

 リーシャの叫びに応えるようにカミュが真一文字に剣を振るう。動く石像の太腿部分に突き刺さった雷神の剣を起点に、稲妻のように亀裂が広がって行き、そして石像全体を侵食して行った。声とも叫びとも取れる奇声を発した動く石像の身体が、下半身から崩れて行く。そして、落ちて来た頭頂部に魔神の斧が突き刺さった事で、全てが終わった。

 破裂するように砕け散った石像は、その身体に宿していた悪しき魔法力を霧散させ、物言わぬ石へと姿を変えて行く。いずれは周辺を覆う大量の砂と同じように風化して行くであろう大きな石が転がる中で武器を納める二人を見たサラは、『やはり自分が呪文を行使する場面は訪れなかった』と小さな笑みを浮かべた。

 ルビスの塔での撤退以来、カミュやリーシャの力量は加速度的に上がっている。それはその心の持ちようなのか解らないが、特に目覚しい成長を遂げているカミュに至っては、『勇者』としての能力が覚醒したようにさえ思われた。

 

「あれがドムドーラの町か?」

 

「おそらくな」

 

 戦闘を終えた二人にサラ達が近付くと、『たいまつ』を拾い上げたリーシャが前方へと明かりを向ける。メルエが放ったベギラゴンの残骸が残る中で照らし出された向こうに、明らかに人工的な灯火が映っていた。

 ぼやっとした灯火が幾つも灯されており、その明かりが朧気ながらも町の大きさを示している。ラダトーム王都には及ばないまでも、マイラの村よりも大きな町である事が見て取れた。それはこの集落にマイラの村以上の人間が生活している証明であり、この砂漠の中心にそれだけの人間が生活出来るだけの何かがある事を示している。

 同じように砂漠の中央に建国されたイシスのように、広大なオアシスを持っているのかもしれない。または町の傍には海が広がり、海からの恵みが多いのかもしれない。その答えはカミュ達には解らないが、今はこの町で新たな情報を得る必要がある事だけは確かであった。

 

 古の勇者が所有していた神代の剣に繋がるオリハルコンという希少金属の情報がある町。

 緑豊かな大陸に広がる不可解な砂漠の奥に存在する謎の多い町。

 彼等の旅はまた一歩大魔王ゾーマへと近付こうとしていた。

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。
ここまで来ると、残る集落の数も限られて来ました。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしております。

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