新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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ガライの家

 

 

 

 マイラの村へ降り立った一行は、そのまま元ジパングの鍛冶職人である道具屋の主人の許へと向かう。漂って来る硫黄の香りにそわそわし始めたメルエに苦笑しながらも、その手を取ったサラは、このマイラの村が後方にある大きな森の恩恵を如何に受けているのかを改めて感じていた。

 ドムドーラという荒廃して行く町を目の当たりにしたからだろうが、森から流れて来る澄んだ風に、その森が地面に溜め込んでいる豊かな水。森に住まう多くの動物達や、木々が実らす多くの果実など、その恩恵は数え切れない。豊かな水は井戸を満たし、湯泉から湧き出す湯は住民達の心さえも豊かにしていた。

 大魔王ゾーマという恐怖が迫りながらも、それでも笑みを浮かべられるのは、この森を護るように広がるマイラの森と、それを護る森の精霊の恩恵の為であろう。この村を初めて見た時は、それを感じてはいても切実に感じる事はなかったが、ドムドーラを見てからは、人の営みは自然無くては成り立たない事を強く感じたのだった。

 

「いらっしゃい」

 

 道具屋の一階部分で他者との会話に興じる者達を優しい気持ちで見送って二階へ上がると、今日も四角いカウンターの中でジパングの民族衣装を着用した男性が立っていた。

 カミュ達が来た事に驚きの顔を浮かべてから、それでも少し喜びを滲ませる笑みを浮かべる。だが、最後に階段を上がって来たリーシャが両手で抱えている物を見つけると、先程以上の驚愕の色を滲ませた表情に変化し、口を開閉させながら言葉を詰まらせていた。

 

「こ、これは……」

 

「正確には解らないが、おそらくはオリハルコンと呼ばれる金属だと思う」

 

 大きな音を立ててカウンターに置かれた石を見た道具屋の店主は、声にならない声を上げ、震える瞳でカミュへ視線を向ける。商品鑑定という技能を持っていないカミュ達には その視線に対して正確な答えを出す事は出来ない。それでも現状で推測出来る可能性を彼は口にした。

 カミュの言葉を聞いた店主は、震える指をオリハルコンと思われる石へと伸ばす。彼が心から欲した物がそこにあるのだ。それは物欲ではなく、製作欲。その素材を使って、最高の物を生み出したいと思うのは、ジパング出身の鍛冶職人ならではなのかもしれない。

 しかし、その指が石に触れた瞬間、弱い光が瞬いた事で、店主は手を引き戻してしまう。カミュ達には見慣れた光景であっても、鍛冶職人として生きて来た彼にとっては、恐怖を感じる程の不可思議な現象であったのだ。

 

「大丈夫です。おそらく、魔法力に反応しただけです。次からは輝かなくなりますから」

 

「……鍛治屋にさえ魔法力の才はあるのか?」

 

 恐ろしくなった店主は救いを求めるようにカミュへ視線を送るが、それに答えたのは隣に立っていたサラであった。彼女自身が経験した光よりも弱い物である事から、この店主が内包する魔法力の少なさが窺える。それでも様々な武器や防具を生み出す鍛冶職人は、その作成に少なからず魔法力を利用しているのであろう。意識的か無意識かは別としても、彼が多少なりとも魔法力を放出する才を持っている事の証明であった。

 そんな事実を受け入れる事の出来ない人物が一人。自分の時は何の反応を示さなかった石が、有能な鍛冶屋とはいえ、戦闘も経験していない人間の指に反応した事が極めて遺憾であったのだろう。悔しそうに表情を歪め、憎々しげに石を睨み付けていた。

 弱い光でありながらも、輝きを放った事で頬を緩ませたメルエは、再び自分も光るのではないかと、カウンターの下から手を伸ばすが、カウンターの背丈が高過ぎて石まで届かない。不満そうに頬を膨らませ、リーシャに抱き上げて貰おうと試みるが、怒りで余裕のなくなっている彼女には、そんな少女の願いは届かなかった。

 

「ありがとうございます。このオリハルコンは、私の今持っている全ての財産で買い取らせて頂きます」

 

「全財産ですか?」

 

 神秘的な光景を目の当たりにした店主は、この金属がオリハルコンであると信頼する。まず、目の前のカミュ達が嘘偽りを言う人間達ではない事は解っていた。だが、オリハルコンという神代の金属を求めている道具屋の店主としての噂が広がると、何の変哲も無い石や金属をオリハルコンだと言い張って売りつけようとする者達が数多く現れるようになる。そんな中で頼れるのは自分の目と培って来た経験だけであった。

 そんな店主がジパングを共に飛び出した自分の師匠以外で信じるに値すると思われる人間は突如として訪れる。それが今、彼の目の前で困惑の表情を浮かべている四人の若者であった。

 鋭い雰囲気を持つ青年は、その鋭さを無闇に撒き散らすのではなく、純粋に自分の後方に控える三人の女性達を護る為に周囲を警戒しており、その横に立つ女性は、店主が見た事も無い装備を身に纏い、今まで出会ったどんな人間よりも遥か上の力量を持っている事が一目で解る。そんな二人に護られながらも、強い信頼を受けているように見える女性は、言葉一つ一つを聞き漏らさないように耳を傾け、細かな部分でさえも自らの頭で考えていた。そして、何よりそんな屈強な者達と共に旅する少女が、店主が生まれ故郷で最後に見た皇女と重なる。

 ヤマタノオロチという強大な厄災に国民全員が怯える中、それでも国を愛し、民を愛し、真っ直ぐに生きる道を見つめる幼い少女。店主が御伽噺で聞いていた『ジパングの太陽』とさえ云われた国主と同じ雰囲気を持つ皇女の面影が見えたのだ。

 

「今の私の全財産は、22500ゴールドしかありません。どうか、これでオリハルコンをお譲り頂きたい」

 

 懐かしい面影に瞼を熱くさせながらも、店主はカウンターの下から大きな革袋を取り出す。ずっしりとした革袋には、大小様々な硬貨が入っていた。

 ゴールドというのは硬貨の単位ではあるが、同じゴールドでもやはり時間が経って磨り減った物もあり、その価値は下がる物もある。商売をしていれば、様々な硬貨が流通し、それを選り好みしていれば商売が出来ないのだ。

 それ相応の重さがある革袋は、確かにこの小さな道具屋の全財産なのだろう。もしかすれば、生活費のような物は、彼の妻が管理しているのかもしれないが、商売をする軍資金としてはこれが全てである事は彼の目を見れば嘘でない事が解った。

 

「しかし、それが無くなれば、明日からの商売に困るだろう?」

 

「はい。仕入れなどは全く出来なくなると思います。ですが、おそらく数ヶ月はこのオリハルコンの加工に時間を費やす事になりましょう。勝手な言い分ではありますが、もし、このオリハルコンで納得の行く物が出来上がったら、是非貴方に購入して貰いたいのです」

 

「……カミュ様にですか?」

 

 店主の瞳は真っ直ぐにカミュを射抜いている。彼の目から見ても、隣に立つ女性が身に着けている装備品は一級品であり、その力量は口にするまでも無い事は解っているだろう。それでも、この店主は、伝説の希少金属から生まれた剣は、この不思議な雰囲気を纏う青年に持って貰いたいと考えていたのだ。

 他の誰でもなく、心から信じる事が出来ると思ったこの青年こそ、剣の所有者であるとこの店主は考えている。むしろ、今では、この青年が現れたからこそ、オリハルコンが今ここにあり、この青年が現れるからこそ、自分がこのアレフガルドという異世界に落ちて来たのではないかとさえ考えていた。

 それが、アレフガルドという未知の世界に落ちて来た自分の定めであり、この青年に会う事は導きであると。そう自然に考える事が出来る程、彼は目の前に立つ青年に魅了されていた。

 

「納得が行く物であった時の購入金額は、この革袋の中身をそのまま頂きたい」

 

「そ、それでは店主の加工料や他の材料費分がないではないか!?」

 

 オリハルコンの買取金額と同金額で、古の勇者が使用していた剣を買い取って欲しいという店主の願いに、リーシャが異を唱える。確かに、材料費や加工料、そして加工の為の燃料費などを考えれば、完全なる赤字になる事は明白であるのだ。それは、世界の理から見ても異常であろう。

 材料を安値で買い、加工して高値で売るというのが商売の基本である。それは商人としての修行をしていないカミュ達でさえも解る簡単な仕組みであった。現に、カミュ達が倒した魔物の部位は、それを加工して造る武器や防具に比べて遥かに安い金額で引取られる。纏まった大量の部位があればそれなりの金額にはなるが、それでも完成した加工品に比べれば随分安いだろう。そんな商売の常識をも捨てる店主の覚悟に、流石のカミュも驚きを顔に浮かべていた。

 

「その代わりという訳ではないが……このドラゴンキラーという武器は預からせて欲しい。これの一部を使用したいというのもあるのだが、私の師匠が作った素晴らしい一品なのです」

 

「ドラゴンキラーの一部を使うのですか?」

 

 ドラゴンキラーの金額は、その時に購入した魔法の鎧と合わせて15000ゴールド。その後にトルドバーグにてこの店主の師匠と思われる人間に加工してもらった際に支払った分が7500ゴールドである。魔法の鎧の分を差し引けば、15000ゴールド程度になるだろう。そして、今現在は刃が反れてしまい、武器としての役割を果たせない事を考えると、10000~12500程度の価値しかないと考えても良い筈だ。それを一部使用するとはいえ、譲渡するのであれば、その後の材料という名目であれば、色々な経費分としては妥当なのかもしれない。

 店主の瞳を見たカミュは、その想いと決意が揺るがない事を察し、息を吐き出した後でゆっくりと頷きを返した。

 

「……そうか、ありがとう」

 

 『ほっ』と胸を撫で下ろした店主は、先程の商売人としての顔とは異なる鍛冶師の顔となって、目の前のオリハルコンを触り始める。撫でて、叩き、持ち上げてみては降ろす。そんな事を繰り返していた店主は、少し困ったような表情をしたまま苦笑を浮かべた。

 店主から受け取った革袋はサラへと渡され、入っている金額以上に重く感じる革袋をサラは大事そうに持ち物に加える。そんな時、何故かサラは自分の持ち物の中にある、然る高貴なお方から託された道具に目を向けた。それが何故なのかは解らない。だが、何故か、その道具からサラへ呼びかけたかのように、それが目に入ったのだ。

 本来、渡された時のまま木箱に入ったそれは、サラの持ち物の中で木箱から出ている。しっかりと蓋を閉じて袋に入れ、このアレフガルドを治めるラダトーム王家の国宝と呼ぶに相応しい物である事を考えて丁重に扱って来た筈にも拘らず、何故かその輝きはサラの瞳に直接入り込んで来たのだ。

 

「流石は、太陽の熱でなければ溶けないと謳われた金属だね。通常の鍛治で使う熱では形状を変える事さえも難しいそうだよ」

 

「あっ!」

 

 表情を心配して見ていたカミュとリーシャに向かって、何処か情けない声を出して苦笑を浮かべる店主の言葉を聞いて、サラは弾かれたように顔を上げる。何故今、彼女の目の中にこの国宝に等しい道具が飛び込んで来たのか、そして、何故それがサラに呼びかけるように姿を現していたのかが理解出来たのだ。

 勢い良く腰の革袋からサラが取り出した物は『太陽の石』。ラダトーム王家に伝わる物であり、世界を照らし、全てに恵みを与える巨大な太陽の熱を封じ込めたと云われる宝玉である。袋から取り出された真っ赤に燃えるような宝玉は、持つ手を焼いてしまうのではないかと思う程の熱を発していた。

 

「これは?」

 

「太陽の石と呼ばれる、神代の物です。太陽の熱を封じ込めたとも伝えられている、このラダトーム王国の宝です。私達の旅に必要な時が来ると王太子様がお貸し下さいました」

 

 カウンターに置かれた宝玉は、赤々とした炎が内部で燃え盛っているような輝きを放っている。その輝きは相当な熱を持っているかのように、傍に置かれたオリハルコンを照らしており、うっすらと金属の香りが道具屋の二階部分に漂い始めていた。

 太陽の熱を封じ込めたと云われるその石は、まるで自分の役目を果たす時が来た事を喜ぶように宝玉の中で炎を渦巻いている。王太子が口にした伝承の使用方法とは異なる物ではあるが、この神代の宝玉が己の役割と受け入れたならば、その担い手ではないサラが制止する事は出来ないのだ。

 

「ラ、ラダトーム王国の国宝!? そ、そのような物をお借りする訳にはいきませんよ! あ、あつっ!?」

 

「いえ、おそらく、その太陽の石もそれを望んでいるのだと思います。その宝玉から発せられる熱が何よりの証拠でしょう。ご店主ならば、丁重に扱って下さると信じています」

 

 この広大なアレフガルド大陸を統治する只一つの国家の国宝と聞いた店主は、慌てて太陽の石を返そうとするが、宝玉に触れた手に尋常ではない熱さを感じて声を上げてしまう。そんな姿を見たサラは、尚更に太陽の石自らが望んだ結果であると結論付け、カミュやリーシャもそう考えるに至った。

 本来であれば、金属の加工に使用する為に使うなど畏れ多い事であり、第一にこの太陽の石がそれを認めないだろう。それでも、この太陽の石がオリハルコンに呼応するように輝きを増し、オリハルコンを在るべき姿に戻す為の熱を発している事が、全てを物語っているとしか考えられなかったのだ。

 

「……本当に畏れ多い事ですが、拝借致します。必ずや、このオリハルコンを在りし日の姿に戻して見せましょう」

 

 暫し、サラと太陽の石の間で視線を往復させていた店主ではあったが、その胸に湧き上がる熱い想いを抑える事は出来ず、丁重に頭を下げて国宝を借り受ける事に決める。

 ジパングという国にとって、国主とは共に生きる者でありながらも、民を導く者であった。神の子の末裔としても語り継がれ、その証拠に神から神剣を授かっている。それ故に、ジパングの国民にとって国宝とは特別な物なのだ。国宝は国主の物でもあり、神の物でもある。つまり、国宝とは神宝と同意なのであった。

 ジパングの鍛冶師として生きて来たこの店主にとって、ジパングの国宝でもあった神剣『天叢雲剣』は特別な武器である。初代国主が神から賜った宝剣であり、神剣。それはジパングという国を長く守護して来た。ヤマタノオロチという厄災に襲われた事を苦にして故郷を捨てた彼にとって、憧れの感情が膨れ上がる程の存在でもある。

 それと同様の逸話が残り、そして神が生み出した金属によって出来ている剣を自らが打てるとなれば、彼の生涯を賭けての大仕事になるだろう。

 

「どちらへ向かわれるのですか? 次に戻られる頃には仕上げたいと思いますが……」

 

「メルキドという町へ向かおうと思っている」

 

 顔を上げた店主は、仕上がりまでの期間を自分に課す為に、依頼主に等しいカミュ達の予定を問いかける。口外しても差し支えない情報である為、カミュは自分達の行動予定をそのまま口にした。

 現在、彼等が赴いていない場所でその名が明らかになっているのは、メルキドしか残されていない。カミュもリーシャも未だにルビスの塔へ挑むのは時期尚早と考えている以上、メルキドへ向かう事は決定事項であった。

 

「何やら、吟遊詩人も向かったらしいからな。思っているよりも厳しい道のりではないのかもしれない」

 

「そんな事はないと思いますが……」

 

 店主とカミュのやり取りを聞いていたリーシャが、ドムドーラで聞いた情報を口にする。闇に覆われ、強力な魔物が横行するアレフガルド大陸で、吟遊詩人の一人旅が可能である事自体が不思議な事ではあるのだが、吟遊詩人という職業を考えれば、旅自体は何も不思議な事ではない。故に、ドムドーラとメルキド間の道は比較的安全なのではないかというのがリーシャの意見ではあったが、それをサラは即座に否定した。

 特別な小隊についていったのか、それともその吟遊詩人がルーラという呪文を取得しているかのいずれかでなければ、アレフガルド大陸を移動する事は不可能であろう。それこそ、この吟遊詩人がカミュ達並の力量を有していれば別であるが、そのような可能性は皆無である事からも、何らかの特別な理由があると考えられた。

 

「……吟遊詩人? ああ、何でもラダトームの北西に住む青年だそうです。確か、ガライという名前であったと思いますが、竪琴を使うらしいですよ。私は見た事はありませんが、その竪琴が奏でる音色は、魔物でさえも魅了したと云われているようです」

 

「この村にまで名前が知れているとなれば、余程の者なのだろうな」

 

 カミュ達の会話を聞いていた店主は、己が耳にした事のある噂を口にする。この店主も元はジパング出身の男であり、このアレフガルドに落ちて来てからも長くて数年の単位であろう。その男であろうとも耳にした事のある名というのであれば、それなりに有名な人物である事が解った。

 竪琴を奏でて詩を紡ぐ旅人は珍しい物ではない。だが、珍しい物ではないからこそ、ガライという名の吟遊詩人の力量がそれだけ特出している事の証明と考えられる。その者が奏でる音が良いのか、それともその者の声が良いのかは解らないが、それでもこの大きな大陸全土に轟く程の人物であることだけは確かであった。

 

「何でも、ラダトームの北西に建てた小さな家で両親と共に暮らしている変わり者らしいですよ」

 

「こんな時代にか? アレフガルドでは、集落から離れた所で独自に家屋を建てる事が流行していたのか?」

 

 マイラの村に来る途中の海域で漁を営んでいた漁師も、小さな家屋を海辺に建てて暮らしていた。魔物が凶暴化する前なのかは解らないが、それでも集落から離れた場所で家屋を建てるという行為自体が理解が追いつかない物であるだろう。故に、リーシャは首を傾げるのだった。

 しかし、よくよく考えれば、そのガライと名乗る吟遊詩人が自分達の旅に関係して来る可能性は少なく、その生家となる場所に脚を運ぶ必要もないだろう。そう考えたリーシャは即座に興味をなくし、元々話に興味を持たずに、太陽の石が見えなくなってからは一人で周囲の陳列物を眺めていたメルエの許へと移動して行った。

 

「カミュ様、一度行ってみますか?」

 

「……行く必要はないと思うが?」

 

 しかし、何故か気になったサラは、メルキドへ向かう前にガライの生家へ行くという選択肢を新たに掲げる。カミュもリーシャと同様の考えであり、吟遊詩人の家などに寄る余裕も無いと思っていたのだが、サラの瞳を見て、方針を変える必要性を感じた。

 サラの瞳は何かを訴えかけており、先程聞いた店主からの話の中の何かが彼女には引っ掛かったのだろう。それが何なのか、そしてどのような意味があるのかはカミュには解らないが、それでもこの一行の賢者が行く必要性を感じたのならば、そこへ行く事は無駄ではないと考えたのだ。

 小さく頷いたカミュを見たサラは、『わかりました』という小さな返答を発して、また少し思考の海へと潜って行く。最早見慣れたその姿に溜息を吐き出したカミュは、サラの腰元から先程のゴールドが入った袋を取り、カウンターへ置いた。

 

「剣が出来るまでの間、この袋は預けて置く。この重い袋は戦闘の邪魔になる可能性も高く、俺達が死んだ時には何の意味も成さない物になってしまうだろう」

 

「しかし、それでは……」

 

 自分の腰元に伸びて来たカミュの手に我に返ったサラが発した素っ頓狂な声は無視され、カミュと店主の間で話が進んで行く。

 カミュとしては、サラの腰に一度は繋がれたのだから、そのゴールド袋はカミュ達の所持金になったという認識なのだろう。その上で、旅を続けて行く中で過剰なゴールドを預けるに値する商人として、この店主を認めたのだった。

 しかし、それでは自分の覚悟が無になってしまうと考えた店主は抗議の声を発しようとするが、それは直後に繋がったカミュの行動によって遮られる事となる。

 

「この剣も預けて置く。これは売る訳でも、質に入れる訳でもない。一時的ではあるが、アンタに預ける。そのゴールドは俺達の物だが、剣の出来栄えによっては丸々アンタの物だ。要は、そのオリハルコンが神代の剣に生まれ変われば良いという事だ。ただ、この剣を受け取りに必ず戻って来る。その時に神代の剣を他者に売却などしていたら、ゴールド分は返してもらうぞ」

 

「……わかりました。確かに、お預かり致します」

 

 オリハルコンという特殊な金属を剣として生まれ変わらせる事は簡単な事ではない。太陽の石という神代の道具があったとしても難しい事に変わりはないだろう。様々な設備を整えなければならないだろうし、道具なども新たに購入しなければならないだろう。その為には多くのゴールドが必要になる筈なのだ。カミュの申し出はそのような店主の内情を慮る物であった。

 しかし、その言葉は甘い物だけではない。既に太陽の石という国宝を貸し与えているのであるから不必要に感じるが、それでもカミュの手から渡された剣には重い意味が持たされていた。納得行く剣が出来上がりさえすれば、22500ゴールドという大金は、購入金額として使われるのであるから、結局店主の物となる。カミュ達の手元に神代の剣が渡る事が前提であれば、そのゴールドを何に使おうとも良いのだが、それが履行されない場合は、店主はカミュ達の資金を着服した罪人となってしまうだろう。そんな相手の覚悟を試すような申し出でもあったのだ。

 

「大丈夫ですよ。カミュ様は、店主様と同じジパングの血を受け継いだ方ですから」

 

「え? 貴方もジパング出身なのですか?」

 

「……祖母がジパングの人間なのだと思う」

 

 しかし、そんな緊迫した空気は、先程素っ頓狂な声を上げたサラによって壊される。『同郷の者だから大丈夫』という理屈は全く理解出来ないが、右も左も解らない他世界に落ちて来た者にとっては、その存在はとても心強い物であるだろう。僅かではあるが、店主の顔に安堵の色が浮かび、それに対して微笑みを浮かべるサラと、苦々しく顔を顰めるカミュという対照的な表情が映った。

 カミュ自体がジパングで生まれた訳ではないが、その身体に流れる一部は間違いなくジパングの者の血液である。それまでは、何とも感じなかった彼の黒髪も、今の店主には懐かしい色に感じるだろう。この世界も上の世界と同様に漆黒の髪色を持つ人間は皆無である。自分と自分の妻にしかない黒髪に向けられる好奇の視線に心の奥底で耐えて来た彼にとって、カミュ達を信用する一番の理由が、この黒髪だったのかもしれない。そんな黒髪を持つ青年が、同じ故郷を持った同士であるとなれば、先程までの決意が必ず成し遂げるべき物へと変わっても不思議ではなかった。

 

「ジパングの者と交わした約束となれば、違えれば死を意味する。厚かましい願いですが、私を信用して下さい。必ず……必ず、後世に残る程の剣を打って見せます」

 

 強い決意と絶対の信念を宿した瞳をカミュに向けた店主は、その拳を強く握り締めている。ここで彼は重い約束を結んだのだ。世界を救うと云われる『勇者』と人類を救うと謳われる『賢者』の前で、彼は人生を変える約束を紡いだのだった。

 そんな世界を変える出来事は、静かに陳列商品を見ていたメルエが珍しく棚にある商品を引っくり返した音によって打ち切られる事となる。綺麗に輝く何かを見つけた少女は、それを取ろうと手を伸ばし、その横にあった商品を崩してしまったのだ。

 派手に大きな音を立てて崩れて少女に襲い掛かる商品は、それを庇うように入り込んだリーシャの背中に落ちて行く。魔物の一撃を受けても戦い続ける戦士にとって何でも無い衝撃であっても、庇われている少女と店主から見れば、慌てざるを得ない出来事であった。

 

「メルエ、一つ一つ片付けた後、ちゃんと謝るんだ」

 

「…………ごめん……なさい…………」

 

 床に転がった商品を拾い上げたリーシャの顔に苦痛の色が見えない事に安堵したメルエは、傍に落ちている商品を手にとって小さな謝罪の言葉を口にする。意気消沈した少女が商品を拾って棚に戻す姿に空気は和み、全てを片付けた後に頭を下げる姿に店主は笑みを溢した。

 再会を誓って階下へと下りて行く一行を見送った店主は、一度頬を両手で叩き、オリハルコンという神代の金属と太陽の石という国宝を持って鍛冶場へと向かう。二階へと繋がる階段の前にある扉を閉め、そのノブに閉店の札を下げた彼は、ここから数ヶ月間店を開ける事は無かった。常に鉄を打つ甲高い音が響く一階部分では、店主の妻が入れた茶を飲んで食事をする店が開かれ、その後はマイラの村の名所の一つとなるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 メルエの放ったルーラによってラダトーム王都へ戻った一行は、そのまま北西へと進路を取る。マイラの村とラダトームとを隔てる海峡へ向かう別れ道を北へ進み、勇者の洞窟のある砂丘の南にある草原を西へ抜ける。やはり魔物との遭遇はあったが、ほとんどがスライム系の魔物であった為、苦労する事なく歩き続ける事が出来た。

 三度の野営を経て、大陸の西の海岸へ出た一行は、そこから北へ続く平原の先に小さな家屋を見つける。闇が支配する海岸であっても、幼い少女が興味を示す小動物は生きており、それを見つけては屈み込むメルエを引っ張りながら扉の前へと辿り着いた。

 

「……はい?」

 

 二、三度のノックの後で小さな返答が扉の向こうから聞こえて来る。大魔王ゾーマの復活による魔物の凶暴化に伴い、このような場所を訪れる者はとても少ないのだろう。それでも、扉の向こうから聞こえて来る声には、警戒の色に加えて、何故か小さな喜びの色を感じた。

 しっかりと閉じられた扉ではあるが、何時でも開く事が出来るように扉のすぐ向こうに人の気配を感じる。そんな扉の向こうの相手に向かって、カミュは口を開いた。

 

「突然、申し訳ございません。旅の者なのですが、こちらがガライ様のご自宅だと聞いてお訪ねしました」

 

「……はい。そうですが、何か?」

 

 カミュの言葉を聞いた扉の向こうの人間は、一拍置いた後に扉をゆっくりと開ける。その時の返答には若干の失望が含まれており、出て来た人物の表情を見て、サラは先程感じた喜びの色と今の失望の色の理由を察した。

 顔を出したのは、初老の女性である。おそらくガライという吟遊詩人の母親なのであろう。このような時代で旅を続ける吟遊詩人という職業に就いた息子を心配する一人の母親であったのだ。

 先程の期待と喜びは、『もしかしたら、息子が帰って来たのではないか?』という物。そして今の失望は、それが叶わなかった事への落胆であろう。それは何処にでもある親の愛情でありながら、子供に与える物としては最上位にある感情であった。

 

「息子がどうかしましたか……?」

 

 扉の前に立っていたカミュ達の物々しい姿に怯えるように声を発する女性は、その後に続く言葉を恐れるように瞳を揺らせている。息子の死という情報を運んで来たのではないかという恐れから来る物なのだろうが、そんな初老の女性を見ていたリーシャは何処か寂しそうに表情を歪めた。

 リーシャの頭の中には、アリアハンへ凱旋した時の光景が浮かんでいるのだろう。魔王バラモスを討ち果たした事で喜びに湧く城下町を歩いていた時に彼女へ問いかけて来た女性の顔を。

 魔王を倒した勇者となった青年の母親は、目の前に居る初老の女性のような表情を浮かべる事はなかった。アリアハンに戻らない事を伝えた時の表情は怯えを含んでいたが、この初老の女性のように死刑宣告を受ける前のように切羽詰った物ではなかったように思われる。

 愛情の度合いではない。だが、その愛情の方向性の違いなのかもしれない。それが何故かリーシャには哀しく感じてしまった。

 

「いえ、見事な竪琴を奏でるとアレフガルド中にその名を轟かせていらっしゃるので、叶うならば、一曲お聞かせ願えればと思いまして……。先日まではメルキドという町にいらっしゃると伺っていましたが、もうお戻りになられている頃かと」

 

「……そうですか。あの子は今、メルキドにいるのですね」

 

 カミュの言葉を聞いた女性は明らかな安堵の表情を浮かべる。メルキドという遠い地であっても、元気でいるという事を聞いて喜びを表した。大陸中にその名が轟いているという事を誇りに思う気持ちもあるのだろうが、親というのは何よりも子供の無事と健康を願う者なのかもしれない。

 先程まで険しい表情をしていたリーシャも、そんな女性の姿に表情を緩める。カミュの母親もまた、遠く離れていても、息子が生きているという事実に喜びを表していた。あの表情も感情も、嘘偽りのない物である事は間違いないだろう。例え歪んでいたとしても、彼女がカミュを想う愛もまた、真実であったのだとリーシャは考えていた。

 

「あの子は竪琴を置いて旅に出てしまったのですよ」

 

 入り口で話し込む妻を不審に思ったこの家の主がカミュ達の前に姿を現す。初老の男性は、警戒心を残しながらも、丁寧な口調でカミュ達へと答えた。この男性が女性の夫であり、ガライの父親なのであろう。線の細い身体から伸びる二つの腕の先に銀色に輝く竪琴を持っていた。

 暗闇に染まるアレフガルドの中で、家屋の中で灯る炎の明かりでさえも輝く銀色の竪琴は、大陸一の吟遊詩人が持つに相応しい美しさを誇っている。眩いばかりの輝きを放つその竪琴に、カミュ達一行全員が意識を呑まれてしまった。

 

「……もし、よろしければ、あの子にこの竪琴を届けて頂けませんか? そうすれば、曲を奏でる事も可能だと思いますから」

 

 夫の手から銀色に輝く竪琴を受け取った女性は、それを押し付けるようにカミュへと渡す。『大陸一の吟遊詩人が奏でる竪琴を聴きたい』という申し出をしている以上、カミュ達にその願いを断るという事は出来なかった。

 一抹の疑問を抱きながらも、銀の竪琴を受け取ったカミュ達は老夫婦に礼を述べて、その場を後にする。銀の竪琴は、専用の袋に入れてサラが持つ事になったのだが、それを羨ましそうに見つめるメルエに彼女は苦笑する事となった。

 

「しかし、どうして商売道具の竪琴を置いて旅に出ているのだ?」

 

「……久しぶりに聞いたが、何故俺が解ると思うんだ?」

 

 ラダトーム方面へ戻るように歩いていた一行であったが、一度休憩を取ろうと森の傍で腰を降ろした時、リーシャがカミュへ問い掛ける。そんな女性戦士の問いかけに、呆れたような溜息を吐き出した彼は、座ると同時に銀の竪琴の傍に近寄るメルエへと視線を送った。

 袋から少し顔を出した竪琴は、火を点けたばかりに焚き火の炎に照らされて美しく輝いている。その姿に頬を緩めた少女は、袋からその姿を全て取り出した。竪琴の弦も透き通るような輝きを放っており、魅了されるように見つめていたメルエは笑みを浮かべてサラへと視線を送る。

 

「ですが、確かに変ですよね。竪琴を奏でる事で有名な吟遊詩人が、その竪琴を持たずに旅を続けるというのは、何か理由があるのでしょうか? 竪琴を弾く事の出来ない理由でもない限りは持っていく筈ですから」

 

「……見たところ、壊れているようには見えないぞ?」

 

 メルエの視線を受けたサラは、目の前にある竪琴と、その持ち主の評価に矛盾がある事に疑問を感じる。サラの言葉通り、竪琴で有名な吟遊詩人がその商売道具を持たずに旅をするという事自体が奇妙な事であった。竪琴の他にも楽器を奏でられるとしても、アレフガルドに来て間もないジパング出身の鍛冶師が耳にする程の名声を得た楽器を持たずに旅をするというのは、何か特別な理由があると考えざるを得ない。

 しかし、そんなサラの言葉を聞いたリーシャが確認した通り、メルエが頬を緩めて眺める竪琴には損傷が見受けられない。楽器を奏でる事が出来ない彼らに微妙な損傷が解る訳ではないが、傷一つなく、弦が切れている訳でもないそれを見る限り、竪琴自体に問題があるようには思えなかった。

 

「専門の方にしか解らないような、微妙な音の違いでもあるのでしょうか?」

 

「…………メルエ………ひく…………」

 

 メルエの傍から竪琴を持ち上げ、近くでその姿を確認したサラは、外部ではなく内部に問題があるのではないかと考える。弦を張って、それを弾く事で音を奏でる竪琴という楽器は、その張り具合などで微妙な音の違いが現れる事がある。専門の人間にしか聞き分けられないような違いでも、曲を奏でるとなれば致命的な物になる事もあるのだ。

 そんな事を考えながら竪琴を眺めていると、物欲しそうに手を伸ばす少女がそれを奏でたいという欲求を口にする。この少女が奏でる事の出来る楽器はオカリナのみである事を知っているサラは、そんな幼く可愛い我儘に優しい笑みを溢した。

 地面に座ったメルエの膝の上に慎重に竪琴を置いたサラは、森の入り口から平原の方へメルエの身体を向け、その小さな指を弦の上に乗せる。嬉しそうに微笑んだメルエは、何処か躊躇うように弦を弾いた。

 透き通るような音色が森から平原に向けて響き渡る。一本の弦を弾いただけでも、その音色は周囲を包み込むように優しく流れて行った。幻想的なその音色は聞く者を魅了する。弾いたメルエはうっとりと目を細め、傍にいたカミュでさえも感心したように息を吐き出した。

 そして、その音色に魅せられる者は、人間だけではない。

 

「ま、まもの!?」

 

「カ、カミュ!」

 

 うっとりと聞き入っていたサラは、すぐ傍で聞こえて来た人ではない唸り声に我に返る。ふと見渡せば、森の入り口にいたカミュ達を囲むように多くの魔物達が集っていたのだ。

 この周辺に生息する魔物達である為、それ程強力な魔物達ではない。スライムやスライムベスが多くを占めてはいるが、空から舞い降りるように長い胴体を動かすサラマンダーが混じっていた事で、リーシャは即座に戦闘態勢に入った。

 魔物達でさえも先程の竪琴の音色に魅入られていたように動きを止めていたが、我に返るように凶暴性を剥き出しにしてカミュ達へと襲い掛かって来る。スライムやスライムベスなどはカミュ達の敵ではない。だが、龍種最上位に位置するサラマンダーだけは、別格であった。

 

「メルエ、あの龍が吐き出す炎はマヒャドで防いで下さい」

 

「…………ん…………」

 

 しかし、魔法の行使が不可能であった勇者の洞窟でならいざ知らず、後方支援組が稼動している今であれば、カミュ達にとってそれ程苦労する敵でもない。吐き出された高温の炎は、氷竜の因子を受け継ぐ少女の放った最上位氷結呪文によって相殺された。

 蒸気が立ち上り、視界を遮る中、前衛二人組みが一気に間合いを詰める。神代の斧と剣の一閃が闇のアレフガルドに煌き、その剣筋を辿るように体液が噴き出した。

 苦悶の叫びを上げたサラマンダーの身体が高度を落とす。その隙を見落とす事なく、リーシャが魔神の斧を振り下ろした。噴き出した体液と共にサラマンダーの身体が地面へと落ちて行く。既に大きな瞳に光は無く、生命の灯火が消えかかっている事は明白であった。

 大きな音を立てて地面へ落ちた龍種を苦しみから解放するように、カミュはその頭部に雷神の剣を突き入れる。弱々しい叫びを上げたサラマンダーは、そのまま静かに息絶えた。

 

「……魔物を呼ぶ竪琴なのか?」

 

「いえ、どちらかというと、魔物さえも魅了する音色を放つ竪琴なのだと思います。もしかするとですが、大魔王の魔力によって魔物達が凶暴化してさえいなければ、この竪琴の奏でる曲を人間と共に魔物が聴く事も出来るのかもしれません」

 

 全ての魔物を駆逐した事を確認したリーシャは、竪琴が置いてある場所へ振り返り、感じた疑問を口にする。だが、その予想は、思考に耽っていた賢者によって否定された。

 魔物を呼ぶという代物であれば、魔物達も呆ける時間などなくカミュ達へ襲い掛かって来ただろう。それこそ、竪琴の音色に魅了されていたカミュ達は大きな被害を受けたに違いない。

 だが、サラは何か奇妙な唸り声を聞いて我に返っている。その唸り声は、まるで猫が甘えるような物に似ており、威嚇するような唸り声とは異なっていた。つまり、魔物達もカミュ達と同様に、その音色に魅了され、その音色を聴きたいという欲求によって集ったと考えられるのだ。

 推測の段階ではあるが、その考えはサラの目指す明るい未来に向かって進む道に、細く小さな光明を齎すものであった。

 

「何にせよ、今後はこの竪琴を奏でる事は禁止だ。無用な戦闘を行い続ける程、時間的にも体力的にも余裕がある訳ではない」

 

「そうですね。これはガライさんにお渡しするまで袋に入れておきましょう」

 

「…………むぅ…………」

 

 首を傾げるリーシャの横で、再び思考の海へ飛び込んでしまったサラを余所に、カミュは銀の竪琴を袋へと納めて行く。この竪琴が、リーシャのいうような物であったとしても、例えサラの考え通りの物だとしても、その音色によって魔物が集ってしまう事に間違いはないだろう。そうなれば、必ず戦闘を行わなければならず、やむを得ない戦闘でない限り、極力戦闘を避けるべきである以上、この竪琴を敢えて弾く必要性はないのだ。

 そんな決定事項に唯一不満そうに頬を膨らませるメルエは、恨めしそうに袋に納まってしまった竪琴に視線を送り、哀しそうに眉を下げる。僅か一本の弦の音色だけでも少女の心を虜にしてしまうのだ。これがその持ち主が曲を奏でた時を考えると、恐ろしくさえ感じてしまう。

 

「メルエ、ルーラの準備を。このままドムドーラの町へ戻りますよ」

 

「そうだな。メルキドへ向かうのであれば、ドムドーラから出発した方が早いだろう?」

 

 未だに頬を膨らませるメルエの目の前で竪琴を抱え上げたサラは、竪琴を追うように視線を動かす少女に呪文の行使を指示する。即座に頷きを返さない少女に苦笑したリーシャは、そんな彼女を抱え上げ、再度呪文の行使を促した。

 自分を抱えるリーシャを中心にカミュやサラが集まった事で観念したメルエは、呟くように詠唱を完成させる。魔法力に包まれた一行は、一気に闇に包まれた空へと上がり、そのまま南へ向かって飛んで行った。

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。
ルビスの塔攻略の前に、メルキドへ向かいます。

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