新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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ゾーマ城③

 

 

 

 地下三階へと入ったカミュ達は、周囲の光景に若干の驚きを浮かべる。そこは、地下二階部分とは変わり、再び燭台などが設置される通路となっていたのだ。

 人間が造る城内とは異なるが、それでも人為的な手が入った場所である事は確かであり、異様な死臭と壁の染みだけが通常の城壁ではない事を示している。カミュ達は地下二階よりも、このフロアの死臭は濃くなっているように感じていた。それが大魔王ゾーマに近付いている証なのか、それともこのフロアに打ち捨てられた死体の数が多いだけなのかは解らない。だが、カミュ達にとって厳しい場所に立ち入ってしまった事だけは間違いなかった。

 

「今度はメルエの番ですね」

 

「…………トラマナ…………」

 

 トラマナという呪文の効果は永続的ではない。特に先程のように激しい戦闘を行った時などは、術者の集中力が拡散され、トラマナを展開させ続ける事は難しい。故に、サラはメルエへその呪文の行使を指示した。

 先程までのトラマナはサラが行使した物であり、その緻密に編み上げられた魔法力によって一行を瘴気から護って来ている。その行為は自分にも出来るのだと胸を張った少女が杖を掲げると、彼女が大事に想う者達を護るように魔法力が展開されて行った。

 薄い膜のように一行を包んだ魔法力は、徐々にその透明性を増し、一見すれば解らない程に周囲に溶け込んで行く。だが、やはりこのような呪文の行使に関しては、まだまだメルエはサラの足下にも及ばない。いざ、完全に戦闘に入ってしまえば、カミュ達を護る為の呪文行使の機会を探る為に、トラマナの維持へ割いていた集中力を乱してしまうだろう。その時は自分が再び行使しようとサラは考えていたのだった。

 

「どっちだ?」

 

「まぁ、どちらへ行っても変わらないような気もするが……敢えて言うならば右だな」

 

 いつも通りのやり取り、そしていつも通りに頷いたカミュは左へ進路を取る。だが、絶対に自分が口にした方角へ向かわないカミュを見ても、リーシャはそれに憤りを感じる事はなかった。

 最早この問題は既に終了しており、カミュとリーシャの間に蟠りはない。サラやメルエもこのやり取りを気にする事もなく、彼が進む道を後ろから歩いて行った。

 廊下の壁に設置された燭台に火を点していけば、薄暗くはあるが通路の奥が見えて来る。奥から吹き抜けて来る風には、不快な死臭と腐敗臭が混じっていた。足下は何の体液か解らないような液体で濡れており、地下という影響から湿気も多い。滑り易くなっている床を踏み締めながら、一行は奥へ奥へと歩いて行った。

 

「グモォォォォ」

 

 左に折れた通路を真っ直ぐに進みながら燭台に火を点して行く。しかし、右へ折れる通路が見えてきた頃、真っ直ぐに延びた通路の先に幾つもの小さな光が見えて来た。

 それが、魔物の瞳が放つ光である事を確信したのは、フロア全体に響き渡る程の唸り声が発せられた後であった。腹の底へ響いて来るような唸り声は、複数の物。光の数を単純に数えるだけでも、その場所に三体の魔物がいると考えても良いだろう。一つ目の魔物が混じっていればその倍近くとなるのだが、光の位置を考えれば、三体と考えて間違いなかった。

 燭台に火を点す行為を止めていたカミュは、背中の剣を抜き放ち、その上で近場の燭台へと火を点して行く。しかし、そんなカミュの行動は無に帰した。

 

「…………マホカンタ…………」

 

「!!」

 

 一瞬でカミュと複数の魔物を繋ぐ通路が明るく照らし出される。それは、火を伴う何かが発せられた証拠であり、先頭を歩いていたカミュを覆うような熱量が即座に迫って来た。誰もが動きを止めてしまうような急襲の中、唯一人、魔法使いの少女だけが即座に反応を返す。振り抜かれた杖は、分厚い光の壁を生み出し、先頭に立つ青年を覆って行った。

 サラの予想通りに、トラマナの効力は霧散し、その全てが光の壁として生まれ変わって行く。同時に異なる呪文を行使出来る筈のメルエではあったが、今の彼女にとって最優先事項はカミュの守護なのであろう。その想いを詰め込んだ光の壁は、巨大な火球を受け止めた。

 

「あれは……メラゾーマ?」

 

「…………だいじょうぶ…………」

 

 カミュ達に迫る巨大な火球の密度が高い事は一目瞭然。その高い密度の為に炎の色は明るい黄色に近く、光の壁を通しても髪の毛が焼ける程の熱量を持っていた。

 魔王バラモスが行使していた最上位の呪文であり、大魔王ゾーマが生み出したと云われる極大呪文。その決戦中では、サラの行使したマホカンタどころか、メルエが行使した物さえも砕いた呪文である。その最悪な経験が蘇ったサラの呟きは、隣で杖を突き出した少女の自信に満ちた言葉によって遮られた。

 サラから教わった魔法の言葉。それを口にするには、それを成す自信を持ち、結果を生み出さなければならない重い言葉でもある。しかし、この少女は長い旅路の中で、一度たりともこの言葉を裏切った事はなかった。

 

「カミュ、この呪文を弾き返したら、右の通路へ向かうぞ! この隊列であの呪文は危険だ!」

 

「わかった」

 

自信に満ちたメルエの宣言を聞いたリーシャは、それが成された後の事を考える。敵が三体以上で、尚且つその全員がメラゾーマを行使出来る場合、この隊列は非常に危険な物となるのだ。

 通路はそれ程狭い訳ではないが、カミュを先頭に縦列に並んだ一行は、火球の進行方向に並んでいる事になる。それは全員が一つの火球に飲み込まれる結果を意味しており、一発の呪文によって全滅する可能性さえも物語っていた。

 轟音と共に巨大な火球が弾き返される。自信を持って答えたメルエの力によって、最上位の火球呪文は術者であろう魔物の方へと戻って行った。しかし、来た物がそのままの角度で跳ぶ訳がない。若干上方へ弾き返されたメラゾーマは、天井に直撃し、天井の岩を融解させながら消滅して行く。その蒸気に紛れ、カミュ達は右に折れる道へと身体を滑り込ませた。

 

「カミュ、見えるか?」

 

「ちっ、またあの獅子のような魔物だな」

 

 サラとメルエも引き寄せて右の通路へ入ったカミュは、壁伝いに魔物達の姿を確認する。メラゾーマによって周囲に燃え移った炎が、通路を明るく照らし出していた。

 そこに見えたのは、ネクロゴンドの洞窟やルビスの塔で遭遇した魔物と酷似した姿。獅子と呼ばれる獣のような頭部を持ち、六足歩行、そして背中には蝙蝠のような翼が生えている。体躯はルビスの塔で遭遇したドラゴンを思わせる緑色の皮膚を持ち、首周りに生えている鬣は森の木々を思わせるような深い緑色をしていた。

 それが三体。周囲に他の魔物が見えない事からも、先程のメラゾーマは、この魔物が行使したとしか思えない。魔王バラモス、サタンパピーのような上位の魔族しか行使出来なかった呪文を持つ獣となれば、かなりの強敵と考えられた。

 

「追って来る様子がないな」

 

「あの通路を護っているのでしょうか?」

 

 暫しの間、そこにいる三体の魔物の動きを注視していたが、その魔物達はカミュ達が逃げ込んだ右の通路へ注意を向けて来る事がない。何度かその周囲を警戒するような動きを見せた後は、足を畳んで座り込んでしまった。

 まるでその通路を護るように塞がる三体の魔物を見たサラは、その道こそがゾーマへと繋がる道である事を確信する。しかし、先程のようにメラゾーマという最上位の火球呪文を行使して来るのであれば、そこを突破するのは至難の業であった。

 カミュ達を追って来るのであれば、各個撃破という手法で魔物を駆逐し、通路を通る事も出来るが、三体ともあの場所を動かないのであれば、正面切っての対決という方法しか取る事が出来ない。他の方法があるとすれば、メルエの呪文を立ち塞がっている魔物達に先制攻撃とばかりにぶつける事であろう。

 そう考えたカミュは後方に居る少女へと視線を移した。

 

「……どうした、メルエ?」

 

 しかし、カミュはそこに居た幼い魔法使いの姿に疑問を持つ。サラやリーシャのように通路の向こうに居る魔物達へ意識を向けるのではなく、メルエは何故か自分の手を見ながら首を傾げていたのだ。

 メルエがこのような行動をする事は珍しい。不思議な事や疑問に思う事に首を傾げる事はあっても、それを必ず誰かに問いかける。このような行動を起こすという事は、何をどのように尋ねれば良いのかという事さえも解らないという状況に陥っていると考えられた。

 

「…………まほう……でない…………」

 

「ん? 何を言っているんだ? メルエの魔法はしっかり顕現していただろう? 先程の魔物が使ったであろうメラゾーマを弾き返したではないか」

 

 首を傾げていたメルエは、カミュの問いかけに顔を上げ、眉を下げた状態で小さく呟きを漏らす。しかし、その呟きはリーシャやカミュには全く理解出来ない事であった。いや、正確にはサラさえも理解出来ていない。それ程に意味不明な言葉であったのだ。

 メルエのマホカンタは先程しっかりと顕現している。それどころか、メラゾーマという極大呪文に相応しい魔法さえも弾き返していた。それにも拘らず、『魔法が出ない』と口にする少女に、他の三人の方が首を傾げたくなった。

 しかし、自分の言っている事が全く伝わっていない事に気付いた少女は、不満そうに頬を膨らませる。恨めしげにリーシャを見つめ、もう一度口を開くのだが、その言葉が尚更リーシャを困惑させる事となった。

 

「…………むぅ………ちがう…………」

 

 メルエの言語能力が低い事もあるが、彼女自身が自分の伝えたい事を明確に把握していないのだろう。何をどう言ったらそれが伝わるのかが解らず、そしてどういう単語でそれを伝えれば良いのかが判断出来ない。

 竜の因子を受け継ぐ彼女の身体的な成長は緩やかではあるが、脳の成長まで緩やかという事はないだろう。だが、人間の脳の造りとは少し異なる部分があるとすれば、彼女が虐待を受けていた頃には、それを苦痛と感じさせない為に成長を遅らせていたり、止めていたりした可能性もある。

 生まれて二年も経過した辺りから、彼女は義母の手によって酷い虐待を受けて来た。通常の精神では心が壊れ、人間として生きて行く事も出来ない状況になっていても不思議ではない。それでも今の彼女が笑えるのは、その頃の感情や記憶、そういった物を留めないように脳が自然と機能していた可能性があった。

 

「何が違うのですか? ゆっくりで良いですから教えてください」

 

「…………ぐっ……ならない…………」

 

 そんな幼い少女に常識を教え、文字を教え、心を教えたのは、姉のように彼女を見ていた賢者である。今回もメルエの前に屈み込み、不満そうに膨れた頬を萎ませた彼女は、その目を見て再度問いかけた。

 しかし、そんな柔らかな問いかけに対しても、メルエの答えは具体的な物ではない。何やら目を瞑り、小さな手を握って力を込めるような仕草をするのだった。これにはサラも完全にお手上げ状態になってしまう。完全に首を傾げてしまったリーシャの腕を叩き、カミュはそんな一行を先程の魔物がいた場所から遠ざけた。

 右に折れた通路はすぐに行き止まり、左右に分かれる道へと出る。そこでもう一度メルエへ視線を落としたカミュは、暫く考えてからサラへと視線を戻した。

 

「いつもよりも魔法力が放出されないという事ではないか?」

 

「え? それはどういう……。もしかして、マホカンタを行使する時に使用する魔法力の量が、いつもより少なかったという事ですか?」

 

 カミュの言葉を聞いても思い至る事が出来ず、サラは暫し思考に入ったが、すぐにその意味に到達する。

 基本的な魔法力の調整に関してはサラが教えていた。だが、その感覚やその手法はメルエにしか解らない物なのだ。

 魔法使いや僧侶という職業には師弟という物があるが、一から十まで師が教える事など不可能である。魔法力の量も質も異なる相手の呪文行使は、それぞれの才能によって大きく変わって来るのだ。一般的にどの程度の魔法力が必要なのか、どの程度の魔法力を有していれば行使可能なのかという物はあるが、魔法力の量を数値化出来る訳ではない以上、それも感覚の範囲でしかない。

 どのような形で魔法力を神秘に変えるのか、それがどのような感覚なのかは人それぞれという事になる。サラであっても、メルエがいつもどの程度の魔法力を消費しているのか、それがどのように神秘に変わっているのかという事を正確に把握している訳ではなかった。

 

「先程からですか?」

 

「…………ん…………」

 

 サラの推測が正しかった証拠に、メルエは大きく頷きを返す。ここまでの道中でメルエがそのような事を言い出した事はなかった。もし、このような不思議を感じたのならば、この少女は即座に今のような仕草をしていただろう。つまり、彼女のこの状況は、先程のマホカンタからという事になるのだ。

 大きく頷きを返した少女は、自分の伝えたかった事が正確に伝わった為に今度は不安そうにサラを見上げている。例え神秘が問題なく顕現されているとはいえども、彼女の意図とは別の形で魔法力が抑制されているという事実が、何らかの問題が自分の身に降りかかっているのではないかと不安になったのだろう。

 しかし、そんな少女の瞳を受けたサラは暫しの間考え、メルエの頭から帽子を取る。

 

「考えられるのは、この帽子だけですが……。メルエ、向こう側にメラを放ってみてください。カミュ様、万が一を考えて、戦闘の準備を」

 

 マホカンタを放つ前にメルエの身に変化があったとすれば、カミュが彼女に与えた帽子だけである。元々、バルログと呼ばれる魔族が所有していた物である為、不可思議な事が起っても可笑しくはない。だが、メルエの身体に害がないのであれば、その不可思議な現象もそれ程深く考えるものではないのかもしれなかった。

 納得しないメルエに向かってサラが指示を出す。左右に分かれた通路の左側に向かって指を向け、その方角に最下級の火球呪文を唱えるように出された指示に、メルエは小さく頷きを返した。

 少女にとって魔法とは誇りであり自信である。だが、その反面、彼女は何度となくそれが自分から失われるという危機に瀕した事があった。その時の恐怖を思い出した彼女を、言葉だけで納得させるのは難しい。故に、サラは変化の原因と想われる帽子を取り、呪文の行使を指示したのだ。

 

「…………メラ…………」

 

 最下級とはいえども、人類最高位の魔法使いが唱えるメラである。瞬時に通路を明るく染め上げ、通路の奥へと火球が飛んで行った。

 左に向かった通路は短いようで、火球はすぐに行き止まりの壁に衝突して弾け飛ぶ。火の粉がばら撒かれるように飛び散り、周囲が先程よりも明るく照らし出された。その先で見えた物にカミュとリーシャは少し反応するが、それよりも早く行動を起こした少女に意識を持って行かれる。

 輝くような顔で振り向いた少女は、サラの許に駆け寄り、嬉しそうに微笑んだ。それが自分が意図した通りの魔法力で呪文が行使出来た事の証明であり、サラの予想通りの原因であった事を示していた。

 

「やはり、この帽子が魔法力の使用量を抑えていたのですね。本来であれば十必要なところを七か八ぐらいまで抑えるのかもしれません。どのくらい削減されるのかは、メルエしか解りませんが」

 

「それは良い事ではないのか? メルエの消費魔法力が減れば、その分呪文を使える回数も増えるのだろう?」

 

 不気味な見た目をした帽子を不思議そうに見つめながら、サラは自分の考察を口にする。それを聞いたリーシャからすれば、良い事尽くめの装備品のように感じるのだが、サラは少し難しい表情を浮かべていた。

 良い部分があれば、それ相応の悪い部分があるというのが世の常である。出来るならば良い事だけを信じて行きたくはあるが、この場所が大魔王の本拠地であるという事もサラを慎重にさせていた。

 

「今のところはメルエに害はないようですが……。何かあったら、すぐに言ってくださいね」

 

「…………ん…………」

 

 対するメルエは、先程までの不安など消え去ったかのような微笑みを浮かべている。魔法力の放出が自分の意図とは異なる状況ではあるが、それによって発生するリーシャが口にした『呪文を行使出来る回数が増える』という言葉の方が彼女にとって大きな意味を持っていたのだ。

 彼女の行使する呪文の大半が相手を攻撃する物ではあるが、それは彼女にとって大事な者達を護る力でもある。護る回数が増えるという事は、とても重要な事なのだろう。サラに戻された帽子の鍔を掴み、嬉しそうに被り直す姿は、これを与えられた時とは真逆の物であった。

 

「使用する魔法力を軽減させる効果を持つなんて、本当に不思議な帽子ですね」

 

 帽子を被り直したメルエが嬉しそうに自分の手を握って来るのを見て、サラは苦笑を浮かべる。不可思議な効果を持つ帽子であり、得体も知れない物ではあるが、今はカミュ達の助けになる物である事も事実であった。

 その効果の代償がどのような物であるのかを考えると手放しに喜ぶ事は出来ないが、大魔王ゾーマとの決戦に向けてという事であれば、これ程に頼もしい防具はない。この帽子が代償を必要としない物であれば、サラの口にした名がこの帽子の通り名になるかもしれなかった。

 

【不思議な帽子】

装備者の呪文行使の際に、その呪文の必要魔法力を軽減させるという珍しい付加効果を持つ防具である。誰が何の為に作り、誰の為に存在していたのかは解らない。だが、いつしかそれが魔族の手に渡り、伝承にさえ残らない希少な物となっていた。

世界に一つしかない物であり、神代から伝わる物なのかもしれないが、その異様な見た目からは神々が生み出した物ではなく、魔族が生み出した物ではないかという説もあったと云われる。勇者一行の手に渡ったそれは、勇者一行の一人が口にした名で語り継がれる事となる。

 

「カミュ、先程メルエが呪文を唱えた先に、剣のような物が見えなかったか?」

 

「ああ、見えたな」

 

 サラとメルエの微笑ましい姿を横目にリーシャが口を開く。先程メルエが試し打ちのようにメラを放った先は行き止まりであったが、その行き止まりに剣のような物が見えていたのだ。

 それは、何か台座のような物に突き刺さった抜き身の剣であり、何処か禍々しい物を感じる姿をしていた。だが、大魔王ゾーマの居城に飾られた剣であるならば、それ相応の力を秘めた物であると考えられる。

 リーシャの言葉に頷きを返したカミュは、燭台に炎を点しながら左へと歩き始めた。

 

「これは……」

 

 それは、歩き始めてすぐにその全貌を明らかにする。元々短い通路である事は解っていたが、行き止まりに辿り着く前に、燭台の炎に照らされたその剣が力強い何かを発していたのだ。

 近付いて行ったカミュは、その異様な姿に言葉を失う。そして、その後方から覗き込んだリーシャもまた、その剣の姿に眉を顰めた。

 台座に切っ先を刺された剣の刃の幅が太く、メルエの胴回りに近い程。上部、中部、下部と刃が三段階に分かれており、刃を形成する金属は厚く鋭い。炎に照らし出された金属部分は怪しい光を宿し、相手を威圧する程の力を備えていた。

 

「カミュ、引き抜いてみるか?」

 

「近寄りたくはないが……」

 

 見た目の異様さに加え、その禍々しい雰囲気は人間にとって良い物ではないように感じる。それは、先頭に立つカミュが最も感じているのだが、有用な剣である可能性も秘めている為、リーシャの言葉に頷き、剣へと近寄って行った。

 台座に突き刺さった剣は、大魔王の居城内にあってもその刀身に曇りさえない。強力な魔物達が蔓延る城内で、この一角だけが何処か異様な雰囲気を持っている。ネクロゴンドの洞窟内にあった稲妻の剣や刃の鎧もこのような異様な空気を醸し出していた事を考えると、この剣もまた、神代から伝えられる物なのかもしれない。

 手が届く場所まで近付いたカミュは、周囲を確認して剣へと手を伸ばす。しかし、何故か少し凹凸のある柄の部分に手が届くかという時に、とてつもなく大きな闇を感じたカミュは、その手を引き戻した。

 

「!!」

 

「……やはり、大魔王の城に放置された武器が、私達に益のある物である筈が無いか」

 

 カミュがあと少し手を引き戻すのが遅ければ、その手に無数の刃が突き刺さっていただろう。この剣の柄の部分にあった凹凸は、その奥に鋭い刃が仕込まれていたのだ。この剣を掴もうと考えた者の手に突き刺さり、この剣を手放す事が出来なくなる。生涯外す事の出来ない剣は、振るう度に己の手も斬り刻まれるのだ。

 最早、この剣は呪いの武器の域にあると考えても良いだろう。それ程に醜悪な部類に入る武器であった。

 

「呪いの武器の類でしょうね。武器を手放す事が出来なくなり、振るえば振るう程に自身の身体も痛めつける武器。回復呪文で手を直そうとも、再び武器を振るえば傷つき、呪いを解除しない限りは未来永劫続くのでしょう。もしかすると、いつかこの武器に身体を飲み込まれてしまうかもしれません」

 

「……そうだな。見た目からして相当な攻撃力を持つ物だろうが、振るう度に自分の身体を傷つける諸刃の剣なのだろう」

 

 心配そうに見上げて来るメルエに微笑みを返すカミュを見たサラは、再び台座の剣へと視線を向け、その見解を述べる。その剣は、既に柄から伸びていた刃は中へと収まり、先程と変わらぬ異様な雰囲気を出しながらも沈黙を守っていた。

 この城が大魔王ゾーマの居城であるという事を忘れた訳ではない。だが、今リーシャが愛用している魔神の斧も魔王バラモスの居城に残されていた武器である。英雄を模した石像が持っていた武器ではあるが、魔王のお膝元にあった物であるのは事実。故にこそ、若干の甘えが出てしまったのかもしれなかった。

 この城の中で魔物の手に掛からない武器が、人間の手に負える代物である筈がない。大魔王ゾーマの許へ辿り着くまでの間にある物に関しては、注意深く見ていかなければならないと認識を改めざるを得なかった。

 

【諸刃の剣】

その名の通り、それを所有する者の身にも危険を及ぼす呪いの武器。握ろうとする者の手を柄から飛び出す刃で貫き固定し、振るう度に所有者の身体を傷つけ、その刃を身体の奥深くへと潜り込ませる。最終的には、所有者の身体を破壊してしまう。解呪の魔法などで呪いを解かない限りは、所有者の身体を蝕み続ける武器であった。

しかし、その反面、その刃の鋭さは神代の剣さえも凌ぎ、あらゆる物を斬り裂く。己の身と引き換えに絶大な攻撃力を手に入れる事が可能となる。もし、未来を夢見る事なく、己の命を犠牲にしてでも他者を討つ事だけを考える愚か者であれば、この剣を握っていたのかもしれない。

この場所に鎮座する剣を見た者は、勇者一行だけではないだろうから。

 

「……戻るぞ」

 

「あの獅子の魔物の場所に直行するか?」

 

「分かれ道でのリーシャさんの言葉を聞く限り、この通路を真っ直ぐ進んでも、元の場所に戻るだけでしょうね。それならば、あの魔物を強襲するほうが良いかもしれません」

 

 獅子の魔物に遭遇する前の分かれ道で、進行方向を尋ねたカミュに対して、リーシャは『どっちに行っても変わりはない』と答えている。ならば、先程歩いていた道へ繋がるのが、この通路なのだろう。故に、結局はあの魔物を倒して進まなければならず、わざわざ遠回りする必要もないのだ。

 だが、サラの答えに暫し考えたカミュは、右に折れる事なく真っ直ぐに進路を取った。不思議に思いながらも、結局は同じ事である為にリーシャやサラも反論はせず、彼の後を続く。

 案の定、突き当りまで進むと、通路は右に折れており、燭台に火を点していけば、再び右と直進の分かれ道に出た。前方は行き止まりが既に見えており、右に折れるしか選択肢がない中、進んだ場所は上へと続く階段があった。

 

「やはり、リーシャさんは凄いですね」

 

「…………リーシャ……すごい…………」

 

 予想していた通りの道ではあったが、それを当初から予測していたリーシャの探知能力の高さに、サラは改めて驚きを表す。そんなサラの言葉にメルエは微笑み、後方にいるリーシャに向かって笑みを浮かべて賞賛の言葉を発した。

 予期せぬ賞賛に苦笑いを浮かべたリーシャは、ここまで歩いて来たカミュの意図を測りかねていた。まさか、改めてリーシャの示した方角が間違っていた事を証明する為にこのような事をした訳ではないだろう。それぐらいの事は口にしなくても承知しているが、それ故に、このような無駄な徒労をする必要性がない事に疑問を感じていたのだ。

 

「この先の通路は、あの魔物まで一直線の通路だ。先程とは逆に、メルエがメラゾーマを先に放てば、魔物が逃げる場所はない。もし、あの魔物が右へ続く通路へ逃げ込んだならば、そのまま駆け抜ける」

 

「……なるほど」

 

 そんなリーシャの視線に気付いたカミュは、わざわざ遠回りして来た理由を口にする。それは道理に適った方法であり、効率的な物でもあった。

 不思議な帽子という装備品を手に入れたメルエは、消費魔法力の量を軽減する事が出来る。極大魔法の一つであるメラゾーマであっても、それは適用されるだろう。魔法力を節約したいと考えている彼等ではあるが、魔法の恩恵を捨て去る事は不可能である。そんな彼等にとって、この不思議な帽子は天の恵みのような防具であった。

 通路は直線に伸びている。先程魔物がメラゾーマを行使した際に、カミュ達は逃げ場がなかった。メルエのマホカンタがなければ、一行全員が高熱によって融解していた事だろう。それを逆の立場で利用するという方法を取ったのだ。

 

「確かに有効な方法だと思います。ギリギリまで近付いて、魔物よりも先に行使しましょう。メルエも良いですね?」

 

「…………ん…………」

 

 賢者であるサラがその戦法に同意を示した事で、一行の行動は決定する。行使者となるメルエも真剣な表情で頷きを返し、雷の杖を握り締めた。

 警戒しながら左に折れる通路を曲がり、ゆっくりと前へ進んで行く。先程点した燭台の炎が揺らめき、通路を照らしている。頼りない炎ではまだ魔物の姿を確認する事は出来ないが、人間よりも聴力や嗅覚が鋭い魔物であれば、カミュ達よりも先に気付く事があるだろう。それを認識しているカミュは、少し進んだ場所で立ち止まり、後方に合図を送った。

 一歩前に出たメルエの横にはサラが控えている。後衛の二人が前に出てはいるが、既にカミュとリーシャは各々の武器をしっかりと握り締めていた。

 

「…………メラゾーマ…………」

 

 人類最高位の魔法使いがその杖を振り抜く。大魔王が生み出し、高位の魔族しか行使出来ないと云われる呪文の魔法陣が杖先に浮かび上がった。

 一気に放出される魔法力が巨大な火球を生み出し、その熱量を上げて行く。赤色を通り越し、黄色く変色した火球の周囲は、青白い炎によって覆われていた。その火球の温度の高さは、後方にいるカミュ達の肌の産毛を焼き焦がす程の物。全てを溶かし尽くす事の出来るその火球の恐ろしさを、カミュとリーシャは改めて感じていた。

 杖先を離れた火球は、真っ直ぐ通路を進んで行き、そのままカミュ達も駆けて行く。だが、火球の脇から見えた獅子の魔物の姿を見たカミュは、その姿に違和感を感じ、一行全員の足を止めた。

 

「M@H0K@」

 

 そして、そのカミュが感じた感覚は、現実の物となる。先頭に居る獅子の魔物が奇声を発し、その身を守るような光の壁が広がって行った。

 しかし、竜の因子を持つ少女が放った最上位の火球呪文である。同じく最上位の火球呪文を行使出来る魔物が生み出した光の壁であろうと、その火球を弾き返す事が出来る訳が無い。何かがひび割れるような音が通路に響き、魔物を守っていた光の壁に亀裂が入った。

 しかし、それに気付いた残りの二体が重ね掛けのようにマホカンタを唱える。ひび割れた光の壁を修復するように広がる魔法力が、人類最高位の魔法使いが生み出した火球の勢いを奪って行った。そして、それは弾き返される事となる。

 

「ちっ」

 

「マヒャド」

 

 先頭に居るカミュが舌打ちを鳴らし、サラが最上位の氷結呪文を行使する。弾き返された事で角度が変わった火球は、マヒャドの冷気の壁に圧され天井部分を融解させて消え去った。

 だが、驚くべき結果に呆然としている暇はない。一気に間を詰めたカミュは、王者の剣を振り下ろす。それに気付いた獅子の魔物は、巨大な前足の爪で剣を受け止めた。

 獅子は、百獣の王と呼ばれる獣である。獣の中で最上位に立つ王者であり、この魔物も魔族ではない者達の中では最強の部類に入る物なのだろう。勇者の中の王者と、獣の王者の武器がぶつかり合い、弾けた。

 

「ちっ」

 

 盛大な舌打ちを鳴らしたカミュではあったが、せめぎ合いは彼に軍配が上がっている。獅子の爪を斬り飛ばし、前足を深々と抉った。前足から夥しい体液を流した魔物は、怒りの咆哮を上げて、カミュとの距離を一気に詰めて来る。

 振り払うように剣を振るい、一旦距離を取ろうとカミュは動くが、それを許さない魔物は執拗に彼を追い詰めて行く。リーシャは既に他の二体を相手取り斧を振るっていた。メラゾーマという極大呪文を行使する魔物を相手にすれば、彼女の抗魔力の低さが問題になるだろう。あの呪文に対しては、盾など役には立たない。それこそ、メルエやサラのマホカンタがなければ防ぐ事は出来ないのだ。

 

「グォォォォォ」

 

「!!」

 

 リーシャの方へ意識を向けた瞬間、カミュの目の前の獅子が咆哮を上げる。それと同時に、彼の目の前に突風が巻き上がり、真空の刃となって襲い掛かって来た。

 十字の形に切られた真空の刃は、最上位の真空呪文と同じ物。『悟りの書』に記載された物ではあるが、世の僧侶が唯一行使出来る攻撃呪文であるバギ系最上位の呪文である。メラゾーマ、マホカンタに続き、人間でも行使出来る者はサラとメルエしかいないと言える呪文の行使に、カミュだけではなくサラやメルエも驚きを隠せなかった。

 咄嗟に王者の剣を掲げたカミュはその力を解放し、真空の刃に真空の刃をぶつけて相殺する。その余波は凄まじい物で、カミュだけではなく、傍で斧を振るっていたリーシャまでもが吹き飛ばされた。

 

【マントゴーア】

獣族の魔物としては最上位に君臨する魔物である。獅子の頭を持ち、六本の足を持つ。サソリの尾には殺傷力の高い毒を持ち、背中に広がる蝙蝠の翼で空さえも飛ぶという伝承が残る魔物であった。純粋な力という点でも獣系の魔物としては最強の部類に入るのだが、この魔物はそれだけではなく様々な魔法を使いこなす。風を起こし、炎を巻き上げ、全てを焼き尽くし、その身体は光の壁によって護られ、何者も傷付ける事が出来ないと云われていた。

 

「マホトーン」

 

 劣勢を感じた後方の賢者が一つの呪文を行使する。それは、相手の魔法力の流れを狂わせ、一時的にでも呪文行使を停止させる物であった。

 カミュを追おうと動き出していた一体をサラの魔法力が包み込む。先程マントゴーアを守っていた光の壁は、メルエの放ったメラゾーマを弾いた事で消滅していた。故に、マホトーンの効果があるかどうかは別としても、その呪文がマントゴーアに届いている事だけは確かであろう。

 サラの魔力に覆われたマントゴーアをそのままに、吹き飛ばされたリーシャへと襲い掛かるもう一体にカミュの剣が振り下ろされる。意識をリーシャへと向けていたマントゴーアにとって、横からの一撃は想定外の物だった。それ故に、蝙蝠の翼は斬り裂かれ、背中から胴回りに掛けて深々と抉られる。溢れ出る体液に生命力が低下したところに、後方からサラが再び呪文の詠唱に入った。

 

「ラリホー」

 

 怒り狂うよりも、失われて行く体液に朦朧となっていたマントゴーアは、その呪文効果を受けて深い眠りへと落ちて行く。そして、そのまま目覚める事のない永遠の眠りへ引き込まれて行った。

 崩れ落ちるマントゴーア一体の首に剣を突き刺していたカミュは、影から飛び出した一体が奇声を発したのを受けて後方へと飛ぶ。しかし、飛び下がる速度よりも早くに、そのマントゴーアが奇声を発した。

 突如として目の前に現れた火球。全てを飲み込む程の巨大な火球は、メルエの放った物程ではなくとも、カミュの髪を焦がし得る熱量を誇っている。既に目の前に迫っている火球を避ける事は出来ない。サラやメルエの持つマホカンタも間に合わないだろう。今、出来る対処と言えば、只一つしかなかった。

 

「アストロン」

 

 絶対防御の呪文。何物も受け付けない鉄と化し、ここまでの旅でカミュ達を守り続けて来た呪文である。しかし、迫る火球も全てを融解出来る程の熱量を持つ、最上位の呪文であった。

 ぶつかり合う熱と鉄。オリハルコンのような神代の金属でさえ、太陽の熱量があれば溶けるのである。アストロンによる鉄が溶けないという保証は何処にもなかった。

 既にリーシャはサラ達の許へ戻っている。マホトーンを掛けられたマントゴーアが何度奇声を発しても神秘を顕現出来ないところを見ると、その効果はしっかりと魔物を蝕んでいるのだろう。その一体に斧を振るおうとしていたリーシャは、カミュに迫る巨大な火球に息を呑んだ。

 

「…………バシルーラ…………」

 

 カミュの姿をした鉄像に直撃した火球は、じりじりと不快な音を立てながら停滞する。だが、獣の王者の神秘と、勇者の王者の神秘では、またしても勇者に軍配は上がった。

 耐え切れなくなったように弾け飛んだ火球は、火の粉を飛ばしながら消滅して行く。勇者と語り継がれる者しか行使出来ない絶対防御の呪文は、言葉通りに何も受け付けはしなかったのだ。

 自身の放った最上位の呪文が消滅して行くのを呆然と見ていたマントゴーアは、前方から一気に迫る抗えない圧力に吹き飛ばされる。魔法使いの少女が振るった杖は、見えない抵抗力をマントゴーアにぶつけ、その身体を通路の壁へと叩き付けた。

 

「うおりゃぁぁ」

 

 カミュの危機に気を取られていたリーシャであったが、その隙を突いたマントゴーアの一撃を間一髪の間合いで盾で受け止め、そのまま魔神の斧を真っ直ぐ振り下ろす。

 確かにマントゴーアは強敵である。その力も攻撃力も、ここまで遭遇した魔物の中でも最上位に位置する物だろう。だが、カミュ達一行にとって、マントゴーアという魔物の強さは、彼等が行使する様々な魔法があってこそなのだ。最上位の火球呪文に、最上位の真空呪文、そして全ての神秘を跳ね返す光の壁。それら全てを失ったマントゴーアなど、理性を持たない獣と何ら変わりはなかった。

 直線的なマントゴーアの攻撃が、死線を何度も越えて来た歴戦の戦士に届く筈はない。振り下ろされた魔神の斧はマントゴーアの深緑の鬣を斬り裂き、脳天に吸い込まれて行った。

 頭蓋骨が割れる音が通路に響き渡り、体液と共に脳漿が噴き出す。そのまま瞳の光を失ったマントゴーアは、崩れるように床へ倒れ込んだ。

 

「グォォォォォ」

 

「…………マホカンタ…………」

 

 壁に叩きつけられた最後の一体に向かって駆け出したカミュは、何とか身体を起こしたマントゴーアが雄叫びを上げても、その足を止める事はない。そして、そんな彼の信頼に応えるかのように、後方から援護の魔法力が彼を包み込んだ。

 強い魔法力が彼を護る光の壁となり、前方から迫って来る十字に切られた真空の刃を弾き返す。カミュとマントゴーアの距離が短い為、弾き返された真空の刃は、そのまま術者であるマントゴーアの身体を斬り裂いて行った。

 凄まじい痛みで歪む視界の中で、マントゴーアが最後に見た光景は、青白く輝く光に包まれた青年が、同じく青白く輝く剣を振り下ろす姿であった。

 

「……強敵だったな」

 

「ああ、呪文の節約などと言っている余裕がない事を改めて叩き付けられた」

 

 完全に沈黙した三体のマントゴーアの骸を見下ろしながら、カミュは剣に付着した体液を振り払う。近付いて来たリーシャの言葉に、大魔王ゾーマの本拠地という場所の恐ろしさを改めて感じた彼は頷きを返した。

 確かに大魔王ゾーマと戦う為には、サラやメルエの魔法力は必須である。だが、それでもそれを出し惜しんで進める程、この城は甘い場所ではなかった。

 この戦闘で、サラやメルエは何度も呪文を行使している。サラは比較的魔法力の消費量が少ない呪文を選択しているようにも思えるが、適材適所での使い分けと考える事も出来た。メルエも、メラゾーマ以外は、マホカンタを一度、バシルーラを一度と行使回数を考えて無駄打ちを避けている。それでも、彼女達の援護がなければ、カミュやリーシャは既にこの世にいないだろう。

 どこまで地下が続くのかは解らないが、この先の道で遭遇する魔物に対して、自分達の力を出し惜しんでいる余裕はない事は明白であった。

 

「今は進もう。どうしても駄目だと感じたら、一度リムルダールへ戻るという選択肢もある」

 

「そうですね。おそらくこの城の中でもリレミトは行使可能でしょうから、態勢を立て直す為の撤退も考慮に入れておくべきかもしれません」

 

 斧を納めたリーシャが『たいまつ』を取り出し、通路の奥へと明かりを向ける。その時発した言葉に、一行の頭脳であるサラも同意を示した。

 不退転の決意を持ってこの城に挑んだ一行ではあったが、彼等の想像以上に厳しい場所と認めざるを得ない。彼等がここまでの旅で撤退を余儀なくされたのは、魔王バラモスの居城とルビスが封印されていた塔だけである。逆に言えば、それ以上に厳しい筈の大魔王の根城を、一度で進み切れると考えていたのは甘えだったのかもしれない。

 だが、まるで嘲笑っているかのようにカミュ達を自分の許へと誘う大魔王ゾーマもまた、勇者一行を侮っているのであろう。その為、撤退する為にこの城を出る呪文を行使したとしても、それを遮るという可能性は低いとサラは見ていた。

 一行は、お互いを信じ、再び城の奥へと進み始める。死臭が漂い、魔物の体液と彼等の血の臭いが交じり合う通路を、慎重に歩いて行った。

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。
何とか2月中に3話目が間に合いました。

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