新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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アリアハン城

 

 

 城門につくと、門の両端に槍を片手に持った兵士が一人ずつ立っていた。

 見覚えのない顔。

 おそらく新しく配属された兵士達なのだろう。

 最近では、如何に他国との行き来を断ったとはいえ、魔王の影響からかアリアハンの魔物達の凶暴化が進んでいた。

 昔から大陸にすむスライム。

 死者の亡骸を啄ばむカラスが魔王の影響で巨大化した大ガラス。

 数多くの魔物達がアリアハン大陸を住処としている。

 民衆の生活を保護するため、国では討伐隊を定期的に組織し、アリアハンとレーベ間の街道周辺の魔物討伐を行っていた。

 それは宮廷騎士だけでなく、街の酒場に集まる冒険者達からも志願を募り討伐隊を組織する。

 いくら宮廷騎士や旅慣れた冒険者達といえども、相手は魔物である。

 一回の討伐で多いときには数十人の死者が出る事もある。

 ここ数年はその傾向が強く、城の中の兵士や騎士達も、重臣以外は入れ替わりが激しくなっていた。

 

「カミュと申します。本日、アリアハン国王様との謁見のお約束を頂いております。ご確認をお願い致します」

 

 カミュとて、立つ事が出来る歳になった途端に剣が振るえた訳ではない。

 基本的に祖父に師事していたが、宮廷騎士であった祖父のつてで、城の兵士や騎士隊長から教えを受ける事もあった。

 顔見知りの兵士達であれば、カミュの顔を見れば今日ここに来た要件も解るだろうが、城門の両側に立つ彼らはカミュの顔を知っているようには見えなかった。

 

「むっ、少し待っていろ」

 

 右側にいた兵士がカミュの言葉に嘘がないことを確認するために城内へと入って行く。

 カミュはその姿を見送ると、左側の兵士からの無遠慮な好奇の視線を無視し、身動き一つせずにその場で待っていた。

 

「確認が取れた。国王様がお待ちだ。城内に入った所に案内役がいる。そいつに謁見の間まで案内してもらえ」

 

 戻って来た兵士は、それでもカミュの素性を知らされなかったのであろう。 

 見下すような傲慢な態度でカミュへ指示を出す。

 

「畏まりました。お手数をお掛け致しました」

 

 カミュは城内の兵士の平民に対する態度には慣れていた。

 武力では一般人より強いのだろう。

 そして、言葉通り命を懸けて民衆を護る為に最前線に立たされるのは、宮廷兵士ではなく彼らのような一般兵である。

 それを考えると仕方がない事なのかもしれない。

 カミュはそう思っていた。

 

「カミュ様、お待ちしておりました。王様もお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 城内に入るとすぐに兵士ではなく線の細い男が立っていた。

 おそらく政に携わる文官であろう。腰は低く、それでいて眼だけはこちらを試すような光を灯している。

 

「ありがとうございます。宜しくお願い致します」

 

 文官は一つ頷くと、カミュを先導し前に見える階段へと向かって行った。

 幼い頃は、剣を習うために何度も通ったことのある城だが、ここ数年は城内に入ることもなくなった。

 記憶とは違う部分がちらほらとあり、それを見つけることがカミュは不思議に嬉しかった。

 

「きゃ!」

 

 女性の短い悲鳴に我に返ったカミュが見たものは、先導していたはずの文官に涙目で頭を下げている給士の女性であった。

 

「この私の前を横切るなど無礼ではないか!!」

 

「も、申し訳ございません……」

 

「貴様、どこの給士だ! 所属を言え!」

 

「も、もう…し…わけご……ざいません」

 

 カミュは見慣れた光景に溜息を洩らす。

 権力、腕力のある者がない者を虐げる事はこの世では当たり前の事だ。

 既にそう割り切っているとは言え、気分の良い物ではない。

 カミュはオルテガの息子ということで文官に案内させるような立場にいるが、実質はその給士の女性と変わらない、アリアハンの街はずれに住む一国民なのだ。

 

「文官殿、そこの給士の方の無礼にお怒りなのは当然ですが、よく見れば、給士の方も相当慌てたご様子。ここは文官殿の寛大なお心でお許しくださる訳には参りませんか?」

 

相変わらずな無表情で、カミュはやんわりと文官と給士の間に入る。突然のカミュの登場に、両者ともに驚いていたが、その後は対照的な表情をしていた。

 

「むぅ……カミュ様がそうおっしゃるならば……もう良い! 早急に仕事に戻れ!」

 

 カミュの登場に苦虫を噛み潰したような表情をしていた文官が忌々しそうに給士に当たり散らす。

 対する給士は『ほっ』とした表情を浮かべ、深々と頭を下げフロアを出て行った。

 何をあそこまで慌てる事があったのかが疑問であったが、結局自分には関係のない事だとカミュは忘れる事とする。

 奥の方で、『お姫様~~』という先程の給士の声が聞こえた事も聞かなかった事にしたのだった。

 

 

 

 

「よくぞ来た、勇者オルテガの息子カミュよ。面を上げよ」

 

 謁見の間に通され、カミュは王の前に跪いていた。

 跪くカミュの右手には見下すような形でアリアハン国務大臣が立っている。

 

「国王様におかれましては、ご健勝で何よりでございます」

 

 カミュは一度顔を上げたがまたすぐに面を下げ、謁見の間に敷かれている赤い絨毯を見つめながらありきたりな挨拶を交わす。

 

「うむ。さて、カミュよ。そなたも今日で十六歳となった。このアリアハンでは十六歳になれば、一人の大人として認められる。故にここにそなたをアリアハンの一戦士として認め、命を下そう。勇者カミュよ、これよりこのアリアハンを出て『魔王バラモス』を討伐せよ!」

 

 カミュは内心、国王の身勝手な言葉に毒づいていた。

 十六という歳で戦士として認められるならば、この『アリアハン』という国には何人の戦士がいると言うのだろう。

 その中で、誰一人『魔王バラモス』の討伐に向かった人間等いないのだ。

 

「はっ、謹んでお受けいたします。このカミュ、アリアハンの旗の元、国王様や勇者オルテガの名に恥じぬようその命、命を賭して果たしてごらんにいれます」

 

「うむ。期待しておるぞ。しかし、カミュ、そなたの父オルテガも一人で旅に出、そして命を落とした。日増しに魔王の力が強まる中、一人での旅は危険だ。城下町にある酒場には多くの経験豊富な冒険者たちがおると聞く。そこで旅の仲間を募れ。良いな?」

 

 顔を上げずに返答を返すカミュに、アリアハン国王は満足気に頷く。

 そして、まるでカミュの身を案じているかのような言葉をかけた。

 

「畏まりました。このような我が身を案じて頂き、有難き幸せに存じます。仰せの通りに致します」

 

 自分の身を案じた物ではない事など、カミュは百も承知だ。

 それでも未だ顔も上げずに国王へと返答する。

 

「うむ。ただ、魔王討伐という目的では思うように仲間を募る事も出来ぬであろう。よって、我が宮廷騎士からそなたに一人分け与える……大臣よ!」

 

「はい。これ、呼んでまいれ」

 

 思わぬ国王の提案に思わず顔を上げそうになったカミュだが、何とか抑える事が出来た。

 国王から呼びかけられた大臣が、その言葉が前から指示として受けていたかのように更に下の文官に指示を出す。

 しばらく経って、カミュの後ろの扉が開き足音が近づいて来た。

 足音はカミュのすぐ後ろで停止し、カミュと同じように跪く気配がする。

 

「うむ……カミュよ。その者の名はリーシャ。前アリアハン宮廷騎士隊長の一人娘だ。女子ではあるが、今の宮廷騎士の中でもその剣技の実力は上位に入る。そなたの旅の助けとなろう」

 

 カミュは国王の言葉に多少驚きながら、姿勢はそのままで顔だけ後ろに振り返る。

 そこに居たのは、確かに女であった。

 少しカールがかかった金髪は肩にも届かないぐらいの長さ。

 アリアハンの一般的な女性と比べると比較的筋肉のついた体格ではあるが、筋肉隆々と言う訳でもなく、女性特有の丸みを残した引き締まった身体をしている。

 跪いているのではっきりとは解らないが、背はおそらくカミュより頭一つ大きいだろう。

 宮廷騎士隊長の娘として幼い頃から剣の手ほどきを受けて来たのか、その気の強そうな瞳が彼女の性根を物語っていた。

 

「はっ、国王様のご寛大なお心を決して忘れず、魔王討伐の命、必ずや果たしてまいります」

 

「支度金と旅に必要な物を用意した。大臣から受け取るように。では、行け! 勇者カミュよ!」

 

 国王のその言葉を聞き、支度金と袋に入った道具を大臣から受け取ったカミュは、後ろに控えたリーシャを一瞥し、謁見の間から出て行った。

 

 

 

 

 


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