新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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ロマリア城③

 

 

 

重税による寂れた村と、エルフの力によって長い時を止められていた村を見て来たカミュ一行にとって、一際大きく見えるようになった城門は、沈みかけの太陽の光によって赤く染められていた。

 

「今日は、どうするんだ?」

 

 正直、<ルーラ>によっての移動なだけに、一行に疲れはない。陽も沈み始めている事から、今日の謁見は無理であろう。であれば、宿で休むしかないのだが、リーシャやサラは今起きたばかりの様な感覚を拭えないのだ。

 

「……宿に入るしかないだろうな……」

 

「で、ですが……何も疲れてはいませんよ……」

 

 カミュの返答に、サラが思っている事を返す。ロマリアから出たばかりで目的地の姿を見ていない時は、ここから<カザーブ>まで、三日以上という時間をかけたのだ。その先の旅もそうだった。

 サラの頭の中には、疲れてへとへとになってから宿に入るという構図が成り立っていたのであろう。

 

「ならば、アンタ一人で、この辺りの魔物と戦って来たらどうだ?……それこそ、飛躍的に力量が上がる筈だ……」

 

「……そ、そんな……」

 

 カミュの軽口を何度も受けているリーシャは、それが『カミュなりの冗談なのではないか?』という事に何となく気が付いていたが、サラに至ってはその経験がない事から、冗談として受け取れず、言葉通りの意味として真に受けてしまっていた。

 

「そうだな。サラは僧侶として、上位の回復魔法を覚えると宣言していたしな。この辺りの魔物であれば、サラの<バギ>で十分通用するだろう。頑張れ、サラ」

 

 <カザーブ>で受けた愚弄の報復なのか、リーシャはカミュの言葉に乗っかり、サラへと意地の悪い言葉を投げかける。

 

「…………サラ………がんばる…………」

 

 それにメルエまで同調した。

 『四面楚歌』

 そんな言葉が今のサラに当て嵌るようなものだ。

 

「……メルエまで……うぅぅ……」

 

「…………サラ………また………泣く…………?」

 

「な、泣きません! もういいです! 一人で行ってきます!」

 

 メルエの言葉で追い詰められてしまったサラには、開き直るしか道がなかった。

 城門に背を向け、再び平原へと歩き出そうとするサラの後ろからトルドの家で響いたような暖かい声が響く。

 

「あはははっ、冗談だ、サラ。そう意固地になるな。あははははっ」

 

「…………サラ………いかない…………?」

 

 リーシャの笑い声。

 しかし、それとは反対にメルエは小首を傾げてサラを見つめた。

 

「こら、メルエ。あまりサラをいじめるな」

 

「……うぅぅ……リーシャさんもメルエも、本当は私の事を嫌っているのではないですか?」

 

 自分の事を棚に上げてメルエを窘めるリーシャを恨めしそうに睨みながら、サラが愚痴をこぼす。その瞳は、悔しさからなのか、安堵からなのか、若干涙が溜まっているように微かな光を帯びていた。

 

「……宿屋に荷物を置き、空いた時間に魔物の部位を売る。その後は、買い物なり、それぞれの鍛練なりを行えば良いだろう……」

 

 三人のほのぼのとしたやり取りを全く無視するように、カミュが門に向かいながら提案をし、それに頷いたリーシャもメルエの手を引きながら門に向かって行く。一人取り残される形となったサラは、頬を軽く膨らませながら、一行の後を追って城下町へと続く門へと歩き出した。

 

 

 

「なんだ? またお前たちか? 臆病者のアリアハンの奴等と……ん? もう一人ガキが増えたのかよ! ぎゃはははっ、女に子供を旅に出すなんて、卑怯者が治めるアリアハンらしいや」

 

 カミュ達がロマリアに初めて訪れた時と同じ門番が、カミュ達の顔を憶えていた。口を開いたのは、あの時もリーシャを挑発した人物だったのだ。

 

「おい!」

 

「なんですか!? その通りでしょ。アリアハンのお陰で、我々がどれ程の苦労を強いられたか……」

 

 門のもう片方の脇に控えた上官のような兵士が窘めるが、その兵士の口は止まらない。それ程、ロマリア国民の感情は反アリアハンに傾いているのだと感じずにはいられない物だった。

 しかし、それは、このロマリア大陸に入ったばかりの頃ならばだ……

 

「……貴方は、<カザーブ>か<ノアニール>のご出身なのですか……?」

 

 口を開いたのは、アリアハンを代表する者。その唐突な発言に、当の兵士だけでなく、リーシャもサラも驚いた。まさか、ここでカミュが口を開くとは思っていなかったのだ。

 

「は!? そんな田舎の出身じゃない。俺はロマリア生まれのロマリア育ちだ」

 

 カミュの問いに答えた兵士は、自分に質問をして来た青年の表情が変わって行くのを見た。

 いや、正確には、変わって行くのをではなく、無くなって行くのをだが。

 

「……ならば、それ以上は口にされない方がよろしいでしょう。貴方の恥となります。それに、私はアリアハンからロマリア国王への使者も兼ねております。あまり無闇な言葉を発言しない方がよろしいかと」

 

 初めて見るカミュの仮面を被ったままの攻撃。仮面を被り、口調は丁寧だが、その内容はかなり辛辣な物だ。

 『余りにも無礼と感じれば、国家レベルの問題へと発展します』と暗に仄めかしているようだった。

 

「……すまない。部下の失礼を許して欲しい。許可証は先日拝見した。一人増えてはいるが問題はないだろう」

 

 カミュの瞳に気圧された兵士の代わりに、上官がカミュ達へと対応を再開した。

 メルエという存在を容認し、門を開けるように指示を出す。その間も、カミュの変貌ぶりに驚いたままの兵士は、呆然とその様子を眺めていた。

 

「さあ、通ってくれ。ようこそ、ロマリアの町へ」

 

 門が完全に開いた事を確認した上官は、カミュ達を促すように、先日は発しなかった歓迎の言葉も付けて手を門の中へと翳す。

 カミュは上官に一礼した後、門の中へと入って行った。その後をサラとメルエ、最後にリーシャが門を潜って行く。

 

「……自国の民だけを護る為に他国を切り捨てた国と、自国の民すらも護る事をせずに見て見ぬふりをする国。どちらが卑怯者なのだろうな?」

 

「なっ?」

 

 未だに呆然としている兵士の横を通り抜けざまに、リーシャは自分が思っている疑問をぼそりと呟いた。

 おそらく、その意味は、ここにいる兵士達には理解出来ないだろう。それは、カミュ達四人と、そしてこの街を抜けた先にある城に住む何人かにしか理解出来ない事なのだから。

 

「……カミュ様……」

 

 先頭を歩くカミュの名をサラは思わず呟いてしまう。まさか、カミュがあそこで争いの種になりかねない発言をするとは思っていなかったサラにとって、先程のカミュの発言は釈然としないものだったのだ。

 

「…………アリ………アハ………ン…………?」

 

 そんなサラの横で手を引かれていたメルエが違う呟きを洩らす。それは、先程の兵士が口にした国名。リーシャやサラ、そしてカミュが生まれ育った国の名前だった。

 今までの旅で何度か出て来た単語ではあったが、メルエにその説明をした事はなかった。故に、メルエの中で解らないままだった『アリアハン』という単語が思わず口から出てしまったのであろう。

 

「ん?……それは、私達の故郷の国の名だ」

 

「…………こ………きょう…………?」

 

 後ろからかかったリーシャの答えに、メルエは再度首を傾げる。

 解らない単語が次々と出て来て混乱しているようだった。

 

「故郷とは、『生まれ育った』場所という意味ですよ」

 

「…………」

 

 隣を歩くサラが小首を傾げるメルエへ答えるが、その答えを聞いたメルエの表情はいつになく沈んで行った。

 先頭にいたカミュもまた、後方での会話を耳に入れ振り向くが、メルエの表情を見て、深い溜息を吐く。

 

「行くぞ。宿屋に荷物を置いた後は、メルエの魔法の鍛練をする」

 

 メルエが感じている不満を察したカミュが、その不満が漏れる前に蓋をしてしまう。それが正しいかどうかは分からない。しかし、今現在、メルエの故郷が何処か解らない以上、この問答はするだけ無駄なのだ。

 

「ん?……あ、ああ、そうだな。メルエ、私は見ているしか出来ないが、サラが鬼の様に見えたら、いつでも私の所へ来いよ」

 

「お、鬼って……そんなに私は怖くないですよ!」

 

 カミュの意図に気がついたリーシャは、メルエに軽口を叩き、その軽口にサラが過剰に反応を示す。

 確かに、リーシャに魔法のいろはを教えているサラは、時に厳しい教師と変貌する時がある。

 

「私の時は、『本当にサラか?』と思う程、厳しい時があるからな。メルエも気をつけろ」

 

「…………ん…………」

 

「メ、メルエまで! 言葉や文字を教えている時はそんな事はないでしょう!?」

 

 しゃがみ込んだリーシャの笑顔に、沈んでいたメルエの表情にも明るさが戻る。リーシャの目を見て頷いたメルエに、サラは再び雄たけびを上げた。

 メルエを護るように会話を進める三人。それが彼等の中に出来始めた絆だとすれば、それは、メルエを中心に出来上がっている物なのかもしれない。

 

 

 

 宿に荷物を置き、外に出た一行はメルエを中心に円を描くように腰を下ろす。メルエは、<魔道師の杖>を手にし、壁に向かって杖を振るように魔法の詠唱を行っていた。

 

「…………メラ…………」

 

 いつもは詠唱と同時にメルエの指から、カミュのより大きな火球が出て来るのだが、杖の先からは何も出て来ない。

 元来この杖を持っていれば、念じるだけで<メラ>が発生する物ではあるのだが、メルエが行っているのは、自身の魔法力を使っての詠唱なだけに杖の先からは何も生まれはしなかったのだ。

 

「…………うぅぅ…………」

 

「メルエ、落ち着いて、指から出る炎と同じように、杖の先から炎を出すようにイメージをして」

 

 杖の先を恨めしそうに睨みながら唸るメルエにサラは声をかける。

 実際、サラの言っている事は、自身の経験を踏まえている物だった。

 試しに、サラが杖を持ち、杖の先をリーシャの腕につけ<ホイミ>の詠唱を行ってみると、杖の先が淡い緑色に光り、リーシャの腕にあった細かな傷を癒したのだ。

 杖に魔法力を通し、魔法を発動させる。それをサラは実践していた。

 

「…………もう………いや…………」

 

「メルエ……まだ始めたばかりですよ?」

 

 自分の思い通りにも行かない事にメルエは癇癪を起こし始める。元来メルエは、サラの様に考えて呪文を行使していた訳ではない。

 文字の読めないメルエは、契約でさえ、感覚で行っていたのだ。

 カミュから教えてもらった魔法の名を、手を掲げながら詠唱する。唯それだけで、メルエの身体に眠る魔法力が動き出し、魔法が発動していた。

 故に、メルエにアドバイスを繰り返すサラの言っている事が理解出来ない。理解している者にとっては当たり前の事でも、理解できない者にとっては何を言っているのかも解らないのだ。

 『魔法力を杖に通して』という言葉にしても、メルエにとって、どうやって杖に魔法力を流すのかが解らない。まず、魔法力とは何なのかが理解出来なかった。

 

「……メルエ……焦らなくても良い。俺も昔は、何故自分が魔法を使えるのかすら解らなかった。メルエの中には呪文を完成させるための能力がしっかりとある。まずは、メルエの中にあるそれを感じる事だ」

 

「…………」

 

「メルエ、おいで」

 

 カミュの言葉もぼんやりとしか理解出来ない。それが悔しく、哀しいと感じているメルエの表情は益々雲って行った。

 そんなメルエの表情に気がついたリーシャは、メルエを自分の下へと呼び寄せる為に声をかけた。

 

「リーシャさん! まだ、始めたばかりですよ。余りメルエを甘やかしては駄目です」

 

 しかし、そんなリーシャの気遣いは、メルエに魔法を教える教師に阻まれる。実際、まだメルエが杖を振るった回数は一ケタ台だ。外に出て一刻も経っていない。

 

「…………おに…………」

 

「なっ、何故ですか!? 私はメルエの為に言っているのに!」

 

 そんなサラに、メルエがリーシャの腕の中に収まりながらぼそりと呟いた言葉は、先程リーシャが教えたサラを表現する言葉だった。

 

「ふっ、あははははっ。そう言うな、メルエ。サラが鬼になる時はもっと怖いぞ」

 

「なっ、何を言うのですか!? そんなに私は怖くありません!」

 

 アリアハンを出てから、休憩と言えば、誰かとカミュの討論になっていたパーティーとは思えない程の和やかさ。

 時にお互いをからかい、笑い合う。

 それは、とても『魔王討伐』という絶望の旅へと向かう一行には見えないものだろう。

 

 

 

 結局、この日もメルエの持つ<魔道師の杖>から魔法が発現する事はなかった。

 小さな肩を落とすメルエの頭を撫でながら、リーシャは宿屋への道を歩いて行く。

 

「何故、メルエは杖へと力を注ぎ込めないのでしょう?」

 

「……さぁな。いずれにしても、メルエが感覚と才能だけで発現させていた物が、少し頭を使わなければならないようになったという事だろう」

 

 メルエとリーシャの後ろ姿を見ながらサラとカミュはメルエの魔法が何故発現しないかを考える。しかし、この二人も、杖から魔法を発動させる事が初めてだったにも拘わらず、成功させている。

 初めから出来る者には、出来ない者が出来るようになる過程が解らない。何がキッカケとなるのか、どうすれば魔法力という物を認識し、思う通りに動かせるのかをメルエに教える事は、彼ら二人には初めから無理だったのかもしれない。

 

「今日は、宿屋の台所を少し借りて、メルエの好きな物を一品だけ作ってやる」

 

「…………ん…………」

 

 残念そうに俯いているメルエに、リーシャが慰めの声をかけている。それにも力なく頷くメルエを心配そうに見つめるリーシャ。それは、どこから見ても親子の構図であろう。

 しかし、それを言えばリーシャが怒りを露わにする事が解っているだけに、サラは口にはしなかった。

 

 

 

 翌朝、まだ城下町の店なども開いていない時間に、カミュ達一行は城門の前に立っていた。

 それは、『できる事なら、昼前には<アッサラーム>へ向かいたい』というカミュの言葉からだった。朝の鍛練を終えた一行は、朝食もそこそこに城へと向かっていたのだ。

 高くそびえ立つ城門の両脇には、朝早いからなのか、若干眠そうに立つ二人の兵士が経っていた。

 

「カミュと申します。ロマリア国王からのご依頼の報告に上がりました。お取次ぎをお願致します」

 

 仮面をつけたカミュが門番に取次ぎを頼む。『ロマリア国王』という単語に、半ば欠伸をしていた兵士がその表情を引き締め、応対を返して来た。

 

「わかった。少しそこで待っていろ」

 

 カミュ達を訝しげに眺めながらも、その職務を果たす姿は、城下町へと続く門を護る人間よりも上の兵士なのかもしれない。初めてロマリア城を訪れた時とは違うその兵士に、リーシャはそう感じていた。

 

 

 

 暫くの間城門の前で待たされ、カミュ達の背中の方から町の喧騒が聞こえ始めた頃、城の中から先程の兵士が戻って来た。

 

「中に入れば、案内役がいる。その者について行け」

 

「ありがとうございます」

 

 やはり、以前の兵士より上の人間なのかもしれない。今回は謁見の間に続く道の案内役まで手配していたのだ。

 その事実にリーシャとサラは驚くが、カミュは何か思い当たる節があるのか、表情を変える事はない。

 城門を潜り、城内に入ると、そこには以前に謁見の間で見た事のある文官が張り付いたような笑顔を浮かべ、待っていた。

 

「カミュ様ですね……国王様がお待ちです。こちらへ……」

 

「……はい……」

 

 以前とは余りにも違いすぎる対応にリーシャやサラは何か不快感を覚えた。

 何が彼等を変えたのかなど、考えなくとも解る。

 『金の冠』だ。

 カミュ達が、国宝と言ってもいい『金の冠』を取り戻したという情報がこのロマリア城に既にもたらされているのだろう。だからこそ、サラの頭には『何故?』という疑問が浮かんだ。

 

 『何故、この城にその情報がもたらされたのか?』

 

 それが、リーシャにもサラにも解らない。そんな疑問を頭に残しながら、一行は謁見の間へと足を踏み入れると、そこには以前と同じように、国王と王女、そして大臣が待っていた。

 

「よくぞ戻った、『勇者』カミュよ。貴殿の働き、褒めて遣わす」

 

 謁見の間に入り、玉座の前で跪いたカミュ達に国王が声を上げた。

 その言葉もまた、以前ここに来た時とはかなり違いがある。それがまた、リーシャとサラの心に影を背負わせる。

 

「はっ。こちらが『金の冠』です。お確かめください」

 

「大臣!」

 

 袋から『金の冠』を取り出し、国王へと差し出すカミュを見て、国王が大臣に指示を出す。

 恭しく掲げたカミュの手から、歩みよって来た大臣に『金の冠』は渡り、そのまま国王の手に戻って行った。

 

「ふむ。確かに。これぞロマリアの『金の冠』じゃ。よくぞ取り戻した」

 

「はっ」

 

 手渡された冠をしげしげと眺め、それが本物である事を確信した国王は、自分の頭の上という本来あるべき場所に戻した。

 どれ程、冴えない老人であろうと、その冠を被れば、一角の者へと変貌する。ましてや、人を見る目という物を備えている生まれながらにしての王となれば、尚更であった。

 

「これより、ロマリア国は、そなたを『勇者』と認めよう。援助も行う。何なりと申せ!」

 

「……いえ、援助の方は謹んでお断りさせて頂きます」

 

「なっ、なんと!」

 

 気前よく援助の約を与えた国王は、表情一つ変えずにその申し出を断ったカミュに目を見張る。

 ()の英雄オルテガでさえ、各国から莫大な援助を受け、旅をしていた。それでも、志半ばで、その旅に終止符を打ったのだ。

 援助失くして、『魔王討伐』という人間離れした旅が続けられる訳はない。魔物を倒すその武器も、魔物の脅威から護るその防具も、そしていざという時の為の道具ですら、自らの懐からゴールドを出さなければならなくなるのだ。

 

「し、しかし、そなたの父オルテガでさえ、各国から援助を受けていたのだぞ」

 

「……恐れながら、オルテガという人物と私は別人でございます。私には、後ろに控える従者もおりますので……」

 

 サラは驚きに顔を上げてしまった。

 そこには、頭を下げ、謁見の間に敷かれる赤い絨毯を見ながら国王と接するカミュの姿。

 その内容は、初めて、本当に初めて、リーシャやサラを共に旅する仲間として認めた事を意味するものだった。

 『従者』と言った事は何度かある。しかし、自分と父であるオルテガの違いにリーシャ達を上げたのだ。

 それは、『一人旅を続けたオルテガと違い、自分には仲間がいる』と宣言したと同じである。

 それも、一国の国王への発言としてだ。

 

「ふむ……なるほど、仲間と力を合わせ進んで行くという事か……」

 

「……」

 

 ロマリア国王の問いかけに、カミュは顔をもう一度深く伏せて肯定の意思を表す。それは更にサラを驚かせる。

 これ程までに明確に仲間という言葉を肯定した事は一度たりともない。

 サラの身体に感動と共にとても大きく重い責任が圧し掛かって来た。

 

「あい解った。そなたの言葉、このわしの心に響いた。じゃが、この国宝を取り戻してくれた『勇者』に何も与えないという訳にも行くまい」

 

 カミュをじっと見て、何かを思案するように考えていた国王は、ふと思いついたように口を再度開いた。

 それは一国の国王としての威信。

 きつく口外を禁じてはいても、何れ何処かでこの噂は漏れるだろう。その時、国の一大事を解決した者へ恩賞を与えていなければ、それこそ国王の名声は下がり、国家としての沽券にも係わる問題となるのだ。

 

「……ふむ。ならば、この先お主達はどこへ向かう?」

 

「はっ。まずは<アッサラーム>へ行き、情報を得ようと思っています」

 

 これからの行き先を尋ねる国王に、カミュは淀みなく応える。

 その姿に、国王は少し目を細めた。

 

「……ならば、その先の<イシス>へも足を踏み入れる事となろう。その時の為、わしが『文』を渡しておこう。それを<イシス>を治める女王に渡せば、色々と優遇してくれるであろう」

 

「……有難き幸せ……」

 

 それは、通行許可証と同じ物となる。

 一国の国王が『認めた者』として他国に入る事が出来る。その国との関係が友好的な国であれば、それは身分を証明する手形となり得るのだ。

 

「……ふむ。それだけでは、ちと物足りぬな……おお、お主、見たところ『盾』を所有しておらぬ様子じゃな?」

 

「……はい……」

 

 カミュの盾は、後ろに控えるリーシャが持っている。

 そのリーシャの盾をサラが持っているのである。

 

「大臣! あれを!」

 

「はっ」

 

 国王から指示を出された大臣は、後ろに控える文官に耳打ちをし、その文官が扉の奥へと消えて行くのを見ている。文官が戻って来る間、間が少し空いてしまったが、カミュ達全員が床から視線を外さなかった為、誰一人口を開く事はなかった。

 やがて、戻って来た文官の手には、それほど大きくはない盾が乗せられた盆があった。その盆ごと大臣が受取り、カミュの前に置いて行く。

 

「それは、<うろこの盾>と呼ばれる盾じゃ。魔物の頑丈な鱗を張り付けたもので、魔物の攻撃は勿論、魔法への耐久力もあると云われておる」

 

「……」

 

 顔を上げ、目の前に置かれた盾を見ると、それは、カミュですら見た事もない代物であった。

 鉄を薄く伸ばした物に、一枚一枚魔物の鱗を張り巡らせたもの。それは、銅でできている<青銅の盾>よりも頑丈に出来ていた。

 国王の話を信じるのであれば、その上、魔法への耐久性もあるという。

 

「今は、この地方に鱗を持つ魔物が存在しない為、貴重な物となっておる。お主ならば、その盾を有効に使う事も出来よう。この城にあっても宝の持ち腐れとなるだけじゃ」

 

「……有難き幸せ……国王様のご寛大なお心、有り難く頂戴いたします」

 

 <うろこの盾>を恭しく掲げ、再び頭を下げるカミュ。後ろに控えるサラは、そんなカミュの姿が常識的な姿と知りながらも、どこか違和感が胸に残っていた。

 

「うむ。他に何か望みはないか? お主の願いとなれば、横にいる王女の婿として迎えてやっても良いぞ」

 

「!!」

 

 国王の申し出に、リーシャとサラは顔を勢いよく上げてしまう。

 それ程、驚くべき発言だったのだ。

 アリアハンの英雄オルテガの息子とは言え、カミュは平民である。その他国の平民を、王女の婿として王族に迎え入れるというのだ。

 リーシャやサラでなくとも驚くだろう。リーシャの隣で小さく跪くメルエだけは真意が分からず、不思議そうにリーシャを見てはいたが。

 

「……では、国王様にお尋ねしたき事がございます……」

 

「ん?……なんじゃ? 申してみよ」

 

 黙って頭を下げていた、カミュが突如顔を上げた事に、若干の驚きを表した国王ではあるが、興味を示したのか、カミュの発言を許した。

 

「では……国王様は<ノアニール>という村をご存じでしょうか?」

 

「!!」

 

 満を持して開かれたカミュの口から出た単語に、国王に王女、そして大臣の他にリーシャやサラに至っても、驚きに息を飲む。カミュからその単語を口にするとは思っていなかったのだ。

 しかし、リーシャやサラは、それを心のどこかで望んでいたのかもしれない。驚きはしたが、その後の返答が気になり、無礼とは知りながら国王に視線を向けてしまっていた。

 

「ん、ううん。ごほん。ノ、ノア……ニールじゃったか?……これ、大臣。我が国にそのような村があったかのう?」

 

「えっ?……ご、ごほん。確か……ロマリア大陸の最北端に……そのような村があったような……」

 

 リーシャとサラは愕然とする。

 これが、国を預かる者達の態度なのだろうか。

 この答え方は、すでに<ノアニール>で起こっていた事を知っていたと言っているようなものだ。

 それにも拘わらず、国王に至っては自国の村として認識すらしていないと言う。それが、国を預かる者として、どれほど恥知らずな行為に当たるのかが解っていない。

 

「……確かに、我が国の最北端にそのような村があったと聞いていますが、すでに滅びたという報告もあります。勇者殿、それが何か?」

 

 動揺が走る謁見の間。

 国王の目は泳ぎ、大臣は慌てる。

 そんな中、謁見の間にはいながら一言も発していなかった女性が口を開いた。

 王女である。

 この国の指針を示し、それを部下達に行わせている、この国の頭脳と言っても良い女性であった。

 

「……いえ……それであれば、結構です」

 

 王女の瞳には厳しい光を宿していた。

 『王家は<ノアニール>の状況を知ってはいる』

 『だが、それがなんだというのだ?』

 『他国から来た旅人ごときが、国政に口を出し、内部干渉をするのか?』

 強い意志と、強い戒めを王女の瞳は語っていた。

 その瞳を見て、カミュは諦める事となる。

 

 村が復活したという情報も、その内この城に届く筈。そうなれば、今まで十数年取れなかった税を、ここぞとばかりに取り立てに行くのであろう。そしてそれが、重税となる。

 しかも、村人は自分達の時が止まっていた事など知らない。ロマリア国が要求する重税の理由が理解できない以上、<ノアニール>の村人達の不満は高まるだろう。下手をすれば、暴動が起きる可能性もある。

 

 カミュは、その事を告げる事も諦めた。

 もし、そうなったとしても、この王女が何か良い案を出すだろう。

 それが、村人を更に苦しめる内容になるかもしれないが。

 

「そうですか……ならば、謁見はこれにて終了ですわね。では、こちらが<イシス>女王への文です。大臣から受け取ったのであれば、早々に立ち去りなさい」

 

「……では、失礼いたします……」

 

 深々と頭を下げたカミュは、立ち上がり、数歩国王に向かって後ずさった後、身を翻して謁見の間を出て行った。

 その後を三人の従者が追って行く。

 

 

 

「……あの者達、<ノアニール>まで行っておったか……」

 

「おそらく、あの者達が行ったとなれば、<ノアニール>の呪いも解けたのでしょう。人を派遣させます。その上で、これからの事を検討致しましょう」

 

 呟くように漏れた国王の言葉に、すかさず隣に座る王女が答えた。王女の提案に頷きを返し、大臣は派遣するための人選を頭の中で考える。

 『金の冠』を<カンダタ一味>から奪還した事で、彼ら四人の力量は証明された。国を挙げても捕縛出来なかった者達から奪還したのだ。

 王女の言葉は当然の評価であろう。そして、それ程の力を持つ者達が<ノアニール>に赴いたとなれば、あの小さな村に掛けられた呪いという問題も解決したに違いない。

 

「……しかし、<ノアニール>の事を他国に話すなどされれば……」

 

「その点は心配いらないでしょうね。あの者達はそれほど愚かではありません。もし、他国へ我が国の情報を漏らせば、一国を敵に回す事となり、とても『魔王討伐』など叶わない事は解っていましょう」

 

「姫様のおっしゃる通りかと……今はまず、<ノアニール>の確認と税率の設定について話し合うべきかと」

 

 王女の言葉に同意を示し、大臣が国王に提言を繰り返す。一つ目を瞑った国王であったが、もう一度開いた瞳は、一国を預かる王としての瞳に変わっていた。

 

「わかった。<ノアニール>の件は、王女に一任する。早急に確認の後、税率を設定し直せ。全て十数年も眠りについていた者達ばかりだ。国政に不満を持つ者などおるまい」

 

「父上のお心のままに……」

 

 国王としての威厳を放つロマリア王に、大臣たちは跪き、王女もまた瞳を下げた。

 <ノアニール>の行く先が、カミュの予想とそう変わらないものとなった瞬間であった。

 

 

 

「……カミュ……」

 

「……カミュ様……」

 

 リーシャとサラの呼びかけ。それは各々の中で同じような感情が蠢いている証拠。

 国王の言葉に、ロマリア国へ対する不信感と絶望感を持ったのであろう。

 

「……アンタ方が何を考えているのかは解るが、この城下町を出るまで吐き出すな」

 

「…………???…………」

 

 溜息と共に吐き出された言葉に、カミュのマントの裾を握っていたメルエは小首を傾げてリーシャとサラの二人を見ていた。

 一行は、武器屋や道具屋に寄る事もなく、ましてや闘技場など見向きもせずにひたすらロマリアの町の出口となる門へ向かって歩いて行く。その間、誰一人として口を開く者もなく、そして、リーシャとサラに至っては、顔を上げる事もなかった。

 <カザーブ>よりも、<ノアニール>よりも活気に溢れる街並み。人々の表情には笑顔が浮かび、笑い声と大きな呼び込みの声が聞こえて来る。

 そんな人々の営みという素敵な喧騒にもかかわらず、リーシャとサラの心は沈んで行った。

 

「……カミュ、ロマリア国王様も王女様も、<ノアニール>の事を知っていたのではないか?」

 

 門番からの嫌な視線を無視してロマリアの門を潜ったカミュ達一行は、平原を北東へと歩き出す。

 ロマリアで貰った地図を広げ先頭を歩くカミュに、リーシャは重苦しい口をようやく開いた。

 

「……そうだろうな……」

 

「な、ならば、何故?……何故、ロマリア国家は<ノアニール>を救おうとしなかったのですか?」

 

 地図から顔を上げる事もなく、カミュはリーシャの言葉を肯定した。そんな素っ気ない答えに、サラは勢いよく抗議を開始する。

 リーシャにしても、サラにしても、自分が疑問に思った事をカミュに抗議するという行為自体が、おかしな事だという事は解っていた。だが、彼女達の様に、謁見の間で発言を許されない者ならば、仕方のない事だと言えよう。

 

「……今のこの国の状態はアンタ方も見ている筈だ。ならば、国家は疲弊し、辺境の村からの搾取で、ようやく国としての体面を繕っている状態である事も解るだろう……」

 

「そ、それは解ります!……で、ですが、あれでは余りに酷い。<ノアニール>自体がロマリア国の村ではないかのようではありませんか!?」

 

 カミュの続けた言葉に、またしてもサラが真っ向から対抗する。リーシャは瞳を瞑り、メルエはサラの剣幕に怯えてカミュのマントに包まってしまった。

 

「……では、聞くが、あのロマリア王女が、<エルフの隠れ里>へ交渉に行くと思うのか?」

 

「そ、それは……」

 

 逆にカミュが問いかけた内容は、サラから強気の姿勢を奪う程の物だった。

 ロマリアの頭脳があの王女である事は、サラも気付いていた。国王や大臣があからさまな態度を取る中、あの王女だけは毅然とした態度でカミュと相対していたからだ。

 しかし、その王女も、やはり王族。国家の頂点にいる人間が、他者に頭を下げる訳がない事は、サラも充分に理解していた。

 

「行く訳がない。行くのは、アンタ達も見た高圧的な兵士だろう。それでは、行き着く先はエルフとの全面衝突だ」

 

「!!」

 

 カミュが言ったことは決して大袈裟な話ではない。

 むしろ現実に限りなく近い話であろう。

 そして、それが現実となれば、行きつく先は目に見えている。

 

「エルフの数が減ったとはいえ、元々『人』が刃向える存在ではない。長期的な戦争となるだろう。唯でさえ疲弊した国だ。下手をすれば、ロマリア国家自体の存続にかかわってくる」

 

 カミュの言う通り、エルフとの全面戦争を行えば、まず間違いなく、多くの『人』が死ぬだろう。その結果、更に国は疲弊し、多くの国民が苦しむ事となる。

 

「……一部だけを見れば、国王や王女が行った事は非人道的に映るかもしれないが、国家を預かる者として、一部の国民だけを護れば良いと言う訳ではない。<ノアニール>という村の人間を切り捨てでも、他の国民を優先した結果だ」

 

「……な、ならば……カミュ様は、ロマリア国王様の判断は正しかったと言うのですか?」

 

 カミュの言葉は、サラには国王を擁護するもののように聞こえていた。

 国民を護る為に国民を見捨てる。それが国家として正しいとはサラにはとても思えないのだ。

 故に、その考えを示すようなカミュの発言と真っ向から対立する姿勢を見せる。

 

「……さぁな。それこそ、俺に聞く事自体が間違っている。俺は国王でもなければ、国の重臣でもない」

 

「……そんな……」

 

 カミュの言葉は、サラを突き放すようなもの。

 サラの頭の中は真っ白になって行く。

 自分が信じていた国家像。アリアハンでは、『精霊ルビス』に選ばれた人間が王族として国家を成し、『人』を『精霊ルビス』の代わりに護り、導いて行くと教えられていた。

 その王族が護るべき『人』を見捨てているなど、サラは理解したくはなかった。

 

 だが、サラは頭の片隅にある想いに気付かない振りをしているだけなのだ。

 『精霊ルビス』に『人』の守護を託されたのは『エルフ』であるという話を。

 それは、サラの信じるルビス教の教えを根底から覆すもの。だからこそ、蓋をしていたのだ。

 しかし、まるで禁断の箱の様に、ゆっくりとその蓋は開いて行く。

 『人々』の守護者は王族ではなく『エルフ』だとすれば、<ノアニール>の人々を護るのは『エルフ』。

 その『エルフ』が原因だとすれば、<ノアニール>の呪いは、唯の罰。親が子供を叱りつけるような、唯の罰則なのではないかと。

 

 『ならば、『王族』とは、『僧侶』とは何なのか?』

 サラの頭はもはや許容範囲を超え、オーバーヒートを起こしていた。

 目の前に立つカミュの姿が歪んで行く。自分の信じていた理想は、偶像と共に歪み、崩れて行くのだ。

 

「……サラ……気をしっかり持て。あの時、私はサラに言ったはずだ。これが『人』の全てではない」

 

 気を失ってしまいそうになるほど、視界の歪みが酷くなった時、サラを引き戻す声がかかり、自分の肩に暖かな温もりが感じられた。肩に添えられた温もりを中心にサラの視界が戻って行く。

 それは、サラが憧れ、目指すべき者の一人である女性の声。

 いつでもサラが迷い、苦しんでいる時に手を差し伸べてくれる声。

 サラが進むべき道を指し示す事はせずとも、もう一度道を探す勇気をくれるリーシャの声だった。

 

「……はい……そうでした……」

 

 軽く首を振り、サラは意識を覚醒させて行く。リーシャの言う通り、自分もあの時、『自分が変わる事』を否定しないと宣言したのだ。こんな事で意識を失う訳には行かない。

 

「…………サラ………いたい…………?」

 

「えっ?……だ、大丈夫です。少し眩暈がしただけです。どこも痛くありませんよ」

 

 サラの身を案じる純粋な少女。

 その心配そうな瞳にサラの決意は更に堅くなって行く。

 

「……<アッサラーム>までは、かなり時間がかかる。何日かは野宿になるだろうな……」

 

 サラとリーシャのやり取りを無視するように、いや、意図的に流すようにカミュが地図に目を落とした。

 それが、カミュなりの優しさなのかもしれない。最近は、メルエだけではなく、リーシャやサラに対しても小さな気遣いを見せるカミュの変化を、リーシャは好ましく思っていた。

 

「まぁ、仕方ないだろうな! 今までが恵まれていた方だ。さぁ、サラ、メルエ。行こう」

 

「…………ん…………」

 

「はい!」

 

 意図的に声を張り上げるリーシャ。

 それに笑顔で応えるメルエ。

 そして、胸の内に新たなる決意を灯したサラが元気の良い声を返す。

 地図を持つカミュを先頭に、その裾をメルエが握る。

 そんなメルエに優しい視線を送るリーシャ。

 そして、その横をサラが歩き、彼等は新たなる土地を目指して行く。

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。

これにて第三章も終了です。
この後は、勇者一行の装備品一覧を更新し、第四章に入って行きます。
この第四章は、私の中でも結構好きな章なんです。
頑張って描いて行きます。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしています。

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